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ワッフル





グラデーション






四角いリズムで






乾燥した水面





三連
2016 / 12 京都駅
2016 / 04 丹波口
2017 / 12 鴨川
2015 / 09 伏見桃山
Fuji Cardia Travel mini DUAL-P (1,2) / Olympus XA2 (3) / CONTAX T3 (4) / Olympus PEN F (5)
Kodak SG400 / Fuji 業務用400 / Kodak Gold 200

グラフィカルでポップでキュートでシュール、いつだって頭の中でこの呪文を唱えながらの撮影だ。この前の「○」に続いて今回は「□」に関する視覚的考察といったところか。とはいっても四角い形というのは街のいたるところに溢れかえって、あまりにもありふれて「○」ほどには感覚的には躍り上がらない。それにこれは四角の写真だと云ってしまうと、あぁなるほど四角いものの写真ですかと、それで適当な落としどころにあっさりと落ち着いてしまうところがあってこういうのもつまらない。確かに四角い形に拘って撮ってはいるんだけどそれに収まりきれない部分がないとやせ細ったイメージにしかならない。それは四角い形を扱っていても切り取り方の感覚によっては痩せ衰えたものにもなるし混沌としたものを含む得体の知れないものに変貌するものもあるということなんだろうと思う。大体これは何々を表現しましたなんて作った側が明言できるようなものなんか大抵は面白くもなんともないものとなってるし、どうせ撮るなら自分にも明言できない得体の知れない何かが寄り添ってる写真を撮りたいと思ってる。それにしてもこの呪文の中でシュールというのが一番扱いにくいかもしれない。なにしろ写真は与えられたものでしか構成できないから。その辺に飽き足らなくなってくると演出写真のような方向へ向かいがちになるんだろうけど、わたしは自我意識でべったりと塗りつぶしたような演出写真は嫌いだからなぁ。おまけに描かずに写し取るという写真の特質。この描かないということは写真を写真として成立させている最大の要因だろう。最近読み始めてちょっと面白がってる本。川上弘美の「椰子・椰子」得体の知れない非日常の要素が日常の中に平然と交じり合ってる不思議世界を語りだしてる内容で、作者自身が見た夢をコアにして実質は夢魔に近いような世界なんだけど、語り口がのほほんとしてるというかあっけらかんとしているというか、怪異譚という手触りとも違う、ちょっと体感したことがないようなユーモラスな幻想空間を味わわせてくれる。日記として書かれた一月の八日、曇りの日に松もとれたので冬眠に入り、二月の三日、晴れの日に冬眠を終える。その間一緒に冬眠させた子供が二倍の大きさにふくらんでいるのを湿度の関係だろうかと考え込む。文庫の解説を書いてる南伸坊が内田百閒を引き合いに出していて、確かに思い切り切り口の変わった内田百閒っていう感じだ。内田百閒好きとしてはいきなり波長が合ってしまい、続いて読むのに何冊か手元に置いておこうと思って他の著書を漁ってみたら、一体どれから手にすればいいんだと途方にくれるくらい、結構な数の本が出ていた。芥川賞作家なんだけど、それだけ人気がある作家なのかな。







Cibo Matto - Sugar Water

ビデオのほうは手抜きのミシェル・ゴンドリー風だけど、音は水底で流行るポップソングなんていう言葉が頭に浮かんで、その低体温っぽい感触がなかなかクールだ。






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