【展覧会】エドワード・レビンソン写真展[マインド・ゲーム]を観にいく。 +ピンホールカメラ初撮りの結果 +【音楽】最後まで聴いていない? MOMENTS IN LOVE

この前のフジフィルム主催の展覧会のことを書いた記事でちょっと触れていた、エドワード・レビンソンのピンホール写真展[マインド・ゲーム]を観にいってきました。エドワード・レビンソンという写真家の名前はどこかで目にしたことはあるけど写真家としての活動を知っているかといわれるとあまりよく知らないという感じ。でもこのところわたしもピンホールカメラを使って写真を撮ることがあるので、その関連で目に留まった展覧会でした。

レビンソン展フライヤー

場所は河原町御池の角にある京都ロイヤルホテル&スパというところ。わたしの行動ルートだと京阪の三条駅で降りて少し歩いた程度でたどり着ける場所にあるホテルです。いつも現像プリントしてもらってるフォトステーション・ムツミの河原町通りをはさんで向かい側、大きな教会があるその北側に隣接しているホテルで、場所的には凄く分かりやすい場所でしたけど、ムツミから北、御池通りの市役所よりも南側の河原町通り沿いの一角って、「アンジェ」という雑貨屋に行く程度で、そもそも行く用事がない場所だから、ほとんど歩いたことがない区域になってました。
ホテルというのも大体ほとんど用事の無い場所だし、展覧会のチラシで場所の見当はついていたけど、ホテルを目の前にして本当にここで良いのかなぁというちょっとした不安感を持って玄関を潜ることに。玄関も河原町通りという表通りに開いているのではなく、高瀬川の方向に少し入った人通りの少ないところにあって、ホテル本来の用事ではいるのではないという意識も多少あったためか河原町通りから横道に入ってボーイさんしか見当たらないような玄関に向かう間、ちょっと身構えていました。

身構えていたわりにボーイさんの側を何も問われることもなく通り過ぎ、簡単にゲートを潜ってホテルのフロント前のロビーに立つと、写真が展示されている場所はホテルの人に訊くまでもなく目の前にありました。大体予想はしていたんですけど出展作品は25点ということで極めて少なく、おそらく街の画廊程度の規模だろうと思っていたのをはるかに下回る小さなスペースでの展示になっていました。一室を設けているというよりもソファが置いてある休憩コーナーの壁を展示用に使っているといった印象。スペースの入り口にはエドワード・レビンソンの著作、写真集のサンプルといった本が何冊かと芳名帳の代わりに名刺入れの箱が置いてあったテーブルが設置されてはいたものの、まさしく休憩コーナーといった風情の一角には展覧会ではおなじみの監視の人も誰もいなくて、ソファに観光客の外人が座ってるだけ、しかも壁の展示なんかほとんど気にしないで雑談してました。

監視カメラくらいはあったかもしれないけど、直接咎める監視の人もいないし、どうも写真撮っても大丈夫そうと思い、何枚か写真を撮りながら普通の展覧会のように掲げられている写真を観ていったんですが、25点となると全部観るのにほとんど時間はかかりませんでした。

レビンソン展1
RICOH GR DIGITAL 3

レビンソン展 会場1
RICOH GR DIGITAL 3

レビンソン展 会場2
RICOH GR DIGITAL 3

レビンソン展 会場3
RICOH GR DIGITAL 3

今回展示されていた25点の作品はすべてピンホール・ブレンダーというちょっと特殊なカメラで撮られたものでした。わたしは実物は見たことがないんですけど写真で見る限り平べったい円筒形のクッキーの缶のような外見で、円筒の側面に3つのピンホールが開けられており、そのピンホールを別々に開くことで中に仕込んだフィルムに3つのイメージをパノラマ風のフレームとして結像させるという仕組みになっているようでした。3つのピンホールを開くのは同じ場所、同じ時間でなければならないという制限はなにもなく、時空を違えたイメージを3つ、一つのフレームに収めることが出来ます。

☆ ☆ ☆

それでそういう風変わりなカメラ、三脚の上にクッキー缶を乗せているとしか見えない、使うとなると人の目が気になってちょっと気恥ずかしいに違いないカメラを使って撮られた写真を25点、あっという間に観終わって思ったのはどういうことだったかというと、一言で云ってしまうと同工異曲といったもの、現れているイメージはそれぞれ異なってはいるものの25点全体の印象は似たようなものが集まってるという印象で、どうもわたしには今ひとつピンと来ない写真群だったということでした。

3つのピンホールを使って3つのイメージを一部重ね合わせて並べるという形式は通常の35mmフィルムのライカ判やハッセルなどの6×6の正方形写真と同様に世界を切り取るフレームの一つと考えることも出来るんだろうけど、普遍的なフレームというよりもどちらかというとギミックに近い形式、デジカメなんかでよくついているアート・フィルターといったような普通の画面にちょっと風変わりな視覚効果を追加するような仕組みに近いものなんじゃないかとおもいました。変わった特殊効果が何度か使っているうちに飽きてしまうように、このピンホールブレンダーというカメラが提示するフレームも、ライカ判や正方形写真のフレームが自分が世界をどう見ようとしてるのかというポイントで相応しいものではなくなる可能性はあっても決して正方形写真といったフレームに飽きるということはないのと違って、おそらく飽きてくる類の仕掛けなんだと思います。

まずなによりもブレンダーと云いながら、3つのイメージは隣接する部分で重なり合う以外は決してブレンドされてはおらず、どの写真も3枚並列されている形態を崩してはいないということが混沌としたイメージを期待するものとしては興ざめさせる部分であったりします。重なり合っている部分は意外と広くてその部分のイメージは若干混沌としてはいるんだけど他の部分は三枚の写真を並べてるのと大して見た目は変わらないというところがあって、結局3つのピンホールを駆使して全体の写真を作っても、三種類の写真はあまり混ざり合うこともなく、並列された三つの画像は類似したイメージの連鎖や比較、拡張、あるいは一つのイメージを別のイメージが説明するような組み合わせといった感じのものが多くなって、シュルレアリスムがいうような異質のイメージがぶつかり合って全く新しいイメージが浮かび上がってくるという感じにはならないように見えました。

それと、一つの枠に必ず3つのイメージが並んでいる写真を連続で観ていて、わたしは写真を眺めながらなぜ3つなんだろうなんていうことを考えてました。思うにそれは4つのイメージだと全体のフレームが2つのイメージを一単位として全体が真ん中で2分割されたような形になってしまうからなんじゃないかなと想像してみたりしたんですが、これは当たらずとも遠からずといった感じだったんじゃないかなと思います。
2つのピンホールでのブレンダーも4つのピンホールのブレンダーも出来上がる写真はイメージの数は違っても結局真ん中で左右に二分されるイメージとして出来上がる可能性が高い。それに対して3つのイメージを繋げるというのは決して中心で分断されたイメージにはならないで、全体に一つの纏まりを作ることができるという発想。
確かに3つのイメージのほうが全体の纏まりはよくなると思うんですけど、それに付随して3つのイメージに、真ん中に来るイメージとそれに従う両端のイメージというヒエラルキーが出来てしまっているんじゃないかということもこの25点の作品を見ていて思ったことでした。
その写真のコアになるイメージはバランス的には両端のピンホールに置くことはやっぱりちょっと難しく、撮るエドワード・レビンソンの側も観ているわたしの側も真ん中に置かれたイメージをその写真のコアとみなす場合が圧倒的に多いような感じがして、3つのイメージが等価であってその等価なものがぶつかり合っているという感じは今ひとつ出ていない作品が多かったような気がします。このポイントだと一つ、草木か森のような類似イメージを3つ並べた、モチーフが偏在しているという様子の作品が一つあって、フライヤーに載っていたような舞妓さんの人形と絵画的イメージと石仏が並んでいるようなのよりも、こういうもののほうがわたしには面白く観ることが出来ました。

手法として面白かったのはこの25点の作品のすべてがイメージのブレンドをカメラの側で行って、けっしてコンピュータ上ではやらなかったということでした。この辺りの感覚はわたしも同じ。こういう合成ってコンピュータ上で隅々まで意図を反映させてやってしまうとあまり面白いものにはならないんですね。どんなに暴れたイメージにしようとしても、暴れたイメージにしようとした意図によって全体に統制されてるという感じは絶対に出てきて、どこか動きの乏しいところが残っていたりします。アクション・ペインティングでジャクソン・ポロックが穴の空いた缶に絵具を入れてカンバス上で振り回し、絵具を撒き散らして作品を作ったように、ファインダーもついていなくて、露出は適当に穴を開くだけといった写真機としては不確実の塊のようなピンホールカメラでイメージをブレンドさせるには、どこをどのように重ねるか精緻に決めてしまうよりも、そのときのカメラの向き、露出の状態などカメラの事情に委ねてしまって撮ったほうが、偶然性を呼び込んで面白いものが出来るように思えます。だからコンピュータで合成しなかったレビンソンの方法論はこういう写真を撮る時には最適のものだったとわたしも思います。

思うに異質のイメージを衝突させる、偶然性を積極的に取り入れる等、先にもちょっと書いたようにこれってシュルレアリスムの王道的な方法論なんですよね。つまり今回のミニ展覧会「マインド・ゲーム」はまさしくシュルレアリスムの手法を使って撮られているといってもいいくらいなのに、結果としてはブレンドされている境界面は面白い様相をしていても全体に説明的なイメージを並べた類似の写真がほとんどという結果になっているのは、ある種興味深いというか、イメージを生成することの難しさのようなものを観たような気がして、こういうポイントでは見所もあった展覧会じゃなかったかと思います。

と、ここまで書いてみたのを一休みしてちょっと読み返してみました。読み返してみるとなんだか各写真の表現内容にはほとんど触れずに、写真の形式についてだけ書いてるなぁと云った印象です。実際写真の内容って、街の公園のような風景に左右を挟まれて真ん中にレノン(風?)の人物が配されている、たしかイマジンがどうのこうのというタイトルのついた写真だったと思うけど、絵解きのようだと思ったのが記憶に残っていたりはするけど、あまり印象に残るものでもなくて、表現形式についてのみ書いてるというのは結局わたしにとってのこの「マインド・ゲーム」展はそういう展覧会だったということなのでしょう。

☆ ☆ ☆

こんな感じで展示作品すべて眺め回した後で、あまりにも早く見終わってしまったのと、3枚が組み合わさっているという同じ形式の写真ばかりだったので、組み合わされる個々のイメージは異なってはいても、体感としてはひょっとして一枚の写真しか見てないんじゃないかといった単調さ、物足りなさも感じて、入り口のテーブルに置いてあったエドワード・レビンソンのピンホール写真集「タイムスケープス・ジャパン」―針穴で撮る日本の原風景を、サンプルって札が貼ってあったけど市販されているものと同じと思われるその写真集を持って、会場においてあったソファに座って、結局写真集の中身を全部観てくることになりました。エドワード・レビンソンって日本在住でピンホール写真家といったような肩書きがついている写真家らしいんですが、この展覧会にはピンホール・ブレンダーといういささか特殊なカメラを使った写真しか展示されていなかったのに比べ、この写真集には普通に撮られたピンホール写真が一杯載っていて、わたしとしてはソファで寛ぎながら落ち着いたホテルの空間のなかでこの写真集を眺めてるほうが、展示された写真を眺めているよりも面白かったという、妙な体験をしてくる結果となりました。展覧会はピンホール・ブレンダーだけじゃなくて、普通のポンホール写真も展示したほうがよかったと思うけど、マインド・ゲームというテーマを決めてあるからちょっと難しかったのかな。

☆ ☆ ☆

ということで、先に書いたようにわたしも最近ピンホール・カメラを使ってピンホール写真を撮ってます。
以前ネットでピンホールカメラで撮った写真で幻想的なものを見たことがあって(これです)、こういう写真が撮れるならピンホールカメラって面白そう!と思ってました。でもピンホールカメラというのは、針穴と暗箱があるだけで成立する極めてプリミティブなカメラだから、空き缶あるいは厚紙なんかを利用して自分で作るというのがどうやらデフォルトの状態らしく、この辺りの敷居が高そうでなかなか手が出せませんでした。
ところが今年の夏の始まる頃に、学研の大人の科学で以前付録についていたピンホールカメラを、本そのものは新刊ではとっくの昔に本屋の店頭から消えてしまってはいたものの、古書として安価で手に入れることができて、写真機材のほうは簡単にクリア。これを手に入れたことでピンホール写真を自分でも撮ってみようという気分になりました。

学研のピンホールカメラってこういうのです。フジフィルムの展覧会のことを書いたときに会場の写真の一枚として、カメラの裏側だけどちょっとお披露目しています。

学研ピンホールカメラ
Nikon COOLPIX P5100

ちょっとした見た目は意外とクラシックカメラ風でかっこいいです。よく見るとただのプラスティックカメラでおもちゃみたいなものと分かりますけど。
仕組みは一般的なピンホールカメラと同様に極めてシンプル、通常レンズがあるところに0,3mmくらいの穴が開いていて、やることはフィルムを巻き上げてセットした後、シャッターの操作でその穴を開放したり塞いだりするだけです。鏡胴脇についているレバーがそのシャッターで一度上に引き上げるとシャッターが開き適当な所でレバーを下げるとシャッターが閉じるという仕掛けになっています。使用するフィルムは35mmの一般的なフィルム。「マインド・ゲーム」のカメラ、ピンホール・ブレンダーはブローニーという35mmフィルムよりも面積が広いフィルムを使うのでピンホールにしては意外と細部まで写ってるようでしたけど、35mmで撮るピンホールは全体にぼんやりとした絵になるようです。ちなみにレンズを使わないピンホール写真にピントという概念はなくて、原理的には近くのものも遠くのものも同一にピントがあったような形で写るそうです。
コマのカウンターがないためにどれだけ撮ったか記録するのにわたしは裏側に紙を貼って一枚撮るたびにチェックを書き入れる形で使ってました。

ピンホール一番最初のコマ
GAKKEN PINHOLE CAMERA × KODAK GOLD 100
マリンタワー

まずは最初にカラーフィルムを入れて撮ってみた、記念すべき最初のコマはこんなのでした。
これ、大阪南港のマリンタワーです。撮ったのはコスモスクエアの駅から伸びている地上3階くらいの高さにある歩道の上。その歩道の手すりに三脚を置いて撮ってみました。カメラの上に突き出しているファインダーは枠だけの素通しのものだから、ファインダーとしては全く意味を成していません。だから撮影はノーファインダーで、大体この方向でフレームに入るだろうと適当に決め、手すりの上の三脚を手で支えながらシャッターを開きました。
このカメラは後で確認したんですけど、画角は大体67mmくらいだそうで、どちらかというと望遠寄りで写る範囲は結構狭いです。ファインダーが全く役立たずでノーファインダーで撮る以外にないから広角よりのほうが狙った被写体がとにかくフレーム内に入ってくれる確率は高くなって好都合だと思うんだけど、とにかくこのカメラはそうはなってないわけで、このマリンタワーはかろうじてフレームに入ってくれたものの、最初のこのフィルムはフレーム内に全く思ったように被写体が入らなかったというコマを量産する結果になってました。
これ、マリンタワーを外していたら、青一色の写真になっていたところでした。

なにわの海の時空館ロビー
GAKKEN PINHOLE CAMERA × KODAK GOLD 100
なにわの海の時空館 ロビー

これが最初のカラーフィルムの中で一番よく写っていたものです。それでもこれだけぼんやりとした写真になってます。はっきりくっきりした写真を撮るなら普通のカメラを使うから、これはこれでピンホールカメラの目的達成の仕上がり具合ということになります。

フジフィルム展覧会会場
GAKKEN PINHOLE CAMERA × KODAK GOLD 100
フジフィルムの展覧会の会場

フジフィルムの展覧会場で喫茶店のテラス席のテーブルにおいて撮ってみたもの。
さすがに細かい被写体は訳が分からない状態になります。何秒単位でシャッターを開けっぱなしにするから、人が通っていった痕跡は多少残ってるものの、動くものは画面には写らないですね。

カラーフィルムの仕上がりを見て、モノクロのほうが雰囲気があってるんじゃないかと思って、カラーを撮り終えた後の2本目はモノクロのフィルムを詰めて撮ってみました。

なにわの海の時空館
GAKKEN PINHOLE CAMERA × ILFORD XP2 SUPER 400
南港 なにわの海の時空館

カラーのほうで撮ったロビーを今度は外側から眺めた光景なんですけど、記憶の中の風景のような写り方になっています。この場所は時空館本体のドームも異様でかっこいいんですけど、それ以外のところも意外とフォトジェニックなところがあって面白いところだと思います。ただこのなにわの海の時空館というのはドームは海の中で他の施設はドーム沿いの海岸線に建っていて、近くの海岸線では釣りをしている人が多いせいで、写真を撮ろうとするとやたらとそういう人が入りこむのが難点かな。

大阪駅
GAKKEN PINHOLE CAMERA × ILFORD XP2 SUPER 400
大阪駅

フィルムを巻き上げるのを忘れていて二重露光になった写真です。何が重なって写ってしまったかよく分からないけど、全体に細部が増えてるような感じで良いんじゃないかと思いました。学研ピンホールカメラはフィルムとシャッターが連動していないからいくらでも多重露光し放題なんだけど、なぜか多重露光ってこういう偶然のミス以外では意図的にやったことがないです。
でも意図的に多重やってみる!なんていう撮り方はしてないけど、ガラスの反射とか好きで写りこみをわざと画面に入れたりしてるのは、ひょっとしたら広義の多重露光といえるかも知れず、そうなると基本的に画像を重ね合わせることには抵抗はないっていうことになるかもしれません。

絵的には古いドイツの映画「メトロポリス」なんかに出てきそうなイメージかな。

南港 野鳥園
GAKKEN PINHOLE CAMERA × ILFORD XP2 SUPER 400
南港 野鳥園

左側の黒い部分はおそらくシャッターが上手く動かなかったせいだと思います。目の前に遮るものってなかったから。でもなんだか物陰から撮ってるようで面白い配置になってるようにも見えたりして。どういう光景がカメラの前にあったか説明しないほうが得体が知れなくて良いかもしれないですね。このぼやけ具合、ここにフィルムの傷だとか経年劣化のしみなんかを追加したら、まるでサラ・ムーン風の写真でも変身しそうな感じです。
と書いてからよく見ると手前に陰が落ちてるからやっぱりカメラの前に遮る何かがあったということなのかなぁ。ここはそんなものはなかった記憶があるんだけど。この黒い影、何だったんだろう?

マリンタワー1
GAKKEN PINHOLE CAMERA × ILFORD XP2 SUPER 400
南港 マリンタワー

マリンタワーの地上部分の一角。この被写体はピンホール向きなのか、「マインド・ゲーム」展覧会場で見ていたレビンソンの写真集にもこれを写したものがありました。
三角の何学的なオブジェが気に入って撮ったもの。エッジの立ってるもののほうがピンホール写真には似合うかもしれません、

蹴上の噴水
GAKKEN PINHOLE CAMERA × ILFORD XP2 SUPER 400
蹴上

今年の夏の後半は写真撮るのに大阪の南港に入り浸っていたので、フィルムにもそういう場所が多く写ることになったんですけど、これは南港に入り浸っていたのをちょっとお休みして、久しぶりに蹴上に行って撮ったものです。蹴上のほとんど誰もいない廃墟然とした噴水の池。
ピンホールカメラは露光時間が極端に長く必要となって、どうしても三脚を立てないと撮影できないので、三脚を立てるのに気後れしてしまうような場所ではカメラを取り出せないんですね。堂々と三脚を立ててこれが当たり前という態度でいると、意外と他人は気にしないものかもしれないけど、わたしの場合はそこまで開き直れないので人がそれなりにいる場所で三脚を立てるのは今のところ勇気がなくて無理。そういう意味でほとんど人がいない蹴上のような場所が他にもいろいろとあるといいんだけど。

京都市勧業館
GAKKEN PINHOLE CAMERA × ILFORD XP2 SUPER 400
京都市勧業館通路

岡崎公園で撮った一枚。京都会館の、通りをはさんで南側にある京都市勧業館の下から上がってくる階段の途上でバルコニー風の空間に出る出口辺りの光景です。右の暗闇具合が結構気に入ってるのと、この場所が気に入ってる気分には、何処か開けて明るい場所に通じてるようなイメージが好きというところもありそうな気がします。




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ART OF NOISE: MOMENTS IN LOVE


先日よくお邪魔するジオヤーさんのブログ「ブログ★ラヂオ」でマイク・オールドフィールドの「チューブラー・ベルズ」を最後まで聴いた記憶がないなんていう話が出ていて、その後そういえば似たような体験ができる曲があったと思い出したのがこの曲でした。
この曲、わたしは昔コム・デ・ギャルソンのファッション・ショーで使っていたのを聴いてかっこいいなぁと凄い印象に残ったのが最初。ファッション・ショーでもらった資料にでも書いてあったのか曲名は簡単に分かってLPを買いました。いろんな曲が入っていたような記憶もないからマキシ・シングルのようなレコードだったのかな。
延々と繰り返されるシンプルなリズムがモデルが闊歩するショーに良く合って、極端な盛り上がりがないのもショーの音楽にそんな波乱万丈の展開は不必要だし、曲調はクールな上に優雅さも加味されていて、まさしくモノクロで人の体を元に造型していこうとするギャルソンのショーにぴったりの音楽でした。当時これを選んできた音楽監督、かなり鋭い選曲だったと思います。
「チューブラー・ベルズ」はまさしく映画「エクソシスト」用に書かれたとしか思えない曲で、ギャルソンのショーで使うと妙な感じになるのは目に見えて分かる感じ。一方この曲を「エクソシスト」に使ってもホラー映画の雰囲気台無しになるだけという気がします。音楽ってこういう表現物の中では一,二を争うくらい抽象的なものだと思うんですけど、こんな比較をしてみると意外と具体的なイメージとも結びついたりするんだなと改めて発見したような気分になりました。

アート・オブ・ノイズというバンドは最初は正体不明のバンドとしてでてきたんですが、レーベルを移動した際にメンバーの素性を明らかにしています。メンバーはサウンドエンジニアが集合している感じなので、バンドのタイプとしてはサンプリングなどを駆使して作るエレクトリック・ミュージックのバンドといった感じになるんでしょう。他の曲はほとんど聴いたことがないのでわたしとしてはこのバンドの音楽がどうのこうのといえるわけでもないんですけど、この曲に関しては形としてはミニマル・ミュージックに属するんだろうけどあまりそういう前衛的なジャンルの感触もなくて、ポップ・ミュージック的な収まり方が出来るように上手く構成されていると思います。

記事のタイトルには最後まで聴いてないように書いてますが、「チューブラー・ベルズ」と違って、これは最後まで聴いた記憶があります。でも最後のほうがどんな感じだったか全く忘れてしまってるので、今回は最後のほうがどういう風に展開してるのか確認してみたいと思います。






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(2003/12/19)
大人の科学マガジン編集部

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