今熊野観音寺で紅葉見物

観音寺の紅葉01
今熊野観音寺 2014 / 11

紅葉の写真。
場所は今熊野観音寺で、月輪山の麓にある泉涌寺の近くにあるお寺。泉涌寺の山内寺院の一つです。秋になってから、山の麓にあるせいで石段の坂道が多いこの辺りが珍しくてよく写真を撮りにきてました。周囲を歩き回ってる時に今熊野観音寺もよく立ち寄って、森っぽい雰囲気の木立の中で写真撮ったりしてるうちに、そういえばこの手のひらのような葉っぱの形は今は緑だけど紅葉じゃないかと気づき、実のところ紅葉は桜ほどには追いかけたくなる気分もあまり盛り上がらなくて、今年はどこで撮ろうかといった計画もなかったところ、これが紅葉なら渓谷に広がる赤い色を、ちょうど観音寺に至る鳥居橋もあるし、その橋の上から見たら豪華だろうなと想像して、紅葉はここで撮ろうとなんとなく決めてしまいました。

位置的には東福寺の近く、泉涌寺の北西隣に隣接するように建ってるお寺で、東大路通りの今熊野商店街から今熊野山に向けて延びる緩やかな上り坂の参道というのか、木々のトンネルの中で木漏れ日が落ちる道を進んでいった先にあります。参道そのものは泉涌寺への道なので、今熊野観音寺へ行くには手前で脇道に入る形になります。この辺りは御陵がいくつかあったりして神社仏閣エリアとしては意外と規模は巨大というか、脇道も辿っていくと思っていた以上に分岐してるので、散策してみるのも面白いかもしれません。
泉涌寺は拝観料がいるので、わたしはその隣の無料で入れるこの今熊野観音寺に入りびたりです。東福寺の近くにあるということで、両方とも共通の紅葉のエリアとなってるから、東福寺が紅葉真っ盛りの頃になると泉涌寺の辺りも同様の状態へと変化していきます。
ちょうど今くらいのシーズンには京阪とJRの東福寺駅の辺りは人でごった返してます。この時期に出る駅の道案内には東福寺と並置して泉涌寺の名前も挙がってるんだけど、やっぱり有名ということで駅からの人の群は圧倒的に東福寺へと流れていきます。3年前くらいになるのか一度東福寺で紅葉の写真を撮ってブログの記事にしたことがあって、あの時のまるで満員電車並みの混雑に辟易したので、それ以降紅葉シーズンの東福寺には行く気にもならないんだけど、それに比べると泉涌寺へ行く人の流れは遥かに少なく、紅葉見物だとこっちのほうが確実に穴場になってるんじゃないかと思います。





観音寺大師堂前
今熊野観音寺 大師堂 2014 / 11





創建は弘法大師。西国三十三所霊場の十五番札所となるお寺です。
唐から帰った弘法大師が東山の山中に射した光明に導かれてこの地に至り、そこで対面した老人、実は熊野権現の化身のお告げにしたがってお堂を建立され、その時に熊野権現から授かった一寸八分の十一面観世音菩薩像を体内に納めた一尺八寸の十一面観世音菩薩像を製作されてご本尊として安置されたのが始まりということらしいです。
この弘法大師の手による十一面観世音菩薩像は頭の観音様として知られ、今熊野観音寺はボケ封じ、頭痛を収める、知恵を授かると、頭に関するご利益があるお寺とされてるそうです。
わたしはこういうところでは一応写真撮ってお騒がせしてすみませんでしたと挨拶しておくんですけど、もちろんこれらの御利益も出来うるなら与りたいとお願いしておきます。「ボケ」とか写真やってるといたるところで目にしたりするけど、本来はなんか凄くいやな言葉だということを再認したりして。頭痛もわりと頭痛持ちでバファリンだとかロキソニンだとか手元にないと不安なほうだから、これも無縁になれたらすっきりするだろうなぁと。それと管轄外かもしれないけど一応かっこいい写真が撮れますようにとちょっとだけお願いしておいたりします。でも今回はお願いのわりに、手振れ失敗写真が多かったようです。

まるで関係ないけど写真関係で嫌な言葉といえば、デジカメでよく使ってる「カメラが吐き出すデータ」だとか云う言い方、この言い方は本当に汚い。綺麗な写真を撮ろうと志す人がよくこんな言い方を平気で使えるものだと思います。





観音寺04
今熊野観音寺 2014 / 11





観音寺05
来迎院 2014 / 11

屋根しか写ってないけど今熊野観音寺の南隣にある小さなお寺。こちらも弘法大師縁のお寺で、大師が唐で感得した三宝荒神を安置することで始まったとされてるそうです。
背後の小高くなったところへ石段を登っていくと一番上には荒神堂があり、三宝荒神坐像が祭られてるとのこと。近くまで寄ってみたけど扉が閉じられていて中を窺うことはできませんでした。
この荒神堂の建っている小さく開けた場所の奥のほうに、不思議で不気味なものがあって、これはわたしは結構気に入ったんだけど、その写真はまた別の機会ということで。



来迎院02
来迎院 荒神堂 2014 / 11





観音寺 塔
今熊野観音寺 医聖塔 2014 / 11

今熊野観音寺の背後の山を少し登ったところにある多宝塔で、日本で医学に貢献した人が祭られてる場所だそうです。
建立は吃驚するほど新しく1984年とのこと。真新しい多宝塔なんてその建立時期に居合わせなかったら見られないわけで、後の人が古びた多宝塔としてしか見られないものの真新しい様子を見られるというのも、考えてみればなかなか面白いものだと思います。
小栗虫太郎が探偵小説の舞台にでもしそうな雰囲気。この感覚を共有してくれる人はほとんどいないと思うけど。
ちなみに見てのとおりこれは紅葉の写真じゃないです。



写真は桜ほど舞い上がってない気分がやっぱりどこかに出てるような感じがする。ここでシャッター切らないでどうするって云う浮き足立つような感覚もあまりないままに、ここはどうだろう、よさそうな気はするけど、でもどうすれば様になりそうかなぁなんて考えながらシャッター切っていたのが写真の結果として出てきてるようです。
紅葉って油断すればすぐに画一的なイメージになって、特にお寺の中の紅葉なんていうのは本当に撮るのは結構難しいと思います。

撮っていたのは先週のことで、今年はなかなか色づかないと思いながらの撮影でした。最初にここで撮ろうと思った鳥居橋の眼下の紅葉は結局まるで色づかないままで今まで来てるし。でもこの橋の光景を赤くなってから撮りに来るかといえば、今はもう別のものを撮りたくなってるから、おそらく撮らないだろうなぁって云うのが本音に近かったりします。
でも紅葉のシーズンが終わってからの今熊野観音寺はまた撮りにきてみたいとは思ってます。




大師堂と来迎院がミノルタのSRT101、他はニコンのF3で撮ってます。レンズはミノルタのほうがMC.TELE ROKKOR-PF f=100mm 1:2.5とMD W.ROKKOR 35mm 1:2.8、ニコンのほうはNIKKOR 135mm 1:2.8 と35mm 1:2。フィルムはニコンのがフジのスペリア400、ミノルタのほうがコダックのゴールド200でした。
広角よりで35mm、望遠で100mmと135mmを使ってる形。100mmはミノルタのものしか持ってなくて、ニコンの135mmがちょっと狭いと思った撮影の後日、100mmを使うためにミノルタを持ち出してます。

コダックの感度200を入れてたミノルタカメラで撮ったほうは木陰なんかの暗いところだと手振れして失敗したコマが結構あって、あまり首尾よく行かなかったです。もうちょっと高感度のフィルムのほうが良かった。
それとミノルタのレンズは詳細な写りと柔らかさを共存させてる面白いレンズなんだけど、カラーで撮ると若干色乗りが浅いような感じがするコマが多かったです。





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高瀬川、木屋町辺り + Hiyodori - Tsutomu Satachi

妖しい触手
枝が触手のように空間を絡め取っていた。 2014 /05





川面に薔薇が浮かぶ
川面を横切る薔薇の列。 2014 / 06

高瀬川に沿って歩いて撮った写真。
雨に濡れたり、体に水がかかるのは猫並みに大嫌いで、晴れてる日でもバッグの中に折りたたみの傘を入れてるくらい。カメラバッグを新調しようとしてレンズの入れ場所なんかじゃなくて傘の入れ場所がないといって買えなかったりするくらいなんだけど、そんなに水と接触するのを忌み嫌うわりに、水辺とかどこかに水が流れてるような空間は結構好きなところがあります。考えてみると去年の春頃に大阪の大川を遡っていった探査行とか京都でも白川沿いとか疎水沿いとか、南のほうだと宇治川、最近では淀川の縁に沿うようにして立ち並ぶ橋本と、川縁に沿ってカメラ持って歩き回ってることは意外と多い感じです。

高瀬川は江戸時代に作られた運河で、鴨川から水を取り入れ、二条の辺りから南に向けて鴨川と併走するように流れ、現在は十条辺りで再び鴨川に合流するような水路を辿っています。昔は合流地点で鴨川と合流せずにそのまま南下し、豪川と一緒になって伏見港の辺りで宇治川へと繋がる流れとなっていて、これは現在のように十条で分断された後も、別経路の川となり豪川とも切り離された独立した川として宇治川に注ぎ込む形となってます。
大体、高瀬川といえば三条から南側の木屋町沿いに、五条辺りまで続く飲食店、歓楽街の中を流れていく川というのが一般的なイメージだと思います。五条以南の五条楽園を通り過ぎた頃からもう観光地的なイメージは消えうせて宅地の合間を流れるただの細い川といった形のものになっていきます。以前伏見港で写真を撮っていた時に宇治側沿いに歩いていて高瀬川の終着地を見たときに、高瀬川ってこんなところまで延びてきてたんだとまるで新発見した探検家のような気分になったことがありました。南端の高瀬川は、それほど一般的なイメージとしてある木屋町沿いの高瀬川とは印象が異なった川となっていきます。というか木屋町沿いの辺りのイメージだけが高瀬川にとってはことのほか特別なものになってるということなんでしょう。
でも特別とは云っても木屋町を流れていく高瀬川が情緒にあふれてるかというと実はそうでもないというのが本当のところかな。一応夜になるとライトアップされてるし、歓楽街のネオンなんかが水面に写りこんでそれなりの雰囲気はあるんだろうけど、昼間見るといつも水は少ないし、ゴミが流れ着いてるところもあちこちにあるし、回りは飲み屋や居酒屋なんかが入った雑居ビルばかりだし、あまり綺麗なところでもなかったりします。かかる橋の数は多いものの、これも何だかコンクリートのそっけない橋ばかり。昼間見て綺麗と思うのは桜の季節、高瀬川沿いの並木道が桜色に染まる頃くらいかな。ここの桜並木は本当に綺麗で春のひと時は高瀬川の存在が引き立つ頃となります。


赤いボトル
川に面して建つビルの、細長いガラス窓の向こうに、赤いガラス瓶が見えていた。 2014 / 10



薔薇の流れる川の写真を撮ったので、高瀬川メインで何か書いてみようと思ったけど、高瀬川を撮った写真が極めて少ないということに気づいて、結局川の写真はこれ一枚。水辺の光景は好きだけど、自分にとっては様々な異なったイメージへと展開するのが若干難しい対象となってるような感じです。




三味線の女
いつの頃からか、三味線を弾く女の絵が貼られていた。 2014 / 05




使用機材は最初と最後がオリンパスのPen EE-2、薔薇の川がニコンのFM3A、赤いガラス瓶のがミノルタのNew X-700です。フィルムはコダックのトライXとフジのプレスト400、カラーのはコダックのスーパーゴールド400を使ってます。



☆ ☆ ☆





Tsutomu Satachi - Hiyodori / A Take Away Show

A Take Away Showというのは、フランス発音楽情報サイト「La Blogothèque」のなかにあるアコースティック・セッションのコーナーということらしいです。
そこに上がってる日本人のシンガーソングライターである、佐立努さんのPV。
音楽も華奢で内省的で儚げで、独特の雰囲気があっていいんだけど、川の情景を写してるのが,また雰囲気があっていい。今回の写真は川の周辺だということもあって、こういう川縁のイメージに乗せた音楽を選んでみた次第です。

でもなんかちょっと卑怯な感じというか、フランスで撮ればそれは雰囲気のある映像が撮れるだろうなと。
異国情緒に憧れてるわけでもないから、京都を異国風に撮っても仕方ないし、自分は自分が見たように自分のいる場所を撮っていけばいいんだけど、街全体が一丸となってどこをどう切り取っても、それなりに絵になるようなつくり方をしてるんだろうと思うとちょっとやっかみ気分になりそうです。かもめまで雰囲気作りに協力してそうなんだもの。鴨川の鳶は河原でお昼ご飯食べてる人の手元から食べ物をくすねようと急降下したりはするけど、鴨川の雰囲気作りに協力してるとは到底思えないです。






The BeginningThe Beginning
(2014/09/09)
Tsutomu Satachi

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私的京都駅とその周辺 + Je ne veux pas travailler - Pink Martini

鉄骨の巨大なドームが辺りを包み込む
巨大な鉄のドームが辺りを包み込む。 2014 / 04





ドームの影が採光窓に落ちている
ドームの影が採光窓に落ちている。 2013 / 05





京都駅で撮った写真をいくつかアップしてみます。京都駅は出来た当初はそれほど関心がある場所でもなかったんだけど、ちょっと中を探検してみようと歩き回ってみたら、まるでRPGのダンジョンみたいという印象で、脇道を抜けていくと最奥には意味不明のオブジェが置いてあるだけといった、いわば罠のような分岐ルートが至るところにある、ゲームが好きな人間には結構興味を引く空間でした。要するに色々と遊びの空間がある。駅本来の機能とはまるで関係のないルートやオブジェのようなものが仕掛けてあって、探検するつもりで歩き回ってみると色々と発見するところがある施設という特徴を持っているようでした。
ただ全体の印象は細部が雑多な立体で構成されてるせいなのか、あまり美的な統一感もなく、駅全体は写真に撮ってもずっと眺めていたくなるような洒落たものにはならない感じがします。その細部もあえて雑多な印象にするためなのかどうかは知らないけど、わたしにはオブジェの曲面や組み合わさる角度など色気のある形というのがほとんどないという風に見えます。
写真撮り歩いて、普段ここを歩くよりも細部は注意深く見てるつもりだけど、面白い空間だと思うことはあっても、やっぱり未だに美しい空間だという再発見はあまりしてはいない感じです。

海外の駅に見るような全体的に雰囲気のある絵が切り取れる空間でもないけど、余計なものが一杯混ざりこんだ乱雑なこの空間は好きか嫌いかでいえば、これだけ写真撮ってることから分かるように好きな部類に入ると思います。
でもいくらこの空間が気に入ってるとはいえ、そろそろ新鮮に撮れるところも少なくなってきたかなという気分もあって、写真を撮るということに関しては、最近は京都駅にやってきてもあまりカメラを構えたりしなくなりました。




頭上には密閉された空間が浮かんでいる
振り仰ぐと頭上には密閉された空間が浮かんでいて、その湾曲した壁面には四つの窓がついていたものの、ここからでは中を窺い知ることは出来なかった。
2014 / 05





それにしても、この建造物、京都の人間は結構新し物好きなんだけど、やたらと古都の観光に精出すサイドからよくもまぁ反対が出なかったものだと思います。お寺の景観最優先でただ高いというだけでも建築規制されてるのに。ひょっとして反対もあったけど押し切ったのかな。

でもこういうある種面妖な建築物を新し物好きの血が騒いで古寺最優先の街に建てられたとはいえ、保存していくという方向には行かないだろうなぁと思います。前の京都駅も綺麗さっぱり壊してしまったし、この今の京都駅も老朽化してきたら、おそらくまた建築のコンペでも開催して最優秀の案を選び出し、今の京都駅なんか完全に潰して新しいものにするんじゃないかな。
今年の秋頃から、大阪との境界にある橋本という元遊郭に写真撮りに行ってるんですけど、結構取り壊されて空き地になったままとか、誰も住んでないような廃墟になってるとか、住んでる人がいても普通の生活に合うように改築したりとかで、遊郭だった頃の雰囲気はあまり無くなった、通行する人もほとんどいないただの寂れた田舎町となっていました。どうも京都自体がこういう元遊郭のような場所を保存しておく気がないようで、そのうち完全にただの住宅地になってしまうんじゃないかと思います。
京都駅も一世代前の京都駅が影も形もなくなったように、現代の京都を代表する建築物のような扱いじゃなくて、おそらくこういうのと同じ扱いになっていきそうな気がします。

もちろん千年以上も前の神社仏閣が今もそのままの形で残ってるというのは、なにしろ残そうという強固な意志がその長い年月の間途切れなく存在していない限りまず不可能なことなので、しかもそういう意志を持ち続ける力というのは、そのものが奇跡的とも言えるかもしれないから、昔のものを残せてるというのは本当に凄いことなんだけど、でもそればかりになって古都風情をコレクションした博物館のような都市になるのも、何だかなぁって云う感じがします。
現代の京都はどこに保存してあるんだと、未来の人はひょっとしたら昭和や平成の京都はどういう風だったのかと、写真くらいでしか接することが出来なくなって、まるで想像できないような状態になってるんじゃないかな。







金属の円柱が周りの空間を映しこんでいる
並んだ金属の円柱が周囲の空間を映しこんでいる。 2014 / 04




影絵の木
駅の近くの公園で影絵の木を見つけだした。 2014 / 01





使用機材はニコンのFM3A。EUのRoHS指令による鉛規制のために生産できなくなった不運の機種。視野率が100パーセントじゃないのが今ひとつなんだけど、実質的にニコンが作った最後のフィルムカメラなので、1/4000秒の高速シャッターだとか明るいファインダーだとか性能的には使いやすく、また堅牢なのもいいです。操作の各動作がしっかりとしてるというのを指先で確実に感じ取れるというか、道具として不安になるようなところがほとんどない、まじめに作られたカメラという感じがします。
他はコニカのビッグミニFとオリンパスのOM1を使って撮ったのが2枚ほど混ぜ込んであります。








☆ ☆ ☆





Je ne veux pas travailler - Pink Martini

何だかシャンソンっぽい要素を集めて作ったいかにもシャンソンっていう雰囲気の曲。Youtubeではエディット・ピアフの歌曲と紹介されてるものもあるんだけど、Pink Martiniというアメリカのジャズ・オーケストラの曲です。ボーカルをとってるのはチャイナ・フォーブス China Forbesという女性ボーカリスト。
曲としてはシャンソンっぽい仕上がりにしてるという以外あまり際立った創意もない感じなんだけど、お洒落な雰囲気作りはうまくいってる感じがします。それがこの曲の創意なのかな。

「働きたくない」と云う誰もつけようとは思いもしないタイトルの歌だけど、内容は失恋して何もしたくないといったもの。
ランチも食べたくないし働きたくもない、彼を忘れたいだけ。で、タバコを吸うって云うような歌詞で、嫌煙派は絶対に歌えない歌でもあります。
わたしは禁煙した口だけど、嫌煙派のようにはなりたくないなぁ。




SympathiqueSympathique
(2014/02/11)
PINK MARTINI

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Sympathiqueというのがこの曲に相当します。





蹴上、岡崎辺り + 赤瀬川原平さんの本をもっと読みたかった。 +Elysian Feels - Future Sound Of London

関西電力蹴上発電所
関西電力蹴上発電所 2014/05

煉瓦の建物繋がりで。
今年の春に蹴上の浄水場でつつじの写真を撮っていた頃、蹴上は久しぶりだったのでまたちょっと付近を歩いてみて撮った写真。実はこの建物、以前にトイカメラで撮ったものを一度ここに載せたことがあるんだけど、今度はモノクロで、画角も違うし、まぁ写真の雰囲気も変化してるだろうということで。
この発電所は側面は背よりも高いフェンスに遮られ、発電所との距離も離れていて上手く撮れず、この三条通に面してる部分のみ遮るフェンスもなく、高い位置から見下ろす形ではあるけど、撮影しやすい場所となっています。おそらくこの建築物の写真撮る人はほとんどがこの場所から撮ってるはずで、似たような写真が量産されてると思います。近寄れないということもあわせて、雰囲気を変えて写真を撮るといっても限度があるのがもどかしい被写体かもしれないです。

正式には関西電力の第二期蹴上発電所。琵琶湖疏水を利用して京都に電力を供給していた施設です。明治45(1912)年に完成したとあります。


蹴上発電所 窓
関西電力蹴上発電所 2014/05





蹴上発電所 星
関西電力蹴上発電所 2014/05



窓ガラスは割れたまま、壁面は蔦が這いまわり放題の巨大な廃墟。としか見えないし、実際のところ廃墟同然なのかもしれないけど、柵に沿うように歩き回って周囲を眺めてると、完全に放置され荒れるに任せたままという正真正銘の荒んだ廃墟とはちょっと印象が異なっていて、私が見物に行くような時間では今までに人の気配に出くわしたことはないものの、古びた煉瓦の建物の片隅に、普通に今風の出入り口らしきものが見つかったり、かなり手入れされてるような印象を持つところも結構あったりします。調べてみるとどうやら今も稼働中の施設のように記してあったり、京大の関連施設になってると説明してるところも見つかったりするんだけど、廃墟にしては小奇麗といいながら、現役のものとしては荒れすぎてるという、謎めいた雰囲気のある施設です。使ってるならどうしてガラスくらい嵌め直さないのかなぁ。

割れたままに放置されてる窓ガラス、建築物の上層階にあり近寄りもできないけど、離れた柵越しにその割れたガラスの向こう側、薄暗い中の空間の一部が詳細も分からないまま、薄明るい影のように垣間見える、こういうのは凄く想像力を刺激して、破れた窓ガラスの向こうでは、きっとある瞬間に凍りついたように時間が止まった空間が広がってるんだろうなと思い巡らすと、中の様子を見てみたいという欲望が沸きあがってきます。中を覗いた瞬間に立ち消える好奇心で、覗き窓に隔てられてるからこそ湧き上がる欲望なのかもしれないけど、それでもやっぱり中を見てみたいです。





インクラインからの階段
蹴上インクライン 2014/04

この辺りにやってきた時は大抵、インクラインの線路跡を歩いて、昔使っていた船なんかがまるで放置されてるとしか思えない形で雨ざらしの屋外展示されてるところまで上がってくると、そこから発電所施設の一部が、まるで「ミスト」の世界を思わせるような、住民が誰もいなくなった後も謎めいた機械が自律的に動き続けてる世界といった佇まいで建ってる、その傍らを通り抜け、人の気配のないままに山のふちを巡る水路を辿って、その先にある南禅寺の水路閣の上層へ辿りつくようなコースで歩き回るのが常なんだけど、この写真を撮っていた時はちょっと足を伸ばしてみようと、いつもはインクラインの線路跡を登りきったところで方向転換して「ミスト」の世界に入るところを、ここは方向転換せずに、さらに先へと歩いてみることにしました。

南のほうへ少し下り東へと九条山に分け入る道を選んで、木立の中の道を日向大神宮の方向へ。
日向大神宮の手前にはちょっとした人家の集落があって、それほど麓とは離れてはいなかったけど、こういうところに住んでる人もいるんだと物珍しげに辺りを見回しながら歩いてました。


木漏れ日の道
木立の道 2014/05





日仏交流会館 廃墟
関西日仏交流会館 2014/05
画面中央の赤い花がポイントだったんだけど、全然目立ってない…。


何だかお金持ちが住んでる?といった雰囲気があるようなないような集落を歩いてると、いきなり目の前に巨大な建物が現れてきました。凝ったデザインで並んでる閉じた窓の列や多階層のような外観が集合住宅かホテルのような施設を連想させるものの、人の気配が全くない。
今まで通ってきた小さな集落も外へ出て歩いてる人は一人もいなかったし、春の陽光が照り返る、無人で静まりかえった道路に一人立って、これまた人の気配が絶えた不思議な建築物を前にしてると、空間そのものが現実感を失っていきそうな感じになっていきます。
あぁ、これも廃墟なのか、と思いつつ、ここは柵等設けてなかったので、入り口らしい大きなガラスをはめ込んで閉ざされてるところへ近づいてみるとその脇には貼り紙がしてあって、この建物は関西日仏交流会館ヴィラ九条山というものらしく、なにぶん今年の春に一度読んだ切りなのでまるで正確には覚えてはいないんだけど、現在は使用しておらず別の場所に移転してる、でも今年の秋くらいにはこちらの会館も改装して再開するつもり、といったようなことが書かれていました。
一時休止的な状態であるということだけど、本当かなぁというくらい時間が途切れてしまってる印象があり、私が記憶してる通りだったら、今頃は再開して活気に満ちてるかもしれないものの、何だかその可能性は低そうな感じがします。

ここも中に入ってみたいなぁという欲望を抱きながら、交流会館の際から二手に分かれてる道を、一本はどうもさらに山の上にある老人ホーム的なところに通じてる道のようだったので、残りの一本のほうへ進もうとすると、交流会館の前にいた時は木立だか建物だかに遮られて見えなかったものの、角を曲がったとたん日仏交流会館のような再開予定のある廃墟途上のものじゃなく、本格的な廃墟が目の前に現れることになりました。

急に広い場所を見渡せるようになったわたしの視界に、この時は上手く写真に撮れなかったんだけど、単純に柵に遮られてる向こう側で荒れ果て朽ち果ててる巨大な施設の全貌が飛び込んできます。いかにも廃墟でもありそうな荒れた空間に囲まれた中とか、そんなところにあるんじゃなく、ごく日常的に明るい太陽に照らされた山沿いの集落を縫う道路のすぐそばにこんなものが存在するのはとても超現実的な光景でした。
帰ってから調べてみると九条山旧浄水場ということらしいんだけど、ここはちょっとかっこよく写真を撮ってみたい。

この時辿った道は旧浄水場の廃墟を傍らにして通り過ぎると、そのまま山を降りて麓の三条通りに出てくるようになっていました。三条通りをそのまま南に下っていくと程なく全和凰美術館の廃墟があるし、三条通りをはさんで向かいの山すそにはアクアパーク東山の廃墟があると、この辺りは廃墟の集積地になってるような感じです。廃墟巡りツアーとかできそう。


ミニチュア風アクアパーク東山
アクアパーク東山 2011/11

あまり気に入った撮れ方でもなかったのでアップしなかった、以前に撮ったアクアパーク東山の廃墟の写真も。しまっていたフォルダの日付によると、3年ほど前に撮った写真になります。
これ、昔の怪獣映画にでも出て来そうなミニチュア風の写り方になってる。ミニチュア風に写る写し方があるのは知ってるけど、そんなこと考えないで撮ってるのに何でこんなに作り物臭いんだろう。


☆ ☆ ☆

この前の記事をアップした日だったか次の日だったか、赤瀬川原平さんが亡くなったというニュースが流れてました。
わたしはこの人の本を結構読んでいて、昔は桜画報のころから、超芸術トマソンの頃まで、小説家として芥川賞を取った頃、老人力で世間的にも名前が知れ渡っていった頃くらいからちょっと離れていたんだけど、カメラを使い出すようになってから、「金属人類学入門」など、赤瀬川さんのクラシックカメラ好きというもう一つの顔のほうに手を出し始め、最近は以前読んで手放してしまった本なんかを古本で安く買いなおしていたりしてました。
60年代の日本の前衛芸術の一角を担うところから小説家まで、写真はまぁ趣味のほうで画業ほどには飛びぬけて上手いとは思わなかったけど、極めて多才な人という印象。著作に共通してるのは思いもつかないようなものの見かたをユーモアを交えて提示するといった感じのもので、その視点はこれも赤瀬川さんが著作で紹介した宮武外骨の「過激にして愛嬌あり」というキャッチがぴったりだったんじゃないかと思います。昔読んだような本を買いなおしていて、そういえばこのところこの人の名前をメディアで見かけなくなったと思っていたところの訃報だったので、何だか納得してしまったところもあるんだけど、もう新しい本が読めないのは本当に残念です。
昔青林堂に桜画報大全を注文した時、送られてきた本には頼んでもいないのに赤瀬川原平と直筆のサインが入ってました。赤瀬川さん、暇なのか?と思ったことがあります。
これも昔、60年代から70年代にかけての美術手帖を古書店で買いあさっていたことがあって、これに連載されていた赤瀬川原平さんの「資本主義リアリズム講座」というのがめっぽう面白かった記憶があります。お札の工作というような講義の回に読者が本当にお札を作ってしまい問題になったことがあったらしいので、そのせいなのかこの連載ものは未だにまとまった形で本にはなっておらず、こういうのをまとまった形で読みたいと思ってます。

本屋に行ってみても追悼のコーナーが出来てるわけでもなく、澁澤龍彦さんが亡くなった時も本屋はほとんど反応しなかったし、その頃から本屋文化はまるで駄目になった印象なんだけど、未だに駄目なままで続いてるっていうことかな。


☆ ☆ ☆


Elysian Feels - Future Sound Of London



Elysian Feels by the Amorphous Androgynous
さわりの部分だけだけどライブの様子。



フューチャー・サウンド・オブ・ロンドンの曲は別名義であるAmorphous Androgynousでリリースしたアルバム「アリス・イン・ウルトラランド」を聴いた時にビートルズのサイケデリック方面の今風の再構築だと思ったことがあって、時代を経てよみがえったシタール鳴りっぱなしのエレクトリック・トリップミュージックに心騒いだことがあったんだけど、この曲もその延長上にある感じかな。
スネアを連打するドラムが結構好き。




Isness & the OthernessIsness & the Otherness
(2012/05/22)
Amorphous Androgynous

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この曲はいくつかヴァージョン違いがあって、ここに載せたのはアビーロードヴァージョン。わたしはこのヴァージョンが好き。アルバムとしてはThe Othernessに収録されてます。