【洋画】 岸辺のふたり -音楽の言葉で綴るー

今回はちょっと趣向を変えてアニメ映画を取り上げてみます。いわゆる「アート・アニメーション」の類に入るものだと思うんですけど、「岸辺のふたり」というタイトルの短編です。
小船に乗って旅立ってしまった父親を岸辺で待ち続けた少女の一生を、たった8分という短い時間のなかに封じ込め表現しきったアニメーション映画。「岸辺のふたり」には「8分間の永遠」というキャッチフレーズがついてるんですが、それがまたこの映画の雰囲気を良く表してるようで、キャッチフレーズとしてはなかなか上手いです。
この短編アニメを作り上げたのは映像作家マイケル・デュドク ドゥ・ ヴィット(Michael Dudok de Wit)という人です。何だか耳に馴染みのない響きを持った名前の監督さんですが、どうやらオランダの人らしいです。
1953年生まれで、いくつか学校を渡り歩くなか、スイスのジュネーブでエッチングを、またイギリスでアニメーションを学んで、最終的には1978年にイギリスのウエストスーリ・カレッジ・オブ・アートを卒業してます。その後バルセロナでフリーランスで活動した後ロンドンに移り住み、コマーシャルの製作などに従事。
映像作家としての代表的な作品はこの「岸辺のふたり」以外では1992年 「掃除屋トム」1994年 「お坊さんと魚」2006年 「The Aroma of Tea」などがあります。
「岸辺のふたり」はDVDでその存在が広く認知され、その後劇場で観たいというリクエストが多く寄せられたために実際に大スクリーンで上映されることになります。「掃除屋トム」と「お坊さんと魚」が併映だったそうですが、8分のアニメが、何か他の長編映画の併映として上映されたのではなく、メインのものとして上映されたのはこれが世界で始めて、DVD発売後にロードショーを行った映画も極めてまれな出来事だったそうです。
ちなみに新宿武蔵野館では去年までモーニングロードショーとして1年間期間限定で「岸辺のふたり」を連続上映していたらしいです。

岸辺のふたり


わたしは「アート・アニメーション」といったカテゴリーに入ってくるようなアニメーションは結構観るのが好きなほうだったりします。数をこなして観て来たわけでもないんですけど、興味を惹かれれば普通の映画と同じように割りと積極的に観たりしてます。でもアート・アニメーション」系の映画って、特に短編なんかは、表現形式の実験的な拡張だとか、絵画的な表現に手の込んだアプローチをしてるようなものだとか、あるいは具体的な物語よりも動きの面白さに特化させてるようなものといった、ストーリーラインに沿って進む通常の映画的な文法からちょっと外れたところに立ってるようなものが多いという印象なので、結構楽しんで観てる割にはどこか少し身構えるような感じでも観てしまいがちになります。

でもこの「岸辺のふたり」に関しては、そういう身構えて見るという感じにはほとんどなりませんでした。
寓意に満ちてはいるけれど、視覚的に現れている形はシンプルで非常に分かりやすいというのがまず最初の印象で、シンプルさに導かれてそのままこの世界に馴染んで入っていけます。実は少女の一生を8分に収めるための手際は結構見事なものだったりするんですけど、そういう表現手段の特異さをあえて対象化して見せようとはしてないからあまり意識に引っかかってくることはありません。
「岸辺のふたり」はそういう凝ってはいるけれど、凝っていることをこれ見よがしに見せない分かりやすい語り口で「人を慕う想い」を伝えようとしたところが、多くの人の共感を呼んだんじゃないかと思います。
ちなみにこの映画はそういう共感に裏打ちされて2001年の米国アカデミー賞短編アニメーション部門、2001年の英国アカデミー賞短編アニメーション賞、2002年の広島国際アニメーションフェスティバルグランプリ、観客賞などを受賞しています。

☆ ☆ ☆

いつもならこの辺でどんなお話なのかあらすじでも書いておくところなんですが、この短編アニメ「岸辺のふたり」ではそういうことができません。というのもこの映画に関しては物語的に捉えることが出来るようなものが劇的空間のなかにほとんど存在してないからなんですね。複数の登場人物がいてそれぞれが動き回ることでエピソードが生まれ、こまごまとしたエピソードが複雑な伏線で絡まりあいながら起承転結を重ねていくような、普通の映画だとあって当たり前のような物語がここでは見出すことが出来ません。
そういうストーリーが存在しない代わりにここにあるのは、キーワード的な単語を使って云うなら「反復と差異(ジル・ドゥルーズの超難解な思想書の題名から反転させてちょっと拝借!)」といったようなものです。「岸辺のふたり」は物語的な要素にはほとんど目もくれないで、その「反復と差異」とでも言い表せるような構造を使って、時間の流れの中で変容していく少女の姿と、それでも変わらない父への思慕を端的に描き、絶えることのない「人を慕う想い」という感情を、観ている側に鮮烈な形を持ったものとして呼び起こそうとします。

映画は父が小船に乗って去っていったのを見送った少女が、その後もこの岸辺に自転車に乗ってやってきては、父が去っていった彼方を眺めて再び帰路につくという光景を繰り返し描写していきます。少女の様子は岸辺にやってくるたびに変化し、描写を重ねていくうちに少女から大人へと姿を変えていきます。少女の変化に対して画面構成は季節的な変化はあるものの基本的に岸辺の並木道のふもとという構成からは離れていきません。
全体の構想が少女が父と別れた岸辺に再びやってくるシーンの繰り返しであるために、そこへ訪れてくるたびに見せる少女の変化が際立って見えてくることになります。少女の一生という変化を短期間の中で見せるには、表現としては思い切っているもののこれはおそらく最適の方法だったんじゃないかと思います。
こういう「反復」することを効果的に使った表現方法は、他の分野ではどうかというと、たとえば小説などを思い浮かべてみてもほとんど使われてないんじゃないかと思います。小説は短編であって、それがたとえ生活のほんの一部分を切り出したようなものでも、よほどの実験的な作品でない限り物語性を放棄するようなことはしないはずです。小さな小さな日常の一齣でもそれなりに起承転結があって出来上がってる。これはおそらく映画という同じジャンルで見ても、実写の短編映画の場合も同じことだと思います。そういう意味でこの短編アニメはアニメーションでしか表せない世界を適切に表現することが出来た、アニメーションであることに必然性を持っていたアニメだったと云えるかもしれません。

少し話が外れるかもしれないけど、わたしが最初にこのアニメーションを観たときに連想したのは、実は小説や他の実写映画やアニメーションではなくて、分野としては一番離れてるかもしれない「音楽」でした。
連想した音楽は現代音楽の作曲家スティーヴ・ライヒが作った「18人の音楽家のための音楽」。
もちろん「岸辺のふたり」にはサウンドトラックとして「ドナウ川のさざなみ」をモチーフにした音楽がきちんと使われていて、これはこの短編アニメに極めてマッチしてると思ってるので、サウンドトラックにライヒの音楽を使った方が「岸辺のふたり」のイメージ的には良かったという意味じゃなく、作品を成り立たせてる基本の部分でライヒの作品は構造的によく似てるんじゃないかという意味で連想しました。
「18人の音楽家のための音楽」はものすごく簡単に云うと、いわゆるミニマル・ミュージックと呼ばれるカテゴリに属する音楽で、短いシンプルなフレーズが延々と繰り返されていくなかで、そのフレーズがゆらぎ、干渉しあううちに、少しずつ変化していく部分が浮かび上がってくるという、まさしく「反復と差異」を先鋭的に具体化したような感じの曲です。わたしには「岸辺のふたり」が見せる場面の構成がこの曲と凄く近い場所に居るもののように思えました。
考えてみれば「反復と差異」って音楽の基本構造でもあります。だからその音楽的な「反復と差異」で成り立ってる「岸辺のふたり」は、映画であるから鑑賞すれば映画的な内容を伝えては来るにしても、映画であるにもかかわらず映画から派生してくるものよりも音楽から派生してくるようなものを根本に持ってる特異なアニメーション、音楽の言葉で綴られたアニメーションのようにわたしには思えました。
「岸辺のふたり」は少女の一生を8分に凝縮する、ある意味時間の表現に特化する他ないアニメなので、時間そのものでもある音楽と繋がりあうのはとても自然なことだったのかもしれません。

☆ ☆ ☆

「岸辺のふたり」の絵はペンシルとチャコールを使って仕上げられています。全体はまるで水彩画のようなタッチで描かれていて、どこか素朴で暖かい手触りのある絵といった感じになってます。
でも優しいタッチの絵ではあるけど、優しく穏やかなだけの絵かというと、彩度を落とした色調のせいなのか、コントラストのきつい影が落ちてくるような、あるいはほとんど影絵とでもいえそうな描画スタイルのせいなのか、わたしにはどこか少女が抱え込んでしまった孤独を投影するような絵にもみえる時がありました。このアニメが展開するイメージは穏やかな水彩風の外見なので一見シンプルに見えるようですけど、少女のその時々の心のありようを言葉ではなくて画面に登場する風景や、事物で語りきろうとする、思いのほか含みの多い絵であったと思います。

またアニメなら当然動きの表現となるんですけど、「岸辺のふたり」のアニメーションは、全体が静的な水彩画風の雰囲気の割りにはよく動いてるように見えました。車輪の回転、前後しながら走る、あるいは追い抜いていく自転車、風に揺らぐ木の枝などから始まって父と娘がシーンごとに見せるさまざまな仕草まで、実に丁寧に動きがつけられてます。特に鳥が群れで飛び立つ動きの秀逸なこと。「岸辺のふたり」は「動くものを観ることの快楽」といったアニメの本来的なものを呼び起こすポイントにおいても、とても上手く出来上がってるように思えます。
固有の物語を生成させないためにだと思うけど、この父と娘のふたりが画面に登場する時には、バストショットは皆無で表情も描かれず、台詞も一切ありません。でもそんな登場人物の様子でも、動きの表現が多彩で洗練されてるから、この父と娘の存在は凄く表情豊かに生き生きと表現されてるんですね。動きだけを拠り所にして、その場面場面で移ろい行く情感まで伝えてくるように腐心しているところが「岸辺のふたり」のアニメーションには確かにあります。なんだかわたしは俳優の顔芸に頼りきってバストショットばかりの狭苦しい画面になってるような実写映画にちょっと見習って欲しいと思ったりしました。ちなみにわたしが好きなシーンはお父さんが小船に乗りかけてまた思い直し、娘のところに戻って娘を抱き上げるところ。何だか抱き上げ、抱きしめる動作に万感の想いが込められてるようで、お父さんの気持ちが思いのほか伝わってきます。
動きに関してはもう一つ、たとえば風に乗って自転車が猛スピードで去っていくようなちょっとユーモラスな場面もいろいろと用意してあって、結構重い話と上手くバランスを取ろうとしてるようにみえるところもいいなぁって思いました。重い話だからといってここぞとばかりに深刻な語り口にするだけがいいとは限らないって事です。

☆ ☆ ☆

わたしはこの映画を観て、「岸辺のふたり」は観る人の心の有り様によっては随分と印象が異なってくる映画になるだろうなというようなことを思いました。ある意味自分を写す鏡のように働く映画といった感じでしょうか。
キャッチフレーズの「8分間の永遠」になぞらえて云うなら、人は永遠ではありえないことを現実の感覚として知ってしまった人は、この短編アニメーションが最後に用意してるヴィジョンにたどり着いた時、思いのほか心を揺り動かされてるんじゃないかと思います。そのことがまだ観念的な領域に留まっていて、現実の側面として目の前に現れてきてない人は「岸辺のふたり」を観ても、何だか繰り返しの多いわりに起伏に乏しい、退屈なアニメとしか目に映らない可能性が高いです。
あるいは、寺山修司じゃないけれど「さよならだけが人生」だと、生きることは失うことの総和にしか過ぎないんだと思い定めてしまったような人には、この「岸辺のふたり」というささやかなアニメーションはそういうニヒリズムに対抗するある種の救いのようなものとして姿を現してくるかもしれませんね。


☆ ☆ ☆

原題 Father And Daugther
監督 マイケル・デュドク ドゥ・ ヴィット(Michael Dudok de Wit)
製作年 2000年

☆ ☆ ☆




Father And Daugther


Steve Reich • Music for 18 Musicians CD Trailer


「岸辺のふたり」とは直接関係ないけど、一応参考までに。こういう曲です。

☆ ☆ ☆

岸辺のふたり [DVD]岸辺のふたり [DVD]
(2003/06/04)
不明

商品詳細を見る


「岸辺のふたり」のDVDです。現在は廃盤。ただこのDVDは、「岸辺のふたり」一本しか収録されてません。
たとえ廃盤でなくても8分のアニメが入ってるだけのDVDを買えるかどうかはかなり決断が要るんじゃないかと思います。他の作品とあわせて作品集のような形でリリースして欲しいところです。

岸辺のふたり―Father and Daughter岸辺のふたり―Father and Daughter
(2003/03)
マイケル・デュドク ドゥ・ヴィット

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マイケル・デュドク ドゥ・ ヴィット監督は自作のこの短編アニメを自分で絵本にしてます。わたしは読んでないの内容まではどんな出来になってるかは分からないんですが、一応こういう展開もしてるということで。



スティーヴ・ライヒ/18人の音楽家のための音楽スティーヴ・ライヒ/18人の音楽家のための音楽
(2008/10/08)
ライヒ(スティーヴ)

商品詳細を見る


ミニマル・ミュージックの代表作。一種のトランス・ミュージックでもあります。波紋が拡がるように拡散していく音の波に浸りきってると自我の境界面が溶け出していくような感覚に陥っていきます。
リリースされてるCDにはいくつか種類があるようですが、私はこのバージョンをLPで持ってたので。まずなによりもこのジャケットが好きなんですよね。


☆ ☆ ☆

最後まで読んでいただき、有難うございました。






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コメント

No title

動画を載せてr下さっていて良かったです。
レンタルでは借りられそうにないですから
どうやってみようか最初の方で思案していたら
動画が!
早速拝見しました(笑)

なんとも切ないアニメでした・・・
お父さんは小船で旅立ったのではなく
あの時点で亡くなっていたのだろうかとか
最後は女の子も・・・とか
私はどうもそういう方向に見てしまうのですが・・・
切ないけど一応のハッピーエンド?

これは何度も繰り返してみないとダメですね。
見るたびに印象が違うかも。
まさしく「心を映す鏡」のような作品ですね。

No title

このアニメのびびびびっと揺れる描線が好きです。

No title

こういうタッチのアニメいいですね~♪
いいもの紹介して頂き感謝!!

No title

動画がでていて良かったです!
「うぅぅ観たくなってきた~」
と思ってきたところに動画が紹介されていたので、タイミングにビックリです(笑)

何度も見返してみたい映画ですね。
物語の設定が気になりますけど、それは想像にお任せなんでしょうか?
お父さん、どこ行っちゃったかな~
なんで行っちゃったかな~
最後は娘さん、亡くなったのかな?
など、想像ふくらみますね。

自分は娘にこういう思いをさせないようにしよう!
と思います(笑)

No title

こんばんはv-85

この映画は、ともすれば刹那に生きてしまいがちな現代にも永遠に続く深い思いが存在する・・・というようなメッセージが込められているのでしょうか?
父親は死を選んで船に乗ったのか、はたまた事故に遭ってやむなく命を落としたのか分かりませんが、女の子は間違いなく死期を前にして、自分の死に場所に「父親のいる場所」を選んだのだと思います。
でも、名残惜しそうに女の子のところに駆け寄って抱きしめた父親を見る限り、この父親も自ら死を選んで船に乗ったのかもしれませんね。

その後、女の子はいつか必ず父親が帰ってくるという思いのもとに、この川辺にずっと通う日々を続けて来たのだと思いますが、コレを「永遠の愛」ととるかどうかは個人の思想の問題もあるかと思いますが、その時の精神状態によっても左右される気がしますね。
見る側面を変えてみれば、結婚し授かった子供たちよりも父親を選んだ・・・という風にもとれますから。

どうとるかは別にしても、間違いなく言えるのは「セリフを入れない事」と「モノクロである事」がイマジネーションと感情移入に大きく貢献しているであろう・・・という事ではないでしょうか?
もっと言えば「セリフや色は単に物語を固定化してしまうものに過ぎない」という事だと思います。
そういうものが無くても「影の長さ」や「コントラスト」で時間の流れは十分に表現出来るんですよね^^
ただ、ソレを人に伝わるように表現出来るかどうかは、作り手側の細やかな感性と技量にかかっているような気がしますが・・・(笑)

もしかしたら、次に観た時には全く違う取り方をしているかもしれない・・・そんな「永遠のイマジネーション」の中で常に新鮮な見方が出来そうなこの作品。
作り手側の固定観念を押し付けられるのではなく、見る側の想像力を試されるところにこの映画の面白さがあるのではないでしょうか?

ぜひ、他の作品も観てみたいところですね!^^

ROUGEさんへ

> こんばんは!
> コメント有難うございました♪
>
> Youtubeでフル・バージョンのものをたまたま見つけたので、それでこの短編アニメを記事にしようかなと思いました。
> アニメーションって言葉だけでどうにかしようとしても絶対に上手くいかないところがあるし、特にこういうストーリー性がほとんどないようなものは説明のしようが無いんですよね。
> だからYoutubeで見つけなければ取り上げてなかったと思うので、見つけたのはわたしにとってもラッキーでした。
>
> わたしもROUGEさんと同じ見方でした。
> 寓意的なお話だし、作者も固定化されるのを避けるために具体的にどうのこうの描写してませんが、おそらくROUGEさんの思ったことで正解だと思います。わたしは河というかああいう水が隔ててるイメージって云うのは結構世界共通のアイコンなんだなぁって思ったりしました。
>
> あの砂に埋まったボートに寄り添うシーン。あの時の女の子の気持ちが凄く良く分かってせつなくなってきたでしょ。
>
> でもこれはハッピーエンドなのかなぁ。どうなんでしょうね。わたしも良く分からないです。
> 形としてはハッピーエンドなんでしょうけど、扱い方はそれほど単純でもないですよね。

とのさんへ

こんばんは!
コメント有難うございました☆

絵を描くことでは描線って大事ですよね。表情のある線で描かれる絵は生き生きとしてくるし、マンガだと活きた線を書けるように延々と描線の練習するんですよね。
これはアニメだから活きた描線を画面に定着させようとするのは動かない絵よりも難しかったと思うんですけど、上手く表現できてたってことでしょうね。
陰の付け具合はどうでしたか?わたしはこのアニメの、この陰のつけ方が結構気に入ってます。
一軒凄く地味な絵に見えるんですけど、意外なほど表情のある世界を作り出してるところなんかが面白いですね。

こんばんわ^^

この短編アニメ、とても素敵ですね^^

切ないのかもしれませんが、あまりそのような
感じがないのは、レトロで温かい雰囲気が
全編に流れているからかもしれませんね^^

ところで、この音楽は耳に馴染んでいるんですが
なぜなのかな??なんて思ったりしています^^

生きていると、辛い事が多いですが、
映画を見て切ないと思えるのは、実生活が
それ程大変でもないからかな?なんて
余計な事を考えてしまいました^^;

No title

作品紹介
有難う御座いました
薄荷グリーンさまの
お話しがあったことで
作品とぼくは
このタイミングで
結ばれました

岸辺のふたり”

アートとは
だれもがしっていて
そのかたちをとどめることのない
永遠のテーマの存在
と考えます

またよろしくお願いします
Ryoji Suzuki

3回も

このユーチューブを昨日、応援する際に一回みて終わってからゆっくり鑑賞して2回そして今日の応援のときで3回見ましたが
なぜかラストシーンでウルルンなるんですね絵本を注文しました。
絵本の記事をそのうち書きますね。

AquaSunネットサービスさんへ

こんにちは!
コメント有難うございました☆

楽しんで観てもらえましたか!
寓意的な内容でもあるのに、分かりやすいイメージを使って展開してくれるので、直ぐにこの世界に入り込めるでしょ。
水彩画的なタッチ、たまに水墨画をも思わせるようなタッチも独特の詩情があっていいですよね。穏やかな印象がなぜか重い話に上手く馴染んでいる様なところもあってなかなか興味深いです。
アート・アニメーションって言葉で説明しにくい部分があったりするので、ブログに取り上げるのは断念気味になることがほとんどなんですけど、わたしで記事に出来そうなものがあれば、また色々と取り上げてみますね。

こちくんへ

こんにちは!
コメント有難うございました☆

動画の方を記事の冒頭部分に持ってきた方が良かったですか?実はちょっと迷ったんですよね。いつもみたいに最後においておくと予告編みたいでフル・バージョンがあるって気づいてもらえないかなとか思ったりしました。

この父娘に関してはあまりはっきりとは云わない形にしてありますね。そういう風にしてるのはどんな人でもこの物語を他人事よりももうちょっと親密な形で共有出来るようにしたいという意図もあったと思うんですけど、想像力を刺激するという方向にも上手く働いてますよね。
そもそもお父さんはどうして船に乗ろうとしてるのかというところからいろいろと思い巡らす部分があるんですが、疑問という方向にはあまり向かわせずに、色々想像できるっていう形にしてるところは上手いといえるのかもしれません。

わたしはこの物語は娘の視点でしか見てませんでしたけど、お父さんの視点で見ることも可能なんだ。
こういう視点でこの物語を自分の下に引き寄せたこちくんの感性が新鮮でした。

ともさんへ

こんばんは!
コメント有難うございました☆

わたしも、いつまでも人を慕う心というものが存在しうるって云うのが基本的なテーマなんだと思います。そういうものが現代では希薄になってるから、こういう形で見せられると際立ったものに見えてくるということじゃないでしょうか。

父と娘を取り巻く状況を詳しく描写してないし、行為自体も寓意性に満ちてるから色々と考える余地が出てくるんですよね。少女の方も川が干上がってるのを発見してから後、次にやってきた時は自分の意思で降りていったように見えるのでひょっとしたら自分のことを自分でけりをつけようとしたのかもしれなせん。
父のほうもともさんが云うように、自分の意思のような感じだし、ふたりとも自分で選んで河を渡ったような印象は確かにありますよね。

わたしはこの少女は実際の生活の方も結婚して子供ももうけて十全に生きたような印象があります。そのうえで尽きせぬ思いがあったんだって。父への思いが捨てきれずに一生を棒に振ったような評を読んだ事があるんですが、それは違うだろうって思いました。

この物語で唯一かわいそうなのは旦那さんなんですよね。この旦那さんを主人公にして短編アニメが作れそうなくらいかわいそうです。

台詞と表情を入れなかったのはわたしも大正解だったと思います。これを入れて普通の劇映画にしてしまうと語られる内容はおそらく全部他人事になってた可能性があるような気がします。わたしの中の少女といった受け取り方はやりにくくなってたと思います。
時間の表現は他にも自転車の車輪とか、ボートを半ば埋め尽くした砂だとか、こういうディテールにも持ち込まれていて上手かったという印象です。

こういうアニメもちょっと面白いでしょ。わたしも他のも観てみたいです。

No title

こんばんは。

これ絶対に「三途の川」をモチーフにしてますよね(見事な決めつけ、笑)
それから、何事も移り変わっていくのが自然なのに、それに対する変わる事のない人の心というのが、コントラストとしてはっきりと浮き彫りになってるように思えました。
永遠ってきっと人の心の中にしかないのだろうなって思ったり、さらには、諸行無常とか、三つ子の魂百までとかそんな言葉も浮かんできて、要するに、非常に東洋的というか、日本を感じさせる映画だなぁと思いました。

No title

アート・アニメーションと呼ばれるジャンルは
すばらしいものが多いのですが、
上映館が少なかったり、期間が短かったりと
なかなか出会うことが出来ませんね

以前、ニュースでこの作品が取り上げられていて
是非、見たいと思っていただけに念願がかないました

本当にありがとうございます

この作品は何回見ても考えされられる
内容ですね

幸いに自分の父は健在なのですが、
父が亡くなった時、またどんな感想を持つのか、
ちよっと気になりますね


No title

こんにちは

これを見終わっての感じ方は人それぞれでしょうが、私にはこれは重いと感じました。
シンプルで短時間で反復と差異に、娘さんの実直な人柄が感じられそれだけにより重い内容に感じました。
で、この終り方とは何とも切なくなります。

確かに大スクリーンで観てみたいですね。
そうなればもっと違う印象を受けるかもしれませんね。

「18人の音楽家のための音楽」を聴いてすぐに思い浮かべたのがマイク・オールドフィールドのチューブラー・ベルズでした。
まぁ、同じ手法の曲だから当然そうなりますよね!

先日、やっとアバターを観に行ってきました。行って良かったです!楽しんできました^^

たえさんへ

こんばんは!
コメント有難うございました☆

今回のアニメ、楽しんでもらえましたか♪
直接的な描き方をしてないし、全体のタッチもたえさんが仰るように優しい感じで世界を作ってるので、切なさが主調音にあるのは分かっても、観終わった印象は意外なほど重いだけのものじゃないですよね。
結局は少女の思いは行き場を得てハッピーエンドとも取れる側面もあるから、全面的に重くするのもまた監督の全体の意図とは違ってたんじゃないかとも思います。記事のほうにもちょっと書いたんですけど、この短編アニメは人によっては救いの面も持ってると思うので、暖かい絵柄が意外に似合ってたんじゃないかと思います。

音楽はそれほどとっつきの悪いものじゃなかったですか。わたしはこの音楽好きなんですけど明確に抑揚のあるメロディとか存在してない音楽だったので拒否されるかなとも思ってました。
Youtubeで探してきた動画なんか見ると野原を走る光景なんかに意外に合ってたし、もっと無機的な音楽という捕らえ方だったので、イメージ豊かな音楽だったことは今回取り上げてわたしもちょっとした発見でした。

実生活とのことは、確かに云えるかも知れませんね。実際に生きることが困難な状況に突き当たってるなら、映画で切ないなんていってる場合じゃないかもしれないです。この映画を観て切ないとか云えるのは本当は幸せなことなのかもしれませんね。

Ryoji Suzukiさんへ

こんばんは!
コメント有難うございました☆

わたしが取り上げたことでこの短編と関係が取れたと考えてもらえると、わたしとしては取り上げた甲斐がありました。
目の前に存在してるものでもなかなか関係が取れない場合もあるけれど、ちょっとしたきっかけで自分の領域に入ってくるものもありますよね。

この短編アニメで描かれるものは、永遠ではありえない人間にとっては誰もが共感し得る永遠のテーマのように思えるし、そういう意味では、Ryoji Suzukiさんが仰るアートの定義にぴったりと収まるものだと考えられますね。

またわたしで紹介できそうなものがあったら記事にしてみますね。こちらこそよろしくお願いします。

ろっぽんさんへ

こんばんは!
コメント有難うございました☆

3回ご覧になったんですか!
ある意味起承転結に縛られてない分、複数回観るのに耐える構造のアニメなのかもしれないですね。わたしも複数回観てますけど飽きて途中でやめるっていうことがないですから。音楽的な語法で作ったアニメなんていう切り口で記事を書いてみたんですけど、音楽を何度も聴くような感じで鑑賞出来るアニメなんでしょうね。

絵本注文有難うございます♪
記事にも書いてますけどわたしはこの絵本の方は読んだことないです。だからレビューしてもらえるなら凄い楽しみですよ。

No title

ステキな抒情のある、画面ですね!

お父さんは、私も、亡くなってしまったのだと、
思います。

何度か、娘とすれ違うのも、もう、亡くなってしまった、
父親の想いみたいなものかな??

自転車こぐのも、早いし・・画面も次々と切り替わるのに、
時がゆっくりと、流れているように思います。

年取った娘が亡くなって、最後に父親に抱かれるのかな?

すてきなのを見せていただきありがとうございました。

何か、せつないな??

こんにちは

素敵な映画でした。
優しいタッチの絵、そしてその動き、音楽すべてがぴったりと合っていますね。
ずっとお父さんを探しつづける女の子を見ていると切なくなります。
どんな時でも、ずっとお父さんのことを思い続けている感じで。
「父と娘」の話なので、私の父と私自身と考えそうなものですが、私が大人になった今でも父は元気でいてくれるからか、自分自身のことは考えませんでした。
年月を経るとまた見方がかわるかもしれませんね。

なんとなく、主人と娘のことを考えてしまいました。
パパがいなくなると娘はさみしくて探し続けるんだろうな、と思うと胸キュンとしました。
主人にも元気でいてもらわないと困りますね^^
何度も何度も繰り返し観たい映画です。

ジオヤーさんへ

こんにちは!
コメント有難うございました☆

カロンの渡し守でしたっけ。ギリシャ神話にもありますよね。河は世界共通でこういう意味を担わされてるんだろうなぁって思うとちょっと面白くないですか?砂も時間の経過を表すのに、これは砂時計とかあるからだと思うんですけどやっぱり世界共通のイメージのようだし。この短編アニメはそういう文化間で共有してるようなアイコンをうまく使ってるように思います。
ジオヤーさんが東洋的だと仰るのはちょっと面白いです。わたしはこの短編アニメから当たり前の感覚として流転する世界だとか、永遠の想いだとか受け入れてましたけど、意外と東洋の人間だからこそ当たり前に受け止めてたのかなって思ったりしました。

ロキ様へ

こんにちは!
コメント有難うございました☆

この作品の存在はご存知でしたか。去年一年間東京で単館ロードショーされてたのはわたしは知らなかったんですが、こういう長期の上映が行われたり、ニュースで取り上げられたりしてるなら結構知れ渡ってるアニメだったのかな。

でも確かにアート・アニメーションは目にする機会が少ないです。劇場公開されても単館の公開だったり、映画祭のようなイベント絡みでしか上映されなかったり、普通の劇映画のように全国ロードショーなんていうのはまずありえないですよね。わたしの場合見る手段はもっぱらDVDに頼ってるような形になってます。

できるだけこういうのも話題したいんですけど、絵として動いてるのを見なければ何も始まらないというような作品がほとんどなので、わたしには手に余る部分が一杯!なかなか話題に乗せることが出来ません。

手の込んだストーリーにしなかったりといったことが良い方に働いて、繰り返し見ることが可能なアニメになってると思います。時期を隔てても自分の感じ方がどう変わったか確かめるのに観てみたい気がしますね。

桃太郎さんへ

こんにちは!
コメント有難うございました☆

基本的にせつない感覚というのは共通してるようですけど、その受け取る度合いとか受け取る側面というか、そういうものは本当に観る人それぞれという感じがありますよね。わたしの場合も終始重い話しだなぁって思いながらそれでも動画のある種の軽さが救いになってるような感じで観てます。ラストシーンも監督がこれって言う風に限定しなかったために色々考えかた、捉え方があるようですね。一応わたしは少女の願いが成就したということで重い話のなかでも、ちょっと救いがあると思いました。

わたしは少し大きめの画面で観たことあるんですけど、細かいところが表情豊かに現れてきて印象はもっと動的なものになりますよ。ここに上げたのは仕方ないとはいえちょっと小さすぎです。

「チューブラー・ベル」!
そういえば考え方はものすごく近いところで音楽が成立してますよね。両方とも聴いたことあるけど、何故か並列させて置いてみたことは一度もなかったです。

「アバター」面白かったですか!この映画、ストーリーの既視感に囚われてしまって楽しめない人もいるようだから、楽しめてよかったです。3Dは凄かったでしょ♪

くろこ姫さんへ

こんばんは!
コメント有難うございました☆

お話はちょっと重いお話なんですけど、水彩画のような淡いタッチも織り交ぜて柔らかい優しげな印象の絵作りになってるでしょ。
実は白黒じゃなくていくつか色を使ってるんですけど印象的には完全にモノクロームって云うのもこの画面の面白い特徴だと思います。

お父さんに関してはくろこ姫さんのその解釈は間違ってないと思われます。作者が明言してないので断定は避けましたけどわたしも観た時にそう思いました。
時間の表現は本当に上手いというか、このアニメの見せ所だと思うのでさりげないようでいて結構考え抜かれてるようなところがあるでしょ。自転車といえば、このアニメ自転車以外だと様にならないって思われませんでしたか?あの大きな車輪が時を刻む寓意にぴったりというか。

最後もそういう感じですよね。この世界からは足を踏み出してしまってはいますけど、こういう形でいつか本当に再開できるなら、そういうヴィジョンが救いになる人も一杯いるんだろうなと思います。
くろこ姫さんと同じようにわたしも切ないような感情が顔をもたげました。ある意味少女の思いは成就されてハッピーエンドなのに何故か切ない感情に包まれてしまうのは不思議といえば不思議ですよね。

ちょっと紹介するのに力量不足なところがあって、こういう類のアニメーションはなかなか取り上げられないんですけど、紹介できそうなものがあればまた取り上げて見ますね。

りい子☆さんへ

こんばんは!
コメント有難うございました☆

気に入ってもらえたようで良かったです。
優しい絵のタッチと、意外と音楽が上手くはまり込んでるんですよね。
一応少女の望みは最後には成就してるんですけど、全体の印象は何故か切ないとなるのがちょっと不思議です。
ひょっとして人を慕い続けることそのことが切ないのかなぁ。どうなんでしょうね。
生きてきた年数だとか経験した出来事によってこのアニメの印象はいろいろと変わるという感じがしますよね。
時期をおいて何度も観ても、あまり飽きた気がしないのも不思議だったりします。8分という長さもそういう意味では絶妙な長さだったのかもしれませんね。

少女を自分の方に引き寄せて観るっていう見方が一番多いと思うんですけど、むすめさんとお父さんを想定して見るという見方はユニークで面白いです。
確かにそういう見方も出来ますよね。
もう絶対に娘さんをこういう目に合わせてはいけないと、そういう感想になると思います。
とにかく元気で健康が一番と、そういうこともこのアニメの隠れたメッセージであるような気になってきますね(^^;

No title

参考になりました。

みさきさんへ

こんにちは!
コメント有難うございました☆

参考になりましたか。アート・アニメーションといったジャンルのものとしては分かりやすいものだったんじゃないかと思います。
言葉で捕らえきれないものが圧倒的に多い分野の映画なので、取り上げたくても手に余るという作品が多いですが、できるならこれからもいろいろこういうアニメは取り上げて行きたいと思ってます。でも参考になるものが書けるかどうかは分からないかも(^^;

哲学的?

こんばんは~。
文章を読んだ後、さっそく動画を見ました。
この頃は鮮やかなアニメ(ジブリのような)ばかり見てきたので、この作品はとても新鮮で、ストイック?な感じを受けました。(自分でもよく意味がわからないけど、無駄なものをはぶいて表現してる気もしました。)
ほろ苦く、ほろ甘い感じも受けました。
不思議な世界ですね。
このような作品を紹介してくださって、ありがとうございます!
また、リピートして見たいアニメです。
(^^)

長峯えり子さんへ

こんにちは!
コメント有難うございました☆

シンプルだけど味わいがある絵柄のアニメですよね。目を釘付けにするような視覚効果なんかは使ってないけど、アニメ表現としては意外と凝った部類に入る絵柄なのかもしれないです。
動きもそんな感じかな。わたしはジブリのアニメは空を飛ぶ時の浮遊感、疾走感が凄く好きなんですけど、このアニメはそういう派手な方向には全く向かわない作りではあるものの、動きの表現としてはかなり良く動いてるように思えました。
表情豊かで本当はよく動いてるんだけど、全体のイメージは抑制の効いた、長峯えり子さんが仰るストイックな表現で視覚化されてると、わたしもそういう感覚のアニメだと思います。

楽しんでもらえたようで、ここで取り上げてみて良かったです。
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