【京都】紅葉 北野天満宮と東福寺 +静かな人の静かじゃない側面の静かな部分

この前のモノクロの記事を書いてから、次はひらパーのことを書こうと思ってちょっと手をつけたりしてたんですが、いつものようにのんびりやってたら紅葉の季節が急にやってきたような状態になって、急を要するといえばいつもそこにある遊園地の話題よりは短い季節限定の紅葉だろうと判断。ここはひらパーの記事はしばらく横に置いておいてまず紅葉の写真を撮ってこようと思い立ちました。実際のところ京都は秋になってもなかなか寒くならず、最近になってから急に季節が進んだ感じで紅葉の季節も一挙にやってきたような感じになりました。
わたしが東福寺に写真を撮りに行った日の読売のオンライン・ニュースでもそういったことが取り上げられていたようでず。

しばらく前から、どちらかというとわたしは桜のほうが好きなんですけど、まぁ季節の話題だから何処かで紅葉の写真は撮ってこようと思っていて、でも思いはするけれどなかなか場所が決まらず、比叡山の辺りは結構早い段階で見頃のサインが出ていたりしたものの、比叡山は夏に話題にしてるし間を空けずに同じようなところにいくのもなんだかなぁと云う気分でいました。それでとこにしようかいろいろと思い巡らしてるうちに、モノクロの記事の時にちょっとだけ取り上げた北野天満宮なんかが話の続き具合という点で良いんじゃないかなと思い立ち、北野天満宮で不都合なところもないので、そこを半ばターゲットと決めてから、身頃のサインが出るのを待ってました。
やがて上に書いたようにこの一週間ほどで京都は急に冷え込んできて北野天満宮にも紅葉は見頃という情報が出始め、それならばと25日に北野天満宮に写真を撮りに出かけてくることにしました。最初に書いたのと話が違うように見えますが、一番の目的地として選んでいたのは北野天満宮でした。

モノクロ写真のスペースハリアー石灯篭を撮った時は出町から延々と歩いてやってきて思った以上に遠くてちょっと辟易した場所。本当はバスで行くのが一番簡単なんですがわたしはバスが大嫌いなので、今回は嵐電に乗って行くことにしました。嵐山に行く電車なんですけど、嵐電なんてほとんど乗ったことがないから、北野天満宮の近くまで通ってるというのは調べてみて始めて知ったことでした。
京阪の四条で降りて阪急で四条大宮まで出て、四条大宮の嵐電の始発駅から京都で唯一残ってる路面電車に乗ります。実は四条大宮ってわたしが以前住んでいた壬生御所ノ内町の元祇園さんの近く、子供の時のことだから近くといっても大宮はそれなりにちょっと遠い感じはしてましたけどそれでも生活空間の領域に入ってる場所でした。四条大宮の交差点に降り立ってみると昔あった大宮東映はとっくの昔に無くなっていたりして、なんだか感慨深いところもあったりします。最近何度か昔住んでいたところの写真を撮りにこの辺りにはきてはいたんですけど、嵐電に乗るのはなんだか初めてじゃないかなという気分で駅の構内に入りました。子供の頃嵐電は線路上を走ってるのも飽きるほど見ていたけど、なぜか乗ったことはなかったんですね。
嵐電はその名の通り嵐山に行くのが目的の電車。でも途中「帷子ノ辻」という駅で「嵐山本線」と「北野線」とに分岐していて、嵐山行きとは別のもう一つの路線である「北野線」に乗り換えて終点の「北野白梅町」で降りれば、あとは駅から東の方向に5分ほど歩けば北野天満宮に到着します。出町から歩いた時は東から西に向けて歩いていたので天神さんを挟んでちょうど反対側から近づいていく形になってました。
ちなみに嵐電の停留所の名前はこの「帷子ノ辻」をはじめ「蚕ノ社」だとか「有栖川」だとか「鳴滝」だとか、どこか冥界にでも通じてるような妖しげでイメージ豊かな名前が揃っていてなかなか楽しいです。

参考までに嵐電のホームページ

わぁこんなに近くに電車で来られる駅があったんだと大発見でもしたような気分で北野天満宮に着いてみれば、25日のこの日はちょうど市が立つ日でもありました。

天神さんの市の屋台
Nikon FM3A Ai-S Nikkor 50mm F1.4 : FUJI Reala Ace 100

天神さんの市2
Nikon FM3A Ai-S Nikkor 50mm F1.4 : FUJI Reala Ace 100

市が立つ日だったというのは全く失念していて、予想外の混み様にちょっと気分が引けてしまいました。普通だったら何もない日だと思ってやってきて屋台が出てるのに出くわしたりしたのなら、これは儲けものとばかりに楽しくなってくるはずなんでしょうけど、この日は天神さんの紅葉の写真を撮りに来たという目的があったために、紅葉見物の客に市を目的にする客が加算されて人出が多くなってるのはあまり歓迎するような状態じゃなかったし、市が立ってるのを見たら屋台の写真も撮りたいという気分も持ち上がってきて、紅葉の写真を撮る目的との配分に気持ちが揺らいでいく部分も出てきてました。
そんな予想外の気分で天神さんに足を踏み入れて、参道を歩いてるうちに、たとえ気持ちが揺らごうととにかく紅葉が目的と思い直して、屋台の写真はちょっと撮っただけで撮りたくなったらまた別の日にと切り上げ、後は紅葉を目当てに本殿のほうに向かうことにしました。
ちなみに北野天満宮は天神さんといわれるのでも分かるように菅原道真を祭神とした神社です。全国各地に天満宮はあるんですけど、その中でも北野天満宮は菅原道真を宗祀とする神社という扱いになってます。菅原道真は学問の神様なので学業成就を願う人が参拝に来る神社ですね。

本殿
Nikon FM3A Ai-S Nikkor 50mm F1.4 : FUJI Reala Ace 100

本殿の様子。人が多かった分参拝する人も列を作って並んでました。

境内の中にはこの前の記事にも書いたんですけど、牛のご神体が至るところに祭られています。菅原道真と牛は道真の生まれた年が丑だったとか、大宰府に下った時に牛に乗っていたとか、牛が刺客から道真を守ったとか、色々と伝説があって、密接な関係にあるらしいです。

牛
Nikon FM3A Ai-S Nikkor 50mm F1.4 : FUJI Reala Ace 100

どうやら体の具合が悪いところとか悪くなって欲しくないところを撫でるとご利益があるようで、参拝客は牛の思い思いのところを撫で回してました。

☆ ☆ ☆

さて肝心の紅葉なんですが、北野天満宮の紅葉はこの本殿周辺じゃなくて境内の西側に沿って南北方向に伸びている、豊臣秀吉が作った京都を囲む土塁である「御土居」の史跡、この史跡は一部分しか現存してないんですけど、その「御土居」に沿って流れる紙屋川(中流の北野天満宮の傍らを流れる部分は天神川とも呼ばれてます)の周辺に残っている林を指していて、この自然林が色づいて紅葉の景観を形作ることになる一角がもみじ苑として公開されることになります。
本殿周辺は鮮やかな黄色い葉をつけた巨木が一本立ってはいたけど、他はほぼ緑一色という印象だったので、紅葉を撮るのが目的でやってきたわたしとしてはこのもみじ苑に入ってみる以外に選択肢はなくて、本殿周辺をざっと散策したあとで、とりあえず入場料の600円を払って中に入ってみることにしました。でもこの日は家を出る頃こそ晴れてはいたんですけど時間が経つに連れて太陽の勢いは力を無くしていくような日でした。もみじ苑の入り口に到着して空を見上げてみると、そんなわずかな時間の間でさえも見ているまに空は曇ってくるしもみじ苑入り口から垣間見えるところには赤い色一つ見えないので、目的はここにしかないと分かっていても、入るにはなんだかちょっと嫌な予感がしてました。

もみじ苑に入ってほぼ目の前に赤い欄干の展望台のようなところがあって、そこに登って見えたのがこんな光景でした。

もみじ苑01
Nikon FM3A Ai-S Nikkor 50mm F1.4 : FUJI Reala Ace 100

下を流れる天神川を見下ろすように設置された展望台から対岸に見える巨木で、展望台のそばにあった解説板によると「三叉のもみじ」という固有の名前がつけられている樹齢400年を超える有名な木らしいです。秀吉が「御土居」を建造する以前からここに生えていて、わたしが行った時の天神川はほとんど水気がなかったですけど、昔は氾濫も起こしており、そういう危機的な時も耐えて今に残る巨木なんだそうです。
展望台ではどうもこの日の夜、というか日が暮れてライトアップが始まる頃に何かコンサートのようなものが開催されるようで、その準備が始まってました。

コンサートの準備
Nikon FM3A Ai-S Nikkor 50mm F1.4 : FUJI Reala Ace 100

展望台から川縁に降りていく階段があって、下に下りたところには対岸に渡れるように赤い橋が掛けられています。

赤い橋
Nikon FM3A Ai-S Nikkor 50mm F1.4 : FUJI Reala Ace 100

渡る人は必ずここで紅葉をバックにかならす立ち止まって記念撮影をしていくので、人が途切れていなくなる合間を縫ってシャッターを切りました。それでも隣で撮影してる人の手が写りこんでしまった。

紙屋川沿いの道
Nikon FM3A Ai-S Nikkor 50mm F1.4 : FUJI Reala Ace 100
紙屋川(天神川)沿いの散策路。

もみじ苑の紅葉1
Nikon FM3A Ai-S Nikkor 50mm F1.4 : FUJI Reala Ace 100

もみじ苑の紅葉2
Nikon FM3A Ai-S Nikkor 50mm F1.4 : FUJI Reala Ace 100

これはちょっと面白い写り方をしたかな。曇り空でしかも空を背景にしてるから暗くてあまり色味が出てないけど。もみじの向こうにある木の葉が不定形の模様のようになってアクセントになってる感じ。

もみじの写真ばかりを並べるとそれなりに紅葉が空間を占めてるような印象になりますね。でも橋の写真でも分かるように、見頃だというから来てみたものの、実際はこれでどこがもみじ苑?っていうような状態でした。川縁に降りても展望台から眺めても紅葉してるのは全体の3割くらいだったかなぁ。解説なんかの印象からすると、三叉のもみじがとにかく主役でそのほか250本近く紅葉になる木は植わってるそうだけど、それはあくまでも三叉のもみじの引き立て役、見頃という情報は三叉のもみじが見頃になったということで、もみじ苑そのものが紅葉に埋め尽くされるという意味じゃなさそうという印象でした。
おまけに川縁に降りてからの散策路なんですが、入場口近くの展望台から下に下りて、写真の赤い橋を渡って対岸に行き、川縁を南に下り、南端で反対側に渡る橋があるのでそこを渡って展望台側の川縁を再び赤い橋に向かって散策するという順路になって、この天神川の川縁というのがほぼ北野天満宮の南北の長さくらいしかないものだから、川縁の往復もあっという間に回りきってしまうんですね。

川縁を一巡りして展望台のあった高さまで戻ると、まさしく入場した時の展望台が見える場所に出てくるので、もうこれでお終い?って云うのが正直な感想でした。
一応入場券には茶菓無料サービス健というのがついていたので、それがもらえる茶店のほうによってみます。
ここがまた時代劇の街道沿いにでも見るような、屋根こそはあるけど、吹きさらしの場所に床机が並んでるような体裁の茶店で、いわば和風テラス席といった感じでした。わたしはテラス席にはまってると書いたけどここまで寒くなってくるとテラス席よりも部屋の中で寛ぎたいので、薄いお餅に味噌餡がはさんであるお菓子を一つ提供してもらって、ほうじ茶を一杯飲んだだけで茶店を出てきてしまいました。

結局茶店を出た足でそのままもみじ苑も出てきてしまい、曇り空に3割の紅葉という結果を背負って、屋台で賑わってるのに気分はなんとも冴えない思いで北野天満宮を後にすることになります。
撮った写真は20枚くらいで半分ほど残ってるのを撮りきらないと紅葉の写真を目にすることは出来ないとなり、帰ったその日に何処か別の見頃になってる場所にもう一度紅葉を撮影に行こうと決めてしまいました。


☆ ☆ ☆ 東福寺編 ☆ ☆ ☆


もう一箇所として決めたのが東福寺。これもモノクロの記事に橋の写真とか撮った場所として出てきてるので、これまた記事繋がりでちょうど良いんじゃないかと思っての決断でした。
それで翌日の26日に再び紅葉撮影に出かけてきました。前日の曇り空と比べてこの日は一転して晴れ。多少の雲は出てきてはいたけど、曇り空になるほどでもないという天候でした。
所持していったカメラは北野天満宮であと半分取り残したフィルムが入ってるFM3Aとそれ以上撮る場合のために10枚ほど撮っていたCONTAX TVS2の2台。それと予備にフィルムも一本バッグに入れてました。もう一つ賑やかしにトイデジのVQ5090も久しぶりにポケットに突っ込んでおきました。

京阪の東福寺駅で下車。普通電車しか止まらない駅です。
この前撮った九条跨線橋は駅を降りて西の方向に行くんですが、東福寺の場合は東に進路を取ります。
電車を降りて普通しか止まらない小ぶりの駅の改札を出たところで、なんだか嫌な予感に襲われました。明らかに人が異様に多いんですよね。橋の写真を撮ってた頃は降りる客なんて大していなかったのに、この日はスムーズに歩けないくらいの人が駅の改札を出た辺りから道に溢れてました。改札前には臨時の切符売り場が出来ていて、そこにも長蛇の列が出来ています。

駅前から溢れていたのはもちろん東福寺の紅葉目当ての参拝客です。全員が橋のほうなんかに向かわずに反対側の東福寺に向けて列を成して進んでいきます。東福寺の駅から東福寺までは歩いて5~6分程度の距離でその通りは東福寺駅の前から交通整理の警官だか警備の人が点々と配置されていて、東福寺向かう客や帰って来る客の列の整理に忙しそうでした。
駅前の混雑は通りが広くなると多少は余裕が出来て進みやすくはなるものの、それでも行列を作って東福寺に向かいます。

東福寺の紅葉は東福寺自体が東山月輪山麓にあるせいか、境内に三ノ橋川が流れる洗玉澗という名前の渓谷があって、渓谷とそれに隣接する庭園の周辺に密生している木々が色づいて景観を成すような形になっています。そして渓谷の一部は寺の領域を出ても続いていて、東福寺の正門へと至る道もその渓谷を跨ぐ形で続いており、東福寺にに入る前にその渓谷にかかる橋、臥雲橋という名前がついている橋を渡る時に、渓谷の紅葉の一部を垣間見ることが出来るようになってました。

ここで参拝行列はまるで満員電車のような様相を帯びてました。なかなか前に進まないし、橋にたどり着いても渓谷の写真を撮ってる人が橋の縁に固まって動こうとしないんですね。交通の整理をしてる係りの人が1~2枚撮ったら他の人に場所を譲ってくださいと連呼してるし、境内に入ったらもっときちんと見られる場所があるから立ち止まらないでくださいとかいろいろ声をかけてました。

臥雲橋の参拝客
CONTAX TVS2 : FUJI PRO400 H

臥雲橋の様子。これは帰り際に撮ったもので、時刻にすると4時過ぎくらい。幾分混雑ぶりはましになってました。
下の写真は臥雲橋からみた渓谷の光景。まだ東福寺に入ってないのになかなかの光景を見せてくれます。一応撮影できる場所が開くのを待って撮ってます。でも人並みの中でマニュアルカメラのスローな撮影はなかなか難しかったです。
この橋の上に立つと東福寺内での渓谷を渡る通天橋が対面はるか向こうに見えて、まるで鏡面に向かい合ってるようでちょっと面白い光景でした。

臥雲橋からの眺め1
Nikon FM3A Ai-S Nikkor 50mm F1.4 : FUJI Reala Ace 100

臥雲橋からの眺め2
Nikon FM3A Ai-S Nikkor 50mm F1.4 : FUJI Reala Ace 100


その後また少し参道を歩いて東福寺の正門?らしい月下門にたどり着きます。ちなみに東福寺というのは摂政九条道家によって建てられた禅寺で、奈良で最大の東大寺と興隆を極めた興福寺にあやかって、それぞれから一字貰って名づけられてるそうです。

参道
Nikon FM3A Ai-S Nikkor 50mm F1.4 : FUJI Reala Ace 100

お寺の中の光景も一枚だけ貼っておきます。本堂南側にあった三門。禅宗のお寺にある三門としては現存するものとしては日本最古のものだそうです。大きすぎて50mmレンズでは全体は入らず。もっともこういう絵は全体を示すことは必ずしも必要でもないので、これでもかまわないと思ってます。

東福寺三門
Nikon FM3A Ai-S Nikkor 50mm F1.4 : FUJI Reala Ace 100

☆ ☆ ☆

東福寺の紅葉は渓谷に架かる橋である「通天橋」からの景観と、その渓谷に隣接するように設えられた普門院庭園の二箇所で構成されてます。通天橋への拝観料400円で橋を通ることが出来、橋の廊下の行き着く頂上にある開山堂、ここには砂に文様をひいた石庭があって、ちょっと竜安寺風の風情のお堂だったりするんですけど、そういうお堂を参拝したり、その通路から庭園に下りることが出来るようになってるので、紅葉の庭園を散策したり、また橋が架かっていた渓谷に降りていったりして、散策は結構変化に富んでるところだと思います。北野天満宮の川の周囲を一周するだけのところよりも歩いていて面白かったです。

通天橋からの眺め
Nikon FM3A Ai-S Nikkor 50mm F1.4 : FUJI Reala Ace 100

通天橋から
Nikon FM3A Ai-S Nikkor 50mm F1.4 : FUJI Reala Ace 100

拝観料を払って廊下を行けばすぐに通天橋に行き着きます。そこから見た渓谷の眺め。上の写真で向こうに見えてるのが正門に着く前に渡った臥雲橋です。

開山堂付近の紅葉
CONTAX TVS2 : FUJI PRO400 H

渓谷に降りていく道から
CONTAX TVS2 : FUJI PRO400 H

通天橋を通り過ぎる頃にFM3Aに入れていたフィルムが終了。ここからはサブで持っていってたCONTAX TVS2で撮ってます。予備のフィルムも持ってきてはいたけど全部撮りきる自信がなかったので、FN3Aには詰めませんでした。
上は開山堂手前の紅葉。開山堂まで登ってから普門院庭園まで降りてきて、そのまま渓谷に下っていく道から撮ったのが下の写真で、こちらは通天橋を含む光景です。

渓谷に下りる途上
CONTAX TVS2 : FUJI PRO400 H

☆ ☆ ☆

渓谷の風景1
CONTAX TVS2 : FUJI PRO400 H

渓谷の風景2
CONTAX TVS2 : FUJI PRO400 H

渓谷の光景3
CONTAX TVS2 : FUJI PRO400 H

渓谷に降り立った辺りの風景です。直接的な光が幾分和らいだ感じで幻想的な雰囲気を身に纏ってる感じがします。わたしは紅葉というと真っ赤じゃないと物足りないと思うほうだったんですけど、ここの紅葉や黄色やさらに緑まで混じった光景のほうが絢爛豪華じゃないかって認識を改めるようなところがありました。紅葉でもなんでもない緑さえもが紅葉の絢爛さ豪華さにはなくてはならない色要素になってるようです。
一番下の写真の木は周囲からちょっと目だって印象深かったんですが、木の前にちょっとした展望台が設えてあったので、何処か他のものとは違うものを持った木だったんでしょう。

普門院の紅葉1
CONTAX TVS2 : FUJI PRO400 H

普門院の紅葉2
CONTAX TVS2 : FUJI PRO400 H

再び渓谷から上がってきた庭園の紅葉の写真です。両方とも見上げた形で撮ったものです。最初のが結構お気に入り。下の方に人の頭が写りこんで紅葉の高さ、奥行きが出てると思います。

☆ ☆ ☆

大体4時頃までこの庭園居て写真を撮った後、一度出たらもう入れない庭園を後にしました。
北野天満宮よりも起伏に富んで見所は多く、天神さんで無料で貰った茶菓の威力も東福寺の絢爛豪華さには太刀打ちできなかったみたい。もう一度撮りなおしに出てきてよかったと思いました。

拝観の受付は朝の9時から午後3時半までと意外に早く、庭園そのものも4時半ごろには閉めてしまうようでした。それとどうやらライトアップのようなこともやってないようで、ある意味景観そのもので勝負してるところもあってなかなか潔い感じです。

帰る頃に撮った写真も少しアップ。

境内の光景
CONTAX TVS2 : FUJI PRO400 H

帰り道
CONTAX TVS2 : FUJI PRO400 H

上は東福寺内の休憩所というか茶店ですね。下のは東福寺の駅に向かう帰り道のスナップ。参道でも点々と紅葉が見られる場所がありました。
食べ物屋とか休憩の茶店とか撮ってるのは、ひょっとしたら帰り道お腹がすいてたのかもと、その日帰宅後、写真を選びながら思ってました。

帰りは東福寺の駅からそのまま京阪で三条まで出て、ムツミに今撮ってきたFM3AとCONTAX TVS2のフィルムの現像を頼んで、出来上がるまでをBALLのMUJI CAFEで軽食を取りながら過ごし、出来上がったフィルムを取りに行ったあと、同時プリント込みで3300円もしたのでちょっと気落ちしながらも、三条京阪の近くにあるブックオフに立ち寄って帰宅という行程で、この日の行動は締めくくりとなりました。

人ごみの中を歩いてきたせいか、翌日からちょっと喉が痛くなってます。風邪でもうつされたかな。

☆ ☆ ☆

京都の紅葉というと清水とか嵐山なんかのほうが地名的にも有名だから真っ先に代表的な場所として頭に思い浮かびそうですが、東福寺の渓谷の紅葉風景は京都でも屈指の景観を誇るところなんだそうです。住んでながらこういうことはあまり知らなかったんですが、あの圧倒的な光景を目の当たりにしてみればそれも納得という感じがしました。
ただ、京都屈指の紅葉の名所だったにしても、この満員電車並みの人出は本当に辟易しました。
最初の橋の混雑振りを見た時点でこのまま帰ろうかと思ったくらいの酷さだったので、これは何とかして欲しいと思ったんですけど、人気がある以上は仕方がない部分なのかもしれません。紅葉の絢爛豪華さと凶悪な人ごみを天秤にかけて絢爛豪華のほうに値打ちがあると思えるなら行っても後悔はしないとは思いますけど、それでもある種の覚悟が必要かもと思いました。

これほど豪華でなくても、満員電車のような混雑とは離れて、ゆっくりとお茶でも飲みながら鑑賞できるような紅葉とどちらが気分が豊かになるかなと、東福寺の絢爛さに満足しながらもそういうことも考えてしまいます。

かといって北野天満宮のはやっぱり頼りなかったんですけどね。



☆ ☆ ☆



Kenny Dorham - Lotus Flower


静かなるケニーというアルバムで有名なケニー・ドーハムのトランペット。わたしはこの人の鈍い光を放つような音とリリカルな旋律センスが結構好き。
「Quiet Kenny」というアルバムはそんなにいうほどバラードばかり集めてるアルバムでもないんですけど、トランペッターにしてはそのつや消しのような音と相まってすっかり静かな人というイメージが出来上がってしまってるミュージシャンでもあります。
でもこのアルバムによってすっかり定着してしまった静かな人イメージ以外にもケニー・ドーハムにはラテン路線といったものがあって、こちらは動的なケニーを代表している感じ。案外動的ケニーのほうが好きという人もいるんじゃないかと思います。

この曲はその動的ケニーのラテンアルバム「Afro-Cuban」に収録されてる曲なんですが、全体に陽気なのりの中でしっとりとしたバラードを聞かせてくれるところが結構気に入ってます。

ロータス何とかというタイトルの曲はこの人の場合複数あって、静かなるケニーにはロータス・ブロッサムというのが収められてます。同じロータスだけどもちろん全然違う曲。よっぽど蓮が好きだったのかな。





☆ ☆ ☆




アフロ・キューバン+2アフロ・キューバン+2
(2007/09/26)
ケニー・ドーハム

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【写真】モノクローム・セット +狂騒と郷愁

このところ何回か、比叡山とか新世界とか、「~へ行ってきました♪」というような場所的な情報がある程度意味を持つ写真を中心に上げていたので、今回はどちらかというとそういう場所の情報にあまり囚われないで撮っていたもの、写っている場所が何処かということが第一義的な意味をそれほど持ってないような写真を何枚か上げてみます。場所の情報が必要となるとそういうものを撮るという意識が働いて、ちょっと観光写真に何処か踏み込んだような写真になりがちというか、それもまぁ面白いんですけど、そういう写真とは別の、わたしという個人が非常に個的な関心を持った、ひょっとしたらそれは他人と共有できないようなわたしにしか意味を成さないものなのかもしれないけど、そういうもうちょっと個的な関係が写しこまれてるようなのを上げてみるつもりです。そういう写真も撮ってみたい写真のカテゴリーだったりします。
とはいってもカメラ構えてる間中いちいちこれは個的な関心で撮ってると意識してるわけでもなくて、一方「~にいってきました♪」という写真を撮っている合間にもそういう関係が滑り込んでくるというか、観光的な写真でも個的な関心とは無縁に撮ることはおそらく不可能と思うので、そんなにいうほど明確に区別できるものでもないんですけどね。

ちなみに今回のは全部モノクロです。最近モノクロにはまってます。タイトルははまりもののモノクロにぴったりな80年代のニュー・ウェーブ系だったかな、ロックバンドのバンド名から拝借しました。本当はモノクローム・セットって白黒テレビのことを指すそうなんですけど、語感的にぴったりなので、細かいことは気にしないノリでいきます。このバンド目当てに来てくれた人、ごめんなさい。ロックバンド、モノクローム・セットの話題はなにもありません。
ちなみにロックバンド、モノクローム・セットとわたしの係わり合いは、バンド名がかっこよくてレコードも一枚買った記憶があります。ジャケット写真は明度の低いモノクロの飛び込みの写真のようなものが使われていて結構かっこよかったです。

最近の持ち出すカメラ構成といえば、メインにハッセルブラッドかNikonのFM3A、あるいは所持してるLC-AだとかDIANAなんかのトイカメラのどれかと、サブカメラに何かコンパクトカメラを一つといった感じになってます。メインが大体標準系のレンズでサブのコンパクトカメラが広角タイプのレンズ。フィルムは片方がカラーならもう一方はモノクロとこんな組み合わせにしてる場合が多いです。
今回使ってるカメラはサブカメラとして持ち歩いてるニコンのAF600というもの。このカメラには通称というか愛称があって、Nikon Miniとも呼ばれてます。ブログで最初に使ったのは暑中見舞いの記事に貼り付けた紫明通りの公園にあった噴水の写真で、それ以降も折に触れてちょくちょくアップしてます。この前の新世界探査行でも何回か連れて行って、この時はカラー、モノクロ両方を日を代えて詰め込んでました。モノクロだとフェスティバル・ゲートがこのカメラで撮った写真になってます。

ではどんなカメラかというと、見た目はこんな感じ。

NIKON AF600
Nikon Coolpix P5100

プラスティックの質感全開で見た目は恐ろしくチープなカメラです。でも実はこのカメラ、見た目のチープさにかかわらず写りはかなりいいんですね。それはもう吃驚するくらいに良い。わたしはこのカメラで撮ったものが始めてプリントされて手元に返って来た時、綺麗に撮れるとは聞いていたけど、その仕上がり具合を見て、次に早く使いたくて仕方なくなるくらい目の覚めるような印象を受けました。写りは、実はレンズはOEMのものでニコンのものじゃないそうですけど、いかにもニコンらしいくっきりとした写り方でハイコントラスト、色もコクのある乗り方をしてます。また、これは必ずしも高性能な結果でもないんですけど周辺部分の減光もあってかなりドラマチックな写り方をするのも面白く、ハイコントラストで色ノリがよくて周辺光量落ちのドラマチックな描写というと、このカメラは云うならばきわめて精緻に写るLC-Aじゃないかと思いました。3万近くするロシアの気まぐれカメラよりも3000円前後で買えるこのカメラのほうがはるかにコストパフォーマンスが良いです。

でも写りはいいのに、操作系は最悪なんですよね、このカメラ。開発費用の大半を写りの方に費やしたために、操作感のほうを全然考慮できなかったという感じでかなり使いにくいです。小さなゴムのボタンが本体に埋め込まれたような感じで並んでいて、押しにくいこと夥しい。爪を立てて押し込まないと反応しないようなボタンばかりが並んでます。シャッターもゴムボタンで、こちらは多少は大きいボタンになってるんですけど、クリック感はまるでなし。押し込んでいってもいつシャッターが切れるのかさっぱり分からずに、かなり押し込んでるとある瞬間にシャッターが切れたという手応えも無しにいきなりシャッターが切れるという感じ。さらにこのカメラ、発売されていた当時はパノラマが流行ってたのかパノラマ写真対応になってるんですけど、そんなほとんど使わないパノラマ切り替えスイッチが、硬いプラスティックの操作しやすい材質でファインダーの横に大きく一番使いやすい状態で設置されていて、カメラそのものの操作のしにくさを思い合わせると、どう考えても理不尽としかいいようがないです。

フィルムに関しては新世界に連れて行ったときはカラーのフィルムを詰めてることもあったんですけど、使うにつれて詰める比率はモノクロ・フィルムのほうが圧倒的に高くなって来てます。使ってるモノクロ・フィルムはイルフォードというイギリスのメーカーが出してるXP2 SUPERっていうもので、これはカラー・フィルムの現像と同じ行程で現像できるようになってるモノクロのフィルムとなってます。
実はカラー・フィルムとモノクロ・フィルムはカラーが染料発色、、モノクロが銀結晶発色という風に、像を作るプロセスに違いがあって、現像過程も異なってます。わたしは現像は以前に書いたムツミに持って行ってるんですけど、カラーのほうは1時間もあれば出来上がってるのに対し、モノクロはこの過程の違いによって、コダックなりフジなりの専門のラボ送りになり、現像仕上がりまで日にちがかかります。
イルフォードのこのモノクロ・フィルムはモノクロだけど銀結晶発色じゃなく染料発色のほうを使って像を作るようになっていて、そのためにモノクロ・フィルムであってもカラー・フィルムと同様に1時間ほどで仕上がるという利点があるんですね。フィルムの値段は本来のモノクロよりも結構高くなってるんですけど、手軽というポイントはかなり高くてこのフィルムはこのところよく使うフィルムになってます。

でもそれでは手軽だから全部モノクロはこれにするかというと、行程がやっぱりちょっとイレギュラーという感じがあって、普通のモノクロ・フィルムでも結果を残しておきたいという気分もあったりします。それに普通のモノクロ・フィルムのほうが圧倒的に安いというのも理由になって、結果としては今のところ、普通のモノクロ・フィルムと併用していくという形になってます。

☆ ☆ ☆

純正のモノクロ・フィルムという話では、10月の終わり頃にひらかたパークに写真を撮りに行った時のこと、この時はNikonのFM3Aにコダックのモノクロ・フィルム、サブカメラとしてCONTAX TVS2にカラー・フィルムを詰めて行ってきたんですけど、この時撮ったモノクロのほうを翌日ムツミに持っていくと、コダックは最近値上げして、現像に1200円ほど、納期は11月の11日と、この時持って行った日からみると約2週間後になると云われてしまいました。
価格の倍増も痛いけど、撮った写真の仕上がりがどうなってるのか2週間たたないと確認できないというのはちょっと酷い。撮った写真を見て次はどうしようかと考えたりするので、こういうフィードバックが上手く出来ないと、わたしの場合結構写真が撮りにくくなってくる部分があるんですよね。
それで、なんだか云いなりにお金を払ってるからぼったくられてる?っていう疑念もないことはないんですけど、ともかく1回に1200円で2週間待ちなんていうことは受け入れがたいので、他に何かいい方法はないかと今現在思案してる最中となってます。
コダックを止めてフジのフィルムにしてみるとか、コダックのフィルムを使って別のカメラ屋に現像を出して条件に違いがでてくるか確かめてみるとか。あるいは自分で現像してみるとか。
実は最近この自分で現像してみるというのが結構大きな選択肢になってきてます。カラーは現像液の温度管理がかなり厳密だとかいろいろと要素があって自分でやるのは難しいらしいんですけど、モノクロに関しては意外と簡単でむしろ自分で現像するのが一般的だとか。

ということで最近現像タンクだけ買ってきてしまいました。

タンク
Nikon Coolpix P5100

現像を自分で出来るようになると、出来上がった写真を見る初めての人間がわたし自身ということになってそういうところも気分いいし。現像に出してると、現像してる人にこんな作品気取りの写真撮ってるやつがいるんだなんて思われてるだろうなぁと想像することもあったりして若干の思い切りが必要な時もあるし、まるっきり写ってない失敗を見られるという覚悟もいったりします。
だから自分でフィルムを現像することで、そういう揺れ騒ぐ感情から離れられるのも良いんじゃないかと思ったりしてます。それになにより最後に結像するまでの過程のかなり大切な部分を自分でコントロールできるならそれに越したことはないとも思うし。
今はタンク買っただけで、こんなリールに暗闇の中でフィルムなんて巻けるのか!?と尻込みしてるような段階ですけど、そのうちアップした写真の下に、自慢げに「自家現像」なんていう単語をくっ付けるようになってるかもしれません。

☆ ☆ ☆

自家現像の話はそれとして、Nikon MiniとILFORDのモノクロ・フィルムで撮っていた写真をいくつかアップしていきます。

高瀬川
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

今回の写真では場所の情報はそれほど意味を成してないと書いたものの、まったく書かないのもなんだか頼りないのでちょっとだけ記しておきます。ということでこの写真を撮ったのは高瀬川、四条の交差点付近。
円形の橋の形が面白かったのと、柵の影が伸びてきてる様が気に入って撮りました。
でも最初にとったのはこれじゃないんですね。
この場所を最初に撮ったのはこちらのほう。

パノラマ橋
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

パノラマ写真です。しかもまったく意図せずのパノラマ写真。
AF600にはパノラマ機能がついてると書きました。そしてその切り替えスイッチがファインダー横のきわめて操作しやすい場所にあると。実はこのカメラを持ち歩いてる時わたしはバッグの外ポケットに突っ込んでるんですけど、突っ込む方向とパノラマ切り替えスイッチがスライドする方向が同じ方向なものだから、バッグに入れた拍子にバッグと擦れてパノラマスイッチが勝手に切り替わることがたまにあるんですね。切り替わった時にはスイッチの横に黄色のサインが出てるんですけど、ファインダーを覗こうとしてカメラを顔に近づけてると視界に入っていても意外と気がつかないもので、この時もスイッチが切り替わってることに気がつかずにシャッターを押してしまいました。
本物のパノラマだったらまだしも、このカメラのパノラマは、というかこのカメラが新製品で出回ってた頃のプラスティック・コンパクト・カメラに装備されていたパノラマ機能はほぼ全部そうだったと思いますけど、ライカ判の通常のフレームの上下をマスクしただけの見た目が横に細長いだけのパノラマです。映画のフレームも横長の形にするのは上下にマスクをつけてるからこういうパノラマ化の方法が徹底的に邪道というわけでもないものの、どうもいんちき臭いパノラマにしか見えないです。

このフィルムを同時プリントしてもらったら、期せずしてパノラマで撮ってしまったこの写真だけネガスリーブ一杯くらいの幅がある異様な大きさのプリントにしてありました。
アップした写真は通常のものと横幅を同じにしてあるからそうは見えないかもしれないですけど、通常のL判よりも大きくプリントされたものをみると、ただ上下を制限した本当は元のフレームよりも小さくなってるのに、見た目は不思議なもので確かに横に広がってるように見えないことはなかったです。
でも大きくプリントしてみれば横にワイドに見えないこともないといっても、もともとこういう画面で撮るつもりだったものじゃなかったので、この写真はあくまでも撮りたかったものの上下が欠けてしまったものという印象から逃れることは出来ずに、その結果わたしは撮ろうと思って撮れなかった写真をもう一度撮るために、何度かこの橋の近くに立ち寄ることになりました。
そうして撮ったのが最初の写真ということになります。パノラマで撮ってしまった写真と同じ条件になるように何度か足を運んでるうちに、この方向に影が落ちる時間はかなり限られてるということに気づいたり、時間帯としては正午過ぎくらいのほんのひと時のチャンスなのになぜか正午頃になると曇ってくるという嫌がらせのような日を重ねた挙句にようやく撮れた一枚でした。
見て分かるとおり同じような光景でも微妙に異なってます。柵の影の落ち方とか橋の影の中で一部フレアのようにぼんやりと光ってる川面とかやっぱり気に入ってるのは最初に撮った写真のほうで、後で撮ろうとしたものは最初に見た光景をなぞるようなものにしかならなかったような気がします。
最初に撮る、ファインダー越しにその世界と最初に特別な関係性を持った瞬間がやっぱりベストショットということになるのかなと思ったりしました。直感に従ってなのかとにかくカメラを持ち上げたくなった結果の最初のショットってやっぱりかなり特殊なものが働きかけてる気がします。何度撮っても最初のショットにあった何かはもう一度はなかなか写し取れないものだと思いました。

こんな風に書いてますけど、でもパノラマそのものは嫌いじゃないです。上下マスクした見てくれだけのパノラマじゃなくて本当に周囲を見渡すような広大なパノラマだったら撮ってみたいと思います。そういう写真が撮れるカメラがもし手元にあるなら、縦構図で路地のパノラマを撮ってみたいですね。

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ライト
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

吉田善重、煉獄エロイカ風。
といっても何のことかさっぱり分からないでしょうけど。
吉田善重監督の映画に「煉獄エロイカ」という映画があって、その冒頭のシーンが駐車場だったかの奇妙な突起物が並んだ天井に張り付くように設置されたカメラがゆっくりと前に進んでいくというものでした。いきなりのシーンで目の前の平面が即座に天井だとは見えずに、奇妙な空間が目の前に広がってるという感覚を覚える場面です。

場所は新風館の中庭に設置されたステージの天井付近。
映像派の監督の映画が好きで、眺めてるうちにこの「煉獄エロイカ」が連想されて、天井を這い回るカメラを模倣するつもりで一枚撮ってみました。映画のように天井の鉄骨にカメラを密着させるのは不可能だったので、コンセプトだけの借用。
云われないと何の写真かよく分からないですね。

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明りのある光景
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

レトロビル
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

カフェ
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

旧毎日新聞社京都支局のビルの周辺。
レトロなビルで他にも写しどころは一杯あるはずなのに、天井近くの片隅で灯っていたただの明りをスナップ。わたしはあまりこういうものに意味は乗せないほうなので、この明りに何らかの写すべき歴史的な価値があったとかそういう理由でもなく、単純にちょっと気を引いただけという動機であったような感じでした。ただ暗い内部から入り口を通して見える明るい外の光景というのは割りと好きなヴィジョンかもしれません。比叡山のケーブルの駅でもそんな感じの写真撮ってたので。
このところカフェのテラスで休憩するのにはまっていて、この旧毎日新聞社ビルの西側に道路を挟んでオープンテラスのある喫茶店があるんですが、そこでコーヒーを飲んだりすることが最近は多いです。ジュンク堂で本を買ったりした後ここまで来るのはかなり寄り道的な感じになるんですけど、テラスに座るために寄り道してます。そして旧毎日新聞社のビルが目の前にあるので、ここで座るたびにこういうビルの写真撮ったりしてました。
テラスのような屋外の席に座って行きかう人を眺めてるのは結構面白いですね。通りすぎる人の写真を撮るのもあまり気兼ねなく出来るし。

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ランチ
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

10月の中ごろ、出町柳の駅からそのまま西に向かって、北野天満宮まで写真撮りながら散歩した時の写真。その時のお昼ごはんの写真ですね。
同志社の近くまで来た辺りで昼ごはん食べようと思って、どこに行こうか迷った挙句、わたしが知ってる時は同志社の学生会館、今は法科の大学院関連の建物になってる施設で、その一部がレストランになってるところを見つけ、ちょうどわたしがはまり中のテラス席もあったので、ここで食べようと決めてしまいました。
結構洒落た風の外観のレストランだったけど、入ってみると食券システムのセルフサービスの店で、同志社の施設の中だったからまるで学生食堂に紛れ込んだみたいな感じでした。
食べたのはハンバーグ・ランチ。向こうのマグカップに入ってるのはスープでこれはランチセットのうちの一つ、さらにパスタサラダと普通のサラダがもってある形になってました。手前のアイスコーヒーは追加で頼んだものでしたけど、これだけのものが追加分も含めて全部で7~800円程度とかなり安かったです。ただ安いだけあってハンバーグはお湯につけて暖めるようなのと大差なかったような感じでした。
ハッセルブラッドもフレームに入れて撮影。この日はメイン・カメラにハッセルブラッドを連れて行った日だったんですね。
初めて行ったレストランなんかで注文した料理を写真に撮ることは割りとよくあるんですけど、料理をモノクロで撮ったのはこれが初めてでした。料理をモノクロで撮るってどうなんだろう?しかもわざと暗い絵になるようにして。

それでこの日、ランチを食べてからやたら歩いて北野天満宮にたどり着いてから撮った写真の一枚がこんなの。神社のわりに、灯篭が3Dで迫ってくるような異様な躍動感があります。スペースハリアーっぽい?ちなみにアーケード版のスペースハリアーは全ステージクリアできる腕がありますよ。

境内
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

地図で見てると歩けると判断して歩いてみたものの予想以上に遠くて、たどり着いたときにはへとへとになってました。電車でくるよりも北野天満宮はバスで来るのが圧倒的に来やすいロケーションになってるんですけど、わたしの平衡感覚の脆さから云うと自動車関連は市バスでも下手したら酔ってしまうことがあるので、この日の行動は、それならば途上で色々と写真を撮れる利点もあるし、距離的にもいけそうな気がするから、目的地まで試しに歩いてみようと思ってのことでした。でも車で酔わなかったのは思惑通りであったとしても、疲れ具合はあまり計算には入ってなかったです。
ということで、たどり着いた時にはもう夕方近くになってたということもあってハッセルでもAF600でもほとんど写真を撮る気が失せてしまった感じになってました。

この写真はそうじゃないけど、ここは牛のご神体が多いんですよね。何体も安置してある祠がいたるところにありました。これがちょっと面白かったです。あとここは定期的に市が立つのでそのときのほうが面白そうです。

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糺の森
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

こちらは下鴨神社の境内にある巨大な森林、糺の森。
母の一周忌が終わって神社への出入りが許されてから行ってみました。少し前に外側から撮った写真を一枚載せたあの森です。
でも森の写真って難しいですね。特にモノクロで撮ると鬱蒼と茂ってるというよりも細々として煩雑な感じのほうが強くなってくる感じ。以前哲学の道に行ったついでに法然院の写真を撮った時も木立の群生が煩雑に写ったのを思い出します。
この写真は日がさした時を狙って撮ろうとしたものなんですけど、落ちる光の筋でも写らないかと思った思惑は外れてしまったものの、日に照らされた木々が白っぽく写ってちょっと現実離れしてる印象になったようで、そういうのは面白いかなと思いました。
糺の森はとにかく森ばかりだから写真を撮ろうとして訪れた人間にはある種の試練のようなところがありますよ。だってどこ撮っても一緒なんだもの。これでヴァリエーション豊かに写真が撮れたらそれだけでも腕がいいといっても良いんじゃないでしょうか。
結局下鴨神社に行った記事は思わしい写真が撮れなくて今のところ書けずじまいになってます。

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新世界付近で撮って新世界の記事には載せなかったもの。

新世界の何処かにある
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

淀屋橋駅
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

上の写真は新世界で撮ったもの。このオブジェ、あまり新世界風じゃないですけど、新世界のどこかにおいてあります。どこにあるのか探してみるのも一興かと。
ど真ん中において撮影してあとで真ん中過ぎたかなと思ってたのが、現像が上がってきてみるとこれはこれで良いじゃないかと思えた写真でした。というか真ん中で全身見せるのが一番良いような見せ方になる被写体という感じかな。ど真ん中に置くのって構図がどうしたとか余計な知識が入ってるせいでなんだか芸がないように見えて、写真撮る上で結構勇気がいるんですよね。

下の写真は地下鉄御堂筋線の淀屋橋駅。新世界に行くのに京都からは京阪を利用、京阪の淀屋橋駅で下りてたから、この駅は新世界へ行くまでの中継地点になってました。天井の照明が大昔のSF映画にでも出てきそうなイメージで楽しいです。

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雨の日
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

水に映る街角
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

先斗町付近。
雨の日の撮影です。出掛けから雨が降っていたんですけど、ちょっと外出する用事があって出ないわけにはいかない日でした。こんな天候の日でも撮る機会があればと思ってバッグのポケットに入るこのAF600だけ持って出かけて、雨の中傘を差して撮ったものの一枚。
水に反射する映像とか、以前にガラスに映る映像が好きといったりしてたのと同様に、こういうのも好きなので撮りたいと思ってるものの、雨の日にカメラを持って撮影に出かけるってよほど勢いのある気分の時でないと出来ないような気がします。
本当は雨の日でしか撮れない絵もあるわけだから、晴れてようが土砂降りの雨が降っていようが写真撮るとなると出て行く以外に行動の選択肢はないはずなんですけど、現実的には窓を開けてしのつく雨でもみてしまうと、それだけで気分は強力に足止めされてしまうことになります。

防水のカメラが一台欲しいです。京都の中を歩いてると外国の観光客なんかが小雨の中をデジタル一眼をぶら下げて平気で歩いてるのをよく見かけるんですけど、あれ、雨に濡れてもカメラ大丈夫なのかなぁ。デジタル一眼って防水になってる?

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陸橋
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

橋のある光景
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

朽ち果てる資材置き場
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

東福寺近辺。
わたしは機械だとか鉄骨だとか工場だとか、結構無骨で構築的なイメージのものも好きなので、影によってエッジの効いた感じのイメージになってたのが目に付いてスナップしました。

下の橋は同じくこの近辺、九条通りと鴨川が交差するところで撮ったもの。ここは写真に写ってる九条跨線橋と東山橋が並走している場所で、写真は東山橋に立って撮ってます。

この辺り、高架下なんかにまるで終戦直後のようなボロ小屋風の資材置き場とかあって写真撮りたくなる光景の場所が多いです。でもこの界隈は映画「パッチギ」の舞台になったところで、はっきり云って危ないです。街の気配も普通とは明らかに違って、アウトローがたむろしてるような雰囲気一杯です。人がいないのを見計らってカメラ出したりしてたんですけど、あまり近寄らないほうが良いかも。

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美術館にて
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

木陰
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

岡崎公園付近。
上のは近代美術館の休憩コーナー。こうやって見てみるとわたしは斜めのラインが入った構図が好きなんだと改めて気づいてしまったりします。ひょっとしたら3DCGなんかやってるせいなのかも。平面的に併置するような絵の作り方よりも圧倒的にこういうタイプの構図が多いです。

下の木立の写真は、なんか良いんですよね。ただ木が並んでるだけと云っても良いのに、なんか良い。場所的には府立図書館脇のちょっとした木陰を形成してる一角になります。この場所の左背後にゴッドフリード・ワグネルの大きなモニュメントがあって、写真撮るとしたらワグネルが誰か知らなくてもこのモニュメントのほうが見栄えが良いんでしょうけど、わたしはこの場所に惹かれてモニュメントの裏側に回りこんでしまいました。なにかいいなぁと思いながらシャッターをきったものの、依然としてこの場所の何が良いのか自分でもよく分からず、でも何度見てもこの光景にはわたしに何処か良いと思わせる何かがあります。最初に書いたようにわたしにとってきわめて個的な関係性が成り立ってしまった場所なのかもしれないですね。

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モノクロ写真は純粋に光の軌跡を描こうとする分、具体的な印象に導くカラーよりも抽象性が高いものになるように思えます。色だって光の要素なんだからカラー写真も光の軌跡を描いてるんですけど、色は具体的な事物の属性だとか、色によって呼び起こされる感情だとか、結構他の要素を絡めとりながら具体性に富んだイメージを結んでいくところがあるようで、そういう点ではモノクロのほうが光そのものを描こうとしてる分より抽象的な媒体であるような気がします。モノクロ写真でも被写体という具体的なものは存在するけど、被写体を描くと同時に被写体を切っ掛けにして光そのものを描くことで成立してる写真でもあると思います。

白から黒への無限のグラデーションだけで成り立ってるモノクロ写真はこの世界が光に満ちているのをなぞるかのように光に満ちてます。光があふれ出るような空間だけではなく、たとえ闇を大きく含む暗い写真であっても、闇は光なしには存在できないゆえに、光の変奏曲のように、それもまた光について述べようとした写真なんだとわたしは思っています。

光でなり立つ世界を、ただひたすら光に満ちて写し取ることの豊穣さに目が行くと、モノクロはカラーによって駆逐された古臭いものじゃなく、モノクロでしか撮れない世界もあるというのが良く分かって、モノクロで撮るのが本当に楽しくなってきます。ファインダーから見える世界は色つきなので、そこから光の世界がどういうものとして立ち現れるか想像しながらシャッターをきっていくのも面白いです。

それとモノクロは事物を幾分抽象化してわたしの目の前に提示してくるというポイントでは、これは見たまま写真、説明的な写真からちょっと違う位置で写真を成立させる、案外簡単な方法の一つだったりするんですね。見たまま写真、説明的な写真からいかに逸脱するかというのは写真撮ってる人はもういつも考えてることだと思います。対象の切り取り方、構図だとか、光の方向だとか、普通だと思いつかないようなアクロバット的な視点だとか。その点モノクロは無作為で撮ってもなんだかそれなりに世界を異化して写真っぽい写りにしてくれるのでとても便利だったりします。
もっともモノクロの抽象性にあまり頼りすぎると写真は上手くならないとは思うんですけどね。



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Elza Soares - Herois Da Liberdade


以前この曲を探した時、このエルザ・ソアレス・ヴァージョンが見つからなくて、マリア・ヒタのものをアップしたんですけど、今度はお目当てのソアレス版を見つけてしまった。マリア・ヒタのはなんだか鼻歌みたいなのんきな始まり方から意外なほど感動的なポイントまで引き連れていく面白い出来になってたし、それはそれでいいんですけど、こういうストレートでハイテンションなのはやっぱり王道的で圧倒されるところがあります。
ブラジル音楽の黄金期にサンバの女傑として活躍した形破れの歌手。中年以降の歌声はドスの効いただみ声というか下品な響き方に聴こえる時があってあまり好きじゃないんですけど、これは良いです。特徴的なハスキーで意外に伸びのいい声がその魅力を最大に披露してます。アルバム自体がもうジャケットの写真で想像できる通りのアルバムで、狂騒と郷愁が入り乱れる混沌のなかに巻き込まれるようで、すごい面白いです。一枚聴きおわると猛スピードで引きずりまわされた後のようにへとへとになってますよ。



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Elza Carnaval & SambaElza Carnaval & Samba
(2004/03/02)
Elza Soares

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例のごとく廃盤の模様。しかもこれ、未だに国内盤もリリースされてないようです。エルザ・ソアレスはなぜか日本では知名度がないから。