【写真】大川から淀川河川敷公園へ 完結。 +【音楽】流離の歌 PIERO PICCIONI  Arizona Dreaming

柴島浄水場


未だに腕の痛みは取れ切れないままの状態が続いてます。先週整形で痛みが残ったままの状態で経過のレントゲンを撮りました。
結果は一応割れた骨はくっつき始めてるものの、仮止めのような感じで、治るまで2~3ヶ月かかるかもしれないということでした。
状態が激変する時期は過ぎたので、もう毎週通院する必要はないということになったけど、治りきるにはまだ遠い状態なので、次回は一ヵ月後にまた経過のレントゲンを撮るということになりました。
この記事の文章量程度でも、試しに休み休み書いてみたけど、タイプしたあとに痛みが纏わりつくように残って、やっぱりちょっときつい。

でも動かす角度とかで痛みが取れてる部分も増えてきてるから、徐々によくなってきてはいるんですけどね。


☆ ☆ ☆



桜ノ宮から大川を遡って行き着いた果ての淀川毛馬河川敷の続き。まだ寒い早春から桜の季節にかけて歩いていた行程の、随分と長く続けたけどこれが最後の写真となります。
まぁ、何か書くといってももうあまり書くこともないというか、淀川河川敷の印象となると、ただひたすら広いということくらいしか頭に思い浮かばないような場所でもあるから、タイピングが苦痛になってる今、書くことがあまりないというのは、載せるとしてはいいタイミングなのかもしれません。
ということで、後数点写真を披露して今年中にこの話題を完結させてしまいます。

淀川の土手の向こうへ降り立つのに心理的な障壁が立ち上がってなかなか実行できなかったのは以前に書きました。その障壁を突破した後は河川敷の公園に立ち入ることができるようになったんだけど、桜ノ宮からここまでダークゾーンや拘置所にエネルギーを吸い取られながら歩いてくるわけで、河川敷に到着した時点で気分の半ばはすでに疲弊してしまってるような状態でした。
桜ノ宮からここまでの距離が無駄に長すぎる。
それで、この淀川の毛馬地区の河川敷にもうちょっと近い駅はないものかと探して、見つけたのが阪急の柴島という駅でした。桜ノ宮とは川を挟んで反対側にある駅だけど、地図で見るとほとんど淀川の川縁近くにあるように見えます。ちなみにこの駅名、柴島と書いてくにじまと読みます。この駅を見つけてからはここまで来るのに阪急を利用することとなりました。
ただ、この駅、桜ノ宮よりは近いんだけど、淀川の向こう岸まで歩いて渡るのがまた大変で、川を渡って向こう岸の、桜ノ宮から遡って着く辺りまで行くのに、結構な気力と体力を消費してしまうような行程となっていました。

気分の疲弊度は思ったほど軽減されなかったです。

☆ ☆ ☆

最初の写真は柴島の駅から淀川目指して歩いてる時に遭遇した柴島浄水場。
背の高いフェンスの向こうにあった廃屋風の施設。場内は見学できるようになってるみたいだったけど、ここはそのコースからも外れてるようでした。
フェンスに遮られて近づけなかったので、隙間にレンズの鏡胴を突っ込んで撮影です。
ホラー映画にでも出てきそうな、いい朽ち果て具合。


遠い橋

柴島側から淀川の土手に上がって。要するに向こう岸が桜ノ宮からたどり着いた川縁になります。
この橋、人が通るための橋じゃないです。なにやら巨大な配管状のものが束になって通ってる様子。


練習風景

向かい側に渡って、桜ノ宮側の河川敷。楽器の練習をしてる女の子の二人づれがいました。ギターとフルートの組み合わせで、音はよく聴こえなかったです。
こういうところで楽器鳴らすのは気持ちいいと思います。

テニスコート



浮島


川岸の木


地上絵

グーグルマップで見てみると、まるでナスカの地上絵のように見えていて、これはなんだろうと思ってたのが、実際にも本当に地表に模様が敷き詰められていました。


☆ ☆ ☆


ここからさらに淀川を遡ってみようかと、ここまでやってきては暫く歩いてみる日が続いたけど、さすがに八幡の橋脚があった辺りまで歩こうというのは非常識で、歩く距離に対してやっぱり被写体が少なすぎるし、あそこにあるものはなんだろうと思ってもそこまで行くのにいちいちかなり歩いていかなければならないというような広さだったから、そのうち歩くのが億劫になってきました。運動施設が併置してある場所だから、結局は野球場やサッカーコートが入れ替わり立ち代りで並んでる印象ばかりが強くなってきたのも、代わり映えしない印象に拍車をかけていたかも。
結局桜ノ宮高校が見える辺りまでうろついて再び桜ノ宮駅に帰ったのが結果的に淀川毛馬地区へ写真を撮りに行った最後となって、わずかに日を置いて桜を撮りに帝国ホテル辺りにやってきたのを締めくくりとして、この一連の大川踏破行は終焉を迎えることとなりました。

でも振り返ってみれば、豪華で洒落た桜並木の遊歩道から掘っ立て小屋のアンダーワールド、さらに一気に視界が広がる河川敷に浄水場の幽霊屋敷と、視覚的には結構波乱万丈の体験でそれなりに面白い場所だったと思います。大体面白くなければこんなに通ったりしないし。
雨に霞む光景を撮りたいという欲望から始まって、広さの中に感覚が霞んでいくような終わり方になったのは予想外だったけど、色々と傾向の違う写真を撮ろうと思い続けて歩き回っていたのも、楽しい体験だったと思います。



消失
彼方へ





OLYMPUS μ ZOOM 105 DELUXE



☆ ☆ ☆



PIERO PICCIONI -"Arizona Dreaming"


イタリアン・ラウンジの代表的な作曲家、ピエロ・ピッチオーニの曲。ピッチオーニの曲にはオルガンを使ったジャズとかサンバとかボッサとか、洒落たのが一杯あるんだけど、これはマカロニ・ウェスタン「IL GUISTIZIERE DI DIO」という映画につけられたサントラから。イタリアもののラウンジ系の音楽は映画のサントラが多いです。しかも映画のほうは見たこともないようなのばかり。
ところで、アリゾナとドリームといえば「アリゾナ・ドリーム」というクストリッツァ監督、ジョニー・デップ出演の映画がありました。これもほぼ同じタイトルということで、アリゾナとドリームというのは慣用句的にくっついてる何かがあるのかな。

本当にシンプルで小粒だけど西部劇的な情緒にあふれた曲。なんだか自分でも口笛が吹いてみたくなってきそう。
流離の歌っぽくて、広い河川敷をカメラ持って歩き続けていた記事にあってるかもしれません。









サルタナに逢ったらお前の死を祈れサルタナに逢ったらお前の死を祈れ
(2009/08/26)
ピエロ・ピッチオーニ

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【写真】大川から淀川河川敷公園へ +【音楽】Pere Ubu Breath

毛馬地区河川敷01

大川の写真の続きです。ここへ写真撮りに行ってたのは冬の終わりから桜の季節まで、ちょうど桜の写真を撮った頃にここで写真撮るのも終了したという感じだったんですけど、10月になった今もまだこんな風に書いてるとは予想もしなかったです。そういえば大阪ガーデンシティで撮っていた写真も放置したまま、忘れてしまったというわけでもないんだけど、こっちもそろそろ記録しておかないと、一体いつの話?なんていう事態になってしまいそう。

ということでとりあえず大川の話をそろそろ完結させようかなと。
大川での撮影行は得体の知れない掘っ立て小屋地域を抜けた先へと進んでいきます。

大川ダークサイド


右岸で言えば掘っ立て小屋のやばそうな空間の先にあったただやたらと広いだけの空虚な公園、左岸のほうだと大阪拘置所の脇を通り過ぎて程なく大川が淀川と結びついている水門のある場所に出てきます。遠くに巨大な水門を構えた大きな船だまりのようになって、実際に何艘か船も停泊してるような場所。わたしは下流から上ってきたのでここが終着地点という印象だったけど、実際はこの分岐点である毛馬水門が大川の始点となる場所でした。
大川の両岸はこの水門を前にして両側に大きく開いていき、本流である淀川の高い土手に沿って走る道路へと変貌していきます。
大川は淀川から分岐している川なんだけど、調べてみると旧淀川と、こちらが本当の淀川なんだよとでも言いたげなことが書いてあるし、それならばこの分岐の土手の向こう側に広がっていた巨大な川は、ひょっとして人工的に作られた川なのか?と、門外漢にはちょっと分からないことだらけの領域になってきます。
基本的には淀川は元をたどっていけば琵琶湖から大阪湾に流れ込む巨大な水流で、はるか昔から氾濫などに対応する工事が積み重ねられて今の形になったようなことが書いてあるから、大川の分岐以降の淀川が完全に人口で作られたものだということはないにしても、大川が単に淀川と呼ばれていた時、この今本流となった淀川がどう呼ばれていたのかとか、やっぱりよく分からないところが残るようです。
まぁよく分からないことだらけなんだけど、淀川を今の形にするために様々な人が関わった歴史は川の氾濫などを織り込んでちょっとしたスペクタクル絵巻のようなものになりそうだから、だれか波乱万丈の歴史映画にでもしてみないのかなと、そんなことを思いました。

淀川の歴史はともかく、この終着地点にやってきてから、実は目の前にある土手を越えるのに何回か訪問の回数を重ねてます。ここまではくるんだけど、桜ノ宮駅からここへたどり着くまでの行程で空虚な公園やきな臭い掘っ立て小屋、禍々しい拘置所なんかにエネルギーを吸い取られてしまったような感じになるというか、距離的にはとんでもなく遠いというほどでもないけど、天満橋から毛馬の水門までの行程のほぼ半分を占める退屈な行程を歩き続けたせいというのか、ようやく終着地点にたどり着いたということだけで気分が完結してしまうようなところがありました。

これからが大川を離れて新しい世界への出発の地点なんだけど、桜ノ宮からはるばる歩いてここにやってきた時点で今更新しい世界の探索を始めるような気分はかなり失われてしまって、とにかく最初の何回かは終末世界のような空虚な空間の写真を撮りながらここまではたどり着くんだけど、毛馬の水門を前にして今日はもう帰ろうって言う気分になってばかりいました。進む気がうせてそこから桜ノ宮の駅まで再び帰る、その戻る行程に費やすエネルギーもなんかあまり残っていないような状態になっていた感じでした。


毛馬水門旧遺跡


毛馬水門旧遺跡2



その淀川の土手を越えるきっかけになったのが右岸側の道路が大川の川縁を離れて少し行ったところにあった、旧第一閘門の遺跡でした。現在は使われなくなった機構をそのまま保存してる場所で、写真で見ると煉瓦作りで機械仕掛けの廃墟でもありそうな雰囲気だったので、これはちょっと見てみたいと思ってました。
水門の前までやってくるたびに電池切れになってしまったような気分になるのが続いてたんだけど、何回目かにやってきた時、多少残った電池を使って、ここまで足を伸ばしてみました。
昔の遺跡を管理保存してるというからもっと博物館風の雰囲気でもあるのかと思えば、トラックなんかが情緒もなしに走ってる右岸からの道路の真横に、そのまま放置されてるような状態で残されてました。
これはちょっと吃驚。勝手に入っても良いのかなと思うくらい、柵らしいものもないし周囲にも誰もいない。大切なものが保存されてるという雰囲気もまるでなし。
そういう水門の遺跡に踏み込んで、おそらく船が進入してくる水路だったと思われる、今はもちろん水もない煉瓦作りの水路の底部を歩いてると、まるで誰もいないことも相まって、時間が止まってしまった世界に足を踏み入れたような不思議な感じがしてました。
たとえるならゲームの「ミスト」の世界に紛れ込んだような感触。はるか昔に作られたけどもう作った者たちはどこにもいなくて残された機械が意味さえも推測できないような動きを誰もいない世界で続けてるような場所。
そういえば「ミスト」PC版のを何作か買ったけど、前のPCがDVDを読み込めなかったので、DVDが読めるような状態にしてからと思ったまま放置してます。今年買って今目の前で動いてるPCはDVDはもちろん読めるからあの昔買った「ミスト」の遊んでないのを遊べるんだけど、今のOSで動くのかなぁ。こんなこと書いてたらなんだかまたあのミストの世界に迷い込みたくなってきた。

話を戻すともちろんそういう静謐な時間が止まったような世界の中にたって写真撮ろうとしました。でも構造的には複雑に入り組んでるわけでもなく、凹字型で直進する水路があるだけの場所といっても良いようなところ、水門を開閉する機械もあったけどもう一つ上手くフレームに収めきれなくて、フレームで切り取るのにかなり迷ってしまいほとんど撮れなかったです。全体を写してしまうと遺構の説明写真にしかなりそうになかったし、この場所の時間の外にあるような雰囲気も上手く取り込めなさそうでした。
今思うと、ミスト的な世界であったなら、ミストに出てきそうな絵柄として撮ってみたらよかったんじゃないかなと、こういうことはいつも後になってから頭に浮かんでくるんだけど、そんな風に思いました。


毛馬地区河川敷04


右岸から淀川の土手沿いへと延びるほとんど車道となったところから脇にそれ、入り込んだ水門の遺跡の元水路を通って、水門の機構の辺りにある上へ上る階段を上がっていくと、そこは土手の頂上近くへとたどり着くようになっていました。
ここで、水門の前まで来ては気力が尽きて引き返していた状態を脱して、目の前の壁のようになって土手がさえぎっていた向こうの様子を始めてみることとなります。

土手の上に上って淀川河川敷を見渡した時に最初に思ったのは、とにかく広い!っていうことでした。見渡す限り遮るものがない空間の元で巨大な川がゆったりと流れていってる。目に付く構築物は毛馬の閘門の機構以外だと、はるか対岸で小さくなってるビル群と淀川を横断するJRや阪急などの各種の長い架け橋くらいしかないような開けた世界。
それまで大川沿いを歩いていて、特に狭苦しいとも思わなかったのに、その上にさらに解き放たれたような気分が上乗せされるくらい、広さで迫ってくる場所に立つこととなりました。

目の前の広大な世界に圧倒されたのはそれはそれでいいんだけど、とにかく目の前にあるものを写真に撮りたいと思ってカメラ持って出かけてるわけだから、この広々とした何もない世界を前にして写してみたいと思ったのはいわば当然のこと。でも何もない世界を写すってどうすればいいんだろうと、悩んでしまうのもまた当然のことでもありました。

もう一回くらい続いて、雨の日の霞む世界を撮りたいと思って始まった大川撮影行のお話は終了の予定!


毛馬地区河川敷03




毛馬地区河川敷05



Leotax F +Summitar F2 / 50mm
OLYMPUS μ ZOOM 105 DX



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Pere Ubu Breath


70年代後半に登場したポストパンクのロックバンド。グループ名はアルフレッド・ジャリの戯曲「ユビュ王」から持ってきてるものだけど、おそらくボーカルのデヴィッド・トーマスの見た目のイメージから来てるんだと思います。
わたしが最初に聴いたきっかけは、このシュルレアリストの作品を引用している得体の知れなさに興味を持ったからでした。
当時は動く状態を見たことがなくて、レコードのみの体験だったけど、こうやって動いてるところを見ると、デヴィッド・トーマスの存在感とパフォーマンスのバンドだったんだなぁと改めて認識した感じです。引きつったようなボーカルは、まぁレコードで聴けるにしても、この執拗で病的で異質感にあふれた動きはレコードでは分からない感触でした。
奇矯なパフォーマンスだけど、曲終了後の去り方は意外なほどかっこつけてスタイリッシュ。

音のほうはシンプルなガレージロックをもとにいろんな異種的な音楽を混ぜ込んで形を作っていく類のものだと思います。この曲はデヴィッド・トーマスが動いてるPVが欲しくて選んだもので、あまりアヴァンギャルドでもないんだけど、実際にレコードを聴いてみると、ペル・ウブの音楽はもっと破格で実験的なものが印象に残ります。そういう本領発揮のペル・ウブは次回の記事で写真に絡めて取り上げるつもりでいます。

Youtubeで探していて、最近のライブのものを見たら、デヴィッド・トーマス、爺さんになってるのは仕方ないにしても、あろうことか今ではやせてしまってるんですね。まぁ太り続けろっていうのも過酷な注文かもしれないけど、見た目はあまり「Pere Ubu」じゃなくなってました。




Modern DanceModern Dance
(1998/06/02)
Pere Ubu

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この曲が入ってるアルバムじゃないけど、一応持っていて気に入ってたので。
これがPere Ubuのデビューアルバムです。
LPの時のこの線画だけのジャケットは、いかにもラフで、あまりLPジャケットで使わなそうな絵柄でもあり、ひょっとしたら商業デザイナーの手を通してないんじゃないか、ガレージの一角で手工業的に作ったんじゃないかと思わせるところがあって、インディーズっぽさ満開で洒落てました。