幽霊

(最初にちょっとお知らせ)

PCの具合が良くなくて、どうも電源スイッチの不具合のようで何十回と電源を入れても通電せず、たまに気が向いたかのように電源が入ることもあるんだけど、シャットダウンすればまたいつ電源が入るか分からない状態になってます。
それでDellのサポートに連絡して来週修理することになりました。今はたまたま動いてくれたのでこれを書いてるけど、シャットダウンさせたら次はもう起動してくれない可能性もあるので、修理が終わるまでは最悪ネットに入れない状態になると思います。
ということで、PCが直るまでちょっとお休みすることになりました。技術者の人が家までやってきて修理するらしいので、おそらく修理そのものは一日で完了すると思います。程なく再開できるようになると思いますので、そのときはまたよろしくお願いします。
それにしても三年延長保障に入っておいて、今年の5月の初旬で保障期間が切れるぎりぎりのところでのトラブルでした。運がいいんだか悪いんだかよく分からないけど、とにかく保障期間内でよかった。

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裂け目
2015 / 12 / FUJI Clear Shot S AF / Lomography Color Negative 400





橋脚
2015 / 12 / FUJI Clear Shot S AF / Lomography Color Negative 400




幽霊、と云っても、残念ながら心霊写真じゃない。
まぁ自分が写真の中に封じ込めたいものの一つが、何か遠くから木霊してくる気配じみたもので、ふと思いついたのが、それは何だか幽霊のようなものだということだったから。
心霊写真じゃないのは明らかだけど、多少は怪しげな印象の写真もある。

怪しげなイメージになってるほうがある種分かりやすいところがあるにしても、わたしが事物の集積の中から聞き分けたいと思ってるものは必ずしも怪しげなものでもないから、分かりやすいほど怪しげな要素と云うのは、とっつきやすいところはあっても、本当のところあまり歓迎するべきじゃないのかもしれない。




窓辺の花
2015 / 12 / FUJI Clear Shot S AF / Lomography Color Negative 400





光射す壁面
2015 / 12 / FUJI Clear Shot S AF / Lomography Color Negative 400


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去年の暮れ頃に書いた記事でアレック・ソスという写真家がレンズ付きフィルムを使って撮った写真で写真集を作ったという話題を書いて、自分の持ってるカメラの中で一番そういうカメラに近いものにフィルムを入れてみたと報告したと思う。そのいわゆる写るんですにかなり近いと書いたカメラがこのカメラだ。要するにその時の記事で、アレック・ソスにならって写るんです風に撮ろうとフィルムを入れてみたと書いた、そのフィルムで撮った写真が今回の写真となってる。もっともフィルムを入れた直後に、やっぱり正真正銘のレンズ付きフィルムがいいかなと思って、写るんですの実物を買ってるから、これを撮ってる時の気分は若干間に合わせの気分も混じってた。

クリアショットsaf

使ったカメラはフジが出していた、 CLEAR SHOT S AFという安価でお手軽なフィルムカメラ。AF(オートフォーカス)とついてるけど、ステップ数はたったの2。遠いか近いの2種類の切り替えしかない。クリアショットはもっとお手軽なCLEAR SHOT 「M」と名づけられたものがごく最近まで売られてたんだけど、今はもうすべて生産は終了してる。
この「S AF」は、トイカメラとして売られてたわけじゃないんだけど、トイカメラ好きの間では、トイカメラっぽい写り方をすると結構人気があるカメラだった。でもある時特定のロットで撮影できなくなるトラブルが発生して、回収だったか交換だったか対応がどうだったかは忘れてしまったけど、フジが市場から全部引き上げてしまい、結局正常版が再版されることもなくその時点で生産中止、あとはもっと簡易な「M」に引き継がれたものの、これも今は生産終了と、フジの簡単フィルムカメラの系譜は途絶えてしまうこととなった。
kenkoが外見そっくりなカメラを販売していたことがあって、これがクリアショットと同じものなんじゃないかと言われてたものもあったんだけど、おそらくこれももう市場には出ていないと思う。大体kenkoがおそらく共通のOEM元から仕入れて販売時につけていた名前さえ忘れてしまってるので検索のしようもない。

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最初の二枚が去年の暮れ辺りに入り浸ってた東九条から七条辺りまでの鴨川縁で撮ったもの。
最初のは、今回のものの中だと一番分かりやすい怪しさが覆ってるような写真だと思う。何か得体の知れないものが細い隙間からぬらぬらと姿を現しつつあるというか。若干官能的な感じもするんだけど、そんなことを思うのはわたしだけかも。

花はわたしが撮ると、なぜかこんな感じになる。やさしげで柔らかい印象の写真にはまずならない。基本的にやさしげで柔らかい花の写真とか撮ろうとも思ってないから、撮れないのは当たり前なのかもしれないけど、だからといってこういうイメージになってしまうのもちょっと解せないところもある。なぜなんだろう。

最後の写真は「光」の写真。




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遠い囁き

ショーウィンドウ
2014 / 05 / OLYMPUS PEN EE-2 / KodaK TriXを自家現像





マネキン
2014 / 05 / OLYMPUS PEN EE-2 / KodaK TriXを自家現像





光の中で
2014 / 05 / OLYMPUS PEN EE-2 / KodaK TriXを自家現像




遠い囁き
2014 / 07 / Fuji Natura Classica / Natura 1600



今回のも以前に撮って、ブログにはまだ載せてないものから。わりと気に入ってはいるんだけど、どういう形で纏めようか考えてるうちに、いつのまにか、そのうちいい思いつきでもあったら披露する写真の範疇に入っていた。

全部グランフロント大阪で撮ったもの。こういう皆が知ってる公共の場所で写真撮ると、他人も似たような写真撮ってる可能性が出てくる。
この写真じゃないけど、少し前の出来事で、ある写真ブログを訪問した時、わたしが撮ったものと寸分違わないような写真が出てきて吃驚したことがあった。そのわたしの写真は対象の特徴に頼りすぎ、さらに真正面に向かって撮りすぎで、ちょっと単調かなと思いブログには出してなかったんだけど、とにかくわたしは見つけた写真が、何しろわたしもそこで撮ったものだから、撮られた場所をピンポイントで指摘できるし、同じ被写体に対面してるどころか、立ち位置もわたしの撮ったのと同じ場所で、ほぼ同じ距離感で撮られたものだとすぐに分かった。違うところはわたしは雨の日に撮って、画面の隅に傘を差した人物が配置されてる程度だった。
ちょっと見に視線を引くものを撮るっていうのは、写真撮る動機としては極めてオーソドックスなものなんだけど、誰が見ても風変わりなものとか、それに気づくのはわたしだけじゃない場合もあるっていうこと。まぁ、先にやられたっていうよりも、そんな誰もが視線を寄せそうな被写体に注意が向いて、大して繊細でもない感覚で見たままにシャッターを切ってしまった自分の感覚に本気で苛立った。

グランフロント大阪は風変わりを売り物にしてるような場所っていうわけでもないけど、それはこういう公共の施設を撮る場合にも当てはまる。
といっても他人と違う写真を撮るために、それはもうどうしてこんな視点、画面構成で撮ったんだと思うくらい独特のフレーミングをやっても、何だか、自分は他人とは違うと言うことだけを声高に主張してるような、サブカルっぽい写真になりそうなだけっていう気がする。大体他人と違う写真にするために視点を選ぶとか、自分と世界との関係が形になるはずの視点がこれでは本末転倒じゃないかと思うし、自分の些細な個性らしいものをブーストして、眼の前の世界をねじ伏せようとするような、そんな写真は何よりも撮りたくない。

自分が撮ったのとそっくりな写真を見つけたり、こんなことを考えてるせいなのか、最近は珍しくみえるもの、特異なものをそのまま撮ると言うような行為からはちょっと身を引いた感じの撮り方になってる。わりとオーソドックスな空間をそのまま切り取ったかのような写真っていう感じを試したりもする。こういう写真は見慣れたものが一瞥した限りでは風変わりな演出もされずにフレームの中に転がっているようにも見えて、それがかえって謎めいた写真になったりしないかとも思ってる。でもそういうありきたりを装うことで、薄膜のように表面を覆うことになるかもしれない謎めいた感じを想像するのは楽しいけれど、ただそういうのを写真として成立させるのはやっぱり難しいだろうなぁとも思ってる。

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最初の写真は図像的な関心によるいろんなものに俯瞰好きの好奇心がブレンドされてできてる。
二枚目の顔が花のマネキンの被写体は去年の夏の盗作デザイナー騒動の時に盗作デザイナーの擁護に回ったお仲間女性デザイナーの作品に似たようなのがあった。口から吐き出した花が顔の表面に纏わりついてるような感じのイメージだったかな。口から何かが出てくると言うことからしてちょっと生理的な嫌悪感、不気味さを呼び起こすところがあって、この人も盗作をばらされてたけど、このイメージだけは結構面白かった。このグランフロント大阪のマネキンのイメージとどちらが先だったのかな知らないけど、顔を花の集合体に置き換えるという、綺麗なものがあふれてるのにどちらかと言うと不気味なイメージは、わりと無意識的に共有されてるところがあるのか、これもよく似てるといえば似てる。
最後のカラー写真のは、何だか限定的な言葉で語ろうとするようで、こういう感じはどことなく俳句っぽい?。自分としては気に入ってたんだけど、このくらい何もない空間のほうがいいと思いながらも、要素が少なすぎる印象を与えるかなとも思い、なかなかブログに出せなかった写真だった。

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モノクロを撮ったのはオリンパスペンのEE-2。ハーフカメラの中でも特にお手軽カメラで、絞りだとかなんだとかまるで操作する必要もなく、とにかくシャッター切るだけで写真が撮れる。ハーフサイズの写るんですのような感じかな。
普通ハーフカメラは35mmカメラのフレームの半分を使って一枚写真撮る形になってるから、普通のカメラの倍の枚数撮れるということもあって、36枚撮りのフィルムよりも少ない24枚撮りのものを入れる場合が多い。昔はさらに少ない12枚撮りなんていうフィルムもあったらしい。
フィルムは現像し終わるまで何がどう撮れたか確認できないから、ハーフカメラは24枚撮りを使うほうがそういうストレスは少なそうなんだけど、このほとんど写るんです的なハーフカメラにはあえて36枚撮りのフィルムを放り込んだほうが面白いかも。とにかくあまり何も考えずに目の前を通り過ぎるものを掬い取っていく、パンフォーカスで元々ピントを合わす必要もないカメラだから、ピントがどうとかお構い無しに、多少ボケてたりぶれたりするのも味のうちとばかりに撮っていくのが楽しい。そういう疾走感に満ちた撮り方をするには36枚撮りを入れてるほうが相応しいような気がする。
見た目も可愛らしいくて、持っていて楽しいよ。


ee2


わたしのはジャンクで500円くらいだった。ジャンクコーナーに入ってるのをよく見かけるカメラだけど、たまにまともに動くのが混じってたりする。
電池も使わないので動くかどうか確認するのは簡単で、感度のダイアルをASA400くらいに合わせ、まず店の照明とか明るい窓なんかに向けてシャッターを切ってみてシャッターが切れる、次にレンズを手で覆うか暗がりに向けてシャッターを切ってみてファインダーに警告の赤ベロが出てきてシャッターが切れなかったら、セレンの露出計は生きてるので、あとは巻き上げノブが問題なく回せるかどうか確認するくらい。ジャンクコーナーで見かけたら試してみるといい。

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最近写真集とかCDの話題を出してないので、アマゾンの商品リンクが貼れない。それでも過去の記事から何かクリックしてくれてる人もいるんだけど、意外と多いのが一番下に貼ってある場違いなヘアケアのアイテム、フィトリークだったりする。場違いすぎて何でこんなものが?というようなノリでクリックしてもらってるのかな。
これ、リンクのほうに詳細は書いてないけど、毛染めした後で、家で洗髪したら静電気が凄い状態になってしまってどうしていいのか分からず、思い余って美容院に相談しに行ってみると、これを使ってみてと渡されたものだった。どうも仕上げにこれを使っていたらしい。
ためしに使ってみると、あれだけ始末に負えなかった静電気もあっという間に完全に収まって、しかもオイル系統のようにべたつきもしないので、おぉ凄い!と感心。美容師さんも云ってたけど、これ、ヘアケア用品なのに、顔に使ってもかまわないものだったりするのがまたユニークで、どういうことかというと一番手短なところではヘアケアが終わった後も手を洗わなくてもいいという利点がある。ただ顔に使ってもいいと云われてもちょっと怖いので実際に顔に使ったことはないけどね。

ちなみに最近染めてる色はアッシュグレイだ。非常にニュアンスに富んだ中間色はシックでお気に入りになってる。任せてる美容院は伏見駅のイズミヤの近くにあるビーハウスっていうところで、なかなか腕のいい美容師さんがほぼ一人で切り盛りしてる。

と、今回は妙な宣伝をして、お開きです。たまにはこういうことも書いてみたい。


真冬 1

枯れ野
2016 / 01 / OLYMPUS PEN F + E.Zuiko Auto-T 100mm f3.5 / Lomography ColorNegative 400





壁に描かれたものたち
2016 / 01 / OLYMPUS 35DC +F.ZUIKO 40mm f1.7 / Lomography ColorNegative 400





絡み合うライン
2016 / 01 / PENTAX K100D SUPER + SMC PENTAX-A 50mm f1.7





水路
2016 / 01 / OLYMPUS PEN F + E.Zuiko Auto-T 100mm f3.5 / Lomography ColorNegative 400


基本的にテレビの連続ドラマは何しろいいところで終わって先が見たいのに来週まで待てと言う不遜な態度が気にくわなくてほとんど見てないんだけど、大河ドラマだけは別でこれは数年前のから律儀に一年付き合ってみてる。
去年のは主役級の登場人物がまるでリレーをしてるように交代していく、たとえば最初の中心人物だった吉田松陰はあまり回を重ねないままに刑死、次に主役に躍り出た久坂玄瑞は、何しろヒロインの旦那だからこれはきっと物語を牽引していく人物だろうと思ってたら、意外なほどあっさりと自刃して退場、さらにその後をついで中心になりそうだった高杉晋作も幕府の長州征討に立ち向かう見せ場の後はあっという間に病死と、ヒロインが真の主役だとは頭の片隅では理解していたし、史実もそういうものだったと分かっていても、何だかとてもシュールなドラマだった。
で、今年の大河の「真田丸」
堺雅人のまぶしそうに目を細めるにやにや顔とか、この人こんな顔ばかりだと、一本調子の顔芸が鼻について駄目かと思ったけど、混沌とした世で人の流転する運命を見せるお話はやっぱり動的なストーリー展開でかなり興味を持ってみていられる。ヤクザ映画でならした寺島進がこれまたとんでもないほど甲冑が似合う古武士然とした雰囲気でかっこいい。なんだか他の役者が、上手い下手というレベルじゃなくて、みんなどことなく現代人のふやけたような印象を拭いきれない中で、一人だけ本物の武士が混じってるような雰囲気を身に纏ってる。
この寺島進と真田家の棟梁である草刈正雄が仕組んだ、自らの息子までも巻き込んで騙しにかかる策略の回辺りで、なにこれ面白い!となって、不遜な態度のテレビはひとまず脇に置いておいて、とにかく先の展開が知りたいと、原作でもないのかと探してみた。三谷幸喜のオリジナル脚本のようでこれが原作と言うのはなさそうだったけど、おそらく三谷幸喜も脚本執筆に関してかなりインスパイアされてるに違いない池波正太郎の「真田太平記」というのがあるのを知った。
文庫で出ていて、全部で12巻。
文庫と言えばアマゾンの1円のものかブックオフの100円のものが自分の基準になっていて、よほどのことがない限りこれ以上の出費をする気にはならない。そこでその範囲で売ってないか調べてみたら、アマゾンで見つけた古本は全部定価の半分くらいの値段、ブックオフは普段立ち寄る大半の店で、そもそも真田太平記自体棚に並んでないというような状況だった。
そんななかである日、河原町オーパの上のほうにあるブックオフの100円コーナーに全巻並んでるのを発見、見つけた♪と思ったけど、他に買おうと思った嵩張る写真集も手にしていたので、全部買うのは荷物になると、その時はとりあえず三巻だけ買ってみることにした。
それで何日か後に続きの巻を買おうとまたオーパに立ち寄ってみれば、なんと真田太平記のあったところがごっそりと抜けて、池波正太郎のほかの文庫が陣取ってるような状態となっていた。まぁ手に入れた三巻読み終えてのことじゃないし、三谷脚本とは違う語り口調に三巻読み終わる前に飽きてしまうと言う結末も考えられるから、買った三巻を全部読んでからにしろという神様のアドバイスなのかもしれないけど、まさか数日のうちに、数冊と言う規模じゃなく、残り全部が買われてしまってるとは思わなかった。買った人、これが大河の原作だと錯覚して買ったのだろうか。買ったはいいものの一巻から三巻まで抜けていて、この開幕の三冊だけ買ったのは一体どんな奴なんだ、おかげで全部揃わないじゃないかと思ってるかもしれない。
河原町オーパの100円コーナーにあった真田太平記の残り全冊を買った人がわたしのこのブログを見る可能性は0に近いだろうけど、もし見に来たなら、全巻揃いを中途半端な形にした張本人がここにいると分かるんだけどなぁ。何とかしてここへ見に来ないかな。

ちなみに大河の原作と思ってる人が多くて売れてるのか、今のところブックオフではこのオーパの一度っきりで、わたしがよく行くほかのブックオフでは置いてあるのを未だにほとんど見たことがない。

☆ ☆ ☆

時期的には全部今年の一月に撮った写真で、真ん中の壁の花の絵と絡み合うラインの写真以外はもう一度虚空を撮りに行ったフィルムから。
真冬って言うタイトルはつけてみるとちょっと気に入ってしまった。壁の絵の写真や線の写真もこの中に入れてみるとどことなく冬の変奏曲のようにも見えてくる。撮影時、特に冬を意識したり、冬そのものって言うような風物を取り込んだりはしなかったけど、最初の写真を見ていてその色合いから思いついたにしては、カバーする範囲が広そうだ。
もっともタイトルだとか、そもそも不必要と言う考え方が以前にも書いたようにわたしのなかにあって、気に入ったとは書いてるけど、つけないでいられるならそのほうがいいのかもしれないとは思ってる。

それにしても最初の枯葉の堆積物はどうしてこんな灰青色の色合いになってたのかなぁ。こういう色になっていく枯葉とかあるんだろうか。小椋の干拓池は広大な農地だから、ひょっとして何か農薬でも振り落ちてきた結果なのかな?
絡み合う線の写真は工事中の遮蔽幕だった。手前に柵があるけど、こういう柵とか金網とか、最近はあるのなら一緒に写してしまおうと、何とかして排除しようっていう気にならなくなってる。これは曲線直線、実像影像、ランダムに入り乱れてる感じで撮ろうと思ったから、なおのこと柵が邪魔だとは思わなかった。

☆ ☆ ☆

虚空に消えたフィルムの撮り直しとして始めたフィルムだったけど、結局新しく撮ったりした写真のほうが分量的にも多くなったようで、今回の青白い枯野の写真も虚空のフィルムでは撮らなかったものだし、これはこれでいいと思ってる。結局何をするにしてもやってしまうと前に進んでいく。ただその場で繰り返すつもりであっても、それなりに前へ、あるいはそれは必ずしも前とは限らないぞと言うなら、それなりにここじゃないどこかへ進んでいくというのがよく分かった出来事だった。それに今回撮ったもので思うようにピントがあってなかったり、何しろハーフサイズで撮ってたから、中判くらいで撮った方が絶対に相応しいって言うようなモチーフもあったりして、また思うような形でもう一度撮ってみたいなんてことを考え始めてる。写真は一期一会、その写真は一度しか撮れないから、もう一度撮る必要はないと頑なになる必要もなく、すべては複雑に絡み合う因果の編目を渡るように、こういうのは直感に従って流動的に行動していけばいいんだと思う。


非在の写真、苦手な窓

大阪港
2012 / 08 / Hasselblad 500C/M + Carl Zeiss Planar 80/2.8T* (フィルムは記録してなかったのでどのブローニーを使ったか不明。おそらくポートラ辺りだったと思うけど)





海上ドームを望む
2012 / 10 / Hasselblad 500C/M + Carl Zeiss Planar 80/2.8T*





鴨川縁
2012 / 10 / Hasselblad 500C/M + Carl Zeiss Planar 80/2.8T*
3枚見渡してみて、最近は意図的に接近してるけど、このくらいが自分の持ってる本来的な距離感だったのかなと思う。


やっぱりペンFのフィルム1本、豪快に虚空に消してしまったことのダメージは大きい。大体このフィルムから次の記事に使う写真を選ぼうと思ってたのに、千切れたフィルムは晴天の時に撮っていたので、とりあえず晴れた日に撮り直しには行ってくるけど、写真が使えるようになるまで結構間が開いてしまう。
とはいってもこの前の記事で書いてるように、近似の写真は撮れても、全く同じ写真はまず撮れない。決定的瞬間に類するいかにも写真的なクリシェには余り組したくはないところもあるんだけど、わずかの条件の違いでも確実に写真に現れてくるとは思う。
結果として、考えてみれば同じ場所に何度も写真撮りに行くのはいつものことだったりするから、虚空の写真をもう一度撮るつもりでやってきても、似たような写真を刺激的でもない感覚で撮ってるよりも、気がつけばそこで目新しく目についたものを撮ったりしてるほうが多くなってる。あの時はここでこういう風に撮ったけど、もう一度やってきてみたら何度も撮るほど面白そうと思えない、最初に撮ったのが気の迷いだったとしか思えないという場合もあって、そういうのはもう一度写そうっていう思惑の対象にすらならなかったりする。出来上がったフィルムは最初の動機はどうであれ、きっと虚空に消えたものとは相当違ったものになってるだろう。
これもこの前の記事に絡めて書いたことだけど、非在の写真なんていうのも面白いコンセプトだと思う。撮られはしたけど誰も眼にしないまま消えて、これからも誰も眼にすることは出来ない、あるいはもうちょっと発展させて今だ撮られていない、撮られることを待ち続けるような、存在しないことが唯一の存在理由でもある写真。その写真を集めた見えない写真集なんてちょっと見てみたい。

☆ ☆ ☆

と言うことで、選ぼうと思っていたフィルムが非在化してしまったので、今回は随分と以前に撮って、未だにブログに載せてない写真から。ちなみに切れたフィルムを取り出したペンFにその後入れていたフィルムはこれを書いてる時点ではなんとか全部撮り終えて、というかぎりぎりまで使ってまたトラブルに見舞われたらかなわないので、フィルムに持たせてある余裕の分は撮らずに規定の72枚だけで終了。今度は千切れることなく取り出せたので、近いうちにフォトハウスKへ現像を頼みにいってくるつもりだ。

見てのとおりハッセルブラッドで撮ったスクエア・フォーマットの写真を並べてみた。
正方形フレームは話題にするたびに苦手、苦手と書いてるけど、意外とね、意外といいかも。これ、最初の二枚は2012年の夏、大阪港に入り浸って写真撮ってた時のもので、久しぶりに眺めてみてそう思った。最後のは時期は大阪港と同じ頃に、鴨川縁で撮ったもの。出町から植物園のほうに向かって北の方角に歩いていった時だったかな。これはかなりありきたりだなぁって撮った時は思って、ブログには載せなかった。今見てもありきたりではあるけど。

そこでまたハッセルで撮ってみようかと思って、本当に久しぶりに手にしてみたら、何だかレンズの調子がおかしい。普段ファインダーを覗いて色々と設定したりするのは絞り開放状態で、被写界深度を確認するような時だけはプレビューレバーで実絞り状態にするんだけど、普段絞り開放状態で使えるはずの時もなぜか自動的に実絞り状態になってしまう。実絞りの解除は絞り環を開放の位置まで回すと解除されるようになっていて、その作業を通すと絞り値の設定が何であろうと開放状態固定にはなるんだけど、シャッターチャージしたら、また実絞り状態になってしまう。要するに四六時中プレビューがオンになって、それではファインダーが暗くなって使いにくいから、いちいち解除の作業をしなければならないような状態になってた。
シャッターも絞りも本来の役割に支障をきたしてるわけじゃないから写真そのものは普通に撮れるものの、撮影は面倒くさくて鬱陶しい状態になってる。でも修理するほどでもないんだなぁ。第一ハッセルとかライカとかローライとか、写真史を作ってきた伝説を纏った海外の有名高級カメラは修理費が結構な負担になる時があるから、よほどのことでもない限り修理になんか出さない。というか出せない。
故障した時なんかはニコンとかのほうがずっと扱いやすい。