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【写真】刹那と螺旋 +【音楽】Hey there Grant Green

螺旋の集合

撮った時はこういうイメージになるとほとんど予想してませんでした。でも出来上がってみればなんだかちょっとかっこいい写真に仕上がってるような気になった一枚。
今年の梅雨前の5月頃に伏見の辺りを街撮りしながら散策していたことがあって、その時に撮った写真の一枚です。小さな町工場だったかな、もう一度行けといわれても途方にくれるくらい正確な場所も覚えてないその工場の前にドラム缶が並べてあって、覗き込んでみればこういう細長かったりくるくるとねじ巻き状になったオブジェが一杯詰まってました。工場の人に訊いみるほど外交的でもないので、状況から判断すると、どうも旋盤なんかの削り屑をドラム缶に入れて纏めてあったらしいです。ちなみにあとで調べてみたらこういう削りかすを「切粉」というらしくて、ちゃんと名前がついてました。

覗き込んでなんだかごちゃごちゃしてるのが面白くて、シャッターを切ってみました。本当はドラム缶に入れてある様子も写ってるはずだったんだけど、そういうところは陰に沈んでしまって、具体的な事物の属性が幾分剥ぎ取られ、奇妙なオブジェの堆積状態だけがフィルムに焼き付けられたようです。それにしてもこんなにクールな感じで撮れてるとは思わなかったです。

云ってみるなら、刹那と混沌と螺旋の競演って言うところ。こういう風に云ってみると削り屑もなんだかとてもたいそうなものに見えてくるからなかなか楽しいです。

混沌としているというのは最近ちょっと面白いと思ってる要素の一つで、そういう風にも撮れると気づいた時はやけにごちゃごちゃした状態のものを撮ったりしています。本当だと被写体とそれ以外という風に整理したり纏めたり、余計なものを画面に入れない引き算の撮り方のほうが写真らしい写真の撮り方なんだとは思うけど、世界はヒエラルキーもなくすべては等価で、混沌としているとイメージしているものだから、整理してその混沌に意味を与えるのも必要かもしれないけど、混沌そのものをそのものとして捉えるのも別に良いんじゃないかと思ったりしてます。

刹那的というのは、このフィルムの一齣はわたしがドラム缶を覗き込んだ時の状態が写し取られたわけだけど、この時目の前にあり削りかすが複雑に絡み合って作っていた混沌の形はまさにこの時だけ瞬間的に存在していたもので、その時を逃してはもう二度と同じ混沌はこの世界には現れないということ。
そういう瞬間的にこの世界に現れて消えて行った何か、5月の中ごろに伏見の小さな町工場のドラム缶の中にみたこの複雑で混沌とした世界のなかにもあったはずの刹那的な何かが、この些細な写真の中にでも多少は定着できていたら面白いとも思いました。

見てるうちに思いついたことは自然がジャクソン・ポロックを気取って、アクション・ペインティングしたといったこと。これは結構云い得てると思います。

☆ ☆ ☆

この写真に一杯入ってるくるくると螺子巻く、螺旋って云うモチーフは、螺旋階段とといったような類縁的なものとして、思い返してみればこのブログにはあまり載せたことがないにしても、螺旋形態は今までに結構色々と写真に撮ってます。螺旋の形態が目に入るととりあえずカメラを向けて撮ってみるといった感じ。
別にわたしは螺旋マニアでも螺旋が好きで仕方がないというわけでもないんだけど、なぜか磁力めいたものを察知して目が留まってしまうところがあるようです。

思うに螺旋の同じパターンを繰り返して徐々に階梯を上り詰めていく様相は音楽そのものじゃないかと。音楽もパターンを繰り返して高揚感へと導いていくものだし、螺旋はそういう風に見てみると極めて音楽的なフォルムなんですね。だから、音楽好きのわたしとしてはそういうメタファーとしてのフォルムを体現してる螺旋という形になにかしらの親近感を抱いて視線を留めてしまうんじゃないかと思ったりします。

もちろんこれはこじつけではあります。




KONICA BIG MINI F +KONICA LENS 2.8 / 35


☆ ☆ ☆


Grant Green - Hey there


ファンクジャズ・ギタリスト、グラント・グリーンがチャーリー・パーカーのラテン・アルバム「Fiesta」にトリビュートするようにリリースしたラテン・アルバム「The Latin Bit」に収録されていた曲。
トリビュート云々はまぁわたしの勝手な印象だけど、「Fiesta」と3曲ほど同じ曲が入ってるし、グラント・グリーンはギターの練習をする時になぜかサキソフォン奏者のチャーリー・パーカーの演奏を参考にしていたというから、それほど的外れでもないのかも知れないです。
曲は57年のミュージカル「The Pajama Game」からのもので、スタンダード曲は本当にミュージカルから出てきたものが多いです。わたしはミュージカルとか不自然さが気になりすぎてあまり好きじゃないし、関心もないんだけど、なんだか音楽分野の大きな領域をすっかり素通りしてしまってるような気分になります。

全体にリラックスして緊張感もほぐれるような演奏なんだけど、わたしが初めて聴いた時一番印象に残ったのはリズム隊の演奏でした。まるでテクノの機械打ち込みのように正確無比のリズムを刻んでるのに、機械的な生硬さが微塵も見られない快楽的なグルーブ感を、この曲の場合だと7分近くも続けてる、ゆるい凄さ。
この波が打ち返していくようなグルーブ感にグラント・グリーンも一緒になって鼻歌でも歌ってるかのようなギターをのせてくるのがこの曲の心地よさとなってるんだと思います。

アルバム全体のピアニストはJohnny Aceaという人なんだけど、ボーナストラックのこの曲でピアノを弾いてるのはソニー・クラークで、これも何気に凄いところだったりします。






Latin Bit (Reis)Latin Bit (Reis)
(2007/08/20)
Grant Green

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【写真】雨の午後の庭 +【音楽】Blossom Dearie Desafinade

雨の午後の庭

整形外科に歯科と病院通いが重なるのは嫌だなぁと思いつつ、でも引き伸ばしにかかっても情況が好転しないのはどう見ても明らかだったので、気分は乗らなかったけど先日歯科に行ってきました。
わたしは歯医者と言うと山科のほうまで出かけるんですよね。電車に乗って、山越えて京都の東のほうまでお出かけです。それも山科の駅、京阪東西線とJRの駅がほとんど同じ場所にあるんだけど、電車を降りてからもさらにその山科駅前から出てる病院の送迎バスに乗って。
何でこんな遠くの歯医者に行ってるかと言うと、昔ちょっとトラブルに見舞われた時かかっていたお医者さんからこの病院を紹介されて、ここに通ってる間についでにここにあった歯科にもかかったのがきっかけでした。丁寧で結構気に入ってしまって、通うのに遠いんだけど歯がおかしくなったらこの病院という感じになり、カルテも詳しいのがここに残ることになりました。

この日飛び入りで入って、病院の歯科の待合で暫く待った後診察開始。いつも担当してもらってる先生目当てに日を選んで行ったのに、目の前に現れたのは新しい先生でした。
○○○○といいます。よろしくお願いしますとまず挨拶された後で早速どうなったのかまず聞かれて、色々と説明した後で診察に入ると、見た瞬間に状態が判断できたようでした。
前歯の端が割れたように動き出していたんだけど、以前治療した時に埋めていたものが外れかけてるということでした。自分の歯だけど、そういえばそんな治療をはるか昔に別の歯医者でやってもらったようなことを思い出したものの、指摘されるまで完全に忘れていました。
歯にひびが入って割れかけてると思っていたのが、充填していたものが取れかかってる程度のことと分かって、外れかけていたものを完全に取り除き、若干虫歯が広がりかけていたのを取って、最充填。歯の形を整えますといわれてそのまま暫くわたしの口の中の作業が続いたあと、30分もしないうちに治療は終わりました。
何回か通うんだと思ってたのに、治療が終わりましたといわれた後に次の予約はどの日が良いですかなんてことを聞かれないままに、なんだか会話が途切れてしまって、ちょっと間をおいた後で、…え?これで治ったの??とようやく気づいた次第でした。
一回の治療で完成して、通わなくてもいいとわかったら、気分はかなり軽くなって、それだけでもなんだか楽しくなってくるようでした。

後で鏡で見てみると削った痕なんかまるで分からず、継ぎ足したなんていうこともいわれても信じがたいほど自然に一つの歯となって鏡に映ってました。それにしてもよくもまぁこんなに都合のいい素材がこの世界に存在していたものだと。光で固まる素材のようで(検索してみると光重合型レジンというものらしい)、それもほとんど時間をかけてないのに石のような固さに硬化して物を噛む役割は十分に果たした上で、自然の歯と見まがうばかりの質感を持った素材なんて、治してもらっていうのもなんだけど、存在するのがちょっと都合がよすぎるような感じがします。

暫くほとんど噛まなくても良いようなものを食べたり、気を使って噛んでいたりしたから、この日は噛めるものが一杯入ってるものをかなり遅い昼食として食べてみたりしてました。
歯のトラブルはトラブルの規模以上に気分が落ち込んだりするものだから、なんでも気にしないで噛めるっていうだけで結構うきうきした気分でした。

☆ ☆ ☆

足のほうはやっぱり小走りになりかけるとちょっとあやふやな足運びになりそうになるのは相変わらず。でも階段の上り下りや歩き回るのはほとんど普通に出来るようになってます。回復するのが早い部分は早めに元の状態に戻りつつあるけど、戻りにくい部分は戻りにくいままの状態が続くといった二分化されたような状態が続きそうな感じなのかなぁ。今のところまた階段の上り下りができなくなるような状態に逆戻りしないだけでもいいのかもしれないけど、不安は少し残ったままになってます。

☆ ☆ ☆


今年の梅雨時期に防水カメラ持って疎水沿いを歩いていた時、深草と藤ノ森の中間辺りだったと思うけど、疎水沿いの橋の袂の小さなスペースに人形が並べてあったのを見つけて撮ったもの。
雨の日用に買ったオリンパスの防水コンパクトカメラで、大川もこのタイプのカメラで撮ってたんだけど、雨の中傘さして写真撮るって、とにかく撮りにくいしあまり楽しくないです。積極的に雨の中を写真撮りに出かける気分はよっぽどハイにでもなってない限り無理みたい。
おまけにフィルムカメラなものだから、雨降りの時だけ持ち出してるとフィルムをいつ撮り終えるのかまるで見当がつかなくなってしまうこともあって、雨の日用防水デジカメのほうが使いやすそうです。

フィルムカメラのオリンパスμシリーズに関しては単焦点のものの人気は高いけど、ズームのものはレンズが暗すぎることもあってやたらとフラッシュをたきたがるし全然人気がないです。人気のなさを反映して売値も大体どこでも2000円くらい。でも使ってみると思いのほかよく写るカメラだということに気づいてちょっと吃驚するところがあります。防水だから雨の日用に買ったけど、基本的に暗い雨空の下真っ暗のズームレンズで撮るのはかなり無理があって、カメラそのものは晴天の日に威力を発揮する感じかなぁ。でも晴天の日は他にもっと遣いやすいカメラがあるし、なんかちょっと不憫なところがあったりします。

写真はちょっとありきたり?撮った本人が云うのもなんだけど、毒にも薬にもならない写真って云うところかも。
もっともテーマ性を担わされて、テーマの従属物やテーマ表現の道具と化してるような写真や絵画、たとえば「ゲルニカ」のようなものはあまり興味もないほうだから、テーマもなく意味的には無意味の淵に片足をかけてるようなもののほうが好みだったりします。
だからテーマ性がないのはそれでかまわないんだけど、もうちょっと何か気を引くというか印象に引っかかるようなものがあればと、自分では思った写真でした。

何を語ってるかといったことに関係なしに、そこに、その写真として存在していることが必然であるような写真。そういうのを撮ってみたいと、実は抱いてる野望は結構大きいです。




OLYMPUS μ2 110

☆ ☆ ☆


Blossom Dearie/Desafinade


暑い日が続くので、ボッサ・リズムの曲を一曲。
曲はアントニオ・カルロス・ジョビン作曲のボッサのスタンダード。ブロッサム・ディアリーの特徴的な声も相まって、お洒落で小粋な曲に仕上がってます。
ピアノの音も昔の録音の柔らかく暖かいタッチで心地いいです。ブロッサム・ディアリーはピアノの弾き語りをする人なんだけど、このアルバムではピアノは別のミュージシャンが弾いてるそう。
聴いてると街を歩く足取りも軽くなること間違いなし。

アルバムジャケットも凄い洒落てます。


シングス・ルーティン・ソングス(紙ジャケット仕様)シングス・ルーティン・ソングス(紙ジャケット仕様)
(2008/03/07)
ブロッサム・ディアリー

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【写真】風の通る場所で +【音楽】That Lucky Old Sun

風の通る場所

片足の力が曲げようとした時に抜けてしまう状態は意外と早く元通りの状態へと近づいてる感じになって、今のところサポーターなしでも気をつけながらだと階段の上り下りもそんなに不自由なく出来るようになってきました。相も変わらずカメラ持って炎天下の街に出かけるようなことを続けてるけど、これもそんなに苦にならずに歩き回れるようになってます。膝のサポーターはそのままだと確実に被れると病院でいわれたので、レギンスを下にした状態にしてるんですけど、やっぱりこういうのを膝につけてると珍しいのか、すれ違う人の視線が確実に足元に向いてます。
ただ、歩き回るのはそれほど苦にならなくなってきたけど走るのはまだちょっと無理みたい。まぁ普通の時でもそれほど走ることなんてないんだけど、ちょっとしたことで無意識的に小走りになったりすることがあって、そういう時は片足が本調子じゃないのを改めて思い起こさせるような状態になったりします。
青信号が変わりかけの時なんかは次の青信号まで待つようになりました。

フジフィルムの展覧会はちょうどこういう状態の時と重なってしまって行けずじまいに終わってしまいました。歩いていけないこともなかったけどなんだか気乗りがしないままに開催期間が過ぎてしまった感じかなぁ。結局今回の展示でまた最下段に並べられてしまったかどうかということの確認もできませんでした。
あれは同じ条件で参加してるのに上段の列での展示と最下段の展示では明らかに状態の優劣があるので、何とかしたほうがいいと思うけど、こういうことは最下段に展示されない限りあまり思わないことなんでしょうね。
応募した写真はこれとは違う写真だったけど、上の写真のタイトルと似たようなタイトルをつけてました。上の写真は今年の5月頃に小椋干拓池で撮ったもの。かなり風が強い日だったんだけど、あまり風になびいてるようには見えないかな。タイトルから行くとちょっと詩的な感じになってそうだけど、どちらかというと異様な感じのほうが強そう。

それとトラブルは重なるもので数日前から歯にひびが入ってしまって、どうやら歯医者に行かないと駄目かなぁトいう事態にも直面してます。足指骨折の時も歯医者に通っている時で、病院通いが重なるのは今回も同じ形になりそう。ひょっとしてわたしの場合整形外科と歯科がセットになってるのかも。まだ暑いさなかに病院巡りを強いられるのは本気でうんざりしてます。

☆ ☆ ☆

先日大谷本廟にお墓の写真を撮りに行ったついでに、清水経由で八坂神社まで歩いて、あまりトラブルが続きませんようにと参拝してきました。祇園祭の粽もこの2年ほど買ってないし、岩清水八幡宮だとか晴明神社とかには参ったりするけど、八坂神社はご無沙汰してたので。以前はスサノオノミコトの神社でかっこいいし贔屓にしてたんだけどなぁ。

お参りした後で本殿の周囲に建てられてる末社のひとつで、かなり薄暗がりの中一条の木漏れ日が紙垂にかかって浮かび上がってるのを見つけ、写真に撮ってみました。撮った後でやっぱりこの末社にも参拝したほうがいいかなと、順序が逆だと思いながらも参拝し一応写真撮らせてもらいますとお願いしました。
参拝する前に確認したところだと、気を引いた末社は本殿の北側に並んでる厳島社。祭神は市杵島比売命で、同じく八坂神社の境内にある美御前社と同じ神様なんですね。美御前社は祭られている市杵島比売命が容姿端麗で、美しさをつかさどる神様だから女性参拝客でにぎわってるけど、こっちは参拝する人もいずに、木漏れ日の中で静かに佇んでるだけ。
容姿端麗のほかに舞踏・謡曲の神様でもあるので、おそらくこの厳島社は舞踏関連の人が参拝するんだと思います。
わたしの場合は舞踏とか土方巽なんかの暗黒舞踏に興味はあったけど、基本的にはまるで関係がない場所だったから、参拝中も写真撮らせてもらいますの後が祈願することが何もなくて続かなかったりしました。
暫く後で思ったんだけど、舞踏が出来るほど、足の調子が戻りますようにとお願いしたほうがよかったのかな。そう考えるとまったく素性を知らないままに舞踏の神様の末社に引き寄せられたのも何かありそうな感じがしますね。

木漏れ日と紙垂の写真は体感露出の試行錯誤の一環として撮ったんだけど、条件が特殊すぎて光の状態がまるで読めなかったです。上手く写ったかどうかはまるで自信なし。
どんな風に写らなかったか、ある意味現像する時が楽しみです。




CONTAX TVS2 +Vario-Sonnar 3.5-6.5 / 28-56



☆ ☆ ☆



Ray Charles That Lucky Old Sun


Ray Charles 'That Lucky Ol' Sun' 1964


1949年の古い歌。わたしはグラント・グリーンのボッサ・リズムに乗った演奏が結構好きでした。Youtubeで探してみたけど見つからず。
代わりといっては何だけど、レイ・チャールズの問答無用にソウルフルなのをアップすることにしました。

一つはスタジオ録音で、もう一つ、どうもこれは映画の中のシーンらしいけどライブで演奏してるものの2種類、ドラマチックなスタジオ録音も聞き惚れるけど、ライブのピアノの音が主体の静かな情熱のような曲調もかっこいいです。
ライブのほうの最後の「サンキュー」って言うのがなんだかとてもチャーミングでした。


☆ ☆ ☆



StandardsStandards
(1998/03/03)
Ray Charles

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【写真】真夏の水遊び

夏休みを取ると書いておきながら、写真を一枚だけ披露。ごく最近撮ったちょっと夏らしいの。



真夏の水遊び



熱が出て動けないというようなタイプの体調不良じゃなくて、片足の具合がおかしくなって、足指骨折の時以来、久しぶりに整形外科に行ってます。右足が曲げようとすると力が抜けてしまうような状態で、歩きにくくなったり、ちょっとだけだけど生活が不便になったりして気分があまり持ち上がらず、それでブログもお休みにしようか思った次第。寝込んでしまってるわけじゃないのでPCに向かってるのは可能なんだけど、暑いし夏の疲れを一度ちょっとリセットするにも良いんじゃないかとも思いました。
トラブルはある朝唐突に、ご飯の用意をして、その時はまるで普通だったのに座って朝食を終え、立ち上がろうとしたときにすでにわが片足にやってきていました。立ち上がろうとしたのに力を入れた足はそのまま崩れ落ちてその場にへたり込んでしまいそうな崩壊感に襲われ、あまりにも予想外の出来事でちょっとパニックに陥ったような感じになりました。
でも突発的な襲撃に似つかわしいのか、トラブルの度合いが軽減していくスピードも意外と速いようで、今は膝にサポーターを装着してはいるものの、階段の上がり降りも出来なかったものが、数日でそれほど苦もなく再び出来るようになってます。

写真は京都駅南のイオンモールの噴水というのかなぁ。地面から細い水の柱が吹き出てるところ。普段はこんなに人が集まってるわけでもないんだけど、この日は暑さのせいかにぎわってました。
大垣書店の二階の廊下から俯瞰で。俯瞰の視点って結構好きです。見上げる視点に比べたらこっちのほうがはるかに好きと即座に言い切れるくらい。
どういう風に切り取ろうかなぁとファインダーの中であれこれ考えていると、手前の子供が左下の方向に向けて走り出し、噴水のサークルから斜めの動的なラインが出来上がると思い、ここだと判断してシャッターを切った写真でした。出来上がってみると走り出した子供は必ずしも左下に向かってるわけでもなかったけど。
走り出した子供と噴水の両方のタイミングを同時に把握するのは不可能で、結局ほとんど水が吹き上がっていない状態の噴水を写すことになったのがちょっと残念です。
これ、半裸の幼児とかが写ってるから、最近は児童ポルノだとか煩いのでひょっとしたらプリントは拒否されるかなとか思ってたけど、何の問題もなくプリントしてありました。
ちなみに撮ったのはごく最近。現像が上がってきたのが8月1日になってるから、写してるのはおそらく7月の中旬以降のことだと思います。






CONTAX T3 +Sonnar 2.8 / 35

ヴォルフガング・ティルマンスが使っていたということで、知ってしまうとミーハー精神が頭をもたげてしまって、久々にそれなりに高価なカメラを買いました。最近はこれとフジのナチュラクラシカ、オリンパスのレンジファインダー35RCやロモのスメ8なんかを持って出てることが多いです。35RCとスメ8は露出計を使わずに体感露出の試行錯誤をやろうと思って。
一眼レフは桜の写真撮った時から使ってないかも。トータルでは暑いからかなりシンプルな装備になってます。

【映画】サイレントヒル リべレーション3D 【写真】こわごわ猫写真 【音楽】The Main Attraction  Everyday

七月の半ば頃、若干湿度が落ちて過ごしやすい日が数日続いた時、今年の夏はいきなりの強烈な暑さで始まった体験があったせいで、あの暑さを過ぎるとこんな風に意外とすごしやすい夏になるんじゃないかと期待したものの、結局数日で湿度の高さは元通りの酷暑が戻ってきて、期待はむなしく虚空に霧散することとなりました。
云っても仕方がないこととはいえ、ことあるごとに「暑い」という言葉が口から漏れ出し、少し外を歩けばこの言葉が頭の中を埋め尽くしてしまうような状態。
夏の高くなった青空の下、コントラストのきつい影が落ちる、人通りが途絶えた街には、どこかで異界への扉が口を開けていそうで、そういう気配に満ちた場所を探してカメラ片手に歩き回ったりしてるんですけど、暑さのせいで気力が途切れるほうが早く、どうも思惑通りに行かない日を重ねています。
それと、夏の空って青く突き抜けるような空間にもくもくと雲が浮かぶ様相をイメージするんですけど、実際は大抵午後から、天気予報の言い方だと湿った空気で大気が不安定になって午後からは雷を伴うにわか雨が降るといった感じになるんだろうけど、陰鬱な雲が空を覆ってしまう日が多く、結局今年の夏も今のところ夏の空の写真を思うように撮れずにいたりします。イメージとしての夏は入道雲が生える青一色の空なんだけど、実際は結構うっとうしい空模様になる日も多いといった印象ですね。

そういえばこのところ何年も、ごくわずかの機会以外には映画館に足を運んだことがなく、そういう時間に当てていたものをカメラ持って街歩きをすることに費やしていたんですが、今年の夏の映画はちょっと視たいものがあって、久しぶりに映画館に足を運ぶことになりそうです。映画のことも書いていたブログなのに、映画館に行くのって去年のリドリー・スコット監督の「プロメテウス」以来のことになるんじゃないかなぁ。今は写真のことしか書かなくなったけど、一応映画のブログでもあるので、こういう状況になったことはわれながら信じがたいというほかないです。
以前のように小説なんかも面白そうと思うと買ったりするんですけど、読まないままに積んでおくほうが多くなってきてるし、ひょっとしたらもう自分は「物語」を必要としていないんじゃないかって思うこともあったりします。「物語」を必要としなくなったことにどんな意味合いがあるのかは自分でもよく分からないですけど、ちょっと考えてみるのも意味があるかもしれないかな。

それはともかく今年の夏に劇場で見ようと思ったのは「サイレントヒル」の続編と「スタートレック」の続編。両方とも前作を見ていて気に入った映画でした。「スタートレック」のほうはレナード・ニモイなどが出ていた元のTVシリーズは見ていたことはあったけど、それほどのめりこんだ訳でもなく、宇宙空間の冒険の話なのに予算の都合だろうけど宇宙空間はほとんど出てこなくて宇宙船内で話が進んでいくどことなく室内劇のような印象がこちらの期待に全然そぐわなかった物語でした。だから生粋のトレッキーというわけでもなかったんだけど、基本的に宇宙空間を巨大な宇宙船が飛びまわってるような映画が好きなので、しかも意外とそういうストレートな宇宙映画って最近はあまり見ないような気がするし、映画版のスタートレックは室内劇に終始するようなものでもないから結構好みに近い映画になってる可能性が高くて、まるで昔からのトレッキーであったかのごとく胸を高鳴らせています。
「サイレントヒル」のほうはゲームのほうの第一作からのファン。といっても追っかけていたのは「4」まででゲームのプラットフォームを変えたり、第一作のリメイクなんていうのを始めた頃から、ほとんど追いかけなくなってます。なんだか聞くところによるとゲームのほうはもうアメリカ人の手に渡って開発に日本人は関わっていないということらしいので、新作が出ても大したことないんだろうなぁって云う印象のほうが強いです。

映画は「スタートレック」のほうは8月の下旬頃からの公開でもうちょっと先のことになるようだけど、「サイレントヒル」のほうはすでにロードショーが始まってそれなりに日にちが過ぎていて、こちらのほうはこれを書いている時点で見ることが出来ました。

見た印象は、一言期待はずれ。好きなゲームの映画化だから贔屓目に見たいけどやっぱり期待はずれ。
一応鉄錆と金網の世界の地獄巡りをまた体験してるんだとわくわくしながら見られるし、サイレントヒルに踏み込むまでの謎めいた進み具合はそんなに酷くはないものの、それ以降のシナリオがいけない。なんだかどうもご都合主義で成立してるようで、その場その場はなんとなく納得してみていけるんだけど、あとで思い返してみると意識に引っかかってくるところも数少なく薄い印象でとどまるような映画でした。しかもその場で思いついたことを繋いで物語にしてるような立体感のない映画に、起伏がないからこその演出なのか、大きな音で驚かせてくるところが随所にあります。わたしは大きな音で驚かすホラー映画の演出って、いちいち気分がはぐらかされるのであまり好きじゃないです。

せっかく異様な異界に舞台を移しても、とにかく適当な設定で節目節目の危機を回避していくものだから、あれよあれよという間に勝手に話が解決して目の前を流れ去って行く感じ。これからいったいどうなっていくんだろうとはらはらすることもなく、憎悪の主アレッサとへザーがどうしてあの形で一体化したのかなんていうことの説明もないまま、あの形で合体したんだからそういうものなんだろうと気分だけで突っ走り、その後おそらく観客の頭の中に「?」マークを大量に発生させた状態で、主人公のへザーなんかそっちのけにしてモンスター同士のバトルが始まり、気がつけばそれが映画のクライマックスだったらしく、バトルが終わると程なく映画そのものもエンディングを迎えることになってました。
またサイレントヒルでこれこそが特徴というような薄気味の悪さもモンスター方面ではどちらかと言うとヘルレイザー的でサイレントヒルっぽさとは若干ずれてるようなところもあり、この淡白で気分的なシナリオとも相まって基本的にゲームに対する愛情がない人が作ったんじゃないかなぁという思いが強いです。

どうやらアメリカでも不入りで噂ではこれ以降の続編の企画は打ち切りになったそうだけど、そんな噂も納得できるくらいもうちょっと何とかならなかったのかなという思いだけが残る映画でした。原作のゲームはどこかフランシス・ベーコンの幻視にも回路が開いているような幻覚的でいい素材なので、これで終わらせるのはちょっともったいないです。
一作目はクリストフ・ガンズ監督で監督自身がこのゲームのファンだったということもあって、それなりによく出来ていたから、この映画もガンズ監督でもう一度作って欲しいなぁ。霧に沈むサイレントヒルと、そこを侵食してくる瘴気に満ちた鉄錆と金網の世界を気が滅入るほどに思う存分堪能させて欲しい。

まぁそれでも廃墟的なイメージを引きずった異様なイメージが横溢する世界なので、そういうのが大好きな者としては、良かったところも一応書いておくと、異界の病院で登場するナースのシーン、ゲームでもサイレントヒルの病院はまたあそこに入るのかと躊躇わせるくらい気味の悪さで突出していた場所だったけど、そういうひときわ不気味な病院のシーンに出てくるナース型のモンスターはこの映画でも結構よく出来てました。音に反応して攻撃してくるモンスターなんですけど、凶器を振り下ろす時の「あんあん」云ってる声が妙に可愛らしかったりしてちょっと異様なイメージに仕上がってます。音がしなくなると様々なポーズでその場で固まってしまう演出は演じてる人には過酷だっただろうなぁと。のけぞって静止してるナースでピクピク動いてる人がいました。

一つ後で知って吃驚したのがマルコム・マクダウェルが出ていたこと。映画の途中では気がつきませんでした。



☆ ☆ ☆



ということで、久しぶりに映画のことでちょっとだけお茶を濁してはみたものの、夏真っ盛り、酷暑真っ盛りの中であまり言葉を連ねる気にもならなくて、予告、というほど大層なものでもなかったけど今回は猫写真の一部披露へと展開することとなります。前回まで続けていた大川のお話は桜ノ宮から北側のことはどうも書きあぐねるというか、気が滅入ってくるところがあって、写真だけ載せるような形になるかも。

猫に関してはこの前も書いたように、一切飼ったことがないということもあって、面と向かっても何をしたら良いのかまるで見当もつきません。どう撫でると猫が喜ぶのか、撫で方さえも知らない。飼ってる人だとそれなりにあしらえるんだろうけど、わたしの場合は何をして良いのか分からずにただその場でカメラ持ったまま固まるだけ。猫に逃げられないように近づく算段も出来ないです。
だから、猫がいて出会い頭で逃げなかった場合はカメラを構えるんですけど、気分に余裕がないものだから、いい表情を狙おうなんていうこともなく、ただ猫が写ってるというだけの写真になりがちだったりします。

でも、飼ってる猫の写真のように生活の中で見せる仕草や表情を寄って撮れないことへの開き直りというわけでもないんだけど、最近は野良猫の写真の場合は特に寄って撮る必要もないんじゃないかなんていうことも考えます。むしろ環境の中にいる猫っていうイメージのほうが野良猫には似つかわしいんじゃないかって。被写体の猫とその猫がいる環境の関係性で成立させた写真のほうが面白いと思うんですけど、どうかなぁ。


藤森神社の猫01




藤森神社の猫02


暑中見舞いの猫2枚。下のほうは暑中見舞いの写真を撮った時、別に撮った写真です。さらに近づいていくとさすがにこちらの気配に気づいて一度顔を上げてこちらを見たんですけど、見ただけでそのまままた居眠り状態に突入してました。
上のほうはまた別の日。毛繕いしてる途中で、妙な表情をしたときに撮ったものです。



帝国ホテルの猫02

帝国ホテルにいた黒猫の写真を撮った後、暫くしたらもう一匹現れて横に並びました。仲良しなのか?
構図は階段が強調される縦構図のほうが良かったかな。




人懐っこい猫


祇園の某所にいる無茶がつくほど人懐っこい猫。結構有名というか知ってる人が多い猫です。
逃げるどころかちょっとしゃがんだだけでこちら向けて一直線に近づいてきたのであわてて撮った一枚です。どれだけ人懐っこいかと言うと、座っていたらこの猫、全然遠慮なしにひざの上に乗ってきます。
皆が皆いい人ばかりじゃないんだし、もうちょっと警戒心があったほうが良いんじゃないかと思うくらいです。


目ざとい!


これ、東福寺の鴨川にかかる橋のかなり高いところから撮ったんだけど、見事にこちらの気配を嗅ぎ取られてしまいました。こんなに離れてるから気づかれないだろうと思っていたのに、カメラ構えたらきっちりこちらを向いてる状態に。



哲学の道の猫01

哲学の道の若王子側の終点辺りにいる野良猫。いつも数匹の野良猫がいて近所の人なのか世話してる人がいます。基本的に人が途絶えることのない道なので、しかもちやほやする観光客がほとんどだったりするから、まるで人を下僕だとでも思ってるんじゃないかというくらい、人の存在なんかまるで気にしていない風の野良猫ばかり。いるときを狙っていかないと出会えないなんていう感じじゃなく、いつ行ってもここの野良猫には出会えるんじゃないかな。
ちなみにこの猫、カメラを向けてるこちらには見向きもせずにどこを見つめてるかと言うと、餌を与えてる人のほうだったりします。





難波の路地にて


難波の飲食店の裏通りで、子供連れの猫。同じく通りすがりの人がちょっと相手になってました。





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The Main Attraction - Everyday


アヴァランチーズのサンプリング音源だけで作った奇跡的な出来の曲「Since I Left You」でボーカルパートとしてサンプリングされていた元曲。アヴァランチーズのほうを聴いていて本当にこのボーカルもサンプリングなのかと、そのあまりの馴染みのよさに疑っていたけど、サンプリング元を紹介したサイトを見てみると本当に元ネタがありました。

おそらく現在ではアヴァランチーズの曲の元ネタの一つという扱いでしか話題に上らないバンド。
でも聴いてみると60年代のちょっとソフトなロックという雰囲気一杯の曲で、女性ボーカルも凄い綺麗でかっこいい声だし、曲調も凝っていてこれもかっこいい。そんな洒落た曲なのになぜかほとんど知られないままに終わったようで、曲の出来から行くとちょっと信じられないくらい不遇の扱いを受けてるって云う感じがします。




ちなみにこれがアヴァランチーズのサンプリング音源だけで出来てる「Since I Left You」
The Main Attractionの曲は若干ピッチを上げた形でこの中のボーカルパートとして使われています。










Since I Left YouSince I Left You
(2004/07/13)
Avalanches

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The Main Attractionのほうは2011年ころにCDが出た様子なんだけど、跡形もなく消えてしまってるという感じ。レコードのほうも出てきたとしてもマニアックな掘り出し物扱いじゃないかな。
でも試しにアマゾンで検索してみたら、ここにリンクは貼れなかったけど、この曲が入ってるアルバム「And Now the Main Attraction」がダウンロードという形で販売されてました。





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ちょっと体調を崩してるので、夏休みをかねて、ブログを暫くお休みします。
今回はコメント欄も閉じておきます。