【トイカメラ】法事が無事に終了したこと。 +ホルガを連れて宝ヶ池に行ったこと。 +冷たい熱波

法事は特にトラブルもなく無事に終了。去年の出来事をなぞるかのように当日はまた再び雨の日で帰宅ごろには小降りになっていたこと、法事の日を境にして季節が劇的に移行したことなど、まるで去年とそっくりで、一年前に帰ったかのような進行状態となってました。
法事の日の数日前に、今度のは身内だけの狭い範囲で行うから、もう大層な喪服なんか着なくて良いんじゃないかなと父と云ってたのに、葬儀社の人に聞いてみると亡くなってからの初めての法事だから黒い服のほうが相応しいと云われ、結局は残暑真っ盛りの日にまた大層な喪服一式を切る羽目になりました。わたしは夏の間はどちらかというと裸族に近い感じなので、会場は冷房が効いてたとはいえもう早く脱ぎたくて仕方がなかったです。次は三回忌ということになるんですけど、三年後に行うものかというとそうではなくて、来年に行うものらしいですね。この辺の事情、意味合いはさっぱり分からないけど、一年間は神社に立ち寄ってはいけないというような慣習と同じようなものがあるのかもしれません。

法事が終わって、といっても取り仕切ってたのはわたしじゃなくて父のほうでわたしは云われるままに動いてただけなんですけど、それでもすべて終了したと思うと、なんだか緊張感というかそれなりにテンションがかかっていたものがことごとく緩んだような気分になり、残暑の日にフル装備の服を着たり、台風がやってきたり、気温が劇的に下がったりというようなことも重なって、頭痛、眩暈などに親しげに寄り添われることになり、しばらくダウンしてました。

☆ ☆ ☆

さて、何を書こうかと思い巡らすも、森山大道の展覧会は19日で終了してしまい、これまたモホイ=ナジの時と同じように時期はずれになってしまって、観にいった記録として残しておく意味合いしかなくなって急ぐこともないし、いまだあまり本調子でもないので、ここは今までに記事にしなかった写真でも貼ってお茶を濁しておこうかと思い至りました。この前の記事に夏に撮った宝が池の写真を貼ってるので、それ以前、5月頃に撮りにいった時の宝ヶ池とそのほかの写真を少し混ぜ合わせてみようかと。なんとなく一つ前の記事と連続性もでてくるから、単独で出せなかった写真も収まりが良いかもしれません。

☆ ☆ ☆

5月頃に宝が池に写真を撮りに行ったときに連れて行ったカメラは中国製のトイカメラであるホルガでした。ホルガはレンズがプラスティックのものとガラスのものがあって、わたしが持ってるのはプラスティック・レンズを装着してる120CFNのほう。買うときにプラスティック・レンズのものを選んだのは光がにじんだような写りになりそうだったから。プラスティック・レンズのほうが像の崩れも大きいかもと期待したんですけど、周辺域の流れ具合だとかドラマティックな写りになるのは意外とガラス・レンズのほうだったらしいです。なんだかガラスのほうがかっちりとした写りをしそうに思ってたんですけどね。
買ったのは実は一年位前のことで、でも仕様のあまりの弾けぶりと使うフィルムがブローニーというちょっと特殊なフィルムだったりすることで、カメラ本体は早々と手元にやっては来たものの持ち出す決意にいたるまでには時間がかかりました。

ブローニー・フィルムというのはスプールという軸に裏側に遮光の紙を貼ったフィルムがそのまま巻きつけられてるだけという、若干原始的な仕様になってるフィルムです。35mmフィルムのパトローネのようなケースに入ってないんですね。スプールに唯巻いてあるだけのフィルムなので、巻物を解くように緩めてしまうだけで感光してアウトになってしまいます。使い方も変っていて、巻き取り軸に巻いていくのはフィルム一般の使い方と同じなんですけど、全部露光し終わってもブローニーは元の軸に巻き戻しません。巻き取った軸ごとカメラから取り出して現像所に渡します。当然巻き取る側のスプールが無くなってしまう事になるんですけど、次のフィルムを入れるときに今までフィルムが巻かれていたスプールを巻き取り側に移動させて、巻き取り軸として再使用することになってます。つまりフィルムを全部使用してスプールだけが残っていても、これを使用済みのものとして捨ててしまったら、次のフィルムを巻き取る部品がなくなってしまうことになるんですね。でも最初は気がつかないで捨ててしまう人も結構いるんじゃないかなぁ。

とまぁ若干敷居が高そうなイメージのフィルムだったので、ホルガを買った当初はなかなかカメラに詰めるような能動的な気分には持っていけませんでした。ブローニーを始めて使ったのはハッセルブラッドのほうで、こっちで何となく要領が分かったのでホルガにも使ってみようといった気になった感じです。

さらに5月になってようやく外に持ち出したのにそれ以降ホルガを手にしてないのは、同じブローニーを使うハッセルブラッドに詰める機会が多くなったからでした。この夏はかなりの頻度でハッセルブラッドを持ち歩いてました。ハッセルに関しては凄いカメラなんだけど、とにかく重かったり、大きすぎるシャッター音とかちょっと引いてしまう気分がありました。でもこういう飛ぶカラスも振り返るようなシャッター音も意外とロケン・ロールな要素で面白いと思い初めて、そうなると、ハッセルブラッドを使うことに躊躇いもなくなり、ブローニーを使うとなるとホルガじゃなくてハッセルに詰めてるという感じに今はなってます。
でも、後に書くようにあまりたいしたものも撮れなかった宝ヶ池のホルガ写真を選ぶために眺めてるうちに、また使いたくなってきたので、今度ブローニーを詰める時はハッセルブラッドじゃなくて、またホルガに詰めてるかもしれません。

ホルガ 正面
Nikon CoolPix P5100

ホルガ 背面
Nikon CoolPix P5100

右側に巻き取りスプールが見えてます。左側にブローニー・フィルムをセットしてこの軸に巻き取っていき、フィルムが終了したら、巻き取ったフィルムをこのスプールごと取り出します。スポンジ状のものが見えてますけど、これはフィルムが軸に巻いてあるだけの状態なので、装着したフィルムが緩まないように抑えておくための部品です。はっきり云って隙間テープと同じものじゃないかと思います。ちなみにこのスポンジ、剥がれてフィルムと一緒に巻き込んでしまうことが割りとよくあるらしいです。

☆ ☆ ☆

トイカメラの二大巨頭といえば、このホルガとロシアの大衆カメラLOMOのLC-Aというのが一般的な認識だと思います。わたしは以前に書いたように、トイカメラに初めて関心を持ったのが今は無き洋書店ランダム・ウォークでやたらと楽しそうなカメラの一群を見たのがきっかけだったんですけど、ランダム・ウォークはたしかホルガを中心に品揃えしてたので、ずっとホルガがトイカメラの代表選手だと思ってました。一般的にはホルガよりもLC-Aのほうが人気があるというかトイカメラ的な認知度としては上になってるようです。
でも両方触ってみると段違いにホルガがおもちゃっぽい仕様になってることに気づきます。ホルガの破格振りと比べるとLC-Aは思ってる以上にまともなカメラ、露出がマジカルな転び方をするものの機能としてはきわめて普通のカメラにみえてくるくらい。
ちなみにLC-Aのほうは途中で写真に追記している使用カメラの表記から「+」の表示を取ってるのに気づいてるかもしれませんが、今わたしが使っていて、この前比叡山にも持っていったLOMO LC-Aは「+」無しのオリジナルのほう、今年に入ってから中古で4000円ほどで出てたものを買って使ってます。最初に使ってたLC-A+も中古で手に入れたものでしたが、なんと、しまっておくだけで気がついたら壊れてました。ホルガと比べるとトイカメラの頂点的なイメージととはいえ随分とまともなカメラに見えるLC-Aであっても、触れてもいないのに自壊するなんて、やっトイカメラの頂点を二分するに相応しいカメラなのかもしれません。

ホルガは遠めにみると割りと堂々としたカメラに見えないこともないですが、近くで見たらまるっきりプラスティックの安物感を濃厚に漂わせてます。内部を見るとカメラとしてはきわめて原始的な作りでシャッター以外はフィルムを唯ひたすら巻き上げるだけの機構しか備わってません。一齣分巻くとストップするような機能もなく、セットしたフィルムを一度もシャッターを切らずに最後まで巻き取ってしまうことも出来ます。どこまで巻き取ったかというのはブローニー・フィルムの裏側に数字が打ってあって、その数字が裏蓋の赤窓から見えるようになってるのを目安にします。赤窓に次の数字が出てくるまでフィルムを巻いて、数字が出てきたら巻くのをやめて撮影するという手順。フィルムを巻かずに何度もシャッターを切れば多重露光は簡単に出来るものの、シャッターを切ったら必ず巻き上げるというような自分の手順を決めておかないと、今の駒は既に撮影したコマなのかどうか絶対に分からなくなってきます。

ファインダーはレンズの位置から離れてるために結構な視差があったり、ファインダーの枠よりもかなり外側が一緒に写るというような代物なのであまり役には立たないです。こちらの方向を眺めてるということくらいしか示してくれない感じ。

シャッターは単速。絞りは晴れと曇りの切り替えになってるもののこれはホルガ本来の設計ミスで意味を成してません。カメラ本体レンズ奥に光が通る穴が開いていて、そこにそれよりも小さい穴を開けた部品を重ねることで入ってくる光の量を調節するという意図の設計になってるんですけど、なぜか切り替える部品の穴よりも本体の光を通す穴のほうが小さいので、穴の大きさを変えるための部品が意味を成さなくなってます。これ、ホルガの設計ミスとして有名なので作ってるところも知ってると思うのに、未だにこの仕様で作り続けてるみたい。わたしのホルガも露出は切り替えても何の変化もでてこないこのタイプのホルガです。
他にもストラップが付属してるのに、説明書にはこのストラップをつけると裏豚を止めてる金具が外れて蓋が開く可能性があるので、使わないでくださいって注意書きがあるし、ある意味未知の世界を覗き込んだような驚きはあるものの、製品としてどうかと思うような仕上がりになってるカメラです。

☆ ☆ ☆

当てにならないファインダーに、単速の、でも必ず一定の速度が出てるとは限らない、細い針金バネが妖しく弾いてるシャッターと、どんな天気でも変化させようがない絞りという、そんな、ほとんど制御不能でどういう風に写るかその場の運次第という驚異のカメラを持って宝ヶ池にいってみたわけです。結果は一つの記事に出来なかったくらい思わしい写真が撮れない結果に終わったというか、カメラの気まぐれがわたしが欲しい方向には働いてくれなかったというような感じでした。ブローニーは1ロールで12枚しか撮影できないので、出来上がる写真の絶対数が少なくなる分上手く撮れた数も少なくなる感じでもあります。
そんななかで気に入ったのがこの写真。なんだかこの写真を撮るためだけにこの日宝ヶ池に行ったのかもと思えるくらい、わたしには決まった写真になってました。
落ちた花
Holga 120CFN : Kodak Portra 400NC

宝ヶ池といってる割にいきなりちっとも池じゃない写真です。
宝ヶ池公園は京都の北のほう、国立京都国際会館に隣接する位置にある大きな池を中心にした公園です。池の周辺は遊歩道が設けられていてさらにその外周には森が展開してます。これを撮ったのは国際会館との境目にある石塀だったんですが、遊歩道からは間に木立を挟んで若干距離がある位置で、歩道を歩いてる時にこの赤い花に木立を抜けた陽射しがスポットライトのように当たっているのを見つけ、歩道から脇にそれ木立の中に分け入って写真を撮りました。確かにちょっと目を引くスポットだったけど、出来上がった写真がこんなに植物だけが浮き出したような形に撮れてるとは思わなかったです。背景の石垣がよく見えるような写り方だったらもうちょっと具体的なイメージになってたかも知れません。幻想的な写り方になって大満足。もう一度撮って同じように撮れるかというとおそらく無理だろうと思います。

もっと幻想的に写って欲しかったボート
Holga 120CFN : Kodak Portra 400NC

宝ヶ池なんだからと、池らしい写真を撮ろうとして撮った、池らしい光景。意図としてはもうちょっと幻想的に写したかったんですけど、植物のほうは思ってもみないほど幻想的だったのに、こちらのほうは意図とは反してあまり幻想的でもない感じ。
足漕ぎの青いボートに遊具的な具体的なイメージが強すぎるのかなぁ。ちなみにこの日、宝ヶ池には映画の撮影隊が来ていて、本来のボート小屋とボート置き場をまったく別の建物に仕立てていたので、本来の置き場に置けなくなったボートがこういう風にちょっと違和感を伴って別の場所に繋がれることになってました。この光景はこの日だけ世界に現れた光景で、もう一度撮影隊が来ない限り二度と出現しない光景なので、ある意味貴重かもしれないです。

撮影隊のセット
Holga 120CFN : Kodak Portra 400NC

撮影隊が作ったセット。貸しボートの小屋という設定の建物のよう。当然後日行った時には手前の渡り板から何から何まで綺麗さっぱりなくなってました。近くに腰掛ける場所があったのでそこに腰掛けて近くにいる人の会話を聞いてると、撮影隊の大道具はあっという間にこの小屋を建ててしまったそうです。この方向から見た時だけ体裁を整えてるようなセットじゃなく、どこから見てもきちんと一軒の家になってる、おそらく中に入ってもそのまま映画のシーンに使えるような内装も備えた小屋だったような印象でした。

撮影の準備
Holga 120CFN : Kodak Portra 400NC

撮影の準備を始めた撮影隊。これまたなかなか撮影が始まらないので、しびれ切らして帰ってきたんですけど、撮影中の写真も何枚かとっておいたほうがよかったかなぁ。撮影が始まったらカメラで撮るなんて追い出される公算のほうがはるかに高そうだけど。
邪魔と追い払われそうであまり近寄れなかったための手前の無駄な空間と、展開もしないでこじんまりと寄り集まってる撮影隊が手前にいるだけの証拠写真みたいなものの割りに、背景の森の映り方がなんだか無駄に深遠な感じがしてかっこいいんですよね。もったいない。

これも近くで見物していた人の話を聞いて分かったんですけど、この日撮影していた映画はどうもゲームが原作の映画らしいということ。帰ってから調べてみて分かりました。カプコンのゲーム逆転裁判を映画化するつもりらしいです。来春公開予定だそうで、この貸しボート小屋がどう使われてるのかちょっと興味があったりします。でもゲーム原作の映画というのは、ゲームは好きだけどゲームが元の映画となると行く気は半減するかも。

☆ ☆ ☆

宝ヶ池以外でホルガで撮っていたものにはこんな写真もありました。

ロマンス
Holga 120CFN : Kodak Portra 400NC

新京極と寺町通りの間にある路地の一本の光景。時間は夕方だったけど、それほど暗くもない時に撮って、この雰囲気。この人形の雰囲気にあってるといえばあってるんですけど、この青い光り方は一体どこから来たんだろうと撮った本人も予想外の出来上がり方でした。

☆ ☆ ☆

最後に、夏の初めの空の写真を撮って、夏の終わりに再び空の写真を撮ってみる。

夏の終わりの空
Nikon AF600 : Kodak Portra 400NC




☆ ☆ ☆





Marian McPartland - Love For Sale


女流ジャズ・ピアノ奏者Marian McPartlandのボッサ・ジャズの演奏。クールなエレピの音がパーカッションのリズムに乗ってなんだか冷たい熱気を帯びたような不思議な感触の演奏になってます。後半4ビートになってしまうところがちょっとありきたりになってしまってるのがもったいない感じ。イギリス出身のピアニストでどこか端正なタッチがあるのはイギリス人だからなのかなぁ。

Antonio Carlos Jobim - Brazil


Brazilという曲名で通ってますが、正式な名前はAquarela Do Brasil。ブラジルの水彩画とかいう意味らしいです。わたしは郷愁感に満ち溢れたこの曲が大好き。ひょっとしたらブラジルの音楽の中で一番好きな曲かも。歌ものではジョアン・ジルベルトのアルバム「Amoroso/Brasil」に入っていたのがベストだと思ってます。Marian McPartlandに冷たい熱波なんていうキーワードをつけてみて思い出したのが、このジョビンの「Brazil」。ストーン・フラワーというアルバムに入ってるもので、このアルバムも割りと好きなアルバムだったりします。
ここでもエレピとブラジリアン・パーカッションの組み合わせです。エレピがやっぱりクールさを運んできてる?



☆ ☆ ☆



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(2005/05/15)
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ストーン・フラワーストーン・フラワー
(2006/10/04)
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コメント

No title

宝が池の赤い花の写真、すごいですね。
見入ってしまいました。

一周忌だったのですね。来年の三回忌までは落ち着かない
日が続きますね。

私ももうすぐ父の七回忌です。喪主なので緊張します。
一周忌、三回忌は必死でした。

死後の儀式なんて無意味なのになぁ、と若いころは
思っていましたが、今はしゃっちょこばって儀式してる自分です。

こんにちは(^^)

お母さまの一周忌が、ぶじに終わったようですね^^
事前準備や、当日の緊張感で、つかれた事でしょう。
やっぱり、しばらくは、ぐったりしますよね。
体調は、その後、いかがですか?
頭痛や、眩暈は、辛いので、まだまだ、のんびりして下さいね。

ブローニー・フィルムの話、面白かったです^^
ホルガとハッセルブラッドは、同じフィルムを使うんですね。
トイカメラと、高級なカメラのフィルムが同じという事が、
素人の私には、不思議な面白さがあります^^

宝ヶ池にあった赤い花の写真、すごく惹きつけられるものが
ありますね~。
不思議な世界の植物のようですよね。
すごく味のある写真だな~、と思いました。

No title

お帰りなさいませ~(●^o^●)
お~あの花の画像、鏡に映したみたいで、すご~く素敵です。

ボート小屋良い雰囲気だしてますね。
つげ義春の漫画に「無能の人」というのがあるんですが、
こんな小屋で、普通の石を売って生活する場面を思い出しました。(笑)

イギリス人はなにかクールなイメージですよね。
いいなあ。ジャズは、アドリブとかが難しいんですよね。
クラシックとは、また違うから、楽譜ありきじゃないし。

私は、リズム感悪いから(^_^;)

Brazil聴くと、小刻みに腰を振りながら、踊りたくなります(笑)

No title

法事、無事に終了しましたね~
そう3回忌は翌年なんですよね(^^;
私も何故か解らなかったけど
亡くなった後暫くはバタバタで
お陰で忙しさで悲しみを忘れられました。

私の場合は母は突然死だったので父が呆然としちゃって
全部采配しなきゃいけなかったから余計かな?

ちゃんと泣いたのって3回忌終ってからだった気がします。

でも7回忌もすぐに来るんですよね(^^;

法事、少なくとも家族は喪服がマナーみたいです。
ウチの母も9月8日に亡くなって
暑い中毎回法事するんですが
喪服キッチリ着ています(^^;
お陰で夏物の喪服買いました。
これからずっとあるんですものね・・・

No title

こんばんは
ホルガをお持ちなんですね。
今はトイカメラという分野が一つの物として存在しますが、まだトイカメラという名前が無かった頃は、ホルガはジャンクカメラって呼んでたような。(;^_^A
名前は聞いていましたが、写された写真を見るのは初めてです。
何となく趣きのある、やんわりした絵が出てくるんですね~。
プラレンズゆえでしょうけど、これはこれで非常におもしろいです。

法事お疲れ様でした。m(_ _)m

とのさんへ

こんにちは!

花の写真、何の花なのかは知らないですけど、面白い写りかたしてるでしょ。スポットライト的に光が当たってるだけだったから、背景が沈み込んでしまって、日常的なイメージとはちょっと別の方向に向かってるようなところが面白かったです。性能の良いカメラだったら少ない光で背景も綺麗に写ってたと思うので、低性能も写真に関しては使える要素なんでしょう。

三回忌までの一年は今回の一年と同じくらい速く過ぎてしまいそうな気がします。
わたしは喪主じゃなかったので、基本的な部分は気楽だったんですけど、喪主となるととのさんも大変ですよね。わたしは挨拶するだけでも緊張して駄目かもしれないから、全般をスムーズに運んでいく気配りなんかしてたら、終わってから倒れてるかもしれません。

長い間に培われてきた儀式で、亡くなった人がその時点で無意味になるというような考え方は生きていること自体否定してるような気分になるから、儀式を通して亡くなった人を意味のある相応の位置に定めていくということなんでしょう。わたしも年を経るにつれて、こういう儀式には神妙に付き合ってる感じになってます。
でもやっぱり大変ですね。終わると本当にほっとしてました。

りい子☆さんへ

こんにちは!

体調は随分とよくなった感じです。台風とともに頭痛は去ってくれたし、眩暈のほうも基本的には耳鼻科で貰ってる薬を飲んでると、一歩手前で収まってくれますから、本格的に目が回って立ってられないという状態にまでいってしまうようなこともほとんどないです。
でも終わってみれば本当にほっとしますね。わたしは特に何をしたわけでもなくて、出席してご飯食べてといったこどに終始していたのに、解放されたような感じは確かにありました。
不安定な季節がどう影響するか分からないところがあって、ずっと調子よかったのが急に崩れたりすることもありそうなので、しばらくはのんびりとやっていきますね。

ブローニーって、フィルム面が大きくて緻密な絵が出来るから、プロ用のフィルムなんですよね。それがなぜか中国のおもちゃカメラに使われてます。中国ではパトローネに入った普通のフィルムよりもプロ用途のフィルムのほうが普及してるとしか思えないんですけど、これは確かに不思議ですね。フィルムにしてみれば同じ使ってもらえるならハッセルのほうがいいと思ってるかも。

花の写真、本当に面白い写り方でしょ。こういうのが撮れるからトイカメラといっても馬鹿に出来ないところがあるんですよね。ただ偶然に任せてるだけだからもう一度意図的に撮れるかというとそういうわけにもいかなくて、そういうところもトイカメラの面白いところなんだと思います。きちんと撮れる写真は意図どおりにきちんと撮れるように練習して、一方でこういう気まぐれカメラで偶然を引き込んでいくのも、写真を撮ってる楽しさの一つだと思います。

ももぴっぴっさんへ

こんにちは!

お久しぶりです。法事は週末の一日で終了したんですけど、連休も重なってたし体調も思わしくなかったのでついでに休みにしてしまいました。
復活してみるとしばらくぶりなのでちょっときついです。
花の写真良いでしょ。自分で云うのもなんですけど、仕上がったプリントを見て「凄いや」って思いました。絵画的で幻想的。意図的にこういうのが作れるようになりたいです。どちらかというとカメラが観てることを手助けしてるようなところがあるから。

ボート小屋、つげ義春の漫画に出てきそうですか。そういえばちょっと前にちくま文庫からつげ義春の全集が出ていて何冊か買ったんですけど、わたしが買ったものの中に「無能の人」もはいってたような。買ったまま積んであるので近いうちに読んでみますね。
この小屋、小屋自体も面白かったですけど、岸辺に椅子が置かれていて、それがちょっとシュルレアリスティックな印象でした。全体にこの一帯は面白い雰囲気になってましたよ。写真には写してないですがスタッフが手前でお弁当食べていて動かないものだから、あまり近寄れなかったのが残念です。

アドリブってどういう練習するんでしょうね。スケールの中から合いそうな音を自分が知ってるパターンに沿って繋いでいくだけといったものも多そうで、フレーズを歌わせられる人は数少ないと思います。音の羅列のようなアドリブだったら、わたしは細部まで効果を考慮して組み立てられてる演奏のほうが聞いていて面白いかも。これは本当に端正な感じがして、イギリス人ッぽいなぁなんて思ったんですけど、やっぱりそんな感じに聴こえましたか?

ブラジルは曲の出だしからはちょっと意外なほどパーカッションが派手になっていくでしょ。煽ってくるようなところがあって、わたしもうきうきした気分になってきます。この曲、やっぱり好きだなぁ。

ROUGEさんへ

こんばんは!

無事終了しました。といってもわたしはほとんど何もしなかったんですけどね。ただ一人で緊張してただけ。勝手に緊張して勝手に緊張を緩めて、体調崩してました。理由は聞かなかったですけど、三回忌は一年後なんですよってまるで秘密を打ち明けられるように葬儀社の人が教えてくれました。これは儀式的には3年後なんだけど、結局生きているものの都合でまとめて連続でやってしまおうっていうことなんでしょうか。いろんな行事、儀式は残されたものがその欠落してしまった世界を受け入れ、馴染んでいけるようにしてるところもあるのかもしれないですね。

結局わたしはまだ実感をもてないでいるのかもしれないって思ったりもします。まだなんか病院にいるから家にはいないっていう感じが抜けないもの。これから月日を重ねるにつれてわたしの感情も変化していくんでしょうね。7回忌はきちんと7年後ということになってるのかな。

暑い最中のこういう儀式はちょっときついですよね。仏壇に向かって母に文句を云っても仕方ないんだけど。
儀式に向かうということで気分は引き締まりはするものの、終わって着替えたらほっとします。今回も脱いだら本当にほっとしましたよ。

kuroさんへ

こんばんは!

トイカメラが面白いと思って最初はフィルムの敷居が高かったのでデジのほうで遊んでたんですけど、代表的なカメラはやっぱり使ってみたいと思って買って見ました。カメラは手にしたものの、やっぱりフィルムはなかなか手を出すきっかけがなくそのうち使うつもりでいるうちに1年近くたってしまったような感じです。すぐに見られないだとか、いちいち現像に他人の手を借りなければならないとか、妙なカメラで撮るわけだからそれなりに説明とかしなくてはならないんだろうかとか、色々考えてしまってました。今トイカメラで遊びたいけどフィルムカメラはどうしようかなと思ってる人は同じようなことを考えて躊躇ってるんじゃないかと思います。やってみると考えてたのが馬鹿みたいに思えるほど簡単なことなんですけどね。

ジャンクカメラって云ってたんですか。妙にフィットした呼び方ですよね。本当にまともなカメラを前提として眺めてみると、何かが写るのだけは最低限保障してるジャンクみたいなものだから。でも意外とジャンクではでてこないですよ。壊れてしまったらジャンク以下の存在になってしまってるみたいです。
それと京都のカメラ屋で見ると意外とホルガ、置いてるんですよね。雑貨屋で売ってるおもちゃというイメージのほうが強いので、カメラ屋が一応カメラとして扱ってるのに妙な意外感があったりします。

プラスティックレンズ特有のぼんやりした描写が意外と面白いでしょ。ガラスレンズのホルガは中心部がもっとくっきりと写って周囲がかなり流れるような描写になるらしいんですけど、プラスティックレンズのほうは全体が柔らかい絵になるようです。記憶の中の光景のようなものを撮りたかったら結構ぴったりとはまるんじゃないかと思います。
でも製品としては、本当にすぐに壊れそうですよ。裏蓋も本当にすぐに取れそうだし。なかなかスリリングなカメラでもあります。

お気遣いありがとうございます。法事が無事に終了してほっとしてます。ごく近しい身内だけのものだったんですけど儀式となるとやっぱりそれなりに間違ってはいけないと思うところもあるし、わたしは云われるままにしていただけでしたけどやっぱり緊張してました。
こういう儀式があると気持ちにちょっとだけ区切りがつくような感じですね。

No title

こんばんは

法事は無事に終わったようですね。
やはり日常ではない行事、知らない内にでもテンションは上がってしまうものですよね。
ゆっくりと体調整えて下さい。

花の写真、すごいですよね。このままアルバムのジャケットにでもなりそうな感じです。音楽はアンビエント系かな^^
それと、ロマンスの看板の写真も良いです。ホルガ効果ということのようですが、雰囲気ありますよね。おそらくは、飲み屋さんでしょうか?、緊張しそうですけど、一度くらいはこんな店で飲んでみたいです^^

ピアノのように残響が響き渡るわけでもなく、でも、薄っぺらになる分けでもない、エレピの音というのは私も好きです。
ほどほどにクールっていう感じでしょうか、こういったサンバやファンクといった16ビート系のサウンドには良くマッチしますよね。
Marian McPartlandの演奏でも、薄荷グリーンさんも言ってるように、ボッサの部分と4ビートの部分を比較するとやはりそういうことになるのかなぁと思います。
「Brazil」はカーニバルを思わせるような、やたら派手な演奏がイメージなんですけど、ジョビンの抑えた演奏、良かったです。私もこの方が好みです。緩やかに音程が変わっていく感じが気持ち良い曲で、やはり、名曲ですよね。

ジオヤーさんへ

こんばんは!

何とか無事に終了しました。身内だけだし気を使うこともなかったんですけど、それでもやっぱりしきたりに沿ってやらなければならない儀式だったりするから、精神的に結構疲れますね。終わってみてからの力の抜け具合で自分で自覚してた以上にテンションがかかってたのに気づきました。なんだかまだちょっと体調不良は続いてるようで、多少頭が痛くなったりするのは残ってるみたいです。のんびりと進めていくつもりでいます。

ホルガはハッセルブラッドやローライフレックスと一緒で、真四角のフォーマットだからそのままジャケットに出来ますよね。真四角の写真撮る時ちょっと戸惑うところもあるんですけど、ジャケットなんだと思うと撮りやすかったりしますよ。
この花、本当に妖美な感じで写ってるでしょ。わざわざ歩道を離れて蜘蛛の巣だって張ってる木立の中に入っていったんだから、何か惹くものがあったんでしょうけど、こんなイメージを想定して近づいては行かなかったです。アンビエント系いいですね♪アンビエント系と言えばラッセル・ミルズが手がけたObscure レーベルのジャケットが凄く好きだったんですけど、ああいうのに対抗できるかなぁ。あと耽美的な音楽でも使えそうに思うんですけど、どうでしょうか。
ロマンスは実は若い女の子向けのブティックなんですよね。通り自体が裏寂れたような怪しい感じに写ってるのでとてもそんな店だとは思えないかもしれないけど。こういうにぎやかなのかダークサイドに片足突っ込んでるのか良く分からない看板で飲み屋やるのも面白そうですよ。流行るかも。

エレピの音って結構表情つけるのが難しいと言う印象があって、下手に弾くと淡々としてるだけと言う感じになりがちだと思うんですよね。だからちょっと体が動き出すようなリズムを加えることで音楽としてはバランスが取れてるようなところがあるのかなぁと。考えてみればエレピって決してピアノの代用でもない結構不思議な楽器です。

ジョビンのは確かに抑制が効いていて、でもこれもこの曲の秘めてるものを上手く引き出してるような感じで面白く聴けた曲でした。後半派手じゃないけどパーカッションが意外なほど煽ってくるのも、わたしは結構好きなところかな。

No title

お久しぶりです。こんばんは。

お母様の一周忌だったのですね。
区切りなんてつかないものだと思うけど、こうしたご親戚の方々との集まりで話される思い出話が、年々薄荷ちゃんを癒す優しい思い出話になって行ってくれる事を願っております。

前にも言ったように思うけど、宝ヶ池には仕事で行った事がございます。
記事に出てきた「国際会館」でしたけど・・・^^
でも、あの時は周りを散策するような時間もなかったので、こんなふうにボートが浮かんでいる事も知りませんでした。
記憶にあるのは、街路樹と宝ヶ池の丸い形をしたホテルくらいかな?(笑)
でも、ココってお散歩に最適な感じ・・・
一度ゆっくり散策してみたいところですね。

路地の写真は、また一段と雰囲気があって良い感じですね。
トイカメラで撮った写真って、柔らかい感じで何となく郷愁を誘うものがあると思っていたんだけど、この写真を見て正体が分かりました!
「昭和」なんですよね、雰囲気が。
もちろん、路地そのものに昭和の風情が残っているんだろうけど、きっとホルガで撮った写真に懐かしさを覚えるのは、この昭和的な雰囲気なんじゃないか?と思ってしまいました。
おそらく、この感じは平成生まれには分からないんだろうなぁ~・・・(笑)

No title

こんにちは。「つげ義春」の「無能の人」の石を売って生活する話。
あの中の、奥さんが、夫が生活困難な時に「虚無僧はいやよ」ってセリフがあるんです。
そのセリフが何とも面白くて、大好きなんですよ~(笑)
私って変な人ですから(笑)

ともさんへ

こんばんは!

お久しぶりです。元気そうで何より。

一周忌でした。一年早かったです。まぁつけようのない区切りをとにかく目に見えるような儀式的な形で区切ってみせることで、残されたものが気持ちの落としどころを見出していくような形になってるんだと思います。集まったのはごく身近な身内だったんですけど、思い出話というよりも交わしたのは近況報告みたいでしたよ。母についてはもう共通認識として大半のことを分かち合ってるから、話はこの一年に変化したこととかが中心でした。でも気を使ってくれてありがとう。

わたしは反対で池のほうには行ったけど、国際会館のほうは行かずじまいでした。ホテルも近くにあるんですか?泊まる必要がないからそういうことには凄く疎いです。
宝ヶ池は大きな池の周りに遊歩道があるだけなので、ちょっと飽きるかも。散策よりもこのボートに乗って池に乗り出したりするほうが面白そうです。あとはその周囲にある森かなぁ。一応森の内部まで散歩できるように道は作ってありますけど、夏は虫に食われたりして大変かも。それと桜の区域があります。これは春には見ものかもしれないですね。それからもう一つ公園のはずれに京都府警の騎馬隊の厩舎があるんですよね。ここは練習中でも自由に見学できるはずです。わたしはフィルムの交換中に、どこかに出かけて戻ってきた騎馬隊の馬と出会ってしまい、その勇姿を撮れませんでした。これはちょっともったいなかったというか、タイミングが悪すぎました。

トイカメラは、プラレンズのホルガの場合は全体に柔らかい描写になる上にピントはゾーン・フォーカスできっちりとあってる部分があまりないという写り方をするから、ぼんやりとしてノスタルジックな記憶の中の世界って言うような写真になる場合が多いです。
ジオヤーさんがここは飲み屋だと推測してましたけど、昭和的ってジオヤーさんが感じたのもそういうものだったのかななんて思ったりしました。暗い路地にぼんやりと光ってる看板とかがそのイメージに誘ってるのかな。ほんとうは今風のおしゃれなブティックなんですけどね。
ついでに言うとわたしも昭和的と言うだけで話の通じる側にいます。

ももぴっぴっさんへ

こんばんは!

わたしはつげ義春というと「ねじ式」という、わりとありきたりの図式になってるかな。
暗い部分を黒く塗りつぶした強烈なコントラストとか対照的な白い余白が幻想的な印象に繋がる画風も割と好きです。
「虚無僧はいやよ」って唐突でなんだか不思議なせりふですよね。石を売るというのも変な話だけど。どういう繋がりででてくるのかこれは一度確かめてみないと。
思い出したけど、つげ義春に見た夢に関する記述をまとめた物もありましたよね。こういうのもわたしは好き。改めて見直すとかなり幻想的な作家というイメージになりますね。
前から思ってたんですけど、ももぴっぴっさんのHNの最後の小さい「っ」が不思議だなぁって。

No title

こんにちわ。Love For Sale.Cole Porterの名曲ですね。大好きなんです。
この演奏、途中から4ビートになるタイミングが普通よりずいぶん遅くて、
え、そうくる?って思いました。
ん?この音源途中、ソロがカットされてるみたいですね(笑)

お母様が亡くなられて1年では、まだまだお寂しいことと存じます。
でも、こうやってブログにその事を書いてくれる優しい息子さんがいて、
お母様、きっと喜んでいらっしゃることでしょう。

PATTI さんへ

こんばんは!

クールな熱気の音楽を楽しんでもらえてよかったです。わたしはタイミングは特に気にならなかったですけど、ラテンで押し通して欲しかったなと思ってます。それまでのきわめて正確な刻み方なのに機械が打ち出してるような無機的なものとはまた全然違うリズムが凄く好きなので、変化するにしてもやっぱりラテンのバージョン変化くらいにしておいて欲しかったです。
ひょっとして4ビートの最後のほうでわずかに乱れるところですか?わたしはこれの基の音源持ってるんですけど、これはYoutubeに上がってるこの動画のちょっとした乱れのようですよ。元の音源から大幅にうせてるような部分はわたしが聴いたところでは見当たらない感じです。

最近はわずかに書くこともあるんですけど、私生活とか個人的なことは一応は書かない方針で続けてるブログです。でも母のことに関しては書くほうが良いかなと思って書きました。映画や音楽や写真のことで来て貰ったのに、読まされるほうはあまり読みたくはない内容かもしれないですけどね。
一年経ったからといってそんなに気持ちが整理されてるとはあまり思えずに、でもそれなりに受け入れるしかないことなので、納得しがたいと思いながらも受け入れて生活してるといった日々が続いてます。まだあまり直視してないのかもと思うこともありますけど、流れていく時間に身をゆだねるしか方法も思いつかないというような状況かなぁ。誰もが経験することなのでわたしにだって心の落ち着く先を見つけることが出来るようになると思ってます。
お気遣いありがとうございました。

No title

こんばんは(●^o^●)
私のH・Nの最後の「っ」ですね。
もも、って言う人は多くて、「ももぴ」もいて、
「ももぴっ」もいて、「ももぴっぴ」もいて、
で、数字にしようかと、思ったのですが、
もう1個つけとこうと思って。(笑)

でも、皆さんには、長すぎてめんどうかも(^_^;)
てきとうに、ももぴとか、略してくださいね(笑)

ももぴっぴっさんへ

こんばんは!

HNの秘密の開示、ありがとうございました。
なるほど。そういう意味合いが背後にあったわけですね。他の人と被るっていうのはわたしのにもあって、その辺のことは一度以前に記事にしたことがあります。みんな頭をひねってるんだ。
「ももぴ」っていうのと「ももぴっ」って云うのがすでに存在してたというのも面白いなぁ。
ちなみにわたしがHNを決めた経緯を書いた記事はその時来てくれてた人から、最近の記事では一番面白かったって言われたんですけど、それでは他の映画なんかのメインの記事は面白くなかったのかとちょっとむっとしたことを覚えてます。
特に面倒でもないですよ。わたしのHNはどうなのかなぁ。漢字のところがちょっと面倒そうに見えないこともないけど。

No title

こんばんは(●^o^●)
薄荷グリーンさんの、私のH・Nの話で、ヒントを得て、
ブログ名「ももぴっぴっソナタ」に変更しました。

「薄荷グリーン」って良いと思います。
画像と名前インパクトすごくあった!!
これからもよろしくお願いします(^◇^)

ももぴっぴっさんへ

こんばんは!

ブログのタイトル、新調されてましたね。音楽のブログらしくて新しいブログ名もまたいいと思います。
それにしても思い切りがいいというか、決断力がありますね。
わたしのところは絵具のことを知ろうとしてくる人がいつも何人かいますよ。そういう検索で来てくれた人を発見するたびに悪いなぁって思ったりして。

画像ってプロフィールのですか?これ、10年ほど前に3DCGで作ってたもので、まだ完成してないまま放置してあるものなんですよね。そのうち完成させようと思って10年も経ってしまいました。どういう風にしたかったのかもう記憶もあいまいになりかけてます。
インパクトありましたか。製作途中だったけど使って正解だったかな。

こちらこそこれからもよろしくお願いします。
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