伏見稲荷大社、裏参道の置物風猫 今年最後の更新。 + On the Sunny Side of the Street - Erroll Garner

まるで置物のよう。
伏見稲荷大社 裏参道 2014 / 03

伏見稲荷大社の裏参道にいた猫の写真で今年の記事の締めくくり。野良猫命というようなタイプでもないけど、猫が目の前を通り過ぎたらカメラを構えずにはいられない程度には猫に絡め取られてます。来年も野良猫たちが寄ってきてくれるといいんだけどなぁ。このところ向こうから近づいてきてくれる猫にもたまに出会ったりしてます。目指せ武田花さんの猫写真!ってところか。ディテールがあいまいで少し曲がった太いチューブのような猫の形がちょっと面白い。置物風だけど、本当に生きて動いてる猫でした。

写真はオリンパスのOM2、レンズはZuikoの50mmだったはずだけど、記録してなかったので忘れてしまった。Zuikoレンズは他には広角も持ってるけど、あまり広角で撮った絵という感じでもないから、おそらく標準のレンズで撮ったものだと思います。
フィルムはロモの100。ロモが作ってるんじゃなくどこかのOEMのはずで、まぁおそらく中身はコダックだと思うけど、安くてどことはなく得体の知れないフィルムです。でもニュアンスのある色の出方をする時があって、結構気に入ってます。

☆ ☆ ☆

今年の締めくくりの記事です。今年出会った方、古くから見に来てもらってる方、皆さん今年もお付き合いいただいて有難うございました。どちらかと言うと妖しい写真のほうが多くなっていきそうなブログですけど、来年もよろしくお願いします。
それにしても以前は映画のブログだったのが嘘のようです。

今年は春から初夏にかけて、初めて眩暈になって以来の酷い眩暈に見舞われて、眩暈とその後の夏に暑い暑いといってたのだけがやけに印象に残ってる年でした。眩暈を起こしてる期間、記憶は世界がぐるぐると回っていたということに終始し、眩暈起こす前のことも分断されてしまってあまり記憶に残ってません。そんなこともあって今年は初夏の頃から始まったような印象の、結構短い一年でした。
来年は眩暈を起こさずに過ごしていきたいです。眩暈が寄り添った生活を暫く続けていたある瞬間、必ず目が回っていた行動をしても目が回らなかった瞬間の、解放されたと分かった時の高揚した気分。回るか回らないかの二者択一の状態だったから変化は劇的で、ぐるぐる回らない世界で歩き回れるようになった夏以降は、それだけで誰かに感謝したいような気分でした。

写真は今年も一杯撮ったんだけど、よく行く場所を順繰りに回ってるだけのような行動だったので、そろそろ新しい場所を発掘してみたいです。歩いてるのは大抵京都の東と南側で北がほんの少し、それに比べ京都の西側はほとんど足を伸ばしたことがないから、目先を変えるにはまずこっち方面がいいかな。


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On the Sunny Side of the Street - Erroll Garner


ジミー・マクヒューが作曲したブロードウェイ・ミュージカル「リュー・レスリーのインターナショナル・レビュー」に出てくる曲。
明るい表通りを歩いていこうって云う感じで、来年に繋ぐにはいい曲じゃないかと思います。
演奏はこれまた世界で一番楽しいピアノを弾いたピアニストだと思ってるエロール・ガーナー。




皆様にとっても来年がいい年でありますように。
よいお年をお迎えください!




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TimelessTimeless
(2002/05/07)
Erroll Garner

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Complete Savoy & Dial Master TakesComplete Savoy & Dial Master Takes
(2008/04/08)
ERROLL GARNER

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駅のクリスマスツリー + La Peregrinacion - Ariel Ramirez & Los Fronterizos / El Nacimiento - Jose Carreras

地下広場のツリー
京都駅ポルタ 2014 / 12





大階段巨大ツリー
京都駅 2014 / 12


クリスマスの季節なので、例年の如くそれっぽい写真をアップしてみました。
最初のような感じの写真はあまり撮ろうとするタイプでもないから、何だか柄にもないことやってるなぁという違和感が自分の中にはけっこうあったりします。
気がついてみればツリーばかり撮っていて、クリスマスの写真は結局ツリーしか撮るものがないのかと自分で思わないこともないけど、クリスマスのアイコンとして何だか一番賑やかに見えるものだから、ついこれを撮ってしまうという感じ。それにサンタとかカーネル・サンダースがコスプレしてるのを眼にする程度で、意外と街中で見ないような気がします。
代わりになぜか今年はふくろうがよく目に付くかなぁ。ふくろうは知恵の象徴だし凄い好き。でも好きなのはいいんだけど、ふくろうって何かクリスマスに関係ある?

二枚目のは、ツリーも含めて近視眼的な写真ばかりで、何が写ってるのかさっぱり分からない写真が多かったから、ちょっと引き気味に撮ろうと思って撮ったもの。といっても引き気味で撮らなくては!とまなじりを決して撮っていたわけでもなくて、フィルムの残りを消費するのに結構適当にシャッター切ってました。
他数枚ツリーの飾りとか、ポルタの今年のツリーは根元におもちゃ箱をひっくり返したようにカラフルな雑貨が撒き散らされてたんだけど、そういうのをモノクロで撮ってみて、まぁここにはアップしないけど、どれも全部精彩を欠いたようなできになってました。フィルムの場合はフィルムを選択した時点で被写体がある程度限定される感じがします。モノクロとして撮るのに適してる対象なのか絶えず問われてるようなもので、こういう制限はフィルムの融通のなさのように考えられるかもしれないけど、意外と写真を撮る行為には有益に働いてると思うところもあります。


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撮ってるのは最初のがニコンのF3。レンズは50年位前のNikkor-P Autoの105mm / 1.2:5です。レンズのほうは最近大阪の委託品の店で見つけたもの。AIっていう、レンズの開放値をカメラ本体に伝える、後のニッコールのレンズにつけられた構造をまだ装備していない古いタイプのレンズでした。
AI時代のF3にはカメラ側のAI連動ツメを折りたためば装着できるものの、レンズと本体のやり取りが全く出来なくなるわけで、使い勝手はかなり悪くなるところだったんだけど、でもこれはAIへ改造済みのものだったので、そういう部分の面倒さは解消されてました。
二枚目のはナチュラ・クラシカにXP2という組み合わせ。フィルム入れたまま状態が暫く続いていたので、現像に出すために残り数枚を、クリスマスのこの記事に載せる写真を撮るのに使ってしまおうと数日前にわりと適当に撮り歩いていたものの一枚です。ナチュラ・クラシカは、おそらくこのナチュラシリーズのカメラ用に開発されたフィルムのナチュラ1600を入れると、自動的にナチュラ・モードに切り替わって、独特の動きをするようになるんだけど、普通のフィルムを入れるとごく普通のカメラとしても使えるようです。でも、普通のカメラのように使えるといっても、普通のカメラは他に持ってるわけだから、このカメラはやっぱりナチュラ1600入れて使ったほうが絶対にいいです。
そういえば最近期間、数量限定でこのカメラ再販されてたんですね。使ってみるとちゃちなファインダーとか気になるところはいくつかあるんだけど、販売終了となると欲しくなる人が結構出てきてたのかな。わたしが買った時も暗がりでもナチュラルな写真が撮れると人気があったカメラでした。実際にナチュラ1600を入れて撮ると暗がりでなくてもどこかスミが入ったような独特の色合いで撮れて、他とは違うって主張してるところがあります。



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La Peregrinacion - Ariel Ramirez y Los Fronterizos


アルゼンチンの作曲家、アリエル・ラミレスの作ったクリスマスの合唱曲「Navidad Nuestra(アルゼンチンのクリスマス)」の2曲目に入ってるもので、邦題としては「巡礼」とか「さすらい」とかつけられてる曲。
ラミレスの代表曲に「Misa Criolla」があり、これはカトリックでは従来ラテン語以外のミサ曲は認められてなかったのが、60年代に入って各国言語で演奏することが認められ、それをきっかけとしてスペイン語で書かれたミサ曲でした。
この曲もその流れに乗った曲で教会用に書かれた合唱曲、別名フォルクローレ・カンタータとも呼ばれるものの一曲です。
民族楽器を使った素朴な響きが教会的な敬虔な雰囲気と交じり合って、独特の雰囲気と盛り上がり方を見せる曲。
実はわたしが持ってるCDはこの演奏者のものじゃないんだけど、Youtubeで見つからなくて、それで見つけたのがこれでした。
ピアノ演奏はラミレス本人だし、メインで歌ってるロス・フロンテリーソスは1953年に結成されたモダン・フォルクローレ・コーラスのグループで、「Misa Criolla」が始めて録音された時に参加していたから、どちらかというとこっちのほうが正統的かもしれないです。
時を経たフィルムの質感が何だか古い映画の一部分を見ているようで、あまり録音状態の良くない音もどこか味わい深い雰囲気になってる感じ。


El Nacimiento - Jose Carreras

もう一曲、同じくラミレスの「アルゼンチンのクリスマス」から、上の曲に続く3曲目。邦題は「生誕」とつけられてる曲です。
穏やかで祈りに満ちて、こっちのほうがクリスマスっぽいかな。
こっちのほうを歌ってるのはスペイン出身のテノール歌手である、ホセ・カレーラス。
「アルゼンチンのクリスマス」ではこの曲も大好き。






Misa Criolla / Navidad NuestraMisa Criolla / Navidad Nuestra
(2006/01/17)
Crystal Rheams、 他

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わたしが持ってるCDはこれ。ナクソスからリリースされてます。ナクソスはクラシックを廉価で聴けるレーベルだったけど、今は他の会社も廉価版だしてるから、この方面での特徴はあまりなくなってるかもしれません、でもこのレーベル、以前は大澤寿人という忘れ去られた作曲家の交響曲を世界初でリリースしたりといった、珍しいものを出すこともあって、この辺は小回りが利くレーベルという印象です。
どちらかというと上のPVでラミレスが弾いていたピアノパートをギターが演奏していたりして、こっちのほうがフォルクローレっぽいというか民族楽器を正面に出してるような感じ。でも歌やコーラスは今風の普通の合唱団とソリストが破綻なく歌ってる様子で、全体には民族楽器を正面に出してるわりに、ロス・フロンテリーソスのような素朴でどこか土臭いところもなく、印象は結構異なったものとなってるようです。

上ではYoutubeで見つからないと書いたけど、本当は一度だけ見つけてます。それもナクソスのチャンネルで。
わたしが見つけたときは視聴回数0の時で、日付も見るとおそらくアップロードされた直後。やったこれで記事に載せられると、アップしてもらったお礼にgoodのアイコンをクリックしてから、URLを引っ張ってきたんだけど、ほんの少し後でもう一度アクセスしようとしたら、もう繋がらず、未公開の状態になってました。訳が分からない。視聴0だったから、ひょっとしてわたしが見たことがきっかけ?あるいはクリスマス直前に公開する予定だったのか手違いで早く人目に晒されることになったためにまた引っ込めたとか考えたけど、直後に見られなくなった理由は推測できませんでした。




Missa Criolla / Navidad Nuestra / Navidad VeranoMissa Criolla / Navidad Nuestra / Navidad Verano
(1990/10/25)
Ariel Ramirez、 他

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ホセ・カレーラスのほうはこれ。









偶然が介在する妖しい花 + Some Enchanted Evening - Il Divo

妖しい花2-02
撮影地忘れた。 2013 / 02

たまに撮ってる花の写真。以前に似たようなタイトルで一度花の写真をアップしたことがあると思うけど、その続きのようなものです。特に花を被写体にして写真撮ってるわけでもなく、どちらかというと、多少とはいえ写真を撮ってるにもかかわらず、まるで花の名前も分からず、区別もつかないという、以前花の写真をアップした時に書いたのとほとんど変らない状態だったりします。
とはいっても区別もつかないから絶対に花の写真は撮らないと思ってるわけでもないので、撮影を繰り返すと、気まぐれで撮ったような花の写真はそれなりに手元には残っていき、でもそれはそんなにたくさん積み重なっていくわけでもないから、思いついたみたいに記事にして、たまにブログを花で装飾するといった形になってます。

前回のもそうだったと思うけど、今回も何だか妖しい写り方になってます。
このなんとも妖しい感じの写り方は、実は最後まで結果を読むようにコントロールして、撮ってるわけでもなくて、いろんな条件とか、トイカメラで撮ったりした、そのカメラの癖とかでこんな写り方になってるというのが本当のところ。撮った本人にとっても予想外の仕上がりになってるといってもいいくらいのイメージとなっています。
モダニズムとシュルレアリスム的な感覚を拠りどころにして写真を撮ろうと意図することが多いから、妖しい写り方をするのは結果的にはもやもやとした形で輪郭も朧に存在していたものを逆に撮った本人に気づかせてくれるようなところがあってなかなか面白い。自分のテクニックじゃなくて外在的な条件でこういう結果になるのは表現としては他人任せ的なところがあるんだけど、そこはシュルレアリスム、偶然の介在を最大限に取り入れたりする思想には、偶然を意図する方向に取捨選択するようなことはある程度必要かもしれないけど、こういうあり方は結構適合してるんじゃないかと思ってます。





妖しい花2ー01
八幡 2013 / 01

最初のはイキモノカメラで撮ったもの。110(ワンテン)フィルムを使うカメラで、これだけ見せられても絶対にカメラとは思わない見た目のトイカメラで撮影。フィルム面積の極端に小さいワンテンフィルムと絞りもシャッタースピードも固定のトイカメラの組み合わせは恐ろしくチープな写真を作ってくれます。画面一面がハレーションで覆われてたり、細部が溶け出したような描写は当たり前。あまりにもチープなので、嫌いじゃないのに持ち出す気にはなかなかならないカメラ。ワンテンフィルムはまだ2~3本手元にあるけど、二本ほど撮った後でそれ以上持ちださなくなったものだから、全部使用期限を越えてしまってます。
二枚目のはスメ8で撮影。ロシアのカメラで、ロシアでは大衆的なカメラなんだけど、他の国ではトイカメラ扱いにされるカメラ。
下のはこの前の記事に続きコニカのビッグミニFです。撮影時の記録によると上の八幡のとこれの撮影で使ったフィルムはソラリスでした。コダックのOEMに変更される前のものかな。イタリア製のソラリスはもう一度使ってみたいフィルムだったけど、既にこの世界から消え去ってしまって、もう二度とこれで撮ることはできなくなりました。






妖しい花2-03
京都駅八条口 2013 / 05
これはあまり妖しくないか。
八条油小路の十字路の南東側道路わきに花壇が設けてあって、そこで咲いていました。結構綺麗に見える場所なんだけど、なぜかある程度咲くとある時見事に全部刈り取られてる時があって、意図がよく分からない場所でもあります。咲かせて路を綺麗にしたいのか、植物があると邪魔だと思ってるのか、一体どっちなんだ。



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Some Enchanted Evening - Il Divo


ミュージカル「南太平洋」の曲で、サウンド・オブ・ミュージックの作曲家リチャード・ロジャースの手によるもの。
歌ってるのは、男性歌手グループのイル・ディーヴォ。
クラシックの男性歌手の声とか、朗々として気持ちよく響きわたるのが、結構好きだったりします。でもイル・ディーヴォはクラシッククロスオーバー系統のグループという印象があって、癒しだとかそういうタームでくくられてる類のものだと思い、ちょっと食い足りないというか、クラシック風にはしてるけどもっとポピュラーよりのどっちつかずの音楽とかそういう印象でした。
だから名前は知ってはいても特に好んで聴こうとは思わないグループといったところ。
ところが先日四条烏丸の十字屋の地下一階で、トリュフォーのDVDが何枚か買うと一枚タダとか、そんな広告を見て、でも今更DVDはなぁとか思ってるところに、店内放送でクラシック男性歌手の気持ちのいい声が聞こえてきて、そのうちトリュフォーなんてそっちのけでそのかすかに聞こえる音楽に耳を済ませることとなりました。
ちょっと気になったので、店の人に今流れてるのは誰の音楽?と訊いてみると、店の人が持って出てきたのがこのアルバムでした。
知らないクラシックの歌手だと思ってたので、店員さんが持ってきてくれたCDの、イル・ディーヴォという見たことのある名前を見てちょっと拍子抜けしてしまったところもあるんだけど、聴きやすさなんかをわりと無視してるところもあるクラシックとは違って、とにかく耳に気持ちよく入り込んできたのは、この正体を知って納得してしまいました。
関係ないけど、綴り違いではあるもののディーヴォといえば、わたしにはあのサティスファクションの風変わりなバンドなんだけど、今は知ってる人もそんなにいなくなったのかな。

店内で聴こえてきたなかでは一番記憶に残ったのがこの曲だったから、これをピックアップ。
アルバムはミュージカルナンバーを集めたもので、曲は親しみやすいものが取り上げられてます。アメリカのスタンダートナンバーってかなりの部分がブロードウェイ・ミュージカルから来てるので、ミュージカルはアメリカ音楽の重要な分野なんだけど、いかんせん曲を聴くのは好きなのに、やっぱりミュージカルそのものは馴染めないというか、いまひとつ興味が向かない分野でもあります。
ちなみに映画に出てくるミュージカルシーンとか、これはオペラだったけど、たとえばイシュトヴァン・サボーの「メフィスト」だとか結構面白く見られるのに、実際のミュージカルはあまり見に行く気にもなれないって言う、この違いは何なんだろう。




こっちは同名曲をプラシド・ドミンゴが歌ったもの。本当にいい声でこっちの感情を絡めとリ盛り上げていく感じというか、聴いていて高揚するし気持ちがいい。
大昔はマイクなんて存在してなかったはずで、クラシック歌手はオーケストラの音量に負けないくらいの力をもって歌えたんだと思うと、これはやっぱり凄い。








ミュージカル・アフェア(フレンチ・ヴァージョン)ミュージカル・アフェア(フレンチ・ヴァージョン)
(2014/12/03)
イル・ディーヴォ

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これは以前に出ていた「ミュージカル・アフェア」をフランス語で歌ったというものじゃなくて、以前のアルバムに新たにフレンチ・ミュージカルの曲を追加した豪華版ということらしいです。







伏見を散歩 + 大井路 - クーロンズ・ゲート

伏見異界化計画01
伏見 2013 / 05




伏見異界化計画02
伏見 2013 / 05



去年の初夏の頃に撮っていた写真から。
去年の春から初夏の頃まで、疎水沿いを歩いて南下しながら撮影していた時に、伏見の最南端辺りでカメラ持って歩き回って撮った写真です。
伏見稲荷大社での半年以上入り浸ってる撮影とか、オリンパスペンFに100mmレンズをつけて縦構図で撮るという枠組みを課して撮っていた去年の夏の撮影行よりも、時期的にはもっと前のことになります。なかなか記事にしなかったことに大した意味なんてないんだけど、この時に撮った写真では切粉の写真を一枚記事にしただけで、なぜか出しそびれてました。どういう写真家の影響を受けて撮ってるのかわりとよく分かりそうな感じがするので、そういうところで躊躇っていたのかも。

伏見と名がついていても写真を撮っていたのは竹田の子守唄で有名な竹田に隣接してる近鉄の伏見駅を降りたところから次の駅である丹波橋辺りで、伏見稲荷大社とはまるで違うところです。この辺り電車の駅名で云うと「伏見」という地名がついたものは近鉄の伏見駅、京阪の伏見桃山駅、それと伏見稲荷駅があるんだけど、みんな結構離れた位置にあって、伏見稲荷駅以外の伏見がつく駅にはここからだと伏見稲荷大社にはいけないので、伏見稲荷へ参拝に行くなら京阪の伏見稲荷の駅で降りてくださいと注意書きの貼り紙がしてあります。
京都市の区としては最大でもないらしいんだけど、同じ「伏見」というキーワードのある場所が離れたところに点在してるので、こんなところまでまだ伏見!と、一つのエリアとしては巨大な印象になってしまうところがあるように思います。

中書島の辺りまでいくと酒蔵だとか寺田屋とか屋形船の行きかう宇治川派流だとか、観光地っぽいところも出てくるけど、この撮り歩いていた場所は多少酒蔵がある程度でごく普通の住宅地。それでも画一的な新興住宅地のように、途方にくれるくらい同じものしかないような所でもなく、適度に時間が積み重なって、いろいろとくたびれつつあるのが特徴となってるような感じのところでした。
こういうところでは被写体を探し当てる注意力を試されてると思いながら、そのくたびれつつある街中を歩いてみると、ファインダーの中で何かが立ち現れてきそうな時もあって、その立ち現れてくるものを掴み損ねて、結果的に大した写真は撮れなかったと思う日でも、撮影はそれなりに楽しい時間だったように思います。




伏見異界化計画03
伏見 2013 / 05





伏見異界化地図
伏見 壁面の案内図 2013 / 05
朽ち果てた案内図なんていうのは、多分に呪術的なオブジェ。今の案内に役に立つかどうかも不明で、傷んだ表層の向こう側に垣間見える地図は遠くからかすかに聞こえる意味を成さない呟きのよう。


そこの同じ場所にわずかにぶれて存在している何かの気配、そういう気配を探し掬い取ろうとしてカメラを持って歩き回ってたような感じ。



伏見異界化計画04
伏見 2013 / 05




案内図の写真がコンタックスのTVS2、他はコニカのビッグミニFで撮ってます。フィルムは両方ともイルフォードのカラー現像できるモノクロフィルム、XP2。
ビッグミニはヴォルフガング・ティルマンスが使ってたカメラ、ティルマンスはビッグミニが故障した後修理できなくて、コンタックスT3に変えたそうで、わたしもT3持ってるから、壊れてはいないんだけどビッグミニのほうはあまり使う機会がなくなってしまいました。
あくまでコンパクトカメラというカテゴリー内での話だと、ビッグミニFは質感も豊かに極めてよく写るカメラの部類に入るんじゃないかと思います。銘は刻んでないけど、小さくてもレンズはヘキサノンだと思うし。
使い勝手はこの頃のコンパクトカメラに良くある、フラッシュの設定が電源切るたびにリセットされて面倒というようなタイプのカメラです。でもそういう使い勝手の悪さがある一方で、近接撮影には自動的に切り替わりファインダー横のランプで知らせてくれるとか、妙に使いやすいところもあったりします。
カメラの作りはあまりよくないという印象かな。裏蓋から延びるフレキシブルケーブルが裏蓋の開閉で疲弊して切れてしまうというのが持病で、今となってはこのトラブルに見舞われた場合は修理が出来ません。細部の作りも甘く、わたしのものはフレキこそ断線してはいないものの、シャッターボタンの上に被せてあった部品が知らない間に取れてどこかに行ってしまったりしてます。みるとシャッターの真ん中に一滴ほど接着剤を垂らしただけでくっつけていたようでした。またレンズも収納時に蓋がかぶさるような仕組みでもなく、フィルター兼用のガラスが常時覆ってるだけ。これも傷がついたらフィルターを交換するように取り替えることが出来ません。
でも作りは甘いんだけど、何か凄い絵を撮ってくれそうと思わせるところがあるので、持ってると楽しいカメラではあります。
今年の冬は久しぶりにフィルム入れてみようかな。





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大井路 - クーロンズ・ゲート

音楽だけ抜き出したものがなく、ゲーム内の大井路エリアの観光ツアー動画のようなのしか見当たらなかった。

クーロンズゲートのサウンドトラックのCDはつい最近17年ぶりに復刻されたそうで、たまたまこのゲームのことを思い出したのは凄くいいタイミングだったような気がします。
初代プレーステーションで出たカルトゲーム。PSが世に出る前に、この新世代のゲーム機ではこんなソフトが予定されてますって言う意味合いのプロモーション動画が入ったVHSのテープがあって、その中に目玉として紹介されていたゲームでした。そのプロモーションではPSを牽引していくような大掛かりなゲームという印象の紹介をしていたけど、発売延期を繰り返してようやく遊べるようになってみると、これが一般的なユーザーのことなどまるで考慮してないと思えるほど特異なイメージに満ち溢れた世界を構築していて、話の内容もマニアック、当時の記憶だとPSを牽引して行くどころか、ついていけない人続出で、あっという間に得体の知れないカルトなゲームの地位に納まったんじゃなかったかと思います。あまり売れた様子でもなさそうだったし。
イメージ的には一言で云うと、ブレードランナーのアジアンゴシックバージョンといったものを、極端に奇怪で狂気じみた形として再構築したといった感じか。陰界にある九龍城砦が、風水の見立てが行われていないせいで陽界に現れてきたのを正すために、主人公の風水師が風水の乱れで邪気に覆われてしまった陰界の九龍城砦で四神獣の見立てを行うというのがこの物語のストーリーなんだけど、訳が分かるようで分からないお話であったことだけは確実でした。
わたしも含めてはまった人は、そんな物語よりもこの汚く、混沌として、見たこともないような世界の中を探検するのがとにかく面白かったんじゃないかと思います。このPVにも出てくる美脚屋なんて一体どんなところから発想したのか。清王朝を舞台にした過去編で出てくる、苦しみのなかで調和を取り戻すという目的で、その苦しみを得るために旅人が集う宿牢というのも異様な印象で今でも記憶に残ってます。

わたしが好きだったのは天堂劇場(ティントンシアター)のシーン。閉鎖され人がいなくなったために内部で邪気が充満してしまった廃墟の大劇場のなかを奥深くまで進んでいくところなんだけど、人がいない大劇場なんていうだけでも薄気味悪いのに、さらに廃墟の中をさまよってる不気味さを足した、恐怖感に満ちた雰囲気満載でここは本当に面白かった。
ただこのゲームのダンジョンは酷く酔います。わたしはこれやってる頃はまだ眩暈の持病なんて発動してなかったんだけど、こういう乗り物酔いに似た状態にはかなり弱かったのは今と同じで、このゲームの3Dダンジョンではほんの数分で気分が悪くなってました。天堂劇場のシーンも移動する時は目を細めてあまり動きが視界に入らないようにしながら、進めてたくらい。宥めすかしながら遊んでるとそのうち多少は慣れては来るんだけど、3D酔いする人はおそらく大半が途中放棄したんじゃないかと思います。これはこのゲーム最大の傷になってるかも。

音楽は物語の後半、大井路で流れるものです。この辺りの舞台が一番狂気に満ちていた記憶があります。鈴なのか音の正体は分からないけど、鈴っぽい音が歩くくらいのテンポで刻んでいくリズムが催眠的でかっこいい。
チョイン・ドルマの音楽も鈴のリズムが気に入ってたし、こういうのが基本的に好きなんだろうと思います。








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(2014/06/29)
ゲームサントラ

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(1997/02/28)
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