【写真】伏見稲荷大社にて 6 熊鷹社から四つ辻へ +【音楽】 Old Folks - Joe Pass & Niels-Henning Orsted Pedersen

熊鷹社奉納鳥居


稲荷山へ向かう鳥居の道を進んで最初に出会う御神蹟である熊鷹社の前を過ぎると、ほぼ間をおかずに石段で出来た登り坂の鳥居の参道が待ち構えています。この石段を登り始めて、おそらく稲荷山に来て初めて、意外と本格的な登山になるのか…と予感めいたものを覚える人も多いはず。どのくらいの長さの石段が控えてるのかある程度分かってしまうと、この段階ではそれほど大した登攀でもなく、事実三つ辻まで最初と最後に傾斜のある石段部分が待ち構えてはいるものの、中間の部分は踊り場のような緩やかな坂道となって、登っていく道としてはそれほど過酷なものでもなかったりします。
でも最初の分岐点である三つ辻まで、登山的なことをするとは予想してないで歩いたとしたら、結構息が上がってしまう道筋にはなってるかもしれません。
熊鷹社からのこの鳥居の登り参道は三つ辻というところで一旦休息ポイントになって、熊鷹社から登ってきた人はこの分岐点で、ようやく着いたと一息入れてる人がほとんど。でもこの分岐ポイントに掲げてある稲荷山の参道全体図をみて、まだほとんどとば口にも立ってないような場所にいると知ると、大半の人がまだこれだけしか登ってない!?って云うような顔になってたりします。
それにしても神社とかお寺とか、山の上にある場合が多いというか、ルネ・ドーマルの「類推の山」のように、山というのが登ることにおいて聖性に近づく場所である場合が多いと考えられてるからだろうけど、これは登ることで修行してるような意味合いもかねてるんだろうと思います。

三つ辻でさらに山頂へ向かう道と、今やってきた熊鷹社からの登りの参道と、もう一つ裏参道、産婆稲荷のほうへ抜ける道の三手に別れることとなります。別に裏参道のほうから登ってここまでやってきてもいいんだけど、こちらのルートは稲荷山からの帰り道として利用されてるよう。でも半ばから民家の間を抜けていくようになるなだらかな坂道で、あまり登山をしてるという自覚なしにこの三つ辻まで出てこれるような道なので、こちらから登ってくるのも新鮮でいいかもしれません。さらにこの道には伏見稲荷大社の管轄外の宗教施設、大日本大道教といった新興宗教の施設のようなものが建っていたり、神社銀座のような様相を帯びていたりと、ちょっと風変わりな雰囲気が漂う場所でもあるし。
熊鷹社から登ってくると、ここで登山に辟易して、もう帰るという気分にならない限りは選択する道は一つ、稲荷山山頂へと向かう参道となります。


稲荷山参道茶店

三つ辻にある茶店の古い鏡。
これ、鏡の中に茶店の様子がもうちょっと入っていればよかった。ここの特徴の古びた大時計は写り込んでるんだけど。



山を行く鳥居の群れ
稲荷山の森の木々の間を分け入るように延びていく鳥居の参道。いつの間にか本殿近くの鳥居の参道とはまるで様相が変ってきてます。



ここから稲荷山山頂へ向かう参道が本格的な体力勝負の運動場になっていくというか、稲荷山散歩程度に考えていた大半の人にとって、おそらく予想を超えて過酷なものへと変貌していきます。
次の分岐点である四つ辻まで、間に四軒の休息所というか茶店をおいて、その店の前だけは平坦な道になってるけどそれ以外は徹底的に登るだけの石段構成になった参道が続いていくこととなり、その石段の総数は約400段。
もっとも石段だけが延々と積み重なってるとはいえ、だからといって連続して上り続けなければならないというわけでもなく、石段の途中で休んでもいいわけだけど、休みを入れながらでもこれはちょっときつい行程となるはず。これも四軒の茶店をはさんだ四つ辻までの構成を知ってると後どのくらいというのが分かるから上りやすくなるものの、初めて登ったりした時はおそらくいつ果てるともない石段が目の前にあるという印象になると思います。
途上に間を置いて茶店が四軒もあるというのがこの石段の参道の性質を良く表してるかもしれません。

ちなみに四軒の茶店は、もっと上のほうにある御神蹟も同じようだけど、参道をはさんで店の前にあるお塚や御神蹟の守りをしてる家のようで、正確なところは知らないけど休憩所の営業はそのついでにやってるような感じに見えます。どの家もふもとからここへ通ってくるんじゃなくて、この稲荷山の中で神様の世話をしながら生活してるようです。
ちなみにどの店も午後四時頃になると早々と店仕舞いしてしまうので、記念に何か食べて行こうなんていう計画なら早めに登り始めたほうがいいかも。



四つ辻
これは去年の夏の終わり頃に撮った写真だなぁ。かき氷の幟が立ってる。稲荷山に始めて登ったときだったんじゃないかな。四つ辻の広場、西村亭の前です。


約400段の石段を上り詰めると、今度は四方向(正確には五方向だと思うんだけど)へ分岐する四つ辻に到着します。それまで森の中を通っていた参道はここでちょっと開けた、小さな広場といった場所に出てきます。下界の京都市内の景観が見られるのもこの場所と、荒神峰をもうちょっと登ったところのある開けた場所の二箇所くらい。四つ辻は一番最初に京都市内を俯瞰できるようになる場所なので、ここで一休みして写真撮ってる人が多いです。
大概山登りしてきた気分でここまでたどり着くんだけど、実は稲荷山の御神蹟巡りのここが出発点となるような場所で、行程としては半分来たか来ないかくらいのロケーションになってます。四方向に分かれた参道のまたすぐ初めから石段が登っていくのを目にしてここで帰ってしまう人多数。
ちょっと開けた場所に出てくるというのと、明らかに区切りの場所のような印象があるので、ここにある茶店の西村亭ではさらにさきへ行く人とここから帰る人、休憩する人に写真撮る人と、それまでの茶店にはなかった賑わいというか活気があったりします。ちなみにこの茶店、俳優の西村和彦の実家だそうで、男前の子供をこの世に送り出したおじさんおばさんの顔を見ることができます。


四つ辻から分岐する参道は、まず一の峰、二の峰などを巡り、御神蹟を訪ねながら、稲荷山山頂を経由して戻ってくる巡回路の入り口と出口の二本。
これは円を描くように稲荷山を囲む参道なので、どちらから入っても必ずもう一方の参道からこの四つ辻に戻ってくることとなります。巡る方向は正式には時計回りらしいんだけど、別にどちらから巡っても罰が当たるというようなことはない模様。ちなみに登攀の険しさは頂上の一の峰直前に果てしないと思える登りの石段がある時計回りのほうが勝ってます。これは逆ルートになると果てしなく下っていく石段へと変貌することになり、かなり楽。紫式部だったか稲荷山参りの途中でへばってしまったのはこの部分だったそう。

三つ辻から登ってきた参道を別にするともう一本は、四つ辻のすぐそばの荒神峰のうえにある田中社への石段で、四つ辻から始まる石段の麓に立って上を見れば、5~60段くらいか、その石段の先に社が見えてるから、これは参道というほどの道でもなかったりします。祭神は田中大神、あるいは礼拝所に記されてる名前で言うと権太夫大神とあるものの、実のところ田中大神の神格やこの場所に設置された由来とかは分からないらしいです。別の名前の権太夫大神のほうもこれに輪をかけて不明ということで、稲荷山の御神蹟は謎めいたことが多いです。



荒神峰 田中社へ

荒神峰へ。


田中社

四つ辻からの石段を上り詰めたところにある田中社。


田中社2




四つ辻からの参道には、さらに荒神峰の麓を回り込むように延びていく平坦な脇道があって、ここは稲荷山にやってきた人もほとんど踏み入れない山間の小道、木漏れ日が綺麗だけど、半ば朽ち果てたような鳥居が思いついたように立ってる、いかにも正規ルートから外れてるといった印象の道で、この道を進むと御幸奉拝所というところにたどり着くことになります。
御幸奉拝所はほとんど人がいなくて、そういう人の気配がない雰囲気と他のご神蹟とはちょっと異なる、巨石文明の跡に踏み入れたらこんなだろうなぁという雰囲気で、まるでMISTの世界かというほどの異次元的な空間に迷い込んだような気分になるところでした。
御幸奉拝所でもう一つ吃驚するのが車が止まってる場所があるということ。森の中の登山を続けて辿りつく四つ辻の近くに下界代表のような車の姿を見て、初めはちょっと吃驚しました。御幸奉拝所の向こうはスキー場のような急坂の舗装路が下のほうへと延びていて、この急斜面をもう一度登ってくるのは不可能と思ったからそこから先は進まなかったけど、後で調べるとふもとの町並みの中にそのまま続いてる道だったようです。車はどうやらそのルートで登ってきてる?

荒神峰の頂上にある田中社の中を通りぬけさらに峰の高みへと進んでいくと視界が広がった場所に出てくることになります。田中社までやってきてもここまで来る人はあまりいないようだけど、京都市内の景観は四つ辻よりもさらに広がりがあって、こちらのほうが見晴らしがいいです。



荒神峰の展望台

四つ辻よりもさらに視界が広がる場所。見晴らしはいいけど、崖のようになってるのに、手すりの類が何も設置されてないです。これ、容易に落ちてしまう可能性があるんだけど、稲荷山全体にこういうところはおおらかという感じがします。無造作に開いた人の気配のない空間に、広告塔なのか鉄骨むき出しの謎めいた構築物がたっていて、これがこの空間を異化してるような雰囲気で、ちょっと超現実的な感じが漂ってます。


京都市内の展望

荒神峰の木立

でも市内の絶景よりも傍らにあった木立の様子のほうが気を引いたりして。



この見晴らしのいい場所からさらに先へと延びている道はそのまま下り坂となり、上に書いた御幸奉拝所への脇道と合流します。この田中社からの道と御幸奉拝所への道の合流地点から、さらにもう一本の脇道が派生していて、これは白瀧社へ至る参道なんだけど、この道がまた凄い。

白瀧社へ


完全に谷間に延びていく山道で、同じく谷間に個絶して建ってる白瀧社にたどり着くまで、周囲は人家の気配など皆無の、谷の木々しかないような場所。しかもわたしが歩いた時でこの道を歩いていた人とであったのは一度きりというくらい通る人がほとんどいません。一応石畳と石段で道の体裁は整えてあるけど、鳥居は間を置いてしか立っておらず、しかも朽ち果てて倒壊したんだろうと思われる鳥居の台座がそのままの形で再建されることもなく放置されてるところも散見されます。鳥居を奉納する人もほとんど人が来ないようなところに立てる気にはならないのかも。
この道は稲荷山の他の参道同様に、どこにも通行止めはしてないから歩くつもりなら夜中でも歩けます。でもこの谷間の参道は昼に歩いてもどこか入り込んではいけないところにに迷い込んだんじゃないかという不安感があったから、夜中に歩くのは怖すぎてちょっと無理だろうと思います。
谷の奥深いところに唐突に建ってる白瀧社までやってくると、かなり予想外の、おどろおどろしいものとは対極にあるような、まるでキャラクターグッズにそのままできそうなほど可愛らしい白瀧蛇様に出会うことが出来るので、正規ルートとはかなり外れてるんだけど、物は試しにここまでやってくるのも変った体験ができていいかもしれないです。

稲荷山地図
GRDⅢ



☆ ☆ ☆




裏参道の猫。

裏参道の猫

明確にテリトリーがあるようで、この猫はいつも一匹狼のように他の猫がたむろしてる所とはちょっと離れた場所で見かけることが多いです。


☆ ☆ ☆

使ったカメラは稲荷山地図がGRDⅢ、モノクロがニコンのF3HP、猫がキヤノンのオートボーイFXLで、それ以外はオリンパスのOM-1とOM-2を使ってます。
OM-1とOM-2に関しては、レンズは同じオリンパスのOMシステムのものなので、本体が代わっても、絵的にどうのこうのというより、撮ってる本人の使い勝手が変化してる程度の違いしかないかも。ほとんど50mmの標準レンズで撮ってます。



☆ ☆ ☆


Joe Pass & Niels-Henning Orsted Pedersen - Old Folks


他のプレイヤーのオールド・フォークスを物色していて、これに出会い、思わず聴き入ってしまいました。
たった二つの楽器でこんなに情緒豊かに色彩感にあふれた音空間を作れるというのはかなり驚異的。
ジョー・パスもニールス・ペデルセンも既にこの世の人じゃないので、こういう凄い演奏の記録が残ってるのは本当にありがたいという感じがします。
ところでWikiなんか見ると、ジョー・パスのギターは我流なんて書いてあったけど、我流で本当にここまでいけるものなのかなぁ。信じられない。

曲は1938年、ウィラード・ロビソンという当時のポピュラー曲を書いていた作曲家の手によるスタンダード・ナンバー。演奏だとチャーリー・パーカーのものなんかが有名だけど、結構いろんな人が演奏してます。
わたしはこの曲、素朴でどことなく愛らしい感じがするのが好き。よく聴いたのはグラント・グリーンやケニー・ドーハムが演奏したものでした。
グラント・グリーンのはオルガンでジャック・マクダフが参加していて、このオルガンのソウルフルな響きがかっこよかったです。







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【写真】窓辺の光 - 旧京都府庁 +【音楽】Eydie Gorme - Can't Get Over (The Bossa Nova)

窓辺 旧府庁1




窓辺 旧府庁 2



この前の桜の写真を撮りに旧京都府庁に行った時に一緒に撮った写真。
現像してみて気付いたのは、窓辺の写真ばかり撮っていたことでした。旧府庁舎の構造を簡単に書くと中庭の周囲を巡るようにして口の字型の回廊が取り囲んで、その回廊の中庭とは反対側に府庁の仕事をこなす各部屋や知事室、会見室といったものが並んでるという形になっています。
回廊の写真や回廊から望む庭の写真とかは以前にここにやってきた時に写真に撮っていたから、今回は撮らなかったというのもあったんだろうけど、それにしてもどれだけ窓が好きなんだというくらい窓辺の写真ばかり撮ってました。
窓辺の写真のうち一番下のが一階から二階に上がる階段の踊り場で、他のは会見室(っていうのか正確な名前は忘れた)や、知事室で撮ったもの。
実はここに来たのは初めてじゃないけど、知事室等、各部屋に入って撮ったのは今回が初めてだったので、ちょっと舞い上がり気味だったのも、窓ばかりに目がいってほかのものが目に入らなかった一因だったかも。



窓辺 旧府庁3




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旧府庁 名残の桜



知事室とか、いつ行っても基本的には見学自由なんだけど、重厚な扉が全部閉じた形になっていて、見学を希望される方はお知らせくださいといったような説明が扉の脇に立ってるだけ。そういう説明書きを前にすると、なんだか仕事してる部屋に部外者が紛れ込むような印象が強く、ものすごく気後れします。誰か旅行者然とした人でも入っていくのを見かけたら、後に続いて一緒に紛れ込むんだけど、たまに書類のようなものを抱えた府庁の職員的な人が通るだけで回廊には誰もいないのが通常の状態のようで、しんとした回廊でその重そうな扉を開けるのは気分的に勢いがついてないと出来そうにないです。
だから以前始めてここに写真を撮りに来た時は結局勢いが出ずに見学できるという部屋でも一切入ることが出きませんでした。開き直ると結構強いところもあると思うんだけど、基本は知らないところにはなかなか出入りできないタイプの人間だったりします。

ところが今回は観桜祭というなんだか名前だけという印象のお祭り期間中だったせいなのか、やってくる人の数が多くなっていちいち見学希望の申し出に対応するのも面倒になったのか、見学できる部屋は全部扉が開放されて、好き勝手に入ることが出来るようになってました。
そんな状態だったから、一度入りたかった旧府庁舎の部屋に入り込んで、基本窓好きの感性を刺激されて舞い上がってしまったような次第。
本当は古びたタイプライターのようなオブジェが机の上で薄暗がりの淡い光を纏ってるようなのを撮りたかったんだけど、考えてみれば見た目重視の空間演出をしてるような場所でもないわけで、重厚ではあるけど、ことさら目を引くアブジェ的なものも見当たらず、そういうのが無意識に影響して、窓以外に目が行かなかったのかも知れません。

もっとも、自家現像して出来上がった写真を見て、窓ばっかりと思いながらも、結局のところ窓辺に見た淡い光の空間そのものを撮りたかったんだと気付くところもあって、それならば古びたタイプライターがあっても、気を引くのはタイプライターそのものよりも淡い光の空間という具合に、意外とタイプライターという被写体はシャッターを切るきっかけにはなってもそれほど重要でもないかもしれないなと思ったりしました。

一応今回のは3枚だけ。というのも他の窓の写真は同工異曲のようなものが多かったからなんだけど、似たようなのが多すぎてこれがテーマと大上段に並べるのもちょっとみっともなさそうなので、順次記事間にばら撒くような形でアップしようかな。






Nikon F3HP +Ai-s Nikkor 50mm f1.4

カラーのほうはミノルタのX-700というカメラで撮りました。
ジャンクで1000円、動きはするんだけど、シャッター幕の動きが若干不正、高速シャッター側で先幕が開ききる前に後幕が追いついてしまってるような感じで、まともに写るものの合間に、端が未露光で黒ずんだようなトラブル写真が紛れ込みます。2本ほどフィルムを通した感じだと高速シャッターを使わなければ普通に使えそうなんだけどなぁ…。
M42スクリューマウントのレンズをアダプター介して使うには、ファインダーもきわめて明るいし使い勝手がいいカメラなので、もうちょっとまともなのを見つけた時に入手しなおしたい。


☆ ☆ ☆


写真関連の話題はもう一つあって、多数の会場で同時に進行する展覧会、KYOTOGRAPHIE国際写真フェスティバルが19日から開催されます。以前に一度この展覧会が開催された時に記事に書いてるはずで、その展覧会の2014年版というかたちになってます。
ただ京都の町全体を写真で飾るというような趣旨の展覧会らしいけど、イベントとしての全体的な統一感があまりないので散発的に小さな展覧会があちこちで開催されてるだけって云うような散漫な印象もあります。こんな感じで企画意図はあまり上手く反映されてないところもあるように思えるけど、ともあれ大規模な写真の展覧会が5月の11日まで開催されることになってるので、興味のある方は足を運んでみてもいいかもしれないです。誰もが知ってるような有名どころの写真家は見当たらないものの、これは逆に言うとあまり知られていない作家の新鮮な写真が見られるということでもあると思います。


☆ ☆ ☆



相も変らず眩暈に悩まされて、いいかげんうんざり。症状は起きて動き回ってる時はほとんど出ないんだけど、横になって休んだり、寝返りうったりするとやっぱり出てきます。休んでる時に症状が出てくるって云うのが結構凶悪なところかも。
目の疲れとかも関係してそうなのでこういうことをやってるのも悪影響になってるんだと思います。でも、そうかといってなかなかやめることも出来ないし、色々と悩ましい。
歯のほうはなぜか痛みが小休止状態。ちょっとは今の体の事情を考えてくれたのかな。



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Eydie Gorme - Can't Get Over (The Bossa Nova)


もう亡くなってしまったけどわたしが敬愛するボーカリスト、イーディ・ゴーメのボッサ・ナンバー。
イーディ・ゴーメのボッサというと「Blame It On the Bossa Nova」のほうが有名なんだけど、そのシングルのB面に収められていたこっちの曲のほうがわたしは好き。
フルートの軽やかな調べに導かれて、水彩で描いたようなオーケストラとともに展開するドリーミーなボッサ。伸びやかなイーディ・ゴーメの歌声がマッチしてまさしく夢心地で気持ちいいです。
でも短い!好きな曲ということもあってあっという間に終わってしまうのが残念なところ。

さて、久しぶりにイーディ・ゴーメの曲を取り上げたので、絶海の孤島と化した、まるでマタンゴの島のような、ブログ村トラックバック・コミュニティに報告しに行かなくては。
おそらく今も行方不明のコミュニティ主催者とわたししかいないと思うけど。








【写真】市井の桜 京都府庁中庭の桜 +【音楽】北へ

市井の桜1



市井の桜2



市井の桜 3



市井の桜4



☆ ☆ ☆



中庭の桜 1



京都府庁 中庭の桜2



京都府庁 中庭の桜3




まだ眩暈も治まっていないのに、このところ歯まで痛くなってきた。歯医者のあの後ろに傾く椅子に座らされるのは今の状態では絶対に無理なので、ちょっと途方にくれてます。
おまけにずっとかかっていた山科の某総合病院の歯科が町の開業医で手に負えない患者専用と経営方針を変えたためにいけなくなってしまって、それ以来別の歯医者を選ぶことを強要されてるにもかかわらず、どこの歯科がいいのかまるで決められない、云うなら歯医者難民のような状態になってます。大体初めての場所は、特に病院なんかは気後れするほうだし、出来れば行きたくないと思ってるから、そういうのがますます選べなさに拍車をかけているんだと思います。
行く歯医者は急には決められないうえに、歯医者を決めても椅子にも座れないとなると、眩暈が治まるまで歯の痛みは我慢するしかないのか。なんだか左右どちらにも極端に傾かないように祈りながら、この事態が終焉する方向に向けて、そろそろと綱渡りでもしているような気分です。
眩暈は他人から見るとなにやってるんだろうくらいにしか見えないけど、生活のほかの分野への影響が思いのほか大きいです。

☆ ☆ ☆

ということで、眩暈を起こす前にほんの数枚撮っていただけで、今年はやっぱり桜の写真は無理かと思いかけていたものの、起きて歩き回るような動きをしてるぶんにはほとんど眩暈にならないという状態になってきてから、それならとばかりに、ちょっとだけ撮りに歩いてみました。
見てのとおり今回の桜はモノクロです。
以前いつの記事だったかその中で、桜をモノクロで撮るほど酔狂じゃないといったようなことを書いた記憶があるんだけど、これは前言撤回します。淡いピンクの色彩がなくても、写るのは桜そのものなんだもの。桜の存在感はやっぱり凄い。

ちなみにこう撮りたかったという願望でタイトルは市井の桜としてますけど、実際は三枚目のが高瀬川といった具合にまさに観光地そのもので撮った桜が混じってます。

京都府庁のほうはわたしが行った時はちょうと観桜祭というお祭りの真っ最中でした。期間中はミニコンサートとかシンプルな展覧会とか散発的にやっていたようだけど、基本的には入り口にパンフレットを配ってるテーブルがある程度で、イベントを外すと普段と変ってるものはほとんどないんじゃないかと思うようなお祭りでした。
ここは旧府庁舎を結構自由気ままに見学できるのが面白いところだと思います。昔の建築の優雅な空間を体感できます。
むしろ観桜祭を外して行ったほうが、桜は見られないけど人もほとんどいなくて雰囲気を味わうには良いかも。


☆ ☆ ☆



Nikon F3HP +Ai-s Nikkor 50mm f1.4
コダックのモノクロ・フィルム、Tri-Xを自家現像。

自家現像はこのフィルムで5本目。5本目にして初めて、停止液は一回使った後は使い捨てにするということを知ったりして。
ずっと同じ停止液を使いまわしてきて特に不都合はなかったものの、それは単純に幸運だったということだけなのか。




☆ ☆ ☆



北へ



セガのドリームキャストでリリースされたゲーム「北へ」のテーマソング。
北海道を舞台にしたゲームだったので、この北というのは当然北海道のことになります。
なにやら食い気に走った可愛らしい歌詞の雰囲気から、当時ゲームに絡めて北海道の観光キャンペーンでもやっていたのかなぁ。その辺りはあまり記憶に残ってないです。
歌ってるのはFour Seasonsという、このゲームの声優さん4人で構成されたユニットのようです。

Youtube巡りをしていて、ちょっと懐かしかったので。うきうきとなんだか春めいた曲のようでもあるし。
ちなみに札幌の地下鉄がゴムのタイヤで走ってるというのは、わたしはこのゲームで知りました。








【写真】積み上がる形態 +【音楽】Cup Song

トーテムポール


なんだか眩暈でひっくり返ってる間に足早にやってきた桜の季節は、すでにどこかへ去っていこうかとでも云うような気配が漂い始めて、結局今年の桜は大して撮れないままに終わってしまいそう。
今年は名所のものじゃなくて、街の片隅や小さな公園に咲いてるような、市井の桜を撮ってみようかと思っていて、眩暈に体が馴染んできた頃にカメラ持ってちょっと出かけたりはしたんだけど、桜は咲いていてもやっぱりすでにどこか勢いがなくて、それほど思うようには撮れなかった感じでした。
街中の桜を撮りに行った日、ついでに京都府庁の中庭の桜とかも撮りに立ち寄ったりもしてはみたものの、さて結果はどうなるか。これの仕上がりは来週になるので、思うように撮れなかったとは云っても、来週までワクワクドキドキちょっと楽しみではあります。ただこの時の撮影はカメラがトラブルを起こしていたので、なんとかなだめすかして撮ってはいたけれど、ひょっとしたらフィルム全体がアウトになってる可能性もあったりして、今回のはこういうのも仕上がりのドキドキ感に加算されてます。

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最初に眩暈に見舞われてから大体二週間くらい経過したけど、未だにすっきりとは取れてない感じの状態が続いてます。
普通に起きて生活してるぶんにはまるで大丈夫なんだけど、下を向いたり見上げたり、そして寝ようとして体を横にしたりすると相も変わらずふわふわと浮遊感が頭全体を包み込むような感じ。ジェットコースターのような激しい回転感覚はそれほどでもなくなりつつあって、たとえてみるなら最初の状態が台風のようなものだったら今の状態は熱帯性低気圧がさらに崩れて普通の低気圧に移行していってるような状態かも。
体のほうも眩暈に順応してるところもあるようで、なんだか眩暈と一緒に生活してるのが当たり前のような感覚にもなってきてるんだけど、だからといって眩暈に慣れたかというと、こんなものに慣れるわけもなく、歯医者とか美容院とか、倒れる椅子のある場所はいまだに怖くて立ち寄れないです。


☆ ☆ ☆


写真は去年の初夏の頃伏見稲荷から東福寺の間辺りを歩き回って撮ったもの。
これ、ダイアナで撮ったんだけど、フィルムの巻き太り防止のためにフィルムロールを抑える目的で、フィルム室の巻き取り軸の傍ら、巻き取り軸に沿うように貼っておいたスポンジテープが剥がれて、フィルムの中に一緒に巻き込まれてしまったものでした。
ダイアナはブローニー・フィルムを使うトイカメラで、トイカメラらしく巻き取ったフィルムを軸側に密着させておくような機構など何一つついてなく、そのまま使うと巻き上げたフィルムが緩んだままになって光線引きすることが多いです。だからちょっと工夫して使うんだけど、このときに貼っていたテープは貼った位置があまりよくなかったようでした。
フォトハウスKで事情を説明して、ラボにはスポンジが巻き込まれてると説明付きで出してもらった結果、ラボのほうでは紛失して後で何か云われるのもかなわないとでも思ったのか、取り出したスポンジテープ(実はただの隙間テープ)も丁寧にビニール袋に入れて、返却されてきました。
巻き込んだ以降のコマは全滅かと思っていたけど、スポンジテープを巻き込んで緩んだ部分で光線引きはしてるけどそれほどのダメージでもなくて、トイカメラではよくあるような出来上がりの範疇に入ってる結果になりました。

ただ、光線引きそのものはトイカメラ的と思えばどうってことのないものではあるものの、巻き込んだスポンジの影がくっきりと出てるのはちょっといただけないというか、間抜けな印象だしこれはやっぱりかっこ悪いかな。
スポンジの長方形の影が入ってしまった写真、これは東福寺辺りにある教会が掃除をしてる最中に近くを通った際に、教会前に積み上げてあったテーブルというか椅子というか、形が面白くて撮ったものだったんだけど、スポンジの影が入ってない状態で撮りなおしたいと思った写真でもありました。でもいつこんな形でこの教会がまた積み上げてくれるか分からないから、まさか東福寺まで日参して確かめるわけにもいかず、未だに撮りなおしは果たせずにいます。



積み上げられた家具


厨房の猫

これはまぁ積みあがる形じゃないけど。



Diana+
元は香港製のトイカメラ。今簡単に手に入るのはLOMOが出した復刻版だけど、オリジナルのほうはあのホルガの元になったという伝説を持つ、極め付きにチープなカメラです。企業の販促用のノベルティとして配られたものが多くて、そのせいでオリジナルのほうは企業の名前を冠したり、微妙にデザインの違うバリエーションが膨大に存在し、コレクター魂に火をつけるような存在のカメラでもあります。

伏見稲荷大社で外国の人がぶら下げていたのを一度見たことがあります。でも完全にお天気カメラだから、稲荷山では暗くてまともに撮れなかったんじゃないかな。



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Anna Kendrick - Cups (Pitch Perfect's "When I'm Gone")


Pitch Perfectという映画、DJを目指して聴く音楽はデジタルものばかりだった主人公が、親の勧めでしぶしぶ入学した大学でアカペラ部に入ることになって巻き起こる出来事を描いた音楽コメディ映画で出てくるパフォーマンス。
アカペラ部って云うのが結構いい。コーラスが主体で聴ける映画ってあまりないんじゃないかな。
それでこのカップ・ソングなんだけど、なんだか結構な人気になって、あまりの人気にこういうPVまで作られる一方、自分でこのカップのパフォーマンスを自録りしてYoutubeにアップする人が急増してるんだとか。

オリジナルは1931年のアメリカの歌と結構古く、カップのリズム遊びの要素を取り入れて2009年にLulu and the Lampshadesというバンドがこういう形に作り上げた曲なんだそうです。
でも人気に火がついたのはこのアナ・ケンドリック版だったから、Lulu and the Lampshadesのほうはちょっとかわいそうかな。

You're Gonna Miss Me When I'm Gone

こっちのパフォーマンスもなかなか手が込んでいて凄いです。