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十年の悦楽

湾曲則





構成則





透過則
2017 / 08 大津京
2018 / 06 宇治
Canon Demi EE17 / Ricoh AutoHalf E
Fuji Premium 400 / Lomography Colornegative 400

最初の記事を書いたのが2008年の7月19日。ということでブログを始めてからちょうど10年が経過したことになる。だからどうしたというわけでもないんだけど、特に何時までやってみるなんて決めないまま始めたから、これだけ続いたのはやっぱり多少は感慨深いところがある。ということで記念に一つ記事を作ってみた。最初、ブログのタイトルは彗星絵具箱じゃなかった。でもこの最初のタイトルは我ながらみっともないタイトルだなぁと恥ずかしくなって、数日で今のものに変えてしまってる。もちろんそれがどんなタイトルだったかは口が裂けても明かさない。最初のブログのタイトルはしばらくネットの検索に出てきていたけど幸いなことにそのうち消えてしまった。読み返してみると最初の記事は無印の食堂で昼ごはんを食べたことについて書いてる。要するに何についてブログを書こうなんていう目論みはまるでないままに始めてしまったということだ。最初の三ヶ月は毎日更新が良いと云ってるのをネットで読んで早速実践してみたけど、三ヶ月続けた地点で息切れしてしまった。ちなみにこの頃オープンにしてない掲示板を使って友人と見た映画の話なんかを書いて遊んでいた。この頃毎日更新していた内容はその友人との遊びをブログの記事に引っ張り込んでいたものが多い。映画のことについてそのうち一月に一回更新という頻度に落ちてしまったのは、長文で仕上げようという意図があって、その結果記事一つ仕上げるのにかなり時間がかかっていたからだ。書いてる本人も一体何時終わるんだ、こんなにぐだぐだ書いたのを誰が読む?とあきれながら書き続けたあげく、どうせならブログ史上一番長い記事にでもしてみるかと妙な野心に燃えたのがクローバーフィールドの記事。こんなにネタバレさせて大丈夫かと半ば開き直って書いていたのがダークシティと、記憶に残ってる記事もある。新作レビューなんていう小回りのまったく効かないこの長文計画は書き続けるのもそのうち苦痛になってきて、何かもっと簡単に記事の形に出来るものはないかと探し回って見つけたのが写真のテーマだった。その頃ちょうどトイカメラで遊び始めたこともあって写真一枚貼れば記事に出来ると云う思いで、写真テーマの記事は長文記事の息抜きに始めたような記憶がある。その後は今見るような形で定着。音楽はこの間もずっと続けて話題にして挟み込んできた。今の形がベストなのかどうか自分では分からないけど流れのままに行動してこんな形になってきたんだから、そんなに自分と乖離した展開でもないんだろうと思う。どうにもやりにくくなってしまうまではこんな形で続けてみようかな。このブログを始めた最初の月には他にもエアコンを買い換えたことなんか書いてる。今年このエアコンの調子が悪くなってまた買い換えようと計画してる。この辺は10年という時間の厚さが実感できたりする一方、デトロイト・メタル・シティのガシャポンの話なんていうのも書いていて、この映画そんなに昔だったんだと、何だか時間の様相がものによっては延びたり縮んだりして、この自分との距離感によって変化する様子がなかなか面白い。そしてこの頃からガシャポン回しては遊んでる、この辺はいつまでたっても本当に変わらない。







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この、孤独で美しい場所へ

立ち木





池の道





林の中





湖面の杭





三頭の馬
2013 / 01 宝ヶ池
Holga 135 Pinhole
Ilford XP2 Super

前回のタイトルが妙に気に入ってしまって今回はそのタイトルにちょっと変化をつけて再登場。写真もモノクロと踏襲してるけど、今回のはピンホールカメラで撮った写真だ。と云っても撮ったのは随分と以前のこと。こうやって久しぶりに眺めてみるとまたピンホールで撮りたくなってきた。でもカメラはここぞとばかりにシンプル、原始的なのに、三脚必須と装備は物々しくなり気合が入らないとなかなか持ち出せない。カメラの操作も勘が頼りのシャッタースピードとかこれも結構気合を要求される。写真の写りはこれは全然よく写ってないと思う人もいるかもしれないけど、それは逆だ。何しろレンズを使わないで撮ってる写真だよ。これはよく写らなかった写真じゃなくて、レンズも使わない原始的な条件のもとで凄くよく写った写真といったほうが正しい。これだけシンプルで、それゆえに多彩な偶然に目一杯さらされる写真には当然予測不可能なものが一杯寄り集まってくる。自分が撮ろうとした意志とは別の場所で写真が成立していたりする。それを面白いとするかどうかで撮られたピンホール写真の幸福不幸が決まってくる。






家にはピンホールカメラは今回使ったこのホルガのものと学研のピンホールカメラ、ピンホールモードのついたダイアナがある。ピンホールとそこから入ってくる光を受け取る部分と光が入ってくる時間を調節する単純に開け閉めできるだけのシャッターがあれば、どんな形になっていてもみんな同じピンホールカメラだ。機種的に高価であってもそうでなくてもまったく変わりはない。一番手軽なのは紙でできてるものもあって、上の三つの条件が揃ってるなら紙製のカメラでもまるで問題なくピンホールカメラとして使える。Rubikon Pinhole Rebelなんてネットで検索してみるとペーパークラフトのとってもキュートなピンホールカメラが出てくる。






森を辿る道 / 孤独で美しい場所

暗がりに浮かぶ枝





木立の合間から




貯水池と枝





深部







闇に落ちる木漏れ日





垣間見る鳳凰





廃墟アパート

2018 / 04 今熊野観音寺周辺
2013 / 91 八幡男山
2014 / 11 今熊野観音寺周辺
Nikon F3 / ピンホールホルガ / Leotax F
Ilford PanF Plus 50 / Xp2 Super

東福寺の北東近くにある泉涌寺への参道である泉涌寺通りを、九条通りから抜けていく途上で脇道に分け入っていくと、今熊野観音寺というぼけ封じで有名な小さなお寺の前に出てくる。今熊野観音寺は泉涌寺山内にあって泉涌寺の塔頭となる。今回の写真は一枚だけ岩清水八幡宮で撮ったものが混じっているけど、ほかのものはこの観音寺の周辺で撮っている。ただ泉涌寺通りからは入らずにもう少し北のほうの、観音寺の裏手の墓地に続く道からここまで辿っていった。観音寺はこの辺りの他の寺院同様東山の山裾に囲まれて、観音寺の北東の山中は一條天皇皇后定子 鳥戸野陵となっている。疎らな人家とパワースポットの境界にあるようなこの辺りを歩いていると、観光客もほとんどおらず、俗世界と聖域が交じり合ってる独特の雰囲気を感じることが出来る。実際には面倒臭さが先にたってしまって、さてそこへ行こうと積極的な意識にはなれないにしても、森の中で写真を撮るっていうのはわりと親和性のあるシチュエーションだ。街中で人工物を撮ってると、これを撮った写真がかっこよかったとしてもそこにはわたしが作り出したものなどないに等しくすべては被写体を製作した者の腕前によってるんだと、表現など一片の薄っぺらい観念の一枚として相対化してしまう思想のシャワーをたっぷりと浴びているにもかかわらず、デュシャンのように徹底化も出来ずに未だに創造性の一端でも信じているのか、写真は創造じゃなく見出すことだと思い至っては、何時もどこか居心地の悪い思いを拭いきれないでいる。反面自然物はそういうところが微塵もないから写真を撮るにも思いのほか余計なことを考えないですむ。自然の著作権を持ってるのは神様だろうけど、この写真がかっこいいとして、それは神様の表現力によって成り立ってると思っても、まぁそうなんだろうなと、その程度ですんでしまう。おまけに神様は著作権など主張しない。リハビリは相も変わらず続いてこの前から背骨の牽引が加わった。これは物理的に体を引き伸ばすもので、大仰な治療装置のわりに治療法としてやってることはシンプルといえばシンプル極まりない。懸垂してるところへ誰かが腰にしがみついてでもいるかのような状態をベッドの上で再現してるとでもいうのかな、苦痛かといえば意外と何かのアトラクションでもやってるような感じで面白く、背骨を支える筋肉が引き伸ばされ解されて気持ちがいいところもある。診察ではMRIも撮ったほうがいいといわれて、でも今は時間も金もないから、まぁ露骨に検査代が払えないとはさすがに云わなかったが、ちょっと様子見したいと色々と濁すような云い方で逃げている。逃げ切れなくなったらそのうちこの検査はやる以外になくなるだろうなぁ。




つるの剛士がウクレレで弾いていたこの曲、この前曲名が分からないって書いたけど、曲名が判明。Where Is My Love Tonightというタイトルでハワイの作曲家クイ・リーの曲だそうだ。あぁすっきりした。ウクレレの第一人者であるハーブ・オオタの演奏が有名で、この元のも聴いたけど、この演奏は元とはまた違うアレンジが施されていて、さらに耳コピだというんだから恐れ入る。耳コピである以上ひょっとしてアレンジも自分でやってるのか?正直言って元曲よりもこのアレンジのほうが好みだったりする。