【洋画】 マルコヴィッチの穴

まず、なぜみんながマルコヴィッチになりたがるのか、映画を観てる間も、観終わった後でもこれが理解できませんでした。
行列を作って順番待ちするほど、マルコヴィッチになることって楽しいの?どうせなれるならジョニー・デップとかのほうが遥かにいいと思うんだけど、アメリカ人は違うんでしょうか。

☆ ☆ ☆

ペットショップで働く妻ロッテ(キャメロン・ディアス)の稼ぎで生活している、人形使い師のクレイグ・シュワルツ(ジョン・キューザック)は、人形使いでは食えないので仕事を探すことになり、新聞広告で見つけた、あるビルの7階1/2のところにある事務所で仕事を得ることになった。
ある日クレイグは事務所の壁に小さな扉があるのを発見、その扉の向こうにあった穴に入って進んでみれば、その穴はなぜか俳優ジョン・マルコヴィッチの頭の中に通じていた。そしてその穴を潜ればマルコヴィッチの頭の中に入ることが出来て、15分間だけマルコヴィッチになれるということを知る。
やがて、同じフロアで働く片思いの相手マキシン(キャサリン・キーナー)と一緒にこの穴を使って、料金を払えば別人になれるという商売を始めることになった。

クレイグの妻ロッテが試しに穴に入った時、ロッテはマルコヴィッチの男の体を自分のものとして体験したことで隠されていた性同一性障害が目を覚まし、性転換して男になると言い出した。おまけに女同士のマキシンを恋愛の対象として扱い、マルコヴィッチの体を被った状態でマキシンと付き合い始める。マキシンもマルコヴィッチの体を被ったロッテに興味を示しだした。
片思いの相手を妻に取られたクレイグは妻を監禁して、妻の代わりにマルコヴィッチのなかに入って、マキシンとデートすることに。
そのうちクレイグはマルコヴィッチを15分以上コントロールする術を身につけ、人形使いの腕を生かしてマルコヴィッチを完全にコントロールできるようになった。
そこで完全にマルコヴィッチと化したクレイグはマキシンと新しいビジネスを計画することになる。人形使いの腕を認めたマキシンの策によって、マルコヴィッチの元からの知名度を利用して、俳優ではなく人形使い師ジョン・マルコヴィッチとして再デビュー、クレイグでは成功しなかった人形使いの道で大成功を収めることになる。

その頃、穴のあったビルの社長レスターは、実は他人の体を移り歩いて文字通り不死となった人物で、次に乗り換える予定の体であるマルコヴィッチに入ったままのクレイグを追い出す必要に迫られてマキシンを誘拐、マルコヴィッチから出なければ、マキシンの命は無いと脅迫し始めた。

☆ ☆ ☆

要約しようとしてみたけど、わけの分からない話だということしか伝わらなさそう…。

この映画、前半で繰り出してくる突拍子も無いアイデアはとても面白いです。その突飛さは他の映画では類を見ないくらい非常識で、面食らうこと間違いなし。
壁にあいてる小さい穴がマルコヴィッチの頭に通じてるという中心アイディア以外にも、7階と8階の間にある謎のフロア、そのフロアにある屈まなければ歩けないほど天井の低い廊下と小さい事務所、全ての言葉をとにかく全部聞き違える秘書に、呆けっぷりが堂に入ってるレスター社長(オーソン・ビーン)、心理治療を受ける胃酸過多のチンパンジーと、チンパンジーが自分のトラウマになったものを回想するチンパンジーの主観映像など。

でも後半、映画は様変わりします。
ぶっ飛んだディテールを人が馴染みやすい物語の場所に引き戻すためなのか、前半がコメディだったのに、後半は三角関係の痴話話が中心になって、ある意味じめじめした陰鬱な話にシフトしていきます。7階1/2の奇妙なフロアなんて、そんなものを映画に出したことさえ忘れてるかのように、全然見向きもしなくなる。
この辺りから、意識と肉体、人の本質は外面にあるのか内面にあるのかみたいなことを中心にテーマ性も垣間見えるような感じになって、コメディだと思って観ていたのがちょっと居心地悪い状態に。

もとからこういうテーマ性があって、その思索を盛り込むためにマルコヴィッチの中に他人が入るという表現をひねり出したのか、マルコヴィッチの中に15分入れてマルコヴィッチが体験できるという妙なアイディアを思いついて、それを映画内で物語的に展開させるために、人の外面と内面のようなテーマを結びつけていったのか、どちらかは知らないけど、こういう意味的なものを付け加えようとしたために、映画は地上に落ちて、後半部分で完全に失速してしまったように見えました。前半のアイディアの奇抜さだけで突っ走っていればそれなりの面白さでいけてたのに…。

おそらくこの映画での最大の奇想は、自分の頭の中に他人を送り込んで商売をしてる連中がいると気づいたマルコヴィッチ本人が、その現場に乗り込んで、怒りに任せて自分も穴に入ってしまうシーン、マルコヴィッチ本人が自分の頭の中に入った時に観てしまう光景だと思うんだけど、この辺りをクライマックスにして、それまでの奇想を詰め込んだだけのディテール集合映画で終わったほうがよかったんじゃないかと思います。
その映画で表現すべきテーマを持ち込んだために失速してしまった映画って、考えてみれば妙な存在です。

☆ ☆ ☆

ジョン・キューザックとキャメロン・ディアスが、これまた小汚い格好で出てきます。役者を意図的にこれだけ無様な様子で撮った映画もなかなか無いんじゃないかと思うくらい。特にキャメロン・ディアスが酷い。
ぼさぼさの爆発頭におそらくすっぴん顔、あるいはすっぴんにしか見えないようなメイクのキャメロン・ディアスはこの映画でしか観られないかも。ちょっと見ものかもしれません。

ジョン・マルコヴィッチは、映画の中の自分である「ジョン・マルコヴィッチ」を演じた上に、ロッテに乗っ取られたマルコヴィッチ、クレイグに乗っ取られたマルコヴィッチを演じて大活躍でした。こういうのを観るのはやはり楽しい。

それと、バーコードのチャーリー・シーン。これも見ものです。
チャーリー・シーンってこういうことするのが結構好きみたいというか、嬉々としてやってるように見えませんか?

マルコヴィッチの穴 DTSコレクターズエディションマルコヴィッチの穴 DTSコレクターズエディション
(2003/02/21)
ジョン・キューザックキャメロン・ディアス

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Being John Malkovich - Trailer


原題 Being John Malkovich
監督 スパイク・ジョーンズ
公開 1999年


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【邦楽】 い・に・し・え - 日暮し

沢田研二の曲を探してる時に、試しに検索してみたら見つかった古い歌。

随分と古い歌なんですが、両方とも結構好きな曲です。
日暮しのほうはB面の「木橋の上から」もいい曲でした。

ちなみにこういうグループです。
日暮し

日暮しは一発屋のグループというイメージがついていたんだけど、実際は他にもいろいろレコードを出してたグループだったみたいです。
もっとも知らない間に自然消滅みたいな解散で消えて行ったらしいから、そういう終焉はやはり一発屋っぽいかな。
ただボーカルの杉村尚美はソロになって、後に「サンセット・メモリー」という曲をヒットさせたそうです。

☆ ☆ ☆

柴田まゆみのほうは完全にこれ一曲で消えてしまった歌手。と思ってたら、2004年に復活してるらしいです。
曲は以前から知ってたけど、実際に歌ってるのはこの動画で始めて見ました。
歌だけ聴いてた時はもうちょっと芸能人的なオーラがある人かなと思ってたけど、意外に普通の人が歌ってました。
この動画はかなり珍しいものかも。

い・に・し・え - 日暮し


白いページの中に - 柴田まゆみ



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【洋画】 ハイテンション

登場人物全員、と云っても、話が始まって程なく追われる2人の女と追う殺人鬼の男の、3人に絞られるんですが、全員オーラが無いというか、はっきり云ってホラー映画的な見栄えが今一つ良くなかったです。
痩せすぎの女と一応主役のショートカットの女の2人組みでは絶叫女王を担えるような資質も色気も足りず、殺人鬼のおじさんのほうも、実は俳優としては名の通った人(フィリップ・ナオン)なんですが、わたしには武器を持ってるただの小太りのおじさんにしか見えない時がありました。
心底薄気味悪いという感じがしない。殺人鬼なのに、小太りの丸っこいシルエットからは柔和な感じさえ滲み出してました。

☆ ☆ ☆

ストーリーは物凄くシンプルです。
女子大生のマリー(セシル・ドゥ・フランス)が週末を友達のアレックス(マイウェン・ル・ベスコ)と過ごすために人里はなれたアレックスの実家に泊まりに行った夜、なぜか正体不明の殺人鬼がアレックスの家に入ってきてアレックスの家族を惨殺、アレックスは生きたままトラックで連れ去られる。マリーは隠れていて幸にも存在を知られなかったのでアレックスが運び込まれたトラックに密かに忍び込み、途中のガソリンスタンドで助けを呼ぼうとするが、殺人鬼に気づかれて追われる羽目になる。
あとはラスト直前までとにかく全編にわたって殺人鬼との追いかけ合いが続きます。

そして最後にどんでん返し。それまで画面で観てきたこと、進入した謎の殺人鬼の男に追いかけられるという話とは全く違う話が姿を現してきます。
ところがこの映画、ラストで明かされる真相とそれまで語られてきた物語との間に全然整合性がとられてないんですよね。それも吃驚するくらいに。
つじつまの合わないことを、それがどうしたとでも云わんばかりに、そのまま放置して、物語全体にわたってありえない矛盾が山盛りになってしまってる。

こんなに大胆に矛盾を放置してる映画ってちょっと珍しいです。

こうなる事を予想したうえで逃げ口上として最初から用意しておいたのかどうか知らないけど、プロローグに免罪符のようなシーンが一つ入って本編に繋がっていくことになります。

その免罪符みたいなシーンとは、この時点では誰か分からない人物が「録音して…」と呟くカット。
このシーンを初めに入れることで直後から始まる物語が客観視点の物語じゃなく、誰かの主観視点の物語だと宣言してることになります。この一言を入れておくとその後の物語に矛盾が生じても、話してる人がそう思って話してるだけと言い逃れが出来るわけです。
もっともそうは言い張っても、主観視点の物語のはずが、本編全域にわたって客観視点の映像として撮ってしまってるために、これはこれで回収できないおかしな場面が結構出てくることになるんですが。

これだけ話が破綻してると、真相がわかっても「何、それ」くらいの感想しか出てきません。

この映画、ラストのひっくり返しが売りなんだろうけど、皮肉なことにラストのひっくり返しさえなければいい線いってたかもしれない。
前半、家に侵入してきた殺人鬼がアレックスの家族を一人づつ惨殺していく間、家の中を逃げ隠れするマリーの緊張感のある展開はそれなりに良く出来ていて、この部分はタイトル通りまさしくハイテンションです。
小細工を弄して仕掛けも何もかも全部がグダグダになってしまうような映画にするよりも、普通に殺人鬼がヒロインを追いかけるだけの映画にしていた方がずっとましだったんじゃないか、というのが正直な感想です。

☆ ☆ ☆

ちょっと面白かったのは、マリーがガソリンスタンドのトイレに逃げ込んで隠れている所へ、殺人鬼男がトイレの扉を一つづつ開けて近づいていくシーン。
この絶体絶命のシーンの解決方法は、結構大胆で感心しました。

スプラッター映画では見せ場となるゴア・シーンはこの映画の場合は意外に少なかったんだけど、血糊の質感が妙にリアルだったり、ガラスの破片でアキレス腱を切ってしまうような物凄く嫌な感じというのは結構ありました。
特殊メイクがうまく使われていて、単純な人体破壊よりも生理的な嫌悪感を呼び起こすような使い方が印象に残ります。

☆ ☆ ☆

DVDのジャケットが何気なくネタばれしてます。何気ないけど結構大胆に。

☆ ☆ ☆


ハイテンション アンレイテッド・エディションハイテンション アンレイテッド・エディション
(2007/01/12)
セシル・ドゥ・フランスマイウェン

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アマゾンのレビューでもネタバレさせてるのがあるので、要注意!



Haute Tension - trailer


原題 Haute Tension
監督 アレクサンドル・アジャ
公開 2003年


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【邦楽】 君をのせて - 沢田研二

ジュリーの歌う歌が好きとか云うわけでもなく、どちらかというとあまり関心が無いというほうが近いんだけど、この歌は好き。
ジュリーの他の歌があまりピンと来ない分、この歌こそジュリーの代表曲みたいな感じで捉えてるところがあります。
ところがジュリーがソロになった時の最初の曲にもかかわらず、なぜか当時はあまりヒットしませんでした。そのせいなのかわたしはジュリーの持ち歌で一番だと思ってるものの、この曲に関することはあまり耳にすることも無いような気がします。

作曲は宮川泰、作詞が岩谷時子。
宮川泰はザ・ピーナツの曲なんかも作ってました。以前の紅白で、最後の「蛍の光」の時に出て来て指揮棒を振ってた妙なノリのおじさんが、こういう洒落た曲を作る人とはイメージ的に結びつきにくかった。
宮川泰はこの曲で1971年の合歓ポピュラーフェスティバル、川上賞を受賞してます。
それとこの曲、編曲が青木望なんですよね。とにかく美しいストリングスを書ける人。この人の編曲もこの曲の魅力を最大限に引き出してると思います。

今「君をのせて」で検索してみると、久石譲が「ラピュタ」のために作った曲のことで検索結果が埋め尽くされてしまう結果となります。久石譲の曲で良いと思ったものってあまり無いので、わたしが好きな「君をのせて」を押しのけてこういうのがのさばってるのを見ると、ちょっとだけ腹が立ちます。

ちなみに久石譲っていう名前は「クインシー・ジョーンズ」から取ってると聞いて、これは上手くつけたもんだなぁと感心したことがありました。

☆ ☆ ☆

君をのせて - 沢田研二




もう1曲、ジュリーの、と云うよりタイガースの曲で好きなのがあります。

風は知らない



作曲は村井邦彦。メロディアスな部分も良いけど、サリー(岸部おさみ、現在の岸部一徳です)の弾くベースのゴリゴリとした音が特徴的でかっこいいです。



【洋楽】 The Cat - Jimmy Smith

オルガン・プレーヤーの大御所、ジミー・スミスがブルーノートからヴァーヴに移籍して製作したアルバムの一枚。商業主義に走ったとまでは云わないけど、聴きやすいアルバムになってヒットしました。
ジミー・スミスはソウルフルなオルガン奏法のスタイルを確立したミュージシャンで、後に続くオルガン・プレーヤーの多くが手本にしています。

このアルバムでは大編成のホーン・アンサンブルを背後に従えて、カラフルな演奏を展開してます。ホーン・セクションのアレンジをしたのはラロ・シフリン、「燃えよドラゴン」「ダーティハリー」などの映画音楽を作った人です。

表題作の「The Cat」はちょっと古めでお洒落っぽい、イタリア辺りの犯罪映画のサントラみたいな感じ。
このアルバムにはルネ・クレマンの映画「危険がいっぱい」のテーマ曲も入ってるので、全体に映画っぽい雰囲気があるのかもしれません。
逆に、ジミー・スミスなのにあまりソウルフルじゃないとも云えそうなアルバムです。

ギターを弾いてるのがケニー・バレルで、他のアルバムでもジミー・スミスと一緒にやってるプレーヤーなんですが、このアルバム5曲目収録の「Chicago Serenade」のギターがある意味とても凄い。
ミドル・テンポくらいの決して早くないメロディをただ単純に旋律通りに演奏してるだけ。一回聴いただけでもこれは絶対に初心者でも弾けると思ってしまう。コードなんかを織り交ぜていくと素人では太刀打ちできなくなるんだけど、メロディ部分の簡単な弾き方に聴こえる度合いはやはり衝撃的です。
ケニー・バレルにはこういう単純な弾き方でも負けない自信があるということなんでしょうか。

The CatThe Cat
(2005/10/24)
Jimmy Smith

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The Cat - Jimmy Smith

Chicago Serenadeなど、他の曲は探しきれませんでした。見つけたのは表題作1曲のみ。


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【洋画】 パルプ・フィクション

観た後になってスティーブ・ブシェミも密かに出てるのを知りました。初見の時はまったく気づかなかった。
探すつもりでもう一度観てようやく発見したんだけど、別にこそこそと隠れてるわけでもなかったなぁ…。しかもただ分からないだけじゃなくて、化けた相手にもよく似てました。あのスティーブ・ブシェミに最初から気づいた人ってどれくらいいたのかな。
それと、エリック・ストルツ。こっちは堂々と顔出ししてるのにエリック・ストルツだと気づかなかった。

☆ ☆ ☆

この映画は4つの話が一つの器に詰め込まれたような体裁をしてます。

1つはパンプキン(ティム・ロス)とハニー・バニー(アマンダ・プラマー)のレストラン強盗。
レストランでコーヒーを飲みながら、いかに効率よく危険を冒さないで仕事が出来るかを話し合った結果、強盗するには今自分たちがいるレストランが一番適してると結論が出て、その場でレストランを襲うことを決定する、強盗カップルの話。

2つ目はビンセント(ジョン・トラボルタ)とジュールス(サミュエル・L・ジャクソン)のギャング・コンビ。
ボス、マーセルス(ヴィング・レームズ)の奪われたお宝を奪い返すために奔走してるうちに、タレコミ屋を誤って車内で射殺してしまい、その始末に四苦八苦する話。

3つ目はビンセントとミア(ユマ・サーマン)。
ビンセントはボスの妻ミアの相手をすることを頼まれて、食事に付き合ったりすることになる。帰宅後、ビンセントのコートのポケットから、ビンセントがたまたま持っていた純度の高い麻薬を見つけたミアはそれを大量に服用してしまい、瀕死の状態になってしまう。ボスの妻が死んでしまえば自分もただではすまないので、ミアを助けるためにビンセントが右往左往することに。

4つ目はボスのマーセルスとボクサーのブッチ(ブルース・ウィリス)。
ボスからいかさまをやるように云われてたのに、裏切って自分に大金をかけて試合に勝ってしまい、マーセルスに追われる羽目になる話。

☆ ☆ ☆

映画は4つの話の時間軸を攪拌してるような作り方で、初見の時は結構複雑な印象を持ってたんだけど、再見してみたらそれほど複雑に混ぜ合わせたような作りでもなかったです。
通常の時間の流れからいけば、ビンセントとジュールスの話が終わる頃にパンプキンとハニー・バニーの強盗の話が起きて、その後マーセルスとボクサーのブッチの話が始まるという順序なのを、最後のブッチの話をビンセントとジュールスの話のまん中に組み込むという形にしてる。強盗のシーンが映画の最初と最後に振り分けられてる以外では、出来事の順序を移動させてるのは結局のところ、ほとんどこれだけと云ってもいいくらいのものでした。

時間軸を組み替えてるので、因果関係がそのままの順序で出てこないところがあります。
たとえばビンセントの最後のエピソード。
ビンセント最後のシーンはブッチのラインの中ほどに出てきて、その結果に至る過程はブッチの話が終わってから始まるビンセントとジュールスの話の後半で出てきます。
ビンセントは安全装置もかけておかないほど銃の管理が杜撰だっていうことなんですが、このせいでジュールスとの話の後半にタレコミ屋を誤って射殺してしまいます。
ブッチの話の中で出てくるビンセントのラスト・シーンは、この管理の甘さが遠因になっているようで、でも逆順で出てくるから、後になって出てくる伏線がその対応している結末に即座に結びつき難く、観終わって暫らく後になってから「あぁ、そういうことだったのか」と発見したりします。
こういうのは何か妙な大発見をしたみたいな気分になって結構面白い。

または、冒頭のパンプキンとハニー・バニーのレストランのシーン。
このシーンはトラボルタ、サミュエル・L・ジャクソン・コンビの話では終わり近くに当って、2つの話はレストランで交差することになります。
映画の冒頭でパンプキンが強盗について話してる同じ時間に、観てる側はそんなことを知るわけがないんだけど、実はトラボルタらも、このレストランの中にいるわけです。
それで、冒頭シーンの、ハニー・バニーの大写し画面の端で、この時点ではまだ話が始まってもいないトラボルタがトイレに向かう後姿を、既に密かにちょっとだけ紛れ込ませたりしてるんですよね。
「あとで気づいて吃驚する」みたいな遊びが、映画の中に一杯ばら撒かれてそうです。

☆ ☆ ☆

自分で自分のことを「パルプ・フィクション」だと云ってるくらいだから、映画の中で展開されるこの4つの話は徹頭徹尾くだらない話です。何の主張もなければ、その話を頭に入れたとしても一切何の役にも立たない。
登場人物がめったやたらと喋りまくる映画でもあって、そのお喋り一つ一つがこれまたくだらない話題のオンパレード。
ボスの奥さんの足をマッサージしたやつをボスが4階の高さから外に放り出したのは、やりすぎなのか適切な報復なのかとか、フランスではハンバーガーの名前をそれぞれどういう風に云ってるのかとか、そんな類の話題を飽きもせずに延々と云い合ったりする。
ただ、くだらない内容の話ばかりではあるんだけど、台詞とかはうまいです。
ジュールスの友達ジミー(タランティーノ監督本人出演)がタレコミ屋の死体と血で汚れた車を持ち込まれた時に喋る「”二ガーの死体預かります”の看板」の台詞の組み立て方とか、凄く面白い。

くだらないものばかりで出来てるので、映画は何か主張を持ってるべきだとかいう見方で挑むと、まるっきり接点の持てない映画になります。
くだらない会話のくだらなさをそのまま楽しめること、鏡を使ったそれなりに凝ったカットとかが出てきたりするのを観たまま楽しめること、そういったことを理屈ぬきで楽しめることがこの映画を観る条件なのかもしれません。

☆ ☆ ☆

物語の意義みたいな話でいくと、個々の洒落たカット、シークエンスだとか、トラボルタとユマ・サーマンのツイストみたいな、俳優のちょっと尖がった仕草だとか、ぐだぐだと続く馬鹿話だとか、気のきいた音楽だとか、そんな目や耳をひきつける要素を一番に見せたいんだけど、そのままでは断片に過ぎないから、その断片を映画の形にするためにストーリーが用意されてるといったような感じでしょうか。
かっこいい断片を繋いでいくための接着剤みたいな役割の物語というか、この映画での物語の意味はそんな程度のものじゃないかと思います。
時間軸をいじったのは、物語が接着剤程度の役割しか担ってないのを目立たなくするためだったのかも。

☆ ☆ ☆

この映画、結構とぼけたお笑いに走ってるところもあります。
クリストファー・ウォーケン演じるクーンツ大尉が語る時計の話なんか、これはあの神経質な顔付きの人物が極めて真面目な雰囲気で喋る事とは到底思えない内容だったので、あまりに予想外で思わず笑ってしまいました。
ボスが奪われたものが入ってるアタッシュケースも面白かったなぁ。開けると中から明かりが灯るように輝いて、中を覗き込む人が感心するんだけど、結局中にどんなものが入ってるのか最後まで披露してくれません。
トラボルタとサミュエル・L・ジャクソンの妙な髪形は、あれも若干お笑いにはしってたのかな。サミュエル・L・ジャクソンといえば「アンブレイカブル」だとか、髪型で笑いを取ることに執念を燃やしてるように見えます。

パルプ・フィクションパルプ・フィクション
(2003/12/05)
ブルース・ウィリスジョン・トラボルタ

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Pulp Fiction Trailer


Misirlou - Dick Dale & The Del Tones

メインテーマです。

原題 Pulp Fiction
監督 クエンティン・タランティーノ
公開 1994年


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【洋楽】 Pet Grief - The Radio Dept.

これレディオ・デプトじゃなくて「デパートメント」です。最後にドットがついてる。
スウェーデン出身の元シューゲイザー・フォロワーだったバンドです。
「シューゲイザー」は、エフェクターで歪ませたようなギターの爆音ノイズで空間を満たし、そこにメランコリーでポップな歌を乗せるというようなスタイルの音楽を総称して使ってる言葉。
その名前は、俯いて自らの内に閉じこもるように一心不乱にギターを弾く姿が、Shoe(靴)をgaze(凝視)する人に見えるというところから来てるそうです。個人的な感覚から云うと、そういう由来では音楽ジャンルを示す言葉としてはちっともフィットしていないという印象のほうが圧倒的ですが。

The Radio Dept.の音楽はアルバムを聴く限りではシューゲイザーの名残りはまだ結構あるような感じがします。
メランコリックで儚げな印象で、フレイミング・リップスみたいと、最初に聴いた印象はそんなものでした。でもこの感想は一般的じゃないかも。
このバンドの音楽は、ソフィア・コッポラが「マリー・アントワネット」のサントラに使ってます。

このバンドの印象は、…はっきり云って似たような曲が多いです。
同興の印象を与えるのもシューゲイザー的な要素が原因の一つのように思えます。
シューゲイザーって、結局ギターをがしゃがしゃかき鳴らしたコード・ストロークで曲全体を埋め尽くして、それをフィードバックさせたりエフェクターを通したりしてさらに輪郭曖昧にするみたいな方法論しかなくて、ノイズの印象をコントロールする程度のことしかやることの無い場所へ直ぐに行き着いてしまう。本家大元の「マイ・ブラッディ・バレンタイン」が止めてしまったのも、この方法ではそういう袋小路しかなかったからじゃないかと。これは推測ですが。


Pet GriefPet Grief
(2006/05/30)
The Radio Dept.

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The Worst Taste in Music - The Radio Dept.


Pulling Our Weight - Radio Dept.

これはEPでリリースされたもの。

☆ ☆ ☆

こちらはフレイミング・リップス。
Race For The Prize - Flaming Lips


久しぶりに聴いたらフレイミング・リップスのほうがいいなぁ。メロウでポップで儚げなのに力強い。The Radio Dept.よりもこっちをメインの話題にしたほうが良かったかな。
この曲はアルバム「The Soft Bulletin」に収録されてます。


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【洋楽】 Since I Left You - The Avalanches

The Avalanchesはオーストラリア出身のDJが集まって作った音楽集団です。

非常に風変わりなアルバムで、マニアックに蒐集したいろんな年代のレコードなどから既存の900以上の音源をサンプリング、それをコラージュして、時間の彼方から届いてくるような音がいくつもの層になって複雑に重なり合ってる、不思議な音空間に仕立て上げてます。
あくまで既存音源を組み上げていくことに徹していて、ボーカルまでサンプリングのパッチワーク。
膨大な音源をコラージュしていくなんて云うと、小難しい実験音楽みたいなものを想像するかもしれないけど、クラブ・シーンで大好評だったという事実から分かるように、とても心地よくのれるダンス・ミュージックになってます。
断片的な音源を複雑に貼り合わせていくことで、こんなに破綻の無い音楽を作れるということはちょっとした驚異です。

一応リズムをキープしたり、各サンプリング音源のピッチを調整したりして曲らしい統一感は持たせてあるものの、それでもいろんな音の洪水、無秩序に晒されてしまうことになって、連続して聴いてると音源の一つ一つにこちらの感情が引きずり回されるような感じになる時があります。そういう時はちょっと疲れる。

Since I Left YouSince I Left You
(2004/11/01)
The Avalanches

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Since I Left You - The Avalanches

メランコリーと云うか、郷愁感に満ちて光り輝いてるような感じが好き。
PVの内容のために最初の部分がよく聴こえません。この曲の助走部分は割りと気に入ってるんだけどなぁ。
ちなみに反復されるボーカルは「Since I left you.I found the world so new」というフレーズ。

Two Hearts in 3/4 time - The Avalanches


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【邦画】 ようやく「崖の上のポニョ」を観に行ってきました。

内容的にはストーリーが破綻してるとかいうよりも遥か以前の代物を見せられたという印象です。
結局ポニョって、一体何者だったんでしょうか。観ている間はああいう生き物としてその場限りの納得状態にはなってたけど、振り返ってたとえば言葉で説明しようとすれば、人面魚くらいしか言葉が出てこない。
まるで正体不明の「物体X」です。

一回だけフジモトがポニョを本名?「ブリュンヒルデ」って呼んでたように思うんだけど、BGMもワルキューレの騎行もどきが恥ずかしげもなく鳴り響いていたところをみると、ひょっとしてそういう関係が背後に設定されてる?
でもポニョのキャラクターにそういう背景設定があったとしても、こういう映画の作り方だと、だからなに?としか云い様がないというか。

ポニョの素性だけじゃない。フジモトが何者で何故あんな乗り物に乗ってしかも水中で何をしてるのか、ポニョの母らしい、船をも凌ぐ超巨大女はどういう存在なのか、大災害が起きてるのに何故みんな平然として、楽しそうなのか、後半部分でソウスケとポニョに何か試練らしいものがあったみたいだけど、一体何のどこが試練だったのか、何のための試練だったのか、ポニョが人になろうとすると何故人工衛星が落ちてくるのか、もう何から何まで何もかも全然説明してくれない。

こんなに内容が無い映画を観たのは本当にまれな体験でした。みんな、こんなのを「宮崎駿」だというだけで受け入れてしまうんだと再認識。これを観た人って本当に全員理解できて、満足して劇場を出られたんでしょうか。

☆ ☆ ☆

お伽話なんだから、それを捕まえて現実に即してないとかいった批判は場違いなんていう意見もありそうだけど、たとえば助けてもいない亀が恩返しに来たような話だったらどうするのか。
浦島太郎が助けたからこそ亀は恩返しに竜宮城へ連れて行ってくれるわけで、何でも有りのお伽話でもそういう骨格はあります。その骨格の上で、亀が人の言葉を話そうがどうしようが自由奔放な世界が構築されていく。

「ポニョ」にはそういう骨格が無いように見えます。助けてもいない亀が恩返しに来るような世界に属してる物語のように見える。
実は「ワルキューレもどき」辺りに骨格がありそうなんだけど、「ポニョ」はなぜかそれを隠してしまってます。そして、ちょっとだけ釣り糸を垂れて誰か食いつくのを待ってるような作り方をしてる。
この骨格は姿を違うものに変えさせても、隠しては駄目だと思う。その骨格を隠すから「ポニョ」が物凄くだらしないファンタジーになってしまってるんだと思う。

☆ ☆ ☆

ということで、内容はさっぱり。良いとか悪いとか判断に辿り着く前にほぼ理解不能だったので、結局印象に残ったのは展開されるイメージとか動きとかそういうものに限定されました。もっとも個人的にこういうのは、映画の中で最優先事項だとは思ってます。

全体に不気味な印象に導くもの、不安感を隠し持ってるようなイメージが多かったのはかなり意外でした。宮崎駿はこういう雰囲気的なものを、見える形にするのが凄く上手い。わたしはこういう不気味、不安なイメージは嫌いじゃないので、そういうものが形になって目の前に出てくることは本当に面白かった。

細かいものがびっしりと画面を覆いつくしてる、そういうシーンが対象を変えてはいくつも出てきました。フジモトの顔にびっしりと汗の水滴が付着してるのなんか、たちの悪い皮膚病でも患ってるように見えた。こういうの生理的に駄目な人だったら、鑑賞中に気分悪くなってたんじゃないかな。

また、水没した町が水の層を通して眼下に垣間見えるとか、木漏れ日で薄暗く、あるいはほの明るくなった空間とその道の先にある光に満ちた光景の気配とか、母親リサの気配だけが消えてしまってる車とか、暗闇が待ち構えてるトンネルだとか。こういうイメージは、わたしにとっては不安感をかきたてる光景でした。終盤で、眠りに囚われ始めるポニョも観ていて凄く不安な気持ちになった。

☆ ☆ ☆

動きは、これはもう宮崎駿の独壇場でしょうね。空を飛ぶシーンこそ無かったけど、津波の上を疾走してくるポニョの動きなんてそれだけで、観ていること自体が快感に繋がってくるんですよね。子供の細かい仕草も表情豊かに捉えていて、それを動きとして的確に画面に乗せてくる。こういう辺りは本当に上手いと思います。

☆ ☆ ☆

あと、人タイプのポニョ、リサ、一応ソウスケも、主要登場人物のヘアスタイルがボブカットで、絶壁じゃないきちんと後頭部がある形のいい頭を披露してたのが気に入りました。その形の良い頭の上でボブの髪の毛が揺れるのが、何回も見たくなるくらいに視覚的に心地良かった。

ポニョ1 ポニョ2

監督 宮崎駿
公開 2008年


崖の上のポニョ - 予告編



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【洋楽】 River of No Return - Marilyn Monroe

映画「帰らざる河」の超有名な挿入曲。映画の最後近くで、酒場のピアノの上に腰掛けてモンローが歌います。

映画がどうとか云うよりも、モンローが酒場で歌うこの「River of No Return」が、これがもう、ただひたすらに良いです。この歌、大好き。
この歌とマリリン・モンローのけなげさ、可愛らしさ、そしてジーンズ姿、映画「帰らざる河」はわたしにとってほとんどこれで全て。

モンロー・ジーンズ

このポイントを外したら、映画「帰らざる河」は紋切り型の悪役インディアンとか合成丸出しの激流筏くだりとか、そんなのばかりがのろいテンポのアクションと一緒に詰め込まれた駄作西部劇、というか、映画の骨格はロバート・ミッチャムと酒場の踊り子モンローの恋物語なんだけど、中心テーマであるそういうことさえ、ほとんど記憶に残ってないほどの、印象の薄い出来上がりの映画です。

でも、ラストシーンは良かったかな。ミッチャムがモンローを酒場から掻っ攫っていく時、馬車だったかに担ぎこまれて一緒に去っていく時に、もういらなくなった舞台用の靴をモンローが道に投げ捨てるシーンがあって。これはちょっと洒落てました。

曲はモンローのCDだと大抵収録されてます。いくつか聴いたことがあるんだけど、わたしの聴いたのは全部映画のサントラを収録したものでした。ちょっと音が悪い。レコードにする目的できっちりと録音されたものって存在しないんでしょうか。

River of No Return - Marilyn Monroe


☆ ☆ ☆

思いつきで他にも「河」の歌をいくつかピックアップ。

The Water Is Wide - Eva Cassidy


古いアイルランドの歌です。歌ってるのはエヴァ・キャシディ。33歳の若さで夭折したヴォーカリスト。
ギター一本の弾き語りで、全霊を込めて情感豊かに歌い上げていきます。「The Water Is Wide」をここまで鋭角的に、心に切り込んでくるように歌った歌手はあまり知らないです。
この人は生前にはついに表舞台に立つことなく終わりました。一般に知られるようになったのは自身のコンピレーション・アルバムを取り上げた、イギリスの放送局からの情報発信がきっかけになってます。
この曲はアルバム「アメリカン・チューン」に収録されてます。

Shenandoah - Sissel


この曲も好きです。これは古いアメリカの歌。
シセルはサラ・ブライトマンほど変化自在しゃない感じを受ける分、ちょっと印象が薄いんだけど、この曲は見事に歌いきってます。
いくつか複数のアルバムに収録されてるみたいです。わたしの持ってるものだと「シセル・イン・シンフォニー」というCDに収録されてました。でもこの動画とはアレンジが違う。

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【洋画】 ストレンジャー・ザン・パラダイス

ミニシアター系のアートっぽい映画だと思って観ていたら、ラストの途方も無いすれ違いのコントに吃驚してしまった。
確かに、たとえば映画の中ほどで、湖を観に行こうという話になって出かけた後、真冬で凍ってしまった湖の柵の前に肩をすぼめながら並んで、雪でただ白くなってるだけの光景を「美しい!」だとかなんだとか云ってぎこちなく褒めてる、そんなどことなくとぼけたシーンは所々にあったけど、最後にここまで大ボケをかましてくる映画だとは予想もしてませんでした。
でもアート映画なのにふざけたシナリオだとかは少しも思わなかった。むしろこの馬鹿みたいなエンディングでこの映画が逆に好きになったくらいです。

☆ ☆ ☆

ハンガリー生まれでニューヨークに住んでるウィリー(ジョン・ルーリー)の元に、ブダペストからいとこのエヴァ(エスター・バリント)がやってきた。クリーブランドのおばさんのところへ行く予定だったがおばさんの体調が悪くなって10日ほどニューヨークに足止め、ウィリーの部屋で同居することになる。
最初は10日も預かることを嫌がっていたウィリーも一緒に生活するうちにぎこちないままでも親しみを感じていく。部屋にやってくるウィリーの友人エディー(リチャード・エドソン)とも馴染みになった。
10日後、エヴァはクリーブランドに出発したが、翌年博打で大金を掴んだウィリーとエディーはその金でニューヨークを飛び出そうと思い、思いついたのがエヴァに会うためにクリーブランドに行って見ること。そう決めるとさっそく車でクリーブランドに向かうことにした。

「ストレンジャー・ザン・パラダイス」というのは「天国よりも奇妙」というような意味だと思うんだけど、これがちょっと分からない。
奇妙な話どころか、映画は、どこに場所を変えても似たような事しかやってない若者3人の単調な風景を切り取ることに専心してます。
ウィリーらは映画の中で、ニューヨークからクリーブランド、そこでエヴァを加えてさらにフロリダへと車で移動していきます。でも行く先でやってることといえば博打ばかり。違う土地に行っても、ただ単純に背景が変わるくらいの変化しか無い。フロリダのシーンなんか、せっかくフロリダに来てるのに、大半のシーンで安っぽいモーテルの一室ばかりを画面に収めてます。映画ではフロリダで終了だったけど、この3人はこのさきどこへ行ったとしても、やはり安モーテルに泊まって博打に専心というパターンは全然変わらなかったでしょうね。

ひょっとしてフロリダのようなパラダイスに来ても、3人の状況、行動が全然変化しないというのが「奇妙」なんだろうかとさえ思ってしまいます。それと「天国」というのが「奇妙」さを比較する基準になるんだということも、ちょっと不思議。
ミュージカルのスタンダード曲に「ストレンジャー・イン・パラダイス」というのがあって、単純にそこから持ってきただけなのかなぁ。

☆ ☆ ☆

主役の3人はほとんどしろうとという感じ。一番演技がまともに見えるジョン・ルーリーも当時ニューヨークの音楽シーンで「ザ・ラウンジ・リザーズ」というフェイク・ジャズのバンドをやっていたミュージシャンで、この映画でも弦楽を使ったスコアを書いてる。正確なことは知らないけど、俳優は余技の部類だったんじゃないかと思います。
でも、この3人の素人臭いぎこちなさが、映画のテーマみたいなものによく合ってるんですよね。この映画、微妙なすれ違い、さりげない噛み合わなさというような感覚が多彩に盛り込まれてます。そういう映画の手触りにすごく上手く嵌ってる。
ウィリーがテーブルに陣取ってるエヴァの前に座って、会話の接ぎ穂にジョークを云おうとするシーンがあるんですが、オチを忘れたまま話し始めるものだから、結局なにを喋ってるのか直ぐに分からなくなって、言葉が途切れ途切れになってフェードアウトしていくあの感じ。ああいう感じにはぎこちない喋り方が結構違和感無くフィットしてました。

☆ ☆ ☆

「面白い」という領域と「退屈」という領域の境界線上に細い通路を作って、観客にその通路を渡らせるような作り方の映画。思わず足を踏み外してしまった方向がその時の評価になるみたいな。
映画自体は面白がらせようという意図があったとしても極力強調しないようにしてる感じだし、一方だらだらと続くメリハリの無い会話などは、メリハリの無さやぎこちなさを計算しているように見えます。使用フィルムがヴェンダースから貰った余りのフィルムで限りがあるために、リハーサルをしっかりとやってから撮影したというようなことを聞いたことがあるので、全体のメリハリの無さはかなり意図的だったんだろうと思います。

ワンシーン・ワンカットで押し通してる撮影とカットごとに黒く何も写らない繋ぎの部分を挿入してるのは面白い編集だと思いました。物語ることを最優先にカットをスムーズに繋いで、そういう編集をしていることを物語の背後に隠してしまうほうが物語の流れは良くなるはずなので、いちいち黒画面の繋ぎを挿入するという方法は、物語を語ること自体はあまり重要視してないような印象を作ります。
物語じゃなくて登場人物たちの生活の断片を見せられるような感じ、他人の生活を何かの拍子にふと垣間見てしまった気分とでもいうか、物語というよりもそういう感覚のほうが強調されていきます。

この映画はモノクロなんですが、普通モノクロ映画の場合、影の諧調と云うか、黒のほうの表現を豊かにする方向に画面作りがされると思うんだけど、この映画は光のほうにポイントを置いた撮影をしてます。モノクロで光の表情をフィルムに収めようとしてるのは観ていてすごく新鮮でした。

☆ ☆ ☆

ファッションも、今見ても結構かっこいいですよ。ウィリーとエディはいつも帽子を被ってるんですが、こういう帽子、今流行ってるし。
エヴァが10日間の居候の終わりにウィリーからプレゼントされたドレスは、ウィリーの目を離れたところでエヴァが捨ててしまうくらいダサい扱いでした。このドレスは今見てもダサい。映画内のダサさの感覚も、今でも十分通用してます。

ストレンジャー・ザン・パラダイスストレンジャー・ザン・パラダイス
(2006/11/22)
ジョン・ルーリーエスター・バリント

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ストレンジャー・ザン・パラダイス トレーラー


原題 Stranger Than Paradise
監督 ジム・ジャームッシュ
公開 1984年

☆ ☆ ☆

話題に出したので「Stranger In Paradise」という僅かに違うタイトルの曲も。
サラ・ブライトマンが歌ったもので、アルバム「ハレム」に収録されてます。
この曲はブロードウェイ・ミュージカル「キスメット」の中の「風の翼に乗って飛んでゆけ」というのが元なんですが、さらに大元はボロディンの「韃靼人の踊り」というのが原曲になってます。

Stranger In Paradise - Sarah Brightman


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【洋楽】 Blossom Dearie - Blossom Dearie

さらにもう一人ロリータ・ボイスの歌手。
わたしはこの「めがね萌え」ジャケットが大好き。
Lisa Ekdahlと並べれば、新旧揃うように思えたんですが、あらためて並べて聴いてみると、こちらはロリータ・ボイスというより、カマトト声といったほうが良さそうな感じもしてきました。
Lisa Ekdahlはおそらく男性受けがいいと思うけど、こちらは男性受けはあまり良くないかな。

40年代中頃アルヴィノ・レイ楽団などのコーラス・グループで活躍した後パリに渡る。パリで修行して、56年にフランスから帰国。
その直後のアルバムなので、もともと重さとはあまり縁の無い声が、さらに軽快でコケティッシュになってるような仕上がり具合です。実際、フランス語で歌っている曲も何曲か入ってます。
このウィスパー・ボイスが印象に残るので、あまり注目されないんだけど、ブロッサム・ディアリーはピアノの腕も結構なもので、このアルバムでもピアノは自身が演奏。インスト曲も披露してます。聴いてみると、結構余裕でこなしてる。

Blossomという名前は芸名みたいだけど実は本名で、生まれたときにお兄さんが満開の桃の枝を持ってきたことが由来だそうです。

ブロッサム・ディアリー+3ブロッサム・ディアリー+3
(2003/04/23)
ブロッサム・ディアリー

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☆ ☆ ☆

Youtubeを探してみたものの、このアルバムに収録の曲があまりなくて、とりあえず見つけたのが、これ。フランス語混じりで歌ってます。

I Won't Dance - Blossom Dearie


このアルバムの中では一番好きな曲が10曲目に入ってる「Now at last」なんですが、これがまた見つからない。名曲だと思うのにカバーしてる人もほとんどいなくて、今の歌手ではわたしが知ってる限りではFeist唯一人。
一応Feistのカバーは見つけたので、置いておきます。
Feistの「Now at Last」はアルバム「Let It Die」に収録されてます。ただ、アレンジはBlossom Dearieのほうがよく出来てるような感じです。

Now at last - Feist


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【洋楽】 Sings Salvadore Poe - Lisa Ekdahl

飛びっきりのロリータ・ボイスの歌手です。
大人がこんな声を出していいのだろうかと、ちょっと問い詰めたくなるほどの、幼い声。知らなかったら子供が歌ってると思っても全然不自然じゃない。
このアルバムの2曲目の直前に可愛らしい含み笑いの声がちょっとだけわざと入れてあるのからして、明らかにこの声をセールス・ポイントにしてるのが分かります。
一度気に入ってしまうとかなり深みにはまる可能性も十分あると思うけど、反面醒めてしまうと、一挙に飽きが来る可能性も。
聴く側の性別によって印象が極端に変わりそうな感じもしますね。

英語以外の言葉で歌ってるものもあって、それを聴いた時、言葉がかなりごつごつした感触だったのでドイツの人かなと思ったことがありました。
実際はスウェーデンの歌手で「ストックホルムの妖精」と云われてるらしいです。

一応ジャズ系の歌手として出て来た人なんだけど、この声はジャズよりもボサノバとかのほうが絶対に合うと思う。

Sings Salvadore PoeSings Salvadore Poe
(2002/01/01)
Lisa Ekdahl

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l'aurore - lisa ekdahl


I Will Be Blessed - Lisa Ekdahl


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【洋画】 イベント・ホライゾン

この映画は京都では以前の弥生座、テアトル72、現在は「シネラリーベ」だったかな、場所的には新京極の眼鏡研究社の斜め北向かい側にある映画館で上映してました。この記憶は多分間違い無いと思う。新京極通りに向かって出してあった看板を見て、謎めいた宇宙船の写真に、得体の知れないタイトルと、興味を引かれたのを憶えています。
ちなみにタイトルに相当する日本語は「事象の地平線」で、ブラックホールとかが出てくる物理学の用語なんだけど、映画の内容に関係あるかといえば無関係とまでとは云わないものの、9割がた雰囲気だけの意味合いしかなかったりします。

それと、この映画のDVDは何を考えていたのか、一度だけこういうケースに入ったのがリリースされたことがあります。
DVDケース1
確かこのバージョンだけ特典ディスク付きだったのでそれが理由で買った記憶があるんですが、変わったケースなので多少は値打ちが出るかも知れないと思ってたものの、値打ちなんか大して出ませんでした。
買ってからずっと、未だにすっきり収まる置き場所を思いつかない…。

☆ ☆ ☆

7年前に深宇宙探査に向かい、海王星付近で消息を絶った、探査船「イベントホライゾン」号が突然太陽系に現われた。船は謎のSOSを発していて、「イベントホライゾン」号建造に関わった設計者ウェアー博士(サム・二ール)を含む救援隊が派遣される。救助船「ルイス&クラーク」号で「イベントホライゾン」号に接続、船内に入ってみれば、乗組員は誰も居ず、もぬけの殻だった。
「イベントホライゾン」号は重力ドライブで空間を捻じ曲げて、遠くへ瞬間移動できる機能を持っていて、遥か彼方の宇宙空間のどこかに行って戻ってきたらしい。調査中に船内に残された記録映像を観てみると、「イベントホライゾン」号の乗組員同士が殺しあう阿鼻叫喚の光景が写っていた。
クルーたちが殺しあうような一体何がこの船で起こったのか。事情が分からないまま、やがて「イベントホライゾン」号に乗り込んだ救助船「ルイス&クラーク」号のクルーたちが奇妙な幻覚を見始める。と、こんなストーリー。
そして「イベントホライゾン」号は深宇宙へ行ってきたのではなくて、次元の異なる世界、「地獄」に行って帰ってきたことが分かり始め、やがて重力ドライブ装置は地獄へ通じるゲートになってそこからやってくる邪悪なものに、ウェアー博士が意識をコントロールされ始めます。

この映画は云ってみればホラー・バージョンの「ソラリス」です。

「イベントホライゾン」号に乗り込むシーンは、まるで幽霊船に入っていくのと同じ感覚です。と云うか、お化け屋敷かな。虚空に浮かんでる宇宙船の形をしたお化け屋敷。

いろんな備品が無重力で空中に漂ってるだけの誰も居ないがらんとした巨大通路、巨大な球体の周りを3重になったリングが取り囲んで、やはり誰も居ない空間で孤独に回ってる不気味な重力ドライブ装置、壁に血や肉片がこびりついてる無人の住居区と、「イベントホライゾン」号の乗り込んでから行動範囲が広がっていくにつれて目の前に現われる光景は、一体これからここで何が起こるのかとドキドキワクワクさせてくれます。
住居区域と機関部の間を長い通路が結んでる「イベントホライゾン」号の外見はあからさまに「2001年」のディスカバリー号とそっくりなんだけれど、恐怖の舞台空間として用意され、デザインされた内部空間の細部の作りこみは、なかなかよく出来てるところもあり、一見の価値はあります。

ただ、何か不気味でぞくぞくするようなことが起こりそうな気配は伝わってくるのに、怖いかといえば、結局最後までほとんど怖く無いんですよね、この映画。
後半、「イベントホライゾン」号のなかで「地獄の門」が開いてからは、宇宙ものとは思えないグロ・シーンがあるものの、これも怖いっていう感じとは違ったし。

☆ ☆ ☆

ポール・アンダーソン監督は、なんだかその「おたく」魂で有名なんだそうですが、「おたく」の本領を発揮して、今まで接してきた様々な映画から、この場合は「恐怖」に関連する膨大な数の記号的なもの、「恐怖」のアイコンみたいなものを抜き出し、頭の中に仕舞い込んでるんじゃないかと、そんな感じがします。
そして自分が頭の中にコレクションしたその膨大な「恐怖」の記号を、ずらっと並べてみせる。その記号、アイコンが2時間分並べられたのがアンダーソン監督の映画なんじゃないかと。

しかもその連なって映画の形を成している個々の「恐怖」のアイコン、たとえば「薄暗い巨大通路」とか「得体の知れないところに通じるゲート」だとかは、その恐怖の質がどういうものなのかあまり分析もされずに、そのまま映画の中に配置されてるような感じがします。

だから雰囲気は不気味なのに、それが怖いという感情まで結びつかないような映画、なにか怖そうなものが次々と目の前に出てくることだけに終始してるような映画になる。
さらに、「恐怖」のアイコンの羅列で映画が単調になりかけると、今度はでかい音を出して脅かしにかかります。
この映画、いきなりでかい音を出して観客を飛び上がらせる、驚愕演出てんこ盛りで、最初の10分間でも3~4回は飛び上がれます。

☆ ☆ ☆

出演者は、なんというか皆、とても濃い。
主役を張るのがサム・二ールと救助船「ルイス&クラーク」号の船長、ローレンス・フィッシュバーン。

サム・二ールは「イベントホライゾン」号を乗っ取った悪魔に支配されて、まさしく期待通りに狂っていきます。顔中深い傷だらけでメロンみたいになったうえに、自分で自分の目玉を抉り出す大熱演です。
ローレンス・フィッシュバーンは強面が最大限に効果的なリーダー役がとても似合ってました。
ジェイソン・アイザックスとかショーン・パートウィーとか、他にも癖のある俳優を使っていて、キャスティングには意外なほど力が入ってます。

イベント・ホライゾンイベント・ホライゾン
(2003/06/06)
サム・ニールローレンス・フィッシュバーン

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Event Horizon Trailer


原題 Event Horizon
監督 ポール・アンダーソン
公開年 1997年

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【洋楽】 Sings Lullabys Of Birdland - Chris Connor

続けてもう一枚、ボーカル・アルバムです。
大口を開けて歌ってるジャケット写真が強烈な「Sings Lullabys Of Birdland」

ジャズ・ボーカルのアルバムとしては超有名盤なんだけど、個人的なことを云えば、実はこのアルバム、かなり以前に購入して、その時聴いた感じでは全く普通のジャズ・ボーカルにしか聴こえませんでした。これがそんなに凄いアルバム?と、あまり引っかかるところがなく、無難に耳を通り過ぎるだけ。
ところが何ヶ月か前にCDの整理をしていて、このアルバムが目につき、ちょっと聴いただけでほったらかしにしていたのを思い出して、気紛れで再生してみたら、今度はいきなりはまってしまった。どういう変化があったのか、この時は凄く心地よく耳に入ってきました。
体調だとか、聴く側のいろいろな変化で本当に聴こえ方が違ってくるという典型的な体験でした。
今はこのアルバム、iPodに入れて持ち歩いてます。

☆ ☆ ☆

スタン・ケントン楽団出身の歌手で、楽団から独立後ベツレヘム・レコードからアルバムをリリース、これはその最初のアルバムです。

若干ハスキーで表情豊かな低音域と伸びの良い中高音域、全体にはかなり思い切りのいい発声で、まさしくこういうジャケットのような歌い方で無いと到底出せないような歌声です。
ある意味、癖のある押しの強い歌い方でもあるんですが、ドラマチックに飾り過ぎることもなく、適度に装飾的で無個性にも落ち込んでない歌声がクールで、聴きやすさに繋がってるような感じもします。
あまり崩しもしないスタイルで、ポピュラー・ボーカルとの中間点くらいの位置に居るような感じなのかな。

バードランドの子守唄+2(K2HD/紙ジャケット仕様)バードランドの子守唄+2(K2HD/紙ジャケット仕様)
(2007/06/21)
クリス・コナー

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Lullabys Of Birdland - Chris Connor


Spring Is Here - Chris Connor

このジャケットの写真もいいなぁ…。

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【邦楽】 うたばうたゆん - 朝崎郁恵

アニメ「サムライチャンプルー」を観ている時に、挿入歌として使われた「おぼくり~ええうみ」を耳にしたのが最初です。凄く新鮮に耳に入ってきました。

奄美島唄の歌い手で、元ちとせらが売れたのを契機にメジャーデビューを果たした人らしいです。

ピアノを背景にして歌っていて、そういう構成で歌えるようにはアレンジしてあるんだろうけど、ピアノが背負ってる音楽文化とは異質の音楽文化から出てきてることが、かすかに聴き取れるようなところがあって、そういうところがむやみに新鮮に感じられます。
音程の拘束がゆるく、ピアノの鍵盤の狭間にあるような音が一杯連なって、せり上がり、滑らかに下降して、うねるような旋律の歌になる。

歌の印象を云えばそんな感じの歌です。そういう歌が裏声を織り交ぜた、意外と可愛らしい声に乗せて、波となって届いてくる。言葉なんか全然分からず、別に悲しいわけでも無いんだけど、その波に感覚を委ねてるとなぜか無性に泣けてくる。

ソウルフル、としか云い様の無い歌声。

うたばうたゆんうたばうたゆん
(2002/08/07)
朝崎郁恵

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サムライチャンプルー - 「おぼくり~ええうみ」


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【洋画】 生きてこそ

「アンデスの聖餐」を題材にした映画です。

1972年に起こったウルグアイ空軍機571便のアンデス山脈墜落事故で、搭乗していた南米ウルグアイの学生ラグビーチームら45名が遭難、72日後に16人が生還する。墜落から生き残った乗客は捜索隊にも見放されたまま、極寒のアンデス山中で死亡した乗客の人肉を食べて生き延びたという実話を元にしています。

はっきり云って映画は完全にテーマ負けしてます。というよりもあまりにも重いテーマに、結局そのことには深く触れることが出来ずに判断停止みたいになってしまってるというか。
描写もそういう部分は物凄くあっさりとやり過ごしてる。もっとも人肉食いのシーンを微細に描写されても、スプラッター映画じゃないわけだからあまり意味も無いとはいえ、修羅場はあっただろうと、物凄い葛藤もあったに違いないと思うのに、そういうことにはほとんど言及しないで纏めてしまってます。

実際にはどうだったのか分りませんが、少なくとも映画の中では人を食うくらいなら死を選ぶという人が出て来ません。拒絶してた人も結局は食べることになる。それも実に淡々と。
生き延びるためには他に選択肢が無かったという考え方しか映画には出てこなくて、その考えは間違いの無いものとして生き残ったもの全員に行き渡っていきます。

結局これって態の良い「いいわけ」です。生き延びるためだったし、どんなことをやったとしてもしょうがない、文句言うなよ、みたいな自己肯定のメッセージしか届いてこない。「生き延びるためには人を食う以外に選択肢が無かった」という考えを元に起こした行動が本当に正当だったのか、映画ではその行動を相対化できるようなものが提示されません。

果てしない自己肯定の言いわけを聞かされて心動かされるわけもなく、だから映画の感動、カタルシスは捜索隊にも見放されて自力で脱出口を探す困難な試みと最後にそれが成功して救援隊を呼べたということにほとんど集中してました。

☆ ☆ ☆

ちなみにこの遭難からの生還者は人肉を食べたことに対して、ローマ法王から赦しを与えられましたが、宗教上はそういう許しを得て何も問題なしとなっても、当事者の心の中には拭いきれずに淀んで残るものもあるだろうし、そういう心の底に淀むものがローマ法王の許しですべて解消しているなら、こんな映画を作る必要さえなかったでしょう。
だから映画にするなら描くべきものは他に一杯あったはずで、この映画はこの題材だからこそ描かなければならなかったことをほとんど素通りしてしまってるとしか思えませんでした。

☆ ☆ ☆

映画は墜落時の様子から始まって、遭難者の中から選ばれた選抜隊がシェルターとなった墜落機体の場所を離れて、ほとんど装備も無いままに極寒の山脈を横断して救援隊を呼べる町へ辿り着くまでを時系列に沿って、表現的な小細工もなしに追いかけていきます。
全体に俳優の印象が弱いです。イーサン・ホークが一応目立つ位置にいる俳優だったんですが、それでも印象が薄い。他はジョン・マルコビッチくらいで大半があまり馴染みの無い役者でした。

☆ ☆ ☆

「生きてこそ」って云うタイトルが、すごいあからさまな感じで、なんか嫌。


生きてこそ スペシャル・コレクターズ・エディション生きてこそ スペシャル・コレクターズ・エディション
(2006/04/21)
イーサン・ホークビンセント・スパーノ

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生きてこそ エンドクレジット

トレーラーを探してみたものの「alive」なんていう検索語だと余計なものが山ほど引っかかって、探しきれない…。ということで、一つだけ見つけた、これはエンドクレジットの部分、BGMで「アベマリア」が聴けます。

原題 Alive
監督 フランク・マーシャル
公開 1993年

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【洋楽】 Live At The Lighthouse - Grant Green

ブルーノートのジャズ・ギタリスト、後年はファンク系の曲を好んで演奏したグラント・グリーンのファンキー・グルーブが炸裂したアルバムです。
グラント・グリーンは60年代にコードを多用せず単音で旋律を弾き出すホーン・ライクな演奏で有名になります。
でもブルーノートにはサイドマンで参加してるのも含め、数多くのレコードを残したんだけど、残念ながらセールス的には成功しませんでした。

ジャズを弾いてるCDとファンクに移行してからのCDとを聴き比べると、わたしは初期のジャズ・ギターのグリーンも好きなんですが、ファンクの方がもう明らかに水を得た魚状態になってるのが分かります。ジャズからファンクに移って大正解。

このアルバムは1972年にカリフォルニアのThe Lighthouseで行われたライブの記録。オルガン、パーカッションを含めた7人編成のバンドの演奏になってます。

このアルバムの特徴はほとんど一言で云えそうなくらい単純明快です。
云わば頭の血管が切れそうになるくらいのハイテンション。
グリーンのギターは別にエフェクターなんかつけてもいないし、ただアンプからそのまま出てくるだけのギターの音なのに、それでここまでテンションの高いグルーブ感が出せるのかと、初めて聴いた時は本当に吃驚しました。

12分にわたって暴走しまくる2曲目(といっても1曲目のトラックはメンバー紹介だけだから実質最初の曲)「Windjammer」が一番のお気に入り。その次に好きなのが6曲目に入ってる「Jan Jan」かな。

Live at the LighthouseLive at the Lighthouse
(1998/03/31)
Grant Green

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Youtubeを探してみると、「Jan Jan」の方が置いてありました。
Grant Green - Jan Jan (Fabulous Counts cover) (1972)

このファイル、ちょっと重すぎ…。切れ切れにしか再生してくれない!

切れ切れで聴き辛い時は、再生してる時(まん中でくるくる回ってない時)にポーズボタンを押して一時停止、暫らく待っていると、Youtubeの音源データがPCに溜まっていきます。プログレス・メーターの赤いバーが増えていくのでデータを取り込んでる様子が分かります。そうしてデータをある程度取り込んでから再生すると途切れなく聴くことができます。
ただ、これは結構高音質データのようでデータ自体が重すぎる上に、この曲12分くらいあるから、プログレス・メーターもほとんど動かず、データ取り込みでも結構時間がかかる…。

Betcha By Golly Wow! Grant Green


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三条木屋町のPIZZA SALVATORE CUOMO & GRILLでランチ!3

三条木屋町、PIZZA SALVATORE CUOMO & GRILLでランチを食べる。これが3回目。今回も先週に続いてパスタ。

SALVATORE CUOMO 3-1

案内されたのはテラス側の窓際で、そこから見る店内はこんな感じ。

PIZZA SALVATORE CUOMO 3-2

テラス側の高瀬川も見えるけど、陣取った席がちょうどテラスに出る出口の傍だったので、いろいろものが置いてありました。店の人がテラスに料理を運んでいくのに目の前を通っていきます。

メニューは同じく3つの中から選ぶようになっていて、選択肢の内容も先週と同じ。曜日でこの3つは内容が変わってるかもしれないけど、選ぶように差し出されたメニューは3回食べに行って全部同じでした。
パスタを食べるつもりだったので、きのこのは先週食べたから残りの選択肢は2つ、オーソドックスなミートソースと、いくらと鮭のトマトクリームがどうしたこうしたというもの、ただしいくらと鮭のほうは無条件で+300円になっていて、ランチメニューのひとつではあっても1000円セットの中には納まってませんでした。

ということで注文したのはミートソース。そして、運ばれてきたのがこんなの。

PIZZA SALVATORE CUOMO 3-3

今回は残念ながら今一つの感じ。
まず見た目で、皿に散らばってる黒い点々はフォカッチャにつけてある香辛料なんだけど、客に出す前にこのくらい拭き取っておいた方が良いんじゃないかと。目の前に運ばれてきたパスタの第一印象がそういうものでした。
ミートソース・パスタは、パスタの食感はこの前と同じで、これは良いんだけど、肉は多めに入ってるものの、ソースはそれほど特徴の無い味でした。
フォカッチャは相変わらずもちもちして塩味と香辛料で食欲を誘うような味付けがしてあります。
食べ終わってみれば、なんか当たり障りの無いものを食べたような食後の印象しか残らなくて、ミートソース・パスタははっきり云って印象が薄いです。
結局ランチ・パスタ三品のなかでお勧めはメニュー2つ目に書いてあるきのこのやつ(正確な名前分からず)ということに。
ミートソースはこれに比べると落ちるし、もう一つのは無条件+300円というのが気にくわないので、注文する気がありません。

ピザの方のランチメニューで試してないのがあるけど、どうしようかな。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


追記 (09 02 18)

この記事を書いてから、週一回くらいのペースでここに食べにきてます。
なんだかんだ云っても、ここに若干はまり気味って云うところでしょうか。

一応ここに書いたのは去年08年の夏の内容なので、ちょっと修正。

ここのランチメニューは内容が結構頻繁に変わります。
ということで、今現在、09年の2月18日現在のランチメニューはこういうものになってます。

ランチメニュー

それで、今日食べてきたのがこのメニューの中のパスタのAセット。注文して目の前にやってきたのはこんな料理でした。

パスタAセット

パスタのAセットはトマトベース、Bセットはアーリオ・オーリオと大体決まっていて、具材が変わっていくという展開になってるようです。Cセットは追加料金が必要なので注文してません。

今回のAとBではAのほうが美味しかったです。アーリオ・オーリオはパスタ自体がシンプルなので具材の特徴がよく出てくるんですが、今メニューに出てるアーリオ・オーリオはどうも味がぼやけてるというか、そんな感じがします。
去年の段階ではトマト・ベースはありきたりすぎて今一みたいな印象だったんですが、今のメニューの二つを較べると、トマトベースのAセットの方がエッジの効いた味になってます。
上に乗ってる白いのは摩り下ろしたチーズなんですが、雪が降り積もるように乗っていて、食べ始めるとクリームのように溶けていきます。このチーズが乗っかってるのもAセットのポイントかもしれません。
牛蒡がどうかなと思ったんですが、トマトベースの方が強いせいかほとんど癖が目立たなくなっていて、食感を楽しめるような具になってました。





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【洋楽】 Solaris - Cliff Martinez

ソダーバーグ版「ソラリス」のサントラです。この映画は突出して音楽が良かった。

実物かサンプリングかどちらかは知らないけれど、バリのガムラン音楽を思わせる音とリズムに乗せて展開するミニマル・ミュージック。
繰り返される短いフレーズが作り出すほとんど動かない単色の音空間に、同じく静的で浮遊感に満ちたオーケストラが時折何がしかの色彩を導いてきます。単色の音空間にその色彩が拡がっていったり、さし色を加えて行ったり。
聴いているとなにかトランス状態にでも入っていくような感じです。

作曲者のCliff Martinezは初期Red Hot Chili Peppersのドラマーだったそうです。



映画のほうもちょっとメモしておくと、

映画は…成功しませんでした。
同名のタルコフスキーの映画が立ち塞がってるから正当な評価もされにくい。正当な評価もされないまま忘れ去られていく運命に、今や両足を突っ込みかけてるようなところでしょうか。
映画のほうは観てから時間がたってるので確かなこともいえないんだけど、物凄く大雑把に云うと愛情(の喪失)みたいなテーマに絞りこんでいて、ある意味分かりやすい作りになってたような気がします。冗長な印象があったものの、原作もそういうところがありました。

映像は宇宙船内がセットにしか見えないというようなことは別にして、絵作りは神秘的で、思索的。音楽がこういうイメージを助ける要因になってるところは多分にありました。というより映画内容そっちのけで、ソラリスの映像と音楽に心奪われてました。

スタニスワフ・レムの原作をあらためて読み直すまでもなく「ソラリス」は異星生物との理解不可能なファーストコンタクトを扱ったSFでもあります。
「ソラリス」の場合は惑星を覆ってる「海」が知性を持ってる。
その海は目的は不明だけど人の心に入り込み心に留まった想念を実体化させる能力を持っていて、調査船に乗り込んだ精神科医クリス(ジョージ・クルーニー)の自殺した妻を、クリスの記憶を元に蘇らせてしまう。

その蘇った妻を前にして、心の傷が再び意識に上ってきたり、ソラリスが作り出した幻影と知りながらも、もう一度やり直せるかもしれないと揺れ動くクリスの心に焦点をあわせた、ソダーバーグのテーマの絞り方は、こういう物語世界があまり生かされてません。そういうテーマで進むから、映画の間中、ソラリスのことじゃなく、内省的なジョージ・クルーニーをずっと観続けてることになる。
別にSFにしなくても十分に語れる内容じゃないかと、映画に関してはそんなことを思ってました。

SolarisSolaris
(2003/03/17)
Cliff Martinez

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Solaris - First Sleep (Cliff Martinez) [HD]



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【洋楽】 Singin' & Swingin' - The Best of Earl Grant

オールディーズです。50年代後半から60年代前半にかけて活動した黒人歌手。
オルガン(ピアノ)を弾きながら歌うスタイルで、ピアニストから後に歌手になったナット・キング・コールとイメージがだぶります。
ところが歌声もナット・キング・コール並みの美声なのに、知名度はナット・キング・コールとは雲泥の差。アール・グラントのほうは、はっきり云って今やモンド系でしか見ないかもしれません。
知名度はかけ離れてますが、わたしとしてはナット・キング・コールよりもアール・グラントの方が好みのところもあります。ナット・キング・コールは確かに美声なんだけど、個人的にフィットするようないいと思う曲があまりありません。なぜか自分でも不思議なくらいピンと来ない。
アール・グラントのほうは、ハモンド・オルガンを弾いてるのも個人的にはポイント高い。ハモンド・オルガンの音って結構好きです。

アナログのLPはそれなりにリリースされてたのに、今CDで手に入れようとしたら、このベスト盤の1枚くらいしか無いのが残念。

Singin' & Swingin': The Best of Earl GrantSingin' & Swingin': The Best of Earl Grant
(1998/10/20)
Earl Grant

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Till The End Of Time - Earl Grant

これがほとんど唯一のヒット曲らしいです。

映画 悲しみは空の彼方に(Imitations of Life)の主題歌




【洋楽】 Godsdog - De-Phazz

ピット・バウムガルトナーのプロデュースしたドイツのバンド。
ラウンジ系、Nu Jazz、エレクトロ・ジャズ系のコンピレーション・アルバムなんかで名前をよく見かけます。

ラウンジ、Nu Jazz系って「Saint Germain Des Pres Cafe」とか「Buddha Bar」のようなコンピレーション・アルバムが、他のジャンルに比べてかなり多いような気がします。

Saint Germain Des Pres Cafe1
↑こういうCD。「Saint Germain Des Pres Cafe」は全部で10枚くらいシリーズがある。

どこかのお洒落なカフェの店内にでもかかっていた音楽を、その店の名前を冠してCDに纏め上げるというような形のもので、そういうコンピものが多いというのは、ラウンジは文字通りとしても、Nu Jazz系も雰囲気の良いBGMといった扱いが一番フィットするというようなことなのかもしれません。

De-Phazzは音楽的にはかなりいろんなジャンルを混ぜ合わせていて、かえって特色が曖昧になってるようなバンドの感じがします。なんか「お洒落なバンド」くらいにしか形容のしようがないと云うか。
ピット・バウムガルトナーのオープン・バンド・コンセプトに従って、主要メンバーはいるものの構成員はかなり流動的だそうです。それとバンドの人数は結構大所帯でもあるみたい。

1曲目の「The Mambo Craze」がわたしのお気に入り。
アルバム全体はダウンテンポものが多くてちょっととりとめがない感じかな。
盛り上がりを避けてるような、フラットで囁くようなボーカルが乗ってしまうと、ダウンテンポの曲だと余程工夫しないとだれて来てしまいがち。
1曲目みたいなマンボが装いを変えながらいくつも入っていたら楽しいアルバムだったんだけど、そういう作りにはなってませんでした。

GodsdogGodsdog
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De Phazz

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The Mambo Craze - De-Phazz


Anchorless - De-Phazz



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【洋画】 THE JUON/呪怨 The Grudge

わたしが持ってるこの映画のDVDは確か、温度によって俊雄が現われたり消えたりするジャケットだったはずなんだけど、知らない間に出っ放し状態になってる…。この印刷ギミックはあんまり長持ちしないのかな。

劇場版1をベースにOV版などからエピソードを集めて一本に纏めたような内容で、全編に渡って既視感があります。舞台は日本のあの家だし、日本版の役者を外人に変えただけって云っても良いかもしれない。これにはプロデュースしたサム・ライミに思惑があって、自分が観た「呪怨」をどうしてもアメリカに紹介したいが、日本人しか出てないとなるとアメリカ人は観ようとしない。アメリカ人に見せる必要性でこういう設定になったとか。日本人に見せることを一義的には想定して無かったってことですね。

いつもの如く時系列を攪拌させた作りになってます。始めて観た外人は面食らうだろうなぁ、何せ今布団で寝てた人が次のシーンで不動産屋に連れられてその家に始めて入ってくるシーンがあったりするんだから。それとも「パルプ・フィクション」なんかで慣れてるかな。
今回のは3つの時系列の断片が時間軸を無視して並べられてるんだけど、3つくらいだと特に意識的にならなくても、観てるだけでそれなりに整理されてきます。あの時系列のシーンでああいう風になってたのはこっちの時系列でこうなってくることに繋がってたのかと、断片が繋がって大きな絵になっていく感じは楽しめる。

全米で2週間トップ、日本人監督としては史上初のハリウッド1位でしたっけ、そんな成績だったらしいけど、でもこれ本当に外人に受けたのか?って云う疑問はあります。「2」が出来たくらいだからやっぱ受けた?
この悪霊にとりつかれるのって、特別な理由も因果関係も何もない、ただあの化け物屋敷に入ったということだけが原因になっていて、どんな形でも家に入ったものは無差別に殺されていく。こういうのって、わたしはそれほど詳しくはないんだけど、要するに「穢れ」じゃないでしょうか、日本人ならお馴染みの。
禍の原因は唯一つで、「穢れ」に触れてしまったこと。こういうのは解決しようとして呪われた因果関係を特定して原因を探っても全く無駄。「穢れ」に対抗できるのは「お祓い」です。
清水崇監督はそういうことを頭に入れてたのか、OV版の第一作で伽椰子や俊雄が悪霊として家に憑くことになった事件について仄めかす程度で説明的には描写しませんでした。だから第一作目では被害者は何故だか良く分からないままにただひたすら呪い殺されるだけ。伽椰子や俊雄の目的?も良く分からない。「穢れ」ならそれを明らかにすることはそれほど重要じゃないです。

アメリカ版では、伽椰子や俊雄が殺された経緯が描写されます。どういう経緯で、なぜ祟るようになったかが一応理解できるように描写される。
もう一つ、アメリカ版では伽椰子、俊雄が随分と肉化されてるんですよね。伽椰子が階段を這いずり下りてくるシーン、殺されたあとで詰め込まれたゴミ袋を引きずって、そこからもがき出る描写を伴って、這い降りてくる。霊化したものじゃなくて、死んだ肉体をそのまま引きずってやってくるような出現の仕方をする。云い変えると、伽椰子も俊雄も感触は幽霊よりもどちらかというとゾンビに近い感じがします。
アメリカ人に理解できたとするなら、おそらくこういう部分のちょっとした変化があったからじゃないかと思います。云うならばゾンビ映画の一種。「穢れ」だけじゃおそらく何のことかさっぱり分からなかったんじゃないかと。清水崇監督は、ここはちょっと意識的にやってたかも知れません。

☆ ☆ ☆

わたしは気がつけばOV版1、日本映画版1,2と「呪怨」シリーズは知らない間に4本も観てしまって、毎回出方がパワーアップしてるとはいえ、さすがに伽椰子が怖いとは見えなくなってきてます。俊雄なんて白塗りでちょこまかすると、もはや怖いどころか可愛らしい。俊雄の霊は同時に殺された飼い猫の霊と混ざり合ってるために、時々猫の声で鳴いたりするのがまた余計に可愛らしい。

☆ ☆ ☆

スムーズに動きすぎてそのことが若干不気味さを薄めていたけど、タイトルの蠢く髪の毛が雰囲気だしてました。タイトルを製作したのはアメリカの会社みたいで、髪の毛が呪物であるのはアメリカ人も一緒なんだなぁとちょっと感心。コメンタリーでも髪の毛が手に絡みついてるような場面で気持ち悪いって発言してた出演者がいました。

THE JUON -呪怨- ディレクターズ・カットコレクターズ・エディションTHE JUON -呪怨- ディレクターズ・カットコレクターズ・エディション
(2005/07/22)
サラ・ミシェル・ゲラージェイソン・ベア

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THE JUON/呪怨 The Grudge トレーラー


原題 The Grudge
監督 清水崇
公開 2004年


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【洋楽】 Big Band Bossa Nova - Quincy Jones

1曲目の「Soul Bossa Nova」は一般的には映画「オースティン・パワーズ」と結びついてるけど、関西人にとってはO坂モード学園(確かこれだったと思う)のCMのほうが馴染みのある曲だと思います。この曲の素性がクインシー・ジョーンズのこのアルバムだって知らない人もわりといそうに思うんだけど、どうでしょうか。
私自身はそんな感じでした。クインシー・ジョーンズって「愛のコリーダ」の印象が強かったりして、あまり趣味じゃないなぁと、名前は知ってたもののずっと食わず嫌いのミュージシャンでした。何かのきっかけで、何が作用したのかは憶えてないだけどこのアルバムを聴いてみて、1曲目がこの良く知ってる曲だったので「あぁ。これだったのか」と妙に感心したことがあります。
CMみたいに流し聴きしていると、全身全霊とことん能天気な曲という印象が強く、「オースティン・パワーズ」が加わって尚のことそんな感じになってます。
でも、その気になって聴いてみると、これ意外とかっこいいんですよ。

驚くのは録音されたのが40年近く前だってこと。曲は古びた感じになんて全然なってないし、リマスターのせいかCDに記録された音は最近録音された音源みたいにクリアな状態で聴こえてきます。

収録曲では「On The Street Where You Live」辺りが気に入ってるんですが、とにかく1曲目が知られすぎてるので、このアルバムといえば「Soul Bossa Nova」となってしまっているようで、YouTubeを探してみても「Soul Bossa Nova」ばかり。
こうなると1曲目だけの印象が強いのもこのアルバムの不幸じゃないかと思います。

Big Band Bossa NovaBig Band Bossa Nova
(2005/10/24)
Quincy Jones

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Soul Bossa Nova - Quincy Jones




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【洋画】 耳に残るは君の歌声

ロシアの貧しい村に住むユダヤの一家の少女フィゲレ(クリスティーナ・リッチ)が、アメリカに出稼ぎに行ったまま音信が途絶えた父親(オレグ・ヤンコフスキー)を追って、大戦前夜のヨーロッパからアメリカへ旅をする話です。
政情不安やユダヤ人迫害など外的な要因で動く他ない場合もあるものの、父親はフィゲレが行動を続ける最大の動機になってます。

ところが映画ではこの父親は、幼少時代のフィゲレと共に暮らし、美しい声で子守唄を聴かせているような生活を写すプロローグと、最後の数分にしか登場しません。
原題の「The Man Who Cried」のThe Manが誰を指すのかということだって、この映画の主要男性登場人物の他の2人、パリ時代の恋人チェーザー(ジョニー・デップ)とパリのオペラ歌手ダンテ(ジョン・タートゥーロ)を合わせても父親以外にないと思うのに、映画のタイトルになっていながらこの出番の少なさ。

フィゲレにも、ロシアから追われるようにしてイギリスに渡り、そこからパリの劇団の踊り子になるくらいまではまだ幼少時の父親の記憶を携え、父の面影を追っているようなところがあるものの、パリの劇団でチェーザーに出会ってからは、チェーザーに熱を上げて、チェーザーの話が中心になっていきます。パリ時代のフィゲレにははっきり云って父親の歌なんかちっとも耳に残ってません。

代わりに中心的になったチェーザーの話も、ナチのパリ入場に合わせて切り捨てられて、この時点でパリにいるのが危険となって、ようやくアメリカに渡る筋道に戻ってきます。ところがアメリカに渡ってからの展開は、二、三回聞き込みをした程度で簡単に父親の居場所がわかって、そのまま再開シーンになだれ込み。
アメリカに渡ってからの話はそこで何かが展開するというよりも、全部がまるでエピローグのようで、パリ時代の話から見ればもう完全に付け足しとしか思えないような扱いになっていました。こんなに早く簡単に見つかるなら、パリでジョニー・デップと恋愛してないで、さっさとアメリカへ渡ればよかったのに。
父を追って旅をするテーマから見ればパリの劇団での話は全くの寄り道で、映画は途中で完全に主題を見失っています。

演出の不足というか、説明の不足というか、そういう部分がいろんなところにある映画でした。
わたし自身が歴史にそれほど詳しくないということを棚に上げても、やはり映画内で起こってる出来事の素性がよく分からない。
フィゲレが村を出るきっかけになる暴動、村の焼き討ちも「あいつらがやってくる」程度の一言でしか説明してくれない。あいつらって誰?
イギリスへ船で渡る時、一緒に行動していた年長の少年たちだけ関門で止められて船に乗れないんですが、何故止められたのか説明してくれない。
フィゲレはイギリスに着いたとたん、おそらく孤児だけを並ばせてるんだろうけど、その列に並ばされて「スージー」という名札をかけられ、今日から「スージー」だと云われる。並ばせて名札をかけているのが何の組織かも分からないし、何故「スージー」という名札が用意されていたのかも説明がないし、フィゲレがその名札を身につけなければならない理由も分からない。
全てを語るのはこれもまた冴えない演出だと思うものの、ここまで省略した演出だと、理解さえできない状態になってしまいます。

☆ ☆ ☆

パリの踊り子時代に出てくる踊り子仲間のローラ(ケイト・ブランシェット)、このケイト・ブランシェットが八面六臂の活躍でなかなか良かった。同じロシア出身ということでフィゲレと同居したりするくらい仲良くなるんだけど、自分に利益になることとかはフィゲレを差し置いても結構したたかであったり、かといって友達を利用するだけじゃなくて、多少は自分の利益にかなってる部分も含んで打算的ではあっても親身になって付き合ったり。おまけに陽気で華やかで、あの時代の写真とかで見る女性のイメージや雰囲気を全身で体現してるようなキャラクターでした。あっけない最後が可哀想だったんだけど。

クリスティーナ・リッチは本当に特異な雰囲気を持っていて、一歩間違えばフリーキーなイメージになってしまいそうなところがユニークで面白い。踊り子のフルメイクで画面に出てる時は、もうまるでほとんどブライス・ドール。
あと子役がよくもまぁこんなに似てる子供を見つけてきたと思えるくらいそっくりでした。とても可愛らしかった。

パリの劇団の団長はハリー・ディーン・スタントン、「パリ、テキサス」のトラヴィスです。さらに云うと「エイリアン」で猫のジョーンジィを追っていって最初にエイリアンの餌食になるクルーでもあります。こうやって見ると随分と年食ってます。

☆ ☆ ☆

元々監督が目論んでいたように、この映画は音楽映画です。残念ながら映画としては空中分解してますが、音楽映画としての見所はかなりあります。クロノス・カルテットとフレッド・フリスのスコアが映画全体に敷き詰められるし、ビゼーのオペラ「真珠採り」の楽曲「耳に残るは君の歌声」は画面上のジョン・タートゥーロ演じるオペラ歌手ダンテを通して聴こえてくる他に、音楽の形態を変えながら幾度も繰り替えされます。
何よりも特筆すべきなのは、ジプシー楽団タラフ・ドゥ・ハイドゥークスが劇中でロマ・ミュージックを披露してくれることです。これは、実際に演奏してるのを観ながら聴く機会なんてあまりないだろうから、単純に面白い。

☆ ☆ ☆

物語のラストはまるで斧でぶった切ったような終わり方をします。一般的にはこの終わり方は不評なんだろうけど、わたしは結構好き。
それまですべてがある速度で進んでたのに画像の方だけいきなりその場で止まってしまったために、一緒に進んでた情感だけが勢い余ってさらにその先にちょっとだけ足を踏み出したような形になって、映画から受けたその感情の形が、勇み足で飛び出した分だけよく見えるような終わり方だと思ったから。
終わり方としては盛り上げるようなシーンをごたごたと続けるよりもむしろ余情をもって潔いと思いました。

耳に残るは君の歌声耳に残るは君の歌声
(2005/11/25)
クリスティーナ・リッチジョニー・デップ

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耳に残るは君の歌声 トレーラー



原題 The Man Who Cried
監督 サリー・ポッター(本当です)
公開 2000年


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【洋楽】 We Are the Pipettes - The Pipettes

We Are the PipettesWe Are the Pipettes
(2007/10/02)
The Pipettes

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60年代風ポップ・ミュージック、フィル・スペクターのウォール・オヴ・サウンドとか、モータウンとか連想するような、ガール・グループの現代的な再構築です。仕掛けたのはモンスター・ボビー。音を聴くとアメリカから出てきた感じが強いけど、本当はイギリス。イギリスのインディーズ・シーン出身です。
素直に楽しく、元気でキュート。
最初に耳にした時はニッチな領域狙いなのかなとも思ったものの、「GAP」の店内を歩いてると、普通にBGMとしてかかってたのに遭遇したことがあります。
日本でこういう感じのグループを作ろうとしたら、隅々までコンセプトで固めて、たとえばもうちょっと統一感のある振り付けとかしそうなものだけど、PVなんか観てるとイギリスはそうでも無さそうな感じです。
現在ではメンバー全員が脱退して、別人に代わってしまってるとか。

Pull Shapes - The Pipettes


PVの印象がまるで映画の一部を切り取ったみたいに見えるのは、実はラス・メイヤーの映画「ワイルド・パーティー (Beyond the Valley of the Dolls)」の一部と似せて作ってあるから。こういうのってある種オマージュになってるのか、ただのパクリなのかどっちなんでしょう。

Beyond The Valley Of The Dolls


Because It's Not Love(But It's Still A Feeling) - The Pipettes


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【邦画】 HOUSE (ハウス)

HOUSEHOUSE
(2001/09/21)
池上季実子大場久美子

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稚拙な視覚効果が目立つ映画という印象が一番強く残ります。さらにホラーもののフォーマットに従って出来上がってるけど、もともと怖さなんてまるっきり狙ってない映画です。

狙ってるのはバッド・テイスト、それも気持ち悪い類じゃなくて、「ポップな悪趣味」とでも云えそうなもの。
でもその狙いもあざとさが先にたってその部分ではあまり面白くありません。映画全体を覆っている稚拙な視覚効果も、効果自体を悪趣味に見せるためにあえて稚拙にやってるんだと思うけど、本当に拙い技術でやってるようにも見えて、そう見え出すと興ざめでした。
レビューで「当時の技術では最先端だったんだろうが今観ると~」なんてことを云われてるのを見ることがあります。でも、この映画、撮られたのは「スターウォーズ」と同時期で、アメリカと日本の事情の違いはあるとしても、この程度の技術は当時の最先端でも何でもないわけで、わざと意図的に稚拙にやってるのをこんな風に見られた時点で目論みとしては失敗してます。

話自体は夏休みに田舎のおばさんの屋敷に遊びに行ったら、出迎えたおばさんは本当はもう亡くなっていて、屋敷はお化け屋敷になり、泊まりに行った女の子たちが次々と家に食べられていく、といった単純なものです。
そういう話の脚本にも「ポップな悪趣味」が安っぽく全開しています。
登場する女の子がお互いに「オシャレ」だとか「メロディ」だとか「クンフー」だとか「ファンタ」だとか「スィート」だとか、そういうとんでもないニックネームで呼び合う段階で、観てるのが気恥ずかしくなってくるのを皮切りに、鳥肌が立つほどの台詞がてんこ盛り。観ていて気を許すと、安っぽい特殊効果の画面に乗って、そういう気恥ずかしいものが山のように目の前に押し寄せてきます。

わたしは「バッド・テイスト」な映画は、好んで観るほどではなくてもそれなりに楽しめる方なんですが、この映画の悪趣味さにはどこかピントが外れてる印象が付き纏ってました。

少女が一杯出てくる、「少女コレクション」のほうでは、この映画は力が入ってました。映画全体が大林宣彦の美少女主義で隅から隅まで塗りつぶされてます。
でもこういう部分は今となってはとても貴重。特にコメットさんの大場久美子が画面の中で生きて動いてるのが物凄くポイント高い。
以前のDHCのコマーシャルでは、まるで観音菩薩みたいに納まりかえっていた神保美喜も、この頃は物凄く初々しい。

HOUSE (ハウス) Trailer


監督 大林宣彦
公開 1977年


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三条木屋町のPIZZA SALVATORE CUOMO & GRILLでランチ!2

三条木屋町のPIZZA SALVATORE CUOMO & GRILL 京都でランチを食べる。前回はピザだったので今回はパスタ。
ピザ同様こちらも3種類の中から選ぶようになってます。この3種類は日替わりなのかな?

窓際のテーブル席に案内されて、ちょうど高瀬川が見えるような位置でした。こんな感じ。
SALVATORE CUOMO2-1

サラダとドリンクを先に持ってきました。今回注文したドリンクはオレンジジュースです。
SALVATORE CUOMO2-2

その後暫らく待ってると、パスタがやってきます。ベーコンときのこのパスタ(正確な名前を忘れた)には、窯焼きフォカッチャが2枚乗っかってます。
SALVATORE CUOMO2-3

わりとしっかりした味付けで、パスタの食感も凄く良い。前回食べたピザよりも食後の満足感はあるみたいです。窯焼きフォカッチャがもちもちしたピザ生地を焼いたみたいなものなので、ピザを頼んだわけでもないのに、ピザもちょっと食べたような感じになりました。

料金はピザと同じく1000円。今度は他のパスタを食べてみよう。

<三条木屋町のPIZZA SALVATORE CUOMO & GRILLでランチ!3>へ続きます


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【洋楽】 Koop Islands - Koop

クープ・アイランズクープ・アイランズ
(2006/09/27)
クープアーネ・ブルン

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ジャケットのビジュアルからは妙な方向を向いた音楽をやってそうだけど、聴いてみると随分とオーソドックスなタイプの曲が並んでます。
スウェーデンのマグナス・ジングマークとオスカー・シモンソンの2人組みのユニット。
こういうNu Jazz系統の音楽って、体脂肪の少なそうなビートで刻んでくるようなのが多いという印象があるんですが、これはそういうのとは違った柔らかい音で組み上げてます。典型的なダンス・ミュージックとは微妙に距離を置いたような作り方をしてる。
北欧のクラブ・ジャズ・シーンでは結構な人気らしいです。

でも、ジャズ的なイディオムが一杯ばら撒かれてるけど、聴いた感触ではあまりそういうものを聴いたという感じが残りません。聴いてて心地良いんだけど、悪く云えば、ちょっと上辺だけみたいな感じ。昔からのジャズファンが聴けば、こんなのジャズじゃないとでも云いそうです。

Come To Me - Koop

ふわふわとして、とてもキュートな曲です。歌ってる日本人風の女性はユキミ・ナガノ、 日系スウェーデン人だそうです。

I See A Different You - Koop


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【洋画】 ピッチブラック

ピッチブラック ディレクターズ・カットピッチブラック ディレクターズ・カット
(2005/02/26)
ヴィン・ディーゼルラダ・ミッチェル

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カタカナのタイトルを見て、性悪の黒人女が悪行の限りを尽くす映画だとしばらく勘違いしてました。ビッチじゃなくてピッチだった。

殺人犯リディック(ヴィン・ディーゼル)が出てくる映画の1作目です。後にその名前を冠した「リディック」(原題 THE CHRONICLES OF RIDDICK)という続編が出来ることになるわけですが、これを作ってる段階でそういうことまで視野に入れてたというよりは、これが出来上がってみたらリディックというキャラクターが予想外に立っていたので、続編に結びついたという感じでしょうか。この映画を観る限りでは、他の登場人物も合わせた中でリディックだけキャラが立ち過ぎた分、あからさまに異質。
目を加工して暗闇でも見えるとか超人的な身体能力を持ってるとか、そういうのも合わせて、まるでリディックだけコミック世界のキャラクターみたいでした。

☆ ☆ ☆

人や貨物を運ぶ定期輸送宇宙船が流星雨に遭遇して近くの惑星に墜落。宇宙船に収容されていた護送中の殺人犯リディックを含め、数人の乗客が不時着から生き残れたが、不時着した惑星には夜になると活動する凶悪なエイリアンが潜んでいて、タイミングの悪いことに、不時着した後それほど時間を置かずに22年振りの日食が始まり、惑星に長い夜が訪れることになる、といったようなストーリー。

一つの話の中にエイリアンの魔手から生き残っていく話と、不時着で収容状態から逃れた殺人犯リディックの話の2本が存在していて、まるで水と油みたいに両方が馴染んでません。大体、未知の惑星に不時着してそこから脱出できるかどうかも分からないのに、収容状態から逃げた凶悪犯が生き残った人間に危害を加え始めるなんていうストーリー自体が不条理です。
だからなのか、リディックはわりと早目に良い人振りを発揮し始めます。
ヴィン・ディーゼルって目が優しすぎて、全然悪人に見えないんですよね。あるいは目だけじゃなくて、全身からも良い人オーラを発してる。映画のほとんど初めから子供がなついてるような演出をしてるし、結局は全員が生き残れるようにその能力を生かして手助けする役に落ち着いていきます。
リディックは一応最後まで悪人である状態を全面的には捨てなかったんだけど、リディックの悪人側面をどう生かしたかったのか、ちょっと分かり難い映画になってます。

☆ ☆ ☆

昼の惑星の描写は3つの太陽に照らされてる光景とかよく出来てるんだけど、夜がやってくる後半は画面上で目を惹きつけるようなものがほとんど無くなってしまいます。
エイリアンがうじゃうじゃいる平原を横断して、不時着した宇宙船から持ち出した動力源を、エイリアンに全滅させられた惑星調査の先遣隊の基地にあった、脱出用の宇宙艇まで運んでいく。映画の後半はそういう行動が話の中心になって、闇の中でだだっ広い屋外に出てしまうものだから、本当に何にも観るものがないといった画面が続くことになります。
こういう画面構成が後半続くから宇宙ものにしてはスケール感が小さくて、映画全体がこじんまりした印象になってるようです。

暗闇を移動していく後半のサバイバルシーンは、別の映画のどこかで観たような感じのものが見え隠れするものの、意外にというか、それなりに緊張感のある危機的なシーンが繋がっていくので、所々に二番煎じ感はあってもわりと楽しめるものになってます。
エイリアンに体の構造上死角があることを発見したリディックが、エイリアンの目の前にいながらエイリアンの動きにあわせて死角から外れないように動くところなんか、アイディアもそうなんだけど、ゆらゆら動き回るヴィン・ディーゼルの動きそのものが面白かった。

☆ ☆ ☆

最初の宇宙船の墜落と不時着のシーンは見事の一言。低予算映画とは思えないほど迫力満点でした。

☆ ☆ ☆

「サイレントヒル」のラダ・ミッチェルが唯一生き残る宇宙船の操縦士キャロリン・フライ役で出てます。「物体X」のキース・デヴィッドも。こちらはイスラムの巡礼者という思い切り予想外の役で。

ラダ・ミッチェルのキャロリン操縦士は冒頭の不時着時に、船体を制御するために乗客ブロックを乗客ごと切り離そうとした冷酷なエピソードがあるので、ラスト近くの場面で、交わした約束を実行するために、助けを待つ者の元へ自らの命をかけて戻る決断をするのが効いてきます。かっこいい。

Pitch Black Trailer


原題 Pitch Black
監督 デヴィッド・トゥーヒー
公開 2000年


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