伏見稲荷大社で狐のお面を買う。

狐のお面


まずは先日来怪しい広告ポップアップを呼び込んだり、場合によってはトロイの木馬の警告を引き出してきたりしていたために一時的に取り外していたあし@なんですが、あし@のほうで事の顛末と正常化の作業が終了したことが報告されていたので、元に戻すことにします。
どうも報告によるとあし@が利用してる広告サーバーに誰かが侵入してこういうことをやっていたらしいです。
このトラブルは解消したようだけど、結構頻繁にあし@クライアントを読み込まなくなるといった以前からのトラブルはそのままのようで、使いにくさはあまり変わってないですね。おきてがみとどちらが使いやすいのか、このトラブル中にちょっと考えたりしてたんですけど、おきてがみは収拾がつかなくなって取り外した経緯があるから、どっちもどっちって云う感じかな。

☆ ☆ ☆

とまぁ、こんな報告だけだと何なんで、最近伏見稲荷大社で買った狐のお面を披露してみます。
このところ伏見の稲荷大社で写真とってます。千本鳥居で有名なところ。京都の観光案内にもほぼ必ずといって良いほど写真つきで紹介されてるところです。ちなみに全国の稲荷神社の総本山でもあります。

以前はお稲荷さんは苦手でした。なんだか雰囲気がちょっと怖いという感じがあって。内田百閒の怪談に狐に化かされる気持ちの悪い話があって、そういうのも影響していたのかもしれません。
今回写真撮りに通う前もそんな感じが多少あったんだけど、土産物屋の参道で狐のお面を頭にかけた、高校生くらいの女の子の3人ほどのグループとすれ違った時があって、その時薄気味悪いどころか、妙に可愛らしいと思った瞬間があったんですね。
端的に云うとその瞬間、自分も狐のお面が欲しいって思ったと。そう思うと今まで怖いと思っていた気持ちが180度大転回。その高校生くらいの女の子たちとすれ違ったのはもう帰り際だったのでその日はそのまま帰宅して、伏見稲荷で狐のお面を買うにはどこがいいかネットで調べてから、後日写真を撮りに再訪した時に早速買ってきました。

狐のお面といっても色々と種類があって、この写真のタイプで口を閉じたのが一番オーソドックスなお面。これは人気があるらしくわたしが買いに行った時は一時的に品切れという状態になってました。それでオーソドックスな造形のお面で、この口を開けてるほうを購入することに。この口を開けた狐のお面はパリコレで使用されて好評だったものだとか。もっと細面で化粧をしたようなのも面白かったんだけどこの日はこのお面を買いました。

気味悪いと思っていた気持ちは一体どこに行ってしまったのかと思うほどに、いまやタイプの違うお面をいくつかコレクションしてみようかと画策してます。

ちなみにお土産物屋で売ってるアイテムだけど、あの辺りには伏見人形なんていうのがあるから、このお面もきちんと作家が作ったものとして売られてます。

伏見稲荷大社の写真はまた後日ということで、狐のお面購入の報告でした。





今回はデジタルカメラ。

RICOH GR DIGITAL Ⅲ
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【写真】大川終着 +【音楽】夢見るようにロマンチック Why Shouldn't I - Eydie Gorme

大川始点01


☆ 本題に入る前に、不審な広告ポップアップ・ウィンドウが出る原因があし@クライアントにあるようなので、一時的にクライアントを外してます。
それと今回はコメント欄を開いてますので、何かあればそちらのほうを利用していただけると幸いです。


☆ ☆ ☆

ということでここからが今回の記事。

雨の日の写真を撮るために大川に行ってた頃の話を、途中で放置したままだったので最後まで纏めておきます。
以前源八橋から大川の上流に向けて記事にしようとした時に書きあぐねてると書いたんですけど、実際はこの辺りがどうしてこんなになってるのか事情がよく分からないといったほうが正直なところでした。とにかく源八橋を境にして大川の上流と下流の様子は戸惑うばかりに激変することになります。
どんな風に激変するかと云うと、源八橋の下流は桜の季節には桜並木が絢爛豪華に咲き誇ってお花見のメッカと化すところだし、帝国ホテルを中心とした、映画のセットのようではあるものの外国の街のような洒落た雰囲気の公園や遊歩道が憩いの空間を作ってるところだったけど、源八橋から上流はと言うと、桜並木こそ続いてはいても、道がないと不便だろうからここにも敷いといてやるわとでも言いたげなほどそっけないただの道が伸びるばかりの場所となります。左岸のほうはそれでもウォーキングする人とかが通っていたりするんだけど、右岸のほうは人影自体があまり見られなくなって、そのうち工事現場なんかに立ち入り禁止の目的で立ててある金網フェンスが並べてある場所に出てきて、その向こうに何が見えるかというとビニールなんかで覆うようにして建てられてる掘っ立て小屋のようなものの連なりが散見できるだけ。
つい先ほどまでホテルが提供する優雅な空間だったのに、橋を一本跨ぎ超えただけで、ここ本当に歩いていても大丈夫なのかというようなきな臭い雰囲気さえ纏う場所へと変貌していきます。
明らかにフェンスで道行く人が近づくのを拒否してるそういう小屋以外では、どこかの会社の資材置き場のような場所が並んでいたりするんですが、わたしが歩いていた時間帯ではそこで何か仕事をしてるような人を見かけたのは皆無で、まるで資材置き場の廃墟が並んでるような雰囲気。一応この辺りも公園になってるようだけど、廃墟的空間と掘っ立て小屋の雰囲気に飲み込まれ、実際にあまり管理もされてないような感じも相まって、たまに犬の散歩とかキャッチボールする人を見かける程度で、ただのだだっ広い空間が荒廃した雰囲気を伴って広がってるだけの場所といったものになっていました。



大川 始点 02



大川 始点 03




大川右岸 廃墟的01



ちょっと調べてみたら、この大川行の発端となった天満橋の近くにある大阪城公園の、そのまた中にある大阪陸軍造兵廠周辺には、戦争中空襲にあって残骸と化したまま戦後も大阪陸軍造兵廠に放置されていた鉄くずなどを奪って生活していた当時アパッチ族といわれた一群の人々がいて、このアパッチ族をテーマにして開高健や小松左京らが小説にしてるんだけど、この辺りに建ってる掘っ立て小屋の住人はそのアパッチ族の末裔だとか、そんな説明をしてるところに出くわしたりしました。本当の素性がどうなのかは分からないけど、この掘っ立て小屋の住人たちが源八橋の上流の一区画を不法占拠してるのはどうも間違いなさそうな雰囲気。わたしは社会派の立ち位置にいるわけじゃないので、本当のことが分からないままに、こういうことに何か云うということはまるで適任じゃないと思い出すと、なにを書こうかさっぱりと思いつかなくなってました。

右岸はこんな感じの夜になったら絶対に歩けないだろうと思わせるやばい雰囲気一杯の場所でした。では左岸のほうはどうだったかというと、こちらはこれほど歩いていても大丈夫なのかと思わすような道じゃなかったけど、単調で歩いて楽しくない道であることは共通していました。その上大川の始点手前にある児童公園の道路を挟んで隣にある巨大で威圧感のある建物が大阪拘置所だったりするんですね。京都にも拘置所はあるらしいけど、拘置所なんていうのを実際に見たのはこの大川の縁を歩いていた時が初めてのことでした。このなかで檻に入れられてる人が一杯いるんだと思うと、結構非日常的な感覚になってました。

桜ノ宮というのはわたしはそのときはまるで知らなかったんだけど、大阪でも有数のラブホテル街だったそうで、ラブホテルと帝国ホテルの高級イメージの空間と不法占拠の掘っ立て小屋と廃墟にしか見えない資材置き場と児童公園とセットになったかのような巨大な拘置所が、一つの場所に集まり混ぜ返されてるような、ここにあったのはまさしく混沌としか名づけようがない空間だったんじゃないかと思います。

☆ ☆ ☆

廃墟的な空間は嫌いじゃないけど、こういう荒廃の仕方はあまり見たことがなかったので、写真を撮るにしても結構戸惑ってしまって思うようには撮れなかったです。
映画的なイメージで言うと、マッドマックスに出てくるような近未来的な荒れた世界に、無理してこじつければ見えないこともないかな。やっぱりちょっと違うか。

きな臭くてやばい雰囲気一杯のわりに歩いてみると思いのほか単調で退屈な区域を抜け、この後大川が分岐した先の淀川河川敷へと足を運んでこの一連の撮影行は終わったんですけど、淀川河川敷の写真はまた今度ということで、このお話、もうちょっとだけ続きます。



Leotax F +Summitar f2 / 50mm



☆ ☆ ☆



Why Shouldn't I - Eydie Gorme


イーディ・ゴーメ、この人の歌は本当に好きなんだけど残念なことに暫く前に訃報が入ってきてました。前にも書いたけどパーフェクトといっても云い歌い方が出来る歌手。もうこんな歌い方ができる人ほとんどいないし、こういう歌声は二度とこの世界には現れないかもと思うとやっぱり好きな歌手だけあって喪失感はあります。
とにかく夢見るようにロマンチック。アルバム全体がこんなロマンチックで艶やかな声に満ち溢れていて、この曲だけじゃなくてレコードそのものが好きだったりします。
ブログ村のトラックバック・コミュニティの中にイーディ・ゴーメのものもあって、これも以前に書いた話でコミュニティを主宰してる人とわたしのメンバーはたった二人。しかも主催者はブログを辞めてしまったようで、今やわたし一人しかいないコミュニティになってます。
さて久しぶりにイーディ・ゴーメの曲を取り上げたから、わたし一人だけどトラックバック・コミュニティにも記しに行ってこようっと。





イーディー・イン・ラヴ(紙ジャケット仕様)イーディー・イン・ラヴ(紙ジャケット仕様)
(2008/12/17)
イーディー・ゴーメ

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【写真】燃える世界 +【音楽】恋する惑星 Faye Wong 夢中人

ベルビア・クロスプロセス01



J・G・バラードの小説のタイトルを借りてきてます。このタイトルが本当にぴったりの、今回は真っ赤な写真。
これ、クロスプロセスで現像したフィルムでした。真っ赤になってるのは、後で書くようにかなり思惑外れだったんだけど、そのイレギュラーな現像の結果となります。

クロスプロセスについてちょっと説明すると、これは最近のデジカメでもアートフィルターといった形で効果を適用できるような機能がついてるのが一杯市場に出てると思うけど、フィルムのほうはデジタル処理じゃなくて実際にフィルム上で化学反応として実現させる特殊な効果ということになります。
その前にフィルムのことも少し書いておかなければならないんだけど、カラー、モノクロの違いのほかに、一般的な用途で売られてるフィルムには大まかにネガフィルムとポジ(リバーサル)フィルムの二種類があって、ネガは反転した画像としてフィルムに定着、ポジはそのまま普通の画像としてフィルムの上に定着させることが出来ます。
だからポジフィルムは最終的にフィルムそのものが小さな写真の繋がったものになり、一応そこからネガのようにプリントも出来るんだけど、フィルムそのものをルーペで鑑賞したり、スライドとして大きく投影したりして写真を鑑賞するような形になることが多いです。わたしは基本的に紙媒体の上にプリントされ、何の補助もなく多数の人間がそれを鑑賞できるというのが本来的なあり方だと思ってるので、ルーペで覗くような写真との接し方は、覗きこむことは以前の記事でも書いたように結構好きな視覚体験ではあったりするんだけど、この場合はわたしが考える写真のあり方とはちょっと違うと感じるところもあります。撮影行為が孤独な行為であるのに、何も出来上がってからも、手軽に共有体験できずに、個の中に閉じてしまうような見方をすることもないだろうと、フィルムを使い出して短いなりにももう何年にもなるけど、ポジフィルムは今に至るもほとんど使ったことがありません。

さて、クロスプロセスというのは、このポジフィルムを使って撮影したものに対して行う処理なんですが、どういうことをやるかというと、ポジフィルムの現像を、使う薬品も違うネガ現像の方法で処理するということをやります。ネガ・ポジの異なった現像プロセスをクロスさせると。これは手順としては完璧に間違った手順なんだけどその間違った手順をあえてやることで通常だと手に入れられないイメージを得ようとする方法です。

クロスプロセスの結果は極端な色転び、ハイコントラスト化、粗い粒子状の画像といった特徴として現れることになります。
共通してこういう特徴が出てくるけど、だからといってポジフィルムだと全部同じような結果になるかというと、実はそうでもなくて、特に色の転び方でかなり個性が出てきます。わたしはこのクロスプロセスをするためのフィルムを選ぶ時にこういうことをあまりよく知りませんでした。どれでもポジフィルムだったら良いんだろうとしか思わなくて、目の前に並んでるポジフィルムから適当なのを一本選んだだけ。
その時選んだフィルムはフジフィルムが出してるベルビアというポジフィルムだったんですが、一般的にクロスプロセスの色転びは黄色か緑へのシフトという形で現れるのに、このフィルムはとにかく赤に転んでしまうのが特徴のフィルムでした。
一般的に予想される色転びとはかなり異質で強烈な結果となるので、そういうことを知らずにベルビアを使った人は失敗した!と思う人が多いとか。
わたしは失敗したとまでは思わなかったけど、買ってからこれは赤に転ぶフィルムだと知り、ネットで真っ赤になったサンプルを見てはいったいどうなるんだろうと、撮ってる間からサスペンスフルな気分を味わっていました。

おそらく非現実感で一杯の写真になると思ったから、日常から離れたようなところで写真撮るのが良いだろうと思い、荒涼としたものを撮った宇治川の河川敷へ行って、一日でベルビア一本撮りきってます。クロスプロセスは現像液が痛むから普通の現像所では受け付けてくれない場合がほとんどだったりするので、その後現像はいつものフォトハウスKじゃなく、どちらかというとクロスプロセスを推奨してるようなロモグラフィーのラボに郵送で頼みました。ネットではクロスプロセスを受けてくれるところがいくつかあって、ロモラボもその一つ。このベルビアのあともう一本、今度は違うポジを使ったクロスプロセスをやったんですけど、その時はポパイカメラというまた違うところで処理してもらってます。




ベルビア・クロスプロセス03





ベルビア・クロスプロセス02



ロモラボから帰ってきたフィルムとプリントを見ると、予想通り全体に赤いフィルターをかけたように真っ赤。黄色から緑色辺りで色転びするのを期待してやってみようと思ったのとは、最初に書いたように全く思惑外れの結果となってました。
一応その結果から、赤になったのがわりと写真内容に効果的だと思ったものを今回載せてます。
眺めてみた感じでは夢の中で見る光景のようだとか、まるで二昔前くらいの実験映画にでも出てきそうなイメージだなぁというのが第一の印象でした。極彩色ではないけどサイケデリックといえばサイケデリックな映像。だから最初の思惑から外れてはいたけど、これはこれで面白い結果になったんじゃないかと思います。とはいうもののもうベルビアをクロスプロセスに使おうとは思わないけど。

一番上のは木の陰の細かいところが全部赤の細かい濃淡になってかなり強烈なイメージになってるのがかっこいいです。
工場の煙突のは電線がちょうど煙の位置にかかってしまったのがどうなんだろうと、ちょっと判断できない形になってます。画面にこんな形で入っていても良いのか、電線はなかったほうが良かったのか。ただこの写真宇治川の土手の上から京阪の線路や道路を挟んで向こう側にある工場を撮る形になって、立ち位置を自由に変更できなかったから、電線を避けることは不可能に近い状態でした。

土手の石段は実物はどうってことのない石段なんだけど、ハイコントラスト、目立つ粒子といったものも相まってなんだか凄く意味ありげなイメージになってると思います。



ベルビア・クロスプロセス04


フィルムの性質上、その中の特定の駒だけをイレギュラーな処理にするということが出来なくて、とにかく一本全部がその処理の元におかれることになります。だからこういうことをするときはクロスプロセスにしたら面白そうと思うものだけを撮っていくほうが良いかもしれないと、そんなことが出来るかどうかは別にして思ったりしました。
それと、撮影そのものは普通に写してるわけで、普通に現像したら普通の写真が出来上がるんだけど、こういうイレギュラーな現像をするとその時点で普通に写っていたはずの写真は全部破棄されてしまうことになります。このフィルムで撮った写真が本来的にどう写っていたのかはクロスプロセスをやった時点でもうどうやっても確認することは出来なくなってしまいます。
いうならば完全不可逆の一発勝負になるわけで、こういうところが、クロスプロセス・フィルターをかけてみたけどいまひとつだから元に戻そうというようなことが可能なデジタル処理と大きく違うところだと思います。
でも一見こういうことってフィルムの弱点のように見えるけど、使ってみて思うのは実はこういう不可逆性というのはむしろフィルムで写真を撮ることの面白さを支えてるんじゃないかということ。
いつでも一回きりのチャンスで後戻りできずに、失敗してるかもしれないということが必ず寄り添ってるフィルムという存在は、使うたびにスリリングな体験をさせてくれる存在でもあります。







LOMO LC-A +MINITAR1 2.8 / 32mm

今回の写真はフィルムからのスキャンじゃなくて、ラボでCD化してもらったものからコピーしてます。


☆ ☆ ☆


Faye Wong 夢中人



ウォン・カーウァイ監督の映画「恋する惑星」のテーマ、でいいのかな、劇中とエンドクレジットのところで流れる曲。この映画の音楽としてはむしろパパス・アンド・ママスの「夢のカリフォルニア」のほうが耳に残ると思うけど。
映画の内容に良くあった、不思議少女を演じたフェイ・ウォンのキャラクターそのもののようなキュートでワクワクするポップソング。全体的にこの映画の音楽セレクトはセンスが良いです。もとはクランベリーズの曲でこれはそのカバーになるんだけど、フェイ・ウォンのために書かれたような印象になってます。

映画のほうは返還前の香港で生活する2組の男女の恋物語をアジアの猥雑な都市を舞台にまるでフランス映画のようなスタイリッシュな映像で綴っていく映画でした。前半のカップル、若い金城武が演じてるんだけど、そのカップルの話が後半のトニー・レオンとフェイ・ウォンの物語とちっとも絡まないで終わってしまうというところとか、あるいは自分の部屋を勝手に改ざんされてるのにまるで気がつかないトニー・レオンの不自然なほどの鈍感さだとか、あまり出来がいいシナリオとは思えないんだけど、全体の洒落た映像と音楽と気の利いたせりふで見せきってしまうタイプの映画。映画の中で体験する空間や時間のリズムがとにかく目と耳に刺激を与えて放さないといった類の映画でした。

タイトルもいいんですよね。簡潔で、特別な言葉を使ってるわけでもないのに、一度見たら絶対に忘れないようなタイトルになってる。その上映画の内容も上手く含めてるし、しかもお洒落。
もとは「重慶森林」なんていうタイトルなんだけど、この「恋する惑星」っていう邦題を考えた人は本当に凄い。
普通恋愛映画に「惑星」なんていう単語、頭に浮かびもしないです。



【写真】もっと、グランフロント大阪 +【音楽】Shelley Fisher Lonesome traveller

グランフロント大阪06

グランフロント大阪の写真をもう少し。
でもここについて書くことって前回に書いてしまったからほとんどなかったりします。
基本的には大川の帝国ホテル周囲の再開発地とコンセプトが似てるから、ああいうタイプの施設の一種であるのは間違いないけど、こちらは商用の高層ビルが用意されてる分あちらよりははるかに集客力も強くて、人が集まる場所になってます。その辺の活気はこちらのほうがあるし、歩き回っても飽きないところがあるのは確か。

でもそれは確かなんだけど、ここを目的に梅田にやってくるかというと、やっぱりわたしにはあまり関わりがない施設という感じに留まってしまいます。
この写真を撮っていた頃、梅田に行くたびにちょっとづつ写真を撮ってはいたけど、梅田で歩き回ってる場所はこのグランフロント大阪とはちょっと離れたところが中心になっています。この辺りにやってくるのは大抵目的の行動を済ませてからで、JR大阪駅まで来たらそこから先は足をのばさずに、もう後は京都に帰る電車に乗るだけという時が多いです。おまけに傍らを過ぎるうちに見慣れてきたら、さらに細部まで探検してみようかという気分も薄れてきてるし。

ということで今回は書くこともなくいつになく寡黙になってます。その分写真主体になって、写真としてはいいところもありそうだけど。

全然違う話だけど大阪から京都までJRの新快速で30分って、かなり早いですね。この前大徳寺までバスに乗っていったとき、三条辺りから北大路の西端まで行くのに30分以上かかってたし。このバスに乗ってた時、延々とバスに揺られてる間、大阪まで30分でいけるのに、京都市内移動するだけで30分以上かかるってありえない!って思ってました。

☆ ☆ ☆

最初の写真は中央左手に、縦に3つ積み上げるように並んだ張り出し部分が撮りたかったもの。
写真そのものはこうしてみると、この前の記事に貼った俯瞰のものとほぼ同工異曲っていう感じでした。高層ビルの壁面の一部が画面端でフレームを縦に分割してる、大まかに言うとビル壁面は右端から左橋に位置を違えてはいるけど、縦3分割のような形。工夫がないといえば工夫がないといえるかも。どうも高層ビルの縦に伸びるラインに視線がかなり囚われていたようなところがあった気がします。
高層ビルのガラス壁面を正対するくらいの位置で俯瞰から撮るのも面白かったかな。俯瞰だとガラス壁の内側の様子も多少は絵の中に取り込めて要素が多い雑多な印象の写真も撮れそうな気がします。今度近くに行ったら試してみよう。

使ったカメラは下の渡り廊下のカラー写真ともども、フジフィルムのナチュラ・クラシカ。フラッシュを使わずにかなりのシチュエーションでナチュラルな写真が撮れるというのが売りのカメラでした。少し前に生産終了してしまったけど、わたしにとってはカメラで遊び始めた頃に、トイカメラ以外で新品で買った唯一のカメラでもあります。
柔らかい色の出方をするのが気に入ってます。



グランフロント大阪07




グランフロント大阪12





グランフロント大阪08


パズル・ピースのように見えたから撮ってみたビルの壁面。でも散らかった断片のような暴れた構造にもならずにおとなしい画面になってます。もうちょっと動きがある画面のほうが良かったかも。
鏡面の反射像なんて写真の格好の被写体だし、こういうのは先人たちが嫌というほど作品を残してるんだろうなぁと思いつつも、でもそうは思っても自分で撮りたかったらとにかく撮ってみるという風にはしてるので、ありきたりかなと思ってもシャッターは切ってます。

空中の渡り廊下は以前にツインタワーの写真を載せた時、ワンテン・フィルムで撮ったのを選んだことがあったように、こういう渡り廊下も結構好きなイメージになっているようです。建物から建物へ空中で結んでいるラインというのはちょっと非日常的な匂いがするイメージ。
空中回廊といえば京都駅のフロントに超高架の巨大なものがあります。あの通路、上がるのは好きなのに、写真を撮るとなると駅構内から見上げる形にしかならなくて、回廊の底面が見えるばかりでちっとも面白くない。
この写真もそうだけど、中を移動してる人が見えるというのが結構なポイントなのかもしれないです。

ちなみに京都駅に来てもこの空中回廊の存在さえ気づかない人も多いんじゃないかな。京都駅来訪の際は一度上ってみるのも一興かと思います。
京都駅のことを書いたついでに、京都駅正面から入ったところにある下の階に下りる階段から一階下に下りたところに、レゴで作った京都駅の巨大模型があります。これ、細部までかなり精密に出来ていて、圧巻です。



グランフロント大阪11







FUJIFILM NATURA CLASSICA
KONICA BIG MINI F
OLYMPUS μ ZOOM 140



☆ ☆ ☆


Shelley Fisher - Lonesome traveller


カウリスマキ監督の映画「浮き雲」のオープニングに使われてる曲。
このオープニング結構上手くできてるというか、ピアノのイメージからレストランの店内、このあとさらに厨房のシーンでコックが暴れてる場面に繋がって行くんだけど、結構異質のイメージを無理なく繋いで厨房まで持って行きます。イメージの飛躍具合がそうは見せないけど結構落差があって面白いです。
歌ってるシェリー・フィッシャーについてはよく分かりません。調べてみるとアメリカの歌手で作曲、俳優、プロデュースなどで活躍してるといった程度のことしか出てこなかったです。というか、この映画でしか目にしない無名のミュージシャンに近い人だと思ってたら、それなりに知られてる人のようだったのでちょっと認識を新たにしました。
ライブ中心の活動なのかCDもほとんど見あたらなくて、アマゾンで見つけたのが、この曲のクリスマスバージョンっていうの。なんだかゲテモノっぽいけどちょっと聴いて見たい気もします。





Lonesome Traveler Christmas VersionLonesome Traveler Christmas Version
(2005/11/15)
Shelley Fisher

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聴いたことないけど。



【写真】グランフロント大阪 +【音楽】GS! 愛する君に ザ・ゴールデン・カップス

グランフロント大阪 01




今年の春先に大阪の梅田で撮った写真。JR梅田駅の北側にグランフロント大阪という商業区域がオープンして、実はオープン初日に全くそんなことを知らずに梅田にやってきて、駅からヨドバシカメラにいたる辺りの人の多さに何事かと吃驚したことがありました。
もともと大阪にやってくる時は難波の辺りが主な場所になっていて、梅田はキディランドとか紀伊国屋書店とかポイント的に立ち寄る程度だったのが、写真機屋が集まってると知ってからよく来るようになった場所。この数年大阪といえばまず梅田に立ち寄るという行動パターンになっているんですが、それ以前からこの区域は高い塀に囲まれて建築途上のビルの基部が塀の向こう側に見えてるというような光景が広がっている場所でした。だからこの辺りの工事中のイメージこそがわたしにとっては常態ともいえるものだったので、いざこんな小奇麗な商業施設になって披露されると、改めて、あぁここは延々と工事をするための場所じゃなくて、こういうものを作っている場所だったんだと認識しなおすことになりました。塀で囲まれてるのがもう当たり前の地域だったから、塀が取り払われているだけで視覚的にはかなり新鮮でした。
一応どういう目的の場所かと言うと、大阪の、あるいは関西の、さらに大きく出ると日本の、世界からの玄関口となるようなコンセプトの元に設計された4棟の高層ビルと水と緑の広場で構成された地域ということのようです。

偶然近くのほかの場所に行くつもりで遭遇してしまったオープンの日は写真撮る気にならなかったけど、その後ちょっと落ち着いてからはどんな商業ビルが建ったのかとか水も流れるちょっとした憩いの広場とでもいうようなものになってる一帯の様子を、梅田に立ち寄るたびに、思いつけば探検して写真に撮ってます。
一応周囲の水と緑の広場をうろついたり、4棟のビルのうち店舗が入ったビルには入ってみたけど、中はファッションブランドとか高級雑貨とかが、高層ビルを生かした展望スペースを絡めながらも立体的に配置された、ようするに趣向を凝らした百貨店。どちらかというと道路を挟んで東側にあるヨドバシカメラのほうがこちらの目的に合う場所だから、上階のほうにあった紀伊国屋書店くらいしか利用するところがなかった印象に今のところ終始してます。

とはいっても、こういう高層ビルや演出意図を伴って広範囲に再開発されるというような場所は京都ではほとんど見ないから、初見で歩き回るのはやっぱり結構新鮮でした。硬質なイメージが満ち溢れているからエッジの効いたクールな写真なんかも撮れそうな期待感も出てくるし。
反面京都では見ない光景や被写体の属性に引っ張りまわされる写真、つまりクールでエッジの効いたものが写ってる写真というだけで、写真そのものはちっともクールじゃないなんていうようなのを量産しそうなところもあるから、難しいところもあるんだけど、やっぱり見慣れてないものを目にするのは単純に新鮮な体験ではありました。


グランフロント大阪02



グランフロント大阪 04


俯瞰視点好きだから、こういう高層ビルがあって高いところから見下ろせるとなると、やたらとこういう視点で撮ってます。それと縦構図がかなり多くなってるかな。この場所は縦に伸びる高層ビルが主体だからという理由もあるんだろうけど、ここ以外で撮ってる写真も結構縦構図が多いです。さっき久しぶりにPEN Fなんていうハーフ・カメラにフィルムを入れたところなんだけど、このカメラなんてデフォルトで縦長のファインダーだし。
横並びの目で見てる視野に異化的な雰囲気が出てくるところが気に入ってるのかなぁなんて思うところもあるけど、自分ではよく分からないです。ただ横長のフレームは両端をちょっともてあます時があるのは確か。
あと、どれを記事に載せようか眺め回していて、逆光で撮ってるのも多いのに気づいたりしてました。逆光は光自体がドラマチックだから簡単にドラマチックな画面を構成できるところがあるけど、こういうデフォルトでドラマチックな光にあまり頼らないほうがむしろ発想が柔軟になりそうな気もします。といいつつ雰囲気好きだから逆光を使わないとまでは行かないと思うけど。

一番下のシルエットになった人の階段写真は階段の途中で立って、ひたすら人の配置がこれと思うような形になるのを待って撮ったものでした。でも実際はかっこいい配置になることなんかまるっきりないというか、ここだというのがちっとも判断できなくなったのが本当のところ。自分が完全に納得する完璧な配置で写真撮るなら、こういう偶然のタイミングじゃなくて、隅から隅まで演出する以外にないです。
それで、シャッターを切るタイミングが判断不能になった挙句、この写ってる瞬間にシャッターを切ったきっかけは画面中央少し上辺りの子供のシルエットでした。子供がフレームインしてきた時これを逃したくないと思って、他の通行人の位置は無視して撮ってます。だから人の配置はあまり上手くいってないというのが正直なところです。

この場所にいて邪魔だなぁと思っていたのが、右の方向を向いて立ってるおじさん。この人、この姿勢のまま固まって動いてくれませんでした。でも、動いてくれないものはどうにもしようがないので、とにかく子供がフレームに入ってきたから固まったおじさん込みで撮ってみることにしたんだけど、出来上がった写真でみると、このおじさんは意外と邪魔になってないというか、立ち尽くしてるのが通行する人の中ではちょっと異化的な要素になってる感じがします。
むしろ一番大きく写ってる女の人のほうが買い物の途中といった具体的な雰囲気がありすぎて、あまり馴染んでないような印象でした。
子供以外の通行人はロボットのようにただ歩いてるだけというイメージのほうがよかったです。



グランフロント大阪05




OLYMPUS μ ZOOM 140


☆ ☆ ☆

愛する君に - The Golden Cups


GSです。なんだかとんでもなく古い時代のもののように思うけど、カーナビーツがゾンビーズのカバー曲をやっていたりして、同時代の洋楽はそんなに古色蒼然としたものとして聴いてないので、GSもそういう聴き方で良いんじゃないかと思います。古いからといってそれだけの理由で聴かないのはもったいない。
ゴールデンカップスの曲だとこれが一番好き。レコードのほうはブラスが入りストリングスも入りでなかなか豪華なのでこんなの生で演奏できるのかなんて思ってたけど、このテレビ番組なのかな、これをみるときっちり演奏してます。これは凄い。
マモル・マヌーは今で言うとアイドル路線の王道にいるような見た目だし、正面に立つんじゃなくてドラムだというのもこの当時はちょっと意表をついた配置だったんじゃないかな。後にチャーとバンドを組むことになるベーシストのルイズ・ルイス・加部もなかなかかっこいいです。

【写真】朽ち果てる動物たち +【音楽】Be Bop Deluxe - Adventures In A Yorkshire Landscape +Sister Seagull

動物の遊具01

朽ち果てていくものに対する止みがたい偏愛があって、道を歩いていても廃墟とまで規模の大きいものでなくても、何らかの理由で人が住まなくなった家、廃屋だとか、打ち捨てられたままになってる商売をやめてしまった店舗だとか、錆びて読めなくなった看板だとか、ちょっと注意してみて歩いてるとこういう所って意外と多かったりするんですが、そういうのがやけに目に留まって写真に撮りたくなってしまいます。
カーテンが閉まったままになってる埃だらけの窓の向こうにはどういう空間が広がってるんだろうとか、ある瞬間に時間が止まってしまって、その止まった時間が降り積もるままに朽ちて行ってるような様子を思い浮かべると、結構想像力が刺激されるるようなところがあります。まるでそこだけ連続性が途絶え異物のような空間が開いてる感じ、歪んだ空間が目の前にあるような感覚に好奇心がざわめいて止まないです。

もっともこういう感覚は特に珍しいものでもなくて、少し前のことだけどグーグルのマップで島ごと廃墟となった軍艦島の内部を散策できるようにしたら、かなり話題になったりしていたし、廃墟の写真集も結構でてるしで、割とオーソドックスなものだったりします。

最近こういう廃墟とかやたらと目がいってその延長で写真を撮ったりしてるから、空間が歪んでいるような崩壊感覚を持っていないものは、当たり前すぎてどうも視線を引かないというか、繊細な状態に気づきにくくなって、その結果なんだか手元には折り重なる廃材とか、何でこんなものを撮ったのという疑問で視線を留めそうな小汚い写真ばかりが増えてきてる始末。本当はもっとかっこいい写真が撮りたいのに、なんてちょっとした迷いの中にいる時が多くなってきてます。
廃墟を嗜好する感覚は上に書いた軍艦島ツアー人気なんかでみるように特に目新しい感覚でもないし、写真となると不法侵入などまるで気にすることなく、とてもそこまで入り込めないと思うところまで廃墟の奥深くへ入り込んで撮ってる人も結構いるから、何もわたしも参入する必要はあまりない気もします。
だからスタイリッシュでクールな写真を撮るには、ここは小汚い廃墟などひとまず無視してもうちょっと別のものを撮るようにしたほうが良いのかなぁと考えてみたりする機会も多いです。でもそんな風に考えながらも、崩壊しかけて蔦に埋もれてるような建物を見るとやっぱり惹かれて気がつけば立ち止まってカメラを持ち上げようとしてます。


動物の遊具02


動物の遊具03


写真は廃屋じゃないけど、写真を撮りたくなった感覚の根っこは同じものだと思います。生き物をかたどったものがこういう風に風化していくと独特の毒気というか妖気がが出てくるところがあって、ただ廃墟的なものだとあまり感じ取れない特徴を追加するように見えます。こういう独特の怪しさは人型のものが一番強烈に出てくるだろうと思うので、人形なんかでこういう状態になってるものを見てみたいと思うんだけど、フォトジェニックに朽ち果てていく途上にあるマネキンといったようなものはこういった動物のものよりもかなり難易度が高そうで、未だに目にしたこともありません。

まずこういうのがあるとしたら公園なんだけど、この朽ち果てる動物を撮ったのは公園じゃなくて団地の中でした。
京都の某所にある集合団地。一乗寺や詩仙堂の辺りへ写真撮りに行った時、叡電の窓越しに奇妙な動物のオブジェが点在してる場所が目に入ってきて、ちょっと足を伸ばしてみた場所でした。行ってみた団地は若干古びてあまり人気がないのが気分を落ち着かなくさせるような場所で、これはまぁ時間帯にもよるんだと思うけど、わたしが行った時はとにかく静まり返って人通りもほとんどないところでした。
奇妙だったのはこの動物の遊具が団地エリアにある小さな公園だけではなくて、団地の建築物のなかというか、建物の内にある共有スペースっぽいところにも並べられていたこと。遊具がかもし出す若干の場違い感が団地の共有スペースを妙な方向に性格づけているようでした。
それとこういう遊具って少ない制作会社で作ってると思うし、どこに行っても似たようなのが設置されてると思うんだけど、ここで見た動物の遊具は他ではあまり見たことがない類のものでした。こういうのも注意を引く奇妙さとなっていて印象的だったかな。

ここの団地そのものはオーソドックスなイメージというよりも、休憩広場のようなスペースの壁にありえないような不気味な壁画が描かれていたりしてどこか常軌を逸してるような雰囲気もあり、それに加えて勝手に他人の家に上がりこんでるような状態を続けているうちになんだか気分的に浮き足立ってくるというか落ち着かなくなってきたことも重なって、撮ろうと思ってたものだけ撮ったらそのあとはもう急かされるように即座に退散。住んでる人には悪いけど変な雰囲気がある団地だったしあまり長居する場所でもなさそうでした。

写真はキリンのが目をひくと思うけどなんだか意図が丸分かりでちょっとあざとい感じがするかなぁ。撮った本人としては地面の模様の浮き出し具合とか全体の色合いとかで鳩の遊具の写真のほうが気に入ってます。
ちなみにキリンのはこの前のフジフィルムの展覧会に出そうかと思っていた写真の一枚だったんだけど、絆がどうのこうのといってる展覧会に一点黒っぽい濁った影を落としそうだったから結局出すのをやめてしまった写真でもあります。


しかしそれにしても子供たち、これに跨って楽しいのか?



KONICA BIG MINI F +KONICA LENS 2.8/35


☆ ☆ ☆


Be Bop Deluxe - Adventures In A Yorkshire Landscape


これ、ジャケットがメトロポリスのシーンを使っていてかっこよかったから、大昔にジャケ買いしたレコードでした。中身はジャケットと全然関係なかったので、勝手な思い込みだったけど裏切られた感が強く、結局あまり聴かなかった記憶があります。でもこの曲と下の曲はギターがよく歌っていて結構気に入ってました。ちなみにジャケットにこういうSF映画のシーンを使ったのはリーダーのビル・ネルソンが単純にSF映画が好きだったというだけのことだったらしいです。
音楽は若干プログレが混じったブリティッシュ・ロック、ポップといった印象のもので、70年代中期の頃といえばパンクロックの時代だったからこういう音楽をやってるのは時代遅れかユニークか、当時の印象はおそらく極端に別れていたんじゃないかと思います。実際に活動期間はものすごく短かったようだし。
グループの名前もなんだか中途半端。わたしはビバップというと条件反射的にジャズを想定するんですけど、こういう面でもちょっと思惑が外れたような思いをした記憶があります。ビバップっていう言葉はジャズ以外にわたしの知らない別のイメージでもついてるのかな。ビバップ・ハイスクールなんていうのも、ジャズバンドを目指す高校の音楽部の話でもなんでもないし、未だにタイトルに対する違和感があります。

この曲はとにかくギターが聴かせます。ビル・ネルソンはギタリスト列伝なんかにはちっとも出てこないギタリストだけど、かなり凄腕なんじゃないかと思います。

Be-Bop Deluxe - Sister Seagull


この曲もプログレっぽいブリティッシュ・ポップという感じで、やっぱりギターがよく歌っていて気持ち良いです。個人的な印象ではどことなくジミ・ヘンのイメージが重なるところがあるんだけど、どうなんだろう。
今のギターの展開する音空間じゃなくて70年代頃のギター・ロックを髣髴とさせる演奏が新鮮に聞こえるし、クラプトンとかジミー・ペイジだとこんな感じには弾かなかったというのは割りとはっきりと印象に残るので、やっぱりもうちょっと評価されてもいいバンド、ギタリストなんじゃないかと思います。




Live! in the Air AgeLive! in the Air Age
(2004/09/06)
Be Bop Deluxe

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