真昼の水辺の旅

岬





柳が崎桟橋





踊り場
2017 / 08
大津京 / びわ湖大津館
Olympus Pen E-P3 / Last Camera
Fuji Premium 400

あの突き出てる岬風のところまで行ってみたかったんだけど、太陽光を遮るものもない湖岸を歩き続けて、あまりの暑さにここでエネルギー切れ。
この辺り一体は砂丘なんて説明してあったから興味津々で歩いていった。でもやってきてみれば見ての通り一面緑が広がっていただけ。緑の下の感触は踏み出してみれば確かに砂地だったものの、そうはいってもこれでは砂丘とはいえないだろう。おまけにところどころ砂地が露出しているところを歩いてみたら、あっという間にサンダルに大量の砂を巻き込んで、砂丘だったとしても結局は嫌になっていたことは間違いなし。

色々と考えてとりあえず大津京に降りてみると決定したのは前回に書いた。そして降り立った大津京の駅から無目的に歩き回ってるうちに、びわ湖大津館という旧琵琶湖ホテルの風雅な建物に出会った。この元ホテルに行き当たったのはこの決定の収穫だったと思う。
湖畔にあった旧琵琶湖ホテルは浜大津へのホテルの移転後、大津市が買い取っていろんなイベントの施設として保存、再利用されている。館内は京都府庁旧本館のように撮影可能なので、間接光が入ってくる古い建築の仄暗い内部の写真なんていうのを好き放題撮れる稀有な場所だった。でも湖岸に関してはまったくの期待はずれで、この辺りの湖岸周辺は岸辺に林立してる高級高層マンションに占有されてしまって、どうにも立ち入ることが出来ない様子。要はマンションの住人たちに琵琶湖を望む視点を占有されてしまってるというわけだ。
ヨットハーバーなんていう看板が立っていて、実は遠めにどうも廃墟っぽい建物が見えていてここに近づけないかと道を探していて見つけた場所だったんだけど、ここからなら湖岸に出られるかもと思って道を入っていっても、結局ヨットハーバー関係者以外立ち入り禁止なんていうゲートで行く手を塞がれてしまうだけで、そこから先に進むことが出来なかった。この道に迷い込む切っ掛けだった廃墟然とした建物はヨットハーバー内部にあり、目前にまで近づけたものの遮断ゲートによって遮られて、あれは廃墟だったのかいまだに分からない。
あとは前もって調べて、そこにあるのを知っていたブックオフに立ち寄り、100円文庫の棚から京都の店ではあまり見かけない出物がないかと漁るくらいで、講談社文芸文庫の坂口安吾だとか、D・M・ディヴァインの「三本の緑の小壜」とか、小林信彦の文章などどうでも良くて、荒木経惟が撮った写真が目当てだった「私説東京繁盛記」といったものを見つけてそれぞれ100円で買った。数日通っただけだけど、今は大津京では早くも撮る場所はこのくらいかなという気分に傾いてきてる。
湖岸はもうちょっと撮りたい場所ではあるので、早々と河岸を変えようかな。

ラストカメラの試し撮り以降、ここへ持ってきていたカメラは旧琵琶湖ホテルで写真撮ろうと思って、暗い室内では使い安いデジカメと、屋外で撮るつもりだったキヤノンのハーフカメラの二台体制だった。
ハーフカメラのほうはまだ20枚くらい撮らないとフィルムを出せないんだけど、既に先日撮った10枚程度を、オートにしていたつもりがそうじゃない状態で撮っていたという失敗をしてる。大体5,6段くらい露出オーバーになってるんじゃないかなぁ。露出不足じゃないので何らかのイメージはサルベージできると思うけど、残りを早く撮り終えてこの勘違いして撮っていた部分がどうなってるか知りたい。フォトハウスKでハーフサイズもCDに焼けるようになりましたと教えてもらったから、ここはどんな感じになるか見てみたいと思って暑い中撮る枚数が多くなるハーフカメラを持ち歩いてるのに、最初に焼くCDは波乱含みのものとなりそうだ。


ee17
今回の写真では使ってないけど、今持ち出してるキヤノンのハーフカメラ。Demiなんていう名前どおり見た目はフランス風で洒落てるんだけど、何かあまり持ち出そうという気にならない。使っていてもうひとつ楽しくない。両側にストラップをつける部分がないとか、妙に重いとか、ファインダーが覗き甲斐がないとか、露出計をオフに出来ないとか、細々とした要素が積み重なって自分にはあまり気がのらないカメラになってるんだと思う。おまけにそこはかとなく調子悪いし。





Last Cameraに装填していたフィルム。



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椰子の実

夏ののどかな湖





夏ののどかなヨット

2017 / 08
大津京
Last Camera
Fuji Premium 400

場所は琵琶湖の大津京。
何だかのどかな写真になってるなぁと、出来上がった写真を見ていて思い浮かんだのが、あの「椰子の実」と云う曲だった。
湖岸を歩き始めたのは良いものの暑さで目が眩みそうになって、日差しをさえぎるものも何もない水際の、遠くまで続く様子を見てとてもあんな遠くまで行けないと早々に引き返してきた日、あの湖岸を歩いた日の薄曇りの空に照り返す熱波は写真の中にはほとんど閉じ込められていなかった。何だか今までの経験だとぎらぎらとした感じは自分としてはあまり上手く写真になってくれないところがある。
少し前にLast Cameraという自分で組み立てるプラモデルカメラを、ヴィレッジ・ヴァンガードのアウトレットで1300円くらいだったか、その安さにつられて買ってみた。この写真を撮った日はその後組み立てたこのカメラを試写してくる目的もあって、フィルムは27枚撮りとちょっとコンパクトなものを仕込んでいた。
だから湖岸の写真もたくさん撮ったわけでもなかったんだけど、何十年か振りに見る琵琶湖湖岸と普段撮ったことなんてまるでない水平線を前にして、もっとも琵琶湖は湖でこの辺りはわりと幅が狭いところだからなおのこと水平線と云っても対岸の様子が少しは見えてたりするんだけど、まぁそれはともかく、気分は大海の遥か彼方の水平線を望んでるというまさにそんな感じの、幾分浮ついたような気分で27枚あっという間に撮り終えた。
次の日にフォトハウスKに持ち込んで現像してもらい、出来上がったのを眺めてみれば、気分は浮き足立って写真を撮っていたのに、遠くに広がる見慣れない水平線もどきに舞い上がっていた反面、出来上がった写真はもう水際で撮る写真ってこういうのだろうという既視感に満ち溢れたものばかり、頭の中にある海岸線イメージのテンプレートに当てはめたような写真ばかりで、ブロドヴィッチ先生の言う、どこかで見たことがあると思うならシャッターを切るなという教えに真っ向から逆らってるような写真が勢ぞろいしていた。
結局この試し撮りの27枚は特に取り得もないような仕上がりで、ちょっとこれは、気がすむまで水際水平線写真に挑戦しないといけないような状態になってきたか。

琵琶湖に行ってみたのは、春の終わりごろにひいた八坂神社のリベンジおみくじの大吉に、吉方は東だと記されてあったのが切っ掛けで、正反対の方角だった嵯峨野の辺りに出かけてる場合じゃないと思ったからだった。一応湖岸に近そうな駅を探してJR東海道線の大津は見るからに湖岸からは遠くて、これはパス。あまり遠出するのも面倒なので湖西線の大津京か京阪の浜大津辺りが候補となり、どうも京阪は運賃が高そうなイメージがあったから、京都駅からはたったの二駅向こうという手軽さと嵯峨野に行くのと同じくらいの運賃でいけるという理由で大津京に決定した。湖西線はそのままずんずんと乗っていくと北小松という駅があり、ここは子供の頃に毎年夏になると遊びに来ていたところなので、こうなるとそのうち行ってみたいと思い始めているものの、グーグルマップで見てみても子供の頃に遊んだ水泳場とか湖岸の様子がまるで違っていてもうあの時の水辺がどこだったのか皆目分からなくなってる。



椰子の実 - 鮫島有美子

こういう曲。流転、漂泊、望郷の、立ち止まることも出来ずに時間の中へと流されていく、人の思い。終戦記念日前後に聴いてしまったせいか、聴いてるうちに何だか泣けてきた。




自分で組み立てるプラモデルカメラ。詳しくはまた今度書くとして、シャッターチャージも出来るような意外と本格的なカメラに仕上がるので、それなりに部品の多い組立作業になる。
光線漏れ発生用の裏蓋なんていうのがついていて、これが楽しい。この仕掛けだけでも一台持ってる価値があるかも。





失われてしまったものたち さらば新風館

彼方の新風館1





彼方の新風館2






見いだされたもの

2012 / 09
2011 / 05
2017 / 08
新風館
Canon Autoboy Tele / Olympus Pen EE-2 / Last Camera
Kodak T-Max / SuperGold400 / Fuji Premium400

先週「パリ・マグナム写真展」に行った帰り、この辺を歩くのは久しぶりだなぁと思いながら、観てきた展覧会のハリー・グリエールの写真が良かったとかゲオルギィ.ピンカソフみたいに撮れないものだろうかなどと、受けた刺激を反芻しつつ新風館の近くまでやって来た時、新風館の古風なレンガ造りの建物を白いフェンスが囲んでいるのに気づいた。
あれ、新装改築中なのかなと思いながらも、改装にしても何だか建物の規模が敷地の半分くらいに小さくなってないかと気づき、フェンスの一部が開かれて中を通り抜けられるようになってるところを見つけて覗き込んでみれば、以前円形の舞台があったところだと思うけど、その辺りすべて建物が消えうせて駐車場になってた。
一体何があったんだと不審に思いつつもその場は何枚か写真撮っただけで帰宅、帰ってから調べてみるとなんと新風館は既に閉館となってた。しかも一年以上前の去年の三月に。
新風館が閉館していたのもそうだけど、この烏丸御池辺りに一年以上も立ち寄ってなかったことに気づいて、これにも我ながら吃驚した。そんなに足が遠のいていたとは。
まぁ一年以上、ひょっとしたらもっと以前から立ち寄ってないくらいだから、「さらば」なんて云うほど愛惜の情があるほどでもなくて、たまに立ち寄って写真撮ったり、中央の広場の椅子で休憩したり、テナントで入っていたヴィレッジ・ヴァンガードを冷やかしていた程度だった。でもこの世界から、一応今のところからっぽの建物が半分くらいは残ってるようだけど、残り半分が消えうせてしまったことにはやぱり心を騒がせるものがある。
元はたしかNTTの古いビルで、その古風な雰囲気を生かしたファッション中心の施設だった。フェンスの向こうには半分だけまだ残ってるその元NTTの煉瓦作りの建築もそのうち全部取り壊してしまうのかなぁ。駐車場の入り口から空き空間となった元広場の辺りを縦断できるようになっていて、元新風館だった空間の中にちょっと足を踏み入れてみたんだけど、残った部分も上層に上がるための階段とかは全部取り払われて工事の足場があっただけ。一番上の階のヴィレッジ・ヴァンガードのあったところはまだ残っていて、でも今は扉の向こうのおそらくからっぽになった暗がりを遠くから望めるだけだった。

もうちょっと写真を撮っておけばと思った。今回こういう記事にまとめようとして新風館で撮った写真を探そうとしたものの、意外と撮ってなかったのか他の写真に紛れてしまったのかあまり見つけ出すことが出来なかったのが残念だ。
もう一つ写真で残しておけばよかったと思ってるのが寺町の電気屋街。あの辺りの様変わりは凄まじくて、わたしがたまに行っていた時とはまるで別世界のようになっておまけに寂れてる。こういう変わり果てた街を見てると、なんだかみんなどこに行ってしまったんだろうと、一人取り残されてるような気分になってしまう。

☆ ☆ ☆

写真はなにしろこの前の「パリ・マグナム展」以降に撮った出来立てほやほやの最後のが、やっぱり自分にとってはいちばん新鮮なものになってる。どことなくちょっと不穏な感じがしないか。ちなみにこの赤煉瓦の建物が話の流れでもちろん新風館となる。建築はここから左側にもっと続いていたのに、この場所で断ち切られて、フェンスの向こうは駐車場になってた。


鋼鉄都市 / 京都文化博物館 パリ・マグナム展

トロッコ列車1





機構内部





影の段






積みあがる底面

2017 / 07 (1)(2) 嵯峨嵐山
2015 / 09 (3) 中之島
2017 / 03 (4) 近所
Olympus Pen EES-2 / Holga +35mm Film Holder / Nikon F100
Fuji 業務用400 / Lomo Colornegative 400 / 100

硬く冷たいもの、光沢があるもの、稜線がはっきりとしていて鋭角的なもの、用途不明の何か。機械の類や工場が好きなのはこんな要因が絡んでのことじゃないかなと思ってる。こういうものは視線をひきつけるしシャッターを切りたくなってくる。用途不明に関しては知らない自分だけの事情で、知ってる人にはこんなものの何が珍しいという程度のものだろうとは思うけど。
誰一人その用途の想像もつかない複雑な機械とかあったら、もうわたしとしては夢中になってるに違いないと思う。ちょうど映画「禁断の惑星」で姿かたちも分からない、遥か以前に死滅してしまった惑星の前住人が残し、作った種族はとっくの昔にいなくなったのに今でも自動で駆動し続けている地下の巨大都市のような感じ。あんなところに入り込んだらもう寝食を忘れて写真撮り捲ってるだろう。

そのシーンだけ抜き出した動画があった。
Forbidden Planet: The great machine

これ、レスリー・ニールセンが出てるんだなぁ。ばかげたコメディ俳優のイメージが強烈だし、今まで気づかなかった。

☆ ☆ ☆

パリマグナム1
Nikon Coolpix S9700

パリマグナム2

パリマグナム3


京都文化博物館へ「パリ・マグナム写真展」を見に行って来た。
結果的に云うと結構面白かった。マグナム・フォトっていうのは展覧会のフライヤーによるとカルティエ=ブレッソンらが作った「写真家自身によってその権利と自由を守り、主張することを目的とした」組織だけど、個人的には社会性に積極的に関係しようとするジャーナリスティックな写真家の集団なんていう勝手なイメージがあった。だから写真の社会性なんかまるで関心がないものとしては、大して面白くないかもと思いつつ出かけてみたところもあったんだけど、見終わって出た感想はこういうものだった。
パリの歴史的な動きに連動してる写真はまさしく社会性を前面に押し出していて、その生々しさはやっぱり写真という手段を取ったことでよく伝わってくる。第二次世界大戦の時のレジスタンスが路上で銃を持って潜んでる写真とか、戦争映画では良く見るけど、リアルに路上にいたレジスタンスの姿は命のやり取りをしてる際どさが伝わってくるし、五月革命の時の暴動を撮った写真も、毛沢東の肖像を飾った思想は賛同できないにしても、でもそういう賛同できない本質も含めて現場の空気感が良く伝わってくるような感じだった。
で、見ていて意外だったのはマグナムの写真は大半がこういう社会性のある写真だと思ってたら、そういうのとは違った写真、ジャーナリスティックなものとはかなり距離を置いた毛色の変わった写真を撮る写真家も結構受け入れられて、参加してるということだった。歴史を辿る生々しい写真に混じってひたすらイメージに淫する写真が顔を出してくると、ドキュメンタリー的な写真も意外と面白かった上に、まさにわたしの関心の対象となり得る写真も色々と目にすることが出来て、こういう楽しさは会場にやってくるまではあまり思いもしなかった。
会場は歴史的なラインに沿っていくつかのブロックに纏められていて、社会的なリアリズムといったものを一義に置かない写真はやっぱり現代に近づいてくるにつれ多くなってくるようだった。カメラだって、これ、どう見てもホルガ使ってるだろうって言うのもあったし、マグナム・フォトの集団の中でトイカメラを見るとは思わなかったので、これにはちょっと吃驚した。偶然最近ホルガをまた使おうかなと思っていたから、これを見たとたんにその気分に火がついてしまった。
会場で区分けされていたものとしては最後の「解体の時代 1990-2018」と題されたブロック、これが面白かった。展示されていた写真家で云うとマーティン・パーとゲオルギィ・ピンカソフ、そしてハリー・グリエールにホルガの使い手で意表をついていたクリストファー・アンダーソンといった辺り。
なかでもゲオルギィ・ピンカソフが良かったなぁ。この写真家の写真がひときわ目を引いた。写っている事物の意味なんかそっちのけで、光と影と事物の形をいかにフレーム内に納めるかということ一点に腐心してるような写真。出来上がるイメージは極めて複雑で視覚的な豊穣さに満ち溢れてる。この写真家のことを知っただけでもこの展覧会を見に行った意味があったかも。

会場は4階のフロア全面で展開されていて、展示総数は100点以上と、それなりに見ごたえがある。一回りして会場を出ると、下の階で同時開催されてる展覧会に誘導される。これが近代京都へのまなざしー写真にみる都の姿ーっていうタイトルの展示だったんだけど、ついでに立ち寄ったにしては面白かった。っていうか本編の展覧会を見た後であまり面白いものを見てしまうと、パリ・マグナム展での印象が薄れてしまうじゃないかと思って、面白さに困ってしまった。
明治の初めくらいかな、そのころの写真を大きくプリントしたものが小さなオリジナルを添えて展示されてる。オリジナルとなってるものは一枚が木の特別な入れ物に入れられた形で保存されていたのがそのまま展示されていて、その当時の写真がどういう扱われ方をしていたかもよく分かる展示だったし、降り積もった時間の層の厚さを実感できるような存在感だった。他にも京都の古い様子を写したものは、さすがに自分の生きてきた時代ではなかったけれど、今の様子を知っていたりするから、その変遷の具合に興味を引かれる。明治の頃の八坂神社の石段下の光景なんか、片隅にお気に入りの狛犬が写ってたりして、まるで懐かしいものに出会ったような気分になったりした。
予想外の面白さに若干困るけど、パリ・マグナム展のおまけで見られるなら意外と豪華で本格的、お徳感満載の展示だったと思う。
また、これだけ単独で見ようとしたら一応料金を取られると後になって知った。そういう意味でも見ないと損なおまけだった。