変容 + Your Mother Should Know - The Beatles

BELL
2014 / 12 ILFORD XP2

まるで眼球状の突起物が一杯くっついて増殖を続けてる、正体不明の宇宙生物のようにも見える。
去年のクリスマスの時に街に飾ってあったベルの装飾。わたしは知らないんだけど、こういう風にベルを玉状に集める飾り方が一般的な方法としてあるのかな。
これ、出来上がってみたらこんな写りになっていたというよりも、珍しくこういうイメージになるだろうと予測して撮った写真で、でも予測はしても、そういう予測をうわまわって妖しい写真になっていた一枚でした。自分にとっては予測した路線上にあるものの、同じ地点でその予測を裏切ってるような妙な按配の写真。
賑やかで楽しいなんていうクリスマスの事々にあまり合わないんじゃないかと思ってシーズン中には出せなかった。

こういう妖しげな被写体は目の前にするととにかく撮りたくなってくるほうだけど、問題もいくつかあって、たとえば上にもちょっと仄めかしたように、わたしが知らないだけで、本当は珍しくもなんでもない被写体であるというような場合なんかは後でそういうことに気づいたりすると、撮った時のテンションは地の底まで急降下でダウンして行ったりすることがあります。
また、特異な被写体ばかりをターゲットにしていくと、そのうち特異でもなんでもない被写体に対してあらゆる判断が出来なくなるんじゃないかということも考えます。ありきたりの日常にあるものとの微妙な感応を捉えられなくなって、奇矯な被写体以外は全部目の前を通り過ぎるままにしてしまう状態。そうなると、どこでシャッターを切るのか全く判断できなくなってきます。実は最近結構こういう状態になってます、参った。

もう一つ。異様な風体の被写体の類は、こういう風だから異様なんだと納得してしまうとその地点からあまり広がらないところがあるということ。強烈なイメージではあってもイメージそのものはやせ細ってるということが多いです。
カメラだけは捉えることができても撮った側も思いもしなかった何か、見てる側にも言葉に置換できないような何かを一杯含み持ってるようなイメージというのは、実はこういう一見得体が知れないように見えて、でも異様さに寄りかかってるようなイメージからはなかなか生まれてこないんじゃないかと思ったりします。



☆ ☆ ☆


Your Mother Should Know - The Beatles


あまり代表作扱いにもなってないけど、「マジカルミステリーツアー」のなかでは一番好きだった曲。ポールのポピュラー音楽に対する素養がよく出てる曲だと思います。
映画のほうは長い間DVDでリリースされず、わたしが持ってるのもアマゾンで扱っていた輸入のブートもので、恐ろしく画質の悪いものでした。映画「レットイットビー」が、正式にリリースされてないものだから、今輸入物の海賊版が出回ってるけど、ちょうどそんな感じのもの。
でもこれ書くのにアマゾンで検索してみたら、最近になってようやく正規のものがリリースされていたようです。ちょっと高いし、今興味の中心にあるものでもないから、もうちょっと安いのが中古で出た頃に買おうかなと。でもビートルズものはあまり安くはならないからどうなるかな。

「マジカルミステリーツアー」は「サージェント・ペッパーズ~」のあとで、そのサイケデリック路線を延長させたものとして映像作品を作ろうと、ブライアン・エプスタイン亡き後で全部自分たちの手で企画し形にしたプロジェクトでした。
映画のほうは実は散々な出来で、カラフルなサイケデリック的イメージはあふれてるんだけど、ストーリーなんか無いに等しく、ミュージッククリップのはしりのようなというと評価も出来るけれど、映画としては冗長な駄作といった結果に終わりました。当時テレビで放映すると計画していたのも中止、結局アンダーグラウンド的な機会でしか見られないような位置に落ち着いていきます。
サウンドトラックのほうは映画とは正反対にまさしくビートルズというようないい仕上がりとなって、大ヒット。68年のグラミー賞のベストアルバムにノミネートされることとなります。

ポールはノリノリ、ジョンは冗談好きの気さくな青年って云う感じで、コンサートでもおどけてたりする雰囲気がそのままでてるように思えます。イマジン的なレノンのイメージはなんだかなぁと思うものとして、こういう本来的なレノンの側面が垣間見えるのはなかなか楽しい。リンゴはいつになってもビートルズとして仕事できるのが本当に楽しい!って云う感じなのかな。一番そぐわない雰囲気というか、他のメンバーのノリに合わせるのがちょっと無理してるように見えるのがジョージという印象です。

☆ ☆ ☆

ビートルズの曲をピックアップしたついでに、講談社現代新書で出てる中山康樹著の「ビートルズの謎」って言う本、最近ブックオフで見つけたんだけど、これビートルズ好きならかなり面白いです。
わたしはビートルズの曲は大好きだけど、誰も知らない薀蓄を語るようなファンでもないから、一通りビートルズのことは知っていてもそれっきりというのがほとんどで、そういう知識の持ち主には、そこからさらに深部に分け入っていくようなこの本の内容は非常に興味深いものとなっています。推論のすべてが正解ではないのかもしれないけど、謎の提起と解明の過程はかなり楽しめると思います。
ホワイトアルバムに封入されてた4人のポートレートのうちポールだけ顔を大きくトリミングされてる謎とか、このポートレートなんか飽きるほど見てるのに、この本を手にするまでわたしには思いつきもしなかった指摘でした。









マジカル・ミステリー・ツアーマジカル・ミステリー・ツアー
(2013/11/06)
ザ・ビートルズ

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(2012/10/10)
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ビートルズの謎 (講談社現代新書)ビートルズの謎 (講談社現代新書)
(2008/11/19)
中山 康樹

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時計のある街角 + 今年初のラッキー、ルイジ・ギッリ写真集が手元に舞い込んできた。 + Miss You All The Time - FLABBY

2時過ぎ
2014 / 09 / FUJICOLOR C200

街中で時計を見るとよく写真に撮ってるなぁ。これはとあるブティックが店の前の道路にいつも出していた時計。この店、閉店して今はもう存在してません。



針のない時計
2014 / 10 Kodak SuperGold 400




☆ ☆ ☆



かなり好みのイタリアの写真家、ルイジ・ギッリの写真集を、先日ブックオフの洋書コーナーで発見。新刊ではとっくの昔に入手不可能になっていて、古書で手に入れるしかない写真集なんだけど、アマゾンで4万ちょっとで取引されてる本。最もアマゾンの値段はぼったくり過ぎなのが売れ残っての値段だから、実際の古書店ではだいたい1~2万くらいの値段帯で売られるような本でした。といっても店頭に出ることがほとんどなかったり、SOLD OUTだったりするから、1~2万円で買えるといっても手にできる可能性はまずないというのが本当のところ。
そういう写真集がブックオフの棚にあったのを見つけて、ギッリの本だ!と、この人の写真集は限られたものしか見たことがないからとにかく手にとってみたら、ついてる値札を見てさらに吃驚。なんと900円の値段シールが貼られてる!
1~2万からぼったくり4万強辺りで取引されてる写真集が900円。しかもイタリア語版じゃなくて、レアな英語版。
かなり綺麗な状態で、ルイジ・ギッリに関してはお気に入りの写真家なのに見ることが出来る写真集がかなり限られてる状態だったから、思わずやった!って声が出そうになりました。
絶対に他の人に取られてはならないとしっかりと抱え込んで、最近嵌ってる昔読んだミステリで手放してしまったものを100円の文庫で探すというのもそこそこに、レジに持っていって自分のものにしてしまいました。


GHIRRI1



GHIRRI2





中身は個別に纏められた写真集というのではなく、過去の写真集から代表的なものを集めた総集編的な本だけど、ギッリの写真を俯瞰するには収録点数も多くていい編集になってる本だと思います。
今価格的にも手に入れられる範囲のギッリの本といえば、MACKが復刊させたギッリの自費出版ものだった「コダクローム」と、こちらは日本の出版社から最近出された「写真講義」という本くらいかな。
日本ではこの「写真講義」という本の中に引用されてる写真と須賀敦子の文庫全集の表紙に使われてる、ジョルジョ・モランディのアトリエを撮った写真でギッリの写真を見ることが出来るけど、おそらく簡単に眼にすることができるのはそのくらいで、なにしろ日本で出版された写真集の類が一冊もないという写真家だから、ほとんど紹介されてないのと変らない状態にあります。
欧州ではかなり知名度のある写真家らしいけど、夭逝してしまった写真家なので、そういうことも日本で紹介されなかった要因になってるのかもしれません。


GHIRRI3

モダニズムやニュー・トポグラフィー、序文をエグルストンが書いてるようにニューカラー的な視点も併せ持ってるような写真を撮る人というのがわたしが「コダクローム」で最初にギッリの写真を見たときの印象でした。でもトポグラフィーやニューカラーといった概念が出てきたのは70年代くらいだったはずで、そういう意味ではそれ以前からこういう写真を撮っていたギッリは、概念的には纏められてはいなかったけど、同様のコンセプトを先取りしていた写真家だったともいえると思います。

「コダクローム」を見た時は、鏡の反射を多用したようなちょっとした仕掛けのある撮り方だとか、極めて大胆な構図とか、そういうのが面白かったけど、このアンソロジー的な写真集を眺めてみると、なんというかある撮り方を納得するまで試みたらもうその方向は完結して、違う方向に進むことを好む写真家のような印象を持ち、つまり作風の幅が広くて、この本で印象的だったのは「コダクローム」で見たようなものよりは、後半に出てくる極めて静謐で美しい写真の一群のほうでした。悪戯気がある、見た目の斬新さ勝負!的なほうじゃなく、須賀敦子の全集で使われたモランディのアトリエの写真のタイプのほう。
この本の中で須賀敦子の文庫全集では小さな形でしか見られなかったモランディのアトリエの写真が数点、大きな写真としてみることが出来ます。

イタリアっぽい、と云っても行ったことないんだけど、湿度の低い綺麗な色、でもカラフルなんだけど陽気かというとそうでもない落ち着いた色使いの中で、目の前にあるオブジェや空間のかすかに囁く声を、まるでカメラがそういう声を翻訳する機械でもあるように、カメラを通してその囁き声に耳を傾け、囁き返すようにカメラのシャッターを切ってるといった感じ。
そういう事物や空間の声を聴き会話するように写真を撮ってるから、誰が見ても問答無用に美しいもの、たとえばまぁ京都に住んでるからそういう例えで行くと龍安寺の石庭のような名所なんかを特に対象にしなくても、際立つ写真が撮れてるんじゃないかと思います。
日常的に眼にするようなありきたりのものを際立つ写真として撮る、それも写真的なギミックで非日常的にアレンジするようなことをしないで、際立った写真として成立させるって、これはもう本当に難しくて、出来るのは限られてる写真家だけだと思うんだけど、ルイジ・ギッリは確実にそういう限られた写真家の一人だったと思います。
はっきり云って自分もそういう写真が撮りたい。



☆ ☆ ☆

Miss You All The Time (Parole Parole) - FLABBY

イタリアの写真家の話題だったので、音楽もイタリアもの。ギッリの写真のように静謐でもないけど、イタリアン・ラウンジのバンドFLABBYの曲から。
これ、ダリダとアラン・ドロンが歌っていた超有名曲のカバーで、今風のエレクトロっぽいボッサのアレンジがお洒落です。



☆ ☆ ☆










わたしの知る限りギッリに関する本で日本で出版されてるのはこの本だけだと思う。
でもこの本、多数の図版、写真は入ってはいるけど写真集じゃないんですよね。
大学でギッリが行った講義の記録の本で、挿入されてる写真に関しては講義中に参考として学生に見せたものを可能な限り再録したと言う形になっていて、一応ギッリがどういう写真を撮っていたのか一部は垣間見れるんだけど、すべて小さくて、本来の写真の力のようなものはあまり再現されてはいないと思う。
でも本としては伝えなければならないことをきちんとした形で伝えようとしてる、とてもいい本だと思います。














街の中の木馬 + フィルムが引き出せなかったパトローネの顛末。白い影。

街の木馬
祇園 2014 / 09
Canon 7 / Industar61 55mm 1.2.8 / Kodak Super Gold 400



新年早々再発した眩暈は、今度のはそんなに深刻なものでもなかったようで、ほぼ一週間を待たずして収束に向かいつつあります。また2~3ヶ月我慢しなければならないのかと思っていたところだったので、このまま完全に消滅してくれればこれは凄くうれしい。寝不足とかもきっと影響してると思うので、また揺り戻しが来ないように規則正しい生活を心がけようかと思ったりしてます。基本夜型の人間だから、なかなか難しいんだけど。

この前書いたフィルムの先端が取り出せなくなったパトローネ。あれを書いた後も未練がましくフィルムピッカーで引き出そうと試みてみたけど、やっぱり駄目。何をやってもフィルムはパトローネの中に篭ったままで出てきてくれない。
フィルムを取り出す手段はもう一つ、パトローネ・オープナーという栓抜きみたいな道具で底蓋をはずしてしまう方法があるんだけど、というかあったというべきか、この道具自体がもう店では売ってないようで、ネットを探しても扱ってるところを見つけることが出来ませんでした。
取り出す道具を封じられて、パトローネを前に途方にくれながら、いい方法も思いつかずにネットで色々調べていたら、パトローネのフィルムが出てくるスリットに直接指を突っ込んで引き出したと書いてる人がいるのを発見、思ってる以上に簡単と書いてあるのを信用して、信用しなくてもまるで手詰まりだったので試してみる他選択肢がなかったんだけど、とりあえず撮影には使わない練習用に潰したフィルムがあったので、そのパトローネのスリットにツメを引っ掛けて引っ張ってみれば、多少力はいったものの結構簡単に湾曲して口が開きました。
指をつっこんでフィルムを引き出してくるのはそれでも難しそうだったので、いっそのことこのまま力を加えて引っ張っていけば、筒状に巻いてある薄い金属の外装はそのまま剥がせるんじゃないかと思ってやってみたら、本当に簡単に、オープナーなんて使わなくてもバラバラにすることが出来ました。パトローネは再利用は出来なくなったけど、元から再利用なんてしてないので、これは全く問題なし。

ちなみに取り出せなかった当のパトローネからこの方法で中のフィルムを取り出した後はこんな感じの残骸が残ることに。
開けてみて分かったのはフィルムの先端が写真のように折れ曲がっていて、これが引き出せなかった原因らしいということでした。これ、カメラにセットする時に巻き取り軸に引っ掛けてるところで、どのフィルムも撮影したら先端はこんな感じになると思うんだけど、これはちょっと極端だったのかも。

パトローネ大破壊

もちろん中のフィルムに光があたってはいけないから、作業は全部ダークバッグの中でやることになり、フィルムが全部パトローネから出てしまった後は、次に何らかの形でフィルムを光から遮蔽するまで、ダークバッグから両腕を抜けない状態になります。何しろこんなイレギュラーな形での作業は始めてなので途中でどういうトラブルがあるか分からず、そこで非常事態用に新品フィルムについてるプラスチックの筒状のケースで黒いものを、たしかイルフォードのフィルムが入ってたものだと思うけど、一つ一緒に放り込んで作業を進めていきました。
パトローネ破壊に成功してフィルムが取り出せたら、とりあえず取り出したフィルムを一緒に放り込んでおいたケースに入れて、ダークバックから両腕をぬいて一休み。現像タンクのリールに巻きつけるための前準備的にフィルムの先端が引っかからないようにカットして、またケースに入れて、腕をぬいて一休み。あとはむき出しのフィルムをそのままリールにまいて現像タンクに収めて蓋をして、これで光に晒しても大丈夫となり、現像作業にかかれる準備が完了します。
フィルムを取り出せなかったらどうしようかと思っていた状態から、ここまで来ていつもの作業の行程に復帰できたこととなって、一安心っていうところだったかな。

そんなこんなで無理だと思っていたフィルムから取り出せたイメージのなかから何枚か披露。



雪の上の草
2015 / 01




雪解けの廃墟
2015 / 01




フェンスに絡む草
2015 / 01
Wide Lens Camera (Ultra Wide And Slim) / Kodak TriX




絞りもシャッタースピードも固定のトイカメラなので、入れたフィルムの感度にあわせた設定で露出決定できるわけもなく、露出オーバーは後で結構何とかなるから、露出不足のコマも救うつもりで現像時間を多少多めにとって現像、感度400のフィルムを使って、晴天の順光と光が当たっている隣に出来るような明るい影といった状況に合わせた設定のカメラだと思うから、今年のお正月珍しく雪が降った後で撮った写真だと、全体にかなり露出オーバーの上に、現像時間を長くしてるから、さらにハイキーになって、やけに白っぽい写真がほとんどという結果となりました。
最初はフォトショップで明るさやコントラストの調節をして普通の仕上がりに近づけたんだけど、どうも面白くない。大体トイカメラを使うなんていうのは破綻するのが目的で使ってるようなものだから、まともな写真に近づけても仕方ないところがある。色々フォトショップで弄り倒してるうちにそういうことを思い出し、そう思い至ってから調整に使っていたレイヤーを全部破棄して、元の白っぽい写真に戻してます。

白い空間に朧な影のように浮かび上がるオブジェ。
と、ものも言いようで、こんな風に云ってみると単純にハイキーになっただけの写真かもしれないのに、なんか意味ありげに見えてくるから面白いです。もっと白っぽくなっても良かったかも。







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新年の開始は波乱含み。 + Don't Worry 'Bout Me - Erroll Garner

空中回廊から
大階段 2014 / 12
F3 / Nikkor-P Auto 105mm 1:2.5 AI改 / FUJI Venus800






年末の記事で眩暈にならない年になればいいなぁと書いたのに、というかそんなことを書いたためにフラグが立ってしまったのか、三が日を終えた次の日、眩暈がまた始まってしまいました。去年の春のものほど酷くはないんだけど、顔を上げたり足元を見たりしたら揺れるような不快感に襲われます。
今週は歯医者の予約があったんだけど、大丈夫かなぁと様子見していたもののやっぱりあの診察椅子で無理やり水平に近い姿勢をとらされるのは確実に目が回ると思って、先ほど予約キャンセルの電話を入れました。来週くらいでは絶対に治まってないと思い、とりあえず2週間後に先延ばしにしてもらったけど、二週間でもおそらくまだ治まってないだろうなという予感がします。

お正月のことでもまとめておきます。
京都は今年のお正月は本当に珍しいことだったんだけど、雪の降る元旦で始まりました。元旦はせっかく一年の最初の日だというのに、昼間も薄暗くひたすら雪が舞い降りてくるような状態。珍しいというんだからチャンス以外の何ものでもなくて、雪の元旦の写真でも撮ればいいんだけど、何だか出鼻をくじかれたような気分のほうが大きくて、どうしようかなと思う間にも時間は過ぎてゆき、結局この日の外出は取りやめということになりました。
初詣に行ったのは雪がやんだ2日目のこと。
初詣は去年と同じ伏見稲荷大社に出かけてきました。記事にするには違うところのほうが違う写真も撮れていいんだけど、毎回違う神社に行くのも移り気が過ぎるような気がして、今年は浮気をしないそういう選択になった次第です。
いつも通りにお参りして御守り買っておみくじ引いてというようなことをやりつつ、写真も撮るつもりだったけど、さすがに今までにたくさん撮ってる場所だからあまりひらめきもなく、頭上からは木々や電線を伝わって落ちてくる雪解けの雫が鬱陶しくて、カメラが濡れない様にあちこち飛び跳ねていただけで結局何も撮れず仕舞い。参拝客の人ごみの写真も去年撮ったし、最近はちょっとスタティックな写真撮るのに夢中だったりするから、初詣の一番それらしい雰囲気のものもシャッターを切る気にまではいかなかったです。

そういえばこの日ひいたおみくじは、「凶後吉」というものでした。「凶」の一文字が刻み込まれて、その一文字の上を掠めた視線を捉えて離してくれません。
凶と入ってるのをひいたのは初めてのことじゃないかな。纏めてみればそれでも最後にはすべて上手く収まるっていうようなことらしいので、まぁこれはこれでいいかなと思い、でも凶と入ってるから持って帰る気にもならなかったので伏見稲荷大社に結んできました。
おみくじの場所でちょっと他人の手元を覗き込むようにしながらうろつき回ってたら、同じ内容のものをひいた女の人がいたりして、心の中で仲間発見!って思ってました。

三日は、昨年の年末に京阪東福寺駅の近く辺りをうろついていた時に見つけた廃墟ビルなんかを撮りに行ったりして、次の日に眩暈再発。
またこの三日の日には鴨川べりで無茶がつくほど人懐っこい猫に遭遇しました。
これがまたニャーニャー鳴きながらとにかく後について離れない猫だったんだけど、どうもご飯頂戴とか寒いから何とかしてくれとか要求してるように見え、こちらはそんな要求は一切かなえてやれないのはわかってたから、相手にするのが悪いような気がしてきて、後をついてくるのを振り切るようにその場を去ってしまいました。川岸へ向かう石段を降りて川縁を立ち去っていったんだけど、後ろを振り向いてみれば石段の上からずっとこちらを眺めてるような猫でした。写真撮りに歩いてる時は餌くらいちょっと持ってたほうがいいのかな。

眩暈が始まった四日は、動けなくなるほど酷いものでもなかったので、眩暈が早く治るようにお願いしてこよう、ついでに2日に撮れなかった初詣の写真を、何しろブログに載せるつもりだったからもう一度撮りに行こうと、お稲荷さんを再訪することにしたんだけど、行ってみるとやっぱり写真撮るような気にはならなくて二日同様にまるでシャッターを切ることもなく終了してしまいました。
この日お稲荷さんから乗った京阪で、「御香宮」と書いた紙袋を持ってる女性の二人連れを見て、御香宮ってかっこいい名前の神社があるんだと印象に残り、かえって調べてみたら伏見桃山にある神社で、何年か前に写真撮りにいったことがある神社だと分かりました。
それで今度はこの御香宮神社へ写真を撮りに行って見ようと5日に出かけることとなり、今年のお正月は目がまわってるというのに、三回も初詣をしたことになりました。

去年の秋ごろからトイカメラのワイドレンズカメラに入れていたモノクロフィルム、このお正月にはいってからようやく撮り終えたので、さっき現像するためにパトローネからフィルムのベロ出ししようとしたら、いくらやってもフィルムピッカーがフィルムの先端を引き出してきてくれない。こんなことは初めてで、何が原因で出来ないのかさっぱり見当もつかず、でもパトローネからフィルムを出さないと現像できないわけだから、どうもパトローネそのものをばらしてフィルムを取出すしか方法がないような感じになってきました。
さっそくおみくじの凶の部分が発動してるのか。でもこういうたいしたことでもない出来事で凶を消費していったら、後の吉へ早くたどり着けるかもしれないので、これはこれでまぁいいことにしておきます。
このフィルム、さて最後まで上手く持っていけるかなぁ。トイカメラだし結構適当に撮ってたんだけど、適当とはいえ結果を知りたいコマもいくつか入ってるので、何とか見られる状態にまで持っていきたいです。




☆ ☆ ☆




Don't Worry 'Bout Me - Erroll Garner

年末にエロール・ガーナーだったので、新年もエロール・ガーナーで。
曲はキース・ジャレットの演奏したものとか以前に取り上げたことがある、30年代の古いスタンダード曲。曲が好きなのでどの演奏家のもわりと好みになってしまう感じ。エロール・ガーナーのはまるで音の粒がきらきらと輝きながら舞い降りてくるようです。
ジョン・ブゾン・トリオの演奏したものもチープな妖しさがあって好きなんだけど、いまだにYoutubeに上がってるのを見たことがないです。





ContrastsContrasts
(1998/05/19)
Erroll Garner

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新年明けましておめでとうございます + THEME FROM THE VALLEY OF THE DOLLS - DOROTHY ASHBY

かもめと烏
鴨川 2014/12

新年明けましておめでとうございます。
今年が皆様にとって豊かな年になりますように。

今年もまた今まで通り色々と写真撮っていくことになると思います。
自分が写真と関わるフィールドがこれからどんな展開をしていくか、自分にも全く読めない道筋ではありますけど、
視野や感覚を拡張していける方向へと広がっていけばいいなと思ってます。
こういうのが今年の抱負かな。
いろんな写真や絵画を見ることも好きだし、そういうものからの刺激も一杯受けてみたいです。

ということで、今年も彗星絵具箱をよろしくお願いします。


写真は、まぁお正月用に用意したものじゃないけど、年末に今冬最初の自家現像をしたので、できたてほやほやの中から、飛ぶゆりかもめの群れなんて勢いがあってお正月に合わないこともないかなと思って選択してみました。
撮ってる時にはフレームに入ってるとは気がつかなかったけど、烏が一羽だけ写ってます。なんだかゆりかもめ一色の中でわが道をいくっていう感じでかっこいいと思ったりして。
このフィルムは増感現像してみたもので、初めてやってみたのでどうなってるかドキドキものだったんだけど、意外なほどまともに写っていたのが逆に拍子抜けしたような結果になってました。森山大道や田原桂一の窓シリーズのように荒れた写真になるのをちょっと期待してたんだけど。もっと極端な増感しないと面白い結果にはならないのかな。

使用したのはニコンのFM3AとニッコールAisの50mm / 1.1:4。最近はF3の出番が多かったけど、感度400のモノクロフィルムであるトライXを感度1600設定で撮っていたために、シャッタースピードが1/4000秒まであるFM3Aのほうが使いやすそうだったので。
F3よりも後に出た機種ということもあってF3に比べると軽いしファインダーも明るくて、久しぶりのFM3Aは使いやすくて楽しかったです。
増感現像の詳細はまた別の機会に。
あぁ、それと、こういうのを撮ってみて思ったんだけど、フィルムカメラはモータードライブでもつけておかないと、こういう対象は歯が立たないってところがありました。あっと思った瞬間に間に合わないというか、間に合わないというならあっと思った時に既に間に合っていなくて、本当はあっと思う直前にシャッターを切ってなければならないんだけど、とにかくあっと思った瞬間さえも遥かに間に合わなくて、こういうのはフィルムカメラは苦手だなと、あるいは相当な慣れが必要だなと、かもめが舞い乱れてるのを前にして思ってました。




☆ ☆ ☆


THEME FROM THE VALLEY OF THE DOLLS - DOROTHY ASHBY


ハープの音がお正月っぽいと無理やりこじつけて、ジャズハープの一匹狼、音楽内容的にも唯一無比の存在だったドロシー・アシュビーの演奏。
曲はアンドレ・プレヴィンの作曲で、ディオンヌ・ワーウィックが歌った、1967年の映画「哀愁の花びら」のテーマ曲。シャロン・テートが出ていたのが唯一のポイントという、映画はC級をこじらせたような出来なのに、曲のほうは飛びっきりよくできてました。
ちなみにラス・メイヤーが邦題は「ワイルド・パーティ」と全く異なってはいるものの、同タイトルの続編を作っていて、でもこれは冒頭にこの二本の映画は全く関連性がないと注意書きが入るような代物で、C級映画にこういう曲がつくというのも合わせて、何だか一連の映画そのものが歪な存在って云うような妙なものとなってます。





同じ曲だけど、こっちは作詞したドリー・プレヴィンが歌ってるもの。歌ものとしてはディオンヌ・ワーウィックよりもこっちのほうが好き。





Afro-Harping (Dig)Afro-Harping (Dig)
(2003/03/25)
Dorothy Ashby

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