【記念日】葵祭の日になるとやってくるわたしの記念日 +【予感】頭の中で形を成そうとしてるものたち +【写真】街角スナップ +【音楽】ひょっとしたらラップも聴けるかもしれない

5月の15日といえば京都では三大祭の一つである葵祭の日なんですが、実はわたしにとっては誕生日という特別の日でもあります。毎年葵祭が来るたびに、わたしの歳に数字が一つ加算されていきます。そのせいでどうも葵祭というのは、わたしの誕生日をさらに特別なものにしてくれてるものなので愛着はあるものの、ちょっと複雑な感情もまた呼び起こすものとしてわたしの中に収まることになってます。

葵祭は京都の三大祭のうち、その一つである時代祭とよく似ていて、衣装を着た行列が長く続くというのがメインになってるんですが、こちらは時代絵巻じゃなくて王朝絵巻の行列が御所を出発点として下鴨神社を経て上賀茂神社へとf列を成して進んでいくというものになってます。起源は今から1500年ほど前に遡り、当時荒れた天候が続いて五穀に被害が出ていたのを占った結果、賀茂の神々の祟りであると分かり、その神々への祭礼を行ったところ荒れた風雨は収まり再び五穀豊穣の地に戻ったというのが発端となった祭りだそうです。
わたしの誕生日と同じ日に行われて人知れず愛着のあるお祭りではあるものの、実際葵祭ってわたしはほとんど観にいったことがありません。せっかくの誕生日に人でごった返すところに行きたくもならないというのが最大の理由。数年前に気まぐれで見物する気になって、行列の終着の地である上賀茂神社の近くまでいったことがありました。この辺りは結構田舎の風景になってるような所で、交通機関はバスくらいしかなく、この時は帰りにバス停で見物客が殺到して乗り込むだけで辟易するような事態に見舞われたのを覚えてます。

ということでこの日を境にわたしの年齢に数字が一つ増えることになるわけですが、わたしの特別の日とはいえ、さすがに一度も欠かさずに確実に増えていく数字には若干鬱陶しいところがあります。それで最近はもう誕生日を年齢を重ねる日という捉え方をしてません。わたしがこの世界に始めて登場した記念の日、わたしにとってはこの日がなければ何も始まらなかった日という、まぁこれは誕生日の本来的な意味合いでもあるんでしょうけどそちらを重点的に祝う日として捉えることにしてます。増える数字はあくまでも副次的な産物という扱いですね。それとなんだか世界が明日も知れないような世界に変貌しつつある時代、今日と同じ日が明日も続くなんてアプリオリに誰も保証してないような現在だと、一年間生き延びて再びこの日を迎えることが出来た記念の日という意味合いも生じてるような感じでもあります。この一年無事に生き延びてこのわたしの始まりを記念する日を再び迎えられたので、また次の一年無事に乗りきれるようにと思いを新たにする節目の日。わたしにとって誕生日である五月十五日というのはそんな日になってます。

自分の誕生日を知らせてみようという意図だけで書き出した記事なので、いつも書いてるようなことは今回はなにも用意してません。前の記事で荒涼としたものについて書き終えたあとから、これを書いてる今現在まで、今のところ頭の中は何も進展してないような状態のままです。でもわたしの誕生日です♪なんていうことだけで終わってしまうのも何なんで、これから書いてみようかなと漠然と思ってることをいくつかリストアップして今回の記事を締めくくろうかと思います。

どれもこれも思いついてるだけでどういう形にするかも霧の中のような状態のものですけど、一つは今大阪国立国際美術館で開催されてるコレクション展、これを観にいってみたいと思ってます。期間が6月まである展覧会なので急ぐ必要もなく、この展覧会について書いてみたいと思ってる以前にまだ展覧会そのものを観にいってない状態ではありますけど。美術館のコレクションの方向性が分かるくらいで独立した特別のテーマらしいものもない展覧会ではあるけど、この前から時々名前を出してるマルセル・デュシャンの作品が、どれか分からないけど出品されてるそうなのでそれを見てみたいのと、二部のほうでは写真のコレクションも展示されてるらしく、それもちょっと興味を引いてます。

もう一つはこの前の記事の延長になるような感じで、最近買ってる写真集のことなんかを書いてみたいです。一冊一冊が結構高価なのでなかなか買い集めるというわけには行かないけど、たまにこういう本も買ってるので。

それと最近中心的な扱いになった自分で撮ってる写真。これは一番最近だとゴールデン・ウィークに奈良に行って撮ってたのがあります。これを何らかの形で記事にしてみたいと思ってます。でも鹿と戯れるのは楽しくても鹿の写真を撮るのは結構難しく、さらに最近あまりその土地の状況が分かるような撮り方をしてないのが多くて、奈良に行ってきた!という形でまとめにくいところがあるんですよね。今のところどんな形でまとめることが出来るかまるで予想もついてない状態といった感じです。

音楽はこのところずっと記事に追加するような形でしか取り上げてないんですけど、ドロシー・アシュビーのアルバム「ルバイヤート・オブ・ドロシー・アシュビー」に関してはいつか単独の記事にしてみたいと思ってます。わたしのPCのiTunesでわたしの視聴回数が1000回を超えた数少ない音楽だったりして、とことん気に入ってるアルバムなので。でも気に入りすぎてどう書いて良いのかさっぱり距離感がつかめないでいます。

☆ ☆ ☆

他には記事とは関係無しに、一つ関心を寄せていることがあります。フジフィルムが主催してる展覧会の公募の締め切りが今月末ということ。

”PHOTO IS" 10,000人の写真展
公式のサイトです。

この展覧会、誰でも参加できるうえに無審査で応募作品はすべて展示するというもので、美術だとアンデパンダン展といった名称で開かれるのと同形式の展覧会です。応募は写真が展示される時の台紙を500円で購入することで参加料となり、その台紙に指定の大きさで引き伸ばした写真を貼って提出すると、写真を貼った台紙のまま会場に並べられるという感じになってる模様。
これ、面白そうなのでしばらく前にカメラ屋で台紙を買って応募しようとしてるんですけど、台紙にあなたの思いを込めた作品を見せてくださいといった主旨とともに、作品に込めた思いについて書いてくださいという欄があって、これで困ってしまいました。だってわたしは思いを込めて写真って撮ったことがないもの。カメラ構えてるときに考えてることって見えてるものの色と形くらい。今まで撮った写真の中に思いを込めて撮ったものなんてないから、その思いを欄に書く以前に応募する写真を選ぶ段階で途方にくれてしまってます。
毎年開催されてる展覧会のようで、過去の出品作がいくつかフジフィルムのホームページに掲載されてたのを見てみると、子供やペットを撮った写真が多い感じでした。わたしが撮るようなのは場違いかなと思ったりしてちょっと勢いが鈍りがちになってます。でもせっかく500円払ったんだし、まだ半月の余裕があるから、なにか選んで応募してみるつもり。

フジフィルム主催とはいえ別にフィルム写真に限定してるわけでもないようなので、興味のある方は試しに参加してみてはいかがでしょうか。


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特に纏め上げるテーマのようなものもない写真を今まで載せなかったものからいくつかピックアップ。

誰もいないレストラン
Nikon AF600 : Kodak Potra 400NC

去年の夏に生駒山上遊園地で撮ったもの。結局記事にしなかったお出かけ写真の一枚です。この時は遊園地そのものにお客さんがほとんどいなくて、来てたのは小学生のおそらく学校からの団体くらいというような状態だったから、小学生の団体が通り過ぎてるところだけ活気があって、そのほかはゴーストタウンのような異様な状況でした。
これはお昼ご飯を食べた園内のレストラン。園内に誰もいないのだから当然レストランも無人の状態でした。
誰もいないという特殊な状態が写真にテーマ的な傾向性を与えてるかもしれないけど、写真そのものは単純なスナップショットで、去年撮った後で眺めてる時は芸がなさ過ぎるかなと思ってたんですけど、今見ると写真に関する考え方でこの時とは多少変わってきたところがあるのか、無作為っぽいところがわりと面白く見えてきてます。
世界は構図のために存在してるわけでもないし、これはファインダーを覗いてちょっと切り取り方を考えて撮った部分もあるんですけど、ノーファインダーで撮ったような作意のない切り方もまた世界の実相の一つじゃないかって。
作為的につくる無作為というのもひねくれていて面白いかもしれないなぁなんて漠然と思って、今になってちょっと選ぶ気になりました。

この撮影の後冬の間はずっと休園状態だったのが、春になって冬眠から目覚めたように営業を再開してます。長い冬篭りから目覚めでどんなになってるか、確かめにまた行ってみたいです。

アクアパーク
CONTAX TVS2 : FUJI X-TRA 400

去年の秋ごろに撮った、京都では有名な廃墟、アクアパーク東山。蹴上から三条通りを山科のほうに歩いていくと程なく、通りからうねるスライダーの部分が見えてきます。九条山の麓部分に作られていて、三条通からは車道を少し上がった程度でこういう光景を見ることが出来ます。でもどうして山の中にこんなプールを作ったのかなぁ。
ヨットが見えてますけど、浮いてるのではなくてプールに作り付けになってるそうです。誰の視線にも晒されずに長時間が経過したこのヨットの中の光景も見てみたいです。

カフェのウィンドウ
CONTAX TVS2 : Kodak Portra 400NC

新京極と寺町の間の路地の一つにある、これは入ったことがないけどカフェになるのかな。このビルは昔は画廊だったビルで、友人が個展をするのに使った場所でもあります。その頃は輸入レコードの店もあって、ちょっと馴染みが深い場所だったのに、こういうカフェになって様変わり、画廊は二階で昔と経営が同じなのかは分からないけど姿や名前を変えてまだ存在してるようです。でも輸入レコードの店は早々と綺麗さっぱりなくなってます。

輸入レコードの店で思い出した。ここでThrobbing Gristleのレコードを取り寄せてって頼んだのに、そのまま梨のつぶてだったのを。得体の知れないレコードだったから、輸入できなかったか、忘れられてしまったか。そういう態度の商売だったから潰れたのかも。

嵐山の船
OLYMPUS PEN F/Olympus E.Zuiko Auto-T 100mm f3. 5 : FUJI 100

今年の冬に嵐山で撮った一枚。結局嵐山のことも記事にせず仕舞いです。これは桂川に浮かぶ屋形船をちょっとかっこつけて撮ってみたもの。嵐山って船に乗って遊ぶとか、猿山があるといった程度で、わたしにとっては特に際立ったイメージを結ばない感じがあります。そしてそのわりに広いんですよね。桂川の対岸に渡るのにいちいち渡月橋まで戻らなければならないのも面倒です。

そういえば秋にハッセルを持って嵐山にやってきたとき、嵐山周辺を無目的に歩き回ってるうちに、民家の中に紛れ込むようにして、安部晴明のお墓を見つけたことがあります。一条の神社のほうは邸宅があった場所でお墓は嵐山にあったんですね。秋に嵐山に来た時に、そんなことを全く知らないで歩き回ってこの場所にたどり着いたっていうのは、その後神社のほうに初詣に行ったことを考えると、なにかの導きでもあったんじゃないかと思ったりします。

軒先飾り
OLYMPUS PEN F/Olympus E.Zuiko Auto-T 100mm f3. 5 : FUJI 100

祇園の御茶屋さんの軒先に今年のお正月頃に飾られてたもの。意外に暗いところだったのでちょっとブレ気味で、色もあまり上手く出てない写真になってます。
あとでもう一度きちんと撮りなおそうと思って出かけたんですが、その時にはすでに仕舞いこまれた後でした。

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おまけ

破綻する世界
LOMO LC-A : ACROS 100

破綻しすぎていて出す気になれなかった荒涼たるものの一枚です。誕生日ということで大サービス。
まるで写真の上に墨汁でもこぼしてしまったような、人知れず邪悪な闇が世界を覆い尽くそうとしてる様子を図らずも写してしまった禍々しさ漂うような写真です。
実はこれ、正体を明かすと唯のヤドリギなんですね。完全にシルエットだけの切り絵の様な写真になってしまって。心霊カメラのようなLC-Aに本気でうんざりしたので今はサブカメラにCONTAX TVS2を持って歩いてます。


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capitao do asfalto


Bahia Blackという、ブラジルからはカリーニョス・ブラウンら、ジャズからはハービー・ハンコックやウェイン・ショーターが参加したユニットの音楽。ブラジル音楽と現代の黒人音楽の混沌とした坩堝のような音楽を紡ぎだしてます。バイーヤ音楽といえばわたしはセルジオ・メンデスのアルバムで聴いたものが印象に残っていて、これを聴いた最初はそのリズム感がまさしくバイーヤの音楽だと思って聴いてました。でも最後のほうって気づいてしまうとほとんどラップじゃないかって。意図的に混ぜ合わせてるんでしょうけど、聴き終わってみるとバイーヤのリズムとラップ的な歌唱法が違和感なく混ざりこんでるのがちょっと新鮮でした。だってラップってそれまで本当に音楽としては聴こえなかったから。ひょっとしてラップも音楽として聴けるようになるかもと思わせた曲でもあります。



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Ritual Beating SystemRitual Beating System
(1992/01/28)
Bahia Black

商品詳細を見る







【theme : お散歩写真
【genre : 写真

tag : NIKON AF600 OLYMPUS PEN CONTAX TVS2 Bahia Black

【写真集】最近の散財の記録、サラ・ムーン写真集「12345」 +【写真】荒涼たるものたち +【音楽】入り浸った場所

店によって大体一万五千円くらいから二万円近くするものだから、高価で買いそびれていたサラ・ムーンの写真集「12345」(こういうタイトルです)を、思い切って買ってみました。ということで新刊でもないけど購入記念に記事にしてみました。まだぱらぱらと中身を眺めただけなのでレビューっていうほど大層なものでもないけど、良かったら付き合ってみてください。

やっぱりこんな値段だといくら興味があってもなかなか手が出せずにいたんですけど、待っていても小説のように文庫になるわけでもないし、ただ時間が経つにつれ綺麗な状態にあるものを入手する機会が減っていくだけだろうと思って確保することに決めました。もっとも写真集というようなものは、写真の印象が大きさで随分と変る、たとえば自分の撮った写真でもPS3に取り込んで大きなテレビモニターでスライドショーなんかしてみると、どこの上手い人が撮った写真なのかと大いに勘違いできるほど見栄えが良くなるので、文庫で小さくなってしまった写真を観るよりは、当然のごとく大きな元の写真集で観た方が良いのは歴然としている以上、文庫になるのが分かっていたら文庫化を待っていたかというと、例え文庫になったとしてもそういう簡易版は小説のようにはあまり手を出す気にはならなかっただろうと思います。

写真集は全部で5冊。その五冊の大部の写真集がまとめて大きな化粧箱に入った形になってます。持ってみるとかなり重いです。タイトルの「12345」って謎めいてるようにみえるけど、単純に5冊が一緒になってるという意味だったんでしょう。

12345-1
Nikon Coolpix P5100
こういう巨大な写真集です。シュリンクフィルムというのか、透明の薄いフィルムがかけられてるようなものがDVDなんかでもありますけど、シュリンクフィルムを全部引きちぎらなくても中身が出せるようなものだと、わたしはこういう風に取り出し口だけ開いて他は残しておく開き方をします。はっきり云って見た目はあまり良くないです。でもこうしておくと別にカバーになるようなものを調達するよりも安上がりだし、ちょっとでも汚れるのを防げるんですよね。

12345-2
Nikon Coolpix P5100


その5冊のうち3冊が今までに撮られたモノクロ写真をコレクション、残りのうちの一冊がこの写真集が出来た2009年を基準とするサラ・ムーンの最新作のカラー写真を集めたもので、最後の一冊がサラ・ムーンが監督した映画「mississipi One」のDVDとその映画のシーンの写真集という構成になってました。
意外と値打ちがあるのが、実はこの大部の写真集に2万近くのお金を支払う動機になったかなりの大きな部分となったのもなんですけど、この映画のDVDが手に入るということでした。映画はサラ・ムーンの写真が全編に渡って動いてるといった感じのもので、VHSにはなったものの、DVDの形ではリリースされてません。おそらく映画DVDのような形でDVDショップに並ぶことはこれからももうほとんど可能性としてはないといってもいいと思うし、ブルーレイ版は映像派の映画だから多少の可能性はあるかもしれないけど、観たいと思ってる人の数を想像するとこの映画のブルーレイでのリリースはとてもじゃないけど採算が合わないと思います。
つまりサラ・ムーンの映画「mississipi One」を観ようとするなら、今のところもおそらくこれからも、VHSを探すかこの写真集についてるものを観るかのどちらかしか可能性はないっていうことです。

今のところこの映画を観るための唯一の手段となってる写真集「12345」。
でも家に届いたものを早速調べてみると、リージョンの違いくらいは懸念事項として入っていたものの、ビデオの形式までは失念していて、この「mississipi One」のDVD、写真集がイギリスで発売されたものだから当然といえば当然なんですけど、実は日本やアメリカで採用しているNTSC方式じゃなくてPAL方式のDVDでした。今わたしの部屋でテレビに繋いでるこういうものを再生する機械はPS3なんですけど、PS3に入れてみるとPALのDVDなので再生できないとつれない返事が返ってきます。
イギリスはリージョン・コードは日本と同じだし、PCのDVD再生ではこのNTSC/PAL方式の違いは再生には関係なくなるのでPCでみればいいということになるものの、わたしのPCは10年位前の機種で以前異音がするといってたのもそのままに、まだ綱渡りのように使ってるものだから、搭載してるドライブはDVDじゃなくCD-ROMドライブだったりします。DVDドライブは以前外付けで繋いで使っていたのがあったけど、こちらは壊れてしまって、壊れてからはそれっきり。つまり今のわたしのPCではDVDは観られない状態になってるわけです。
ということで期待して手に入れた映画「mississipi One」は新しいPCを買った時くらいまでは視聴するのはお預けという形になってしまいました。まぁ壊れかけてる今のPCなので買い替えはそんなに先の話じゃないとは思うものの、それまで観られないとなるとちょっと欲求不満が高まるかも。

写真集はかなり大きな判で総量4,4キロもある重厚なものなんですが、本そのものの作りはハードカバーでも無くペーパバック程度のもので箱に入って豪華だったもののあまり上質な作りとはいえません。中身は一巻をちょっと見てみた程度では意外とテクストにもページを割いてるという印象。写真だけを無言で並べた写真集とはちょっと印象が異なります。というか、単独で独立したテーマでも持ってる写真集じゃなくて、レコードでいえばベスト盤のような本になってます。わたしはサラ・ムーンの写真集というと「VRAIS SEMBLANTS-幻花」というのと赤ずきんのものしか持ってなかったから、ベスト盤的なものでも知らないものが一杯入ってたのでその点は特に問題なしでした。テクスト部分が多いのはおそらくこういうサラ・ムーンの作家活動を集大成するような視点で組まれてる結果だと思うし、そのテクストにはサラ・ムーンへのインタビュー、サラ・ムーン自身の解題も入ってるようなのでそういうところは面白い構成になってるようでした。今のサラ・ムーンの写真といったときに思い浮かべるようなビザールで幻想的なものになる前の、オブジェがはっきりと写ってるような普通の写真風の最初期のものも収録されていて、最初からあの作風でもなかったと分かるのはちょっと興味深いところでした。
まだ一巻目をぱらぱらとめくった程度でテクストも読みもしてない段階での印象はこんなところかな。それぞれの本の作りや写真のプリントは値段のわりにはあまり豪華でもないけど、写真集としては手ごたえのある感じのものになってました。

これは本とは関係ないんですけど、装苑だったかサラ・ムーンの昔の雑誌のインタビューの記事を紹介してたブログを見つけてそれを読んでみると、サラ・ムーンが使用していたカメラって今はどうか知らないけど、そのインタビュー当時はニコンだったらしいです。映画「欲望」でデヴィッド・へミングスが持ってたカメラと同じ、ニコンのFとF2。廉価版ニコンのニコマートも持ってたけどこれはあまり使わなかったそうです。
サラ・ムーンがニコン派だったと知ってちょっと吃驚。サラ・ムーンの写真を特徴付けてる諸要素はフィルムの現像の段階、印画紙に焼き付ける段階でかなり特殊なことをやって作り上げてると思っていたし、そういう特殊な作業を行うための下地としての素材作りにもそれに相応しいような、もっと特殊なカメラを使ってると思ってました。それがサラ・ムーンはそんな特殊なカメラじゃなくてニコンを使ってると知って、わたしもニコン使いなので、ひょっとしたらわたしもああいう写真が撮れるのかなと、ちょっと希望的な気分になったりしました。
でも同じインタビューの中で、使用してるカメラがなにであるか答えた後で、サラ・ムーンは「カメラの種類って写真とはあまり関係ないと思うけど」、なんていうことも云っていてるんですね。こういうことを云い切れるのはやっぱり写真に絶対の自信があるからなんだろうなぁと、ちょっとうらやましかったりします。こういうかっこいいことをわたしも云ってみたい。

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サラ・ムーンの写真は写真の絵画的なアプローチの一つの形だと思ってます。サラ・ムーンの写真の特徴的なものを物凄く大雑把に拾い上げてみると、ボケや二重三重になったブレ、そして古びて傷んだようなテクスチャといったところがまず目にはいってくると思います。
ピントに関しては全部とはいわないもののピントを合わせることにほとんど頓着してないような撮り方のものが多いようです。今の写真でボケを使うというと背景をぼかしてメインの被写体を立体的に浮かび上がらせるという効果を狙ってるものがほとんどだと思うんですが、サラ・ムーンのピンボケはこういう意図とは全く反対で、画面のすべてのオブジェにピントを合わさないことで、あるいは二重にぶれた画像にすることで、オブジェの輪郭をあいまいにし、まるで近くのものも遠くにあるものも一緒に溶け合っていくようなイメージを作っていくように見えます。すべてのものが前後の関係を失って同一平面上でお互いの輪郭を浸潤していくような感じ。同じようなボケという効果を使ってサラ・ムーンの写真は立体感を喪失させていくという、今使われてるのとは真逆の意図を実現させていってるようです。
また、まるで現像に失敗したかのような、あるいはしみが広がってまだらになったようなイメージとか、傷が入った画面とか、本来的なオブジェの質感を消してそれに置き換えるようにこういうテクスチャで写真を覆うことも、写真が本来無条件で持っているリアリズムの生々しさや記録性を喪失させ、写真を通して向こうにあるリアリズムの世界に足を踏み入れさせないといったような、よりj絵画的に見せようとする意図があるんだと思います。
しみとか色むらとか傷とか、こういうテクスチャは写真に古びた印象を付け加えて、まるでサラ・ムーンの写真をビクトリア朝の写真のようにしてしまってるのも興味深いところだったりします。それは降り積もる時間を擬似的に写真に取り込んで、これこそが写真の真実だとでも云ってるような感じでもあります。

これは印画紙に焼き付けられたイメージの話なんですが、フィルムそのものに話を拡げても同じことが云えるかもしれないです。
一般的にデジタルとフィルムを比較した時、フィルムの保持性能といったことがフィルムの優位性として上げられることがありますけど、わたしは逆にフィルムはその上に時間が降り積もって変化していくからこそ値打ちがあるんじゃないかと思ったりします。デジタルデータは読み取れる限りはいつまで経っても時間による変化は起きずに、何十年経とうと撮ったその時の映像が見られたりするけど、フィルムは時間経過で色あせてきたりといった変化を取り込んで変貌していく可能性を持ってます。そしてこれは必ずしもフィルムの弱点でもないような気がするんですね。

前の記事で話題にだしたダダイスト、マルセル・デュシャンの作品に「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも」という奇妙なタイトルがついた、通称「大ガラス」という作品があります。高さ2.7メートルの立てた大きなガラスに独身者の機械といった奇怪なイメージ群を定着させた作品。そのイメージはガラスの上に描かれてるのとはちょっと違って、二枚の大きなガラス板の間に油彩や鉛の箔で形作ったイメージを挟み込んだような形になってます。この作品そのものは結局未完のまま放置という道筋を辿るんですが、ある時この「大ガラス」を運搬中に不手際があってかなり大きなひび割れが幾筋も作品全体に入ってしまうことになります。その時その出来事に対してデュシャンは偶然が作品に加えた一要素として、そのひび割れを「大ガラス」の完成へと繋がるひとつの構成部分として受け入れてしまいます。壊れたと判断してひび割れを修復するんじゃなくて、時間が与えた影響も作品の一部分として取り込んでしまったわけです。今遺作とともにフィラデルフィア美術館に展示されてますが、今ももちろんガラスはひび割れたままになってます。
ちなみにこの作品はマン・レイが「埃の培養」というタイトルで写真を撮って作品として残してます。

The Bride Stripped Bare by Her Bachelors, Even (The Large Glass)
フィラデルフィア美術館の「大ガラス」のページ。作品の写真があります。


こういう考え方をフィルムにも敷衍すると、経年でいろいろと最初にはなかった要素がフィルムに付加されていくことは、写真が決して写した時間で凍り付いてしまったものではなく、死んだ時間を定着させたものから、時間をも取り込んで生きてる状態に移行していくものと考えることが出来るようになります。なんだかこんな風に考えたほうが面白そうです。時間において開かれてるというのはフィルムの持つ、ひょっとしたら魅力であり特権でもあるのかもしれません。

サラ・ムーンに話を戻すと、サラ・ムーンの写真はこういう時間の降り積もった絵画のような表現に、モノクロだから際立ってる光と闇の表現を従えて、サラ・ムーン独自のモチーフを載せてるという形の写真になるわけです。モチーフは古びたような加工を施してるから何処かノスタルジックなイメージになってるものがほとんどなんですけど、古い写真といっても懐かしいイメージとか甘美な感情が付随してるようなものでもなく、叙情に流れるよりはどちらかというと夢魔に近いようなもの、たとえば「アリス」の物語が持ってるちょっと生臭い毒気があるような領域につま先を浸してるようなところがあって、単純に郷愁的なものに収斂していかないところが特徴であったり魅力であったりするように思われます。


サラ・ムーンの写真をスライドショーにしたものがあったので。7分ちょっとで少し長いです。




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去年の10月頃に嵐山に持って行ったきりだった、ハッセルブラッドを久しぶりに連れて宇治川流域に写真を撮りに行きました。ハッセルブラッドは持って出るのにちょっと気合が必要なところがあって、10月以降気分的な切っ掛けがつかめずになかなか持ち出せませんでした。ハッセルブラッドは持ち出したとしてもシャッター切るのに、ここで本当に良いのか?本当にこの光景を写真を撮りたいと思ってるのか?これが撮るに値するものなのか?とやたらと自問自答してしまい、なかなかシャッターが切れないという状態になり勝ちなカメラ。少なくともわたしにとってはそういう側面のあるカメラで、ブローニーフィルム一本で12枚しか撮れないんですけど、躊躇いながら撮ってるものだから、今回この12枚を撮りきるのに2日ほどかかってます。持ち出した最初の日はシャッター切れたのがたったの二枚。サブとして持って出てた同じくモノクロを詰めたLC-Aは結構撮ってたのに、ハッセルはたったの二枚で、日を変えて宇治川流域を再訪した時に、とにかく構えたらシャッターを押すという決まりごとを自分に課して残り10枚を撮りきるということをしてました。
凄い好きなカメラなんだけど、物理的な重さもあったりして、のめりこんで使ってると何かと疲れ果てるカメラでもあります。だからそれが分かってるから持ち出す時から勢いがないとなかなか持ち出せずになってしまうんですけど、出来上がった写真を見るとあくまでも自分の腕の範囲内ということではあるものの、レベルが異なってるような仕上がりの写真を目にする確率が多くて、そういうのを見てしまうと、疲れ果てたのもちょっと脇に置いておいてまたこれで撮ろうって思わせるカメラでもあったりします。知らない間に気合入れたような状態でファインダーを覗き込んだりしてるものだから使い終わったときは疲れてるんだけど、疲れるからもう使うのは嫌という風にはなかなかならない不思議な魅力のあるカメラです。

今使用中のハッセルブラッドの状態
Nikon Coolpix P5100
今使ってるハッセルブラッドの形はこんな感じ。一昨年に父から譲り受けた時の形はその時に写真を載せてると思いますけど、プリズム・ファインダーにA16フィルムマガジンという組み合わせで、わたしが使いたかった形とは異なってました。ウエストレベル・ファインダーなら確かに持ってたという父の言葉で、その後家捜ししてなんとかウエストレベル・ファインダーをみつけ、6×6の真四角写真が撮れるA12フィルムマガジンを中古ショップで見つけて購入し、これでわたしが使いたかった形となりました。
写真の四角い煙突状に上に突き出た部分がファインダーでここから覗き込んで構図を決めたりします。ただし構造上ファインダーの画像は左右が反転していて、これは最初ちょっと戸惑ったりします。すぐに馴れますけどね。
ちなみにファインダーに浮かび上がる像は驚愕するほど立体的で綺麗です。これ、始めてみた時は感動ものでした。


そんな辟易してるのか陶酔してるのか良く分からないハッセルブラッドを、首から下げると重さで筋でも違えそうなので肩からたすきがけにして、宇治川の川縁へと写真を撮りに行ってきたわけです。
植田正治の砂漠の写真を見ていたりして、植田正治が砂漠を舞台にしてシュールな写真を撮ってたのは砂漠だと余計なものが画面に入らないからと言う理由もあったと知り、私は街中で撮ってるのがほとんどだから、撮るものの大半が色々といらないものも一杯写った雑然とした写真になっていて、一度そういう広々としたところで写真を撮ってみたいなぁと思ってました。
京都でそういう広々としたところはないものかと、高さ制限で高層ビルの類はない都市だけど、それでは垂直方向じゃなくて水平方向に制限のない場所ってあるだろうかと考え、それで思いついたのが京都の南のほうにある小椋池の干拓地でした。昔ここには巨大な池があって、その池全域が干拓された後、今は広大な農地になってる場所です。そう思って行ってみると確かに広大で見渡す限り何もない空間は街中でやたらと視線が跳ね返されるような閉鎖的な空間を見慣れてる目には開放感で圧倒されるような新鮮な感覚を覚えました。
最初に小椋池に様子見に行った時はハッセルブラッドとは別のカメラとモノクロを詰めたLC-Aと言う組み合わせで訪れて、でも写真に撮ってみると、あまりにも何もなさ過ぎというか、何もないくせに農地であることだけははっきり分かるようなロケーションでちょっと撮り難いという感じの場所でした。その日は干拓池で主にLC-Aを使って写真を撮って帰宅。もうちょっと何か写すきっかけのものでもないかと思って、次に行った時は干拓池の北端を流れてる宇治川の川縁を歩いてみることにしました。

広大な場所で写真を撮ってみたいと思いついた時、思惑にあったのはとにかく広大な場所で、見渡す限り荒れた草原のようになってる場所、しかもそのだだっ広い空間のそこかしこに奇妙なオブジェでも転がっていそうな場所、妖しげな研究所の廃墟でも朽ち果てるように建っていたら雰囲気最高とでもいえそうな荒涼としたイメージの場所でした。

でも小椋干拓池に隣接してる宇治川河川敷をさ迷い歩いてみても、複数の多目的なグラウンドが無造作に何枚も並べてあるだけ、その周囲をわずかな木が囲んでるだけの、ただの広い空き地と紙一重の宇治川公園と、公園を越えて歩いていっても、その向こう側に広がっていく鉄塔が立ち並ぶ葦原と云ったものにしか出会わ無いという場所で、視界を遮らない光景は広がるものの、被写体の少なさはまだ農機具なんかが放置されてた干拓池のほうがましだったといった感じでした。

そういう状態の中で撮ってきた写真はこんな感じのものになりました。

荒涼たるもの1
HASSELBLAD 500C/M Carl Zeiss Planar 80mm f2.8 T* : FUJIFILM NEOPAN ACROS 100

宇治川公園のグラウンドに降りていく道の側にあった木。瘤のようになったところで枝が途切れてるという枯れ木はよくみるけど、この木のその先に伸びてる枝がなんだか指というか爪というか、そういうものに見えてちょっと興味を引きました。
暖かくなってから一度また訪問してみると、枝の先に葉っぱが出てたので、枯れ木でもなかったようでした。

荒涼たるもの2
HASSELBLAD 500C/M Carl Zeiss Planar 80mm f2.8 T* : FUJIFILM NEOPAN ACROS 100

グラウンドの脇に生えてた木です。宇治川公園は本当に目を引くものがあまりないなぁと思いながら、枝ぶりが大仰で寒々とした木を撮っておこうと思ってシャッターを切りました。宇治川公園に写真撮りに行ってた時はやたらと木ばかり撮ってました。それが一番目だってたからなんでしょうけど、こうやって写真を整理してると、誰も使ってないグラウンドのくたびれたフェンスのようなものも撮っておいたほうが良かったかなと思います。後になってこういうことを考えるのはわたしは多いほうかもしれません。GW中も奈良に行って写真を撮ってたんですけど、こんなのもあったけどもう一つどういう風に撮れば良いのか判断つかなくて撮れなかったなんていう話しを父としてると、とりあえず撮ってみないと始まらないから、そういうのも撮ってくるべきだと思うというようなことを云われました。

ハッセルブラッドの写真はこうやって見てみると、ツァイスのレンズもそうだけど、面積が広い中判フィルムの利点がよく出ていて、35mmのフィルムで撮るよりも枝の感じなんかはやっぱり精緻で立体的に写せる感じがします。

荒涼たるもの3
HASSELBLAD 500C/M Carl Zeiss Planar 80mm f2.8 T* : FUJIFILM NEOPAN ACROS 100

こんな風に、向こうの川縁に林が少しある程度で、あとは、グラウンドが並んでいただけの場所。グラウンドは主に野球に使われてるようでした。でも公園の外れにあるグラウンドでは広いグラウンドをゴルフの練習で一人で使ってるおじさんがいたり、思えば荒涼としたものというコンセプトで無人の荒野のようなイメージが先にあったから最初から人は撮る気がなかったんだけど、こういう広いグランドで一人でゴルフしてる人というのも荒涼とした被写体だったかもしれません。写しておけばよかった。

これは今回撮った写真の中ではわりと気に入ったものです。配置のバランスが上手く取れてる感じ。丸い要素の木の並びと手前の横方向のラインの組み合わせと、そんな構図的なことだけ考えて撮った写真だったりします。
ちなみに手前の土手の上から撮っていて横方向のラインはグラウンドへ降りていく道とその斜面に映えてる草の面が交互に繰り返されることでこういう形になってます。中央に頭だけ見えてる木は一番最初の写真の木。この構図の中ではちょっと唐突な余計物かな。

荒涼たるもの4
HASSELBLAD 500C/M Carl Zeiss Planar 80mm f2.8 T* : FUJIFILM NEOPAN ACROS 100

水道管?ガス管?どちらかはよく分からないけど、使われてなかったグラウンドの少し外れたところに地面から屹立していたオブジェ。これはグラウンドを始終使うような人にはグラウンドにはあって当たり前の、おなじみの設備なのかもしれないけど、わたしには判断不能のものでした。おそらく保護するためだと思うけど布切れが巻きつけてあって縄で縛ってありました。
奇妙というには水道管とかガス管とか云う具体的なイメージに流れすぎてるものの、布がかけられて縛られてることでちょっと引き立つ感じになってました。奇妙さを狙って撮れたオブジェは今回はこれだけ。このすぐそばの林の中にグラウンドで使っていて壊れたものが投げ捨てられていたりしたのも荒涼としてたんですけど、元の用途が分かるものばかりで犯人の名前が大書きされてるミステリが散らばってるようだと思うとシャッターを切るまでには至らずじまいでした。

荒涼たるもの5
HASSELBLAD 500C/M Carl Zeiss Planar 80mm f2.8 T* : FUJIFILM NEOPAN ACROS 100

宇治川公園をちょっとはなれて対岸の住宅地を歩いていて出会った家。
絶対に廃屋だと思って、前に立って露出を計ったりしてたら、新聞配達の人が自転車でやってきてわたしの目の前で止まり、この家に新聞を投げ入れていきました。廃屋じゃなかったんだ!
ということで他人の家を間近まで近寄って覗き込むことも出来ずに、中途半端な位置からの撮影となった一枚です。
こういう家を撮る時にこのぐらいの位置からこのくらいの範囲で画面に納めてしまうのが一番説明的で、一番面白くないような気がします。これならもうちょっと周囲の光景も入れて場所の雰囲気ごと撮るか、特異な被写体だからといって植物で覆われてる特異なところを全部撮りたくなるのを押さえ、住人がいるとまず出来ないけど、全体像なんかお構いなしに、近寄って一部分だけ切り出して撮るほうが絶対に良いです。

あと、建物とか撮る時にガラスに自分が映るから無意識的にでも斜め方向から撮ることがほとんどなんですけど、こういう被写体は真正面からグラフィカルに撮ったほうが面白そうだなぁと云うようなことも帰ってから眺めてる時に思ったりしてました。

☆ ☆ ☆

宇治川公園には他にもLOMO LC-Aを持っていって撮ってました。LC-Aといえばロシアのコンパクトカメラ、その作りのあまりの未完成振りに普通のカメラとしてではなくトイカメラとして人気が出たカメラです。もともときちんと動いていても担当した組立工のウォッカの量で出来が異なるような不安定なカメラなんですけど、この小椋干拓池や宇治川河川敷、フィルムの残りを撮るのに奈良の平城宮跡にも連れて行った時のLC-Aはとにかく不安定というか本当に調子が良くなくて、露出がばらばら、昼撮ってるのに、まるで夜みたいな画面になってたりといった具合に得体の知れない写真を量産する結果となってました。

LOMO LC-A
NIKON COOLPIX P5100
ちっとも云うことを聞いてくれないLC-Aです。最近汚れを落とそうと無水エタノールで拭いたら、正面のロゴが一部消えてしまいました。


宇治川河川敷で写真を撮っていた時にフィルムは2本消費。一本目を現像に出してる間にその結果を見ずに2本目を詰めて撮ってたので、フィルムを新しく詰め替えた時に調子が今ひとつなのに気づかなかったんですね。それとこのカメラ、たまに光漏れするんですけど、いつもはたまにという頻度だったのが今回は全コマに光漏れ発生。発生箇所は写真の隅だったので、これはトリミングで消し去る処理をする結果になりました。オーロラのような光の幕がかかる感じの面白い光漏れだったら残しておく可能性もあったものの、この光漏れは筆で書いたように強く出てたので邪魔なものにしか見えなかったです。
もう一つ、推測としては現像所のほうでついたんじゃないかと思うんですけど、現像に出したフィルムが結構傷だらけで返って来ました。現像所でついたと予測はしていてもカメラに原因がある可能性もあるので、これに関しては傷がついてるのに気づいた後で撮ったフィルムを結果を見るために違う現像所で今処理してもらっています。今回の記事に載せるのに光漏れ同様スキャンして傷が出てるところはトリミングかフォトショップで消し去る処理をしたりして、凄い手間がかかってしまいました。
デュシャンが「大ガラス」に入ったひび割れを受け入れたのをかっこいい思考と思い、フィルムも開かれた時間を含んで変化していくのが特質と書きながら、やっぱり帰ってきたフィルムに傷が入ってたら気がめいるわけで、明確に言行が一致してないわたしだったりしてます。

という感じで結果としてはあまりぱっとしてなかったLC-Aの写真も何枚かアップしてみたいと思います。

葦の原と鉄塔
LOMO LC-A : FUJIFILM NEOPAN ACROS 100

宇治川公園の側を過ぎて河川敷の土手を歩いていくと一面の葦原が目の前に広がってきます。葦原には距離を置いて鉄塔が建ってるだけで、他の建物は一切見当たりません。葦原は所々踏みならされ奥に向かう道のようになっているところがあり、そういうところには立ち入り禁止の柵が設けられてたりするんですけど、柵は倒れたりして入る気になれば簡単に入れそうな感じになってます。
これは唯一工事中で基部に大掛かりな足場が組まれていた鉄塔。警備の人はいるけど工事現場にしては余り人気のないところだったので奇妙な雰囲気につつまれてました。

河川敷NOWAVE
LOMO LC-A : FUJIFILM NEOPAN ACROS 100

河川敷なんかでよく見るブロックの斜面。
ここでシャッターを切ったときに頭にあったのは、中心軸を欠き、飽和していて、無意味であり、ざらついた何かが神経をささくれ立たせるようなもの、といったことでした。いうならば80年代前後にニューヨークのアンダーグラウンドでNO WAVEのバンドが演奏していたような音楽に通底したコンセプトによる写真。ノイズ的なそんな音楽的なものを写真と云う形で撮ってみたかったと思ってシャッターを切った結果として得た一枚です。
神経をささくれ立たせるほどのところまでは結果としてはいかなかったかな。それに上を覆う蔦で目立たないかと思ったブロックがやっぱり河川敷っぽい具体的なイメージを持ち込んで、こういうのもあまり良くなかったです。



ちなみに NO WAVEのバンドの音ってこういうの。はっきり云ってノイジーで喧しいので、最後まで聴くのは苦痛かもしれないけど、写真のコンセプトだといったものの参考に、良かったら聴いてみてください。

NOT MOVING - DNA


DNA fhoto
こんな人たち。

ブライアン・イーノがプロデュースした、NO WAVEのバンドを集めたコンピレーション・アルバム「NO NEW YORK」のなかで、コントーションズと並んで好きだったバンド、DNAの演奏。チューニングもせずにコードも知らないで弾くノイジーなギターとフリーキーなボーカルでDNAを率いていたBEM風風貌の才人アート・リンゼイはのちにブラジル音楽という、もともと子供の頃をブラジルで過ごした人だったらしいから必然といえば必然なんだけど、DNAからみると予想外の方向に進んで行くことになります。さらにドラムのイクエ・モリは日本人。日本人が参加という辺は日本人のわたしとしては結構ポイントが高かったりします。この人は数年前にCDが出てたのを見かけたので、まだ音楽活動してる模様です。





侵食する影
LOMO LC-A : FUJIFILM NEOPAN ACROS 100

得体の知れない写真として投げ出しておくと、それなりにかっこよさそうですけど、壁に映った木の影です。これ、実は木の本体も写ってるのに影と区別できません。おまけにこれで昼間に撮った写真だというんだから。
LC-Aのこの時の露出の不安定さは、ひょっとしたら電池の容量も関係してるのかもしれないと思って、今入れてるフィルムを撮るため電池を新しいものと交換してみました。結果はすぐには分からないけど、電池が原因ではなかったら、やっぱり驚異のカメラって云うことになりそうです。

雲間
LOMO LC-A : FUJIFILM NEOPAN ACROS 100

宇治川の河川敷から。雲間から光芒が伸びていたのをスナップ。非常に良くみるタイプの写真だと思います。撮るならばかなり工夫して撮る必要がありそう。と言ってもあまりにも奇を狙ったようなのも鼻白むかもしれないのでこういうのを撮るのは難しそうです。
もうちょっと光芒がはっきりと出てるとよかったんだけど、そういう瞬間を待ってもたもたしてると太陽が雲の陰から出てきてすべてが台無しになるんですよね。

鏡面
LOMO LC-A : FUJIFILM NEOPAN ACROS 100

これもちょっとありがちかなぁ。
いつだったか唐突に暴風雨になった日があって、その翌日に宇治川公園で撮った写真です。いたるところに前日の雨による水溜りが出来ていました。その水溜りに映りこんだ荒涼とした木を撮ってみた一枚。雰囲気のある水溜りとかそうしょっちゅう見るものでもないので撮ってみたけど、写す際の工夫とかあまり思い浮かばなかったです。
「荒涼としたもの」って云うテーマはわりと分かりやすいところからイメージを切り出しやすいテーマだったかも。テーマとしては、わたしだったらすぐにホラー映画の一場面を思い浮かべたりして、類型化されやすいものだったような気がします。

☆ ☆ ☆

これを書き続けてる間に、LC-Aの調子を見るために撮って現像に出していたフィルムが仕上がって返って来ました。電池を新品に換えて、このカメラはLR44かSR44どちらかの電池が使えるようになっているので、これまではLR44を使ってたのをSRのほうが安定してるというのでそちらを使って撮ってみた結果、電池交換後に撮ったものは露出に関してはすべてセーフ、元々不安定がデフォルトのカメラだから正確かどうかは分からないけど、絵的に破綻するほどのアンダーになったコマは一つもなかったです。アンダーどころかヒストグラムをみるとどちらかというと露出オーバーになってる感じ。ということで露出に関しては電池の容量が少なくなってた結果と考えても良さそうでした。傷のほうは隅に一本はいるところがあるものの細かい傷は解消されてる感じ。あとは光漏れなんですけど、これは未だにどこが漏れてるのか良く分からない状態です。返って来たフィルムはなぜか光漏れのコマは激減してたものの、皆無になったわけでもなく、それらしいところに斜光用のパーマセル・テープを貼って漏れが防げるかどうか確かめてる最中です。でも未だにここが漏れてると予想した場所はことごとく外れ、確定できてません。なんか3本ほど手間がかかり気落ちするようなフィルムを手にしたために、今カラーのフィルムを入れてるもののこれを撮り終えたら、カラーの出来栄えによっては、しばらく他のものを使おうかなと思案中です。LC-A使うのにちょっとうんざりしてきた。

☆ ☆ ☆

今回「荒涼としたもの」というような、テーマというほど大層なものでもないけど、そういう感じのものを頭の片隅に置いて撮ってみた感想は、荒涼としたものとはその時感じられなかったもの、普段そういうテーマらしいものを持たずに撮影してたら撮っていたかもしれないものを、テーマを頭に置いたために、テーマとは隣接しないものとして撮らずにやり過ごしてた部分が結構ありそうということでした。無意識的に視覚が引っかかり、なぜ気になったかはその場では分からないままにカメラを向けるということがあまりなくて、結構頭で考えて撮っていたところがあった感じ。そういうのがいいのか悪いのか良く分からないけど、ちょっと限定された思考方法で行動していたところがあったようです。

それとテーマ的なものがあってそれが上手く画面に定着させることが出来たら結構力強い印象になるかもしれないと思うものの、下手をすればシンプルになりすぎるところもありそうだなぁということも思いました。何らかのテーマがあったとしても、その一つのテーマに収斂していかない何かが複層のレベルでどこかに混在してるほうが、画像としては面白い出来になるんじゃないかなと。
これもあまり混在してると収拾がつかない印象になりがちですけど、その辺が感覚の勝負どころなのかなと思ったりします。

今回カメラを抱えて宇治川公園で歩き回ってた結果は正直なところ写真としてはそんなに気に入ったものも撮れないままに過ぎていったという感じでした。でも写真はそれほど撮れなかったけど考えることは撮れた写真の量に比べて意外と多かった撮影行だったようです。



☆ ☆ ☆  ☆ ☆ ☆



Chrono Cross OST - Dimension Breach


スクエアのゲーム、クロノクロスに使われていた曲です。日本語のタイトルは「次元の狭間」で、タイトルから受ける危なそうな印象とは結構異なってる感じの曲です。
ゲームのほうはもう細かいことなんか完全に忘れていて、この曲が流れていた場所の役割も正確には覚えてないです。時間の中で忘れ去られてしまった廃墟のような静謐なイメージの所だったと記憶してますが、そういう時の果てにあるような場所でこの曲が静かに流れていました。穏やかで、平穏さに満ちていて、このゲームの中で飛びぬけて気に入ってしまった曲だったので、ゲームをやってる間でもゲームの進行なんか関係無しに、用もないのにここにやってきてはこの音楽を聴いてました。
作曲は光田康典。クロノクロスで使われてるほかの曲はゲームに相応しいような勇ましくてにぎやかなものがほとんどだったと記憶していて、この曲に関しては突然変異的な印象を持ってました。
スクエアのゲームというと音楽で代表的なのはFFシリーズの音楽を担当していた植松伸夫になると思うし、この人は日本の音楽では屈指のメロディ・メイカーだったという評価は変わらないんですけど、この曲のメロディ・メイカー振りに関しては光田康典も負けてはいないです。

ゲーム音楽って意外と手が込んでるというか、しっかりと独創的に作られてるものが多い印象です。すぎやまこういちがゲーム音楽のフィールドで仕事をし始めたのと反対に、もし歌謡曲といった分野が壊滅的にならなければ、こういう人たちって歌謡曲の職業作曲家になってた人が多いんじゃないかなと想像したりします。特に好きな音楽が多かったのはスクエア、コナミ、任天堂辺りの出してたゲームの音楽だったんですけど、たとえばゼルダやマリオの曲とか、物凄く自然に耳に馴染むのに、メロディラインは他に似てるものがないくらい、良く聴いてみると独創的だったりして、曲の完成度の高さに吃驚しますよ。






☆ ☆ ☆







Sarah Moon 12345. (Slipcase)Sarah Moon 12345. (Slipcase)
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【theme : 写真集・写真の本の紹介
【genre : 写真

tag : サラ・ムーン 12345 マルセル・デュシャン ハッセルブラッド LOMO LC-A 宇治川公園 次元の狭間 クロノクロス

【写真】桜 宇治川派流〜伏見港公園 +【音楽】桜歌

いつまで経っても寒さが残るような気候が続いていたけれど、今週に入ってから一気に持ち直し暖かくなってきたので、桜もそろそろ見頃になってるかもと思って、お花見に出かけてくることにしました。いつものごとくどこにしようか場所選びに迷い、迷った挙句に今年の桜は宝ヶ池にしようかなと漠然と考えていました。でも今回実際に行った場所は宝ヶ池ではなくて伏見港公園というところ。伏見港公園を最終的にお花見の場所に決めたとはいえ、実はわたしはこの公園の存在をほぼ最近になるまで知りませんでした。

少し前から宇治川公園で写真撮っていて、そこは伏見の辺りを東西に横切るように流れている宇治川の左岸に隣接した広大な空き地といった風情の公園なんですが、その公園や電気の鉄塔が建ってる薄の原で写真を撮ってる時、対岸に巨大なモニュメントのような構造物が川縁の林の合間から見え隠れするのを見て、あれは何だろう?川に隣接してるから水門の類だとは思うけど空間のその一点の濃度が濃くなってるような印象を持ち、対岸には工場地帯も見えてるから、工場萌えの気配もあるわたしとしてはだだっ広い宇治川公園の写真を撮ったらそのうち空間密度を変えてるような建造物がある川の右岸でも写真を撮ってみようって思ってました。
そして、宇治川公園で写真を撮っていた後で、対岸を散策するためにその水門が見えていた辺りに近そうな京阪沿線の中書島駅で降りてみた時にまず目にはいってきたのがこの公園でした。伏見港公園は宇治川の川縁の土手よりも近く、駅の南改札出口を出たすぐ目の前にありました。
対岸の水門らしい建物の辺りに行くのが目的でやってきたところだったけど、目の前にある公園に興味を引かれて川縁に行くよりもさきに公園の中に入ってみました。歩き回ってみると対岸から見えた水門もこの公園の一部のようで、まだほとんど咲いてもいなかったけどどうやら桜並木もあるらしいということが分かって、歩き回ってるうちに今年は桜が咲いたらここに写真を撮りにきてみようかなというアイディアにかなり惹かれるような状態になっていました。

内陸部で港?って云うのはかなり奇妙な印象なんですけど、調べてみると秀吉の時代、伏見桃山城の築城の際に資材を運搬するための宇治川の改修も含む工事の際に作られた港だったらしいです。この伏見港に注ぎ込んでる宇治川派流(観月橋のあたりから伏見港の水門へ抜ける運河)も、伏見城の外堀から伸びてきた、明治以降には京都の疎水がその南端で繋がれた濠川に合流する流れとなって、周辺に宿屋だとか酒蔵が建てられて物品の流通が盛んな場所になっていったらしいです。
この伏見港に流れ込んで水門を通して宇治川に放流されていく宇治川派流って、その時は気づかなかったんですが年末にオリンパスOM-1の試し撮りに伏見の川沿いを歩いてビニールシートを被せてあるシーズンオフの屋形船なんかを撮ってたあの川のことで、わたしは寺田屋がある辺りで商店街のほうに方向転換したんですが、そのまま川縁を歩いていけば、この伏見港にたどり着けることになっていたようです。今回港のほうから宇治川派流を遡って歩いて行き、前回寺田屋のほうに方向転換した場所までたどり着いて、点と点が繋がった形となりました。ちなみに坂本龍馬で有名な寺田屋はこの伏見港の船宿だったんだそうです。

京阪の中書島の駅からそのまま公園に入るとブランコなどの遊具が置かれた児童公園やテニスコート、プール、室内運動場などの施設が集まった場所に行き当たります。その施設が集まった場所の周囲をウォーキングのための遊歩道が取り囲んでその遊歩道を奥のほうに進んでいけば、視界が開けて伏見港とそれを取り囲む広場という開放的な空間が目の前に現れることとなります。伏見港の跡地とそこへ流れ込んでくる宇治川派流すべてが伏見港公園だと思ってたらどうやら公園としての範囲は各種の運動施設とその周りの遊歩道の区画だけのことのようでした。
桜はこの公園周辺の遊歩道と伏見港跡地にある広場と宇治川派流の岸辺に並木となって植えられていました。

遊歩道の桜
Nikon FM3A AI-S Nikkor 50mm F1,4 : Ferania Solaris 400

桜花
Nikon FM3A AI-S Nikkor 50mm F1,4 : Ferrania Solaris 400

公園の遊歩道を歩いて港の跡地に出て行くまでの間に出迎えてくれる桜の並木です。今回ソラリスというイタリアのフィルムを使ってます。トイカメラで使う人が多い、淡い色が特徴であるフィルム。来月で使用期限が切れる状態だったのでもうそろそろ使わないとと思ってたのが、淡い色合いということで桜を撮るのにはちょうどいい感じに使えそうでした。結果、今回の写真はその特徴が良く出たものが多く撮れていたようです。この桜と空の青の柔らかい色合いはなかなか綺麗。

港の見える場所
Nikon FM3A AI-S Nikkor 50mm F1,4 : Ferrania Solaris 400

桜並木の遊歩道を進んでいってそこかららさらに港のほうに伸びる道を進むと、宇治川派流と公園の広場、向こう岸に渡れる橋が見えてきます。
端の名前は伏見みなと橋だそうで、そのままといえばそのままのネーミングでした。

みなと橋の上にたって濠川の方向を向くとこんな光景が広がってます。濠川(宇治川派流)の川沿いの桜並木はここから始まります。年末にOM-1の試し撮りにきた時には打ち捨てられたように繋がれていた十石舟が、川面をゆっくりと進んできます。あの時はシーズンオフなのかもう営業してないのか良く分からなかった船が、冬眠期間を過ぎて営業を始めると結構生き生きとした様子というか、わたしがこの後川縁の桜並木の元を歩いてると、客を乗せた十石船がひっきりなしにこの運河を上り下りして来るのに出会いました。

みなと橋から
Nikon FM3A AI-S Nikkor 50mm F1,4 : Ferrania Solaris 400

橋から水門を望む
Nikon FM3A AI-S Nikkor 50mm F1,4 : Ferrania Solaris 400

同じくみなと橋から反対の方向、運河が宇治川に注ぎ込む方向を見るとこういう光景が目にはいってきます。対岸もこういう芝生と旧伏見港の遺跡、昔使われていた三十石船などの遺物が飾られてるような広場になっていて、散策したり、芝生の上で一休みしてる人が見受けられました。奥のほうに見えるのは対岸の林越しに見えていた水門で赤く見えるのがその入り口です。
三栖閘門(みすこうもん)という水門で、宇治川派流と宇治川を出入りする船のために水位の違う運河と宇治川を調整するための門。だから運河側と宇治川側の二つの門で仕切られてる形になってます。昔は大阪や琵琶湖への蒸気船、外輪船が運行することもあったそうですが、陸路での交通網が整備されてくるに連れて川を利用した交通は廃れていき、今はこの水位調節の門は役目を終えて閉ざされたままになってます。十石舟がゲートを入っていくのが見えますけど、現在は内側の水門だけは開いていて、三栖閘門は奥のほうで十石舟の発着場として利用されていました。
このゲートはその上が通路になっていて写真で左手奥に見える公園の芝生に出られるようになってました。この芝生の広場、伏見みなと広場という名前がついてるらしいです。そしてその広場をさらに奥に行くと直接宇治川の土手に出ることが出来るようになっていました。

運河沿いの桜並木1
Nikon FM3A AI-S Nikkor 50mm F1,4 : Ferrania Solaris 400

運河沿いの桜並木1
Nikon FM3A AI-S Nikkor 50mm F1,4 : Ferrania Solaris 400

三栖閘門のほうはちょっとさておいて、みなと橋から宇治川派流沿いに歩いていくと川沿いに桜並木が現れてきます。

運河沿いの桜並木3
Nikon FM3A AI-S Nikkor 50mm F1,4 : Ferrania Solaris 400

結構間をおかずに橋が架かっていて、橋もまた川の風情のひとつというか、架かってる橋はすべて、それほど古風な橋でもなかったんですけど、ただ川が流れてるだけの風景よりも橋が架かってるほうがニュアンスが加わって見た目には楽しい感じがしてました。

運河沿いの桜並木4
Nikon FM3A AI-S Nikkor 50mm F1,4 : Ferrania Solaris 400

桜並木の一部には、これは地元の人が植えてるのか色とりどりの花が咲いてる区域がありました。この写真に見えてるのは紫と黄色だけだけど、他にも赤だとかオレンジだとか。わたしは花の名前には疎くて菜の花とかチューリップくらいしか分からないから、桜の木の根元で咲いていた花がどういう種類のものだったのかレポートできないんですけどとにかく綺麗な色が並んでるところがありました。桜だけのほうが鮮烈な印象を受けるかもしれないなら邪魔な彩りになる可能性もあるものの、わたしが眺めていた分には桜並木に異物が混入してるようには見えずに桜の清楚な色空間に華やかなアクセントをつけてたように良く見えてました。
撮影には2日出かけていて、この写真は2度目に訪れた時に撮ったもの。2日目は曇り空だったので、全体にちょっと暗めの写真になってます。

運河沿いの桜並木5 船つき
Nikon FM3A AI-S Nikkor 50mm F1,4 : Ferrania Solaris 400

先に書いたように運河沿いを散策してるとかなりの頻度で十石船が進んでいくのに出くわします。どの船も結構お客さんは乗ってるようだから、年末に見た何処か寂れたような印象とは大違い。

橋の上から1
Nikon FM3A AI-S Nikkor 50mm F1,4 : Ferrania Solaris 400

橋の上から2
Nikon FM3A AI-S Nikkor 50mm F1,4 : Ferrania Solaris 400

橋の上から3
Nikon FM3A AI-S Nikkor 50mm F1,4 : Ferrania Solaris 400

橋が色々と架かっていたので、途中から土手の石段を登り橋の上に出てから俯瞰で何枚か写真を撮りました。何枚かというよりも見上げてるものよりも枚数多く撮ってた感じ。桜って見上げるのがデフォルトで俯瞰で眺めたのが思いのほか新鮮だったということもあるし、写真そのものも意外と上から見下ろして撮ろうとすると足場が必要な場合が多くてなかなか撮れないから、見下ろすという視点そのものが新鮮だというところもありました。
桜並木にはところどころ腰掛けるところが儲けてあって、オーソドックスなお花見はそういうところで出来たりするようになってましたけど、俯瞰で見下ろすお花見が新鮮とはいえ宇治川派流に架かる橋は鉄路か、人が渡れても自動車が行き来する普通の道路になってるから、橋の上でマット敷いてご飯食べたりするわけにも行かなくて、俯瞰で見る桜はその場で立ち止まって眺めるだけしか出来ないのがちょっと残念なところだったかもしれないです。

疎水合流地点
Nikon FM3A AI-S Nikkor 50mm F1,4 : Ferrania Solaris 400

そのまま運河沿いに進んでいくと京都からの疎水と合流する地点に出てきます。ここは写真の手前になってるので写ってませんけど旧高瀬川との合流地点でもあります。今の高瀬川は二条辺りから始まり木屋町などを流れながら最終的に伏見港公園よりも西にいった辺りで宇治川に合流する形になってるので、この旧高瀬川からは運河に流れ込む水は今は途絶えてるようでした。高瀬川と合流地点ということでこの一角に高瀬川を開削した角倉了以の記念碑が建ってました。

写真に見えてる橋はであい橋という名前の橋です。三叉になったちょっと珍しい橋。右に流れていく運河に沿って歩いていくと桜並木の果てに年末の記事で載せた写真の場所に出て行くことになります。伏見港公園から始まる川縁の桜並木はここまでと立て札が立ってるわけでもないけど、感覚的にはこの辺りで終了という感じでした。

橋の上から4
Nikon FM3A AI-S Nikkor 50mm F1,4 : Ferrania Solaris 400

橋の上から5
Nikon FM3A AI-S Nikkor 50mm F1,4 : Ferrania Solaris 400

であい橋の上から撮ってみた桜です。水面に写る桜並木なんていうのも撮りたかったけど、あまり写りこんでなかったです。

☆ ☆ ☆

宇治川派流沿いとは反対側の三栖閘門周辺はこんな感じ。近くで見て正体も分かってしまうと対岸から望んでいたときの空間の質が変ったような感覚は薄れてしまいましたけど、巨大な構築物のスケール感が日常的な感覚をちょっとだけ逸脱してるところがあって面白いです。

三栖閘門1
Nikon FM3A AI-S Nikkor 50mm F1,4 : Ferrania Solaris 400

三栖閘門2
Nikon FM3A AI-S Nikkor 50mm F1,4 : Ferrania Solaris 400

片側は十石船の発着場と水門の資料館と芝生の広場、反対側には短い桜並木が続いてました。

日の丸と桜
Nikon FM3A AI-S Nikkor 50mm F1,4 : Ferrania Solaris 400

三栖閘門脇の芝生の伏見みなと広場に立っていた桜。2日目の曇りの時に撮ったものなのでちょっと精彩を欠いた感じになったのが残念。
桜とか撮る時に枝や花の一部を画面の隅のほうに寄せて撮るといった構図になりがちだったので、ここは一本だけ立ってるのを良いことに真正面中央にすえて撮ってみようと思った一枚でした。
真ん中に被写体を置くのって構図の本なんかでは大抵駄目だしされてるけど、わたしはそんなにいうほど酷い構図でもないんじゃないかと思ってます。

最後に、運河の先で以前歩いたところまで到着した辺りの橋の上で、テレビなのか映画なのか分からなかったけど撮影してる現場に遭遇しました。それで一枚スナップしてみたのがこれ。ちょっとタイミングが悪くて橋の上で俳優が化粧を直されてるようなところもあったのにそういう撮影っぽい雰囲気で撮れなかったのが勿体無かったです。

撮影隊
Nikon FM3A AI-S Nikkor 50mm F1,4 : Ferrania Solaris 400

☆ ☆ ☆

運河沿いに桜並木を歩いてみて、伏見港公園も含めて屋台のようなものが一切出てなかったから、そういうにぎやかなものが好きだったらここでのお花見はあまり楽しくないかもしれないです。でもマットを敷いて桜を愛でながらお弁当を食べるようなのには、のんびりしていて相応しい場所なんじゃないかと思います。わたしが写真撮ってた2日間、ピクニックにでも来たような感じでお弁当を拡げてる人がそこかしこに点在してました。
宇治川派流は川縁全域に渡って桜並木があるというわけでもなくて、途切れてるところも結構あるものの、桜並木がある部分は根元にライトアップの器具が設置されてたから、夜には照明に照らされて豪華な装いになるんだと思います。


☆ ☆ ☆


桜の雨、いつか


2000年に放映されたテレビドラマ「お見合い結婚」の主題歌だったそうです。わたしはほとんどテレビを見なくなったので、このドラマのことも全く知らないです。歌ってる松たか子はこのドラマの主役でもあったようなので、歌い手としては相応しい人選だと思います。意外と歌、上手いですね。
作詞も松たか子本人ということで大活躍の歌となってます。

PVの言葉の途中で口を閉ざすっていうシチュエーションは、歌詞のキーワードのところでのみ口を開くという演出なんでしょうけど、聞き取れなかった言葉に大切なものが含まれるというようなことを示してるようにもみえ、印象に残ります。

「果てしないこの旅で どこかでいつか会おう」の行でわたしは無性に泣けてきます。誰だって会うことも叶わない人がいると思うけど、果てしなく続く過酷な旅でもいいから、その途上で本当にどこかでいつか会えたら良いなと思って。
なんだか桜の満開の下に、あるいは桜吹雪舞う真っ只中にいて桜の花につつまれていると、現実なんて簡単に凌駕してそういう奇跡にさえ出会えそうで、桜というのは幻想的で不思議な魅力を持った花だと思います。





☆ ☆ ☆





フィルム Solaris(ISO400) 36枚撮り[HD290]フィルム Solaris(ISO400) 36枚撮り[HD290]
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不明

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いつか、桜の雨に・・・いつか、桜の雨に・・・
(2000/03/23)
松たか子

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【theme : 花の写真
【genre : 写真

tag : 伏見港公園 宇治川派流 濠川 三栖閘門 Nikon FM3A Ferrania Solaris 桜の雨 松たか子

【写真】窓枠主義者の歓喜 記憶喪失の旧明倫小学校編 +デュシャンの遺作と窓枠の官能について +【音楽】本編よりも印象的

二月の始め頃、何度か旧明倫小学校に行って撮ってた写真を載せてみます。この建物は旧明倫小学校という名前の通り、元は小学校であっても今は小学校として機能してるところじゃなくて、その建物を利用し、現在は京都芸術センターという施設として活動してる場所になってます。
ここに行こうと思った切っ掛けは京阪沿線の駅においてあった小冊子、「京都きものパスポート」というものでした。わたしは最近、撮影スポットを決めるのにわりと駅においてあるチラシとか参考にすることが多いです。だからわたしが今まで写真を撮りに出歩いていた場所って、気がついてる人もいるかもしれないけど京阪沿線周辺に集中してたりします。

写真を意図的に撮り始めた頃は普段歩いてるような生活の場所で面白く撮れてたんですけど、そのうち見慣れた場所ばかりではどうも新鮮味がなくて知らず知らずのうちにシャッター切る切っ掛けが掴めないようなことが多くなってきてます。それでこういうチラシとか要するに京阪を利用してもらうために駅においてある無料の小冊子とかを参考にすることが多くなってるんですけど、でもこういう場所の決め方って、特に京都のような観光地では必然的に写真を撮られるように用意されてる場所が多くなって、最初面白いと思った普段着の世界にちょっと新鮮な視覚を見出していくというような感性からは気がつかないうちに離れてしまいがちになったりします。
写真を撮られなれてるような場所で写真を撮ることと、ほとんど被写体として扱われないようなものを拾い出して写真的に成立させる撮り方の狭間で揺れ動いてるような感じというか、今のシャッターを切ろうとする時の感覚はわたしのなかではこんな感じに揺らぎ気味になってたりするんですね。雑誌とかも参考にして行動範囲を広げていくのは面白いんですけど、こういうことが今のわたしの写真を撮る上での課題のようなものになってるのかもしれません。

まぁそういう課題はさておくとして、どこに写真撮りに行こうか考えながら二月の初旬頃にこの「京都きものパスポート」を眺めていて、色々書いてあった中でわたしの気をひいたのは古い建物の前できもの姿で写真を撮ろうっていう特集でした。小冊子は着物を着てこの冊子を持っていくと、冊子に記載されてる期間中は割引サービスとかをしてくれる料理屋なんかの、きものキャンペーンを広告するものだったんですけど、そのなかにこういうきものが似合うロケーションで写真を撮ってみようというページがありました。
京都は神社仏閣の博覧会場のような印象があるかもしれないけど、意外と古い洋館なんかも数多く残ってます。この前の記事に載せた大丸ヴィラや、聖アグネス教会もそんな洋館の一つですね。
「きものパスポート」がきもので写真を撮る背景にちょうどいいとピックアップしてたのは、京都芸術センター、旧府庁舎、新島襄宅、文化博物館等で、わたしの興味を一番に引いたのがそのなかではこの旧明倫小学校でした。
旧府庁も興味を引いてこの後に写真を撮りに行ってるんですけど、そういうほかの場所をかなり引き離してこの小学校が興味を引いたのは、小学校というのは時代や場所を違えても、小学校的とでもいえるような共有してる記憶が多そうだったからでした。

現京都芸術センターである旧明倫小学校は烏丸四条から一筋西にいった室町通を四条から北のほうに上がっていくとそれほど歩かずに門の前に到着することが出来ます。
わたしはこの辺たまに歩くので、この芸術センターの存在は知ってました。でもまず小学校の門構えがそのままに残してある外見からまず関係者以外は入れないっていうような印象があって、さらに京都芸術センターっていう大まかに括りすぎて結構意図不明の名前がついた場所だったりするから、何をやってるところなんだろう?演劇などの催し物をやってるようにも見えるけど、そういう催し物を見に来たわけでもなく、用事も無しに入れるところなんだろうかと、躊躇わすような疑問符が大量に頭の上にポップアップされてなかなか入る切っ掛けが掴めずに場所は知っていてちょっと気になるところはあったものの、たまにほかの事で門の前まで来ても結局は通り過ぎるだけという場所になってました。
でもこの小冊子で、勝手に入っても構わなくて、中で写真を撮るのも、三脚等を立てるような本格的なもの以外だったら全く自由というのも知ってからは俄然興味がわいてきたんですね。のちに、ここに上げた写真を撮るために実際に中を歩き回ってみて、どうやらこの場所は元教室や講堂のような大きな空間を使ってアート・イベントが開催されてる場所、何か作品を作る目的を持った個人が製作に大きな空間を必要とした場合に元教室という空間を借りたりするような、そういう芸術にまつわる物事を支援する活動をやってる場所のようだと憶測がついたところがあったんですけど、京都芸術センターも広報というか、とにかくどういう場所なのかからしてよく分からないところがあるので宣伝の仕方をもうちょっと考えたほうがいいような気がします。

京都市内の小学校って少子化のせいなのか商業地区の真っ只中にあって住む人がいなくなってきてるせいなのか、廃校になったところがいくつかあります。ちょっと思いつくものを揚げてみると、木屋町高瀬川沿いの飲み屋街の真っ只中にあった立誠小学校、烏丸御池上がったところにある、ここでも何度か取り上げたことのある現在は京都漫画ミュージアムになってる龍池小学校、仏光寺近くの開智小学校など。
でも立誠小学校は催し物をしてないときは関係者以外立ち入り禁止の札が掛けてあるし、漫画ミュージアムは漫画を読みにきた客と無条件に判断されて中に入るのに入場料が要るし、開智小学校も学校関連の博物館になっていて、ここも入るのにお金が必要となってます。こういうところに比べると旧明倫小学校は極めて気軽に入れる廃校という印象で、古い建物を写真に撮ってみたいと思っていたわたしには、前を通ってはちょっと入りづらかったのも気軽に入れる場所と分かったのもあって、最適の場所のように思えました。

とまぁこんな経緯で京阪の広告小冊子を見たのが切っ掛けとなって、2月初旬にこの廃校にしばらく入り浸ることになったわけです。

☆ ☆ ☆

今回の撮影で使ったのはNikonのFM3Aとフジ・フィルムが現行機として出してるフィルムカメラであるナチュラ・クラシカ、それとデジカメのリコー、GRD3の三台がメインになりました。一度に全部持って出たんじゃなくて複数回訪れたから訪問するたびに違うカメラを持っていったという形でした。
ナチュラは買ったのは一昨年の夏くらいで実はかなり前のことでした。フィルムのトイカメラを使ってフィルムって面白いと思ったのが始まりで、でもクラシックカメラを中古で買うには全く知識がなく、新品で買えて色々作例も気に入ったのがこのカメラを選んだ理由でした。
でもストラップをつけるところが一つしかないとか持ち運ぶ形が今ひとつイメージできないうちに、クラシックカメラにも手を出すようになって、あまり使わないまま時間が過ぎてました。買ってみたもののファインダーの見え方が安っぽかったり、プラスティック然とした外観もあまり持ち出そうという欲求に火をつけなかったところがあったかもしれません。
撮れる絵は柔らかくてニュアンスに富んだものになるものの使い勝手はそんな感じの印象で手元にあったカメラだったのもあって、今回でフィルムを通したのは最初に3本パックで買ったフィルム、ナチュラ1600の最後の3本目という程度の使用頻度でした。今回は暗がりでもフラッシュ無しで撮影できるのが売りのカメラなので、学校というあまり明るそうでもない場所にはうってつけのカメラだと判断してのピックアップとなりました。

ナチュラ・クラシカ
Nikon COOLPIX P5100

☆ ☆ ☆

明倫小学校についてちょっと調べてみると、明治2年に京都で全国初の学区制小学校である番組小学校の一つとして誕生した小学校だったそうです。創設時は下京第三小学校というもので、そういう名前だったなら少なくとも三校はあった番組小学校のうちの一校だったんでしょう。京都の町衆が子供のために手間を惜しまず育んだ学校だったらしく、わたしの父はこの小学校のことを知っていて、結構優秀な小学校で知られていたとか。
でもいくら環境の整った小学校ではあってもその後の少子化には対応できずに1993年に閉校することとなります。明倫小学校閉校後は学校跡地利用審議会、京都市芸術文化振興計画が中心となって、その跡地を文化の交流する場所として再生する計画が立ち上がり、旧明倫小学校は元の小学校の佇まいを残して改築、増築されて、2000年に京都芸術センターとして結実することになりました。
ちなみに2008年には残された明倫小学校の一部分は国の登録有形文化財に登録されたそうです。

室町通を歩いていくと、こんな風な門に出会うことになります。

京都芸術センターの門
Ricoh GR DIGITAL 3
この門をくぐるための明確な目的でもない限りなかなか入りにくいと書いた感じが分かるでしょうか。この写真のカップルも門の中を覗っただけでそのまま通り過ぎていきました。

門を潜ると左手に大きな棟が一つあって、その建物の側を奥に向かって進んでいくと建物の側面は直角に曲がって目の前に立ちふさがる形となり、京都芸術センターと書かれた正面入り口の自動扉と対面することになります。その正面入り口らしいところとは別に、門を入った左手にある建物には元学校のイメージをそのまま残したいかにも玄関然とした入り口が開いていて、その学校然とした入り口を入ってみるとどうやらもとは校長室だとか職員室があった建物なんじゃないかと思われるちょっと堅苦しいような空気に満ちてる空間でした。どうも場違いなところに紛れ込んだというような雰囲気があって、元講堂でなにかのパフォーマンスが行われる時のチケットを販売する窓口とか、おそらく京都芸術センターを利用したいと思ってる人が元教室を借りたりする手続きをする事務所になってるような感じ。薄暗くてたまに関係者らしい人が扉を出入りする中にカメラ持って突っ立てると結構居心地が悪い空間でした。実はこの棟は最初に行ったときちょっと入ってみただけで、それっきり足を踏み入れてません。

小学校の構造はこのおそらく教師がたむろしていただろう棟を頭部とし、その首元に講堂の広い空間を挟んで奥に向かって広がる校庭を胴体部とし、さらにその胴体部に見える校庭の北と南にそれぞれ一棟ずつ、首元から校庭の両脇に腕を広げるように取り囲む、教室が並んだ北棟と南棟が建ってるという形になってました。

頭部に当たる棟はなんだか気後れしてしまって写真を撮ってたのはもっぱら京都芸術センターと書かれた自動扉の向こう側、北と南の二棟の教室が並ぶ回廊が中心でした。

南側教室棟廊下入り口
FUJIFILM NATURA CLASSICA : NATURA 1600

室町通りに面した正門からまっすぐに奥へと導く道を進み、その道の突き当たるところにある京都芸術センターの自動扉を潜るとなかは京都芸術センターで開催されてる催し物の案内や、関西や京都を中心に開催されてる展覧会やイベントなどのポスターが壁一面に貼られてる小さなロビー状になった空間が出迎えることになります。
そのロビーをはさんで教室棟と校庭で構成されてる学校本体の空間が広がっていて、玄関ロビーからその学校空間の入り口をスナップしたらこんな感じで目にはいってきます。もう一箇所、自転車置き場から校庭に入っていく道筋はあるけど、何も考えずにこの施設に立ち寄ったらおそらくこの光景が旧明倫小学校として見ることができる一番最初の光景じゃないかと思います。
奥に続いてる廊下は右手に教室が並んだ南側の棟。一番手前の教室は前田珈琲という喫茶店が教室の雰囲気を残した形で店を開いてます。教室の扉の上にある名札を利用して「カフェ」と書いてあるのが面白いです。
このナチュラ1600というフィルムで撮った写真はなかなか雰囲気のある色が出ていて、写りはかなり気に入ってます。壁の色も腰板の色もニュアンスがある色になってるし、光の当たってる廊下の奥のほうの空間の質感もいい感じ。

今回のフィルムの現像はフィルムの特徴を生かしたプリントをしてくれるところにフィルムを郵送して現像、プリントをしてもらったものなんですけど、ムツミでやってもらうのとはやっぱりちょっと違う感じで仕上がってます。ムツミでもナチュラは「はんなり」仕上げなんていう京都っぽいネーミングで特別のプリントをしてくれるようになってるものの、どうもハイキーにしただけっていう印象があって、こういう色味のニュアンスまでは持っていけてないような印象でした。
ちなみに今回のナチュラによる写真はフィルムからスキャンしたのではなくて、郵送プリントを頼んだ時についでにCDにしてもらったものから直接、若干縮小して載せてます。
ちなみに郵送現像、プリントを頼んだのは「ここ」でした。

廃墟じみた水のみ場
Nikon FM3A AI-S Nikkor 28mm f2.8 : KODAK PORTRA 400 NC

上の場所から喫茶店の向かい側にある開口部を通って校庭に出て、校庭の西端を経由して北の教室棟に入るところにあった水飲み場らしい空間。
ここはちょっと元小学校っていう雰囲気が残ってる場所でした。かなり薄暗く忘れ去られた場所という印象で、入るべきところでない場所に迷い込んでしまったという感じがしました。蛇口もそのまま残っていて、飲まないでという注意書きがしてあったからまだ水は出るんでしょうけど、云われなくてもあまり飲めそうな雰囲気じゃなかったです。

使われない蛇口
Nikon FM3A AI-S Nikkor 28mm f2.8 : KODAK PORTRA 400 NC

その蛇口。明倫小学校にはわたしの他にも写真撮りに来てる人がいる時があって、本格的なカメラをぶら下げた女性がこの蛇口の上にかがみこんでわたしと同様の動機だったんでしょうけど、夢中で写真撮ってる光景に一度出くわしました。
わたしがこの蛇口の写真撮った時も傍から見たらあんな感じだったんだろうなぁと思ったりして。オブジェに接近して撮ってる時は周りのことがあまりよく分からなくなってる時が多いです。

北棟西部スロープの窓
Nikon FM3A AI-S Nikkor 28mm f2.8 : KODAK PORTRA 400 NC

水飲み場の側にある二階へ上がるスロープの途上に校庭に向けて開いていた一群の窓。この北の教室棟の西側にある、階を結ぶ場所は階段じゃなくてスロープになってました。スロープの傾斜にしたがって次第に小さくなる、あるいは次第に大きくなる窓の並びがリズミカルで目を引きます。窓の向こうに校庭と北の教室棟が見えてるんですけど、光に霞むような撮り方がしたかった意図は多少はフィルムに定着できたでしょうか。

差し込む光
FUJIFILM NATURA CLASSICA : NATURA 1600

スロープの壁面に差し込む光。明倫小学校に入り浸ってる時に撮りたかった物の一つは壁に落ちる光だったんですけど、あいにくとこの頃の京都はとにかく曇りの日ばかりという天候でほとんど目的は達せなかった感じでした。たとえ晴れていても同時に雲も多く出てるような日がほとんど。光が差し込んできてもあっという間に流れてくる雲が隠してしまって、光は力を失ってしまうというのの繰り返しでした。

対照的
FUJIFILM NATURA CLASSICA : NATURA 1600

対照的な二つの窓。同じくスロープを登っていく途上で出会った丸い窓とあわせてスナップ。上と下で別のものをくっつけたような感じになってるのが私としては結構気に入ったポイントです。人の気配のなさというか、空間の冷たい手触りにちょっとシュールな感じも漂ってるような。

光の回廊
FUJIFILM NATURA CLASSICA : NATURA 1600

北と南の教室棟を繋いでる回廊の二階部分。光が差し込む窓が並んでいて半円形の窓の黒っぽい色と白い壁のコントラストがエッジの効いたイメージになってます。リズミカルなコントラストも目を引きました。
奥の暗くなってるところを右に曲がると北の教室棟に繋がっていきます。

廊下
FUJIFILM NATURA CLASSICA : NATURA 1600

教室棟の廊下です。北のほうだったか南のほうのだったかちょっと忘れてしまったけど、教室棟は両方ともこういう廊下が中心に走っていてその一方に教室が並んでる構造になってました。廊下の板張りが学校の記憶を呼び覚ましたりします。どこの学校でも廊下はこんな感じですよね。この空間は学校っぽい雰囲気が残ってるせいなのか、この廊下を背景に記念写真撮ってる人を何回か見てます。

もう一枚廊下の光景。
影の廊下
Nikon FM3A AI-S Nikkor 28mm f2.8 : KODAK PORTRA 400 NC

カフェの写真の廊下を奥に行って右に曲がったところから。若干影が主になってるような感じもあって、雰囲気あるでしょ。この廊下の窓が曲がり角の先の空間を照らす唯一の照明のようになっていて、廊下はこのままうす暗がりの中に沈みこんでいくような感じになってました。壁の一部をスポットライトが照らしてます。この頃右手の教室ではなにやら展覧会のようなものを開催していて、スポットライトが照らしてるのはその展覧会のポスターが貼ってあるところです。ここでやってた展覧会はあまり興味も引かずに結局一度も入りませんでした。

光射す教室
FUJIFILM NATURA CLASSICA : NATURA 1600

教室内部です。教室といっても、現在は京都芸術センターがその目的に使う場所として元あったに違いない勉強の机などは撤去されてる教室がほとんどでした。教室の入り口にはなにやら中で製作してる人の名前が張り出されていたりして、扉も鍵がかけられてるところがほとんどで中に入れません。教室で当時の机などが残ってるのはわたしが回った範囲で気づいたのは談話室として使われてるところだけだったような感じでした。でもこの談話室、いつも誰かがいて、小さな机でお弁当食べてたり、数人で話し込んだりしていて結局机のある教室風景は一枚も写真に撮れませんでした。

この教室もなにかの製作で使われてる様子でした。扉は開かず写真はガラス窓越しに撮影してます。窓越しに写真撮る時に窓の映り込みを避けたいなら、レンズを窓に密着して撮れば映りこみは避けられます。
この写真もそうやって撮りました。ただナチュラ・クラシカはピントあわせるときにレンズ鏡胴が前後に動くので、それを忘れていたせいで、シャッターを切った瞬間、密着させていた窓にカメラを押し戻されたりしてちょっと慌てましたけど。そのわりにブレブレ写真まではならなかったようです。

光が差し込むのを待って撮影。光に満ちた教室でちょっと眠くなりながら授業を受けてた時間が呼び起こされる感じがします。

コンダラのある風景
Nikon FM3A AI-S Nikkor 28mm f2.8 : KODAK PORTRA 400 NC

北の教室棟の東側の階段の踊り場の窓から校庭を見下ろして一枚。校庭の片隅に「巨人の星」でおなじみの「コンダラ」が置いてありました。これは元学校っぽいアイテムじゃないかな。ちなみに「コンダラ」で検索をかけてみるとこの道具の名前として当たり前のように出てきますね。

聖域
FUJIFILM NATURA CLASSICA : NATURA 1600

その「コンダラ」がある元校庭に降りてみたもの。校庭の周囲には立ち入らないでくださいという看板が立っていて、校舎棟の縁に沿って校庭の周囲しか歩くことが出来ませんでした。ひょっとしてこの校庭って明倫小学校が廃校になった瞬間で時間が止まってる?足跡も所々に見えるけどナスカの地上絵みたいに廃校になった当時の足跡がそのまま残ってる?なんて想像してちょっと感覚がざわめいたんですけど、日曜日だったかここに来てみると、普通にテニスして遊んでる人がいました。立ち入り禁止なんて札がかかってるから聖域になってるんだと思ったけど、申し込めば簡単に利用できるようでした。

光射す階段
Nikon FM3A AI-S Nikkor 28mm f2.8 : KODAK PORTRA 400 NC

光射す階段。上のコンダラの写真を撮った場所です。階段のこういう感じもわりと学校の記憶を呼び起こすようなイメージになってるかも。階段を上り下りする子供が一人でもいいから写ってると雰囲気倍層してたところかな。
撮った写真全体にいえるんですけど、人っ子一人いない写真がほとんどなのに廃校じみた何かが写しこまれてるものってなぜかないんですね。人は写ってないけど今も人が使ってる場所だということは分かる空間の様子だったりします。

窓からの眺め
FUJIFILM NATURA CLASSICA : NATURA 1600

北棟一階廊下に開いた窓から学校の裏手にあった小さな中庭に向けて撮った写真です。あまり学校とは直接的には結びつかないけど、窓越しの光景好きとしては撮らずにはいられなかったイメージでした。

喫煙室の窓
FUJIFILM NATURA CLASSICA : NATURA 1600

こちらは北棟二階西端にあった喫煙室と書かれた部屋の中。元小学校だったから元から喫煙室であったはずはないんでしょうけど、元は何に使ってた部屋だったのか円形の部屋で壁に模様も描かれていてちょっと特別な雰囲気のある部屋でした。
3月に入ってから訪れてみると3月からはもう喫煙室としては使わないという張り紙がしてありました。健康上の観点からの決断らしいです。わたしはもう禁煙してしまったので一切関係のない出来事なんですけど、喫煙者は本当に行き場がなくなってきてますね。

二階バルコニーからの眺め
FUJIFILM NATURA CLASSICA : NATURA 1600

二階北と南の教室棟を結ぶバルコニー風の通路から撮った北棟の様子。半円形の窓が並ぶ写真の窓の外にも少し写ってましたけど、一部ここだけ円柱形に飛び出た箇所があって、基本的には箱型の建物の連鎖になってる場所なので、結構目を引く部分となってました。
この窓の向こう側が上の喫煙室になってます。

談話室へ
FUJIFILM NATURA CLASSICA : NATURA 1600

結局のところ元明倫小学校といっても京都芸術センターに変身する際にかなり改築してる様子で、わたしは多少は廃校じみた雰囲気でも残ってるんじゃないかと期待していたものの、そういうところはほとんど残ってなく、それどころか外の包み紙こそ元学校だけど中身は通っていた生徒の記憶さえも半ば失った記憶喪失状態の建物になってしまってるようで、学校だった息遣いが残ってるところなんてまるでないという印象を受けました。たとえば掃除道具の何かが廊下の片隅にでも転がってるだけでも、随分と学校らしい雰囲気が出てくると思うんだけどそういうところも見当たりません。
それでこういう、場所を示す掲示板でも写したら学校っぽいかなと思って撮ってみたのがこの写真。もっとも談話室というのは京都芸術センターになってから出来たものだと思いますけど。ちなみに先に書いたようにこの談話室には子供が使っていた小さな机が並べてあります。
撮ってみると、ちょっと学校っぽいイメージにはなってるようでした。

一箇所、これは明倫小学校が未だにその内に秘めている学校の記憶だろうと思ったものを見つけて写真を撮ったのがこれです。

学校の記憶
Ricoh GR DIGITAL 3

窓枠の出っ張りの下に隠れたようにあった名前の書かれた札。物をかけるためのフックのようなものがつけられてた跡があって、おそらくそのフックの使用者の名前だと思うんですけど、フックは取り外されていたものの名前を書いた紙はそのまま残されてました。立って見てると窓枠の出っ張りに遮られてこんな紙が残ってるなんて見えないです。

☆ ☆ ☆

結局、登録有形文化財に登録されてるのが西館・南館・北館・正門、塀という部分だけなのでも分かるように、明倫小学校が昔の形そのままで残ってるわけでもなくて、わたしがみたところ外見はそれなりに調えようとはしたけど、その小学校の秘めていたに違いない記憶のようなものにはあまり頓着しない改築が行われてるような雰囲気で、昔明倫小学校というものだった重層した記憶の堆積したような何かを見られるかもしれないと思ったわたしの思惑は上手く収まるところが見出せないままに、元校舎内をうろつきまわるという形になりました。
結果的に校舎内をさまよって写真に撮ってたのは、わたしが好きな窓枠と差し込む光とそのガラスの向こうに見える世界といった対象ばかりということに。一連の撮影で使用したフィルムをあとで纏めてみてみると、明倫小学校の様子なんかそっちのけで我ながら感心するくらい窓の写真ばかり撮ってました。

それで窓と窓の向こうに見える世界っていうのはわたしにとってどういう意味があるんだろうかってちょっと考えてみたんですね。

まず思いつくのは、カメラのファインダーを覗きこむことからしてこの窓から外を見るという形と相似形になってるということ。ファインダーのガラス越しに、その中の暗闇に四角く切り取られて浮き出た世界をまるで覗き穴から何かを接視してるかのように息を潜めて凝視する。わたしがカメラのファインダーを覗きこんでるときの意識の状態って言葉にしてみるとこんな感じで、この感覚がまず好きでファインダーを覗いてるような感じになってます。

こういう覗き穴的な感覚で思い出したのはマルセル・デュシャン(Marcel Duchamp)の遺作です。20世紀の美術界でおそらく最も重要な位置にいた、この人の思考、感性によって20世紀の美術の志向の最大部分が決定付けられてるといっても云いすぎじゃないほど重要な人物、マルセル・デュシャンの謎めいた遺作。
20世紀初頭の美術界でダダイストとして芸術概念の相対化などを展開、便器を逆さまにして「泉」と題して展覧会に出品し、実際には議論の末に展示はされなかったらしいんですけど、レディメイド・オブジェの概念を始めて美術に持ち込んだりといった、どこまで真面目なのかちょっとユーモアも混じった一種の観念の破壊に似た美術活動をしたあと、一切の美術的な行動から身を引き、後半生をチェスの研究に費やした人物。このアートの解体者デュシャンの沈黙は当時の美術界でも評価する、しないで二分してたようなんですけど、最後まで一筋縄では行かない人物だったようで、沈黙の20年間に密かに一つの作品を作り続けていて、デュシャンの死後、死後公開という条件がつけられていたこの作品が公表されることになります。もう芸術活動なんか止めてしまってチェスに没頭する老人と受け止められていたから、誰にも知られずに20年間作り続けてた遺作の存在が明らかになった時はみんな吃驚。

遺作は「(1)落下する水、(2)照明用ガス、が与えられたとせよ」 (Étant donnés: 1° la chute d'eau, 2° le gaz d'éclairage) (1946〜1966年)というちょっと不思議なタイトルがつけられたものなんですが、作品そのものも異様なもので、木組みの大きな閉ざされた扉に空いている小さな覗き穴からしか視ることが出来ないような構造になったものでした。現在はデュシャンによってこの作品を死後寄進されたフィラデルフィア美術館の一室がこのデュシャンの遺作を設置する場所として設けられてます。
わたしは実物は見たことがないんですけど、わたしの友人で昔アメリカを放浪してたのがいて、わたしがこの作品のことを喋ったりするから、実際にフィラデルフィア美術館まで行って見てきたと云ってました。思い出すといまだにかなりうらやましいです。
それはともかく、この作品、中を覗くと扉の内にある煉瓦塀の裂け目の向こうに神秘的な山の風景と近景に草むらが配置されていて、その草むらに顔は煉瓦塀に隠れて見えないけど裸の少女らしき体が足を広げて横たわっていて、片手に持ったランプを中空に掲げてるという光景が見えるようになっています。


デュシャンの遺作を覗き込んだ時の動画がYoutubeにありました。わたしも美術書で写真は見たことがあるけど、実際に覗くとどんな感じなのかは初めて見ました。


覗き穴から息を潜めてその向こうに広がる光景を見る。少女が横たわってるが、覗き穴の位置からは顔が見えないので、裸で横たわって何をしようとしてるのか、何が起こった光景なのか分からなくて謎のままの光景を見続けることになる。
覗き穴の意味は視ることの意識化とそこで見た光景との隔絶性といったもの。覗き穴から盗み見ることでその向こうの世界は特別な世界としての意味合いを生じるけど、覗き穴を介する限りその向こうの、接視することで特別な意味を与えられた世界には永遠に到達不可能であるということ。この作品が生成する感覚はこういった感じのものだと思います。

☆ ☆ ☆

この感覚、カメラのファインダーを覗いた時とそっくりなんですよね。カメラを構えて覗きこんでる時、ファインダーの暗闇で切り取って美しく見えた世界を、わたしはまるで盗み見てるかのように息を潜めて凝視してるんですけど、カメラを手放してたとえそのファインダー越しに見た世界に足を運んで近づいても、そこにあるのは闇の中に四角く浮き出ていた特別の世界とはそっくりではあるけど似ても似つかない世界だったりします。
ファインダーというガラスで隔離された形でしか見出すことが出来ない、絶えず遠くにあって近づくことが出来ない世界。これがわたしがカメラから受け取る世界の有様ということになるのかもしれません。そして、その感覚は「覗き」という言葉に象徴されるように、多分に官能的な手触りを併せ持ったものでもあります

カメラを構えるということのたくさんある意味合いの一つはわたしにとっては上に書いたようなことだと思います。
そして窓枠を通して外の世界を眺めるというのも先にちょっと書いたように、わたしにはまるでこのファインダーを覗き込むのと、形としてはほぼ相似形を取ってるような行為に見えるところがあります。窓枠というのは覗き穴としては巨大すぎて、ファインダーを覗いた時の感覚とまるで一緒というわけでもないですけど、ファインダーを覗いてる時の官能的な感覚のわずかな残響音が視覚の中に響いてくるといった感じがします。
窓枠から眺める、隔離されて遠ざかる世界や、覗きこむ官能が気づくか気づかないかの微妙な感触で寄り添ってるようなビジョン。そういうファインダーから受ける感触に似たものを窓から望む世界から受け取ってるような気がして、ことのほか窓枠から眺める世界というものに気を惹かれてるような気がします。

また、この窓枠から望む世界を窓のこちら側からファインダーを通して眺め、窓枠から垣間見える世界と、その世界を窓を通して覗き込む行為を一緒にフィルムに収めるような撮り方をすることは、覗き込むという行為の意味も一枚の写真のなかに写し取れると感じてるからなんじゃないかと。わたし自身はそんな風に思ってるところがありそうです。
わたしがファインダーを覗きこむときに感じるような官能的ななにかを、一枚の写真の中にその光景と一緒に写しこめるかもしれないというようなことを無意識にでも思ってるから、窓で囲まれた世界をみると無条件でカメラを向けたくなるのかもしれないなぁって想像したりします。

ちなみに永遠に遠ざかり続ける世界って、云い換えてみるならば記憶の中の世界とアナロジカルな関係を持つようなもので、こういうところもノスタルジックなものが好きなわたしの感覚を刺激するのかもしれません。

☆ ☆ ☆


とまぁ、勢い込んで書き始めたもののあまり上手くまとめられないのでこの話はこれくらいにして、最後に、冒頭の写真に写っていた喫茶店のことを少し。
京都芸術センターで写真を撮ってた時にこのカフェでランチなんかを食べてました。京都市内にチェーン展開してる喫茶店らしくて、わたしは知らなかったんですけど、東山にあって、前を通ったことのある喫茶店がこの前田珈琲でした。

カフェ
Ricoh GR DIGITAL 3

京都芸術センターにあった前田珈琲は教室の雰囲気を残したこんな空間になってました。

ランプ
FUJIFILM NATURA CLASSICA : NATURA 1600

冬のテラス
FUJIFILM NATURA CLASSICA : NATURA 1600

ランチ
Ricoh GR DIGITAL 3

わりとよく食べたのは月変わりで仕様が変化するカレーのランチ。サラダとスープとドリンクと食後のミニアイスがついてカレーの量もそれなりにあったのに、代金は1000円しなかったです。
この京都芸術センターをでて少し北東に行った辺りに前田珈琲の本店があって、カレーはそっちで食べたもののほうがごろごろと切ったジャガイモなんかが入ってる懐かしいカレーで美味しかったです。スープだけになったような本格的なのかもしれないけど物足りないカレーよりも家庭で作る具が一杯、形を保って入ってるカレーのほうがわたしは好き。


☆ ☆ ☆

Theme From MASH (Suicide Is Painless)


ロバート・アルトマン監督の映画「M*A*S*H」の主題歌。本編よりも印象的というのはかなり異論があると思いますけど、少なくともわたしにとってはそんな感じ。映画のほうは朝鮮戦争時の野戦病院を舞台にしたブラック・コメディで、わたしはあまり内容を覚えてません。ドナルド・サザーランドがでてたなぁくらい。この主題歌のほうはYoutubeで探して見つけたときに再び聴いてしまったら、今現在、ことあるごとに頭の中で自動的に鳴り始めるような状態になってしまってます。あぁ鬱陶しい。
わたしの中では音楽の印象に完全に負けてしまってる映画なんですけど、映画のほうはDVDも持ってるからそのうち見直して何か書けたらいいなと思ってます。

この歌、内容はシニカルというか戦争の真っ只中に放り込まれて、自分の生き死にさえも自分の手の届かないところでもてあそばれてしまう状況での半ばあきらめの入ったような抵抗主義という感じの内容で、深刻な内容とユーモラスな表現が渾然一体となったなかなか面白い歌だと思います。メロディも綺麗だし。
それでこの歌、作曲のほうはJohnny Mandelで、歌詞の方は誰が作ったかというとどうもアルトマン監督の息子らしくて、作った当時14歳だったというからこれはちょっと吃驚です。14歳でこんな歌がかけるのかって。
ちなみにこれは本編より印象的というタイトルにぴったりだと思いますけど、この映画でアルトマン監督が稼いだ金額よりも息子がこの曲の印税で稼いだ額のほうが遥かに多かったらしいです。

いろんな歌手にカバーされてる曲で、物凄く意外と言うかあるいは内容的には結構似合ってるというか、なんとマリリン・マンソンまでカバーしてました。さすがに曲調はこういうフォーク・バラードっぽいコーラスとはまるっきり違ってましたけど。
映画版のこの曲を歌ったのはJohn Bahler, Tom Bahler, Ron Hicklin and Ian Freebairn-Smithとありますが、この歌手たちのことはわたしは良く知らないです。どうもスタジオシンガーが集められて曲の歌パートをつくったらしく、この集められたメンバーの中では、後になってメジャー・デビューした人もいたそうです。



☆ ☆ ☆



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わたしが持ってるDVDも特典のディスクがついた2枚組のものなんですけど、どうもそのタイプのがもうすぐ廉価で発売されるようです。

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デュシャンに関する文献はいろんな物が出版されてます。ちくま学術文庫にもデュシャンとの対話の本が入ってるくらいある意味ポピュラーな人物なので、興味があれば読んでみるのも一興かもしれません。
これはデュシャンの遺作の設置方法、つまりアトリエで密かに作られ続けた作品を解体して寄進先のフィラデルフィア美術館で再度組み上げる際の方法について、デュシャンが残したメモと写真をそのまま本にしたもの。覗き穴からしか見えない向こう側の世界が覗き穴以外の視点から見られるのが値打ち。要するに遺作にかかっていた魔法が解けてしまう本でもあります。
もとはフィラデルフィア美術館が発行した本で絶版になってたものをイェール大学が近年になって再販したものです。





【theme : art・芸術・美術
【genre : 学問・文化・芸術

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【展覧会】小牧源太郎展 +【写真】モノクローム・スケッチ +【音楽】恋歌

先月15日の水曜日、定期検査で医者のところに行った帰り、ついでに小牧源太郎という画家の展覧会を観にいってきました。展覧会があると知ったのは先月所用で山科のほうに行った時に見た、地下鉄東西線の車内に貼ってあったポスターからでした。
ポスターの名前を見た瞬間、横溝正史の「鬼火」だとか江戸川乱歩の「陰獣」などの耽美的で隠微な幻想に溢れた挿絵を書いた人?と頭に思い浮かび、挿絵が載ってたから角川で持っていたのに創元の推理文庫で正史のものを買い足したことがあるわたしとしてはかなり気を惹かれたものの、耽美な挿絵の人は竹中英太郎であったとその後の一瞬で勘違いだったことに気づきました。
学生の時に学生会館の喫茶室でコーヒー一杯を前にして何日も読みふけってた「黒死館殺人事件」の小栗虫太郎の印象が強烈で、思惑違いであったとしてもわたしにはどうも漢字5文字で「○太郎」という名前の人物には変った作品を残した人というイメージが刷り込まれていて、他の名前と比べると無条件で注意が向かってしまうようです。
ポスターになってる作品のイメージも随分とタッチが違うし、なんだ、「蔵の中」の挿絵の人じゃなかったのかと一旦意気消沈したものの、でも名前は何処かで聞いたことがある画家だし、ポスターの文句を読んでみると、どうやら日本のシュルレアリスムの草分けの人らしくて、シュルレアリスムなら好きだから面白そうだなぁと、その後も気になる展覧会として記憶の一辺を占めることとなりました。

展覧会が始まったのは14日だったんですけど、思い違いで予期しない関心を持った画家だったせいか、それだけのために出かけるほどの勢いはわたしの中を探ってもどこにも無くて、翌日の15日に上に書いたような経緯で観にいくことにしました。

パンフレット表紙

パンフレット2
(会場に入った時に受付で貰ったパンフレット。クリックで拡大します。大きくすればひょっとしたら書いてある文字も読めるかも)

場所は中信美術館というところ。実はこういう美術館があるのは今まで知らなくて、京都中央信用金庫なんていうところが美術館活動をやってるということも今回始めて知りました。調べてみると開設は平成21年だということでかなり新しい美術館だったようです。設立の趣意は京都中央信用金庫や公益財団法人中信美術奨励基金に関係する芸術家の作品展を企画展示し、京都の芸術文化の振興と継承を目的に運営するとありました。

地図を見ると位置的には京都府庁の西側に隣接してるようで、お医者さんで用事を済ませた後京阪の三条まで来てここから地下鉄の東西線、烏丸線を乗り継いで丸太町の駅で降り立ちました。ちょうど御所の南西端辺りで地上に出てくることになり、目的の場所に行くために御所の西側に沿って伸びてる烏丸通りをそのまま北に向かいます。地下鉄の駅の北西の出入り口から出てくるとすぐ脇には煉瓦塀に囲まれた大丸ヴィラが目を引くことになります。大丸社主の下村正太郎邸としてW.M.ヴォーリズによって設計されたチューダー・スタイルの洋館。京都市登録有形文化財である建物なんだそうです。ただし現在は一般には非公開となっていて煉瓦塀から一部を覗き見られる程度となってます。

この日はただひたすら雲が空を覆ってるような重苦しい曇り空で小雪がちらついてもおかしくないような気候でした。家を出るときから天気が悪いのはもう分かりきっていたし、立ち寄る場所が美術館ということもあって、ハッセルやFM3Aのような大層なカメラを持って出る気にはならず、ロケンロールなトイカメラ、Wide Lens Cameraと年末の散財の勢いで買った中古で安く出ていたデジカメ、リコーのGRD3の2台を持って出ていました。

Wide Lens Cameraのほうはもう3〜4ヶ月なかなか撮り終わらない感度800のフィルムを入れたままになっていた残り6枚ほどを、この日に残り全部撮りきってしまおうと持ってきていて、地下から出てきて真っ先に目にはいるこの大丸ヴィラをさっそく撮ってみることにしました。

大丸ヴィラ 指写り失敗写真
Wide Lens Camera : SUPERIA Venus 800
大丸ヴィラ

たまには失敗写真も載せてみます。
これは指が写ってしまったもの。Wide Lens Cameraは広角22mmのレンズでレンズがカメラの表面から飛び出してないデザインだから、持ち方で気を許してしまうとかなりの高確率で指が写りこみます。何本かフィルムを通してそれなりに慣れて来たカメラなのに、未だに1ロールで数枚指が写った写真を撮ってしまってます。
写真そのものは内部が煉瓦塀越しにしか見られない上に木陰で曇りの天気という暗さだったのでこのカメラでは感度800のフィルムでもかなり条件がきつかった様子でした。

大丸ヴィラ 門
RICOH GR DIGITAL 3
大丸ヴィラ 正面脇の門

内部非公開のために門扉に阻まれ、指入り写真で失敗したとも知らないままにその場を後にして、大丸ヴィラの側を通り過ぎて北に向かって歩いていくと府庁前に行く下立売通りと交差してるところに出てきます。その交差点の南西に建ってるのが平安女学院の日本聖公会京都教区聖アグネス教会。煉瓦作りの風情が同志社同様に際立っており、ここでもちょっとシャッターをきってみました。

日本聖公会京都教区聖アグネス教会
Wide Lens Camera : SUPERIA Venus 800
聖アグネス教会

とにかく厚い雲に覆われた陰鬱な日だったのも相まって、なんだかホラー映画にでも出てきそうな写り方になってました。こういう建物って見上げるしか視点の取りようがないところがあって、よほどあれこれ試してみないと変化に富んだ写真にするのは意外と難しそうです。中央の丸窓だけ拡大して撮りたかったけど、望遠を使って離れたところから撮るとか、塔の内部に入って内側から窓を撮るとかする以外では、単焦点の広角レンズでははなっから無理な相談でした。

ついでだから載せてみますけど、後日、旧京都府庁に行った時、また別の角度で撮ってみたのがこの写真。
聖アグネス教会
OLYMPUS OM-1 G.ZUIKO 50mm f1.4 : KODAK SUPER GOLD 400
聖アグネス教会

この交差点を府庁の方向に曲がり、教会に続く平安女学院の前を通り過ぎて歩いていきます。
やがて程なく府庁前に到着。京都府庁旧本館も古い建物でちょっと写真にとってみたいところもあるんですが、この日は来たついでに周囲をめぐってこんな写真を撮っただけで、目的の美術館に向かってます。

街灯
RICOH GR DIGITAL 3
京都府庁 周囲
これはちょっとかっこいい写り方かなぁ。ニュアンスの異なる縦向けのラインが集まって単純な構造だけどそれなりに変化もあるし。
縦に長いポール状のものって構図取りが難しいです。少なくともわたしはかなり迷います。どう撮っても芸のない写り方になりそうで。

中信美術館は府庁に隣接してると思い、きっと信用金庫の目立つ建物でもあるんだろうと思って歩いていたら堀川に出てしまい、明らかに行き過ぎてるのが分かったので、一体どこにあったのだろうともう一度府庁のほうに戻りかけて見つけました。周囲には信用金庫のビルなんかは全くなくて、完全に独立した建物が小さなビルや民家の列に馴染むようにしてこじんまりと建ってました。

中信美術館 入り口
RICOH GR DIGITAL 3

草木をモチーフにした天井や鉄扉を側に見て美術館の中に入ると、美術館然とした受付のテーブルと受付の女性、それと目の前の壁に掲げられた大きな絵が視界に入ってきます。ちなみに入場、鑑賞は無料でした。

入ってすぐにある足元の案内にはスリッパに履き替えてくださいといった要望が書かれていてちょっと意表をつかれます。中信美術館は土足では中に入れない美術館なんですね。側にあった棚からスリッパを取り出して履き替え終わるとテーブルの向こうにいた係りの女性が館内にどういう配置で展示してあるか説明してくれて、その指示と廊下にある道順の案内プレートにしたがって館内を巡り歩くような形になってました。
今回の展示の部屋は合計で3つ。それぞれの展示室の大きさはかなりこじんまりとしていて、最近明倫小学校に写真を撮りに行くことが多いので、その関連のイメージで行くと大体一般的な小学校の教室だと、およそその3分の2くらいの広さでした。裕福な家だったら応接間でもこのくらいの広さがあるかもというくらいの規模で、美術館としてはかなり小さな印象でした。
美術館の体裁にはなってるけど、入場料が無料だったことや展示物の展開内容から見ると実質的には規模の大きな画廊といった感じの場所。入り口でスリッパに履き替えたせいなのか、プライベートな空間に紛れ込んだような感じもしました。

☆ ☆ ☆

先に書いたように小牧源太郎という画家に関してはわたしは名前は何処かで聞いたことがある気がするけど、どういう画家だったのかはほとんど知らない状態でした。
もらったパンフレットには略歴も書かれていて、それによると1906年に京都に生まれ1989年に亡くなるまでずっと京都で活動を続けた画家とあります。略歴を読んで思い浮かんだのは、生まれ故郷から出ることなく鳥取の砂漠を舞台にシュールでスタイリッシュな写真を撮っていた写真家植田正治のような画家だなぁということでした。

作品の傾向は活動初期がシュルレアリスム的なイメージ、その後京都で活動してたからなのか仏教的なものやそこからの派生形で民俗学的なものをモチーフにしたり、絵画に精神分析学的な役割を見出そうとするようなことを試みたりしていたそうです。
シュルレアリスム的な時期だとか仏教的な時期だとか民俗学的絵画の時期だとか一人の作家の感性の遍歴を見せるような構成にはなってた展覧会でしたけど、作品は全部で30点しか展示されてないし、わたしが観たかったシュルレアリスム期の作品はたったの2点のみ。個別のテーマに関しても作家の感性の変遷を見るにしても、無料で観ていて云うのもなんだけど、規模的にはかなり物足りない展示だったように思われます。ただ全体を通してこの少ない出展を見ただけでも、小牧源太郎は基本的には記号、図案的なイメージを好む作家で各時期熱中したテーマは変化したけど、全体にわたって記号、図案思考は変らなかった画家だったんだということは分かるような展覧会でした。
そういう意味では展覧会の副題にある造型思考という言葉はこの画家の本質を言い当てていて的確であったと思いました。

さて肝心のわたしの関心ごとであった、小牧源太郎のシュルレアリスム期の2点の作品のうち、わたしの好きな描き方の絵はパンフレットにも載ってる民族病理学(祈り)という油彩の作品でした。活動暦の初期に描かれた作品だったので、展覧会の展示順序では最初から2枚目に目にすることになる絵画。わたしはたとえば食事は好みのものを一番最後まで残しておくタイプで、往々にしてお腹が一杯になってしまって後まで楽しみに取っておいたものをあまり美味しく食べられなくなるということになりがちなんですけど、今回の展覧会はその全く逆で目当てのものを一番最初に見てしまった形になりました。これはわたしがいろんなものに接した時の馴染みのリズムではないわけで、おかげで展覧会の全貌は知らずに観ていたはずなのに、大半の展示作品が目当てのものの後の付け足しのような印象を伴ってしまって、鑑賞体験としては余りいい状態でもなかったかもしれません。

シュルレアリスムでもこういうタイプの絵画は凄く興味を惹かれます。好んで描かれるのは大概が夢魔のような異世界なんですけど、その異世界を異世界として存在を信じ込ませるくらい緻密に描いて、そのリアルな非現実世界にこれまた非現実的で奇妙なオブジェが転がってるような絵画。シュルレアリスムも名前からいくとリアリズムの一種だから、異世界がどんなに異様で奇妙であってもリアルに描かれてるのは必然で、その世界に存在してるオブジェも何なのか皆目分からない謎のものであっても質感等はリアルな手触りを感じるような描かれかたをしてるといった感じの絵画です。さらに異世界に点在するオブジェは有機的なフォルムだったりするのもわたしにとっては必要不可欠な要素だったりします。
シュルレアリスムでこのタイプの絵画でいうと、一番代表的画家だとダリが典型的です。わたしが好きなのはイヴ・タンギーとかマックス・エルンスト辺りの絵画。球体関節人形の作者としてのほうが有名だけどハンス・ヴェルメールが描いた絵画なんかも好きな部類に入ります。特にタンギーの海底を思わせるような静謐な世界に点在する有機的なオブジェ群っていうヴィジョンは異様で、その世界に実際に入り込んで眺め回したりオブジェを手にとってその手触りを体験してみたいと思うくらいです。


Yves Tanguy

Youtubeにイヴ・タンギーの絵画をスライドショーにしたものがありました。こんな絵画です。


小牧源太郎の民族病理学という絵画は様式はまさしくわたしが好きなタイプのシュルレアリスム絵画でした。描かれてるオブジェで一番目立つものはなにやら気味の悪い節足動物かむき出しの肋骨を思わせるような有機的なもので、この辺も異世界的な雰囲気が出ていて面白いです。
でもモチーフは面白いのに、全体的なタッチは実際に大きな実物で見るとそれほど精緻でもなくて、細部が随分と簡略化されてるような印象を受けました。この辺りは展覧会の全体を見通して、小牧源太郎はリアル志向じゃなくて記号、図案の作家なんだと思った要素がこの初期シュルレアリスム絵画にも早くも出てきてる感じで、それがダリ的な世界を扱っても小牧源太郎の個性として出てるんでしょうけど、ディテールの乏しさは異世界構築の絵画としては結構な物足りなさを感じさせるのも確かなところでした。あとこの絵画は戦争中に描かれたもので、戦争批判的な意味合いで戦闘機らしきものが描かれていたりするのも、わたしの趣味に合わないところでした。わたしは社会派とかいった類のものってあまり好きじゃないです。絵画でも音楽でも文学でも、こういうものは何かのための手段と化してるアートよりも、アートそのものとして成立してるアートのほうが好みだったりします。

もう一つのシュルレアリスム絵画は完全に記号的な描き方をした抽象的なもので、わたしが見たかったシュルレアリスム的な絵画はこの展覧会ではこれでお終い。実にあっけなかったです。

同じ展示室にあったほかの油絵ではジャクソン・ポロックのようなドリッピングを使ったアンフォルメルの絵画が印象に残りました。でも、絵具を滴らせた道具を振り回して偶然が描く絵具の軌跡で絵画を描くという手法なんですけど、ここでも飛び散る絵具の勢いやその場限りの偶然性なんかにはあまり興味がないような作り方で、たとえば飛び散った絵具の軌跡の端っこにそれそれ丸い目のようなものを書き入れて、ある種意味合いを与えて形として独立させようとするような、出来上がった偶然そのものの視覚化を静的な形としてカンバスに定着させようとしてる意図が感じられるような描き方だったので、図案思考の小牧源太郎の刻印が押されてる絵画であるのは、アンフォルメルというシュルレアリスムとはまた違ったモチーフの絵画でも同じなんだと思ったりして眺めてました。

☆ ☆ ☆

最初の展示室の最初の絵画数点だけで、ひょっとしてもうシュルレアリスムってお終い?と思いながらその後館内を見歩いてたせいもあって、残り二室の展示は晩年の最重要モチーフの針金状「ひとがた」人間がいろんな形で登場するものを展示室ひとつ分くらい用意して、本来はこの部分こそがこの展覧会の要、小牧源太郎の本質が現れてくる展開だったんでしょうけど、わたしとしては先に書いたように付け足し感のほうが強くなってしまってました。

記号的、図案的な絵画というのも、以前モホイ=ナジの展覧会について書いた時に、ロシアン・フォルマリズムも取り上げたように、実はわたしはこういう絵画も結構好きな部類に入ってます。ただロシア構成主義だとかバウハウスなんかで見られたモダニズム的なもの、エッジの効いたダイナミズムみたいなものによってこういう絵画や運動が好きだった目から見ると、小牧源太郎の構成的な絵画はいささか泥臭いというか、モダニズムとは完全に違う地平で成立してるように見えました。これはおそらく仏教とか民俗学に傾倒した結果が絵に出てきた結果と見て間違いないんじゃないかと思います。
わたしは記号的なものならモダンな抽象形態といったものが好きなので、今回の展覧会ではシュルレアリスム期以降の作品を見ながら展示室を歩いてる時は正直なところあまりピンと来るものがないままに観終わってしまいました。でも帰ってから貰ったパンフレットを見返してみたり、これを書くのに何度も眺めなおしたりするうちに、こういう泥臭さもちょっと面白いかもって思ったりしてます。
この小牧源太郎の洗練されなさを残す図案趣味といった感じのものって、何年か前にアウトサイダー・アートなんていうカテゴリーで紹介されていた、ヘンリー・ダーガーなんかを代表とするカテゴリーの作品群と、図案なのにすっきりと割り切れてないような情念的で混沌としたものを含んでしまってる点で多少は通底してる部分もあるんじゃないかなと。精神分析学的なアプローチを小牧源太郎が試みたということも略歴に書いてあったし、そういう目で見ると、わたしがモダニズム的な感覚を通して関係を持ちようがなかった小牧源太郎の主要作品群も、もうちょっと馴染みがよくなるかもしれないなんて思いました。

☆ ☆ ☆

とまぁこんな感じで展覧会を見終わって、小さな展示室でもそれぞれの部屋に監視の人が一人ついていて、実はわたしが観にいった時は帰り際に一人若い男性が入ってきただけで、鑑賞はずっと一人でする形になっていたから、小さな部屋に監視の人と二人っきりでいると、なんだか退出する時もその人に何か言わなければいけないかなといった感じで、ありがとうございましたと挨拶しながら展示室を出たりしてました。中信美術館ってスリッパに履き替えるのから始まって、監視の人との思いもかけない親密でちょっと居心地の悪い空間といったものも含めて、美術館としては雰囲気は思いのほかユニークといった印象の施設でした。
ひょっとしたら偶然電車の広告を目にして行くことになった今回の展覧会では、結果として小牧源太郎の存在を知ったことよりも、このユニークでこじんまりした美術館が京都府庁の近くにあるということを知ったのが収穫だったのかもしれません。


☆ 展覧会の会期は3月の11日までです。



☆ ☆ ☆ 【写真】モノクローム・スケッチ ☆ ☆ ☆


一月の半ばからの寒波と天気の悪さでこのところ一段とフィルムの消費が落ちた日々が続いてます。それでも嵐山に行ったり西陣の街中を歩き回ったり、最近は近くの中信美術館に行ったのが切っ掛けで、旧府庁なんかに行って写真撮ってはいるものの、気分のほうはずっと若干欲求不満気味。この二月ほど、なにしろ撮る写真のほとんどがぼんやりとした影さえも出ずに、空はいつも白っぽい曇り空で、精彩をかくこと著しい感じです。曇りでも雨の日でもその日の有様だから、その日の世界として写真に撮る値打ちもあるんでしょうけど、青空とコントラストの強い影は毎日撮っていても飽きないのに、曇り空はそればかり撮ってるとなぜか知らないけど飽きてくるんですね。たまに晴れる日も一日も保たずにすぐに下り坂に向かうから、晴れた日はカメラ持って出かけないと勿体無いような気分になってます。
一日だけでお終いというようなこんな晴天じゃなくて、晴れた日が続きだすとこの陰鬱な季節も終わりということになるんでしょう。寒波も曇り空も飽き飽きしてるのでそういう日がやってくるのが待ち遠しいです。

写真はこういう陰鬱な状況のもと、最近撮ったものが数少なくて出すものがないというわけでもないんですけど、この前の続きで、同じフィルム・ロールから別の写真を何点か載せてみます。いつもだったらフィルム一本に5枚も気に入ったのがあれば上等っていうところなんですけど、このロールは結構気に入った写真が撮れたロールでした。撮ってた時期は去年の年末辺り。イルミネーションのイベントをやっていた頃の中之島の写真が多いです。

ディアモール
CONTAX TVS2 : ILFORD XP2 PRO 400
梅田ディアモールの一角

ガラスの向こうに広がる光景と壁に落ちる光、おまけに温室的なドーム状の天井という、わたしが好きな要素が重なったようなイメージです。場所は大阪梅田の地下街ディアモール大阪の、御堂筋線の改札から駅前第二ビルまで行く途中の、地上からの光を取り入れてる通路。なぜか窓枠のように区切られた枠から覗く光景って好きなところがあって、去年の夏に森山大道の展覧会に行ったときにも似たような写真を撮ったことがあります。

まだブログには載せてなかったけど、その時キヤノンのハーフカメラで撮ったのはこんな写真でした。
美術館にて
Canon demi EE17 : FUJI COLOR 100
国立国際美術館

これもほとんど同じ要素で成り立ってます。目測式のカメラだったのでピントは大まか。ガラスのドームの向こうに見えるビルがぼんやりとしてるのも記憶の中の光景みたいでこういうのってわりと好きだったりします。一度わざとピンボケで撮ってみようかと思うものの、ピントを追いこめるカメラだったらどうもきっちりと合わさないといけないような気分になるので、なかなか意図してピンボケ写真って撮れないというか、ちょっと勇気がいりますね。それとドーム状の建物ということだと、植物園ももう一度行ってみてもいいかなと思ってます。以前に学研の付録の二眼カメラを持って植物園に行ったときは温室はどうも有料のようだったから入りませんでした。

コントラスト・タワー
CONTAX TVS2 : ILFORD XP2 PRO 400
中之島界隈

縦に長いものは凄く撮りにくいと書いたのと同じ感じ。縦長のものを撮るために縦長の画面にするとまるで何も考えてないような絵になるし、横画面で撮ると一部しか撮れなくて高さがなかなか上手く感じられなくなりがち。
このビル、何のビルか知らないけど、コントラストが効いた外観で気を引きました。建物としてはこういう現代的なビルって嫌いなほうなんですけど、高さ規制のある京都だと観ない建物でもあるのでちょっと物珍しさがあります。相変わらずの曇り空でモノクロにしなくてもほとんど白一色の背景は、この場合はビルのコントラストを強調して上手くあってたような気がします。

規制といえば京都は町並みに関して色も規制してます。マクドナルドのような店でも京都に出店する時は派手な色を控えてるとか。公認で派手な色って鳥居の赤くらいかな。
別にマクドナルドが地味でも一向に構わないんですけど、カラフルな写真を撮りたくなった時は、京都ではなかなか難儀することになります。

中之島中央公会堂
CONTAX TVS2 : ILFORD XP2 PRO 400
中之島公会堂

建物としたらこういう建物のほうが好き。確か影が落ちてる中で窓周辺に光があたって浮かび上がってるのに気を惹かれて撮ったと記憶してます。

マネキンが目を閉じる
CONTAX TVS2 : ILFORD XP2 PRO 400
四条河原町周辺

四条通りの烏丸から河原町辺りのブティックに飾ってあったマネキン。妙なマネキンと思ってシャッターを切りました。どうもこのブランドの店ではどこでもこの時期はこのマネキンを使っていたようで、大阪を歩いてる時にも見かけたような気がします。最近目を閉じたマネキン自体よく見るように思うんですけど、ひょっとして流行ってるのかなぁ。目を閉じた人形といえば恋月姫の球体関節人形を思い浮かべるけど、同じ目を閉じるにしてもあれとは全くニュアンスが異なる印象になってるようです。

こういうディスプレイ系統を撮る時って出来上がった写真がもしかっこ良かったりしても、そのかっこ良さは写真を撮ったわたしのほうにあるんじゃなくて、ディスプレイをデザインした人の側にあると考えると、わたしが写真を撮る意味というのがいまいち分からなくなってくるところがあるんですね。

だからまぁこれは面白いマネキンだったから撮ってみたんですけど、店先のディスプレイとか洒落て見えても、出来上がるものが最後までわたしの手腕によるものじゃないと思うと、あまり撮る気にはならない場合が多かったりします。
写真はすべて一からそろえて演出するものもあるけど、大抵の場合、対象物そのものを自分で作らないから、シャッターを切ろうとする時にこういうこと、つまり写真に写し取れるものはわたしのものなのか、それとも対象物のものかといったことを考える機会は、わたしの場合はわりとあるような気がします。

重層
CONTAX TVS2 : ILFORD XP2 PRO 400
中之島公園

これはウィンドウに並んだ瓶を撮ったんですけど、仕上がってみたら目一杯対面の光景が映りこんでいたもの。
最初見たときは大失敗と思ったものの、しばらく放置してから再見してみると、意外と良いかもと思いなおした一枚でした。まるで多重露光したように見えて、そう見えてくるとなかなか面白くなってきました。
一度見ていまひとつでもしばらく寝かせておくと違う見方が出来るようなものがあります。フィルムは撮ってしまうと消去できないから、あとから失敗作を眺めるのも苦もなく出来ますけど、デジカメだと失敗はすぐに消してしまう可能性もありますよね。
これ、デジカメ使ってる人はあまり早めに結論を出さないほうがいいです。失敗だと思ってもしばらく残しておいて時間が経ってから見直したりするほうが良いですよ。思わない感覚で見直せることがあるから。

これは画面端っこでぎりぎり見えてる窓枠もいらないからトリミングしたほうが良いかなと思ったけど、額縁みたいにも見えてきて、これがあるほうがイメージが複層化すると思い、トリミングは不要と判断しました。どちらかというと、もともとわたしはほとんどトリミングしないほうです。その時のフレームを覗き込んだ直感を尊重したほうが良い結果になると思ってます。




☆ ☆ ☆ 恋歌 ☆ ☆ ☆


フォーク・クルセダーズのフォークソング。


ユエの流れ - 加藤和彦


フォーク・クルセダーズが歌った曲の中ではかなり好きな部類の曲に入ります。世界のフォークソングを巡るといったコンセプトに沿って、云うならば「イムジン川」路線の曲なんですけど、「イムジン川」が政治的配慮なんていうもののせいで発売中止になったためにかえって有名になってしまったのとは反対に、ほとんど注目されないままに埋もれてしまった曲といえるかもしれません。それにしてもフォーク・クルセダーズはこういう曲を見つけてくるかなり良いセンスを持っていたという印象です。
「ユエの流れ」も「イムジン川」同様に川にまつわる歌で、ユエはベトナム戦争のテト攻勢のときに戦場となった古都フエ(ベトナムは第二次世界大戦前はフランスの植民地だったので、フランス語読みでユエ)のことだとすると、この歌で歌われる川は市の中央を流れる香江(フオンジャン)のことだと思われます。
オリジナルはマリオ清藤という人が歌っていたそうで、このフォーク・クルセダーズのものはそのカバーになるんですけど、わたしはオリジナルのほうは聴いたことがないです。どうもこの曲の情報って調べてもあまり出てこなくて、以前に一度調べた時に作曲者として須摩洋朔という日本人の、第二次世界大戦のときに軍楽隊のメンバーで、のちにNHK交響楽団のトロンボーン奏者となった音楽家の名前が出てきたのが唯一の情報くらいでした。この情報で出てきた曲と加藤和彦が歌うこの曲が同名の異曲でないなら、ベトナムの民謡という装いではあるものの日本人が作った歌という可能性が高いことになります。

収録されてるレコードはフォーク・クルセダーズの解散時のコンサートの実況録音盤である1968年の「フォークルさよならコンサート」。「ユエの流れ」に関してはこのアルバムに入ってるだけでスタジオ録音のものはリリースされていません。
フォークルのライブのものとしてはもう一枚別にある「ハレンチリサイタル」のほうが「大統領様(ボリス・ヴィアンの曲「脱走兵」)」「雨の糸」「こきりこの唄」などお気に入りが一杯入っていて私は好きなんですけど、こちらにはこの曲のほかにもジャックスの「遠い海へ旅に出た私の恋人」など、全体的にはヒットした曲や解散後に端田宣彦が結成することになる「シューベルツ」の曲のお披露目とか、何処かで聴いたことがあるような曲が中心になってるなかで、独特の光芒を放ってるような曲もいくつか収録されています。
このコンサートを聴いていて面白いのは、北山修が合間のおしゃべりでもうすぐ大阪の万博が始まってどうのこうのというようなことを喋ってるところがあるんですね。大阪万博って今ではもうすべての記録が黄ばんで色あせてしまってるようなノスタルジーに満ちた出来事なのに、このコンサートをやってる世界はまだ大阪万博が存在さえしてなかった世界なんだって、なんだかちょっと異世界に連れ込まれたような感覚になったりします。

端田宣彦は数年前まではたまに四条烏丸辺りを歩いてるのを見ることがありました。


フォーク・クルセダーズ - 雨の糸〜戦争は知らない(ハレンチリサイタル)

Youtubeじゃないけど、わたしの好きな「雨の糸」とレコードではそれに続いてる「戦争は知らない」もあったので載せておきます。上のリンクをクリックすると別窓が開きます。音量はちょっと小さめかも。

ちなみに「雨の糸」は森昌子に同名の曲がありますけど、全く違う曲です。


☆ ☆ ☆



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【theme : art・芸術・美術
【genre : 学問・文化・芸術

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Author:薄荷グリーン
観る快楽と聴く悦楽に関する覚書。
京都のことも書いてますけど、おそらく観光案内の役には立たないと思います。

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