【洋楽】 わたしの好きなクリスマスソング +クリスマスっぽい写真

一応わたしのところは音楽ブログでもあるので、久しぶりに音楽メインの形にしてみます。
久しぶりの音楽記事のテーマは、今年も季節が巡ってきた、一年振りのクリスマス・ソング。

とはいうものの、音楽メインの記事にすると意気込んでるわりに、今わたしはちょっと困ってます。これは去年のクリスマスの記事にも書いたと思うけど、一応記事のコンセプトはわたしが好きなクリスマス・ソングというもので、曲を選ぶ際に一種の制限を設けてます。そしてこの条件が回を重ねるごとにかなりハードになってきてるんですね。
大体クリスマスソングなんて毎年毎年大量の新曲がリリースされるわけでもなく、そんな状態で好きなクリスマス・ソングなんていうものも毎年毎年増えるわけでもないわけで、しかもクリスマス・ソング研究家でもないから既存の曲の中でもクリスマス・ソング限定で好きな曲が大量にあるはずもなく、数少ないわたしの好きなクリスマス・ソングは数回の記事を書いた時点でもう出し尽くした感じがしてきてます。

去年のクリスマス・ソングの記事を書いた直後からそんなことを考え始めて、今から来年のクリスマス用に曲を選定しておかないと、なんて思ったりしてたんですけど、夏場にクリスマス・ソングのことなど入る頭の隙間などどこにも無かったりして、すっかり忘れたままにまたこの季節を迎えることとなりました。

さてどうしよう。というのが今のわたしの正直な感想です。

でもまぁこんな言い訳話をしてどうしようなんて思案に暮れていても仕方が無いので、とりあえずそんな状況下で選んだ曲をアップしてみます。
ちなみに選曲には悩んでますけど曲そのものは悩みの種になるような出来というわけじゃなくて、全部名曲だったりするのでそれは安心して聴けると思います。

☆ ☆ ☆

一曲目はこれ!

早くも以前に一度アップした曲。でも確かあっというまに削除されて聴けなくなってたはずの曲です。

Patti Page - Christmas Bells



テネシー・ワルツのパティ・ペイジが歌うクリスマス・ソング。
この曲はクリスマス・ソングを特集したようなものに入ってるのをほとんど見たことが無いし、街で流れてるのも聞いたことが無いです。
ネットで検索してもクリスマスとかベルとか他の曲が一杯引っかかってくる単語しかタイトルに無いから、まず何もない状態で出会うのはなかなか難しい曲かもしれません。なにしろ「Christmas Bells Are Ringing」となっただけでまったく別の曲になってしまいます。

シンプルにメロディラインが好きな曲です。
歌詞に子供の歌声が聞こえるというような箇所があるけど、この曲の子供のコーラスはちょっと一本調子でわたしには煩雑に聴こえるところがあります。パティ・ペイジの歌だけでよかったんじゃないかなぁ。



大貫妙子 - 祈り

埋め込み禁止になってたので、クリックすればYoutubeの該当ページが開きます。

この曲、80年代にYENレーベルというところから出たクリスマスアルバム「WE WISH YOU A MERRY CHRISTMAS」に入っていた曲です。当時YMOを中心にしたミュージシャンが集まっていたレーベルだったようで、YMOの音楽仲間といった人たちが作ったクリスマスソングが集められていました。そのなかで一番印象に残った曲がこれ。最初に聴いた時の印象も鮮烈で、今になって記憶に残ってるこのアルバムの曲はこの曲一つだったりします。
後半部分のコーラスのところが凄い好き。要するに典型的な賛美歌の響きのようなもので出来上がってるんですけど、本物の賛美歌でもこんなに賛美歌っぽい曲ってあまり無いんじゃないかと思うくらい讃美歌的な曲になってます。
今年の3月に起きた出来事を思うと、なんだか胸にしみるというか、今年はこういう曲がふさわしいのかなぁと思ったりします。


Doris Day - Snowfall



ピアニスト、作曲家のClaude Thornhillの手によるスタンダード。
それほど起伏のあるメロディでもないけど、夢心地のような美しさに満ちてる曲。舞い降りる雪って確かにこんな感じです。
歌ってるドリス・デイはケセラセラで有名な歌手です。ジャズバンドの専属歌手というのがキャリアのスタートで後に女優にもなった人。小技で勝負することも無く、そのせいであまり癖が無い歌声ともいえるんですけど、綺麗な発音で正統派の歌手らしい端整な歌声は聴いていて気持ちがいいです。

PEGGY LEE - Christmas Carousel



優雅に舞い踊るようなリズムに乗って運ばれてくる曲。実はひらパーの記事とかけて選んだんですが、カルーセルって回転木馬のことなんだそうです。そうやって聴いてみるとメリーゴーランドがゆったりと回り出す光景が思い浮かびそうな気がします。ちなみに回転木馬もクリスマスにはツリーに灯が灯ると同時に回転させるところが多いらしく、またクリスマス・カルーセルはその名前の通りクリスマスにプレゼントされるものでもあって、回転木馬って意外とクリスマスとの関連があるものらしいです。
そういえば去年撮ったサンタさんの写真、あのサンタさんが置いてあった場所には回転木馬の置物も飾ってありました。

☆ ☆ ☆

いつもと比べると少ないですけど、今回のクリスマス・ソングはこれだけ!
今回のクリスマス・ソングの記事には「祈り」が入れられたからそれでいいとしておきます。
好きなクリスマス・ソングでは複数の記事を書くつもりなら条件がきつすぎるから、今度からはちょっとコンセプトを変えたほうがいいかもしれないと思いました。



☆ ☆ ☆ クリスマスっぽい写真 ☆ ☆ ☆


これもちょっと制限を加えたために撮り難くなったテーマです。何だか愚痴ばかり書いてますね。

クリスマス的なアイコンを使わずにクリスマスっぽい写真を撮ってみるということ。これが写真を撮るに際して設けた制限でした。なぜこういうアイコンを外してみようと思ったかというと、サンタクロースさえ写しておけばクリスマスの写真になるじゃないかって云う考えがあってそれがちょっと安易に思えたから、それでそういうアプローチとは別の方向から写真を撮れないかと思ってのことでした。
これはでも難しいです。去年もこれでやってみて、やってみるとわかると思うんですけど、クリスマスの雰囲気ってツリーとかサンタクロースが一手に引き受けてるんですよね。結局この制限つきではほとんど撮れなくなってしまって、今回も結局のところリースだとか雪だるまに援助してもらったりしてます。


クリスマス1
Nikon Coolpix P5100

クリスマス2
Nikon Coolpix P5100

クリスマス3
Nikon Coolpix P5100

クリスマス6
Nikon Coolpix P5100

クリスマス5
Vista Quest VQ5090

暖かい光と緑色というのはクリスマスっぽいかなと思って撮ってみたものの、クリスマスソングのビデオクリップのようなもののひとコマくらいには使えるかもしれないけど、これだけではそんなにクリスマスと結びつかないなぁと思い、個々には切り取り方をちょっと考えたりしながらも、上に書いたように結局クリスマス・アイコンを入れてクリスマス的なものになるような写真を撮ることになりました。

イルミネーションの写真はイルミネーションそのものは派手でもなんでもないですけど、鋭角的な印象の写真になって、そういう部分は気に入ってます。

☆ ☆ ☆

はっきり云ってクリスマスっぽい写真を撮りあぐねているところに、大阪の中之島一帯で光のルネサンスというイルミネーションを主体としたイベントが開かれると知って、開催そのものは少し前から知ってたんですが開催日時までは知らなかったところ、14日に野暮用で大阪に行ったらちょうどこの日が開催日の初日だということだったので、帰り際にちょっと立ち寄って写真を撮ってくることにしました。クリスマスっぽい写真の援軍になる可能性が極めて大きかったです。

淀屋橋の銀杏
Nikon Coolpix P5100

淀屋橋に着いたのは夕方少し前のこと。光のルネサンスが開催されるのは午後五時ということだったので、夕日の中を日本銀行大阪支店の見事な銀杏の木の写真なんかを撮りながら、午後五時の点灯を待っていました。
木の周りにカメラ持ってる人が集まって写真を撮ってたので、わたしもその近くでカメラ構えたりしてました。それが気がつくと周りの人はいつのまにか何処かに消えてしまい、そのかわりに日本銀行の警備の人が近づいてきて、柵の外側からはかまわないけど、敷地内で撮影しないでくださいと注意されてしまいました。何でわたしだけ!?

光のルネサンス1
Nikon Coolpix P5100

開催直後、イルミネーションが点灯された会場の光景。まだ日が落ちきってなくて薄明の中をきらびやかな光が一斉に立ち上がりました。

光のルネサンス2
Nikon Coolpix P5100

イルミネーションに飾られた雪だるまです。上の写真の欄干の向こう手前にちょっとだけみえてますね。

光のルネサンス 3
Nikon Coolpix P5100

会場には屋台のテントが立ち並んでました。5時開催直後からイルミネーションそっちのけというか、おそらく食べてからゆっくりとイルミネーション見物をするつもりなんでしょうけど、もう色々と食べてる人がいました。写真では良く分からないですけど並んでるのは全部尖がり頭のテント。ちょっと中東風というか無国籍風のテントでした。

光のルネサンス4
Nikon Coolpix P5100

主催者側も当然この時期のことを考慮して開催日を決めたはずなので、わたしの思惑通りサンタさんも会場にいました。電飾でサンタさんを作るというより、サンタ人形に電飾の飾りをつけるという形。電飾でサンタさんを作るほうが豪華だけど、ここはこういう形にしてありました。ローズガーデンの広い空き空間に設置されていて、地面がちょっとさびしいです。電飾で地面も飾ってくれたらよかったのに、人が通る空間だから踏まれるのを恐れたのかな。

光のルネサンス5
Nikon Coolpix P5100

木に飾り付けられたイルミネーション。木の形に添って飾られ、イルミネーションそのものが木の形になってたのはわたしが歩いた範囲ではこれ一本でした。

光のルネサンス6
Nikon Coolpix P5100

土佐堀川を行く水上バス。駅に停泊中の光景です。
この日、土佐堀川にはイルミネーションで飾られた船が水上パレードしてたんですけど、夜も苦もなく撮れるデジカメといえど、シャッタースピードはかなり遅くなっていて、川面を進むイルミネーション船は全部流れたような写真になってました。この船のパレードは上手く撮っておきたかったです。

ライトアップ公会堂
Nikon Coolpix P5100

ライトアップされた中之島公会堂。普段から夜になるとライトアップされてるのかもしれないけど、かっこよかったのでスナップしてみました。モノクロだったら「メトロポリス」のようなレトロフューチャー的な映画に出てきそうなイメージですね。やっぱりわたしはこういう装飾過多の建築物が好き。

光のルネサンス8
Nikon Coolpix P5100

中之島公園の土佐堀川沿いに大阪芸大のグループが開催してる美術展が展開されてました。せっかく作品が並んでたんですけど、作品よりもライトが点されていたので撮りやすそうと思って、眺めてる人を中心に撮ってみた一枚です。

メインストリートのイルミネーション
Nikon Coolpix P5100

淀屋橋の駅から中之島公園に向かう、大阪市役所の脇を通る道。光のルネサンスの入り口に当たるその通りを中之島図書館のあたりまでドーム上に架けられていたイルミネーションの一部です。会場では中之島イルミネーションストリートと名づけられてました。

☆ ☆ ☆

一応公園の端まで歩いていってみました。全体の印象は光の~と銘打ってるわりにあまりきらびやかでもなかったこと。空を埋め尽くすようなイルミネーションをちょっと期待してたんですけど、上の写真の、会場入り口の通りを覆うドーム上のものでもイルミネーションを絡めるアーチが間隔を置いて並んでるだけで、並木を飾る光もそれほど派手なものでも無かったです。会場でのイルミネーションは単体でそこかしこに点在するような形で置いてあるだけ。それもちょっと小ぶりなものがほとんどでした。
節電の意味もあってこういう感じになったのかどうかは良く分からなかったですけど、光の洪水の中に埋め尽くされるような感覚を味わわせて欲しかったと思いました。

☆ ☆ ☆

この日フィルムカメラもモノクロフィルムを入れていたCONTAXを持っていってたんですけど、夕方を過ぎる頃の光の乏しさに早々と悲鳴を上げて使い物にならずでした。感度400のフィルムだと手持ちでは夕方が限度。それ以降は三脚が必要となります。
ということでこの夜活躍したのは一緒に持って出てたデジカメのほうでした。デジカメもフラッシュ無しでは撮れないところが多かったものの、光のイベント会場で多少光が満ちているところであれば手持ちのフィルムカメラがそのままでは拒否するようなところであっても苦もなく写せました。この1年以上フィルムカメラに没頭していてデジカメに比べたら色々と不便なところを面白がって使ってたけど、デジカメの融通の利く部分もこうやって使ってみるとやっぱり便利ですね。本当は夜もフィルムで撮りたいけど、これだけ融通が利くなら夜の撮影はデジカメに任せてしまおうかな。

☆ ☆ ☆

光のルネサンスは25日まで開催されてるそうです。ひょっとしたらクリスマス当日はもっと派手に展開してるかもしれないので、行ってみるのも面白いかもしれません。



ということで、ちょっと早いですけど、メリー・クリスマス!





☆ ☆ ☆

We Wish You A Merry ChristmasWe Wish You A Merry Christmas
(2005/11/23)
オムニバス、高橋幸宏 他

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【洋楽】わたしの好きなクリスマス・ソング +街を彩るクリスマス・アイコン

12月に入ると街の様相はクリスマス仕様へと一気に変化してしまったようです。このところカメラ片手に積極的に街を流れ歩き、街の佇まいを写真に収めようとして、今更のようにその様変わりの様子を目の当たりにしてます。
前に書いたように秋から年末にかけて、この時期のわたしの気分はいつも実際の季節のリズムには全然追いつけないで、季節の後を追いかけてるような状態ではあるものの、ファインダーを通して変化していく街の様相を眺めてるうちに、その季節感にあふれた変化に惹かれてそろそろ恒例のクリスマス・ソングの記事を書かなくてはと思い立ちました。恒例といってもブログを始めてから迎える冬は三回。セゴビア爺さんのギター演奏で始めたクリスマス・ソングもブログの重ねた月日同様に今回でまだ3回目です。

でもまだ3回しか回を重ねていないのに、何を集めようかと思案する事情に関しては去年書いたのと全く同じ状態に陥ってます。
クリスマス・ソングの記事を書く時に選択してる基準はあくまでもわたしが好きなクリスマス・ソング、わたしが好きなクリスマスに似合ってるような曲を収集するというものです。選曲にこの縛りを入れてしまうと、一年経ったからといって早々新しいお気に入りのクリスマス・ソングが増えるわけでもなく、おまけにわたしは別にクリスマス・ソングの専門家でもないわけだから、集めたい曲の顔ぶれは毎年同じようなものになってしまいがちです。
去年はそれで一度記事に取り上げたお気に入りクリスマス・ソングのバージョン違いとかを選んできたんですけど、今回もそんな感じになる他ない選曲になってしまいそうです。

依然ジョン・レノンのものとか、マライア・キャリーのものとか(マライア・キャリーはちょっと好きかな)、ワムのものとか、定番ポップス系というようなクリスマス・ソングには余り食指が動かなくて、賛美歌やトラディショナルなもの、ジャズのスタンダード的なものがメインの好みになったりしてます。
これは以前に書いたかもしれないですけど、わたしが小学校の頃に住んでいた地域には教会があって、そこの子供と同じ小学校で仲良くなっていっしょによく遊んでました。だからこの教会にもよく遊びに行ったし、クリスマスの催し物の寸劇では一応役貰ったりして賑やかしに参加させてもらったりしてました。宗教的には今に至るもキリスト教とは無縁の人間なんですけど、こういう係わり合いを子供の時に体験していたせいで、賛美歌的な響きはわたしの音楽体験の中で結構基盤的な部分を作ってるのかもしれないと思ったりもします。
今から考えるとこれも布教の一種だったのかなと思わないこともないですけど、教会に出入りして遊んだことは、こういうことをわたしの中に形成しただけで終わってしまったようでした。
ちなみに4年ほど前に、子供の頃に自分が住んでいた壬生御所ノ内町っていうところに何十年被りに様子見に出かけたことがあります。その時はこの教会はまだ残ってました。でも住んでた友達一家はもう別の教区に移動したのか表札には違う人の名前がかかってたような記憶があります。
小さい時に引越しでもしない限り子供の時に住んでた街を再訪するって云うことはないと思います。でももし子供の時に引越しをした街を持ってるなら大人になってから訪問するのは面白いですよ。懐かしさもそうなんですけど、あまりにも小さい街だったことに吃驚します。

☆ ☆ ☆

In the Bleak Midwinter 讃美歌468番 「木枯らしの風 ほえたけり」- sissel




去年グロスター大聖堂聖歌隊のものを載せた曲です。今回はシセルのもの。バックはモルモン・タバナクル合唱団で、これはモルモン・タバナクル合唱団がシセルを客演として迎えて行った演奏のようです。曲の事に関しては以前に書いたとおりです。「惑星」を書いたホルストが作った賛美歌。「木星」の作曲者でもあるホルストのメロディメイカーぶりが発揮されてる曲だと思います。今回聴いていて思ったのは「家路」に曲のタイプとして似てるかなぁってこと。
コーラスはこれだけ人数が集まるとやっぱり壮大な感じがします。実際にここで聴いたら豊かな響きだったんだろうなぁって思いました。

O Christmas Tree - ARETHA FRANKLIN




邦題は「もみの木」。トラディショナルなクリスマス・ソングです。元歌はドイツの古い民謡で19世紀に今のような歌詞が新しく作られました。クリスマスソングとして流布してますけど、元はあまりそういうことを想定しては書かれてないそうです。
このアレサ・フランクリンが歌うバージョンはクリスマス・エイドのチャリティーとして出されたコンピレーション・アルバムに収録されてます。でもこのアルバムに入ってるだけでアレサ・フランクリン名義のアルバムには未収録となってます。
意外なほどハートウォーミングでなおかつドラマチックというか、この曲ってこんなに盛り上がるものだとは思いもしませんでした。
最後の笑い声が、本当に楽しそう。


The Christmas Song - Ella Fitzgerald




この前エラ・フィッツジェラルドの歌を取り上げたので、今回も一曲。これは1960年にVERVEレーベルからでたエラ・フィッツジェラルドのクリスマスアルバム「Ella Wishes You a Swinging Christmas」に入ってる曲です。定番クリスマスソングを集めたアルバムなので曲目に新鮮さはないものの、フランク・デヴォール・オーケストラをバックにスィンギーに歌い上げて、ジャズ・ヴォーカルの王道をいくような仕上がり具合は聴き応えはあります。この曲は随分と暖かい感じに歌ってます。結構少女のような可憐な響きがある声で、わたしはそういうこの人の声質がすきなんですけど、この曲にもその声の質の良さが出てるように思えます。

How can I keep from singing? - Libera



ブログを始めた最初の年のクリスマスソングについて書いた記事でエンヤが歌ったバージョンを取り上げた曲です。今回のはわたしが最初に聴いて気に入ったリベラの歌ったもの。
アメリカ産の賛美歌でRobert Wadsworth Lowryという人が作ったものらしいです。リベラが歌ってるものはエンヤが歌ってるものに非常に近い印象を与えるんですけど、オリジナルの教会で歌われているものは、聴いてみると随分と違った印象を受けます。1991年にアルバム「Shepherd Moons」でエンヤが歌った時にこの賛美歌に質的な変転があったような感じ。もともとアメリカ産の賛美歌は、これもわたしの大好きな曲「It Came upon the Midnight Clear」のような曲同様にあまり宗教的な側面を感じさせないというか、割とポピュラー音楽の一ジャンルのようにも聴けるというような馴染みやすい側面があるように、個人的には思ってるんですけど、オリジナルと聴き比べるとエンヤ以降のこの歌のバーションはさらに馴染みやすい音楽になってるような感じです。
タイトルは反語的な言い回しで歌わずにはいられないというような意味だと思います。このタイトルも結構お気に入りです。

Vince Guaraldi - Skating


ピアニスト、ヴィンス・ガラルディのクリスマス・アルバム「A Charlie Brown Christmas」に収録されてた曲。48歳で早逝したせいなのか、ピアニストの歴史にはあまり足跡を遺したという感じじゃないです。この人はスヌーピーの音楽を書いていて、どちらかというとそちらのほうで名を残した形になってます。ピアニストとしては美しく端正なタッチとある種分かりやすいノリの良さを併せ持った演奏の人と云う感じ。
スケートといえばわたしは小学生の頃スケートリンクの真ん中まで出て行って戻れなくなった記憶が最後のもので、今でも全く歯が立たない遊びですけど、静かに雪が舞い降りてくるモノトーンの光景の中で、凍った池の上をくるくると滑っていく、どこか夢心地な情感はこの曲から十分にくみとれるような気がします。
去年はこのアルバムから「Christmastime Is Here」を取り上げました。最近マライア・キャリーがこの曲を歌ってるのを聴いて、意外とアメリカ人の間では定番クリスマス・ソングになってるのかなと思いました。

Mariah Carey - Charlie Brown Christmas (Christmas Time Is Here)



Claudine Longet - Snow (song for the holiday season)


甘く飛びっきりキュートでロマンティックなウィスパー・ヴォイスが一度耳に入ってしまったら離れなくなってしまうような、ものすごくお洒落な歌声。そういう妖精のような声が映画的というか映像的な印象のメランコリックで美しい曲を静かに紡いでいきます。冬枯れの白い世界が目に浮かびそう。
ちょっと聴いた感じはフレンチ・ポップみたいですけど、クロディーヌ・ロンジェは生まれはフランスではあるものの活躍してたのは60年代から70年代にかけてのアメリカでした。プロデュースしていたのも全部アメリカ人、ちなみに夫はアンディ・ウィリアムズだったりします。
クロディーヌ・ロンジェのフレンチっぽい歌を色々聴いてると、生まれついてのフランス人の血が自然とこういう雰囲気に行き着かせてしまうのかなぁなんて思ったりします。
堂々と歌う歌手も好きですけど、わたしはどうもこの手の舌足らずな歌手には耳が反応してしまうようで、アストラッド・ジルベルトを初めブロッサム・ディアリーだとかリサ・エクダールだとか、みんな好きな歌手の方に入っていきます。
囁く声って音は小さくても物語的でドラマチックに響いてくるようです。

Phil Spector / Darlene Love - White Christmas


続けて聴いてみるといつものことでしっとり系が多い選曲となってるような気がして、最後は華やかなクリスマスソングで締めくくります。この曲が収録されたクリスマス・アルバム「A Christmas Gift For You From Phil Spector」はウォール・オブ・サウンドといわれた特徴的なアレンジで名をはせたフィル・スペクターが60年代のアメリカン・ポップスを代表するミュージシャンを集めて作り上げた、賑やかで楽しいクリスマスの雰囲気一杯のレコードと云う感じで、クリスマス・アルバムの大定番らしいです。
この曲自体はビング・クロスビーが歌った超有名な曲。この曲は今時分の季節になると聴きたくないと思っていても無理やり耳に入ってくるので、知らない人はいないと思います。アルバム一曲目に入ってるもので、歌い手としてはフィル・スペクター傘下のミュージシャンの一人、セッション・シンガーとソロ・シンガーの掛け持ちをしていたダーレン・ラブがクレジットされてます。


☆ ☆ ☆


12月に入ってから、クリスマス・モードに一変した街の様子をスナップして歩いてました。年末の一ヶ月、目にするいろんなものや場所が浮き立つような気分を纏わりつかせてる街のなかで、クリスマス的な気配を写しこむような写真が撮れないかと思って、それらしいと感じたものにはファインダーを向けてました。
でも、シャッターを切りながら思ったのは、クリスマス的な雰囲気は12月になってから街の中にあふれ出したクリスマス的なアイコンに寄るもので、これを外すとほとんどクリスマス的な写真にはならないなぁって云うことでした。実はツリーだとかサンタクロースだとかのクリスマス・アイコンに頼らないで、クリスマス的な気配を写真の中に封じ込めないかとちょっとした野望を持ってカメラを構えてたんですね。でも残念なことにその野望は見事に打ち砕かれてしまったようでした。

という具合にちょっとだけ思惑はずれの結果になったんですが、そういうわたしの野望はさておき、12月に入る頃からこんな写真を撮ってました。写さないつもりだったツリー状の物体とかサンタクロースが一杯入ってます。

イルミネーション2
Nikon COOLPIX P5100

河原町の御池通りに飾られてたイルミネーション。少し絞って撮ったら明かりが星型の光芒になりました。

サンタ・ペコちゃん
Nikon COOLPIX P5100

四条高瀬川にある不二家のペコちゃんもサンタに衣替えです。でもこの店来年早々に閉店なんですよね。わたしは不二家といえばこの店と河原町三条にあった店が直ぐに思い浮かぶんですけど、ここが閉店してしまうと両方とも京都から消えてしまうことになって、すごく淋しいです。

クリスマスリース
Nikon COOLPIX P5100

サンタ
Nikon COOLPIX P5100

四条河原町の高島屋でみたクリスマスのおもちゃ。右のものはそりに乗った人が滑り降りてくるおもちゃです。
下まで降りてきたそりは機械仕掛けでスロープの下を通ってまた出発点に戻され、延々と滑り降りるようになってました。


高瀬川のテラス
Nikon COOLPIX P5100

高瀬川沿いにあったレストランのテラス。この寒い夜空の下で食べようなんていう酔狂な人はさすがにいないようです。でも一応テーブルはセットされてるんですよね。

☆ ☆ ☆


それでは、メリー・クリスマス♪(*^^*)


☆ ☆ ☆

Spirit of the SeasonSpirit of the Season
(2007/10/16)
Mormon Tabernacle Choir & Orchestra Temple Square

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Very Special Christmas 2Very Special Christmas 2
(1992/10/20)
Various Artists

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Ella Wishes You Swinging ChristmasElla Wishes You Swinging Christmas
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恋は水色恋は水色
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Christmas Gift for You From Phil SpectorChristmas Gift for You From Phil Spector
(2009/10/26)
Phil Spector

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【洋楽】HNに秘められたもの~Memories Of Green

いつも遊びに行ってるブログ、りい子☆さんが主催する「りい子の日々のハマリもの」で先日、といってもちょっと時間が経ってしまってるんですが、「ハンドルネームについてのおはなし」という記事がエントリーされました。記事の内容となってるのはハンドルネームをどのようにして決めて行ったかということにまつわる話題でした。

わたしはハンドルネームとか決めるのがかなり苦手です。たとえば何かのアカウントを作ろうとして、ニックネームを書き込むようなことを要求されただけでも途方にくれてしまいます。洒落た名前にしようとするとこれがまた全然頭に浮かんできません。アカウントのようなもので自分にしか見えないようなものだったらもうその時目の前にあって見えてるものとかで適当に作ってしまうんですけど、他人も目にする可能性があるものだとあれやこれやといろいろ考え、そのうち考えあぐねて決められなくなってしまいます。
だからいろんなブログに遊びに行くたびに、上手くつけたハンドルネーム、洒落たハンドルネームを見たりすると、一々感心してどうやってこのハンドルネームにたどり着いたんだろうって好奇心が頭をもたげたりします。上手くつける秘訣があるならちょっと教えてほしいなぁって。

ブログ巡りしていてこういうことを良く考えるものだから、このりい子☆さんの記事もわたしはなかなか面白く読めました。実は以前からハンドルネームの最後にはいってる「☆」が不思議で、唯の飾りなのかなと思ってたんですが、名前に入ってる「☆」の意味もこの記事の中にちゃんと書いてありました。りい子☆さんの名前になぜ「☆」がついてるのかという疑問が氷解した上に、ハンドルネームを決めていった過程とか、意図的に表に出さない限り秘密になってるような裏事情を垣間見てるようなところもあってこの記事は結構興味深く読めたって云うわけです。
それでわたしもちょっとこの話題に便乗してみようかなと思いました。わたしは自分のブログで自分語りはほとんどしてこなかったから、気紛れに近いような感じだけどほんのちょっとだけ自分語りをしてみようかって。
ただわたしはりい子☆さんの記事を読んでハンドルネームの秘密を垣間見て興味深く思ったわけですけど、これを自分で書くとなると、わたしにとってはわたしのハンドルネームは何の秘密でもないわけだから、りい子☆さんの記事で感じたような興味深さを自分で感じることは出来ない訳です。これはちょっと残念。

☆ ☆ ☆

ということで、わたしのハンドルネーム「薄荷グリーン」なんですけど、これはもちろん本名じゃないです。
本名は姓が漢字二文字で名が漢字一文字の合計三文字。名の方はひらがなで三文字になります。ニックネームをつけるのが苦手って上に書きましたけど、実生活でも他人をニックネームで呼んだことないし、わたしもニックネームで呼ばれたことがないです。思うにひらがな三文字の名前ってわざわざそれ以上に字数を増やしてニックネームにするってあまり無いだろうし、もとの三文字だけでどこかニックネーム的に通用するところがあるから、あえて新しくニックネームを追加する必要がなかったんじゃないかなと思います。普段からニックネームで呼ばれてないし自分からも呼ばないからニックネームのような存在そのものに縁が無くて、そういうものをつけろといわれた段階で途方にくれてしまうのは当然といえば当然という気がしないでもないです。
だからハンドルネームを決める時に自分の名前を変化させたりそこから何かを連想したりというような発想には最初からならなかったです。本名とは全く違うもので考えるということしか頭の中にはありませんでした。

最終的にはもう見てそのまま分かるとおり、単純に色の名前を使うことになったんですが、でも最初は「ミント」だけが頭にあったような記憶があります。PCのデスクの上にはいつもミント・タブレットが置いてあるので(フリスクのブラックミントの箱買いです)、ハンドルネームを決めようとあれこれ考えてる時におそらくこれが眼に入ったんでしょう。それで「ミント」がいいかなと云う思いつきに導かれたと。
その後でただの「ミント」だけだと単純すぎるかなと思って、具体的な色の名前の方に持っていったんじゃなかったかと思います。最初「ミント」という言葉を玩んでいる時は清涼感のあるお菓子というイメージも頭の中では入り混じっていたんですけど、ブログでは映画とか絵画とかを扱うつもりだったので、お菓子よりは色の名前のほうがそういう題材に相応しいだろうとも考えました。

わたしはミント・グリーンって結構好きな色なんですね。ミントって限定しなくてもグリーン系は小さい時から大好きで、幼稚園の頃クレヨンの緑色だけが異様に早く減っていったのを今でも覚えてます。洋服でも何でも無意識的にグリーンに傾倒していくのを自覚して、一定時期意図的にグリーン系を選ぶのを避けていたこともあります。でもカーキとかベーシックな色にグリーンって使いやすいから、選ぶ範囲はこれだけのことで結構限定されたりしてました。もちろんグリーンだけが好きな色というわけじゃなく、他の色でもブルー系のパープルだとかオレンジだとか好きな色はあるんですけど(結構派手好みです♪)、グリーン系にはちょっと特別な感覚が働いていたような気がします。
そういえばこの前誕生日のことを書きましたけど、わたしの誕生日5月15日は星座で云うとおうし座、そしておうし座の守護石はエメラルドで、ここでもグリーンなんですよね。

ちなみにミント・グリーンってこういう色。

カラーサンプルーミントグリーン

ミントグリーンシャツ

かなり微妙な色で写真ではニュアンスが上手く出なかった感じもあるけど、雰囲気はこんな感じです。
ついでにテディ・ベアもわたしは大好きで、最近はそうでもなくなってますけど、以前は服のモチーフに使ってると見境無しに買ってしまうことがありました。


それで、唯の「ミント」から少し拡張して好きな色である「ミント・グリーン」をハンドルネームにしようかなというところまで進んだんですが、試しにネットで検索してみると当たり前のことかもしれないけど、すでに使ってる人がそれなりにいることを知りました。せっかくたどり着いた名前だったのに、普通にありきたり過ぎたということなんですよね。
どうせならわたしだけを指し示す唯一のハンドルネームをつけたい。そう思って暫く考えてるうちに今度は漢字に置き換えてみることを思いつきました。「ミント」を漢字に置き換えると「薄荷」。ハッカ色って云う音の響きもわたしは大好き。漢字だってちょっと見慣れない感じがして字面は嫌いじゃないです。フェリーニの映画「81/2」とも日本語読み限定ですけど音的に繋がっていきそうっていうのも悪くない感じがしました。
漢字にしてみようと思いついて、最初は全部漢字に変えてしまって「薄荷翠」というのを考えました。でもこれは自意識過剰の女流作家みたいで、暫く眺めたりしてましたけどやっぱり却下することに。実際「第七 官界彷徨」という変わった小説を書いた尾崎翠という作家もいるから、そこからの連想だと思われるのも面白くないと。
そのあと自意識過剰の女流作家からの脱却は半分だけ漢字にすることで解決することになりました。
こういう経緯で今見ての通りのハンドルネーム「薄荷グリーン」の出来上がりです。

こうやって書いて見ると特に凄い秘密が隠されてるって云うわけでもなかったですね、まぁそれでもいいかな。

出来上がったハンドルネームを眺めてみると、見た目にも音的にも何だかごつごつと出っ張りがあるような感じがしました。「ミント」なんていう単語から出発した割には、すっきり涼やかといった感じには行かなかったかなという印象です。でもそういう印象を得たけれど、多少引っ掛かりがあるほうが記憶に残るかもしれないと良いほうにとって、これでいくことに決めました。

☆ ☆ ☆

気がついてる人がいるかどうか分からないけど、FC2のURLに含まれてるIDについてもちょっと書いておきます。FC2はURLが登録時のID+サーバーナンバーという形で、IDの部分は登録する時にこちらが決められることになってます。
わたしがFC2に登録した時に申請したIDは「marumeganeism」。「丸眼鏡主義」という意味合いを込めてつけました。何を主張したいのかもうひとつ良く分からない得体の知れない主義ですが、最初から映画、絵画など視覚に関すること、「観ることの快楽」のようなものを扱うつもりだったので、「眼鏡」というのはそういうものを象徴するイメージとしては最適じゃないかなという発想が一つ、それと音楽も扱う範囲に入ってたから、こっちを担当するのが「丸」い形のほうという感覚が合わさって出来上がってます。
ジョン・レノンなどを例に出すまでも無く、当時のヒッピー文化だとかサイケデリックだとかいろんなことが纏わりついて、わたしの中では「丸」い「眼鏡」は音楽が聴こえてくる眼鏡という落ち着き方をしてる部分があります。だからわたしには映画などの「視覚の快楽」と音楽が誘う「聴く快楽」を両方併せ持ってるように見えるアイテムとして、「丸眼鏡」はIDにするには最適じゃないかと思えました。

わたし自身も丸眼鏡のサングラスを持ってます。上のような意味合いを強引につけなくても形として結構好きなんですよね。ただ、丸眼鏡といえばジョン・レノンとかウッドストック的なヒッピーという図式が出来てるかもしれないけど、わたしはそういう当時の音楽状況の雰囲気を自分も身に纏いたいから持ってるというわけでもないです。第一わたしはビートルズは大好きですけど、ジョン派じゃなくて完璧にポール派です。オノ・ヨーコとつるんでからのジョンなんかもう完全に関心の外。
わたしが魅せられてる丸眼鏡のイメージは実はこういう音楽にまつわる文脈からくるものじゃなくて、映画「フレンチ・キス」でメグ・ライアンがかけてたサングラス。ちなみにわたしが好きな丸眼鏡はサングラスであることが絶対の条件で、普段かけるような普通の眼鏡としてはほとんど関心が無いです。

「フレンチ・キス」で登場した丸眼鏡ってこういう眼鏡です。

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OLIVER PEOPLESのOP-5モデル、シルバーフレームに青のレンズという仕様。青のレンズていうのもかなりポイント高いです。聞くところによるとOLIVER PEOPLESっていうのはハリウッドのセレブ御用達のブランドだそうですね。
実際の形は真円じゃなくて横にわずかに長い楕円で丸みを帯びたボストンといった感じかな。形はクラシカルなものだけど、ものすごく微妙で繊細なラインを描いてます。わたしの中の丸眼鏡はこういうのが理想なんですね。
かけてるのがメグ・ライアンということもあって、とってもキュート。この眼鏡はショートヘアのほうが圧倒的に似合いそうです。

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締めくくりに映画と音楽と「グリーン」がすべて合わさった、これほどこの記事に相応しいものはないんじゃないかと思えるものを一つ。その誂えたように都合のいいものとは何かというと、映画「ブレードランナー」のサウンドトラックに挿入されていた「Memories Of Green」という曲です。



ブレードランナーブレードランナー
(2007/02/21)
サントラ

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映画の中で聴いているとそうでもないんですけど、こうやって曲だけ取り出して聴いてみると、バラード好きのわたしでもちょっと辛気臭い感じがするかな。

音楽を担当したのはヴァンゲリス。でもヴァンゲリスは実はわたしにとってはそれほど創意が感じられないというか、どうも趣味に合わないところがあって、レコードなどは2~3枚聴いたきりです。
この頃ヴァンゲリスは他でもいくつか映画音楽を担当していて、その関連で聴いたことはあるけど、その程度の係わり合いしかないミュージシャンでした。少し前に「ALEXANDER」といった映画で音楽を担当してるようですけど、今でも趣味に合わないのは変わりないようです。
でもこの「ブレードランナー」の音楽は、映画の印象に引っ張られてかなり好意的に聴いてるせいか、映画の雰囲気に上手くあってたように思います。

わたしはリドリー・スコット監督が1982年に製作したこの映画「ブレードランナー」が大好き。わたしのなかではオールタイム・ベスト5には絶対に入る映画になってます。
冒頭の広大な闇の中に炎を吹き上げる塔が林立する冥界のシーンから、タイレル社のレプリカント・テストのシーンを挟み、ダグラス・トランブルがフィルム上に出現させた2019年の酸性雨が降りしきるロサンジェルスの光の都市に導かれていく過程でわたしのなかに生じてくるのは、この映画を観てるというただひたすらな幸福感のみだったりします。
最初に観てからもう何年たってるのか、未だに幸福感に誘われるだけで、この映画との距離感が全くつかめず対象にし辛いところがあるんですが、いつかわたしにとっての「ブレードランナー」がどういったものだったのか、できれば言葉にしてみたいと思ってます。

☆ ☆ ☆

私事に過ぎない内容にもかかわらず、最後まで付き合っていただいて有難うございました♪

☆ ☆ ☆

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【洋楽】我が耳に残るクリスマスソング

前回の記事も京都駅のクリスマスツリーで終わってることだし、繋がりも良いということで今の季節にぴったりなクリスマスソングの話題です。
去年もちょうど今くらいの時期にクリスマスソングの記事を一つ書いてます。それで今回もまた同じように、クリスマスソングの記事でも書こうかなと思いたちました。
そう思い立ってから今年はどういう曲が良いだろうと曲集めに思いを巡らせ始めたんですが、集め始めて程なくしてから、ちょっと困惑することに直面することになりました。
実は去年記事にしたクリスマスの曲はわたしが今まで耳にした曲の中では一番のお気に入りとそれに近いものばかりを集めていたんですが、この時に後先考えずにわたしにとってのベスト1級のものばかりを集めて記事にしたものだから、今年のこの記事にどんな曲を入れてみようかと思っていろいろ考えてみたら、去年のと重複しないような選択にすると、一番のお気に入りが何一つ入ってないクリスマス・ソング集になりかねないって云うことに気づいたんですよね。クリスマスソングなんてそうそう毎年大量に新曲が出てくるわけでもないから、年毎にお気に入りが変わる可能性もまずないと。
お気に入りの入ってないクリスマスソング集を記事にしても面白くないなぁって思って、それでしばらく考えてました。
結局、お気に入りはお気に入りとしてまた記事に入れてしまうしか方法はないと開き直って、今回の記事にも去年の選曲の一部を組み入れることに決定。一応アレンジ違いのものを選んだものの、去年わたしの記事を読んでくれた人には同じ曲がいくつか並んでしまうことになりました。

どんな曲が良いか選んでいて思ったのは、これもまた去年に同じようなことを書いてるんですけど、「ホワイトクリスマス」だとか「ジングルベル」だとか「サンタが町にやってくる」だとか、ポピュラー的なクリスマスソングよりも、やっぱりどちらかというと賛美歌、あるいは賛美歌のような響きを持ってる曲のほうが好みに合ってるかなということ。だからといって別に教会に足繁く通ってるわけでもないんですけどね。でもなぜかこういう響きに心惹かれるところがあります。


☆ ☆ ☆

☆ El noi de la mare ☆





ということでトップバッターは去年と同じ、去年はセゴビアのギター演奏バージョンをアップした「聖母の御子」です。今回の最初のほうはJean-Felix LalanneとMuriel Andersonのデュエットによる同じくギター演奏。下のほうはこの曲のコーラスバージョンがあったのでアップしてみました。
Jean-Felix LalanneとMuriel Andersonのギターのほうはウディ・アレンの2008年の映画「Vicky Cristina Barcelona(邦題 それでも恋するバルセロナ)」の挿入曲としても使われてます。

スペインのカタロニア地方に伝わる古い歌で一般的にはカタロニアのギタリスト、ミゲル・リョベートがギター演奏用に編曲したカタロニア民謡集の中の一曲として知られてます。そしてこの曲はクリスマスキャロルとして良く歌われる曲の一つでもあります。
素朴なんだけどそのシンプルな旋律が含み持ってる和声の動きがことのほか綺麗な曲という印象で、わたしはこの曲のそういうところが大好き。
コーラスのものは他にもいくつか聴いてみたんですが、後半の下降していく旋律部分はなぜか歌の旋律の中には含まれてないんですよね。どうしてなのか分からないけど、この後半部分の旋律が結構好きなので、それを欠いたコーラスバージョンは若干物足りないところがあります。


一応探せるものはCDの情報も置いておきます。

DuetDuet
(1999/04/06)
Muriel Anderson & Lalanne

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それでも恋するバルセロナ オリジナル・サウンドトラックそれでも恋するバルセロナ オリジナル・サウンドトラック
(2009/05/27)
サントラビエル・バレスター・トリオ

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☆ It Came Upon The Midnight Clear ☆



賛美歌114番「あめなる神には」という邦題がついてるクリスマスキャロル。
アメリカ産の賛美歌で1850年に音楽家Richard Storrs Willisの手によって作曲されてます。この曲は一風変わった特徴があって、同じタイトルではあってもイギリスで歌われてるものはメロディが異なってるんですね。アメリカのクリスマスキャロルなんかに負けていられるかというような対抗意識でもあったのか、イギリスのこの曲はイギリス本国にある昔からのクリスマスキャロルを作曲家Arthur S. Sullivanが編曲した旋律に乗せて歌われてます。ちなみにこの人は劇作家William S. Gilbertと組んで数々のオペレッタを世に送り出したことで有名な人。ギルバート・アンド・サリヴァンのサリヴァンさんです。
だからこの曲に関しては同じタイトルだからと聴いてみればぜんぜん違う讃美歌が出てくることがあって、おそらくそれがイギリスバージョンなんでしょうけど、わたしの聴く限りでは曲の出来はアメリカ版のこの旋律のほうが圧倒的に良いです。
去年はイーディ・ゴーメが歌ってるものを取り上げました。イーディ・ゴーメらしい非常に伸びやかでつやのある気持ちのいい声で歌われていて、いつもながらの歌の上手さが際立ってるような仕上がりのものでした。この曲はわたしにとってはイーディ・ゴーメのものがベストという扱いになってます。ちなみに「~That glorious song of old」の部分のEm→A7→Am7→D7っていう和声の動き(おそらくこれで間違ってないと思うけど)に乗って伸びていくゴーメの歌声がわたしにとってのツボをつかれたちょっとしたポイントだったりします。
今回アップしたのはイーディ・ゴーメのものとは完全に曲調を変えて、マヘリア・ジャクソンのゴスペル・バージョンです。心に直接切り込んでくるように歌われる、こういうソウルフルな形もまた聴き応えがあっていい感じです。
ちなみに1991年の映画「A Midnight Clear 邦題:真夜中の戦場」でかなり印象を違える編曲を施されてこの曲が使われてます。わたしはこれも聴いたことがあるんですけど、編曲者が映画の意図に合わせすぎてるようであまり好きな感じではなかったです。


Christmas with MahaliaChristmas with Mahalia
(1990/07/16)
Mahalia Jackson

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このCDは今のところ入手不可。同タイトルのジャケット違いのものがあるんですが、トラックリストが無かったために同じ内容なのか確認できませんでした。



☆ Christmas Time is Here ☆



「PENUTS」の1965年の初アニメ映画「A CHARLIE BROWN CHRISTMAS (邦題 スヌーピーのメリー・クリスマス)」に出てくる曲です。このアニメが成功したおかげで「PENUTS」はTVシリーズ化されることになって、スヌーピーなどのキャラクターが広く知られるきっかけになったそうです。作曲と演奏をしてるのはジャズ・ピアニストVince Guaraldi。
この子供の歌声を使ったボーカル・バージョンはアニメに使われてたものです。後にスタンダード曲になっていろんなミュージシャンがカバーすることになるんですけど、この子供の奇をてらわない素朴な歌声が何だかこの曲には一番あってるような気がします。
わたしはこの曲を聴くと静かに降り積もる雪の光景を思い浮かべたりします。内省的な雰囲気も少しあるような曲ですが、歌詞の内容は意外にもクリスマスの楽しさ、幸福感について歌ってるんですよね。



A Charlie Brown ChristmasA Charlie Brown Christmas
(2006/10/10)
Vince Guaraldi

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☆ In the Bleak Midwinter ☆



邦題は讃美歌468番 「木枯らしの風 ほえたけり」
先にも書いたようにキリスト教徒でもなんでもないわたしの胸の奥にまで、どうしてこれほど迫ってくるものがあるのかと思うくらいに清廉で美しく、教会という空間で歌われることがこれほどふさわしいものもあまりないのではないかと思わせるような曲。
波乱万丈の展開でこちらの感覚を翻弄するでもなく、どちらかといえば訥々と語りかけるような曲調なんですが、むしろそういうシンプルさを持ち合わせてることが胸に迫るような感情を徐々に引き出してくる要因になってる気がします。
桂冠詩人Christina G. Rossettiが書いた詩に、後になってイギリスを代表する作曲家のひとりGustav Holstが曲を作るという形で成立したイギリスの賛美歌。作曲年は1905年というから、現代の賛美歌という扱いになるんでしょうね。
ちなみにこのGustav Holstはあの「惑星」の作曲家のホルストでもあります。「惑星」のなかの一曲「木星」を何年か前に平原綾香が歌にしてました。これも優れて美しい旋律を持った曲でした。

こういう旋律をもってる曲だからなのか、他にもクロスオーバー系の歌手、サラ・ブライトマン、とかケルティっク・ウーマンとか、IL DIVOとか、けっこう大勢のミュージシャンが取り上げたりしてるようです。わたしはシセルが客演して歌ったアルバム「Spirit of the Season」に入っていたバージョンも結構お気に入り。ただアルバム自体はクリスマスアルバムではあるんですけどかなり宗教よりの感じで、単なるクリスマスソング集として聴こうとすると結構違和感があるものでした。良かったのはこれと「Lux Aurumque」くらいかな。

この曲は映画のほうでは1995年の映画「 In the Bleak Midwinter (邦題 世にも憂鬱なハムレットたち)」というのに使われたことがあります。映画のタイトルは曲のタイトルそのままですね。


Gloucester Cathedral Choir(グロスター大聖堂聖歌隊)の「Christmas Carols」というCDが以前にリリースされてましたが、現在は入手不可。



☆ All I want for Christmas is you ☆



趣向を変えてボッサ・アレンジのクリスマスソング。曲はマライア・キャリーの「恋人たちのクリスマス」のカバーです。
2006年ごろに発売された「Christmas In Bossa」というコンピレーションCDに収録されてました。リオのレーベル「ALBATROZ MUSIC」から「~ In Bossa」って云うタイトルの、ジャンルを決めてそのジャンルの曲を全部ボサノヴァにしてしまうCDがいくつかリリースされていて、これはその中の1枚。
全曲本場ブラジルのミュージシャンが演奏していて、この曲を歌ってるのはマルセラ・マンガベイラ (Marcela Mangabeira)という人。実はこの歌手のことはわたしは良く知りません。どうやらボサノヴァの創世期に重要な役割を果たし、のちにプロデューサーになったロベルト・メネスカル(Roberto Menescal)の娘らしいって云うことくらい。アルバトロスというレーベルがメネスカルのレーベルだから、マンガベイラはこのレーベルの歌姫的な扱いのようです。


クリスマス・イン・ボッサクリスマス・イン・ボッサ
(2006/11/15)
オムニバスセシリア・デイル

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☆ White Christmas ☆



もう一曲ボッサ・アレンジのクリスマスソング、こちらは歌ってるのは小野リサです。
曲のほうはもう誰もが知ってるクリスマスの代表的な曲ですね。
一応補足的に書いておくと、ジョージ・ガーシュイン(George Gershwin)にアメリカのシューベルトと云わしめた作曲家アーヴィング・バーリン(Irving Berlin)の作。
曲の初出は1942年公開の映画「スイング・ホテル」で、ビング・クロスビーが歌ったもの。これが大ヒットしてのちにクリスマスソングのスタンダードになっていくわけです。1954年に「ホワイトクリスマス」っていうそのままのタイトルで映画はリメイクされて、この映画の主題歌としても使われました。
アーヴィング・バーリンといえばアメリカのポピュラーソングの創始者のような人です。「God Bless America」の作者でもあるから、アメリカ人でこの人を知らない人はいないんじゃないかと思います。アーヴィング・バーリンの曲だとわたしは「All Alone」なんかが好きかな。セロニアス・モンクが「セロニアス・ヒムセルフ」で弾いてたリリカルなソロ・ピアノ版を良く聴いてました。

マンガベイラの曲もこちらも冬の曲なのにボッサ・アレンジはほとんど違和感が無いです。むしろ冬のイメージの曲に南の国の温かい風が吹き込んで、気候的にちょうど良くなってるような感じさえします。
暖かくした部屋でリラックスして過ごすクリスマスって云うイメージになるのかな。ゆったりと流れる時間に耳をゆだねるのは、なかなか心地良いです。小野リサは声質もハートウォームな印象で、こういうアレンジには良く合ってると思います。


BOAS FESTASBOAS FESTAS
(2000/11/16)
小野リサ

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小野リサのクリスマス・アルバム。現在はamazonでは入手不可。
同じ内容のCDは別ジャケットで再販されていてそちらで利用できるんですけど、再販されたのはただの白っぽいだけのジャケットでつまらないです。



☆  Lux Aurumque ☆



去年のクリスマスソングのなかに、現代音楽の作曲家パトリック・ホーズ(Patrick Hawes)の「Quanta Qualia」って云う曲を入れておいたんですが、今回も同じような枠組みで一曲入れておきます。

エリック・ウィテカー(Eric Whitacre)作曲の合唱曲「Lux Aurumque」。

原題はラテン語で「黄金の光(Light of Gold)」という意味だそうです。「In the Bleak Midwinter」のことを書いてる中にシセルの客演アルバムで良かったとあげたもう一つの曲がこれです。
エリック・ウィテカーは70年の生まれというからまさに同時代をともに生きてる作曲家と云えるでしょう。現在は主に吹奏楽と合唱曲の作曲家として名前を知られています。
現代音楽の作曲家だしラテン語のタイトルがついた曲なんていうのもあるところから、若干面倒くさそうな印象も持つんですけど、ウィテカーは元々ロック好きだったらしくて、現代音楽的な範疇に入りそうにも無い「ラスベガスを喰い尽くすゴジラ (Godzilla Eats Las Vegas!)」っていうような妙なタイトルの曲も書いてます。

この曲の全体の印象は静謐でただひたすら美しい祈りの音楽といったようなものだと思いますけど、わたしがこの曲を聴いた時にさらに思ったのはそういう美しさと同時に、随分と音響的な作り方をしてる合唱曲だなということでした。時間に沿って展開していく旋律というような通時的な要素と同じくらい、その場で同時に鳴り響いてる音の層といった共時的な要素のほうをかなり重点的に考えて作られてるとでもいうか。こういう部分が凄く面白いものとして印象に残りました。最後のほうで途切れ途切れに音の塊が現れては消えていくようなところ。この辺は聴いていて、かっこいいなぁなんて思ったりしました。
共時的な音作りという点では、この曲がどれだけの声部パートに分けられてるかは詳しくは知らないんですけど、大体ウィテカーの作る合唱曲は構造がきわめて細かく分割されていて、多い時では16声部くらいにもなる曲もあるらしいです。隣接した音を細かく重ねるトーン・クラスター(ある音からもう一つ別の音の間にあるすべての音を同時に鳴らすこと)技法を使って、そういう時の響きは斬新というかかなり異様な印象を与えてくるようになります。

トーン・クラスターを使った緊張感のある音と多層にわたるパートが作る飽和状態になったような音空間、こういうのが美しい祈りの音楽と撚り合わされてウィテカーのかなり特異な音楽が姿を現すことになるんだと思いますが、こういう音楽って、その充満する音の海に聴感覚をゆだねてしまえば簡単にトリップできそうな感じがしますね。あるいはウィテカーの音楽を聴くことでトリップ感覚の擬似的な体験に近いようなものを感じ取れるっていうか。
もしも60年代後半にこの音楽が存在してたなら、キューブリックは確実に「2001年」で使ってたんじゃないかっていうことも思ったりしました。宇宙空間の絶対的な孤独とか、ボーマン船長が潜り抜けていくスターゲイトコリドーのシーンとかものすごく親和性がありそうです。


Eric Whitacre: The Complete A Cappella Works, 1991-2001Eric Whitacre: The Complete A Cappella Works, 1991-2001
(2003/04/29)
不明

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わたしが聴いてるのはこのアルバムなんですけど、amazonではどうやらこれも廃盤のようです。
マーケットプレイスのほうで出てるのは、2009年のこの時期、かなりのプレミアがついてますね。



☆ Auld Lang Syne ☆



この曲はたまにクリスマスソング集に入ってるのをみかけるものの、ほとんどクリスマスソングって云う印象はないです。
どちらかといえば聴いてしまうとクリスマスどころか一気に年末まで時間が飛んでしまうような曲です。でもYoutubeを漁っていてシセルが歌ってるのを見つけたものだから、クリスマスソングを探すという目的をそっちのけにして聴きほれてしまいました。その結実として、まぁわたしが好きな曲というだけの理由でここに入れてみたわけです。あえて日本語の題名は出しませんけど、赤ん坊、幼児を除いておそらく日本中の人が必ず耳にした事のある曲のはずです。
元々はスコットランドの古い歌、内容は古い友達と再会して、過ぎ去った懐かしい日々にともに乾杯するっていうような内容だったと思います。ここでは2番以降、シセルはおそらく母国のノルウェー語?だと思うんですが、自分の存在根拠を託してる言葉で歌ってます。そういう言葉で歌うのがふさわしい曲でもあります。

ということで、最後は年末に飛んでいってしまいましたが、2009年のクリスマス・ソング集でした。楽しめました?

では、メリー・クリスマス!です。



最後まで読んでくださってありがとう御座いました。
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【洋楽】 Concert By The Sea - Erroll Garner

ピアニスト、エロール・ガーナーによって、カリフォルニアの港町カーメルで行われたコンサートの記録です。

先日四条河原町のファッションビル「オーパ」9階にあるタワーレコードをうろついてる時に、このCDがジャケット面を表にして飾ってあったのをみて、今の時期にぴったりかもと思ったのが今回取り上げる切っ掛けになりました。このアルバムには秋に似合わなければ一体何時が似合うんだと問い詰めてもいいくらいお似合いの超有名曲、「枯葉」が入ってるんですよね。
しかもいろんな「枯葉」の演奏がある中で、わたしはこのコンサートでの「枯葉」の演奏がことのほか好き。
このコンサートでエロール・ガーナーが演奏した「枯葉」は他の演奏者だとあまりこういう演奏はしないんじゃないかというような、ある意味ちょっとユニークな仕上がりになっていて、そこがわたしにとっては非常に面白いところだったりします。

オーパ9階 タワーレコード

店内

棚


しかし実はこのアルバム、「枯葉」が大好きと云ってる割に、わたしのなかではかなり長い期間聴いてない類のCDの扱いになっていて、タワーレコードで偶然目にするまではほとんど忘れてました。そういう扱いになってたものが久しぶりに目の前に現れたので、ちょっと懐かしさもあって店頭で見つけた時にはしげしげと眺めたりしてみることに。
それで眺めて程なく気づいたんですけど、タワーレコードで見つけたこの「Concert By The Sea」のジャケット、波が打ち寄せる岩場の海岸に、両手を天に向かって広げ何かを謳歌するような女性をあしらってるというデザインのCDジャケットなんですが、棚に正面向けて置いてあったものはわたしが持ってるCDとは微妙に違うものを使ってました。

実際見比べてみると結構違ってるんだけど、絵を構成するコンセプトが全く一緒だったので、店頭で見つけた最初の瞬間は違ってることにあまり注意が向きませんでした。

わたしが所有してるCDをスキャンして並べてみると、こんな具合です。
上のがわたしが持ってるCDのもので、下のが店頭で見たもの。

concert by the sea front

concert by the sea front 2



家に帰ってから調べてみると、どうやら今店頭に置いてある下のデザインの方がオリジナルのレコードジャケットに使われてた写真のようでした。でも、岩場の海岸線と画像左下付近に何かを謳歌するような女性をあしらってるという、ほとんど同じコンセプトのデザインなのに何故2種類も用意したのか、これがわたしには全く意味不明。最初に使った画像で何か気に入らないところでもあったのかもしれないけど、どこが駄目だったのか、わたしには分かりません。

☆ ☆ ☆

わたしが持ってるCDのジャケットの方をもとに話を続けてみると、直接演奏者の写真なんか使われてないけれど、全体的に開放感とどこか喜びの感覚に満ちているような感触があって、絵柄としてはそれなりに見栄えのするものになってるように思えます。エロール・ガーナーのピアノが陽気で、音楽の幸福な時間を紡ぎだすことだけに熱中してるような演奏なので、エロール・ガーナーの写真なんか出さなくてもその音楽の本質を表現してるジャケットだとも云えるのかもしれません。

ただそれでも一つだけ以前からちょっと違和感があるところがあって、それはどこかと云うと、左下の女性のイメージなんですよね。
わたしの持ってるCDから一部拡大してスキャンしてみるとこんな感じ。

コンサート・バイ・ザ・シー 女性

この女性なんですけど、何だかヒッピー風に見えませんか?
わたしにはそう見えます。60年代中~後期、70年代初頭にかけてくらいの典型的なファッション。
それでこのCDの場合、明るさに満ちたエロール・ガーナーの演奏と、ヒッピー的な自由を謳歌するイメージが非常によく合っていて、わたしはこれを手に入れた当初、アルバム自体がヒッピーの時代のレコードのような印象を持ちました。
でも実際は60年代のレコードでも70年代のレコードでもなく、このコンサートが港町カーメルで録音されたのは55年です。実に半世紀近く前の録音なんですよね。
このジャケットがヒッピー時代のものだと云う印象を最初に受けてから、わたしの中ではこのジャケットから受けるイメージと実際の年代の間には感覚的な違和感が生じてしまうことになりました。
同じ図柄のイメージを2つ用意してるというのもそうなんですが、50年代のレコードに何故70年前後の時代を思い起こさせる女性が配置されることになったのか、これもわたしの中では未だに「謎」のままとなっています。

ただCDの音自体は半世紀前の録音とはいっても、どうもカーメルの教会として使われてる、かなり音響効果のいい施設(公会堂)で録音されたらしく、そういう条件がよかったのか今でもそれなりに聴ける音で収録されてます。

☆ ☆ ☆

エロール・ガーナーの音楽は上にも書いたように楽しく陽気で、幸福感と開放感に満ちた音楽と、ほとんど一言で云い切ってしまえます。眉間に皺を5~6本も寄せて、呻吟しながら聴くような音楽とは完全に無縁の場所で立ち上がってる。そういう側面を指して「演芸ピアノ」なんていう云い方で揶揄されることもあるんですけど、わたしにしてみれば演芸ピアノのどこが悪い?としか云い様がないです。
このCDの最後の曲「Erroll's Theme」で司会者がメンバー紹介した後にちょっとだけインタビューめいたものが入ってこのCDは終わるんですが、そのインタビューの中にエロール・ガーナー自身の声で「ルイ・アームストロング」の名前が出てきます。それにならうなら、エロール・ガーナーはその音楽を楽しむことに徹底した演奏で、ピアノのルイ・アームストロングとでもいえる存在じゃないかと思います。

1921年にペンシルバニアに生まれて、1977年1月2日に55歳で死去。結構若くして亡くなってます。
ちょっとキャリアを調べてみたんですけど、1944年にニューヨークに出てきて、割と早目にミュージシャンとしての居場所を見つけたようで、50年にコロンビアと契約してからソロであったり、トリオであったり、当時のサックス奏者であったチャーリー・パーカーらとも共演してレコードを残していったらしいです。
そしてそういうピアニスト生活を送ってるうちに、この「コンサート・バイ・ザ・シー」が大ヒット。
そのヒットが切っ掛けで、それまでは共演ミュージシャンの受けは良かったようですが、ごくありきたりのピアニスト扱いという範囲に留まってたのが、一般的にも一流のピアニストとして知られるようになりました。

演奏してる光景とか手の動きとか見てると俄かには信じがたいんですけど、著名なピアニストとして活躍したものの、実はエロール・ガーナーは正規のピアノ教育を受けていませんでした。3歳の時にレコードのコピーでピアノを始めて以降、ピアニストとして頭角を現しても、この人のピアノは全部独学。
さらにそれに加えて、楽譜の読み書きも生涯を通じて全く出来なかったそうです。よくもまぁそんな状態でピアノを習得していったものだと思うんですが、どうやらエロール・ガーナーはかなり良い耳と記憶の持ち主だったらしくて、正規の教育は受けなかったものの、そういう自分の特質を頼りに独自のピアノを形作っていったということのようです。

楽譜が読み書きできなかったということに関して、この人はスタンダード曲「ミスティ」の作曲者としても有名なんですが、この曲はニューヨークからシカゴに向かう飛行機の中にいるときにエロール・ガーナーに降臨して来たらしく、楽譜が書けないものだから降臨してきたメロディをその場で記録しておくことが出来ずに、帰宅するまでずっと頭の中で繰り続けて、帰って来てから大急ぎでピアノで弾いたものを録音してようやく記録することに成功したって云うエピソードが残ってます。この時エロール・ガーナーの音楽的な記憶力が並みの力しか持ってなかったり、飛行機の中から帰宅するまでの間にエロール・ガーナーの注意をそらす様な出来事が起こったり、誰かが執拗に話しかけるなどの邪魔をしてたら、「ミスティ」はこの世界に誕生してなかったかも知れないなんて思うと、この曲を聴く時に偶然が生み出した奇跡に似た何かが「ミスティ」とともに木霊の様に耳に届いてくるのも感じ取れるかもしれません。

☆ ☆ ☆

エロール・ガーナーがピアノの教育を一切受けなかったということは、ガーナーのピアノにマイナスに働いたどころか、ある種積極的な特徴を与えました。
この人のピアノの最大の特徴は「Behind The Beat(ビハインド・ザ・ビート)」と云われる独特のリズム感にあります。これがエロール・ガーナーのピアノに独特の臨場感を付け加えてます。
どういうものかというと左手のリズムよりも旋律を奏でる右手の動きが僅かに遅く出るという特徴。演奏上の一種の手癖です
こういう特長を持った演奏になったのは、一つにはガーナーが左利きだったということもあるんですけど、本式のピアノ演奏の訓練を受けなかったために左利きという癖も奏法上の矯正を受けなかったし、両手を同じタイミングで使いこなす基礎的なことも学べなかった結果だったんだろうと思います。
普通ならちぐはぐな演奏になってしまう可能性のほうが高いのに、エロール・ガーナーの場合はこのアンバランスさが結果的にはガーナーのピアノに非常に個性的なスウィング感、ドライブ感を付け加えることになりました。

左手は「ビハインド・ザ・ビート」という個性的なスタイルのもとで、左利きという特質がまともに出た、ストライド・ピアノ風の強力なビートを刻んでくるような弾き方を特徴としてたんですが、もう一方の右手の方はどうだったかというと、右手の演奏は力強さにあわせて、歌心とリリシズムに満ち溢れた和音や旋律を奏でていくようなスタイルでした。わたしはエロール・ガーナーの生来持ってるリリシズムは結構好きなほうなんですが、この辺りの力強さとしなやかさのようなダイナミックなコントラストもガーナーのピアノの魅力なんだと思います。

ガーナー1

☆ ☆ ☆

さらに演奏スタイルの特徴として、これは結構目立つと思うんですが、エロール・ガーナーは演奏中に唸ります。メロディに乗せて、その背後でメロディに同調するように唸ってる。このアルバムでも結構盛大に唸り声が聴こえてきます。
演奏中に唸るミュージシャンはピアニストでは割と見かけるような印象です。わたしが今思いつくだけでも、キース・ジャレット、バド・パウエル、セロニアス・モンク、クラシックならグレン・グールドとピアニストばかり頭に浮かんできます。ホーン奏者は口にマウスピースを咥えてるので演奏中に唸るのは不可能なんですが、それ以外の楽器で、たとえばギターなんか演奏しながら唸るのには絶好の楽器だと思うのに、唸りながら演奏する人ってあまり思いつかないです。カート・ローゼンウィンケルが旋律を口ずさみながらギターを弾いてるのを聴いた事が一度だけあって、その時に珍しいなぁと思ったくらいでしょうか。
なぜ唸るのか、本人でない限りその衝動は理解不能でしょうけど、頭の中に渦巻いてる旋律をピアノの鍵盤に移し変えていく最中に思わず声として出てしまうのか、ただ単純に声に出してしまうと楽しいからなのか。
一つ云えることはこのタイプの演奏家は自分が声を出すことが演奏にとって邪魔にはなってないと考えてるんだろうなと類推できることです。完成した音よりもその場で音を引き出してる行為の方が重要だと思ってるような感じ。でもなぜピアニストにこのタイプの人が多いのかはやっぱりよく分からないです。

☆ ☆ ☆

それと目立つ特徴としてもう一つ。
エロール・ガーナーは本当に楽しそうにピアノを弾きます。演奏中に鍵盤とその上の自分の手元を見てるよりも、演奏しながら楽しそうに客席を眺めてる時間のほうが多いんじゃないかという、そんな演奏スタイルのピアニストでした。ビル・エヴァンスのように深く俯いて沈思していくのとは全く正反対。客席の方に顔を向けてはニコニコしてる。
何だか客席に向かって「みんな、楽しんでる?」っていうようなことを語りかけてるようで、陽気で楽しい音楽を追い求めたミュージシャンの演奏スタイルとして妙に納得できたりします。

演奏中のエロール・ガーナーの動画があったので。曲はこのアルバムとは関係ないんですけど、演奏スタイルがどういうものだったかはよく分かります。
それにしても、チャーミングな演奏♪

Jeannine ( I dream of lilac time )


☆ ☆ ☆

アルバム「Concert By The Sea」に収められてる、1955年の9月19日にカーメルの公会堂で開催されたコンサートの曲目は次のようなものでした。

1. I'll Remember April
2. Teach Me Tonight
3. Mambo Carmel
4. Autumn Leaves
5. It's All Right with Me
6. Red Top
7. April in Paris
8. They Can't Take That Away from Me
9. How Could You Do a Thing Like That to Me
10. Where or When
11. Erroll's Theme

邦題はこんな感じです。

1. 四月の想い出
2. ティーチ・ミー・トゥナイト
3. マンボ・カーメル
4. 枯葉
5. イッツ・オールライト・ウィズ・ミー
6. レッド・トップ
7. パリの四月
8. 私からは奪えない
9. つれない仕打ち
10. いつか,どこかで
11. エロールのテーマ

この日の楽器構成はベースにEddie Calhoun、ドラムにDenzil Bestというシンプルなトリオ構成。エロール・ガーナーは規模の大きい編成は好まなかったそうで、この演奏形態もそういう嗜好にあってるようです。
曲のプログラムはジャズやポピュラーのスタンダードを中心にして「3」のようなオリジナル曲を混ぜてるような構成になってます。

最初の曲「I'll Remember April」はアボット/コステロ・コンビが出演した1942年の映画「Ride 'Em Cowboy」に使われたGene de Paulの曲。
わたしは「想い出」なんていう言葉がつけられてるだけでしっとりしたバラードを思い浮かべるんですが、これは結構軽やかな曲です。「四月」という季節に相応しい明るく、暖かい気分に満ちた曲。
エロール・ガーナーはこの最初の曲の出だしから、ミディアムアップテンポ寄りのスピードでブロックコードを強く繰り出していきます。様子探りのウォームアップなんか全然眼中にないという感じで、いきなりのハイテンションでコンサートは始まるわけですが、この最初の曲がエロール・ガーナーのピアノがどんなものか即座に分かるような紹介を兼ねてるような感じです。

2曲目の「Teach Me Tonight」は、これもGene de Paulの曲。
最初は全く売れなかったのがDe Castro Sistersが歌うことで徐々に広まっていき、Jo Staffordの歌で大ヒット。
色々取り上げられることのあるスタンダード曲ですが、わたしはこの曲のガーナー風の処理も結構好き。テンポはミディアムくらい、歩く歩調に合わせたくらいのスピードで進んでいきます。De Castro Sistersが歌ってるようなのを聴くと、ちょっとゴージャスな印象があるんですけど、ここではリラックスした感じの弾き方で紡がれるシングルトーンの旋律が、歌心に溢れていてなかなか心地いい感じです。

3曲目はエロール・ガーナーのオリジナル。タイトルでも分かるように若干ラテンのテイストが入ってます。でもほんの僅か。ラテンものだと思って聴くと拍子抜けするかもしれません。この曲で再びアップテンポに戻って、終盤で2つのメロディラインが縒り合わさっていくような複雑な動きをするのが面白いです。エロール・ガーナーは左右の手で、異なった旋律を同時に弾く事も出来て、この最後の絡み合うメロディはおそらくそういうやり方で演奏してるのだと思います。

次の曲がわたしの大好きな「枯葉」。1945年にJoseph Kosmaが作った超有名曲です。マルセル・カルネ監督の映画「夜の門」でイヴ・モンタンが歌ったのが今知られるこの曲の、歌曲としての原型らしいんですがこれはあまりヒットしなくて、後にジュリエット・グレコが歌うことで一般に知られることになります。このコンサートでは始めてバラードらしいバラードの登場となる曲です。
「枯葉」は有名曲なので、いろいろ演奏されたものが残ってます。ジャズで一番有名な「枯葉」の演奏といえば、マイルス・デイヴィスがアルバム「サムシング・エルス」に残したものになるんでしょうか。
ビル・エヴァンスも銀行員風のファッションが衝撃的なアルバム「ポートレイト・イン・ジャズ」でこの曲を演奏してます。わたしはビル・エヴァンスの「枯葉」はスコット・ラファロ、ポール・モチアンとの三つ巴のインタープレイがスリリングで結構好きなんですが、何故だかマイルス・デイヴィスの「枯葉」はあまりピンと来ないです。出だしのフレーズからして肌に合わない雰囲気があるというか。マイルス・デイヴィスは電化マイルスの頃の演奏なんか大好きなんですけど、マイルス版「枯葉」のイメージはわたしの持ってる「枯葉」のイメージの範疇には入ってないという感じが強いです。
この「コンサート・バイ・ザ・シー」でのエロール・ガーナーの「枯葉」はといえば、一般的な「枯葉」のイメージは冷たさの混じりだした秋の風が吹く中をちらほらと枯葉が舞い降りてくるような、ちょっと寂しい感じの光景だろうと思うんですが、おそらくこういうイメージのものとはかなり異なった印象を与えることになると思います。
エロール・ガーナーが演奏すると、このメランコリーにつつまれた曲でさえもどこか明るい光が差し込んでるような、春の暖かい陽光が肌のどこかに射して来てるような感触が紛れ込んでくる感じがします。
全体の感じを一言で云うなら「絢爛豪華」とでもなりそう。他の曲同様にこの曲も強弱つけたメリハリのある演奏で、ブロックコードでオーケストラ的な厚みを出してるところなんか、2~3枚の枯葉がひらひらと舞い落ちてくるというよりも、何十枚もの枯葉が山のように頭上に雪崩れ落ちてきては、風に乗って周囲で乱舞してるような感じにさえ聴こえるかもしれません。
また、ダイナミックな演奏だから余計に目だってくるのか、旋律が際立つ部分ではエロール・ガーナーのリリシズムがよく表現された演奏になってます。この「枯葉」に限ったことじゃないんですけど、スケールを羅列するだけの演奏というのではなくて、この人の演奏はピアノが本当によく歌うんですよね。特に「枯葉」は元の旋律が極めて綺麗なので、ころころと気持ちよく転がっていくピアノの音が歌心に満ちたメロディを紡ぎだしていく様はかなり聴き応えがあると思います。

続く5曲目の「It's All Right with Me」もこのアルバムの中では「枯葉」に次いで好きな曲です。Cole Porterが1953年のミュージカル「カンカン」のために作った曲。この曲、タイトルから想像できなくても聴いた瞬間に、どこかで聴いたことがあるって云う人は多いかもしれません。バラードに続いてコントラストをつけるかのように再びのアップテンポの曲の登場となって、疾走感に満ちたガーナーの演奏が楽しめます。

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このアルバムでわたしが気に入ってる曲は大体前半に集中していて、これは何故かといえば、後半ちょっと飽きてくるというと云い過ぎなんですけど、煽り方がほとんど「ビハインド・ザ・ビート」一つなものだから、聴いてる内にどうしても同じ印象のようなものを聴いてる感じになってくるからなんですよね。
さらに7曲目の「April in Paris」なんかは、このアルバムでは二度目のバラード登場になるんですが、その前に演奏された「枯葉」の印象が強すぎて、かなり損してるような感じになってます。

6曲目の「Red Top」はちょっとユーモラスな感じの曲、9曲目の「How Could You Do a Thing Like That to Me」の洒脱な感じのものとともに軽妙さをアルバムにもたらすような構成も考えられてはいるんですが、全体の印象としては前半部分よりもやはり若干弱い感じがします。

11曲目は「ただ今の演奏はエロール・ガーナー・トリオでした!」っていう感じの纏め的な短い演奏で、その後司会者が奏者の紹介に入ってコンサートの幕が下ろされるという展開になってるので、この日の事実上のラストとなってる曲は10曲目の「Where or When」ということになると思います。

曲そのものの話題とはちょっと離れるんですけど、この「Where or When」を「いつか、どこかで」っていう風に訳した邦題が本当にいいです。短いのに詩的で、いろんな情感やニュアンスを含んでる。原題の「Where or When」はこの邦題が持ってるような詩情やニュアンスを含み持ってるのかどうか、一体どうなんでしょう。
英語圏の人間じゃないので分からないけど、おそらくあまり含まれてないんじゃないかなんて思ったりします。

それはさておき1937年にRichard Rodgersが作曲したこの曲、他の人の演奏ではもう少しゆっくり目のテンポになってると思うんですが、そういう曲をエロール・ガーナーはかなりアップテンポで煽り立てるように弾いていきます。ひょっとしたらこのコンサートの曲の中で1、2を争うくらいハイスピードで。
力強く打ち鳴らされるブロックコードの上を、音数の多い旋律部分が縦横に駆け巡って、印象が薄かったアルバム後半部分を盛り上げていきます。後半部分の曲では最後で本領発揮というか、これが飛びぬけて印象的。考えてみれば、お終い近くなのにこれだけ強く勢いのある演奏が出来る力があるというのはやっぱり凄いことだと思います。

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ところで「枯葉」が入っていて、それがまたわたしの大好きな演奏の「枯葉」だったりするから、今の季節、「秋」にぴったりと思いついてこのアルバムを選択したわけですけど、改めて聴き通してみると、これはやっぱり「秋」のアルバムじゃないですね。音楽を聴くことの楽しさをそれこそ耳だけじゃなく体全体に呼び起こしてくるような、力強さと輝きに満ちた演奏が並んでいて、「枯葉」は入ってるものの、「秋」というよりもどちらかというと「春」の方が相応しいようなアルバムです。後半部分に「パリの四月」が入ってるし、そもそもCDのスタートする曲が「四月の想い出」なんていう曲で「春」を織り込んでる。
アルバム全体の雰囲気は最初の曲から既に明示されていたっていうことなのでしょうね。


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オープニング曲の「 I'll Remember April」です。



4曲目のお気に入り。「Autumn Leaves」



エロール・ガーナーのフレーズの作り方は、わたしにはどことなくギターの演奏を思わせるところがあります。チョーキングだとかハンマリングだとかギターを弾くテクニックで出来上がるようなフレーズをピアノのテクニックで弾いてしまってるという感じ。この曲の旋律の弾き方でもそういう感じを受けるんですがそんな感じを受けるのはわたしだけなのかな。わたしはそういう弾き方がある種ブルージーな感覚をガーナーの演奏に付け加えてるような気がしてます。

5曲目のこれまたお気に入りの「It's All Right With Me」




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完全盤と名を打ってリリースされたCD。なんともうワンパターン別のジャケットが使われている。


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最後まで読んでくださってありがとう御座いました。


2017年一月に追記訂正。



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