お知らせです。

陽の当たるうさぎたち
2014 / 11 / Super Gold 400
近所で撮った写真です。



お知らせです。
父が軽い脳梗塞を起こしてしまって急遽入院することになったので、どうも入院期間は1~2週間くらいだということらしいんですけど、その間ブログに関することは不定期になると思います。
一件落着していつもの生活に復帰したら元のペースに戻しますので、その時はまたよろしくお願いします。



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境界域#2 光の集まる場所で + ひとりぼっちの旅 - はしだのりひことシューベルツ

境界域001
2014 / 10 / KODAK SUPER GOLD 400





光の集まる場所01
2014 / 12 / ILFORD XP2






光の集まる場所02
2014 / 10 / KODAK SUPER GOLD 400





細い花
2014 / 11 / FUJI SPERIA PREMIUM 400






四枚とも今熊野観音寺で撮ったもの。観音寺といっても、これを撮った同じく去年の秋、紅葉の写真の時に背景として一部写した、というより写っていただけで、ほとんどお寺そのものは撮影の被写体にはなってません。
だから観音寺がどんなところなのか、去年の紅葉の時から引き続き、さっぱり分からないはず。

最初のはちょっと露出をミスってる感じかな。色もうまく取り込めなかったし、コントラストも必要以上に高くなってる。でもフィルムはそういうイレギュラーなことが起こるのが楽しいという側面もあるから、そういうのもフィルムを使う醍醐味の一つだとも思ったりします。フィルムは画質がどうのこうのということよりももっと別のところに特質があると思うところもあって、このことはそのうちまとまった形で書いてみたいです。
三枚目のは深い森の一部に光りが射して、妖精が舞い踊ってるような場所という、まぁありきたりといえばありきたりのファンタジックなイメージを重ねていたんだけど、撮った写真ではあまり収束した光には見えないです。上手く重ねられなかった割に、既存のこういった類のイメージに寄りかかろうとしてるのだけは目立つように思います。

☆ ☆ ☆

使用したカメラはモノクロのがフジフィルムのナチュラ・クラシカで、細い植物以外のカラーの二枚はミノルタのNEW X-700、植物のがいつものNIKON F3HPでした。
カメラをとっかえひっかえして使うのはそれだけでもちょっと気分が変ったりするので楽しいんだけど、こういう纏め方をするときには若干煩雑になるので、ある場所で撮る時はこのカメラとか決めたほうがいいのかも。後で写真探す時も、わたしはパソコンの中ではカメラごとに日付、内容と分けて分類していて、同じ場所で撮ったものでもその時使ったカメラ別に分かれてしまってるから、あの写真どこに保存したかと探すのに時間使うことがあります。
カメラも大体いつも二台持ちが基本で、一台は首や肩にかけたりするようなものと、もう一台はコンパクトにバッグの中にしまいこめるようなものというパターン、そのパターンの枠組みの中で出かけるたびにカメラの組み合わせを変えたりするから、後で目的の写真を探す時の混乱はさらに輪をかけて酷くなります。
いずれにしても数が多くなってくると探すのは苦労するようになるとは思うんだけど、カメラの使用に関してもある程度条件つけておいたほうがいいかもしれないです。

ミノルタのX-700、わたしのは露出のロックが出来る後期型。アダプターを介してM42マウントのレンズを使う目的で手に入れたんだけど、ミノルタのレンズが意外と質感豊かに写るものだったので、結局ミノルタのレンズばかり使うことになって、当初の目的だったマウントアダプターも未だに買わずじまいです。
このカメラ、ボディはやわなプラスチックで持っていても楽しくないし、結構壊れやすい。中古カメラ屋で見つけても何かしら変になってる固体が多い印象です。
わたしの持ってるのなんかはレンズの絞り値をファインダーに導く小さなミラーが外れて、ファインダーで確認できなくなっていたりして、何をしても壊れそうにないニコンのカメラなんかと比べると総合的な質は今ひとつ。でもそんな頼りない作りのカメラにも、ファインダーがかなり見やすいって云う特筆すべきポイントがあって、これは一度体験してみる価値はあるかも。
アダプターを介してM42のプラクチカマウントのレンズをフィルムで使うには、とにかく見やすいという点で最適のボディだし、本来的なミノルタのレンズは、わたしはボケ命の撮り方はしないけど、ボケ味は柔らかく、ピントがあったところは本当に立体的に写るいいレンズが多い印象です。それにミノルタのレンズは需要があまりないからなのか結構安い。

と、こんなこと書いてるけど、ミノルタは最近出番がなくなってます。お気に入りのノルウェーの写真家の使ってるカメラがニコンのF3とFE2と知り、FM3Aは名前にFM3とついてはいるけど実質的にはFMとFE両方の後を継いだハイブリッド機種だから、この写真家とわたしが使ってるニコンのカメラの志向がほぼ完全に一致してると気づいてからは、35mmのカメラではF3とFM3Aの出番が格段に増えてしまいました。
オリンパスのOM-1も最近ほとんど使ってないし、我ながらこういうところは結構流されやすいという感じかも。



☆ ☆ ☆


ひとりぼっちの旅 はしだのりひことシューベルツ



古いフォークソングをまた一曲。
Youtubeの動画はなぜか前半をライブの録音、後半をスタジオ録音と同じ曲が2曲続く形になってます。
後半のスタジオ録音のほうのアレンジが結構好み。おそらく青木望さんの編曲だと思うんだけど、この人の編曲した曲は結構好きなのが多いです。
はしだのりひこは以前四条辺りを歩いてるのを何度か見たことがあるけど、今はどうしてるのかな。いろいろ漁ってるうちに知ったのは伏見の人らしいということ。それにしても別に意図してるわけでもないのに「伏見」というキーワードが頻繁に出てくる。
バックにこういう動画を流して聴いてると、旅情といったものを感じてきます。さすが「旅」とタイトルに入ってるだけのことがあるというか。
歌詞はこういう雰囲気のあるフレーズを適当に組み合わせてるだけで、あまり意味になってないような気がするけど、雰囲気が伝わればいいのかなぁ。







BIG ARTIST BEST COLLECTION/はしだのりひこ(シューベルツ)(クライマックス)BIG ARTIST BEST COLLECTION/はしだのりひこ(シューベルツ)(クライマックス)
(1989/06/07)
シューベルツ,クライマックス はしだのりひこ、クライマックス 他

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街の肖像画#4 - 黄檗山萬福寺 + OFF - 04 Pepper Steak + マップ上の布袋様の石舟

廃墟の気配
2015 / 01 / FUJI PRESTO 400を二段増感の自家現像




お正月の生け花
2015 / 01 / FUJI PRESTO 400を二段増感の自家現像


黄檗山萬福寺で撮ったもの。黄檗は「おうばく」と読みます。
最初のは京阪の黄檗駅から萬福寺に向かう途上にある、廃墟マニアには結構知れ渡ってる黄檗新生市場の通路、そして次のが今年のお正月に萬福寺へいった時、回廊からの上がり口に生けてあった花の写真です。

新生市場は正確に云うと廃墟じゃなくて極限まで寂れてしまった商店街、廃墟というよりも空虚が充満してるような空間です。
わたしが萬福寺に写真撮りに通いだした去年の夏過ぎ辺りで、開いてる店は出入り口の明るいところに2,3軒、商店街の奥に入っていって、明り取りの窓が間を置いて天井に開いてるけどちっとも日が差し込んでこない、照明も消えたままの真っ暗な通路に並ぶ店の中では2軒程度でした。他はかつて何の店だったか分かる看板があるだけで、全部シャッターが下りたままになってます。さらにこの一月に行った時には通路の奥まったところに開いてた2軒が両方ともここでの商売をやめて、今は出入り口の明るい場所にある数軒の店舗を除いて、商店街の中心部は全滅してしまってました。

でも廃墟っぽい雰囲気かというと最初に書いたように実はそうでもなくて、ここまで寂れてしまった商店街を見たのは初めてだという驚きはあるもののまだ時間が止まったようなところまではいってない感じです。店は全滅してるけど萬福寺と京阪の駅の間を行き来する人がたまにこの通路を利用してるようで、そういう動きのある雰囲気がこの廃墟然とした商店街にわずかに生きた時間を流し込んでいるような気配があります。

萬福寺は宇治にあるお寺。平等院のある京阪宇治駅の一つとなりの駅が黄檗という位置関係になってます。
東山の有名なお寺に引けを取らないくらい、中は結構広くて色々変化に富んでるお寺なんだけど、市内の観光だけじゃなくこの辺りまで足を伸ばしたとしても、ここは素通りで平等院のほうに行ってしまう感じなのか、清水辺りと比べると格段に観光客の数は少ないです。
京阪は市内からだと淀屋橋行きに乗って中書島で宇治線に乗換えと、ちょっと遠回りになるけど、京都駅からJRの奈良線だと乗り換えもなしに15分くらいかな、市内からは簡単に来られるということもあって、観光客に埋もれてお寺巡りすることもなく、市内観光の延長で京都の寺院の雰囲気を堪能できるかと思います。
そういえば萬福寺の近くには京都の花寺の一つ、三室戸寺もあります。ここでは姿形を見れば、神様なんだけど大笑いしてしまいそうな異様な見かけの宇賀神様にも会うことができます。イマジンじゃなくてウガジン。わたしはイマジンのほうは、まぁ、あれだけど、似たような響きの宇賀神さまはフィギュアでもないかと思うくらい大好きです。ジョン・レノンも宇賀神という神様のことを知ってたら、何しろ本当は陽気で茶目っ気のある青年だったと想像してるから、ひょっとしたらウガジンっていう歌を作ってたかも。インドの神様並みにユニークだから、ビートルズのサイケデリック路線にも馴染んでるし。

平等院も近くにあって、あまり観光客の渦に巻き込まれないで散策できるこの辺りははっきり云って穴場です。
わたしは去年の夏の終わり頃から毎月一回萬福寺を訪れてます。なぜそうするようになったかはまた今度ということにして、次回、萬福寺の話題を出した時へと繋ぐことにします。まぁもったいぶって隠すほど大した理由でもないんだけど。


☆ ☆ ☆


OFF - Ost - 04 Pepper Steak


ベルギー産で世界的な人気となったフリーゲーム「off」のサントラから、バトルシーンのBGM。
ゲームの冒頭に、このゲームをミュート状態でプレイするのは愚の骨頂だといったようなメッセージが出てくるのが納得できるほど、とてもフリーゲームの音楽とは思えない出来になってます。
音の質感はまるで一昔前のキャバレーだとかダンスホールで耳にしそうな、どことなくノスタルジックなものなんだけど、それにフリーキーなスパイスを混ぜ、今風のダンサブルなリズムに乗せて、かなり中毒性の高いかっこいい音楽に仕上げてます。
ゲームは難解な言葉遣いでメタ的な言説を操るシニカルでニヒリスティックなチェシャ猫風の猫に導かれて、世界を浄化していくという、オーソドックスなゲーム的展開で進んでいきます。
でも最終章の展開はそれまでのオーソドックスな進行からは結構意表をつくようなものとなって、それでも設定自体はホラー映画なんかでよくありそうなものなんだけど、あんなに絶望的で薄気味悪い、クリーピーな展開になるとはちょっと思わなかったから、演出としては、この先一体どうなるの?って云う興味を上手く引き続けていたと思います。

ちなみにこのフリーゲームは有志の手によって日本語化されたものがoff日本語化計画のサイトからダウンロードできます。
フリーというように無料のゲームなので、興味があれば一度遊んでみるのも面白いかも。

☆ ☆ ☆


もう一つ。
以前布袋様を乗せた石の船の写真を載せたことがあったけど、あの場所、グーグルマップにありました。
たまにどこかの店の中に入ったりと、自動車で流しながら街並みのマップを作ってるだけじゃないことは知っていたけど、こんなところまで入り込んでるとは思わなかったです。だってここ、石段を上がらないと来られないようなところだもの。

布袋の石舟

さてこれで上手く目的のマップが開くかな。









街の肖像画#3 + PENTAX67のこと + ラピスの丘で - イルカ

door
2015 / 03 FUJI REALA ACE 100





グランフロント
2015 / 03 FUJI REALA ACE 100



ごく最近、伏見桃山の近鉄のガード下と梅田のグランフロント大阪で。
ある種グラフィカルな興味で撮ったものです。扉の隙間を撮った写真の隙間の縦ラインは下のほうがもうちょっと錆びが広がってラインの縁が揺らいでいてもよかったかな。といっても思いのままに錆を増やすというわけにも行かないけど。
やっぱり何か明文化できるようなテーマでは撮らない、あるいは撮れないというか、事物との関係、見方だけを撮ることにしか興味がないというか、そんな感じがします。

今回のはいつもよりも僅かだけど写真のサイズを大きくしてみました。ずっとサムネール表示でクリックすると少しだけだけど大きな画像が出てくるようにしてたのも変更してます。
画像の大きさに関してはブログという場ではどのくらいが適当なのかよく分からないです。写真に限らず絵画なんかでも、こういうものは大きさによって随分と印象が変るし、中には小さいほうが効果的というのもあるかもしれないけど、大きな方がいいと思うものはやっぱりイメージに適切な大きさで表示してみたい。でも見に来てくれる人のモニターのサイズなんかの関係でスクロールしないと全体がモニターに納まらないような大きさは避けたいし、その辺のベストな大きさがいまひとつ決められないでいます。

タイトルも「街の肖像」でナンバリングしていこうかと思ったけど、このフレーズ、試しに検索してみると他にも使ってる人がいるんですよね。何だか自分の発想の凡庸さを改めて見てしまったようで、どうも気分的に使いにくくなってしまいました。ということで漢字一つ増やしてみたんだけど、凡庸さは大して変らないかな。


☆ ☆ ☆


今回の写真は中判フィルムのブローニーを、6×7サイズで撮ったものです。ブローニーの、フィルムのコードナンバーで云うと「120」では6×7で撮ると1ロールで10枚写真が撮れることになります。ちなみに正方形フォーマットだと12枚と、ちょっと多く撮れます。
使った中判カメラはペンタックス6×7。ペンタックスの、6×7サイズで撮れるこのカメラは世に出た当初は「6×7」表示が最後にくっついた名前になっていて、後にペンタックス67というちょっと簡略化した表示に変化します。わたしのは最初の表示のペンタックス6×7のほう。レンズはSMC PENTAX67 90mmF2.8。これは35mm判のカメラに換算すると約半分の45mmくらいの画角になって、ライカ判とはフレームの比率が違うので印象は少し変るんだけど、画角としては大体標準域のレンズとなります。

ペンタックス6×7

ブローニーを使うカメラは6×6の正方形フォーマットでは、わたしはホルガやダイアナといったトイカメラとハッセルブラッドを使ってます。でも正方形のフォーマットってわたしにはどうもここが決まったという感じが掴めない場合がほとんどで、どう扱っていいのか分からないところがあるフレームだったりします。何を撮ってもそれなりに絵にはなるようだけど、全部それなり止まりで、その段階をなかなか超えてくれないという難しさがある感じ。それでも使っていて面白いし、使い倒せば何か活路が見えてくるのかもしれないから、これは駄目だとは思わないんだけど、真四角フォーマットに何だか閉塞感のようなものを感じ始めて、他のサイズでも撮って見たいと思うことが多くなってきてました。
ブローニーだと正方形以外でこの6×6に近いフォーマットといえば645と67があり、645だと6×4.5と、66よりもフィルム面積が小さくなるのでわざわざブローニーを使ってるのにより小さな画面にすることもないということで、手を出してみたのが6×6よりちょっと大きくて縦横の長さに比率がある6×7って云うサイズのフォーマット。

6×7は縦位置にしたときの縦横のバランスがいいです。35mmのライカ判は特に縦位置にした時に細長いと感じることがあったから、縦構図のバランスはわたしには6×7のほうが収めやすいと思うところがあります。
反対に横にした時の6×7はちょっと間抜けな印象というか、幾分締りのないところがある感じ。こっちはオーソドックスなライカ判の比率のほうが決まってると思います。

ペンタックス6×7は普通の一眼レフを巨大化したような形をしていて、35mmのフィルムに比べると巨大で特殊なフィルムを使うわりに、普通の一眼レフと同じ感覚で使えるのがポイントのカメラでした。
巨大なカメラだから中で跳ね上がるミラーも巨大でミラーショックもかなりあり、シャッターを切った直後手の中で身震いするように振動するけど、手持ちで使ってみた感じでは一般に言われてるほど手振れしないです。どうもシャッター幕が閉じてからミラーが戻ってるような様子で、ミラーが戻る時の振動でカメラが揺れる前に、既に撮影は完了してるんじゃないかな。使ってみた感じではちょっと暗いところでも十分に手持ちで撮影できるようでした。

ただ、大きく重い存在感に怯むわりには、使うのは意外なほど楽しいカメラなのはいいんだけど、わたしのペンタックス6×7に関しては巻き上げに問題があって、コマ間が若干広く、最後のコマが一応フィルム終端ぎりぎりには収まるんだけど、現像の時に留めるクリップが最後のコマにかぶさってしまってフィルムに傷がつく状態になります。ラボからは現像済みのフィルムに「巻き上げ不良です」って云う注意書きが添えられて戻ってくるような状態。撮影そのものは普通に出来るので、一枚少ない撮影枚数のカメラとして使うか、最後のコマだけ傷が入る部分をカットするのを前提に645くらいのサイズと考えて10枚きっちり撮りきるか、そのどちらかの使い方になりそうです。10枚しか撮れないフィルムで一枚無視するのはちょっともったいないから、最後のだけサイズ違いと見なすほうの使い方になってしまうかな。
ペンタックス6×7のなかでも初期型のものは今はメーカーだけじゃなくて修理専門の店でも修理不可能で、まぁその分安いんだけど、わたしの手元にあるペンタックス6×7もこの初期型のものでした。初期型の最大の特徴はミラーアップ機能がついてないこと、これで初期型かそうでないかの区別がつきます。わたしは手持ち撮影だからミラーアップなんて要らないと思ってたんだけど、これには壊れたら取るべき手段がないという大きな落とし穴があったというわけです。
どれだけいるのかさっぱり見当がつかないけど、これからこのカメラに手を出そうかという人、ミラーアップが必要でないとしても、ミラーアップ機能のついたものを選ぶほうが後で幸せになれると思います。修理できるのと出来ないのでは天と地の違いがありますよ。

使ったフィルムは去年の夏に使用期限が切れていたフジフィルムのリアラエースというフィルムでした。
期限が切れて以降は冷蔵庫に入れておいたけど、仕上がりを見ると一年くらい使用期限が過ぎていてもそんなに破綻せずに使えて、意外と大丈夫みたい。
リアラエースは既にディスコンされたフィルムでもうこの世界には存在しないんだけど、結構気に入っていたフィルムでした。
手持ちのもののなかではこのロールが最後のものだったから、なんだかな名残惜しかったです。


☆ ☆ ☆

ラピスの丘で - イルカ


この曲、以前に取り上げたことがあるような気がするんだけど、あっという間に削除されたんじゃなかったかな。
ということでまた見つけたから、もう一度載せてみます。
イルカの曲では、というよりイルカって別にファンでもなんでもないので、イルカの曲の中からというほどにもどんな歌を歌ってるのか知らないんだけど、それでも云ってしまうと、イルカの曲の中では一番好きな曲。なごり雪なんかに比べてもこっちのほうが突出していい出来だと思う。




☆ ☆ ☆





ペンタックス67の最終形態である67Ⅱだけはアマゾンでも中古がまだ見つけられるみたいです。でもこの67Ⅱはただの67に比べて桁外れに高価でまず手が出ません。いくらデジタルで中判フィルムと同等の画質を得ようとするなら100万円単位の出費になるからといっても、フィルムカメラに10万以上も払う人はいるのかなぁ。安くなれば、これ、欲しいんですけどね。








このCD持ってるけど、「ラピスの丘で」しか聴いてないし、他の収録曲の記憶が一切ないです。









街の肖像#2 + 600円だったオリンパス35DCの首尾(モルト貼り替えの秘訣つき) + この道 - 大貫妙子

通気ダクト
2015 / 02 / FUJI Yenus 800





散る
2015 / 02 / FUJI Yenus 800





白い帽子
2015 / 02 / FUJI Yenus 800





枯れた影
2015 / 02 / FUJI Yenus 800



河原町三条、木屋町、裏寺辺り。
このフィルムの中では撮った本人としては一番最初の通気ダクトのがお気に入りでした。
こういう方向で写真撮ってると、その時は本当のところ自分でも分からない何かの衝動めいたものでシャッターを切ったりするんだけど、現像が出来上がって眺めてみると、どうしてこんなのを撮ったんだろうというのも結構あったりします。撮った時の衝動が画面の中にちっとも現れてない。逆に撮った時は適当感全開だったのに、出来上がったイメージを見るとこれは結構かっこいいじゃないかって云うのもあったりして、まぁ結果としてはかっこいい出来のものが増えるのが一番いいんだけど、こういう撮った本人にも予測不可能といったものは写真撮ってる面白さの一つでもあるような気がします。


☆ ☆ ☆


ということでこの前の記事に続き、最近手元に増えたカメラのもう一つのほう、オリンパス35DCの結果です。このDCっていうのはデラックスコンパクトの意味らしいです。
今回の写真も前回同様にこの新しく手元にやってきたカメラで試し撮りしていたフィルムから選んでます。


オリンパス35DC

こっちも結果から云うと、ごく普通に写真が撮れました。手を加えたのは遮光材のモルトが綺麗さっぱり剥がされていたので、それを自分で貼り直したくらい。機械そのものに具合の悪いところはどこにもなかったです。

カメラは一応ジャンクの表示こそなかったものの現状渡しという条件で店頭に出ていたものでした。
中古カメラショップではこの現状渡しという言葉をよく目にします。でも意味がいまいちよく分からない。調べてみると言葉そのものは中古車とか住居販売の分野でよく使われてる言葉のようでした。
文字通りに取ると、目の前の状態のカメラをそのまま売りますということで、故障してるところがあっても店のほうは責任持たないから、自分で手にとってよく調べて納得してから買ってくださいということなんでしょう。明らかに壊れてるようなのは、店にもよるけど、他に「ジャンク」というランク付け表示があるから、現状渡しは壊れてるまではいかないようなトラブルが隠れてる可能性があるけど、そこまで検査してないということなのかなと解釈してみるんだけど、これはやっぱりよく分からないです。
分かるのは店側は一切保障しないということくらい。でもこの委託品の店はすべてに保障がつかないし、結局カメラ全部ショーウィンドウに置いてある状態のままで売ってるから、わざわざ現状渡しなんていう言葉を被せなくても、言うなら全部現状渡しのようなものなんですよね。
露出計が動かないだとか低速シャッターが粘ってるだとか、明らかにトラブルがある箇所がリストアップされてるものとは違って、現状渡しの一言しか説明がついてないから、まぁその分安いんだけど、とりあえず自分で手にとってどんな現状なのか調べてみることとなります。

外見は特に使い込んだという印象のところもなく、見たところ結構綺麗でした。でも外見が綺麗だからといって機械そのものも状態がいいかというとこういうものの場合は必ずしもそうでもなくて、もう使い込んでぼろぼろになってる外見でもメンテナンスを繰り返して使い込んでいたものだと調子は凄くいいというのもあるし、外見は新品そのものでも使わずにしまいこまれていたものはいざ使ってみるとあまり調子がよくないといったものもあります。外見は綺麗に越したことはないけど、判断の基準にはあまりしないほうがいい場合もあるってことです。
このカメラにはf値1.7の、コンパクトカメラらしくない大口径の明るいレンズがついていて、その結構豪華なレンズもざっと見たところでは綺麗でした。実際は前玉にわずかにカビが生えかけてるところがあったんだけど、オキシドールで拭き取って、無水エタノールで清掃すると綺麗になりました。レンズのカビは、意外なことにオキシドールが有効です。カビと一緒にレンズのコーティングが剥がれる可能性もないことはないんだけど、カビが生えてるよりはいいかと思います。

一応電池室にはあらかじめ適当なボタン電池が入れてあったので、店で動作確認してみます。オリンパス35DCは完全に電気で制御してるシャッターなので、マニュアルで使うという逃げ道がなく、この時点で動かないとアウトだったんだけど、これは動きました。採光窓を塞ぎ気味にしてみたりするとシャッターの開き具合も変化してるし、正確かどうかはわからないけど、一応露出計も連動して動いてるのを確認できます。
さらに今度は裏蓋を開いてみると、モルトが綺麗に剥がされていたのは前述の通り。裏蓋を開いた時に確かめるところは他では巻き上げの様子なんだけど、それはきちんと動いているようでした。
これもコマが正常に送られるかどうか、重なったり不ぞろいの間隔になったりしないかどうかは実際にフィルムを入れて使ってみないと分からないので、確認できるのはこの時点ではここまでということになります。

モルトの貼り換えを自分でやる時の、まぁこれは自分で考え出したわけでもなくネットで公開されていたやり方だけど、秘訣を一つ披露します。
このカメラの場合は裏蓋の周囲に幅3~4mmくらいのものを貼るだけだったのでそんなにてこずったわけでもなかったんだけど、カメラによっては裏蓋がかみ合う本体側の1~2mm幅の溝にモルトを埋め込まなければならない場合があり、これは、何しろモルトというのは柔らかいスポンジ状の素材だから、糊つきのものだと、溝の側壁にくっついてしまってまともに溝の底まで埋め込めないって云うことになります。溝の奥まで入らないこともあるじゃなくて、何をどうしても入らない。こういう極細の溝に埋め込む場合は糊つきのモルトじゃなく、糊無しのモルトと両面テープを使ったほうがはるかにやりやすいです。
まずカッティングボードの上にガムテープを貼って、その上にモルトを埋め込む予定の溝の長さの分だけ両面テープを貼り、それを溝の幅で切り出します。ガムテープの上に貼ってるから、両面テープはカッティングボードにはくっつかずに必要な幅で切り出せるはず。そしてその両面テープをまず溝の中に埋め込んでいきます。片方にそれなりに腰のある固さの接着面保護のテープがついてる分、ふにゃふにゃのモルトを貼る時のように溝の側面にくっついて立ち往生するということもほとんどなく、スムーズに貼れるはずです。
両面テープを貼り終えたらその上に必要な長さと幅で切り出した糊のついてないモルトを埋め込んでいきます。先を尖らせた竹串なんかを使いながら進めていくんだけど、溝の側面に引っ付かないから、やり直しも簡単。溝全体に上手く埋め込めたと判断できたら、それを溝の底に貼っておいた両面テープに押し込んで密着させていけば完成です。
裏蓋と本体の間の遮光だけの目的だから、絶対に剥がれないように固めてしまう必要もなく、両面テープくらいの接着力で十分だし、また張り替えたくなったら簡単に剥がせるのも利点だと思います。面倒だったら溝全域に両面テープを貼らずに要所要所にピンポイントで両面テープを貼って止めていくだけでも、おそらく大丈夫だと思います。
この方法で一つ難点があるとするなら、モルトと両面テープの素材を切り出すのに二重手間になることくらい。

☆ ☆ ☆

オリンパス35DCはタイプとしてはレンジファインダーという種類のカメラです。レンズの経路とは別の経路にファインダーが設けられ、その中に仕込まれた三角測量の距離計を使ってピントを合わせるようなカメラで、代表格といえば云わずと知れたライカになります。
レンズから入ってきた光とイメージをそのまま見られる一眼レフの登場で、時代遅れなものとして取って代わられたカメラで、考えてみれば今のデジカメは何しろどんな安物でも写る世界はぞのまま液晶で確認できるようになってるから、ファインダーから覗く世界と実際にレンズが眺めてる世界が別系列になってるというようなカメラは、今となってはもはや存在しないタイプのカメラになってると云えます。古いカメラばかり使ってると、ファインダーの中心に小さく設けられた二重像合致のエリアでピントを調節するようなのはまるで当たり前のものとして使ってるけど、デジカメからこういうのを始めて使ったら、ものすごく妙なシステムのカメラに見えるかもしれないです。

でも街中でのスナップには一眼レフよりもこういうタイプのカメラは思いのほか有効なんじゃないかと思います。なにしろファインダーで二重像エリア以外ではピントの確認が出来ないから、一眼レフほどピントが合ってるかどうかって気にならなくなってくるし、高感度フィルムを入れてピントリングに刻印してあるこれだけ色違いの3m指標にピントを合わせておくと中間距離付近をカバーするパンフォーカスになるから、感覚もラフに、空間そのものを切り取ってくる感じの撮影には結構向いてるカメラです。
一眼レフのようなミラーを使わないからシャッター音は一眼よりも遥かに静かで、これも街中のスナップにはいい感じだと思います。



☆ ☆ ☆


この道 - 大貫妙子


前回の記事のジャックス、早くも削除されてます。代わりのものをと探してみたけど本家のものは見つからず、連鎖的にフォークソングを繋げていこうかと思ったのも中断してしまいました。

フォークソングと同じくらい唱歌も好きで、今回は唱歌の中から。
声楽の歌手が歌うのとはまた違う形で、大貫妙子の歌声がこの曲のために誂えたかのように決まってます。
この曲唱歌の中でも大好きな曲で、聴くといつも夏の日差しの落ちる、ちょっと小高くなった草原の中に延びていく道、どこまでも突き抜けていくような青空に溶け込むように延びていく道というイメージが頭に浮かびます。
お母様と馬車に乗って通ったことなんてないんだけど、何だか子供の時にどこかで確かに目にしたような懐かしい光景として、そのちょっと哀しくなるような澄み切った夏の空が目のまえに広がっていくようです。







にほんのうた 第一集にほんのうた 第一集
(2007/10/24)
童謡・唱歌、ヤン富田 他

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