空が落ちてきそうだった日

影絵
影の領土
2015 / 04 / CONTAX T3 + Carl Zeiss Sonnar T* 35mm f2.8 / Kodak Tri-X の自家現像





群れ
群れ成すものたち
2015 / 04 / CONTAX T3 + Carl Zeiss Sonnar T* 35mm f2.8 / Kodak Tri-X の自家現像



幾分暑さは和らいできたのかな。30度を越してるのは変わりないけど、えらいもので37度なんていうのを暫く体験してたら、30度越えてるくらいではあまり動じなくなって来てます。暑くてもいいけど、こういう辟易する一歩手前くらいの暑さで収まっていて欲しい。でもまた嫌がらせのように、あと何度かは酷暑になるんだろうなぁ。
暑かった期間、体感では軽く37度を越えてそうな日に木津川にカメラ持って出かけた時なんか、駅から木津川の堤防についた時点でもう駄目だと思ったし、この日は堤防についただけでまた陽射しをよける影のほとんどない道を駅まで戻ったんだけど、汗が止まらなくてどうしようかと思いました。軽く熱中症の前段階くらいまでいってたのかもしれなかったです。堤防から先に進まなかったのはもう一つ訳があって、川縁に降りていく石段の途中から草木の茂みが覆いかぶさってその中に踏み入れないといけない感じになってたから、なにしろ太ももから下は無防備に露出させてたから、これであの茂みに踏み入れたら、真夏で勢いづいてるどんな変なものが噛み付いたりしに来るか分からないと思うと、とてもじゃないけど降りていく気にはなりませんでした。

夏の間カメラ持って歩いていて困ることの一つは、些細なことだけどストラップが汗まみれになること。普段持ち歩いてるのがフィルムカメラなので、革のストラップでかっこつけてるんだけど、汗でめちゃくちゃになってきそうです。とくに安い値段で気軽に使ってるものは下手すると色落ちして着てるものを汚したりもするし。
ということで今年は初動から物凄い気温の夏となってることもあって、革のストラップの使用を一旦停止しました。代わりに濡れても問題なさそうな、普通の今流通してるストラップから選んで使ってます。
ストラップに5000円だとか一万円だとか払う人の気が知れず、そんな資金があるなら写りに関連するような機材の類に費やしたいと思うほうなので、値段は1000円台でも高く、1000円以下、襷がけできる長さがあって、目立たない細みのものという条件で探してみたら、この条件では無理だろうと思ってたのに、探せばあるもので一種類だけだけど見つけました。
長さ150センチ、本体の幅2.5センチの紺色に白の水玉模様のもので、800円くらい。今のナイロンテープを使った定番の形のストラップなので、別のカメラに付け替えるとか長さ調節さえも革のストラップのように簡単にはできないから、汗をかく時期に持ち出すつもりのカメラの数だけ購入してつけっぱなしにしてます。
これは夏以外に使って特に不都合があるわけでもないから、秋になってからでもそのまま使い続けてもいいかなぁ。
なんか重たいカメラには幅の広いストラップとか当たり前のように区別して売ってるけど、ハッセルとかペンタックス67とか、軽く2kgを越えてるようなカメラでも純正のストラップはかなり細身、この水玉のストラップよりもはるかに細いものが用意されていて、使ってみても首の骨がずれそうなんていう感じは一切ないから、幅の広いストラップなんて使う必要ないです。

水玉ストラップ

ちなみに、こういうの。
つけてるカメラはプラレンズのホルガに35mmフィルムが使えるようになるホルダーを装着したもので、ホルダーは最近話題にしてるヴィレッジ・ヴァンガードのアウトレットで7割引で購入(ちなみにプラレンズ・ホルガ本体とセットのものが、今はどうか知らないけど、まだ一つ売り場に残ってました)。これはこのところ暑いさなかに持って出かけてるカメラの一つです。
ストラップはホルガについてたストラップの金具を使って繋いでます。ホルガ付属のストラップはかっこいいかっこ悪い以前にぼんやりした印象しか与えない代物で、逆にかっこ悪いものよりも使う気にならないから、金具だけ取りました。
ホルガのストラップをつける部分は裏蓋の止め具兼用で、そのままだと持ち運んでる最中に金具ごとすっぽ抜ける可能性があるということなので、本体へビニールテープを巻いて固定してます。でもそんなに外れやすい金具のようには見えないんだけどなぁ。

☆ ☆ ☆

今回の写真は三枚とも京都の街中で撮影。
上の二枚はこの前の夜行列車の写真と同じコンタックスT3に入れていたフィルムに収めていた写真です。
最初のはなんだか切り絵みたいになってるけど、これ、フォトショップで加工したわけじゃなく、フィルムの段階でこういう写り方になってました。大体撮ってる時も日の当たる場所と影のコントラストがきつい場所で、そういうのを撮ろうと思ってシャッター切ったんだけど、もう少し柔らかい感じを想定してました。
おそらく撮影時の露出を日向に合わせすぎたのかなと思ってるんだけど、どうなのかなぁ。ディテールが簡略化されずぎてるようで、そんなにこういうふうに写したいとも思わないんだけど、もう一度こんな画面を撮ろうと思っても無理かもしれない。

加工といえばこれは少しトリミングして、わずかにセピア色を乗せるのに加工したくらいかな。それもラップするように単純に色を乗せてるだけなので、色のニュアンスは均一であまり面白くもない。
モノクロに色を乗せるというのはやっぱり独特の色気みたいなのが出てくることがあるからやってみることは多いです。ただセピア系はノスタルジックな方向へと傾きすぎるからあまり極端にセピア色って言うのは乗せたくないけど。他は意外とブルーとかグリーンが乗ってるモノクロもかっこいいんですよね。アナログ的に印画紙に焼き付ける段階でああいう色を載せるのはできるのかどうか、フィルムは使うけど暗室が必要な焼付けまではやったことがないのでわたしは知らないし、ああいうちょっと特殊な色はフィルムの化学反応的な過程しゃなくてひょっとしたら写真の行程とは別系列の、印刷の段階での加工の結果なのかなとも思うけど、ともあれ色つきのモノクロとしてはブルーとかグリーンは一見不自然に見えそうだけど、イメージとしては嫌いじゃないです。

あとトリミングは絶対に嫌って言う派の人と必要ならやるって云う派の人と二分しそうです。フィルムで撮ってる人は、たとえばハッセルのフレーム枠にはちょっとだけ切り欠いた部分があって、写真の周囲のその部分もみせることでトリミングしてないと暗に意思表示したりすることがあるんだけど、トリミングに抵抗感がある人が多そうな感じがします。
わたしもどちらかというとやりたくない派で、できるだけ撮った時の状態、判断を重視したいほうなんだけど、まぁそれは結果次第で、トリミングしたほうが面白くなりそうっていう場合はあまり躊躇いなくやるほうかも知れないです。
でも形は整うんだけど、トリミングをやりすぎると写真全体の勢いが失われると言うことは結構あるような気がします。あまり整ってないけど最初に撮った状態のほうが写真としては生き生きしてるとか。
こういう判断は難しいです。


空が落ちる
空が落ちてきそうだった日
2014 / 12 / Fuji Natura Classica + 28mm-56mm f2.8-5.4 / Ilford XP2 SUPER


何もわざわざナチュラ使ってこんな暗い写真撮らなくても。

夏の気分なんかどこ吹く風と云わんばかりの陰鬱な写真で今回は締めくくり。
次回はもうちょっと溌剌とした写真でいってみようかな。



☆ ☆ ☆





ストラップはこれ。150センチなんていう長さのものは意外とないので、色々と余裕をもって使える感じでした。でもこの一般的なストラップの形の、固定するやり方はやっぱり調節がしにくいし、他のカメラに付け替えようとした時はかなり面倒です。デジカメ使ってる人はあまり付け替えないのかな。
革のストラップはワンタッチで付け替えられたりして使い勝手がいいんだけど、上に書いたように汗に弱いし、おまけに高価。もともとブランドのロゴなんてどうでもいいほうなので、ストラップはこういうので十分かな。







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夜を行く + Harold Budd - Bismillahi 'Rrahman 'Rrahim + ヴォルフガング・ティルマンス展開催中。

夜行

2015 / 04 / CONTAX T3 + Carl Zeiss Sonnar T* 35mm f2.8 / Kodak Tri-X の自家現像






中庭
中庭
2014 / 01 / Olympus OM-1 + G.ZUIKO 50mm f1.4 / Kodak Tri-X



連日予報は37度、実際には39度くらいまで上がった日もあるようで、とてもじゃないけど昼日中、太陽が思い切り顔出してる時に歩き回るのは無理。一時間ほどが限度じゃないかなぁ。そのくらい炎天下で歩き回ってると頭のなかは「暑い暑い暑い暑い暑い」とたった一つの言葉で埋め尽くされてしまって「写したい何か」とか「かっこいい配置」とか、そういった言葉の入る余地が無くなってきます。
梅雨が明けてから暑い中歩き回るのに負担を減らそうと、ホルガだとかダイアナだとかもう軽い軽いプラスチックカメラを提げて歩いてるんだけど、この夏の暑さと云ったら、プラスチックで出来たカメラが、このまま提げてると熱で溶けてしまうとか、変形してしまうんじゃないかとか心配になってくるくらい酷い体感で迫ってきます。いくらトイカメラ、今のところヴィレッジヴァンガードのアウトレットで7割引の2000円程度で買えるとはいえ、溶けて変形してしまうのはやっぱり悲しい。7割引といえば同じヨドバシカメラのカメラ売り場ではホルガ、ダイアナ、両方とも定価で売ってるんだけど、同じものが2階下に行くだけでこんな値段で売ってるって気づいてる人多いのかなぁ。
まぁそれはともかく、37度なんていう、熱のある汗ばんだ病人に、合わさる肌は全部ぴったりと密着するかのように抱きつかれ絡みつかれて、熱っぽい息を首筋に延々と吹きかけられてるような暑さはとにかく耐えがたく、写真撮りに出かけても上に書いたように1時間も歩いてればもう写真とかどうでも良くなってきて退散って云うようなことを繰り返してます。これ以上遠くに行ったら帰りの行程で絶対に熱中症になって倒れると危機感を覚えさせるターニングポイントまでの距離もとても短くなってる。
でもいくら暑いといっても、こんな気分に持っていかれるのは今年の夏が始めてで、若干自分でも戸惑い気味だったりします。数年前夏の大阪港で暑い暑いといいながら暗くなるまで写真撮ったりしてたのに、一体どうしてしまったのかなぁ。
こういう気分の動きは自分でもちょっと気に食わない。
どうしてしまったのかと思い煩うより、まぁそんなこともあるわなぁと軽く受け流して、そのうちこの暑さも静まってくるだろうから、そうなればきちんと夏の写真も撮っていけるように持っていきたいな。


☆ ☆ ☆


本当は漢字二文字で「やぎょう」としたかったんだけど、漢字にしてみると、写真も電車の写真だし夜行列車の連想のほうが近い感じもあり、「夜行」ってあのハードボイルドの人がいかにかっこよく駅弁を食べるかで四苦八苦する漫画を思い浮かべたりするから、そういう連想から離れるために、漢字二文字をちょっと砕いてみました。でもこれもかっこいいかな。

フィルムカメラは大体どのカメラも夜の撮影は苦手なところがあります。ストリートスナップのように手持ちで行こうとすれば夕方薄暗くなってくる頃が限界なんじゃないかと思います。
だからあまり夜には撮らないんだけど、それでも験しに撮ってみることもあって、今回のもそんな気分で撮ってみたものです。思う形で撮れるのなら夜になってもシャッターを切ってみたい。
撮ってみると手持ちでも意外と撮れるというか、ぶれたりすることをあまり厭わなければ、結構大丈夫って云う認識に変わりつつあります。カラーのネガフィルムは光量が不足すると色が濁ったりまともに出なくなったりするけど、モノクロフィルムはそんな風に意図しない形で画像が破綻することも少なく、増感もしやすいし、夜を行くような時には結構使いやすいんじゃないかと思います。
と云っても街中で夜となれば、夜の光景を演出してるところとか繁華街以外では明かりも極端に少なくなって、撮りたいと思うところもそんなに云うほど多くはないんだけど。

最初のは近鉄の東寺駅。ゴダールの映画「アルファヴィル」の冒頭で夜の中の高架を走る電車が出てくるシーンが結構好きで、この近鉄の高架も自分の中ではゴダールの映画とちょっと重ねてみてるところがありました。

☆ ☆ ☆


Harold Budd - Bismillahi 'Rrahman 'Rrahim

ブライアン・イーノがプロデュースしたオブスキュア・レーベル全10枚の掉尾を飾ったレコード、ハロルド・バッドの「パビリオン・オブ・ドリームス」の一曲目。ハロルド・バッドが一般的に名前を知られることになる最初のレコードだったと思います。
環境音楽と言うか、ブライアン・イーノはこれに続いてアンビエント・シリーズに発展させて、アンビエントはそのままジャンルを形作ることになったから、その祖形としての位置づけになるレーベルでした。物凄く重要な、でもたった10枚で完結したシリーズで、ここからは他にもペンギン・カフェ・オーケストラとか、マイケル・ナイマンとか、面白いミュージシャンが多数出てきました。

静かで瞑想的で、イーノは環境の中に流れていても耳を引かない音楽って云うような言い方を後にしてたと思うけど、これはメロディアスで十分に耳をひきつけるんじゃないかと思います。そういう意味では聴きやすいし、オブスキュアのミュージシャンの中でも、のちにまたイーノと組んで、わたしはこれも大好きなんだけど「プラトウ オブ ミラー」なんていうレコードを出したりと、1レベル上くらいの知名度になったのも納得する感じ。

それとここでは何度も書いてるんだけど、オブスキュア・レーベルに使われていたジャケット写真が凄く印象的で、今でも大好きです。
なぜかCDになってから違うイメージの外装になってしまってるので、これは元のジャケットの写真に戻して10枚組のボックスセットにでもして欲しいです。レコードの時に10枚全部を聴いたわけじゃないので。






これ日本盤は出てないのかなぁ。探したけど見つからなかった。わたしが持ってるのもCDはこれで、このオリジナルじゃないジャケットのもの。このジャケットはつまらない。



☆ ☆ ☆


もう一つ、これは情報だけなんだけど、現在、大阪の国立国際美術館でヴォルフガング・ティルマンス展を開催中です。どうも今回のティルマンスのこの展覧会、巡回するんじゃなく、ここで一回きりで終了の展覧会のようです。ここの展覧会は京阪の駅に告知されるのが常なんだけど、なぜか今回の展覧会は始まるまで気がつかなかった。
90年頃のRaveシーンの若者たちのポートレートで注目された写真家だけど、わたしの場合は相変わらずポートレートはよく分からず、普通のスナップ的な感覚で撮ってる写真のセンスが凄い好きな写真家といった位置づけです。
期間は9月の23日までと言うことで、何だか目録が8月中旬の入荷ということらしく、ならば暑い時に動く気にはならないから、目録も入荷してるだろう9月にはいってから見に行こうと思ってます。
それにしてもこういう展覧会は京都ではあまりやらないというか、ルーブルがどうしたとか、それもまたいいんだけど、今の時代の活きの良い展覧会ももっともっと京都でやってくれないかな。





初期の3冊の写真集をコンパクトにしてセット化したボックス。
本の大きさは若干小さくなったとはいえ、しっかりした箱に3冊が収まってる様子はなかなか存在感があります。
のちにオリジナルのでかい写真集も見ることがあって、やっぱ大きいほうが良いなぁと思ったものの、このセットは印刷も紙質もいいし、おまけに安い。コンパクト版もそんなに捨てたものじゃないです。


街の肖像画#15 影二題 木陰を行く 影とソファ + Alain Delon - LAETITIA

夏の日差しの中で
木陰を行く
2014 / 08 / CONTAX T3 / FUJI SPERIA PREMIUM 400





ソファ
ソファ
2014 / 06 / FM3A / FUJI PRESTO 400 自家現像




影絡みの二枚の写真。両方とも去年撮ったもので、最初のなんかは今くらいの季節に出すと夏を先取りしてるように見えて実は周回遅れの夏のイメージだったりします。
最初のは俯瞰好きの血が騒いだのと、派手な影だぁと舞い上がって撮ったものなんだけど、冷静に見ると木の影の様子は全体的に煩雑になりすぎてるし、形もよくないなぁという感じに見えてきた写真でした。何だか全体にくどいし、これ見よがしにすぎる。
それとわたしは高所恐怖症で二階のベランダから表の通りを見下ろしただけでも足が竦むのに、なぜか写真撮る時は高いところに登ろうとするんですよね。俯瞰の絵は説明的になりすぎるところがあるのに、そう思ってるから地表に足をつけて撮ってる時は誰が説明などするものかと、そういうのは極力避けようとしてるのに、高いところがあればそこで撮りたくなてくるのはなぜなのか自分でもよく分からない。撮ってる時はまるで考慮の外にあるけど、後で思い返すとあまり怖いとも思ってないようだし。

写真は光で撮るものだから当然影も撮る対象となって、奇妙な影というのも食指が動きはするものの、どちらかというとそういうのよりも微妙にニュアンスのある影のほうがやっぱり撮ってみたい対象ではあります。

それにしてもまだ夏本番でもないのに、既に酷暑といってもいいくらいの暑さになって、なんだかちょっとカメラ持って出歩く気分が押され気味になってます。山科の坂道や長い疎水道を延々と歩き回って見飽きたところもあったり、歩き続けて今ちょっと足の調子がよくないことも関係してるのか、さて今日はどんな写真が撮れるだろうとワクワクする気分が顔を覗かせることはあっても、その顔は若干俯き気味って云う感じです。

足のほうは、酷ければ整形に行くしまぁそのうち調子は戻ってくると思う。暑さも体が馴染んでくればそれなりに気分の建て直しも出来ると思うので、後は見飽きてしまった撮影してる場所かな。この前も書いたと思うけど、見慣れすぎた場所というのはやっぱり刺激に乏しくなるのは確かで、見たこともないような場所へ行ってみるのは有効な手段になるはす。
でも特殊な被写体に依存しないという撮り方をしてると、見慣れない場所で見慣れた世界の写真を撮るなんていうアクロバットのような撮影になりそうです。


☆ ☆ ☆


Alain Delon - LAETITIA


ロベール・アンリコ監督の映画「冒険者たち」のフランソワ・ド・ルーベによる音楽。アラン・ドロンが歌ったこのバージョンが映画の中で流れたかどうか記憶にはないんだけど、口笛が奏でるこのテーマは凄い好きでした。特にラストシーンで廃墟になった海上のボワヤール要塞の空撮シーンで回転しながら遠ざかっていく要塞をバックに,、これはピアノ・バージョンだったけど、この曲が流れるのが印象的。
で、エンディングで流れるからこれがこの映画のメインテーマかというと、実はメインのテーマは別にあって、そっちは結構サスペンスフルな音楽となってます。途中から物語にギャングが絡んでくるからなんだと思うけど、今になってみるとこの映画の印象はギャングがらみの部分でもないから、こっちの曲のほうが映画の顔になってるんじゃないかと思います。

映画もフランス映画全盛の時の一本って云う感じかな。見果てぬ夢を追う男二人と女一人のかすかに恋愛感情が絡む友情のお話。友情の上に乗った危ういバランスの恋愛感情とそれぞれの夢の行き着く果てはあまりハッピーエンドでもないんだけど、涙腺崩壊する悲劇という閉め方じゃない、余情たっぷりのロマンチックな映画でした。
映像がやっぱりフランス映画という感じで、綺麗だったような記憶があります。
フランス映画のような撮り方の写真とか、おしゃれな写真が出来上がりそう。









【写真】私的京都駅ークリスマス +【音楽】クリスマス・キャロル Annie Lennox In The Bleak Midwinter

クリスマスランドのアリス


クリスマスツリーの写真だけど、肝心のツリーは大半がフレームの外。
京都駅の地下街ポルタの、ガラス天井から京都タワーを望める広場に設置してあります。
テーマが不思議の国のアリスということで、物語にちなんだキャラクターやアイテムがちりばめられたクリスマス・ツリーになってました。

京都駅は今、このツリーのほかにも大階段のふもとに巨大なのが立っていたりして、クリスマス・モード全開になってます。

フィルムが入っていた4台の写真機のうちコンタックスのを全部撮り終えて、早速久しぶりにフォトハウスKに持っていって現像。この写真は怪我で中断していたものを早く最後まで撮り終わろうとして撮っていたそのフィルムのなかの一枚でした。
他にはLC-Aに入れていたのもあれから残りを全部撮り終えて、これを書いてる時点では、ポパイカメラのほうでクロス現像を頼んでる最中。
腕が何とか動かせるようになってきたら、淀んでいた時間は急激に動き始めたようです。


CONTAX T3 +Sonnar F2.8 / 35mm

☆ ☆ ☆


クリスマス・キャロルですけど、いつか書いたように好きな歌を集めるという方針ではクリスマスの記事を毎年新しい歌で書き連ねていくのは、何しろ好きなクリスマスの歌なんて毎年増えるわけでもないので、かなり難しくなってきてるという状況は全く変らず。
かといって好きでもない歌を載せるのもつまらないし。

ということでここは開き直って、今までにピックアップした好きなクリスマス・キャロルのアレンジ違いのものを取り上げることにしようと方針転換してみました。

Annie Lennox In The Bleak Midwinter( I Den Kolde Vinter) 2010



ホルスト作曲の讃美歌で以前Gloucester Cathedral Choirのものやシゼルのものを取り上げたことがあります。どちらかというと聖歌隊が歌うような静かなのが雰囲気だと思ってたけど、今回のはとても力強くてソウルフル。でもこういうのも結構聴かせる雰囲気があったのが意外でした。歌ってるのは元ユーリズミックスのボーカリスト。
このPV見てたら雪景色の写真、撮ってみたくなる。去年というか今年初めの頃に雪が降る光景が撮りたくて宝が池に通っていたことを思い出しました。結局寒いだけで一度も雪なんか降らなかったけど。



Christmas Cornucopia (Digipak)Christmas Cornucopia (Digipak)
(2010/11/11)
Annie Lennox

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【写真】稲荷山熊鷹社付近 初めての自家現像。 +【音楽】Inuit Throat Singing

稲荷山熊鷹社への石段


この記事は腕を怪我する前に書いたものです。
もうちょっと何か書き足そうかなと思ってたんだけど、今年中にアップするつもりだったので、この辺りで表に出してみます。

☆ ☆ ☆

いつだったかさかのぼって調べるのも面倒だけど、おそらくもう2年ほど前くらいに、現像タンクとフィルムピッカーなるものを買って、モノクロフィルムを自分で現像してみると書いたことがありました。
書いてから暫くは、なんだか本当にやれるのかと半信半疑の状態に陥って放置状態だったんだけど、今年の夏頃から他に必要な道具を買い揃えていって、先日、これは記念として日にちを明記しておいたほうがいいかもしれないので日付つきでいうと10月の10日に初めて自分の手でモノクロフィルムを実際に現像してみました。

と書き始めたものの、これは現像の手順なんて微にいり細にいり書いたとしても、おそらく興味を持って読んでくれる人なんてほとんどいないだろうから、ごく簡単にやったことを列挙して済ませてしまいますけど、現像の手順は5つしかなくて、現像、停止、定着、水洗、水切りー乾燥と、これだけですんでしまいます。極端に言えば5種類の薬液を使う分だけビーカーに入れて、最初の3種類は経過に沿って現像タンクに入れ替えていくだけ。残りの水洗系統の2過程はタンクから取り出した現像完了のフィルムのリールを指定時間薬液につけるだけで処理できます。

やってみる前はややこしそうと思っていたけど、整理してみるとこれだけの過程で、溶かした後安定するまで一日ほど安静にさせておかなくてはならない現像液など、薬液の準備といった前段階の作業や、仕上がったフィルムの乾燥などの後処理の時間を省くと、現像タンクに薬液を入れて攪拌してるような要の工程は30分もかからずに終了してしまいます。
難しく考えて、失敗したらフィルムに写した画像そのものも得られないような結果に終わると思っていたのに、かなり適当な作業になってしまったんだけど、それでも画像を得るという段階はかなり無茶なことをやったとしても画像の質は問わないなら簡単にクリアできるようなレベルで心配する必要もなかった感じでした。やり方の上手い下手で斑が出来たりするというのも聞いていたけど、そういうこともわずかでも下手を打つと見舞われるというほどのこともなく、仕上がったフィルムをスキャンしてみると、初めてやってみた作業だったのにまるで現像むらになったところなんてないという結果で終了しました。

やってみた感じはまるで理科の実験のようだということ。フィルムを使った写真のウェット・プロセスはまさに化学反応の結果だし、薬液を入れたビーカーを使う順番に目の前に並べ、作業の経過にそってタンクに注ぎいれたり排出したりなんていうことを繰り返してるのは、実験のようだというよりも化学実験そのものの行為だったかもしれません。
そういう化学反応の果てに、現像タンクから取り出したフィルムに自分が撮った写真が浮かび上がっていたのを見た時は、これはやっぱりちょっとした驚きであって、ワクワクドキドキのなかなか楽しい体験でもありました。

とにかくどうなるか分からないけど一度実際にやってみないことには始まらないと思ってやってみた結果として振り返ってみると、現像の作業そのものは整理してみればシンプルなものだったけど、作業手順のスピードが思った以上に余裕がなかったということは完全に思惑違いでした。頭の中では何度もシミュレーションしてから始めてるのに、現像液をタンクに注ぎ込む開始の作業からして慎重に行き過ぎて20秒くらいかかって、最初の連続1分攪拌を残り40秒に短縮するのかそのまま1分強行で攪拌を静止させるまでの時間を1分20秒まで延長するかという判断を迫られたのを皮切りに、その後の25秒放置の後5秒攪拌というのを6分くらい続けるという過程の、こんなことでさえも考えていた以上に余裕がなかったことはやってみて始めて分かるようなことでした。
慌てなければ大丈夫と頭では分かっていても、実際には慌てます。
結局、予想外に早く進む秒数に押されてこの程度で次の段階に移ってもいいのか?作業量がたりないんじゃない?っていうのが重なり、時間通りに進まない気配濃厚なのにもうちょっとやっておいたほうがよさそうと、規定されてる配分をわずかに超過する部分も多くて、得られた画像の質は若干現像しすぎたんじゃないかというところがありました。ブログに載せてるのは若干フォトショップで明るさやコントラストを修正してます。
今オリンパスのOM-1に次に自分で現像するつもりの2本目のモノクロ・フィルム、コダックのトライXを入れて撮ってるんですけど、これを撮り終わったら次の現像はもうちょっと首尾よく出来るんじゃないかと思ってます。

ともあれこれでモノクロは印画紙に焼くという段階を除けば(なんだかこれが一番重要なプロセスだという気がしないでもないけど)、かなりの部分を自分で制御できる可能性を手に入れたし、なによりもランニングコストがかなり軽減されるという利点もあって、フィルムで写真を撮っていく上で助かる部分が多いです。
映画だってフィルムの質感にノックアウトされてるような人間だし、トイカメラから始まって、写真でも粒子による画像にそういうフィルムの質感好きの体質を覚醒させられた段階で、ランニングコストのことはある程度度外視はしてました。フィルム代をどうこう云うほどけち臭くないといったような意気込みでやってはいたんだけど、そういう考えはまた別として現像代などの外部に発注していた費用が軽減されるのは単純に歓迎するところがあります。


☆ ☆ ☆


一番最初の写真はこの前の記事で書いたように狐のお面に誘われたのがきっかけで大いにはまってしまって、今でも暇さえあれば写真機片手に足を運んでる伏見の稲荷大社で撮った写真。正確に言うと稲荷大社の背後にそびえる霊山稲荷山の、山巡りへ誘う鳥居のトンネルをくぐって行った先で、一番最初に稲荷山のいかにも異界らしい光景を目にする場所。この石段を上がったところに熊鷹社という社と新池、別名谺ケ池(こだまがいけ)という、神秘的な山中の池とお塚群があって、ここから稲荷山の本格的な山登り、異界巡りが始まります。
このところブログの中でもごちゃごちゃした混沌そのものというような写真が撮ってみたいなんて書いてますけど、そういう意図がわりと上手く出た写真じゃないかと、この自家現像フィルムの中では一番気に入った出来になっていた写真でした。
自家現像、失敗しなくて良かった。画像を得ることはかなり簡単にクリアするとは書いたけど、手酷い失敗をしたら、この写真、得られない可能性もあったところでした。でもそんな失敗してたらこの写真があったことも分からない結果になっていたから、痛恨の出来事扱いにもならなかったかもしれないけど。


奥社手前の森の中

初めての自家現像フィルムからさらに何枚か載せてみます。

これは熊鷹社のほうじゃなくて、千本鳥居への入り口の鳥居の脇の森の中においてあった像。まだ山に入るはるか手前くらいのところで稲荷大社の敷地内、本殿の裏側とでもいうような場所にありました。傍らに由来とか説明が書いてあったけど読んでないです。今度行ったら読んでこよう。
なにやら向こう側に開いてるような空虚な穴を掲げて見せてるような狐の像はここにしか見ないものでした。
空虚な穴を掲げてるというのがなんだかこの世界の論理からちょっとずれてしまってるようなところがあって面白いです。説明読んでたらまるで違うことが書いてあるのかもしれないけど、前に立った感想はそんなところでした。
シンメトリーな画像にしたかったけど、撮影に使っていたコンタックスT3はコンパクトカメラだから、どうしても近接の対象だとパララックスが発生するために、一応気を使ってはいたものの若干ずれてしまってます。これとかレンジファインダーの類は作者側の意図が届かない部分が持ち込めてそれが使う面白さではあるものの、真ん中に置きたいとか思うようなフレーミングにはあまり適切なファインダーじゃないです。

それと背景もこんなにぼかすつもりじゃなかったんだけどなぁ。
T3は、というかT3に限らずコンパクトカメラの多くはプログラム・オートで撮ると出来るところまで開放絞りで撮って、開放で撮れなくなってから絞り始めるという動きをするから、この暗い森の中だとおそらく絞りは開放に近くなっていたんだと思います。
絞り優先でも撮れるようになってるカメラだけど、こういう機能は開放好きの人が絞り開放で撮るために使いそうな機能というより、むしろオートだと開放で撮ってしまうような状況で絞り込みたい時に使う機能っていう感じがします。これも絞り優先でちょっと絞って撮ったほうが良かったかな。


千本鳥居01

伏見稲荷大社でおそらく一番有名な千本鳥居。伏見稲荷大社の写真は今も撮り続けてる最中なのでそのうちまとめてブログに載せるつもりでいます。なにしろ稲荷山もまだ中腹までで頂上まで登っておらず、見てないところが一杯あります。

土影



恥ずかしがり屋の看板人形



立ち上がる自転車

こっちは街中で撮っていた写真。街の形や色、この場合はモノクロだから陰影になるんだけど、そういうのをファインダーで切り取ってフィルムに採集していくような意図で撮ってる写真です。これは場所は河原町丸太町辺り。自転車置き場なのかこういうディスプレイなのかよく分からないけど、自転車が直立してました。
自転車はもう少し上にフレーミングしたほうが良かったかな。電灯の笠の位置でフレームを決めたんだけど、画面上部の暗闇の分量はちょっと多すぎて間延びしてる感じがします。



CONTAX T3 +Sonnar f2.8 / 35mm
Kodakのモノクロフィルム Tri-XをKodakの現像液D-76で自家現像


☆ ☆ ☆


Huun-Huur-TuのThroat singingの動画を探していて見つけたもの。初めて聴いてちょっと変わっていたので興味を惹かれました。

Tumivut - Inuit Throat Singing - The Competition Song


Inuitとあるからエスキモーの間で歌われてるもののよう。
ちょっと調べてみると、タイトルにもあるように競技的な、というか動画を見てもそんなに競い合ってる感じもしないから、ちょっとしたゲームのような歌のようです。
男たちが狩りに行ってる間に女たちがする娯楽。女性二人が向かい合って、歌の技を繰り出し、息が続かなくなったり歌が止まったり笑ったりしたほうが負けというようなゲームらしいです。
日本でいうにらめっこのようなものの歌バージョン?
とにかく笑ったら負けというから、ゲームは必ず笑顔で終わるんですね。
考えてみたら、にらめっことかも笑顔で必ず終わるし、敗者が絶対に笑って終わるというあり方は競い合うものとしてはかなりユニークなものなんじゃないかと思います。



Female Mongolian Throat Singer


こっちもThroat singingの動画を漁っていて見つけたもの。わたしはこういう歌はドスがきいてるし、男性が歌ってるという思い込みがあったので、女性の歌い手さんが歌ってるのはかなり新鮮でした。
モンゴルではこういうのが一般的な歌い方だったら、カラオケとかはかなりサイケデリックだろうなぁと妄想してみたり。
前にチベットの尼僧チョイン・ドルマの音楽を取り上げた時にも書いたけど、声明なんかにも通底してるこういう音楽は、アジアの人間だと感覚的には無条件で理解できます。