【展覧会】もう終了してしまったけど、モホイ=ナジ/イン・モーション展 +岡崎公園での散歩写真 +ジャズの影響

京都では9月の4日までの開催だったので、その点ではあまり意味を成さなくなってるかもしれませんけど、とりあえず観に行った記録として残しておきます。
先月の24日、用事があって外出した際に京都近代美術館で開催されていたモホイ=ナジの展覧会に立ち寄ってきました。7月から開催していたのでそろそろ閉幕も近いという、かなり遅いタイミングでの鑑賞となりました。


イン・モーション展チラシ表

イン・モーション展チラシ裏
イン・モーション展 ちらし表、裏

モホイ=ナジって、昔美術史の中では名前は見たことがあって知ってはいたんですけど、どういう活動をした人なのかほとんど記憶に残ってなかったんですね。ポスターをチラ見した段階ではイン・モーション展なんていうあいまいなタイトルも相まって、名前は知ってるけど、さて70~80年代頃のコンセプチュアル・アートにでも見られたような頭でっかちで退屈なビデオ・アートでも作ってた人だったかと思い切り勘違いしてほとんど見に行く気になってませんでした。昔は確かモホリ=ナギという表示だったはずで、そういうところも記憶に間接的な照明しか当たらなかったような感じになっていたのかもしれません。
それで、開催されてからかなり時間がたった頃に、実は割りと無意識では気になってたのか、何気にそういえばこの展覧会、赤い色の印象的なポスターでちょっと目に付くなぁと思ってチラシを手にしてみた時があって、その時そのチラシの裏に載っていたキネティックアートの写真「ライト・スペース・モデュレーター」(チラシ裏の右上に写真が載ってます)を見て、これの作者だったんだとようやく勘違いに気づくことになりました。頭でっかちのビデオアート作家じゃなかったんですね。これは云ってみれば動く立体造形といったものになるんですけど、この展覧会に出品されてどうやら動いてるところも見られるらしい。そう思うとチラシを見るまでは無関心の度合いのほうが強かったのに、興味の針は一気に逆方向にふれてしまって無性に見たくなってきました。なにしろこういうのは美術の本で写真では見たことがあっても実際に動いてるところなんてほとんど観たことがないから。動いてるのを見られるとしたら千載一遇のチャンスになるかもしれない展覧会でした。
ということで、もう開催期日も終わりに近づいてきた頃に、この動く立体造形の、実際に動いてるさまを見届けるという、ほとんどこの目的だけで展覧会に足を運ぶことになりました。
ちなみにこの展覧会のタイトル、あまり上手くないです。どんな展覧会かもう一つよく伝わってこないし、構成主義の抽象的な作品や光と影の探求をした作家の作品を示すのにあまり適切とは思えないです。というかわたしがこの作家の作品に惹かれた部分が会の主催者が考えたテーマとはまったく違うところにあったということなのかもしれません。

☆ ☆ ☆

会場は京都国立近代美術館。岡崎公園、平安神宮にいたる大通りの入り口にある大鳥居の平安神宮に向かって左にある建物です。ちなみに鳥居をはさんで右にあるのが京都市美術館です。近代美術館のほうはよく行くんですけど、京都市美術館のほうはなぜかほとんど足を運んだことがないです。見たいと思う展覧会が近代美術館のほうに多いということなんでしょうけど、色々満遍なく見てるつもりでも好みは結構反映されてるということでしょうね。

近代美術館前
Canon demi EE17 : Kodak Gold100
美術館前

いつも主要展覧会をやってるメインの会場は次の展覧会の準備だとかでそこにいたる階段から閉鎖されてました。このモホイ=ナジ展は近代美術館の3階と4階を使って展示されてると案内されて、売店横のエレベーターで3階まで直接昇っていきます。案内されたから仕方なく乗っては見たものの、実はエレベーターって大の苦手で、できるなら乗りたくないものの筆頭になってます。知らない人と一緒に狭いところに閉じ込められるのが耐え難いんですね。だからこのときは誰も乗り込まないうちにエレベーターの扉を閉じて、一人でさっさと三階にまで上がってしまいました。

モホイ=ナジ・ラースローはハンガリー生まれの画家。本人は後年にいたっても自分のことを基本的には画家と規定していたらしいですが、生涯にわたって展開した作品群からみると、今で云うところのマルチ・タレントの芸術家といった感じの人物です。出発地点はオーソドックスなドローイングでも、20世紀初頭の芸術運動に感化されキュビズム的な作風に変転して行ったあと、これも当時の芸術運動であったロシア構成主義的な作風で個性を発揮することになります。ロシア構成主義のほかにはダダイズム的な思考を原理としたせいなのか、従来の絵画的な枠組みを簡単に超える思考の柔軟性も持ち合わせてるようでした。あまり芸術の枠組みでは考慮されなかったような新時代の新素材や電気などのテクノロジーを使うことにもなんら躊躇いもなく、また活動内容もドローイングを超えて写真だとか舞台美術だとか多方面に拡散、それぞれをミックスしていくような多彩なものへと変貌していくことになります。戦前のワイマール共和国ではバウハウスの先生もしていて、後に世界中を飛び回ることで、たとえば亡命先のシカゴにニュー・バウハウスを設立したりと、芸術の普及といった側面でも活躍した人でもありました。

今回の展覧会はモホイ=ナジの大回顧展という形になってたので、生涯の作品活動が俯瞰できるように作品が選定され並べられてました。最初のコーナーはまだあまり特異な作風に変化する前のオーソドックスな絵画に当てられていていました。わたしとしてはこのコーナーはあまり面白くなかったというか、何しろ金属で出来た動く立体造型を見に来たわけだから、このドローイングの一群を眺めていても、見たいと思ってるものとははるかにかけ離れたもので、早く通り過ぎて先に進みたいという欲求のほうが強かったです。それなりに何か気を引く要素でもあったなら多少は違ってたかもしれないけど、内容ははがき大の小さな紙に身近な人とかを素描したものが多く見た目にも迫力がなかったし。モホイ=ナジの全容を既に把握してその生涯の作品を辿ってみるという視点でやってきていたなら、画家として目覚め始めたこの頃の作品も興味深い対象になってたかもしれませんが、わたしの場合はそういう事情でもなかったです。ただキュビズム等、当時の芸術運動に感化され始めて以降、次第に描線が主役になって、具体的な対象物の細部がシンプルな形態へと簡略化されていく過程はそれなりに辿ることが出来、自らの進むべき方向へと収斂し始めてるのはこの時期のドローイングからでも十分にうかがえて、そういうところは興味を引きました。

次のコーナーに並べてあったのはダダイスム、構成主義などの芸術運動に共鳴し始めた頃の作品で、ここからはかなり面白い展示になっていきました。ロシア構成主義を代表する作家というほどの位置にいるのを目の当たりにするような作品群、目当ての動く立体造型に繋がってるような要素も一杯含んでいる絵画や写真が並んでいて、それまでの画家として目覚め始めた頃のオーソドックスでやや退屈な絵画の展示とは一線を画すような印象のコーナーになってます。
ロシア構成主義っていうのはロシア革命前後に起こった新しい芸術運動のこと、革命というものの性質なのか新しい世界が希望に満ちた未来を約束してるというようなある種の楽観主義を伴ってるようなモダニズム、抽象的な線や形を駆使して形作っていく未来的な形態と、抽象的な形にシンプルに還元されていく割りに意外と動的で躍動感のあるダイナミックなヴィジョンといった感じの作品を生み出していった芸術運動のことなんですが、スターリン下で共産主義が堅牢なものになるにつれて、楽観的で未来派的なヴィジョンはいわゆる社会派的なリアリズム芸術に取って代わられロシアでは衰退していくことになります。
音楽が好きな人なら、構成主義が展開したのはどういうイメージだったのか割と簡単に把握できるはず。たとえばクラフトワークやフランツ・フェルディナンドがレコードジャケットで試みたようなイメージがまさしくロシア構成主義を借用したものなんですね。日本だとYMOなんかがそのイメージを使ってます。未来派的で抽象的というポイントでテクノなんかにぴったりなイメージかもしれません。
アマゾンからちょっとジャケットを拝借すると、こういうイメージ。

Man MachineMan Machine
(2003/02/11)
Kraftwerk

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You Could Have It So Much BetterYou Could Have It So Much Better
(2005/10/07)
Franz Ferdinand

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ちなみにこれの元ねたはロトチェンコのこの絵画です。

表現形式としてはスタイルはほぼ完成されて閉じてしまってるというようなもので、今となってはその時代の新素材の質感でデザインした未来志向をレトロフューチャー的なイメージとして再生産するか、こういうジャケットデザインのように再利用するといった係わり合いしか出来ないようなものになってるのかもしれないですけど、その時代に造られたこういう作品を見ていると、基本的にレトロフューチャー的なイメージが好きなせいもあって、モホイ=ナジが見出していた新しい時代の可能性という観念に共鳴し、ポジティブな気分に導かれていくようなところがありました。新しい時代の可能性なんていう観念は今の時代心のどこかで休眠してる類のものだけど、作品を眺め歩いてるうちにそういう休眠してる心のどこかが反応してるような感じになってたような気がします。

単純に直方体とか円形に還元された要素でしか成り立ってないのに、動的な配置が効いて動きを内包してるような絵画になってるのに感心して眺めたり、今で云うワイヤーフレーム状態の球体なんかを手書きの線で乱れることもなく描いてるまるで一昔前のコンピュータ・グラフィックスのような絵を観て、相当神経を集中してたんだろうなぁと思いつつ、モホイ=ナジはひょっとしたら映画トロンのような世界を見たら狂喜するんじゃないだろうかなんて想像してみたりしました。

また、こういった意外とダイナミックな動きの構成主義絵画に混じって、このコーナーからは写真もかなり重要なものとして展示され始めていて、これがまたわたしにとっては非常に興味深いというか面白いものでした。ダダや構成主義の影響で、従来ではほとんど美術には使わなかった金属やガラスといったピカピカひかるものなんかを積極的に作品に取り入れていたのがきっかけなのか、従来から関心があってこういう芸術運動に参加することで呼び起こされたのかは知らないけど、モホイ=ナジは「光」にかなり関心があったそうです。光は空間を作り空間は動きを生み出すといったように繋がりがあるなら、その大元に位置する光に関心が及ぶのはとても当たり前のこと。画家的な資質がある人は多かれ少なかれ「光」には関心はあるでしょうけど、モホイ=ナジの光への関心は展示されてる写真をみればかなり突出してたような感じがしました。
この頃のモホイ=ナジの写真の多くは写真といってもカメラなんかを使わないで製作してるきわめて特異な写真です。モホイ=ナジがフォトグラムと呼んだ手法によるもので、おそらく印画紙の上に直接的にオブジェを置いて感光させてるんでしょう。でもそこで形作られてるイメージは置いたオブジェの跡が型抜き状態になるといったような単純なものではなくて、オブジェの質感とかすかな立体感も残したままの抽象的な形態といった感じで印画紙の上に焼き付けられたようなものになってます。この焼き付けられた闇の中に浮かび上がってる事物と抽象形態の狭間にあるような奇妙な混合物のイメージは思いのほか幻想的で、どうやって撮ってるのかなという興味とともにかなり視線を引く展示物でもありました。

☆ ☆ ☆

それで、わたしが見たかった動く立体造型「ライト・スペース・モデュレーター」なんですが、この構成主義作家となったモホイ=ナジの作品群からバウハウスの教師になるあたりの作品群が展示されてる一角、「ライト・スペース・モデュレーター」の製作と時期を同じくするコーナーの一角にこれ専用の小部屋が作られていて、その特別の空間に「ライト・スペース・モデュレーター」一つだけを独立させるような形で設置されていました。
「ライト・スペース・モデュレーター」は部屋の中央よりもやや片側に寄った位置に台の上に置かれて存在感たっぷりに佇んでます。「ライト・スペース・モデュレーター」が偏って置かれた反対側の壁には天井の映写機から「Ein Lichtspiel Schwarz Weiss Grau」というこの作品を動かした時の光と影の様子を収めたモホイ=ナジ自身の手による短編フィルムが大きく映し出されていました。この「ライト・スペース・モデュレーター」は物質的な作品そのものも存在感があるんですが実は作品として想定されてるのはこの装置そのものよりも、この装置が動いている時に生み出す光と影の様子のほうらしいんですね。この展覧会のカタログによると、1930年「フランス装飾美術家協会展」のドイツ工作連盟の一室で初公開された時、70個の着色電球と5つのスポットライトを使って、周囲の壁に色の光とモノクロの光が混合した光の模様を描き出したということらしいです。
京都の会場では動かす時間が決められていて、それ以外の時は止まったまま、ライトは「ライト・スペース・モデュレーター」の形が分かるように照らしてる明り以外で、動きを映し出すという意味のものはスポットライト一個だけじゃなかったかな。
時間表を見ると30分に一度づつ2分間動かすローテーションになってる模様。その時間に行かないと壁に投影されてる短編映画を動かない「ライト・スペース・モデュレーター」の傍らで眺めるだけの鑑賞になってしまいます。わたしが始めてその部屋に入ったときは動かす時間まで20分以上間がありました。他にも数人観客が入ってきましたけど、事情が分かると止まったままの「ライト・スペース・モデュレーター」を眺めたり、壁のアートフィルムを少し眺めたりしては部屋を出て行きます。わたしも一旦部屋を出て他の展示物を見てからもう一度ここに戻ってくることにしました。

展示物の続きをみていて、バウハウスを出て以降の活動のコーナーでは舞台装置や映画の特殊効果なんかもやってるという展示があって、そのなかで古いイギリスのSF映画「来るべき世界」の特殊効果をやってる時の写真や資料が展示されてるのが注意を引きました。古いSF映画の見せるレトロフューチャー的なヴィジョン、とくに作り物感溢れる壮大な未来都市風景とかは凄い好きなので、これは興味深く観てました。ガラスなどの半透明、透明物質を多用した光のまとわりつくようなオブジェを配置してる写真は舞台裏を覗いてるという興味も合わさって好奇心を刺激し、帰ってからモホイ=ナジの「来るべき世界」での手腕を確かめようと映画を観てみました。でも映画を観てみても特殊効果にモホイ=ナジの名前なんか出てこないんですよね。名前も出てこないほど下請けみたいな仕事だったのかと思ったら、カタログによるとモホイ=ナジの案は結局不採用だったと書かれてました。おそらくエンタテインメント映画に使うにはアートに走りすぎていたといったところなんでしょうけど、今となっては残された写真でしか見られなくなってしまったこの案が実現したヴァージョンも観てみたかったと思いました。

会場には光の作家らしく、モホイ=ナジが撮った短編映画が3本上映されてました。ロンドンの動物園に出来た新建築とそこに住むことになった動物たちの様子をとらえた映像スケッチのようなもののほか、本格的な記録映画の体裁をとったロブスターの一生を描いたものなど。特にロブスターの一生の記録映画がその存在理由の奇妙さで面白かったです。ロブスターの一生なんていうテーマ、どういう目的があって取り上げようとしたのか、そしてロブスターの生き様ってどんな人が熱心に見たいと思ってたんだろうって。
展示されていた映像作品の一本、都会でのジプシーの生活をスケッチした短編を見てるうちに「ライト・スペース・モデュレーター」を動かす時間がやってきたので、映画の途中でまたもとの部屋に戻ります。さっき見に来てた観客が何人か再び集まっていて、その注視の中で「ライト・スペース・モデュレーター」動作開始です。

動きはまぁなんというか、きわめてゆっくりとしかもかなり単純な動きをするという感じ。動かしてみるまでは稼動部分はかなり多い印象でしたけど、それぞれの動きがかなりシンプルなので全体もほとんど複雑に動いてるという印象はありませんでした。これはやっぱりあくまでも動くことで作り出す影の様子が主役なんですよね。2分間の稼動のあと再び止められてしまった「ライト・スペース・モデュレーター」の前で観客はわたしもふくめて若干苦笑気味。期待はずれというよりはそんなにエンタテインメント的な動きはしないだろうという予測はあったから、妙に納得してしまったという感じで落ち着いた人が多かったんじゃないかな。満足したかどうかは別問題として観た印象は「なるほどね」っていうような落ち着き方をしたというか。
ともあれ、なかなか観られないものを観たという感慨はありました。
その特別室の壁面に始終映し出されていた短編フィルムがYoutubeにあったので、ちょっと持ってきました。ストーリーもなく6分近く光や影が動き回るだけの実験映画ですけど、こんなフィルムです。
らせん状のガラスの突起物がプルプルと震えながら回ってたのが印象に残ってます。

Laszlo Moholy Nagy Ein Lichtspiel Schwarz Weiss Grau


☆ ☆ ☆

他に凄く面白かったのがもう会場も終盤に近いコーナーで、モホイ=ナジがアメリカ時代に撮ったカラー写真をスライドで80枚近く投影して見せてくれたことでした。構成主義の作家として活躍していた頃の実験的な写真とはまた違って、こちらは具体的な被写体がある、云ってみればスナップ写真なんですけど、ものの見事に今風の雰囲気写真になってるというのにかなり吃驚でした。何気ないものを撮って写真として仕上げるということをいとも軽々と何十年も昔にやってのけてるんですよね。特に被写体として際立ってもいないものを撮って、普通ならただの「見たまま写真」になってお終いとなるところを、それぞれ視線を留めさせるような雰囲気をまとわせた写真として成立させてます。今回の展覧会の構成としては額に入れて飾りもしてなかったので、この一連のスナップ写真はおそらく派生的な意味合いのものだったんでしょうけど80枚近くまったく飽きずに観てられたし、買った図録にはその一部しか載ってないのが凄い物足りなかったくらいこの展示は面白かったです。やっぱり何気ない被写体を見せるものにするのは光と影の工夫なんだなと痛感したしだいです。

単純に「ライト・スペース・モデュレーター」が動くところを見に来て、構成主義の絵画のダイナミズムや実験的な写真に思いのほか魅せられ、光を駆使した作風にかなりの共感を覚えるというかなり大きなおまけをもらって見終わるという展覧会でした。それほど関心があったわけでもない作家だったんですけど、光にこだわる様々な側面は映像に興味があって、さらに今写真機で遊んでもいる当方としては参考になるところが大いにあったし、見ておいて本当によかったと思います。

それと回顧展ということでモホイ=ナジの生涯の活動を俯瞰的に眺められる展覧会だったんですけど、こういうものって一昔前に映画が映画館でしか観られなかったように、展覧会として開催してくれない限り見られない内容なんですよね。自分が見たいと思うときに見られるようなものじゃない。しかもモホイ=ナジなんていうあまり一般的でもない作家の展覧会なんて逃してしまうと次にもうやってくれないかもしれないというところもあるから、こういう展覧会は機会があれば機会を逃すことなくとにかく見ておいたほうがいいと思いました。

あと、この展覧会の図録が結構良い出来でした。

モホイ=ナジ展図録
Nikon Coolpix P5100

3200円とちょっと高かったんですけど、芸術が主義なんかの運動として動いていた時代の雰囲気も取り込んでるような仕上がりの図録で、読むところも多く見ていて楽しいものになってます、図版以外のページの紙質がわざと若干安物っぽくしてあるのも、構成主義やバウハウスの活動が広告的なテクニックとして雑誌なんかの媒体で展開されてる部分が多かったのを、なんだか昔の雑誌でも読んでるような雰囲気で再現していて楽しいです。


☆ ☆ ☆

京都市国立近代美術館の今回の展覧会に関するページはこちら
著作権とかうるさいので載せられなかったモホイ=ナジの作品の一部が見られるようです。

それと京都での展覧会は4日に終了しましたけど、この展覧会は巡回形式の展覧会で、9月の17日から12月の11日まで千葉県のDIC川村記念美術館というところで開催されるようです。どうやらこれが巡回の最後の展覧会の模様。



☆ ☆ ☆



この日持って出ていたのは中古カメラ屋のジャンク籠に500円で転がってたキヤノンのdemi EE17というハーフカメラでした。カメラ内蔵の露出計は効いてたけど絞りの動きに反映されてないという状態だったのが唯一の不具合で、カメラに反映されない内蔵露出計を切って、マニュアル設定の露出に切り替えたらまったく普通に使えました。それでちょっと撮ったのがこんな写真。

帰路
Canon demi EE17 : Kodak Gold100

近代美術館の階段です。今見てきたモホイ=ナジの構成主義と光の使い方の影響が速くも出てきた感じかな。我ながら感化されやすいというか。ガラスに映った人の映像と階段の幾何学と壁面の色面の構成。なかなかかっこいいと自画自賛しておきます。

休息
Canon demi EE17 : Kodak Gold100

これも同じく近代美術館。この階段を上がっていったところがいつものメインの展覧会をやってる場所なんですけど、この日はこの会場は準備のために上がれなくしてありました。こういう時でないと撮れない感触の空間ではあります。

お喋り
LOMO LC-A : Agfa Vista 100

売店
LOMO LC-A : Agfa Vista 100

これは違う日に違うカメラ、LOMO LC-Aで撮ったもの。同じ近代美術館の写真なのでここに紛れ込ませておきます。
結構影とか意識して撮ってる時もあるんですよね。下のは美術館の売店の光景です。わたしは美術館の売店が好き。
上の写真はかなりのお気に入りです。

水の表情1
Canon demi EE17 : Kodak Gold100

水の表情2
Canon demi EE17 : Kodak Gold100

再び展覧会当日に戻って、岡崎公園の周辺で撮ったもの。疎水と白川が流れてるので水の写真を撮りたくなってきます。というか、岡崎公園って意外と撮るようなものがないんですね。広い土地に木々が点在してるだけ。平安神宮とか超有名な建築物はあるけど、見慣れすぎていてどうしても撮りたいというほどでもないし。


☆ ☆ ☆


Roberto Menescal - Influencia do Jazz


もともとはRoberto Menescal & Seu ConjuntoのBossa Novaというアルバムに入ってる曲。Roberto Menescal & Seu Conjuntoというのはホベルト・メネスカルとその仲間といった程度の意味らしいです。ホベルト・メネスカルはギタリストで編曲などもこなす、ボサノヴァ創成期に重要な役割を演じたミュージシャンの一人。
曲はいろんな人がカヴァーをリリースしてる、カルロス・リラの有名曲です。タイトルは日本語に訳すと「ジャズの影響」といった意味になるのかな。曲の印象とは随分と乖離したなんだかとても異様なタイトルですね。でもごつごつした印象のタイトルとは裏腹に曲は優しげで、このアレンジは特にノスタルジックな感じがして私は好きです。カルロス・リラが甘い歌声で歌ってるオリジナルもいいんですけどね。
今回取り上げてるアルバムはこの曲が再録されたボサノバ、サンバなどのコンピレーションのシリーズの一枚です。このシリーズ、ジャケットがいかがわしくて凄くかっこいいです。ヴィレッジヴァンガードの御用達のCDだから、全シリーズヴィレッジヴァンガードのCDコーナーで見られると思います。



☆ ☆ ☆





BOSSA NOVA EXCITING JAZZ SAMBA RHYTHMS - VOLUME 1BOSSA NOVA EXCITING JAZZ SAMBA RHYTHMS - VOLUME 1
(2007/01/13)
オムニバス

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アマゾンではまたしても品切れの模様。わたしが選ぶものがことごとくアマゾンに入ってない。面白いコンピレーションのシリーズなんだけどなぁ。




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コメント

No title

モホイ=ナジ,これも作品を拝見して「あ!?」って思ったアーティストです。
名前は知らなかったけど、作品は見たことある!
・・・って感じ(^^;
お恥ずかしいです。
薄荷グリーンさんの所でそういう事が多いのって
それだけ私が芸術方面から離れて久しいって事でしょうね。
昔は名前まで覚えていたけど忘れてしまったのとか
私が疎くなってから有名になったのとか(?)
周りに好きな人がいないから知らなかったとか。
色々なんですけど・・・
モホイ=ナジ、HPの方で作品拝見しましたが
何で知らなかったんだろう?っていうのが正直な感想で
かなり好きな感じなんですよね~(^^;

階段から撮ったガラス越しの人と影や
水面に映った青空の感じが儚げでとても素敵です♪
「何処にも無い世界」って感じがします。

おはようございます(^^)

このポスターの色と写真、ちょっと目立つので、興味を
持ってしまいますね。
展覧会のようすも、見てみましたが、面白そうです^^

「ライト・スペース・モデュレーター」の動くようすが、薄荷グリーンさんの文章で、想像できましたよ。
見ている方々が、苦笑している様子も、色んな事を物語っていて、
楽しかったです^^
光と影の構成は、本当に、大切ですよね。
影をうまく使っている写真には、強く惹かれてしまうんですよね。

薄荷グリーンさんの近代美術館の階段の写真、光と影が
かっこよく出ていますね^^
下の方にある、大きな窓の前に、椅子が並べてあって、みなさんで、お喋りをしている写真も、私のお気に入りです。
本当に、何を対象に、どの角度で撮るかというところに
その方のセンスが、あらわれますね。

3200円の展覧会の図録、充実していて、すごく楽しめそうです。

ROUGEさんへ

こんばんは!

わたしもチラシを眺めてみるまでは単純に名前を知ってる程度の認識だったので、展覧会で多彩な作品を見てちょっと吃驚でした。こんなに表舞台で活躍してた人だったんだって。チラシを取らなければ動く造型が少し記憶に留まってる程度でほぼ忘れた状態のままだったと思うと、よくチラシを眺める気になったものだって思いました。特に写真を作品として残した人だというのはまったく知らなかったので、カメラで遊びだしたわたしをチラシのほうに向かわせたものに凄い感謝して見たい気分です。

以前は美術手帖なんか買ってたんですけど、最近は美術系統はあまりアンテナも張ってないので、ほとんど知らないことばかりになってます。多少は気を配っておいたほうが良いですね。

やっぱり面白かったのは写真ですか?絵画的なアプローチの写真は好みなので、わたしの好みにも凄く当てはまった作品が多かったです。こういう写真をものにしてみたいというようなのが一杯ありましたけど、これをやるには印画紙やフィルムに直接手を加えなければならないからかなり敷居が高いんですよね。でも一度こういう破格の写真も製作してみたいですね。

ガラスの人影のはちょっと面白かったでしょ。階段を上がっていく途中で撮ろう!って思って、露出計とか大慌てで操作してました。窓の外に大鳥居があるのでそれを眺めてた人だと思うんですけど、わたしがシャッター押すまでその場にいて!って思ってました。
水面のは実はその下に揺らめいてる巨大な藻を写そうと思った写真でした。空と近代美術館が写っていて本当は意図したものとはぜんぜん違ったんですが、これはこれでいいかなと思いました。

りい子☆さんへ

こんばんは!

考えてみたらポスターは結構いろんなところで気を引いてたような感じでした。実際に手にとったのは会期も終わりに近づいた頃でしたけど、もうちょっとはやく手にしたらよかったと思います。一見どういう展覧会なのか分からないところがあるので、赤い色は目を引くんですが内容はもっと分かりやすくしておいたほうが良い感じですね。でも難解そうだし期間も終わりに近いから誰も見に来てないかなと思ったら、お客さんは一つのコーナーに3人くらいの割合では鑑賞に来てました。たった一人で回ってるのも居心地悪いのでこのくらいのお客さんが美術館の鑑賞としては一番良い状態だったかもしれません。

「ライト・スペース・モデュレーター」は面白いかというと、正直なところ面白くないんですけど、なぜか納得だけはするんですよね。もっともあれがどたばたと漫画のような動きをしたらこれはこれで興ざめだったかもしれないので、こういう動きで正解なんでしょう。動く芸術作品は他の作家も色々と作ってるものの実際に動いてるのは見たことがなかったので、写真でしか見たことがないものが動いてるのを見られたというのはやっぱり文句なしに値打ちがある体験だったと思います。

写真機を触りだしてから光は凄く意識するようになりました。本当に光がポイントなんですよね。これをうまく使ってる作品はやっぱり出来が良いです。階段の写真の反射もテーマとしては面白そうですよね。積極的に写りこむ写真を撮っても面白いかもしれません。
おしゃべりしてる写真もいいでしょ。なんか舞台でも見てるみたいなんですね。この辺が日常からちょっとだけ離れたようなイメージを与えてるんだと思いますけど、そういうポイントを見つけるのはやっぱりかなり難しいです。これがポイントだと思って撮ってみても、思い切りはずしていて、見たまま写真を大量に生産してしまう法が圧倒的に多いです。
大量の失敗にもめげずに、やっぱり数撮っていくしか上達の道はなさそうですね。

図録は読み応えがありますよ。展覧会の図録って結構豪華で後々見返したりするのが楽しいというようなものも多くなってきてるような気がします。たまに本屋でも発売してるものもあるんですが、これはやっぱり美術館でしか買えないほうが値打ちあるんですよね。
展覧会を見終わって帰ってから図録を眺めながら今日見てきた展覧会のことを思い返すのって結構楽しいですよ。

No title

こんばんは

じっと見てると光の乱反射で目眩がしてきそうなYouTubeを見ていると、実物の「ライト・スペース・モデュレーター」も観てみたくなりましたが、実際に観てしまうと・・・という感じでしたか^^、まぁ、よくあることですよね、分かるような気がします^^
ロシア構成主義ってところでは、私は、ふと思い浮かべたのが、レディ・ガガです。
何となく影響を受けてるんじゃないかなぁって気がして、あながちレトロとばかり言ってられないように思いました^^

階段の手すりとガラスに人が写ってる写真が良いですね、カッコいいです。
ガラスに写ってるというよりは、ガラスの向こうに人がいるような感じもして、でも、下半身だけが写っている人がいたりで面白い効果を出してます。
あと、美術館の階段の写真、私は、コレが気に入ったんですけど、なんだか闇の世界へと吸い込まれていくような階段(怪段)です^^

音楽は、分かりやすく、でも、洒落たメロディー、ちょっととぼけたようなユルい感じがなんとも心地よく楽しいですよね。

ジオヤーさんへ

こんばんは!

めまいがするほど乱反射してたら本当に面白いところだったんでしょうけど、残念ながら「ライト・スペース・モデュレーター」を照らしていたのはスポットライト一個でした。これはやっぱり本領発揮とはいえなかったんでしょうね。でも意外と失望感はなかったんですよね。こんな感じだろうなぁと思ってたのと割と一致したところがあったからなのかな。見ていた他の人もそんな感じ。外人の人でしたけど退出する時に入り口に座っていた作動係の人にお礼言ってる人がいました。
それとやっぱり終始動かし続けてるほうが面白かったかな。空間を変質させ続けるマシンみたいな存在感は稼働時間を2分と区切ってしまうことで始まりと終わりが出来てしまって、薄れてしまってたような気がします。
レディ・ガガ、いいですね。最近の歌手だと割りと能動的に聴きたくなる人です。そういえば、フランツ・フェルディナンドが使うよりもレディ・ガガが使うほうが構成主義的なイメージは映えるかもしれないです。人工的で未来的で奇抜なんていうイメージは精神としては似たようなところに立ってるのかもしれないですね。

階段の写真、かっこいいでしょ。あれ手前の手すりと向こう側の手すりに2枚ガラスが重なってるんですよね。下半身だけ写ってる人は手前側のガラスで、意外と複雑な写りかたしてるんですよね。それと赤いのは窓の外に見えてる平安神宮にいたる大鳥居だって知らないと、これは一体なんだろうってずっと悩むことになるかも。
休眠中の展示会場に続く階段、気に入ってもらえてうれしいです。何だかんだいって記事に載せてるのって全部お気に入りの写真ですから。その先をちょっと覗いたくなる様な、闇に沈み込んでる感じが気に入って撮った写真でした。下の人物の配置もちょっとアクセントになって、よくここに座っていてくれたと思います。人数だってこのくらいが一番馴染んでる感じだし。

この音楽、確かに分かりやすいです。学校の音楽の授業でもこのくらいの演奏ならしてしまうかもしれないくらい。でもオルガンなんか凄くシンプルな使い方でそれが意外なほど全体の曲想を作り上げてるような感じなのが面白いでしょ。元のアルバムは古い録音のせいか音もあまり分離してないような不鮮明なところがあるんですけど、それがちょっとピンボケになった写真みたいで味付けになってたんじゃないかと思います。トイカメラなんかで撮る和み系の写真みたいな印象に近いかな。楽しんでもらえたらよかったです。

No title

モホイ・ナジって名前だけ聞くと南太平洋――ー
タヒチとかイースター島の方の人の名前みたいですが、
ハンガリーの方なのですね。それもバウハウスに関連したアーティスト!

多分美術館の前でこの名前を見たら、イースター島をなつかしく思い出して入っていって、ビックリということになりそうです。

終わってしまって残念です。

とのさんへ

こんばんは!

おぉ、イースター島に行ったことがあるんですか。わたしが知ってた人も旅行好きでイースター島に行った人がいましたよ。
そうか、モホイ=ナジって南太平洋の雰囲気がする名前だったんだ。
どうやらバウハウスの先生だったらしいです。わたしは美術史のなかで名前を知っていて、あの光の造型に馴染みがあっただけの人でした。多方面に作品を展開してたから美術史の中で扱うにははみ出た部分が多すぎる人だったのかもしれないですね。展覧会を見た感じでは絵画よりも写真の印象が強かったので、ひょっとしたら写真史のような分野では目立つ扱いの人なのかもしれないなんて思ったりしました。

モアイを連想して入ったら面食らいますよ。でも絶対に満足すると思います。モアイじゃなかったけど、作品が動くのだけを見るというたいした目的でもない感じで見に行って、結果としてぜんぜん予想のしなかったものが一杯見られて凄く面白かったから。

でもモアイが一杯集めてある展覧会というのも結構面白そう。

No title

こんにちは。
この音楽なんか映画音楽みたい。
なんだろう。懐かしさ感じます(*^_^*)
重くなく軽くもなく。。。お風呂に入って聴きたい!!。

変でしょうか(笑)
これ、レコードあったらいいですね。

ももぴっぴっさんへ

こんにちは!

どことなく映像を連想させるような音楽でしたか。
オルガンの音が柔らかくふわふわと包み込むような感じで、あんな単刀直入な音を出すオルガン奏者もあまりいないかもしれないからかえって耳新しく聴こえてるかもしれません。優しく包み込むような音色で、ヴィブラフォンも優しい音だから気分も穏やかになってくるはず。確かにお風呂に流れてたら気持ちよさそう。でも長湯してのぼせてしまうかもしれないですよ。

元のアルバムはひょっとしたらLPレコードだけでCDにすらなってないかもしれません。コンピレーションのほうも、わたしはヴィレッジ・ヴァンガードで最近見たような気がするんですけど、一般のレコードショップにはまず置いてないと思います。売れ線とかヒットチャートのものだけじゃなく、こういうのも普通に流通してると音楽自体楽しさが底上げされると思うんですけどね。売れ行き第一主義だとやっぱり無理なのかなぁ。

No title

こんばんは~(●^o^●)
明日は仲秋の名月。満月らしいです。
見れたらいいですね。

No title

[はじめまして。毎日のようにおじゃまして、記事も何度も読ませていただきました。
緻密で詳細な記事、写真に、生半可なコメントは失礼だわと、
がんばりました(笑)

まず、私、以前京都市北区に住んでおりましたので、紫明通りや鴨川の飛び石は、日常的にかかわりがありました。今は伏見の西の端です。薄荷グリーンさんのことを
「稲荷グリーン」と読み違えてしまいました。

今回に限らず、写真の素晴らしさにすっかりファンになりました。薄荷グリーンさんにかかると、
全ての人も物も、ゆっくりとした時間の流れにたたずんでいるように見えます。光が差すんじゃなく、ある、いえ、傍にいるって感じ。見ていることが、居心地がよい。すてきです。

ライト・スペース・モジュレーターの映し出す映像は、違うかもしれませんけど、
ドラマTwin Peaksの暗黒の世界観を思い出しました。

また寄せて頂きます。よろしくお願いします。



ももぴっぴっさんへ

こんばんは!

すっかり失念してましたヽ('ー`)ノ
というか普段からほとんど空って見たことがないんですね。たまに夜空を見上げても、満天の星にこれが全部恒星なんだと畏怖の念にうたれることもあるけど、他は大抵UFOでも飛んでないかと探し回るくらいです。あまりロマンチストじゃないのかもしれないです。
でも天気はよさそうだったからお月見しようとしてた人はきっと綺麗な月が見られたでしょうね。


PATTIさんへ

こんばんは!

始めまして。いつもご訪問していただいて有難うございます。
なんだか文章量の多いブログになってしまってるんですけど、論文を書いてるわけでもないので、気楽に読んだり眺めたりしてもらえるとうれしいです。
でもコメントをがんばって書いてもらってこれもまた嬉しいですね。写真撮ったりあれやこれや色々考えては文章の形にしていく甲斐があるという感じです。これからもよろしくお願いします。

紫明通り、ご存知でしたか。私はここは絶対に誰も知らないと思って写真アップしたんですよね。観光客も鞍馬口辺りまでは来るかもしれないけど、わざわざここまで来る人はまずいないだろうし、同志社とかに関わりがあったり近所に住んでるというような条件でもない限り知らないですよね。
伏見も良いところですね。丹波橋だとか墨染だとか京阪沿線のあの辺りは馴染みがあるし、たまに大手筋とか行ったりします。伏見の酒蔵とかも被写体になりそうです。涼しくなったらカメラ持って散策してみようかな。
稲荷グリーンですか。自分のHNつけたときの経緯は以前に記事にしてるんですけど、ちょっと考えあぐねたようなところもあって、収まりの悪い異物感のようなものが内在してると自分では思ってます。さらに稲荷グリーンとなると、これはまたさらに得体が知れないというか人間離れしていくようなところがありますね。緑色のお稲荷さんってとってもシュールです。でもにてるといえば確かに似てるかな。たまに「稲荷」のほうでHN記入しても気づかれないかもしれませんね。

最近時間の大半を写真撮ることに使って、映画館にも行ってないような状態なので、そうやって撮った写真を気に入ってもらえたら凄く嬉しいです。写真撮るようになって目の前の光景が光で成り立ってるという感じが分かるようになってきました。そういう光の表情を思った形で的確にフィルムに定着させるべくシャッターを切ってるんですけど、なかなか難しいです。36枚撮ってなんとかブログに載せられるのは3~4枚もあったら良いところという感じ。上達しようとするなら、頭で考えるのも必要なんですけど、やっぱり唯ひたすら写真を撮るという行為を繰り返す以外にないです。

ライト・スペース・モデュレーターはわたしの場合は装置が動くのを観たいという欲求で足を運んだので、各作動部分の動きを観察してるほうが多くて、だからどちらかというと印象はかなり無機的なものでした。リンチの映画と関連づける見方はかなり面白いですね。もっとも正直に云うとツイン・ピークスは余りまじめに観てなかったので、手元にDVDのセットは持ってるから、モホイ=ナジも念頭においてまた見てみなければなんて思いました。
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