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【洋画】 リベリオン 反逆者

あまり予算がかかってなくて、感触は明らかにB級なのに、そういう感触にもかかわらず結構面白く観られた映画でした。一応SFアクション映画といった分類になると思うんですが、「ガン=カタ」と称されるアクションが他に類を見ないほどユニークで、これがこの映画の印象を決定付けてる感じがします。
作った側はこの映画で見せるべきポイントがどこにあるのかきっちりと分かっていて、力の入れ所を見失わなかったように思えました。
ただ見せるべきポイントは押さえていて、そういう意味では形は綺麗な映画なんですが、全体にスケール感が乏しいというか、そういう印象がありました。設定の割に物語的な広がりがないんですよね。

映画の空間は、まるで巨大な箱庭でした。
わたしたちが生きてる世界と基本部分での成り立ちが違う世界を描くのには、本当は空間的にも時間的にも拡がりのある舞台が必要だったと思うんだけど、映画は一つの都市国家、リブリアというごく限られた範囲に限定して進んでいきます。

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都市自体も外の世界とは壁で区切られた、巨大ではあるんだけど閉鎖されたような世界。さらにそのなかでごく限られた特殊な組織に属する一人の男の周辺に限定されるような物語空間。
予算の関係とやはり全体をコントロールしやすいからそういう方向に向かったんだと思いますが、そういう限定空間を背負わされて、物語もまた世界のスケールの大きさに較べて、狭苦しい範囲に終始していた感があります。
「ガン=カタ」アクションでかなり満足して見終えるものの、振り返ってみれば壮大な設定の割りに物語がありきたりで薄いことに意外な感じを受けるかもしれません。

☆ ☆ ☆

第3次世界大戦を経験した近未来の世界は、もしも第4次世界大戦が始まればその時は必ず人類は滅びると判断し、第4次世界大戦を回避するために人間から暴力的なものを取り除くことを発案、一切の感情を押さえ込む薬物「プロジアム」を開発して世界中の人間に摂取することを義務付けた。さらに感情を刺激するような音楽、文学、絵画などの一切の芸術作品を探し出し、歴史的な価値があるようなものでも見つけ次第焼却処分して、この世の中から抹殺する方針を固めた。

その任務に当るのが戦闘術「ガン=カタ」をマスターした「グラマトン・クラリック」と呼ばれる特殊部隊員たちで、かれらは美術品などを隠し持ってる反乱者を発見すると、問答無用で射殺、押収した美術品をその場で焼きはらった。

有能なクラリックであるジョン・プレストン(クリスチャン・ベール)はパートナーのクラリックであるパートリッジ(ショーン・ビーン)と行動をともにして任務に当っていた。

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ところがパートリッジはクラリックであるにもかかわらず、プロジアムを服用するのを密かに止めていて、禁じられた「感情」を持ち、反乱者のアジトから押収したイェーツの詩集を読みふけるような生活を陰で続けていた。
やがてプレストンはパートナーのその禁断の生活に気づいて、パートリッジを違反者として銃殺してしまう。この出来事はプレストンの心にある痕跡を残していった。
プレストンはパートリッジの後釜にクラリックのブラント(テイ・ディグス)とパートナーを組むことになる。ブラントは上昇志向の強い若者だった。

ある日の朝プレストンはその日に摂取すべきプロジアムのガラス・カプセルを落として割ってしまう。出勤の途上で代わりのプロジアムを手に入れるつもりだったが、銃殺したパートナー、バートリッジのことが心にひっかかって、その日はプロジアムを貰いに行くことをやめてしまい、摂取しないで行動することになった。
その日確保しに行った違反者はメアリー・オブライエン(エミリー・ワトソン)という女性で、壁に仕切られた部屋に工芸品を隠し持っていた。プレストンはメアリーを尋問している間、どこか冷静でいられないような気分を味わった。
次の日の朝プレストンは朝日が昇る光景を目にして今まで感じたことの無い感情に翻弄され、急いでその日のプロジアムを服用しようとしたが、今度は自分の意志でやめてしまった。プレストンは感情を持つということがどういうことなのか、体感として理解し始めていた。

その後もプロジアムを服用しない生活を続けていくうちに、さまざまな場面で感情を動かされることがあり、ある時には感情を持ってしまってることを悟られかけた挙句、警官を射殺したりもして違反者として疑われるところまでいってしまった。
やがて感情の重要さに気づき、人々の人間性が抑圧され損なわれてると確信し始めたプレストンは反乱組織のリーダー、ユルゲン(ウイリアム・フィッチナー)と知り合い、彼の反乱組織に協力するようになる。
最終目的はプロシアムで人々を抑圧、支配してる独裁者、ファーザー(ショーン・パートウィー)の打倒。そのためにプレストンが反乱組織を逮捕したように見せかけ、ユルゲンらを政府内部に侵入させる作戦を発動することになった。
ユルゲンらを逮捕したプレストンはその功績でファーザーに謁見することになり、ブレストンの目の前にファーザーを倒す千載一遇のチャンスが訪れることになった。

☆ ☆ ☆

物語の背景となる世界は支配ー被支配、管理ー反乱といった単純化された二項対立を元にしていて分かりやすい反面、薬で人類の感情を消してしまうという荒唐無稽な内容とも相まって、それほどリアリティのあるものではなかったです。
でも映画はそのリアリティを補強するために、感情を抑圧され、管理された世界というのがどんなものなのか、その有様を様々な形で見せていくというような方向には進まずに、それはそういうものとして置いておいて、主人公プレストンがパートナーのパートリッジを平気で射殺できるような冷酷な処刑人から、感情を回復して反乱組織の一員になっていく過程をただひたすらミクロ的に追い続けることに終始します。

わたしには監督がもとから、そういう世界をリアルなものとして映画の中に作り上げる意図はそれほど持ってなかったんじゃないかという風に思えました。感情を抑圧される世界というのは中心的なテーマになってるわけでもなくて、プレストンが突破するための障害物扱いというか、そういう目的で映画の中に配置されてるだけっていう感じがします。

なによりも、感情を抑圧されてると云いながら、映画の中で見るプレストンやパートナーのブラントは明らかに物語に都合の良い感情だけはなぜか持ってるとしかみえないところがあるんですよね。
ブラントなんかは上昇志向の欲望に沿ってプレストンを追い落とし、その地位に自分が居座るために策略をめぐらし罠を仕掛けるほどの情動の持ち主で、こんなの感情を抑圧してるどころか普通の人間以上にはるかに感情的です。
この映画は近未来を舞台にするものとしてSF的な世界設定はされてるものの、そういう設定が映画の要のところで、ご都合主義に流れてしまってるようなところがある作りになってます。

そういう風にある意味適当なところもある世界を背景にして、プレストンの感情回復の物語が語られていくわけです。
映画の世界は語るほど分厚いものじゃなかったけれど、感情を回復していく過程のプレストンの状態の推移はかなり上手く表現されていたと思います。
方法的にはなだらかに連続したものとして回復の過程を見せる一方で、大きなイベントを用意してイベントごとに感情のステージが上がっていくような形を取ってます。
一番大きく動いてるのがよく分かるシーンだと、パートリッジが火葬される夢を見て動揺して起きた後、窓の外に広がる朝焼けの光景を目にして体験したことの無い感覚に動揺する場面、感情を刺激するものとして射殺されようとしてる仔犬の一匹を検疫のためと称して連れ帰り密かに保護してしまう場面、強襲して全滅させた反乱者のアジトの隠し部屋でレコードを発見して、ベートーヴェンの第9を聴いてしまった場面。

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プレストンが、見てるものの何に心動かされてるのかが凄くよく分かるシーンで、そういうものを挿入していくことでプレストンの感情がまた一段階解放されたんだということを観て納得できるような形にしてあります。安易な方法ではあるんですが、分かりやすくて効果的。
そしてそれに重ねて、無表情のなかに僅かに光が射したような感じ、抑圧の内部で何かが立ち上がってきてる感じ、そういう極めて微妙なものを的確に表現するクリスチャン・ベールの演技が補強していくわけです。クリスチャン・ベールのこういう演技は中々上手いと思いました。こういうのって激高したりするのよりもはるかに難しいと思いますから。

もう一つ、話自体はプレストンが感情を回復させていく極めてシンプルでストレートな物語なんですが、考えてみるとプレストンが出会う抑圧された側の人間は抑圧されきった人なんて誰も出てこなくて、メアリーといい反乱組織のリーダー、ユルゲンといい、全員とっくの昔に薬を服用するのをやめて感情を回復させた人間なんですよね。そしてそういう人間を解放する役割のプレストンのほうが支配側に忠実で薬で感情を抑圧してる。物語的には管理抑圧された人々をプレストンが救い出すっていう形になってるんですが、関わる市民側が全員覚醒済みという形にもなってるために、ヒーローものとして見たらちょっと倒立したような印象を受けるところがありました。わたしはこの倒立してるようにも見える関係が観ていて面白かったです。でもこの奇妙な倒立関係は最初から意図して出してきたのか偶然そういう風になったのかどっちだったんでしょうね。

☆ ☆ ☆

物語はプレストンの覚醒の物語が大半を占めていて、一人の男が感情を取りもどす物語なんて、当然の如く結構かったるい部分があります。それでそういう冗長な部分のある物語を要所要所で引き締めてるのが、この映画の最大の売りである「ガン=カタ」ということになってきます。
「ガン=カタ」というのは一言で云うと、二挺拳銃を持った舞い。剣を持っていれば確実に剣舞と云えるもので、その剣舞を剣の代わりに拳銃を持って舞ってしまったというものです。監督の話では格闘家に演じてもらうよりもダンサーに演じてもらいたいと思ってたとか。
映画の中では都市国家・リブリアを支配するテトラグラマトン党の副総裁デュポン(アンガス・マクファーデン)の口を借りてこういう風に説明されます。
「多くの銃撃戦を分析した。敵対者たちが幾何学的な配置であるならば、その動きを予見できる。ガン=カタを極め銃を活用しろ。最も効果的な攻撃位置に立て。最大のダメージを最大の人数に。一方自分は予測可能な敵の狙いを外して立て」

要するに相手の銃弾の飛んでくる位置は統計的に予測可能で、ガン=カタを駆使することで相手の銃撃をよけ、自分に有利な位置を絶えず掴んで最大の攻撃を与えることが出来るということ、ガン=カタはそういうことを可能にする武術とされています。これって、主人公に対しては全然弾が当らないって云う、よくあるアクション映画の特徴に完全な理由をつけてるように思えます。
ともあれガン=カタは外見的には、独特の構えから始まって、拳銃使いなのにまるで見得を切るような残心まで揃えた演武で、敵の弾を見切って全てよけながら猛スピードの銃撃で敵をなぎ倒していく、壮絶な技。トリッキーな動きが組み入れられて見た目も派手で面白いです
これを思いついた時の監督は、きっと舞い上がったでしょうね。

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映画でガン=カタが出てくるシーンは全部で4箇所。意外に少なくて、少々物足りない感じもあるんですが、このくらいの分量の方が飽きないでいられる適量かもしれません。
しかもそれぞれに違う味付けがしてあって演出はかなり考えられてます。
最初に出てくるのはクラリックが初登場する、反乱グループのアジト急襲のシーンで、真っ暗闇の中での銃撃戦。無音の暗闇が結構長くとってあって、何が起こるのか期待させます。この時の撮影は銃のマズル・フラッシュの明かりだけでそれにシンクロする装置を使って撮影したとか。
中盤での違う反乱グループのアジトでの戦闘は、銃を使って行う格闘戦。
ラストのファーザーの元に向かうシーンではクライマックスというだけあって、3段階のガン=カタ戦闘シーンが用意されてます。
ひとつは長い廊下の両側にずらりと並んだ敵兵が浴びせる銃撃の中を、ガン=カタを駆使して、敵兵をなぎ倒しながら中央突破するシーン。そのあとファーザーの室内でプレストンの周りを囲んできた近衛兵たちとの、今度は銃を刀に持ち替えてのガン=カタ。これは要するに大立ち回りのチャンバラなんですよね。ガン=カタ自体が構えだとか見得だとか、日本の時代劇から発想を得てるのが丸分かりだから、このシーンはそのルーツが観られるってことでしょうか。その直後に上昇志向のパートナー、ブラントとの刀での一騎打ちと続いて、最後は大ボスとの銃撃を使ったガン=カタの超接近戦と続きます。

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ガン=カタ戦闘シーンでよかったのは、スローモーションを使わなかったこと。時代的にこの映画が出来た時、アクションシーンでスローモーションを使うことが既に流行ってたのかどうか知らないんですが、スローモーションのアクションシーンってはっきり云って食傷気味なので、こういうスピードをスピードとしてみせる演出の方が新鮮に思えました。

もう一つ、これは今一だと思ったことなんですが、刀だと刀と相手の体の間に切る切られるという関係がきっちりと見えるんだけど、銃撃はそういう関係が見えないから、ガン=カタで猛スピードで乱射されると、倒れる敵と銃を乱れ打ちしてるプレストンが関係として結び付けにくいんですよね。勝手に銃を乱射して、敵も勝手に倒れていくような絵になってくる。こういう画面は派手さを追加は出来るけど、刀が肉体と結ぶような緊張感を持たせることは中々難しいようだと思いました。

☆ ☆ ☆

低予算映画の割りに良い俳優を使ってる映画です。

クリスチャン・ベールは冷酷な処刑人がよく似合うし、基本無表情なので感情回復後も激情を内に秘めてるクールさみたいなのも自然と出てきてかっこいい。

最初のパートナー、パートリッジを演じたショーン・ビーンは、出番が少なくて残念でした。この人がガン=カタを舞ってるシーンはあまり想像できないんだけど、禁制の詩集を禁制だと知りながら読みふけってる姿は妙に板についてました。

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この役は出演シーンが少なすぎていろんな俳優に断られたらしいんですが、プレストンが感情に対して考えが揺れ動いていくきっかけになる人物だから実は物語的にはかなり重要な役なんですよね。ショーン・ビーンはよく受けたと思います。この重要性がわかってたのかな。

メアリー役のエミリー・ワトソンはラース・フォン・トリアーの「奇跡の海」の女優ですね。プレストンに国家から受けた仕打ちを思い出させ反逆に踏み込ませるきっかけになる役でした。この人はやり直すたびに演技がよくなっていくタイプだったらしくて、監督はテイクをやり直すのが楽しみだったそうです。

この映画、日本での公開当時はほとんど宣伝しなくて、一ヶ月程度で上映打ち切りになったそうです。後に口コミで広がってカルト化していくんですが、この辺の展開は「ブレードランナー」を思い起こさせます。後になっても思い出されもしない作品よりははるかに良いとは思うものの、できれば公開時に流行って欲しかったんじゃないかと思います。

☆ ☆ ☆

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クリスチャン・ベールエミリー・ワトソン

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☆ ☆ ☆

Equilibrium U.S. Trailer


「ガン=カタ」シーン



原題 Equilibrium
監督 カート・ウィマー
公開 2002年

☆ ☆ ☆

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【洋画】 ダークシティ

この映画を観終わった時に、今だとおそらく「マトリックス」を思い浮かべる人が多いと思います。もちろん話の内容は全く異なっているんですが、物語の向いてる方向に似てるところがあるんですよね。
「ダークシティ」の一番の印象は「マトリックス」が3作使って描いたものを100分程度のコンパクトな形で纏めようとした映画だという感じでしょうか。
実際は「マトリックス」のほうが後に制作されてるんですが、見せ方としては「マトリックス」よりもこの映画のほうが上手く仕上げてるような印象を持ちました。

この映画、かなりユニークなところがあって、物語は最初から探偵もののミステリのような形で進むのに、何と映画開始直後のナレーションで、映画に仕組まれた謎のコア部分をネタばれさせてしまいます。これには吃驚します。
確かにナレーションでネタばらしをしてる部分は、あらかじめ観客に知らせておかないと、映画自体何が起こってるのか分からなくなる可能性がある部分です。普通のミステリ的にこの部分を最後まで謎として引っ張っていくと、観客は映画のほとんど最後まで、主人公に負けないくらい五里霧中の状態におかれることになった可能性が高かったと思います。
ミステリ的なのに全てを隠して進めようが無くなってるのは、こういう物語の構造にしてしまったために必然的に出てきてしまった物語上の脆弱なポイントとも云えそうなんですが、とりあえず観客を五里霧中の状態に置き続けることを好まなかった結果としてのネタバレナレーションだったんでしょう。

☆ ☆ ☆

原初の闇から時が生まれ出るころ、異邦人(ストレンジャー)も生まれた。異邦人は意思の力で物質を変化させる能力(チューン)を持っていた。
後に異邦人たちは絶滅の危機に直面することとなり、自分たちの世界を捨てて生きのびる方法を探す旅に出る。そして旅の途上で自らの目的を達せそうな星、地球を発見することになった。
異邦人たちは地球に降り立ち、地下深くに潜行して、地上の人間に対してある実験を始める。
その実験とは様々な時代から集めた人々をある場所に閉じ込め、集めた人々から記憶を奪い、奪った様々な記憶を混ぜ合わせて新しい記憶となったものを再び人間に刷り込んで、新しい人格の元で人の個性がどう反応するか観察することだった。
「全体」しか持たないために停滞し絶滅に向かっていた異邦人は、人間を実験材料にすることで、自分たちが生き延びるのに必要な「個」というものがどんなものなのか捜し求めていた。

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いつも闇に閉ざされているダークシティ。その街のとあるホテルの一室、浴室のバスタブの中でジョン・マードック(ルーファス・シーウェル Rufus Sewell)は目覚めた。しかしジョンは目覚めて間もなく自分が記憶を失ってることに気づく。
戸惑うジョンにどこかから電話がかかってくる。電話の相手はダニエル・P・シュレーバー博士(キーファー・サザーランド Kiefer Sutherland)という謎の人物で、博士は実験の失敗でジョンの記憶を消してしまった、さらにジョンを追ってくるものがいるから逃げろとジョンに忠告をする。気がつけば部屋の片隅には胸に螺旋の傷を彫られて血まみれになって死んでる娼婦の死体があった。
自分が殺したのかも記憶がなく、このままでは殺人犯にされてしまうと思って、ジョンはその場を逃げ出した。逃げる途中でジョンは物質を変貌させる怪しげな力(チューン)を使うスキンヘッド集団に襲われたが、応戦している途中でなぜか自分も彼らと同じ力が使えることに気づき、その力の助けでかろうじて逃げ切ることが出来た。

ジョンはホテルの部屋にあった自分の所持品らしいものから鍵をみつけ、とりあえず自宅に戻ることにする。自宅には妻のエマ(ジェニファー・コネリー Jennifer Connelly)がいて、ジョンはエマの浮気が原因でシュレーバー博士の心理療法を受けており、その後に家を飛び出したのだと教えられた。

娼婦連続殺人を担当するフランク・バムステッド警部(ウィリアム・ハート William Hurt)はホテルの宿泊簿からジョンを犯人と定めて追跡し始めた。
バムステッド警部が迫ってきてるのを知って、ジョンは自宅から逃げ、エマに教えてもらったシュレーバー博士のもとへ行くことに決めた。殺人現場に電話をかけてきた謎の人物であり、何かを知ってるかもしれなかったからだ。

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博士に会いに行く途上で、ジョンは時計が夜中の0時を指した瞬間に街の人間が全員その場で眠りに落ちるのを目の当たりにした。街からは一瞬にして全ての動きと音が消え去った。
動くもののいなくなった深夜の街を唖然として眺めていると、今度はジョンの目の前で地面から生え出すように新しいビルがせりあがってきて、今まであった建物は不定形にゆがみながら観たことも無い別の建物に変貌していった。ジョンは建物が生き物のように蠢きながら、街の外観を全く異なったものへと変化させていくという信じがたい光景を目にすることになった。
スキンヘッドの怪人たちと共に行動しているシュレーバー博士を追って、ジョンは博士が新しくなった建物の中で眠ったままの住人に奇妙な注射器を頭に挿して新しい記憶を刷り込む現場を見てしまう。その注射器は自分が目覚めたバスルームに転がっていたのと同じものだった。

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ジョンは隙を見てシュレーバー博士に近づき、博士を問い詰めようとするがスキンヘッドに邪魔をされて何が起こってるのか聞き出すことが出来なかった。
その後さらに手がかりを得ようと、ホテルの部屋にあった所持品の一つ、シェル・ビーチの絵はがきを眺めていて、そこから叔父カール・ハリスの存在を探り当てた。
叔父の元へ行って見ると、叔父は懐かしがって昔シェル・ビーチに住んでいた頃のスライド写真を見せてくれた。写真の一つに写ってる自分は幼い時に遭遇した火事で腕にやけどの跡があったが、今の自分にはそんな痕跡が無いことにジョンは気づいた。自分の少年時代として存在してる記録、叔父の中にある自分の幼い頃の記憶は偽物だと確信することになった。

ホテルの部屋にいる時から、所持品の中にあったシェルビーチの絵葉書は、眺めると断片的な記憶が蘇りそうになったりして気になっていたものだった。道行く人に時折シェル・ビーチへの行き方を尋ねたりしたが、不思議なことにシェル・ビーチのことは知っていても行き方となると誰もが明確に答えられなかった。
地下鉄ではシェル・ビーチ行きの電車が走っているにもかかわらず駅に止まらないので乗ることが出来ない。地下鉄路線図を見るとシェルビーチはこの街の外れにあって、まるでここから脱出するにはここを目指す以外にないような場所に見えた。
だれもがその場所のことを知ってるのに、誰も行き方を知らないという謎めいた場所、そして自分の頭の中にフラッシュ・バックするように断片が蘇るにもかかわらず明らかに捏造されている記憶の場所であるシェル・ビーチ。ジョンはこの曰くありげで不可思議な場所に、何か真相を開示するものがあるのではないかと思い始めた。

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その後執拗に追うバムステッド警部によってジョンは捕まってしまう。
警察の取調べでバムステッド警部に自分の記憶がないこと、自分が怪しいものに追われていること、自分が妙な力を使えること、なぜか誰も気にしていないが、この街には日が昇らないこと、シェル・ビーチでの自分に関することが捏造されていること、シェル・ビーチへの行き方を誰も知らないことなどを説明する。
娼婦連続殺人犯として取り調べていたバムステッド警部は初めは信じなかったものの、最近自分が母の形見として受け取ったアコーデオンを、所持してるのに貰った記憶がないことや、ジョンにシェル・ビーチへの行き方を尋ねられて、よく知ってる場所なのに、行き方をどうしても答えられないことに気づいて、この街ではとてつもなく奇妙なことが起こってるんではないかと疑い始めた。

バムステッド警部が署を出た直後、スキンヘッド集団(ストレンジャー)が警察署を襲った。ジョンを確保するためだったが危険を察知してジョンは逃げた後だった。
ジョンはストレンジャーの手先になってるシュレーバー博士の元へ、バムステッド警部もまたシュレーバー博士の元にやってきて、ストレンジャーの手先になってるために街の住人が落ちいってる状況とは無縁のシュレーバー博士なら案内できるだろうと、博士を連れて問題のシェル・ビーチのある場所に向かうことになった。

☆ ☆ ☆

物語はもうこれは完全にパズルのような体裁を持っています。
記憶を失ってる人物が主人公ということもあって、ジョンが遭遇する出来事、考えること全てがパズル・ピースのような断片として映画に現れてきます。

おそらくジョンの視点に限定して脚本が書かれてたら、観客はほぼ最後までジョンの混迷に付き合わされる羽目になったのは間違いなかったでしょう。だから最初に書いたように、この映画はミステリ的な進行をするにもかかわらず、冒頭のナレーションに始まって随所にネタバレを挟み込むという大胆な方法をとりながら進むことになります。映画の視点もジョンの単独視点ではなくて、第三者視点で進む部分が結構大胆に織り込まれていくことになる。異邦人はもうほとんど映画開始直後といっても良いような段階で画面に出てきますし、地下の伽藍で、異邦人たちが集まって「チューン」を開始するスペクタクル・シーンも、ジョンよりも圧倒的に早い段階で観客は目にすることになります。

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云うならばジョンが行動するにつれて、異様な形のピースが混ざりありながら増えていくような悪夢のパズルの中に、その完成図を書いた紙切れのようなものが結構大きめの断片に引きちぎられて混ぜ込んであるというか、そんな感じ。部分だけでも全体がかろうじて分かりそうなそういう完成図の断片を時折見せられることで、観客は、そのままでは再構成も困難なパズルを、難解であることを楽しみながらでも容易に解きほぐせるようになっていきます。こういう動きを制御していく脚本はかなり上手いです。
また、この映画は隠してるものが2つあって、その一つである異邦人と異邦人によって操作される記憶の話は今書いたように謎を暴きながら進むんですが、もう一つの秘密、最後にジョンの目前に立ち現れるあるヴィジョンは、おそらくこの映画が一番見せたかったもののはずで、だからこそ、ジョンの前に立ち現れる瞬間までその気配さえも徹底的に隠しています。この辺りの謎の扱いの的確さというか、そういうのも上手いなぁと思いました。

さて、お話そのものは記憶を失った、と云うかシュレーバー博士によって娼婦連続殺人犯の記憶を刷り込まれる前に目覚めてしまったジョンの話と、チューン中も眠らずに、人間でありながらチューンも使えるジョンを発見して、これこそが異邦人の求めてる精神状態を持つサンプルだと、ジョンを追いかける異邦人側の話の二本立てで進行していきます。
この2つの物語の内、異邦人の方は普通に話として収まっていくんですが、ジョンの方の話は話の内容そのものが一筋縄でいかない側面を持っていました。

ジョンの物語は娼婦連続殺人の物語です。主人公が記憶喪失という要素は入ってますが、バムステッド警部という人物も出てきて、紛れもなく犯罪ミステリ以外の何者でもないという形を取りながら物語は展開していきます。
普通はこういう物語の映画だと、その殺人犯の人生、犯行、その後の運命とか、そういうものの描写を通して、その殺人犯の人間性とか、人の内に住む邪悪なものとか、そこからの人間の救済だとか、そういった様々なことを表現することで、意味のある映画として成立することになります。

ところがこの映画の場合ジョンにまつわる娼婦連続殺人の話は、ことの最初から最後まで徹底的にフェイクなんですよね。殺人犯は異邦人がただ適当に用意した人格に過ぎずに、それ以上の意味など何もない。
物語の途中、バムステッド警部の同僚で、チューン中に目覚めてしまって真相を知った刑事が出てくるんですが、ほとんど狂人と化したこの人物がすべてはフェイク・アイデンティティで、殺人事件など本当は何処にも起こってないんだと指摘するように、ジョンにまつわる話は映画が進行するに連れて次第に全く意味を成さないものになっていきます。
事実映画の中で重大事件のように始まった娼婦連続殺人は後半部分ではそんなことがあったのかと思うくらいどこかに飛んでいってしまい、誰も見向きもしなくなってくる。

フェイク・アイデンティティを扱った映画である以上、主人公が担ってる物語は本来物語が持っていたはずの意義や役割を失ってしまっていて、そのことを語る映画もまたその部分では無意味なものを抱えたものになる他ないと。わたしには映画がこういう「無意味さ」を内に含んでしまうのは、こういう構成の物語を採用した、この映画の弱点に他ならないような気がします。

☆ ☆ ☆

娯楽映画なので、パラノイア的な世界、表に見えてるものと本当のものは違うんじゃないかといった特異な世界の感触を楽しめればそれで良いんだと思いますが、あえてこの映画のテーマをあげるなら、記憶とアイデンティティといったようなものになるんでしょうか。
この映画に出てくる人物は全員、自分の全アイデンティティを「記憶」に委ねています。そして記憶が変わればそれまで自己を確立させていた一切のものが崩れて無に帰すような有り方に置かれてる。
ジョンとバムステッド警部が自分たちはダークシティに連れてこられる以前は、本当は何処にいた誰だったのかをシュレーバー博士に問い詰めるシーンがあります。シュレーバー博士の答えは記録が失われてしまってもう分からなくなってると、今の記憶が全てでそれを外せば何処から来た誰なのか一切分からない存在になるというものでした。そして今警部という存在の根拠になってる記憶もチューンされる前はバムステッド警部は警察勤務でさえもなかったんだと。

この映画ではアイデンティティはその時の記憶によって保障されてるに過ぎない脆弱なものとして扱われています。バムステッド警部以外にも、ジョンの妻のエマもこの脆弱さを体現するかのように終盤のチューンでアンナという別人格にされて、ジョンとは出会いもしなかった全く別の人生におかれてしまうことになります。
人を人として成立させているものが個人という殻に包まれた極私的な記憶だという、そして記憶がなくなればそれまでいかに親密な人間関係を築いていても関係の中心である自己が存在しなくなるので、全てが無に帰するんだという、そういう世界観で映画は進んでいくわけです。

わたしはなんだか現代の個人主義が陥ってる孤独感みたいなものが漂ってくるなぁと思いながら観ていました。それでこの脆弱な人間存在のままで映画は終わりまで行き着くんだろうと思っていたら、意外なことに最後の最後で映画が提示した結論は人は記憶を失っても存在根拠を失わないというものだったんですよね。
このラストはある意味意表をついていて、しかも個人主義がどうしたとかいったことを思い浮かべて観てたわたしにとっては、この映画は最終的に人は孤独じゃないんだという願いを伝えて来てるかのように思え、予想外に感銘を受けるものでした。

☆ ☆ ☆

「ダークシティ」というタイトルが示すとおりに、この映画で描かれている都市は、ある意味映画の主役でもあります。
ダークシティの基本デザインは「スカイキャプテン」のようにレトロフューチャーなんですが、単純にレトロフューチャーで纏めてしまわない工夫がしてあり、それは異邦人があらゆる時代の人間を集めてきてはそこから記憶を奪い去り、そのあらゆる時代が混じりあった記憶を元にして、ダークシティの外見を作り出してるという設定でした。この設定が効いていて、ダークシティは時代を混ぜ合わせたような雑多なイメージとして成立して、特定の時代を思わせない不思議な空間を作り出すことに成功してます。レトロフューチャーという、こういう映画では馴染みの形態を取りながら、それに収まらないユニークな都市景観になってる。この設定は視覚的な面でも非常に有効に働いてるようでした。
あと街の光景を作るのにミニチュアを併用してるんですが、こういう映画のミニチュアって云うのはむしろミニチュアっぽさが残ってる方が良い味を出すことがあって、この映画のミニチュア併用はやり方としてはよかったと思います。

都市の視覚効果でもうひとつ面白かったのが、チューン最中にダイナミックに建物が変貌していくシーン。その時に建物の内部にいて階段を上がろうとしたジョンの足元で階段のステップが延びていく描写はほとんんど悪夢に出てきそうな光景だし、街が文字通り形を変えていく描写も、そんなシーンがある映画ってどれだけ存在するのか知らないけど、前代未聞といっていいくらい、観たこともない奇妙な光景でした。

視覚的なものでは映画全体に印象的な影を落としてるシェル・ビーチも面白かったです。スライドでは明るい陽光に照らされた光景なんですが、ダークシティで目にするイメージは古びて色あせかけた絵葉書だとか、ビルの上で電気仕掛けで動いてる薄暗い大看板であるとか、ある種不気味なイメージのものばかり。ここに行けさえすれば何かがあると思わせる、もういかにも曰くありげな場所って云う雰囲気が満ち溢れてるような演出でした。

☆ ☆ ☆

主役のルーファス・シーウェルは眼光が異様な感じを与える表情が良いです。この目つきが、崩壊しそうな精神を的確に表してるようで、パラノイアックな物語には最適の人物。
ジェニファー・コネリーは太い眉毛が印象的で、わたしには現代的な美女とは若干ずれてるような印象があるせいか、レトロな街ダークシティのジャズ・シンガーという役割が予想通りの似合い方をしてました。

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心理学者役のキーファー・サザーランドは博士に見えるように、それなりに年を取ったような演技をしてるのが、かえって若すぎる印象を強めてしまったような感じがしました。でもこの役、良い役ですよ。人類を裏切って異邦人の手先として動きながら、最後の最後で異邦人の意表をつくような奇策でジョンに異邦人と対決できる力を与えます。悪役からヒロイックな人物にまで変化する振幅の大きい役どころです。結局のところ右往左往してるだけのジョンよりも印象に残るかもしれないキャラクターでした。

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Dark City Trailer



原題 Dark City
監督 アレックス・プロヤス (Alex Proyas)
公開 1998年

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【洋画】 スカイキャプテン ワールド・オブ・トゥモロー

今時CGを多用してる映画なんて珍しくもないんだけど、この映画に関してはCGの使い方はかなり異様でした。
普通、どんなにCGを使おうと、実写映像で表現できないような部分を補う形で使われると思うんだけど、この映画のやり方は全く逆の方向を向いてます。CGを実写映像の中に紛れ込ませるんじゃなくて、CG映像の中に実写映像を埋め込むようなことを映画全域にわたってそれこそ徹底的に試みてる。

俳優は実際の現場で演技したんじゃなくて、ほぼ100%ブルー・スクリーン前の演技だったそうです。メイキングでも出てきてましたが、部屋の中で会話するシーンでも俳優の前に簡単なテーブルがあるだけであとは全部ブルーのスクリーン。そのスクリーンを背景に会話した俳優を、後の処理で室内のCGに埋め込んで、まるで部屋の中で会話してるようなシーンを作り上げてます。
映画のなかでCGを多用することに否定的な人は、この映画の主客転倒したような状態に目の眩むような思いをしたか、逆にその徹底振りの見事さに宗旨替えしてしまったか、どちらにしろ極端な反応を示したんじゃないかと思います。

お話はスカイキャプテンというヒーローが悪の計画を阻止するために大活躍するインディー・ジョーンズ・タイプのアドベンチャー映画なんですが、物語が面白いとかつまらないとか云うレベルとは別に、スクリーンに映し出される画面はスカイキャプテンの物語を最も効果的に語るために用意されてるにもかかわらず、映画は視覚効果優先というか、物語よりもそういう画面の仕上げ方の部分へ、ことあるごとに注意を向けさせるような作り方になってました。
冒険活劇を観ようとしてたのなら、期待外れというんじゃなくても、映画のポイントが必ずしも活劇の方に集中してるわけじゃないという、ちょっと思惑外れの感じを受けるかもしれないです。
わたしの場合は観てる間、特に前半だったんですが、はぐらかされてるような気分になることが多かったです。

☆ ☆ ☆

1939年のニューヨークでは科学者が連続して失踪するという事件が起きていて、NYクロニクル紙の記者ポリー・パーキンス(グウィネス・パルトロウ)はその一連の科学者失踪事件について調べていた。
そんなある日、ジェニングス博士という人物から次に失踪するのは誰か知ってるとメッセージが入ってくる。メッセージを受け取ったポリーは、博士との待ち合わせ場所に向かった。
ジェニングス博士と会って、失踪してる科学者は大戦前にドイツの秘密施設にいた科学者たちで、失踪していない科学者は今やジェニングス博士自身ただ一人だから、次の失踪者は自分になると告げられ、科学者失踪事件の背後にいる相手はトーテンコフという謎の人物であることも教えてもらった。

ジェニングス博士との会合の最中、世界中の大都市に謎の巨大ロボットの集団が飛来し、都市を破壊し始めるという事件が起きる。ポリーのいるニューヨーク市にも巨大ロボット集団が飛来して市を破壊し始めた。ドイツの秘密施設の正体、トーテンコフの目的など聞き出す前に、ポリーはロボットの襲撃の中でジェニングス博士と離れ離れになってしまう。
その後ポリーは単身ロボットの集団に接近して写真を撮ろうとするが、危機的な状況に陥ってしまう。そういう状態にあるポリーを助けたのは、市の呼びかけに応じて急遽飛んできた空軍のエース、スカイキャプテン、ジョー・サリヴァン(ジュード・ロウ)だった。
ニューヨークの巨大ロボット攻撃を何とか収めたジョーは世界中の都市を襲ったロボット事件の調査を依頼される。かつての恋人ポリーはジェニングス博士が会合の最中にロボットの青写真を残していったことから、ロボット事件と科学者失踪事件が関係してると推測してジョーに近づき、2人はともに調査をすることになった。

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調査を始めてみると、今度はジョーの基地が謎の飛行物体の大群に襲われることになった。ジョーが敵飛行物体を迎撃してる間に、基地にいた仲間の天才技師デックス(ジョヴァンニ・リビシ)が拉致されてしまう。しかしデックスは機知を利かせて、飛来した敵飛行物体が発する無線から敵の拠点を割り出し、拉致される前にその拠点を示した地図を残していった。
デックスが割り出した拠点はチベットの奥地。
ジョーとポリーはチベットの奥地に赴き、そこでトーテンコフの手下に襲われたりしながらも調査を続け、チベットからも行方をくらませたトーテンコフの居場所がはるか洋上にあると割り出した。事件を追いデックスを助けるためにはそこに赴く以外に選択肢は無く、2人はさらに洋上に向けて追跡を続けることになった。

トーテンコフの居場所と見做した海上ではジョーの愛機カーティスP40の燃料が足りなくなることが分かり、英国海軍移動偵察基地の指揮官フランク・クック中佐(アンジェリーナ・ジョリー)に助けを求めた。フランクは要請に応じて空中に浮かぶ要塞、移動滑走路を動かしてきて、燃料補給のためにジョーの機を着陸させた。

移動偵察基地で調査した結果チベットで得た手がかりが示すところには地図にも載ってないような島があった。移動偵察基地が島に近づくにつれ島からは多量の迎撃ミサイルが発射されてくる。そこがトーテンコフの本拠地だと確信したジョーとポリーはフランク率いる水空両用戦闘機部隊「マンタ」とともに海中のルートから島内部へと潜入することにした。

☆ ☆ ☆

この映画のテーマは一目瞭然、レトロフューチャーです。
レトロフューチャーについて少し説明しておくと、この映画の時代設定は1939年なんですが、大体20世紀前半の時期に想像された未来世界のイメージのことを指して云います。
基本的には科学万能の考えの上に成り立っていて、流線型やアール・デコ風のデザインが自動車や飛行機から高層ビルのようなものまで、すべてを優雅な曲線で覆い尽くしてる未来世界、でもその時代に夢想した未来が実際にやってきても、そういう夢想のほとんどが実現されずに、何時までもやってこない未来のままに古びてしまったような世界、そういう世界のイメージです。

この映画はそういう、やってくることを夢想されながら夢想のうちに朽ち果ててしまったような世界をスクリーンの中に再現しようとしてます。
それも流線型の未来世界を画面上にそのまま描き出すのではなくて、レトロフューチャーを夢見てた時代にもしかしたら存在していたかもしれない架空の連続活劇コミック「スカイキャプテン」といったものを想定して、その一部を切り出して映画化したような風変わりな工夫を施して描き出してる。

そういう工夫を目に見える形にし、スクリーンの上で古い連続活劇コミックが動き出したという雰囲気を出すために、この映画の中ではさまざまな視覚効果の技術が使われていました。
たとえばそれは、階調を飛ばしたようなきついコントラストの画面や、モノクロのフィルムに薄く着色した感じのセピアがかった人工的な色彩、画面上の全てのものの輪郭に施された滲んだようなぼかし効果といったものなんですが、こういう特徴を組合わせて出来上がったイメージはモノクロ映画の画面を今風に蘇らせた感じのもので、古びたコミックから蘇ってくるようなレトロフューチャー的な世界を乗せるのにはぴったりという印象のものでした。

☆ ☆ ☆

ところが古いコミックが動き出してるような実写映画という試みは、試みとしては非常に面白いんですが、わたしにとってはこの映画の視覚効果は凝りすぎて、画面の見にくさの方が先にたってしまいがちになるようなものでした。最初にも少し書いたように、そういう凝った画面がスムーズに映画に入り込むのを若干邪魔してるように思えるところもあって、なかなか感情移入しにくい。
特に最初のニューヨーク・パートにそういう傾向が強かったです。この部分の「メトロポリス」風の大都市ニューヨークは高層ビルなどの影の部分が多く、暗部をわざと潰し気味にしてるようなコントラストに、セピア色でただでさえぼんやりした印象なのに、明るい部分も滲んでぼやけているような画面では、視線の動きも拡散していくようで本当に見難かった。しかも冒頭のニューヨークはこういう特殊効果的な画面が映える物語舞台なので、作る側にもかなり力が入っていて、もうこれ見よがしに凝った画面で攻めてきます。

もう一つ、わたしはこの映画が「メトロポリス」の再現だということにも期待して観てたんですが、最初のメトロポリス編で出てくる大都市ニューヨークのイメージはそれこそフリッツ・ラングの「メトロポリス」とそう大して変わらなくて、これなら既に「メトロポリス」があるんだから、わざわざもう一度作る必要も無いんじゃないかと思ってしまって、わたしの場合はそういう期待外れ感も感情移入の妨げになっていたようです。

☆ ☆ ☆

ニューヨーク編が終わると物語の舞台はチベットだとか空中の移動滑走路だとか、広々とした世界に移っていくので、画面が見にくいといった感じはほとんど無くなって、この辺りからは普通に感情移入できる映画になって行きます。

とは云っても物語は単純。設定だとか絵作りには必要をはるかに超えるこだわりがあったのに、こちらは捻りも何もないほとんど一本道の分かりやすいストーリーになってます。
全体はメトロポリス編、秘密基地編、チベット編、英国海軍移動偵察基地編と、まるで区画整理でもされたように分かりやすく整頓されていて、伏線もあまり張ってなくて、危機、その場の解決、危機、その場の解決と、これの繰り返しだったような。

たとえばチベットではジョーとポリーが廃坑でトーテンコフの手下によってダイナマイトの部屋に閉じ込められるシーンがあります。どうやって脱出するのかとドキドキして画面を観てたら、一緒に廃坑にはいって別行動を取ってた人物が爆発間際に都合よく入ってきて、鍵のかかっていたドアを簡単に開けてしまいます。

実はこのスカイキャプテンというヒーロー、ヒーロー的な外見は崩さないものの、この他にもトーテンコフの島で窮地に陥ったところを、いきなり現れたデックスに助けられたり、敵女ロボット戦士にやられる寸前に、乱入してきたポリーがロボット戦士を殴り飛ばすことで助けられたりと、自力で窮地を脱するような場面がが意外なほど少ないんですよね。
映画全体を通して、カーチスP40と敵飛行物体との空中戦があったり、ビジュアル的には結構派手に動いてるんですが、その割には観終わった印象は意外なほど希薄で、そういう印象はヒーローが自力であまり活躍しない、こういう有り方からきてる部分も結構あるんじゃないかと思いました。

そしてラスト。トーテンコフの島の光景は、おそらくキングコング辺りへのオマージュになってるんだろうと思いますが、視覚的には楽しませてくれるものの、最後の部分にしては分量的に少なく、トーテンコフの目的、秘密は、明らかになるタイミングが来たらこれもまた伏線も無しに一挙に明らかになります。ただトーテンコフの正体はちょっとだけ意外でしたけど。

☆ ☆ ☆

「スカイキャプテン」の物語は、「レイダース」のようなあまり頭を使わなくても楽しめる上質の冒険活劇物語が、頭を使わないで楽しめるようなものにするために物凄く頭を使ってるんだというのがあらためて良く分かるような物語とでもいうか、そんな感じの物語でした。

ただ、ほとんど伏線を張ってないと書いたんだけど、ポリーが新聞記者としていつも携えてるカメラのエピソードにはかなり執拗に伏線を張ってます。
ダイナマイトの部屋から脱出する際に予備のフィルムを失ってしまい、残ってるのはカメラのなかのフィルム2枚だけ。この2枚で何を撮るかというエピソードなんですが、温存していた2枚のうち1枚はトーテンコフの島で転んだ拍子に地面を撮ってしまい、後残り1枚になってしまう。トーテンコフの島という驚異に満ちた世界で、新聞記者であるポリーは次にもっととんでもないものを目にするかもしれないと思うと、なかなかシャッターが切れない。
最後にはポリーはシャッターを押してあるものを撮るんですが、この最後の1枚でポリーが何を撮ったのかというのがこの映画のエンディングになっていて、この終わり方は結構洒落てました。
冒険ものなのに一本道で思いのほか淡々と進む物語も、この最後の洒落た終わり方でそれまでの印象がちょっと底上げされるかもしれません。

☆ ☆ ☆

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ジョーの方は見た目抜群の美男子、でもスーパーヒーローのような嫌味なほどの完璧さは持ち合わせてない等身大のヒーローのようなタイプ。ポリーの方は好奇心で動き回り、ジョーに対する愛情はないこともないんだけど、場合によっては見つけた手がかりをジョーから隠してちゃっかり自分のものだけにしておくような打算的な面もかなりある根っからの新聞記者。
ジョーとポリーの人物描写は、こういうタイプのキャラクターの典型でそれほど複雑にはしてありませんでした。最もこういう冒険活劇に複雑な人物描写などどちらかというと不似合いなこともあるので、これはこれで構わなかったと思います。

ただ、アンジェリーナ・ジョリーの扱いが極めて不可解なんですよね。この映画。
アンジェリーナ・ジョリー演じるフランキーの出てくる部分は移動偵察基地の部分だけで、そのあとに続くトーテンコフの島というクライマックスの場所に潜入する前に、フランキーはさっさと離脱して移動偵察基地に戻ってしまいます。戻ってから以降は意味のある形ではもう画面にも登場しない。
それほど複雑にしていない人間関係でも、ジョーとポリーとフランキーの間に、過去に三角関係があったことも物語の中で語られて、単純なキャラクター造形の中で唯一陰影にとんだ部分なのに、フランキーがあっさりと退場してしまうので、その部分も中途半端に放置されたままになってます。

なによりもアイパッチをした女性指揮官という、獣のように獰猛な印象のアンジェリーナ・ジョリー似合いの役柄で、物語の中で一番キャラクターが立っていてかっこよかったのに、ほとんど端役扱い。これは本当に勿体無かったという感じでした。
グウィネス・パルトロウの代わりに新聞記者役だったとしたら、これはちょっとイメージに合わないような感じなので、この映画の中だとやっぱり軍人の役になるんだけど、トーテンコフの島からラストのシーンまでジョーとポリーに同行し一緒に冒険しても全然不都合がなかったのにと思うのはわたしだけではないと思います。

☆ ☆ ☆

物語的にはこういうものなんですが、画面に登場するレトロフューチャー的なガジェットは、やはり観ていて単純に面白いものがあります。冒頭のメトロポリス風ニューヨークに現れる、昔のブリキのおもちゃのロボットを超巨大化したようなデザインの巨大ロボットや、移動偵察基地、水空両用戦闘機「マンタ」、それぞれ特異なデザイン、特異な動きで観る楽しみを味わわせてくれます。
わたしが結構気に入ったのは天才技師デックスが発明した光線銃で、見た目はどこをどう見ても完全に昔の子供のおもちゃ風、その外見でしかも煙草の輪のようなレーザービームをポコポコ発射する仕様はレトロフューチャーのエッセンスが詰まってるような感じでなかなか良かったです。

☆ ☆ ☆




Sky Captain and the World of Tomorrow - Trailer


ANGELINA JOLIE - SKY CAPTAIN-CAPT.FRANKY COOK

アンジェリーナ・ジョリーのインタビューです。インタビュー自体は英語なんですが、映画のシーンや撮影風景がいくつか見られます。


原題 Sky Captain and the World of Tomorrow
監督 ケリー・コンラン (Kerry Conran)
公開 2004年




【洋画】 バタフライ・エフェクト

バタフライ・エフェクトと云うのは、カオス理論を説明する時に使われる表現。
映画の冒頭でも、「小さな蝶の羽ばたきが、地球の裏側で台風を起こすこともある」と出るように、小さな出来事の積み重ねが波及していって未来に大きな影響を与えるという、未来に対する予測不可能性を説明するものです。
わたしはタイムマシンもののように矛盾が積み重なっていくややこしい映画だと思って、かなり身構えて観たんですが、全然そんなことはなかったです。
過去に戻って、過去を変化させることで現在の状況を修復するといった話なんですが、そのたびに以前とは全く違う世界が再構成されるという、「並行世界」がテーマになっていて、話そのものはタイムマシンのように因果関係が崩壊するような内容でもなく、とてもすっきりとしています。この辺は混乱しないように進めていった脚本も上手かったんだと思います。

監督はエリック・ブレス(Eric Bress)と、J・マッキー・グルーバー(J. Mackye Gruber)の2人組み。調べてみると「FINAL DESTINATION 2/デッド・コースター」の監督でした。

前半はスリラーのように、後半は時間移動をテーマにしたSFのように進みますが、実はこの映画、全体としては濃厚な恋愛映画です。

☆ ☆ ☆

エヴァン(アシュトン・カッチャー)は幼い頃から一時的に記憶を無くする特徴があった。父親も同様の症状で病院に入ったきりになっている。エヴァンも父親同様に治療を受けていて、その担当の医者から治療の一環として日記をつけるように云われ、毎日日記をつけていた。
トミー(ウィリアム・リー・スコット)とその妹ケイリー(エイミー・スマート),レニー(エルデン・ヘンソン)はエヴァンの幼馴染でいつも一緒に遊んでいた。
エヴァンの記憶はこの時途切れてはいるが、3人はいたずらで大事故を起こしてしまい、この辺りから、彼らの関係は微妙に変化し始める。
トミーは妹のケイリーとエヴァンが親密になるのが我慢できなくなって、根っからのサディスティックな性癖を露にし、エヴァンの愛犬を袋詰めにして焼き殺すという暴挙に出た。
これからの成り行きを心配した母親は転居することを決意し、エヴァンは兄の暴力に怯えるケイリーに「必ず迎えに戻る」とメモを示して町を去っていった。

やがて時がたち、すでに記憶が途切れる症状は出なくなっていたエヴァンは、幼い時の記憶の欠落について研究する大学生となっていた。
そんなある日、エヴァンは偶然の成り行きから自分が子供の時につけていた日記を読んでみることになる。記憶の欠落した部分の記述に差し掛かった時、エヴァンの身と周囲に変化が起きて、次の瞬間には記憶が途切れていた幼い頃の時間に立ち戻っている自分を発見した。
記憶が途切れていた間の一部を体験し、その事で尋ねたいことがあってエヴァンは幼馴染のケイリーに会いに行くが、エヴァンの記憶が途切れていた間の出来事がトラウマになっていたケイリーは、そのトラウマだった出来事を思い出してしまい、自殺してしまう。

自分が過去に記したノートを読むことで過去に戻れること知ったエヴァンは、自分の行動でケイリーを死なせてしまった事を修復するために、再び過去の、記憶を失っていた地点に戻る決意をする。

☆ ☆ ☆

大体このくらいまでが映画の前半です。

前半の謎めいた雰囲気がかなり良い感じなんですよね。まるでミステリのようなタッチ。
エヴァンが記憶を失っていた出来事は大きく3箇所あるんですが、いったいそこで何が起こって、何がこの3人の関係に影響を与えたのか、前半の部分では全く明らかにされません。何か重大なことが起こったんだろうと想像させるだけで、エヴァンの記憶の欠落部分は闇の中に身を沈めたままの状態で物語りは進みます。この辺りの、不穏な雰囲気を醸し出すことだけに徹している演出が結構良い感じです。

観客は説明もされないエヴァンの記憶の欠落を共有することになって、やがて後半でエヴァンが自分の記憶の欠落について考えることや、恐れや好奇心を持って、闇に沈んだ記憶のベールを次第に剥いでいく過程にも同調し、謎が暴かれていくワクワク感も共有していくことになります。

エヴァンが自らの記憶が欠落してる時間の真っ只中に戻って、何かを以前とは違う状態にした結果、現在の世界がそれまでとは全く異なった世界となって現れてくる後半の展開も面白かったです。
ケイリーと同棲して幸せに暮らしてるが、暴力的な兄のちょっかいに反撃して殺してしまい、刑務所に入れられる世界とか、ケイリーが娼婦にまで身を落としてしまってる世界とか、いたずらで起こる大事故を未然に防ごうとして自ら四肢を失ってしまう世界とか、過去を修復しては戻ってくるエヴァンの前にそういう現実が様々に変化して立ち現れてきます。
あらゆるものが変化するので、確固とした存在はエヴァンだけで、エヴァンの周囲の全世界が不安定に溶解してしまったような奇妙な感覚さえも覚えました。こういう不安定な感覚は、並行世界をここまで徹底して描写したからで、他の映画ではなかなか味わえないかもしれません。

☆ ☆ ☆

エヴァンの行動の動機は幼馴染のケイリーに対する愛情で、ケイリーが幸せになるまでエヴァンは過去改変を繰り返そうとします。でも、どの過去に戻って修復して帰ってきても、思うような結果にならない。
欠落した記憶の時間に戻って、そこで生じていた、幼馴染の3人の関係を決定的に変化させた事実を知っても、ケイリーが幸せになれる方向へ道が延びている本当の分岐点がなかなか見つからない。

このエヴァンのケイリーに対する無条件で盲目的な愛情に共感するかどうかで、この試行錯誤の受け取り方がかなり変わってくるかも知れませんね。
だってエヴァンは個人的な事情でケイリー以外の他人の人生も変化させてるわけですから。全く関係のない他人からみれば、エヴァンの行為ははた迷惑極まりないものにしかすぎません。

わたしは一応エヴァンの一途な愛情として観てたんですが、それでも、刑務所の中でエヴァンを助けるカルロス、この人に関しては何だかとても気の毒でした。
彼の物語ははエヴァンが刑務所から過去にダイヴする間、襲い掛かってくる囚人をせき止めているところで終わり。そこから過去に飛んで戻ってきた世界ではエヴァンはすでに刑務所の中にいる囚人ではなくて、カルロスはエヴァンに手を貸した挙句、そのあと全然登場しなくなります。ひょっとしたら新しい世界ではカルロスは存在さえしてないのかもしれない。
わたしはカルロスの行く末が物凄く気になりました。エヴァンを助ける凄く気さくで良い人だったのに。

エヴァンは試行錯誤を続けても本当の分岐点が見つけられず、ケイリーを幸せにするために、結局最後に非常に思い切った決断をするんですが、これが宣伝にあった「映画史上最も切ないハッピーエンド」に当る結末になります。
この宣伝文句、あながち大袈裟な嘘でもなくて、結末のつけ方としては、結構意表をついてはいるものの、これしかないだろうと思わせる、余情のある終わり方でした。わたしはこの結末の切ないハッピーエンドはうまい着地の仕方だったと思います。
映画の最中エヴァンの行為を身勝手と思いながら半ば醒めた目で観ていたとしても、このラストでぐっと来る人は多いんじゃないかと思います。

こういう過去を変えていくような物語をわたしは無条件で面白いと思うほうです。
完全な過去を持ってる人物など世界中のどこを捜してもいないわけで、誰もがやり直したいと思ってる過去の一つや二つは必ず持っている。でも過去を変えるなんて絶対に不可能。こういう物語はその実現不可能な願望を仮想的に充たしてくれる可能性があるから、惹かれるんでしょうね。

☆ ☆ ☆

脚本はまるでパズル・ピースをはめ込んでいくような複雑な仕様になっているのに、整理が上手くてほとんど混乱しない仕上がりになっていました。わたしにはこのシナリオは本当に良く出来ているように思えます。
ノートを読むだけで過去に戻れるとか、その辺の設定は簡単にして、あまりSF寄りにしなかったのも純正の恋愛映画として成立させるための適切な判断でした。
ただタイムマシンものほど目立つ形ではないにしても、いくつか説明しきれない部分もあって、たとえばエヴァンが過去を変化させて現在に戻ってきても、エヴァンだけはいつも記憶を研究する大学生なんですよね。他の人間は環境から人格からまるで変わってしまうのに。これ、都合良すぎますよね。

☆ ☆ ☆

登場した俳優はわたしにはあまり馴染みの無い人ばかりでした。主役のアシュトン・カッチャーはコメディもこなす人らしいんですが、この映画のシリアスな状態を観てると、コメディが似合う人とは到底思えなくなります。
エヴァンの幼馴染3人は、本当に奮闘してました。エヴァンの行為で人格まで変わってしまうキャラクターを演じ分けなければならなかったのだから、これは相当苦労しただろうと思います。特にレニー役のエルデン・ヘンソン。幼い頃のレニーは若干肥満児。大人になってからのレニーはエヴァンの行為で変化する世界によっては若干スマートになっていたりして、体形まで変化させる事を強いられたんじゃないかと思われます。でも俳優ってよくもまぁ自在に体重を加減できるものだと思いますね。

ケイリーの父親役でロリコンの変態親父を演じてたのが、エリック・ストルツ。意外といえば意外なんだけど、この人は変な役で出てるのを他でも観てるし、こういう役をやることに楽しみを覚えるタイプなのかもしれない。でもアメリカでロリコンってあまりついて欲しくないイメージだと思うんだけどなぁ。

脇役なんだけどエヴァンのルームメイトのサンパー(イーサン・サプリー)がなかなか味があってよかったです。巨漢のパンク野郎、でぶっちょなのになぜかもてまくって、いつもベッド・インしてるような、でも見かけの異様さにもかかわらずエヴァン思いの良い奴。主役級の三人よりも印象に残るかもしれません。

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The Butterfly Effect Trailer



原題 The Butterfly Effect
監督 エリック・ブレス(Eric Bress)、J・マッキー・グルーバー(J. Mackye Gruber)
公開 2003年




【洋画】 ニューヨーク1997

1981年公開の映画です。だからタイトルにある「1997」というのは公開当時から見て近未来の話ということなんですが、今や完全に過去を示す年号となってしまってます。
癖のある俳優というか、妙に豪華な俳優が出てる映画でもあります。わたしにとっては特に、ドナルド・プレザンス。「大脱走」の偽造屋で、ジェームス・ガーナーに助けられながらドイツ軍から逃げる役が印象に残ってる俳優です。さらにB級映画の帝王とも云うべき人でもあって、胡散臭いホラー映画なんかでよく顔を見るけれど、思いのほか堅実な印象の俳優でした。この映画では大統領役です。

☆ ☆ ☆

1997年の近未来、犯罪者の増加に頭を悩ましたアメリカは、マンハッタン島全域を監獄にして、そこに犯罪者を放り込んで隔離するという方針をとっていた。マンハッタン島の周囲は高い壁で覆われ、島から壁に向かう道路には爆薬が仕掛けてあって、一度この監獄に放り込まれれば逃げ出すのは不可能。壁の内部は犯罪者による治外法権の場所となっていた。

そういう状態の島に大統領の乗る専用機が墜落、大統領は命は取り留めたものの、このマンハッタン監獄に一人放り出されることになる。
マンハッタン監獄を牛耳る犯罪者デューク(アイザック・ヘイズ)は墜落した大統領を捕まえ、その捕まえた大統領を使って、監獄からの解放を要求してきた。
サミット終了までに大統領を救い出さなければならないため、特殊部隊司令官のボブ・ホーク(リー・ヴァン・クリーフ)は昔の同僚で今は犯罪者になってしまってるスネーク・プリスキン(カート・ラッセル)を呼び寄せ、今までの罪を帳消しにすることを条件に大統領救出の任務を与えた。
スネークは感染防止薬の注射と偽られて首に爆薬を埋め込まれ、サミット終了というタイムリミットまでに任務をやり遂げられなければ埋め込まれた爆薬が爆発するという条件で、たった一人、犯罪者の巣窟となってしまったマンハッタン島にグライダーで降り立つことになる。爆発までのタイムリミットは22時間。

島に降り立ったスネークは島を流してる運転手キャビー(アーネスト・ボーグナイン)と知り合い、そのままでは近くにも寄れないデュークに近づくために、キャビーの勧めで、デュークの傍にいることを許されてるブレイン(ハリー・ディーン・スタントン)に会いにいくことになる。

ブレイン経由でデュークの元に近づいて、大統領を発見。スネークは大統領を救出しようとするがデューク側に発覚して、囚われることになってしまう。そしてその後、捕まったスネークはリングに上げさせられて大男とのデスマッチを強要される。

デスマッチに勝利したスネークは大統領救出にも成功して、キャビー、ブレイン、その情婦マギー(エイドリアン・バーボー)とともに島を脱出しようとグライダーの直陸地点のビルの屋上に向かったものの、島の犯罪者集団によってグライダーはビルから落とされて、使い物にならなくなった。

島からの脱出ルートは爆薬だらけの道路を通って壁まで辿り着く以外には無くなってしまい、爆薬の地図を持ってるブレインを頼りにキャビーの車で壁に向かおうとするが、背後からはデュークが迫ってきていた。

☆ ☆ ☆

この映画は設定がいいんですよね。
高い壁で周囲を囲まれ、脱出不可能になってるマンハッタン島監獄だとか、マンハッタン島内部で跳梁跋扈する異形と化した犯罪者だとか、首に埋め込まれて22時間後に爆発する爆薬だとか、多勢の犯罪者対たった一人のアウトローとか、もう、いろんなものを含みこんでるようなわくわくする設定。「遊星からの物体X」も設定が上手かったし、カーペンター監督というのはそのままの状態でもこういう「物語」をいっぱい含んでるような設定で映画を撮ることが結構気にいってるのかなとも思ったりします。

それで、脚本家はこの含みの多い設定を注意深く観察して、その設定が内に持ってる「物語」を引き出せばいいだけだったんだけど、実はこの映画、この段階であまりうまく物語を引き出せていないような感じです。この魅力的な設定なのに、内容は非常にあっけない展開で終始します。

☆ ☆ ☆

ボブ・ホーク率いる強襲部隊がまず最初にマンハッタン監獄に侵入して、大統領救出を試みるんですが、そのボブ・ホークの前に現れるデュークのメッセンジャーのパンク野郎がこれまたいかれてて、切断した指をボブ・ホークらに見せ「30秒で戻らないと大統領は死ぬ」としか云わない。何の交渉も受け付けずにカウントダウンを始めるだけという相手をまえにして、ボブ・ホークの強襲部隊は引き下がる他がない。
このパンク野郎がでてくることで、観てる側はマンハッタン監獄の中の犯罪者連中のいかれ具合を予想してわくわくしてきます。どんな凶悪なやつがこれから目の前に立ち塞がってくるんだろうって。

その後、部隊で行動を起こすのは不可能と判断して、一匹狼のスネーク登場に繋がっていくんだけど、きな臭い雰囲気一杯に登場してくるスネークがたった一人で夜の中をグライダーで飛び、マンハッタン監獄に潜入した辺りは物語がどう展開していくのか固唾を呑んで画面を注視してるものの、潜入後のスネークの取る行動は何時までたっても意外とアクションすること無しに場面を移動してるだけだし、出来事も何だか希薄でなだらかに続いていくだけという感じになってくる。

たとえば、スネークがブレインに初面会するシーン。会って初めて、スネークはブレインが知り合いで、昔裏切られた人間だったことに気づきます。そういう関係だった相手だから、ひと悶着ありそうな展開なのに、昔の恨みでごたごたしそうな雰囲気だったのに、銃で脅すスネークに対してブレインは協力するのをあっさりと承諾。以後そんな確執があったとは思えないくらい一緒に協力して行動することになります。
あっさり仲間になるもんだから昔いざこざがあった人間と一緒に行動してるという違和感の描写もなく、結局それはハリー・ディーン・スタントンなんていう良い俳優を使ってながら、ブレインの人間の描写の弱さにも繋がって、あまり印象に残らないような結果になってます。

マンハッタン監獄のいかれた犯罪者も最初のパンク野郎が出てきただけで、それより凄いいかれ具合のやつなんていくら待ってもその後ちっとも出てきません。

ラストシーンの爆薬を仕掛けられた道路を車で疾走していくクライマックスも、どんなチェイス・シーンがあるかと思えば、かなり離れた位置でデュークが一人で追ってくるだけ。
手下を山のように従えて、普段は近づくことも出来ないマンハッタン島監獄のボスが、クライマックスの追跡にたった一人で繰り出してくるなんて、絵的にも寂しすぎます。

いささか古くなってしまった映画というのを割り引いても、きちんと耳を済ませていれば豊かな物語を勝手に語りだすような設定なのに、そこからうまく物語を引き出せなかった映画という印象はやはり残りました。

☆ ☆ ☆

アウトローっていうのはいつの時代でもアンチ・ヒーローみたいにかっこよく感じます。全てのしがらみ、束縛から自由な存在、なりたくても現実には絶対になれないからよけいにかっこいいんですよね。
この映画のカート・ラッセルはまさにそのアンチ・ヒーローであるアウトローそのものでした。アイ・パッチをしてる風貌からしてもうそのままアウトローを絵で書いたような感じ。
でも、なんだか演出が弱くて、スネークのアウトローぶりはかなりカート・ラッセルの存在感に頼ってたような感じがしました。

自分のこと以外は頭にないという非情ぶりも、救出した大統領に最後に問いかける言葉やカセット・テープを引きちぎった件の、妙に人情味を出したエピソードでぶれてしまった感じでした。
非情に見せながらも人間的な部分も垣間見せるというキャラクターも有りだとは思うんだけど、この映画の場合は最後だけ急に良い人になったみたいで、どうも居心地が悪い。
あと、これは演出の弱さになるのかどうか、スネークは頻繁に腕の時計を確かめるんですよね。
爆薬が爆発するまでの自分の命の時間を確かめてるのは十分に理解しながらも、残り時間気にしすぎて神経質な印象の方が勝ってしまい、スネークの屹立したアウトローぶりとはあまり上手く溶け合ってなかったような感じでした。
カート・ラッセルの存在感で見せてるけど、演出のぶれも含めて、人物造形は意外と浅い印象です。

それと、悪役デュークのキャラクターも浅かった。監獄内部のうわさでは極悪非道のようなイメージを持たせる感じだったのに、大統領を壁に立たせて銃で威嚇射撃をして遊ぶくらいで特に非道な行為もなく、悪役のキャラクターが薄いのはこういう映画ではちょっと致命的な感じでした。

リー・ヴァン・クリーフがキャラクター造形ではよく出来てた感じだったかな。「夕陽のガンマン」なんかに出てくる悪役俳優なんですが、スネークの首に爆薬を埋めるようなことを何のためらいもなくやってしまう反面、元部下のスネークを信頼してる部分も確かに併せ持っているような人物。この映画では一番キャラが立ってた人物かもしれません。

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ニューヨーク1997 (ユニバーサル・ザ・ベスト2008年第4弾)ニューヨーク1997 (ユニバーサル・ザ・ベスト2008年第4弾)
(2008/08/07)
カート・ラッセルリー・ヴァン・クリーフ

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Escape From New York Original 1981 Trailer


原題 John Carpenter's Escape from New York
監督 ジョン・カーペンター
公開 1881年


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