ごろりん猫と、どぎまぎ写真 + The Modern Jazz Quartet - I Should Care

まずは目の前に登場
まずはのっそりと目の前に登場。
ここでこの時メインで撮ってたカメラのフィルム終了で、もう一台持ち出していた別のカメラと慌てて交換する。

2013 / 05 / OLYMPUS μ ZOOM 140 / ILFORD XP2 SUPER



ごろごろ開始
こちらを向いて道端のコンクリートの窪んだところでごろりん開始。




我に返る
ひとしきりのごろりんが終わったら、やおら我にかえったように、じっとこちらを見つめ始める。何か期待されてる予感・・・

2013 / 05 / Konica Bigmini F / ILFORD XP2 SUPER

☆ ☆ ☆

よく拝見させてもらってるラサさんの写真ブログ、「彼岸にて。
日常の視線を丹念に拾い集めて、エッジの効いたスタイリッシュな写真へと繊細に組み上げていったり、また遠い地へと誘う旅行写真なども掲載されていたりと、色々と守備範囲の広い写真が楽しめるブログで、なおかつラサさんがフィルムの使い手なのも個人的には心強い。そのラサさんのブログで先日ごろごろする猫の写真がアップされて、これをみた時にそういえばわたしもごろごろする猫の写真を撮って、撮ってはみたもののここには出しそびれて、そのままになっていたなぁと思い出して、ちょっと便乗させてもらおうと思った。
ということで以前に撮ったフォルダから引っ張り出してきたのが今回の写真となる。

2013年の頃に中書島辺りで出会った猫。脇のアパートの影からのっそりと出てきて、目の前まで来てからごろりんし始めた。
わぁ、一体何が始まったんだと思いながら目を見張ってると、急に起き上がってじっとこちらを見つめ始める。今でこそある種の親愛の情だとか遊んでくれって云うようなサインらしいというのは薄々分かるけど、この時はまるでこの猫に何が起こってるのか見当もつかずに、暫く睨みあいして動くことも出来ないうちに、猫のほうから興味を失ったかのように視線をそらすと、またのっそりとどこかへ歩いていった。
こちらといえばまるで初対面の人を前にしてどうしていいのか分からずに立ち尽くしてしまったような状態だった。猫とか飼ったことがないから、向こうからアクションを起こされても事情がさっぱり分からなくて、猫相手に愛想笑いでもしてしまいそうなくらい緊張する。

☆ ☆ ☆

ゴロゴロ猫2





あぁ何だかつまらない
ごろりんしてみたけれど、何だかつまらない。

2014 / 02 / CANON AUTOBOY FXL / Lomography Colornegative 400

☆ ☆ ☆

こっちは伏見稲荷大社にいる猫。わたしは裏参道と呼んでるけど、どうも裏参道と云うのはわたしが思ってるここのことじゃないような気もする。まぁそれはともかく稲荷山へ登る鳥居の参道から分かれてる道で、住宅地の中を通って鳥居の参道とは別ルートで、伏見稲荷大社に繋がってる。住宅地の中にもかかわらず、伏見稲荷の管轄じゃない神社が鈴なりになってる面白い坂道で、ここには結構野良猫が住み着いていたりする。これを撮ってたのは2014年のことで、でもメンバーは変わってるかもしれないけど、今でも野良猫は結構眼にすることが出来るんじゃないかな。人を見てもみんな急いで逃げないくらいは人に慣れてる。
この頃気のすむまで写真撮ってからは撮影場所を変えてしまったから、それ以降稲荷大社へはほとんど行ってないけど、眼力社とかまた参拝しに行きたいな。でも久しぶりに眼力社のある稲荷山の中腹くらいまで登るのは結構大変そうだ。


☆ ☆ ☆


The Modern Jazz Quartet - I Should Care


Youtubeにあったのは、オーディオの性能を見せる動画のようだ。このレコードは録音の良さでも知られてるから、サンプルにはちょうど良かったのかな。
MJQはスーツ着てジャズを演奏してるイメージで、優等生的な感じがもう一つ馴染めず、このレコードしか聴いたことはない。
ただそのたった一枚聴いたレコードにお気に入りの演奏が収録されていた。
ミルト・ジャクソンには悪いけど、ヴァイブの演奏はあまり感覚にはヒットせずに、ただもうひたすらジョン・ルイスのピアノが好きな曲だ。
歩くくらいのテンポで体のリズムに寄り添って進むような曲に自在のタイム感を織り交ぜて、シングルトーンのキラキラしたピアノの音が輝きながら降りてくる。
中盤から始まるピアノのソロはスケールの中の音を適当に拾って手癖で弾いてるようなのとは大違いで、本当に良く歌う。歌心にあふれたフレーズを紡ぎだしてくる。



ヨーロピアン・コンサートというタイトルのレコードだった。わたしはこの曲が入ってるレコードばかり聴いてたから忘れてたけど、二枚組のレコードとなってる。
収録されてるもので、他には「I Remember Clifford」も良く聴いてた。まぁかなり似た演奏だったんだけど、ミディアムテンポでシングルトーンのピアノが歌う、こういう曲調の音楽が好きなのかも知れない。

ちなみに「I Should Care」はセロニアス・モンクのソロピアノにも独特のリリシズムに満ちた演奏があって、こっちも好きだ。



スポンサーサイト

伏見魔界行

高架下
高架下を抜けて
2013 / 05 / Konica BIG mini F + KONICA LENS 35mm f2.8 / ILFORD XP2 SUPER




閉ざされた商店
閉ざされた商店
2013 / 05 / Konica BIG mini F + KONICA LENS 35mm f2.8 / ILFORD XP2 SUPER





三つの面
御幣おたふく
2013 / 05 / Konica BIG mini F + KONICA LENS 35mm f2.8 / ILFORD XP2 SUPER





蔦に埋もれる
廃屋
2013 / 05 / Konica BIG mini F + KONICA LENS 35mm f2.8 / ILFORD XP2 SUPER


こんな写真を撮ったけど、どうでしょう?



で済ませれば理想的、なんて前回書いたけど、グダグダと文字を連ねなければ気がすまない性分なのでどうも落ち着かない。
ということでちょっとだけ文字を連ねます。
今回の写真は2013年に撮ったもの。それなりに古いです。どんな形で記事にしようかなと考えてたり、もっとここで写真撮るつもりで撮りたまってきたら記事にしようとか、色々と思惑があったんだけど、上手く纏める形を思いつかなかったり、河岸を変えたりしてるうちに記事にする気分もタイミングも逸してしまったようになった写真でした。それでも、異様に伸びた根っこの木とか何枚かは記事にはしたんだけど、後が続かなかった感じ。
撮影した場所は伏見です。でも伏見区はかなり大きいから、伏見です、なんて云ってもあまり意味を成さないとは思います。

伏見を魔界なんて言い切ってしまうと住んでる人に怒られそうだけど、ここで撮っていた写真を後で眺めたらどこか異界へと通じてる気配があったんですよね。今にも異界の扉が開きそうな写真も何枚か撮れてたし。伏見で撮った写真を放り込んでいたフォルダの名前はずばり「異界の伏見、中書島」なんてつけてました。

今はそんな視点ではあまり写真撮ってないかもしれない。平坦な日常のどこかに開く亀裂や非日常を見つけ出すと言うよりも、もう少し日常側にシフトした立ち位置で撮ることが多くなってるのかなと、撮り方はたった二年ほど前のことだけど結構変化してるような気がします。と言っても浮気性だから今はこういう視点で撮ってると明言できるほど固定化はしてないと思うんだけどね。
それにこれ、35mmレンズで撮ってる。最近なかなか馴染めないとか、やたらとぼやいてる画角の一つ。この頃は画角とかほとんど気にしなかった感じかなぁ。ビッグミニよく写って面白い!とか、そんな関心が主流で撮ってたような気がします。
この画角はどう撮るのが一番いいのかなんてあまり考える必要はないってことか?直感に任せてしまえばまた活路が見出せると言うことなのか?
とまぁまた考えてしまうんだけど、これはやっぱりわたしの癖なんだろうなぁ。

☆ ☆ ☆

先日ホルガを路上に落っことしてバラバラに散らばった様子、サブにもう一台カメラを持ってたんだから、バラバラに弾けとんだ様子を写真に撮っておけば良かった。散らばったパーツとフィルムを回収するのに必死で、写真撮ろうなんてまるで思いつかなかったけど、こういう時でも写真機を出すほど、頭の中を写真で埋め尽くすくらいでないと駄目だなぁって後になって思ってました。

目の前にあるのにシャッターが切れない対象に動物の骸なんかがあります。今年は二度路上で死んでる烏を見かけて、これは写真に撮ったんだけど、やっぱり凄い躊躇いがあるというか、珍しいから撮らないとと思う反面、結構な抵抗感もありました。宇治川の河川敷で見たものは躊躇いでかなりぶれて写ってたし。
川内倫子の写真で、鳩の骸とか撮ってるのがあったような記憶があるから、撮ると決めたなら余り抵抗感を持つ必要はないのかなとも思うんだけど、何しろフィルムで撮ったりすると、物理的な存在として手元に残ってしまうからなぁ。








伏見を散歩 + 大井路 - クーロンズ・ゲート

伏見異界化計画01
伏見 2013 / 05




伏見異界化計画02
伏見 2013 / 05



去年の初夏の頃に撮っていた写真から。
去年の春から初夏の頃まで、疎水沿いを歩いて南下しながら撮影していた時に、伏見の最南端辺りでカメラ持って歩き回って撮った写真です。
伏見稲荷大社での半年以上入り浸ってる撮影とか、オリンパスペンFに100mmレンズをつけて縦構図で撮るという枠組みを課して撮っていた去年の夏の撮影行よりも、時期的にはもっと前のことになります。なかなか記事にしなかったことに大した意味なんてないんだけど、この時に撮った写真では切粉の写真を一枚記事にしただけで、なぜか出しそびれてました。どういう写真家の影響を受けて撮ってるのかわりとよく分かりそうな感じがするので、そういうところで躊躇っていたのかも。

伏見と名がついていても写真を撮っていたのは竹田の子守唄で有名な竹田に隣接してる近鉄の伏見駅を降りたところから次の駅である丹波橋辺りで、伏見稲荷大社とはまるで違うところです。この辺り電車の駅名で云うと「伏見」という地名がついたものは近鉄の伏見駅、京阪の伏見桃山駅、それと伏見稲荷駅があるんだけど、みんな結構離れた位置にあって、伏見稲荷駅以外の伏見がつく駅にはここからだと伏見稲荷大社にはいけないので、伏見稲荷へ参拝に行くなら京阪の伏見稲荷の駅で降りてくださいと注意書きの貼り紙がしてあります。
京都市の区としては最大でもないらしいんだけど、同じ「伏見」というキーワードのある場所が離れたところに点在してるので、こんなところまでまだ伏見!と、一つのエリアとしては巨大な印象になってしまうところがあるように思います。

中書島の辺りまでいくと酒蔵だとか寺田屋とか屋形船の行きかう宇治川派流だとか、観光地っぽいところも出てくるけど、この撮り歩いていた場所は多少酒蔵がある程度でごく普通の住宅地。それでも画一的な新興住宅地のように、途方にくれるくらい同じものしかないような所でもなく、適度に時間が積み重なって、いろいろとくたびれつつあるのが特徴となってるような感じのところでした。
こういうところでは被写体を探し当てる注意力を試されてると思いながら、そのくたびれつつある街中を歩いてみると、ファインダーの中で何かが立ち現れてきそうな時もあって、その立ち現れてくるものを掴み損ねて、結果的に大した写真は撮れなかったと思う日でも、撮影はそれなりに楽しい時間だったように思います。




伏見異界化計画03
伏見 2013 / 05





伏見異界化地図
伏見 壁面の案内図 2013 / 05
朽ち果てた案内図なんていうのは、多分に呪術的なオブジェ。今の案内に役に立つかどうかも不明で、傷んだ表層の向こう側に垣間見える地図は遠くからかすかに聞こえる意味を成さない呟きのよう。


そこの同じ場所にわずかにぶれて存在している何かの気配、そういう気配を探し掬い取ろうとしてカメラを持って歩き回ってたような感じ。



伏見異界化計画04
伏見 2013 / 05




案内図の写真がコンタックスのTVS2、他はコニカのビッグミニFで撮ってます。フィルムは両方ともイルフォードのカラー現像できるモノクロフィルム、XP2。
ビッグミニはヴォルフガング・ティルマンスが使ってたカメラ、ティルマンスはビッグミニが故障した後修理できなくて、コンタックスT3に変えたそうで、わたしもT3持ってるから、壊れてはいないんだけどビッグミニのほうはあまり使う機会がなくなってしまいました。
あくまでコンパクトカメラというカテゴリー内での話だと、ビッグミニFは質感も豊かに極めてよく写るカメラの部類に入るんじゃないかと思います。銘は刻んでないけど、小さくてもレンズはヘキサノンだと思うし。
使い勝手はこの頃のコンパクトカメラに良くある、フラッシュの設定が電源切るたびにリセットされて面倒というようなタイプのカメラです。でもそういう使い勝手の悪さがある一方で、近接撮影には自動的に切り替わりファインダー横のランプで知らせてくれるとか、妙に使いやすいところもあったりします。
カメラの作りはあまりよくないという印象かな。裏蓋から延びるフレキシブルケーブルが裏蓋の開閉で疲弊して切れてしまうというのが持病で、今となってはこのトラブルに見舞われた場合は修理が出来ません。細部の作りも甘く、わたしのものはフレキこそ断線してはいないものの、シャッターボタンの上に被せてあった部品が知らない間に取れてどこかに行ってしまったりしてます。みるとシャッターの真ん中に一滴ほど接着剤を垂らしただけでくっつけていたようでした。またレンズも収納時に蓋がかぶさるような仕組みでもなく、フィルター兼用のガラスが常時覆ってるだけ。これも傷がついたらフィルターを交換するように取り替えることが出来ません。
でも作りは甘いんだけど、何か凄い絵を撮ってくれそうと思わせるところがあるので、持ってると楽しいカメラではあります。
今年の冬は久しぶりにフィルム入れてみようかな。





☆ ☆ ☆



大井路 - クーロンズ・ゲート

音楽だけ抜き出したものがなく、ゲーム内の大井路エリアの観光ツアー動画のようなのしか見当たらなかった。

クーロンズゲートのサウンドトラックのCDはつい最近17年ぶりに復刻されたそうで、たまたまこのゲームのことを思い出したのは凄くいいタイミングだったような気がします。
初代プレーステーションで出たカルトゲーム。PSが世に出る前に、この新世代のゲーム機ではこんなソフトが予定されてますって言う意味合いのプロモーション動画が入ったVHSのテープがあって、その中に目玉として紹介されていたゲームでした。そのプロモーションではPSを牽引していくような大掛かりなゲームという印象の紹介をしていたけど、発売延期を繰り返してようやく遊べるようになってみると、これが一般的なユーザーのことなどまるで考慮してないと思えるほど特異なイメージに満ち溢れた世界を構築していて、話の内容もマニアック、当時の記憶だとPSを牽引して行くどころか、ついていけない人続出で、あっという間に得体の知れないカルトなゲームの地位に納まったんじゃなかったかと思います。あまり売れた様子でもなさそうだったし。
イメージ的には一言で云うと、ブレードランナーのアジアンゴシックバージョンといったものを、極端に奇怪で狂気じみた形として再構築したといった感じか。陰界にある九龍城砦が、風水の見立てが行われていないせいで陽界に現れてきたのを正すために、主人公の風水師が風水の乱れで邪気に覆われてしまった陰界の九龍城砦で四神獣の見立てを行うというのがこの物語のストーリーなんだけど、訳が分かるようで分からないお話であったことだけは確実でした。
わたしも含めてはまった人は、そんな物語よりもこの汚く、混沌として、見たこともないような世界の中を探検するのがとにかく面白かったんじゃないかと思います。このPVにも出てくる美脚屋なんて一体どんなところから発想したのか。清王朝を舞台にした過去編で出てくる、苦しみのなかで調和を取り戻すという目的で、その苦しみを得るために旅人が集う宿牢というのも異様な印象で今でも記憶に残ってます。

わたしが好きだったのは天堂劇場(ティントンシアター)のシーン。閉鎖され人がいなくなったために内部で邪気が充満してしまった廃墟の大劇場のなかを奥深くまで進んでいくところなんだけど、人がいない大劇場なんていうだけでも薄気味悪いのに、さらに廃墟の中をさまよってる不気味さを足した、恐怖感に満ちた雰囲気満載でここは本当に面白かった。
ただこのゲームのダンジョンは酷く酔います。わたしはこれやってる頃はまだ眩暈の持病なんて発動してなかったんだけど、こういう乗り物酔いに似た状態にはかなり弱かったのは今と同じで、このゲームの3Dダンジョンではほんの数分で気分が悪くなってました。天堂劇場のシーンも移動する時は目を細めてあまり動きが視界に入らないようにしながら、進めてたくらい。宥めすかしながら遊んでるとそのうち多少は慣れては来るんだけど、3D酔いする人はおそらく大半が途中放棄したんじゃないかと思います。これはこのゲーム最大の傷になってるかも。

音楽は物語の後半、大井路で流れるものです。この辺りの舞台が一番狂気に満ちていた記憶があります。鈴なのか音の正体は分からないけど、鈴っぽい音が歩くくらいのテンポで刻んでいくリズムが催眠的でかっこいい。
チョイン・ドルマの音楽も鈴のリズムが気に入ってたし、こういうのが基本的に好きなんだろうと思います。








九龍風水傳原聲音樂專輯~クーロンズ・ゲート オリジナルサウンドコレクション~(初回限定生産)九龍風水傳原聲音樂專輯~クーロンズ・ゲート オリジナルサウンドコレクション~(初回限定生産)
(2014/06/29)
ゲームサントラ

商品詳細を見る




クーロンズ・ゲートクーロンズ・ゲート
(1997/02/28)
PlayStation

商品詳細を見る









【写真】水の裏側 +【音楽】Bjork Like someone in love

藻


この前経過のレントゲンを撮った際、もう三角巾で腕を吊る必要はないということで約一ヶ月ぶりに首にかかる負担が取り除かれ、これが結構鬱陶しかったから、かなり開放された気分になりました。痛みが残ったままなので取った当初はかなり不安だったけど、それから一週間以上経過しても吊るのをやめたからさらに悪化したという様子もなくて、不安もそんなに大きくならずにすんでます。
腕を吊った初日、整形から帰る電車で一度席を譲ってもらえたのと、スーパーでレジの人に買ったものを袋に入れてもらえたのが不自由と引き換えに手にしたささやかな特典でした。
もう特典はなくなったけど、当然自由な腕のほうがありがたいです。

☆ ☆ ☆

ちょっと、今回のはタイトルがかっこいいんじゃないかと。なにやら意味深で、でもそのわりに意味不明で。

イメージとしては「一枚、皮膜の下になにかある」という感じ。感覚的には恐怖とまではいかないけど、どちらかというとホラーっぽい、気味の悪い感触に近いです。
淀んだ水の底で何かが蠢いてるって、怖いもの見たさで逆に視線が釘付けになったりします。

まぁこれらの写真が気味の悪い感覚を滲ませてるところまでいってるかというと、正直なところそこまでは行かないとは思うけど、こんなものは撮らないと選択しなかった決断の延長の果てにはこういう感覚があったんじゃないかと推測してます。自分のことを推測なんて変な感じかもしれないけど、撮った時の写すかやっぱりやめるかの判断なんて自分でもよく分からないです。

最初の水に淀んでる藻なんて綺麗な被写体でもないんだけど、綺麗なものだけが対象と限定する理由もないし、ホラー映画や恐怖譚の好きな感覚もわたしの感覚として、自分の感覚に沿うものはとりあえず撮ってみるのはいいんじゃないかと思ってます。
最初のこの写真、巨大な鉢に淀んでいた水でした。撮る時にちょっと考えたのは鉢を入れるかどうかということ、端っこに未練がましくちょっと入り込んでるのが逡巡を表してるようです。単に水面というのじゃなくて巨大な鉢に溜まってるという様子も要素としてはあったほうがいいような気が今でもしてます。
それと水草の位置がもう一つかなぁ。もう一度撮り直しにいってみたい。

真ん中のはタイトルをつけるなら水底でまどろむ魚の夢なんていう感じかも。ちなみに真ん中の写真にはちょっとした秘密があります。でも、その秘密はばらさない。


水底でまどろむ


亀と深遠





KONICA BIGMINI F + KONICA LENS F2.8/35mm
OLYMPUS PEN F +F.Zuiko Auto-S F1.8/38mm


☆ ☆ ☆


Bjork - Like someone in love


チェット・ベイカーが歌ったのが良く知られてる、ジャズのスタンダードナンバー。終盤にちょっとオーケストラが入ってくる以外、ほとんどハープだけをバックに歌われるこれもいいです。
破格の歌い方のように見えて、伝わってくる情感はかなりストレートに胸に迫ってくるようなところがあるのが不思議なところ。
知らない間に聞き惚れてたりします。
聴いてる人間を触発し、予想もしなかったような感情を引き出して、この人は歌手というよりもシャーマンみたいだと思ったことがあるんだけど、これにもすでにそんな特徴が表れてるような気がします。





Debut + Bonus TrackDebut + Bonus Track
(2007/09/11)
Bjork

商品詳細を見る





【写真】朽ち果てる動物たち +【音楽】Be Bop Deluxe - Adventures In A Yorkshire Landscape +Sister Seagull

動物の遊具01

朽ち果てていくものに対する止みがたい偏愛があって、道を歩いていても廃墟とまで規模の大きいものでなくても、何らかの理由で人が住まなくなった家、廃屋だとか、打ち捨てられたままになってる商売をやめてしまった店舗だとか、錆びて読めなくなった看板だとか、ちょっと注意してみて歩いてるとこういう所って意外と多かったりするんですが、そういうのがやけに目に留まって写真に撮りたくなってしまいます。
カーテンが閉まったままになってる埃だらけの窓の向こうにはどういう空間が広がってるんだろうとか、ある瞬間に時間が止まってしまって、その止まった時間が降り積もるままに朽ちて行ってるような様子を思い浮かべると、結構想像力が刺激されるるようなところがあります。まるでそこだけ連続性が途絶え異物のような空間が開いてる感じ、歪んだ空間が目の前にあるような感覚に好奇心がざわめいて止まないです。

もっともこういう感覚は特に珍しいものでもなくて、少し前のことだけどグーグルのマップで島ごと廃墟となった軍艦島の内部を散策できるようにしたら、かなり話題になったりしていたし、廃墟の写真集も結構でてるしで、割とオーソドックスなものだったりします。

最近こういう廃墟とかやたらと目がいってその延長で写真を撮ったりしてるから、空間が歪んでいるような崩壊感覚を持っていないものは、当たり前すぎてどうも視線を引かないというか、繊細な状態に気づきにくくなって、その結果なんだか手元には折り重なる廃材とか、何でこんなものを撮ったのという疑問で視線を留めそうな小汚い写真ばかりが増えてきてる始末。本当はもっとかっこいい写真が撮りたいのに、なんてちょっとした迷いの中にいる時が多くなってきてます。
廃墟を嗜好する感覚は上に書いた軍艦島ツアー人気なんかでみるように特に目新しい感覚でもないし、写真となると不法侵入などまるで気にすることなく、とてもそこまで入り込めないと思うところまで廃墟の奥深くへ入り込んで撮ってる人も結構いるから、何もわたしも参入する必要はあまりない気もします。
だからスタイリッシュでクールな写真を撮るには、ここは小汚い廃墟などひとまず無視してもうちょっと別のものを撮るようにしたほうが良いのかなぁと考えてみたりする機会も多いです。でもそんな風に考えながらも、崩壊しかけて蔦に埋もれてるような建物を見るとやっぱり惹かれて気がつけば立ち止まってカメラを持ち上げようとしてます。


動物の遊具02


動物の遊具03


写真は廃屋じゃないけど、写真を撮りたくなった感覚の根っこは同じものだと思います。生き物をかたどったものがこういう風に風化していくと独特の毒気というか妖気がが出てくるところがあって、ただ廃墟的なものだとあまり感じ取れない特徴を追加するように見えます。こういう独特の怪しさは人型のものが一番強烈に出てくるだろうと思うので、人形なんかでこういう状態になってるものを見てみたいと思うんだけど、フォトジェニックに朽ち果てていく途上にあるマネキンといったようなものはこういった動物のものよりもかなり難易度が高そうで、未だに目にしたこともありません。

まずこういうのがあるとしたら公園なんだけど、この朽ち果てる動物を撮ったのは公園じゃなくて団地の中でした。
京都の某所にある集合団地。一乗寺や詩仙堂の辺りへ写真撮りに行った時、叡電の窓越しに奇妙な動物のオブジェが点在してる場所が目に入ってきて、ちょっと足を伸ばしてみた場所でした。行ってみた団地は若干古びてあまり人気がないのが気分を落ち着かなくさせるような場所で、これはまぁ時間帯にもよるんだと思うけど、わたしが行った時はとにかく静まり返って人通りもほとんどないところでした。
奇妙だったのはこの動物の遊具が団地エリアにある小さな公園だけではなくて、団地の建築物のなかというか、建物の内にある共有スペースっぽいところにも並べられていたこと。遊具がかもし出す若干の場違い感が団地の共有スペースを妙な方向に性格づけているようでした。
それとこういう遊具って少ない制作会社で作ってると思うし、どこに行っても似たようなのが設置されてると思うんだけど、ここで見た動物の遊具は他ではあまり見たことがない類のものでした。こういうのも注意を引く奇妙さとなっていて印象的だったかな。

ここの団地そのものはオーソドックスなイメージというよりも、休憩広場のようなスペースの壁にありえないような不気味な壁画が描かれていたりしてどこか常軌を逸してるような雰囲気もあり、それに加えて勝手に他人の家に上がりこんでるような状態を続けているうちになんだか気分的に浮き足立ってくるというか落ち着かなくなってきたことも重なって、撮ろうと思ってたものだけ撮ったらそのあとはもう急かされるように即座に退散。住んでる人には悪いけど変な雰囲気がある団地だったしあまり長居する場所でもなさそうでした。

写真はキリンのが目をひくと思うけどなんだか意図が丸分かりでちょっとあざとい感じがするかなぁ。撮った本人としては地面の模様の浮き出し具合とか全体の色合いとかで鳩の遊具の写真のほうが気に入ってます。
ちなみにキリンのはこの前のフジフィルムの展覧会に出そうかと思っていた写真の一枚だったんだけど、絆がどうのこうのといってる展覧会に一点黒っぽい濁った影を落としそうだったから結局出すのをやめてしまった写真でもあります。


しかしそれにしても子供たち、これに跨って楽しいのか?



KONICA BIG MINI F +KONICA LENS 2.8/35


☆ ☆ ☆


Be Bop Deluxe - Adventures In A Yorkshire Landscape


これ、ジャケットがメトロポリスのシーンを使っていてかっこよかったから、大昔にジャケ買いしたレコードでした。中身はジャケットと全然関係なかったので、勝手な思い込みだったけど裏切られた感が強く、結局あまり聴かなかった記憶があります。でもこの曲と下の曲はギターがよく歌っていて結構気に入ってました。ちなみにジャケットにこういうSF映画のシーンを使ったのはリーダーのビル・ネルソンが単純にSF映画が好きだったというだけのことだったらしいです。
音楽は若干プログレが混じったブリティッシュ・ロック、ポップといった印象のもので、70年代中期の頃といえばパンクロックの時代だったからこういう音楽をやってるのは時代遅れかユニークか、当時の印象はおそらく極端に別れていたんじゃないかと思います。実際に活動期間はものすごく短かったようだし。
グループの名前もなんだか中途半端。わたしはビバップというと条件反射的にジャズを想定するんですけど、こういう面でもちょっと思惑が外れたような思いをした記憶があります。ビバップっていう言葉はジャズ以外にわたしの知らない別のイメージでもついてるのかな。ビバップ・ハイスクールなんていうのも、ジャズバンドを目指す高校の音楽部の話でもなんでもないし、未だにタイトルに対する違和感があります。

この曲はとにかくギターが聴かせます。ビル・ネルソンはギタリスト列伝なんかにはちっとも出てこないギタリストだけど、かなり凄腕なんじゃないかと思います。

Be-Bop Deluxe - Sister Seagull


この曲もプログレっぽいブリティッシュ・ポップという感じで、やっぱりギターがよく歌っていて気持ち良いです。個人的な印象ではどことなくジミ・ヘンのイメージが重なるところがあるんだけど、どうなんだろう。
今のギターの展開する音空間じゃなくて70年代頃のギター・ロックを髣髴とさせる演奏が新鮮に聞こえるし、クラプトンとかジミー・ペイジだとこんな感じには弾かなかったというのは割りとはっきりと印象に残るので、やっぱりもうちょっと評価されてもいいバンド、ギタリストなんじゃないかと思います。




Live! in the Air AgeLive! in the Air Age
(2004/09/06)
Be Bop Deluxe

商品詳細を見る