2009/01/24
【洋楽】 Brasileiro - Sergio Mendes
92年にワールドミュージック部門でグラミー賞を獲得したアルバムです。 セルジオ・メンデスはブラジル’66の時代、グラミー賞にノミネートはされるものの受賞するまでは至らなかったので、このアルバムが初の受賞となりました。セルジオ・メンデスと云えば、ボサノバやアメリカナイズされたブラジル・ポップ的な曲を得意とする印象があると思うんですが、その印象をもってこれを聴くと、まるでアフリカ音楽を思わせるような土俗的でスピリチュアルな曲にぶつかって、間違いなく吃驚すると思います。セルジオ・メンデスのアルバムとしてはそれまでのものとは若干傾向が違うアルバムでもあります。
「Brasileiro」というのは「ブラジル人」という意味だそうで、そういうタイトルが示すように、このアルバムはテーマの一つに「ブラジル回帰」といったものを掲げています。そしてその「ブラジル回帰」というテーマを展開するためにセルジオ・メンデスがターゲットにしたのがサンバ、バイーア音楽でした。このアルバムの予想外のアフリカの息吹はこのターゲットから来てるんですよね。
バイーアについてちょっとだけ、ごく簡単に説明しておくと、バイーアっていうのはブラジル北東部にある地方のことです。そのバイーア地方の中心で、かつてはブラジルの首都でもあったサルバドール市がサンバやカーニバルを生み出した、ブラジル音楽発祥の地として知られています。
サルバドールにはアフリカからの移民が数多く住んでいて、そういう人たちがここで独自の文化を築いていきました。その住民構成の結果、その地で作り上げられるいろんな文化、当然その中には音楽も含まれるんですが、そういうものの中には必然的にアフリカ的な文化や感性が色濃く混ぜ合わされることになったわけです。
ついでに云っておくと有名なリオのカーニバルもサンバ、カーニバルの発祥の地バイーアの住人がリオデジャネイロに移り住んで、移り住んだ先のリオデジャネイロで作り出したものということらしいです。
サンバっていうのは一言で云うならバイーアのアフリカ系移民が生み出した、ブラジルの中のアフリカ系音楽ということになるでしょうか。「Brasileiro」がサンバを取り上げてそのルーツ的なバイーア音楽に焦点を定めたのなら、アフリカン・テイストが満ち溢れたものになるのは実は当然のことなんですよね。
ちなみにボサノバなんですが、ボサノバはアントニオ・カルロス・ジョビンやヴィニシウス・ジ・モラエスが50年代の中頃に作り出した比較的新しい音楽で、ブラジル音楽のルーツとなるとその領域からは若干外れてしまうことになります。
☆ ☆ ☆
収録曲はこんなの。各タイトルの邦題はそのままカタカナ表記にしただけのもののようです。
1. Fanfarra
2. Magalenha
3. Indiado
4. What Is This?
5. Lua Soberana
6. Sambadouro
7. Senhoras Do Amazonas
8. Kalimba
9. Barabare
10. Esconjuros
11. Pipoca
12. Magano
13. Chorado
このアルバムの構成は4曲目くらいまでがサンバ・サウンドで、アルバム後半の曲では現代ブラジル・ミュージックをいろいろ楽しめるような内容になっています。
アルバム全部をバイーア・ミュージックで埋め尽くさなかったのはセルジオ・メンデスの計算だったんでしょう。
セルジオ・メンデスはこのアルバムでは作曲には手を出さずにアレンジ、プロデュースに徹してるんですが、ブラジル回帰一つに絞るよりも、それを中心にして現代と関わる部分も入れておいたほうが変化に富んでいて良いという判断でもあったのかもしれません。
セルジオ・メンデスはこのアルバムを制作するに当って、当時のブラジリアンミュージック界新進気鋭のミュージシャンを一同に集めてきます。そしてセルジオ・メンデス名義のアルバムなのに、サンバも含めて、アルバム曲の演奏、作曲の全てを新進のミュージシャンにゆだねるようなことをやってる。
セルジオ・メンデスってプロデューサーとしての手腕は結構良いというか、その時に勢いのあるものをきちんと掴んできて上手く料理してる感じがあります。
そういう手腕の良さの結果として、このアルバムはバイーア音楽の新鮮さと、こういう勢いのあるミュージシャンを集めた定型に嵌らないパワーで、3年ほどアルバムを出せずに勢いが落ちていたセルジオ・メンデス自身の起死回生の一枚にもなりました。
アルバムの印象としては、アメリカ的なポップソングを聴きなれてる耳には、全体に結構馴染みのない不思議な感触を持った旋律の曲が聴けたり、6曲目の「Sambadouro」のように美しい曲が入っていたりと、それなりに面白い曲構成なんですが、同じ場所に置かれた、狂騒のパーカッションを伴うバイーア・サンバと較べると、普通にギターやドラムで演奏される後半の曲はちょっと弱い印象があります。
単調になっても良いから、バイーア音楽、サンバで埋め尽くしてあったほうが印象としては強烈なものになったんじゃないかと思います。
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この中ではわたしはやはりバイーアのミュージシャン、パーカッショニストであるカルリーニョス・ブラウンを迎えた1,2,3,9,12といった曲が面白いです。特に現代的な楽器がほとんど入らない冒頭の2曲。
1曲目の「Fanfarra」は最初にパーカッションのコール&レスポンスがあって、これが総勢100名をこえる怒涛のバトゥカーダ(打楽器演奏)で、いきなり圧倒的な始まり方をします。もっともこのパーカッション部隊の音量、音圧を十分に楽しむためには相当の再生装置も必要と思われるんですけどね。
そのあと、このパーカッションの上にバイーア風の旋律の歌、コーラスが被さって、曲が展開していきます。
コーラスにも勢いがあって、舞い踊るパーカッションの大音響にも全然負けてません。
2曲目は、わたしはこれが一番好きなんですが、アフリカン・テイスト満載で、ほとんどどこかの部族の儀式みたいな音楽に聴こえてくる、極めてスピリチュアルで、呪術的な曲です。
特に途中から入ってくる女性コーラスが凄い。2番目の早い旋律を歌う時のこのコーラスはカルリーニョス・ブラウン率いるパーカッション部隊と渾然一体となって、聴くものを容易にトランス状態に持っていけそうな強烈なグルーヴ感を生み出してきます。でもこの旋律部分は一曲全部を通してもたった一回しか出てこないんですよね。
もしもこの部分を垂れ流す如く演奏してるようなのがあるなら、それを聴けばおそらく簡単に別世界へ飛べます。そのくらいこのパーカッションとコーラスは魔術的です。
この曲は92年当時クラブとかで人気だったらしいんですが、こんなものをダンス目的で人が集まってるようなクラブのフロアで大音響でかけたら、クラブ内は忘我で踊り狂う、熱狂と狂騒の坩堝と化してたんじゃないかと思います。
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Magalenha - Sergio Mendes
一応こちらの方が好みなので最初に置いてますが、アルバムでの2曲目です。出だしはセルジオ・メンデスの鳴らすトライアングルにヴォーカルが被さってくるんですが、トライアングルの伴奏だけで歌ってるのに貧相に聴こえないのはちょっと不思議です。
骸骨スーツの人が躍ってるのを見てると、生も死も結局は同じものの別側面に過ぎず、ならば一緒になって踊り狂えとでも云ってるように思えてきます。
Fanfarra (Cabua Le-Le) - Sergio Mendes
これがアルバム最初の曲。
What is this - Sergio Mendes
4曲目の「What Is This?」はこのアルバムで唯一英語の歌詞が乗っかってる曲なんですが、サンバ・パーカッションの上に女声のラップ、というか「語り」が被さってくるという極めて怪しい雰囲気の曲でもあります。ルーツ的なパーカッションに今風のラップという組合わせて、構成的にはアルバムの後半に並んでる現在のブラジル曲に繋いでいく役目でも与えられてるんでしょうか。