2014/12/01

伏見 2013 / 05

伏見 2013 / 05
去年の初夏の頃に撮っていた写真から。
去年の春から初夏の頃まで、疎水沿いを歩いて南下しながら撮影していた時に、伏見の最南端辺りでカメラ持って歩き回って撮った写真です。
伏見稲荷大社での半年以上入り浸ってる撮影とか、オリンパスペンFに100mmレンズをつけて縦構図で撮るという枠組みを課して撮っていた去年の夏の撮影行よりも、時期的にはもっと前のことになります。なかなか記事にしなかったことに大した意味なんてないんだけど、この時に撮った写真では切粉の写真を一枚記事にしただけで、なぜか出しそびれてました。どういう写真家の影響を受けて撮ってるのかわりとよく分かりそうな感じがするので、そういうところで躊躇っていたのかも。
伏見と名がついていても写真を撮っていたのは竹田の子守唄で有名な竹田に隣接してる近鉄の伏見駅を降りたところから次の駅である丹波橋辺りで、伏見稲荷大社とはまるで違うところです。この辺り電車の駅名で云うと「伏見」という地名がついたものは近鉄の伏見駅、京阪の伏見桃山駅、それと伏見稲荷駅があるんだけど、みんな結構離れた位置にあって、伏見稲荷駅以外の伏見がつく駅にはここからだと伏見稲荷大社にはいけないので、伏見稲荷へ参拝に行くなら京阪の伏見稲荷の駅で降りてくださいと注意書きの貼り紙がしてあります。
京都市の区としては最大でもないらしいんだけど、同じ「伏見」というキーワードのある場所が離れたところに点在してるので、こんなところまでまだ伏見!と、一つのエリアとしては巨大な印象になってしまうところがあるように思います。
中書島の辺りまでいくと酒蔵だとか寺田屋とか屋形船の行きかう宇治川派流だとか、観光地っぽいところも出てくるけど、この撮り歩いていた場所は多少酒蔵がある程度でごく普通の住宅地。それでも画一的な新興住宅地のように、途方にくれるくらい同じものしかないような所でもなく、適度に時間が積み重なって、いろいろとくたびれつつあるのが特徴となってるような感じのところでした。
こういうところでは被写体を探し当てる注意力を試されてると思いながら、そのくたびれつつある街中を歩いてみると、ファインダーの中で何かが立ち現れてきそうな時もあって、その立ち現れてくるものを掴み損ねて、結果的に大した写真は撮れなかったと思う日でも、撮影はそれなりに楽しい時間だったように思います。

伏見 2013 / 05

伏見 壁面の案内図 2013 / 05
朽ち果てた案内図なんていうのは、多分に呪術的なオブジェ。今の案内に役に立つかどうかも不明で、傷んだ表層の向こう側に垣間見える地図は遠くからかすかに聞こえる意味を成さない呟きのよう。
そこの同じ場所にわずかにぶれて存在している何かの気配、そういう気配を探し掬い取ろうとしてカメラを持って歩き回ってたような感じ。

伏見 2013 / 05
案内図の写真がコンタックスのTVS2、他はコニカのビッグミニFで撮ってます。フィルムは両方ともイルフォードのカラー現像できるモノクロフィルム、XP2。
ビッグミニはヴォルフガング・ティルマンスが使ってたカメラ、ティルマンスはビッグミニが故障した後修理できなくて、コンタックスT3に変えたそうで、わたしもT3持ってるから、壊れてはいないんだけどビッグミニのほうはあまり使う機会がなくなってしまいました。
あくまでコンパクトカメラというカテゴリー内での話だと、ビッグミニFは質感も豊かに極めてよく写るカメラの部類に入るんじゃないかと思います。銘は刻んでないけど、小さくてもレンズはヘキサノンだと思うし。
使い勝手はこの頃のコンパクトカメラに良くある、フラッシュの設定が電源切るたびにリセットされて面倒というようなタイプのカメラです。でもそういう使い勝手の悪さがある一方で、近接撮影には自動的に切り替わりファインダー横のランプで知らせてくれるとか、妙に使いやすいところもあったりします。
カメラの作りはあまりよくないという印象かな。裏蓋から延びるフレキシブルケーブルが裏蓋の開閉で疲弊して切れてしまうというのが持病で、今となってはこのトラブルに見舞われた場合は修理が出来ません。細部の作りも甘く、わたしのものはフレキこそ断線してはいないものの、シャッターボタンの上に被せてあった部品が知らない間に取れてどこかに行ってしまったりしてます。みるとシャッターの真ん中に一滴ほど接着剤を垂らしただけでくっつけていたようでした。またレンズも収納時に蓋がかぶさるような仕組みでもなく、フィルター兼用のガラスが常時覆ってるだけ。これも傷がついたらフィルターを交換するように取り替えることが出来ません。
でも作りは甘いんだけど、何か凄い絵を撮ってくれそうと思わせるところがあるので、持ってると楽しいカメラではあります。
今年の冬は久しぶりにフィルム入れてみようかな。
☆ ☆ ☆
大井路 - クーロンズ・ゲート
音楽だけ抜き出したものがなく、ゲーム内の大井路エリアの観光ツアー動画のようなのしか見当たらなかった。
クーロンズゲートのサウンドトラックのCDはつい最近17年ぶりに復刻されたそうで、たまたまこのゲームのことを思い出したのは凄くいいタイミングだったような気がします。
初代プレーステーションで出たカルトゲーム。PSが世に出る前に、この新世代のゲーム機ではこんなソフトが予定されてますって言う意味合いのプロモーション動画が入ったVHSのテープがあって、その中に目玉として紹介されていたゲームでした。そのプロモーションではPSを牽引していくような大掛かりなゲームという印象の紹介をしていたけど、発売延期を繰り返してようやく遊べるようになってみると、これが一般的なユーザーのことなどまるで考慮してないと思えるほど特異なイメージに満ち溢れた世界を構築していて、話の内容もマニアック、当時の記憶だとPSを牽引して行くどころか、ついていけない人続出で、あっという間に得体の知れないカルトなゲームの地位に納まったんじゃなかったかと思います。あまり売れた様子でもなさそうだったし。
イメージ的には一言で云うと、ブレードランナーのアジアンゴシックバージョンといったものを、極端に奇怪で狂気じみた形として再構築したといった感じか。陰界にある九龍城砦が、風水の見立てが行われていないせいで陽界に現れてきたのを正すために、主人公の風水師が風水の乱れで邪気に覆われてしまった陰界の九龍城砦で四神獣の見立てを行うというのがこの物語のストーリーなんだけど、訳が分かるようで分からないお話であったことだけは確実でした。
わたしも含めてはまった人は、そんな物語よりもこの汚く、混沌として、見たこともないような世界の中を探検するのがとにかく面白かったんじゃないかと思います。このPVにも出てくる美脚屋なんて一体どんなところから発想したのか。清王朝を舞台にした過去編で出てくる、苦しみのなかで調和を取り戻すという目的で、その苦しみを得るために旅人が集う宿牢というのも異様な印象で今でも記憶に残ってます。
わたしが好きだったのは天堂劇場(ティントンシアター)のシーン。閉鎖され人がいなくなったために内部で邪気が充満してしまった廃墟の大劇場のなかを奥深くまで進んでいくところなんだけど、人がいない大劇場なんていうだけでも薄気味悪いのに、さらに廃墟の中をさまよってる不気味さを足した、恐怖感に満ちた雰囲気満載でここは本当に面白かった。
ただこのゲームのダンジョンは酷く酔います。わたしはこれやってる頃はまだ眩暈の持病なんて発動してなかったんだけど、こういう乗り物酔いに似た状態にはかなり弱かったのは今と同じで、このゲームの3Dダンジョンではほんの数分で気分が悪くなってました。天堂劇場のシーンも移動する時は目を細めてあまり動きが視界に入らないようにしながら、進めてたくらい。宥めすかしながら遊んでるとそのうち多少は慣れては来るんだけど、3D酔いする人はおそらく大半が途中放棄したんじゃないかと思います。これはこのゲーム最大の傷になってるかも。
音楽は物語の後半、大井路で流れるものです。この辺りの舞台が一番狂気に満ちていた記憶があります。鈴なのか音の正体は分からないけど、鈴っぽい音が歩くくらいのテンポで刻んでいくリズムが催眠的でかっこいい。
チョイン・ドルマの音楽も鈴のリズムが気に入ってたし、こういうのが基本的に好きなんだろうと思います。