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知覚の地図Ⅸ 水晶の檻のなかで

PP






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アンティーク





island

Last Camera (1)(2)(3)/ Pentak K100D Super(4)
タイトルはグラディウス外伝のステージの名前から。このゲーム、各ステージの名前がえらくかっこいい。

それにしても写真が全然増えてない。体調の面では外を出歩けるくらいには良くなりつつあるんだけど、この自粛状態でその勢いも滞りがち。病気で抑え込まれているうちに気付けば途切れかけていた写真へと繋がる糸もなかなか繋ぎなおせないでいる。現像を頼んでいるフォトハウスKもこの状況下、潰れてるんじゃないかと危惧していたけど、これはどうやら大丈夫だったようだ。今手元に撮影済みのフィルムが二本、これを早く持っていきたいんだけど、店がまだ潰れてないというのは確認したものの自粛慣れしてしまったのかどうもそこまで出かけていく気分も盛り上がらない。まぁでも近々フィルムは現像してもらいに行くつもりではいる。モノクロなので自分でやってもいいんだけど、薬液もまた買いそろえなければならないし、今はなんだかちょっと面倒な気分のほうが先に立ってる。

指定難病の特定医療費受給者証の今年の更新についての通知がようやく保健所から届いた。噂ではこのコロナ禍のなか、更新のためだけに検査をし書類をそろえて保健所に出向いたりしなければならないのは負担が大きすぎるから、無条件で一年延長するという話が聞こえてきていたし、最近京都府の保健所のホームページでもそういう決定がなされたと発表はされていたけど、どうも半信半疑のところがあった。でも今年の更新は不要と明示してある通知が手元にやってきて、ようやく安心することができた。
わたしの抱えてしまった難病は完治させることは今の医療では不可能で、薬で症状を抑えておく以外に有効な手段がない。薬で症状を消せれば状態としては治癒した状態と非常に似通ったところまで持っていけるんだけど、その状態を維持するためには薬を欠かすことはできなくなる。ちょっとひどい話で、この受給者証っていうのは毎年の病状によって貰えるかどうかが決定されるようになっていて、症状が消えていれば治っているわけでもないのに更新できない制度になってる。どういうことかと云えば薬で維持している状態なのに、比較的穏やかな状態を維持できれば維持していくための薬そのものに対する補助が打ち切られて、必要な薬を続けるのが難しくなってしまうということ。完治させようもない病気に対してこの仕打ちは情け容赦ないという印象がぬぐえない。この辺を患者がもうちょっと安心できるような制度にバージョンアップしてほしいところだ。今年の更新が自動延長になったことで今年限りではあるが、この辺の懸念が払しょくされたのは本当にありがたい。
わりと今調子がいいので今年の更新はどうかなと不安を覚えていた。ねじくれた話だけど、辛いカレーでも食べて、少し調子を落とそうかなんてことさえ考えていた。でも、所かまわずおなかの中の時限爆弾が爆発し、下血し放題なんて云う状態に戻るのはやっぱりいやだ。

なんだかもう都市伝説の域に達しそうな感触さえあった政府支給のマスクが先日ようやくわたしの手元にやってきた。トラブル続きで本気で必要な時に届けることはできなかったけど、マスクが手に入らないという窮状にこたえようとしたその心意気には感じるところが多い。マスクの決定から配布までにかかわった多くの人へは感謝の念しかない。自粛は解除にはなったもののおそらくマスクが必要とされる日々は否応もなく続いていく。このマスクもそういう日々の中で大切に使わせてもらおうと思ってる。

これを書いた少し後で給付金の申請用紙も送られてきた。こっちのほうもなかば都市伝説と化しそうになっていたけど、動き出すとなるとなんだか一斉に動き出した感じだ。臨時収入だし一応経済を回すためのお金という意味もあるだろうから、全部一気に使うなんて云う豪気なことはできないにしても何か買い物に使おうと思って、何を買おうかとしばらく考えた後で、そうだ眼鏡を買おうと思いついた。大体2万ちょっとくらいに収めるようなものを選べば全部使ってしまうほどの思い切りはなくても、臨時収入として納得して使える範囲の金額だろうと思う。
昨年だったか一昨年だったか外出中の路上で盛大に転んで、眼鏡を大破させたことがあった。前歯を折ってしまうなんて云う酷いおまけもついて散々な目にあったんだけど、この時眼鏡を新しく用意している間10年以上前の合ってない眼鏡で過ごして、かけがえの眼鏡も必要だなぁと思ったことがあった。でも喉元過ぎればの典型で、結局そのときに新しく作った眼鏡だけで間に合ってしまえばそれっきり、予備の眼鏡なんて余分な買い物とも思い始めてなかなか買えずに今まで来ていた。この給付金はそれほど急に必要ともしないけれどあれば絶対に便利といったものに手を出すにはいいきっかけだ。
給付金がやってくるまでどんな眼鏡がいいかをいろいろと考えてみる。このブログのURLにも紛れ込ませてあるように丸眼鏡が昔から大好き。でもこれは濃い玉をつけたサングラス限定で、いわゆるロックミュージシャンの眼鏡、ヒッピーの象徴のような眼鏡としての愛好癖で、普通のレンズが入った常用の眼鏡としては最近はいささかダサいイメージのほうが強くなってる。古臭い文豪気取りというかいったいいつの時代を生きてるつもりと聞きたくなるような風情にしか見えなくなって、セルフレームの丸眼鏡に至っては食い倒れ人形にしか見えない。ボストンも昔は形が好きだったんだけど今の感覚ではこれに準じたイケてなさを感じるようになってる。
ウェリントンは今まで一度も使ったことがないんだけど、カチッとしてなんだかビジネス用途といった印象が強い。オーバルは転倒で壊した眼鏡なので新鮮味がなさすぎる。
で、転倒の際に新調した眼鏡はサーモントブローのものにした。いわゆるカーネル・サンダースの眼鏡で、なんだか丸眼鏡よりももっとダサそうだけど、わたしの買ったのはスタイリッシュにブラッシュアップされていて意外と気に入ってる。
とはいってもまたサーモントブローを買うのも芸がないし、丸眼鏡がダサく見えてるとするならここはもう選ぶとすれば四角っぽいウェリントンしかないのかなと、そういう選択に傾きかけているのが現状だ。ビジネスユースに見えないように華奢なタイプ、フレームも黒一色の主張の強いものよりも茶系、鼈甲柄といったのもがいいなぁ。
でもこういう決め打ちで店に行くとまず間違いなく欲しいとイメージしていたものにぴったりなのとは出会えない。絶対に何らかの妥協をすることになる。
サングラスで好きな形というならキャッツアイもあった。去年の夏結構一杯買ったサングラスの中でも丸眼鏡についで気に入って、今も夏を待ちきれずにつけて歩いてる。でもキャッツアイも普通の眼鏡として使うとなると特徴的な部分が悪目立ちしてしまいそうで、いまいちだろうな。



ラトルズの名曲だと思う。いかにもビートルズが作っていそうな曲で、なおかつオリジナリティにあふれている。ラトルズの音楽を作っていたニール・イネスも昨年だったか亡くなってしまったし、本家同様にこのビートルズのパスティーシュ・バンドも年老いていくのがちょっとショッキングだった。なぜかラトルズは年取らないっていうイメージを持っていた。
このプロジェクトにはジョージ・ハリソンが気に入って自身参加したりしていたけど、今はもうこの世にはいないし、ならばこの曲、生き残りのビートルズであるポール・マッカートニーが歌ってくれないだろうかなんて夢想する。


若干旧聞に属するけど面白かったので。とても分かりやすい。

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