【写真】モノクローム・セット +狂騒と郷愁

このところ何回か、比叡山とか新世界とか、「~へ行ってきました♪」というような場所的な情報がある程度意味を持つ写真を中心に上げていたので、今回はどちらかというとそういう場所の情報にあまり囚われないで撮っていたもの、写っている場所が何処かということが第一義的な意味をそれほど持ってないような写真を何枚か上げてみます。場所の情報が必要となるとそういうものを撮るという意識が働いて、ちょっと観光写真に何処か踏み込んだような写真になりがちというか、それもまぁ面白いんですけど、そういう写真とは別の、わたしという個人が非常に個的な関心を持った、ひょっとしたらそれは他人と共有できないようなわたしにしか意味を成さないものなのかもしれないけど、そういうもうちょっと個的な関係が写しこまれてるようなのを上げてみるつもりです。そういう写真も撮ってみたい写真のカテゴリーだったりします。
とはいってもカメラ構えてる間中いちいちこれは個的な関心で撮ってると意識してるわけでもなくて、一方「~にいってきました♪」という写真を撮っている合間にもそういう関係が滑り込んでくるというか、観光的な写真でも個的な関心とは無縁に撮ることはおそらく不可能と思うので、そんなにいうほど明確に区別できるものでもないんですけどね。

ちなみに今回のは全部モノクロです。最近モノクロにはまってます。タイトルははまりもののモノクロにぴったりな80年代のニュー・ウェーブ系だったかな、ロックバンドのバンド名から拝借しました。本当はモノクローム・セットって白黒テレビのことを指すそうなんですけど、語感的にぴったりなので、細かいことは気にしないノリでいきます。このバンド目当てに来てくれた人、ごめんなさい。ロックバンド、モノクローム・セットの話題はなにもありません。
ちなみにロックバンド、モノクローム・セットとわたしの係わり合いは、バンド名がかっこよくてレコードも一枚買った記憶があります。ジャケット写真は明度の低いモノクロの飛び込みの写真のようなものが使われていて結構かっこよかったです。

最近の持ち出すカメラ構成といえば、メインにハッセルブラッドかNikonのFM3A、あるいは所持してるLC-AだとかDIANAなんかのトイカメラのどれかと、サブカメラに何かコンパクトカメラを一つといった感じになってます。メインが大体標準系のレンズでサブのコンパクトカメラが広角タイプのレンズ。フィルムは片方がカラーならもう一方はモノクロとこんな組み合わせにしてる場合が多いです。
今回使ってるカメラはサブカメラとして持ち歩いてるニコンのAF600というもの。このカメラには通称というか愛称があって、Nikon Miniとも呼ばれてます。ブログで最初に使ったのは暑中見舞いの記事に貼り付けた紫明通りの公園にあった噴水の写真で、それ以降も折に触れてちょくちょくアップしてます。この前の新世界探査行でも何回か連れて行って、この時はカラー、モノクロ両方を日を代えて詰め込んでました。モノクロだとフェスティバル・ゲートがこのカメラで撮った写真になってます。

ではどんなカメラかというと、見た目はこんな感じ。

NIKON AF600
Nikon Coolpix P5100

プラスティックの質感全開で見た目は恐ろしくチープなカメラです。でも実はこのカメラ、見た目のチープさにかかわらず写りはかなりいいんですね。それはもう吃驚するくらいに良い。わたしはこのカメラで撮ったものが始めてプリントされて手元に返って来た時、綺麗に撮れるとは聞いていたけど、その仕上がり具合を見て、次に早く使いたくて仕方なくなるくらい目の覚めるような印象を受けました。写りは、実はレンズはOEMのものでニコンのものじゃないそうですけど、いかにもニコンらしいくっきりとした写り方でハイコントラスト、色もコクのある乗り方をしてます。また、これは必ずしも高性能な結果でもないんですけど周辺部分の減光もあってかなりドラマチックな写り方をするのも面白く、ハイコントラストで色ノリがよくて周辺光量落ちのドラマチックな描写というと、このカメラは云うならばきわめて精緻に写るLC-Aじゃないかと思いました。3万近くするロシアの気まぐれカメラよりも3000円前後で買えるこのカメラのほうがはるかにコストパフォーマンスが良いです。

でも写りはいいのに、操作系は最悪なんですよね、このカメラ。開発費用の大半を写りの方に費やしたために、操作感のほうを全然考慮できなかったという感じでかなり使いにくいです。小さなゴムのボタンが本体に埋め込まれたような感じで並んでいて、押しにくいこと夥しい。爪を立てて押し込まないと反応しないようなボタンばかりが並んでます。シャッターもゴムボタンで、こちらは多少は大きいボタンになってるんですけど、クリック感はまるでなし。押し込んでいってもいつシャッターが切れるのかさっぱり分からずに、かなり押し込んでるとある瞬間にシャッターが切れたという手応えも無しにいきなりシャッターが切れるという感じ。さらにこのカメラ、発売されていた当時はパノラマが流行ってたのかパノラマ写真対応になってるんですけど、そんなほとんど使わないパノラマ切り替えスイッチが、硬いプラスティックの操作しやすい材質でファインダーの横に大きく一番使いやすい状態で設置されていて、カメラそのものの操作のしにくさを思い合わせると、どう考えても理不尽としかいいようがないです。

フィルムに関しては新世界に連れて行ったときはカラーのフィルムを詰めてることもあったんですけど、使うにつれて詰める比率はモノクロ・フィルムのほうが圧倒的に高くなって来てます。使ってるモノクロ・フィルムはイルフォードというイギリスのメーカーが出してるXP2 SUPERっていうもので、これはカラー・フィルムの現像と同じ行程で現像できるようになってるモノクロのフィルムとなってます。
実はカラー・フィルムとモノクロ・フィルムはカラーが染料発色、、モノクロが銀結晶発色という風に、像を作るプロセスに違いがあって、現像過程も異なってます。わたしは現像は以前に書いたムツミに持って行ってるんですけど、カラーのほうは1時間もあれば出来上がってるのに対し、モノクロはこの過程の違いによって、コダックなりフジなりの専門のラボ送りになり、現像仕上がりまで日にちがかかります。
イルフォードのこのモノクロ・フィルムはモノクロだけど銀結晶発色じゃなく染料発色のほうを使って像を作るようになっていて、そのためにモノクロ・フィルムであってもカラー・フィルムと同様に1時間ほどで仕上がるという利点があるんですね。フィルムの値段は本来のモノクロよりも結構高くなってるんですけど、手軽というポイントはかなり高くてこのフィルムはこのところよく使うフィルムになってます。

でもそれでは手軽だから全部モノクロはこれにするかというと、行程がやっぱりちょっとイレギュラーという感じがあって、普通のモノクロ・フィルムでも結果を残しておきたいという気分もあったりします。それに普通のモノクロ・フィルムのほうが圧倒的に安いというのも理由になって、結果としては今のところ、普通のモノクロ・フィルムと併用していくという形になってます。

☆ ☆ ☆

純正のモノクロ・フィルムという話では、10月の終わり頃にひらかたパークに写真を撮りに行った時のこと、この時はNikonのFM3Aにコダックのモノクロ・フィルム、サブカメラとしてCONTAX TVS2にカラー・フィルムを詰めて行ってきたんですけど、この時撮ったモノクロのほうを翌日ムツミに持っていくと、コダックは最近値上げして、現像に1200円ほど、納期は11月の11日と、この時持って行った日からみると約2週間後になると云われてしまいました。
価格の倍増も痛いけど、撮った写真の仕上がりがどうなってるのか2週間たたないと確認できないというのはちょっと酷い。撮った写真を見て次はどうしようかと考えたりするので、こういうフィードバックが上手く出来ないと、わたしの場合結構写真が撮りにくくなってくる部分があるんですよね。
それで、なんだか云いなりにお金を払ってるからぼったくられてる?っていう疑念もないことはないんですけど、ともかく1回に1200円で2週間待ちなんていうことは受け入れがたいので、他に何かいい方法はないかと今現在思案してる最中となってます。
コダックを止めてフジのフィルムにしてみるとか、コダックのフィルムを使って別のカメラ屋に現像を出して条件に違いがでてくるか確かめてみるとか。あるいは自分で現像してみるとか。
実は最近この自分で現像してみるというのが結構大きな選択肢になってきてます。カラーは現像液の温度管理がかなり厳密だとかいろいろと要素があって自分でやるのは難しいらしいんですけど、モノクロに関しては意外と簡単でむしろ自分で現像するのが一般的だとか。

ということで最近現像タンクだけ買ってきてしまいました。

タンク
Nikon Coolpix P5100

現像を自分で出来るようになると、出来上がった写真を見る初めての人間がわたし自身ということになってそういうところも気分いいし。現像に出してると、現像してる人にこんな作品気取りの写真撮ってるやつがいるんだなんて思われてるだろうなぁと想像することもあったりして若干の思い切りが必要な時もあるし、まるっきり写ってない失敗を見られるという覚悟もいったりします。
だから自分でフィルムを現像することで、そういう揺れ騒ぐ感情から離れられるのも良いんじゃないかと思ったりしてます。それになにより最後に結像するまでの過程のかなり大切な部分を自分でコントロールできるならそれに越したことはないとも思うし。
今はタンク買っただけで、こんなリールに暗闇の中でフィルムなんて巻けるのか!?と尻込みしてるような段階ですけど、そのうちアップした写真の下に、自慢げに「自家現像」なんていう単語をくっ付けるようになってるかもしれません。

☆ ☆ ☆

自家現像の話はそれとして、Nikon MiniとILFORDのモノクロ・フィルムで撮っていた写真をいくつかアップしていきます。

高瀬川
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

今回の写真では場所の情報はそれほど意味を成してないと書いたものの、まったく書かないのもなんだか頼りないのでちょっとだけ記しておきます。ということでこの写真を撮ったのは高瀬川、四条の交差点付近。
円形の橋の形が面白かったのと、柵の影が伸びてきてる様が気に入って撮りました。
でも最初にとったのはこれじゃないんですね。
この場所を最初に撮ったのはこちらのほう。

パノラマ橋
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

パノラマ写真です。しかもまったく意図せずのパノラマ写真。
AF600にはパノラマ機能がついてると書きました。そしてその切り替えスイッチがファインダー横のきわめて操作しやすい場所にあると。実はこのカメラを持ち歩いてる時わたしはバッグの外ポケットに突っ込んでるんですけど、突っ込む方向とパノラマ切り替えスイッチがスライドする方向が同じ方向なものだから、バッグに入れた拍子にバッグと擦れてパノラマスイッチが勝手に切り替わることがたまにあるんですね。切り替わった時にはスイッチの横に黄色のサインが出てるんですけど、ファインダーを覗こうとしてカメラを顔に近づけてると視界に入っていても意外と気がつかないもので、この時もスイッチが切り替わってることに気がつかずにシャッターを押してしまいました。
本物のパノラマだったらまだしも、このカメラのパノラマは、というかこのカメラが新製品で出回ってた頃のプラスティック・コンパクト・カメラに装備されていたパノラマ機能はほぼ全部そうだったと思いますけど、ライカ判の通常のフレームの上下をマスクしただけの見た目が横に細長いだけのパノラマです。映画のフレームも横長の形にするのは上下にマスクをつけてるからこういうパノラマ化の方法が徹底的に邪道というわけでもないものの、どうもいんちき臭いパノラマにしか見えないです。

このフィルムを同時プリントしてもらったら、期せずしてパノラマで撮ってしまったこの写真だけネガスリーブ一杯くらいの幅がある異様な大きさのプリントにしてありました。
アップした写真は通常のものと横幅を同じにしてあるからそうは見えないかもしれないですけど、通常のL判よりも大きくプリントされたものをみると、ただ上下を制限した本当は元のフレームよりも小さくなってるのに、見た目は不思議なもので確かに横に広がってるように見えないことはなかったです。
でも大きくプリントしてみれば横にワイドに見えないこともないといっても、もともとこういう画面で撮るつもりだったものじゃなかったので、この写真はあくまでも撮りたかったものの上下が欠けてしまったものという印象から逃れることは出来ずに、その結果わたしは撮ろうと思って撮れなかった写真をもう一度撮るために、何度かこの橋の近くに立ち寄ることになりました。
そうして撮ったのが最初の写真ということになります。パノラマで撮ってしまった写真と同じ条件になるように何度か足を運んでるうちに、この方向に影が落ちる時間はかなり限られてるということに気づいたり、時間帯としては正午過ぎくらいのほんのひと時のチャンスなのになぜか正午頃になると曇ってくるという嫌がらせのような日を重ねた挙句にようやく撮れた一枚でした。
見て分かるとおり同じような光景でも微妙に異なってます。柵の影の落ち方とか橋の影の中で一部フレアのようにぼんやりと光ってる川面とかやっぱり気に入ってるのは最初に撮った写真のほうで、後で撮ろうとしたものは最初に見た光景をなぞるようなものにしかならなかったような気がします。
最初に撮る、ファインダー越しにその世界と最初に特別な関係性を持った瞬間がやっぱりベストショットということになるのかなと思ったりしました。直感に従ってなのかとにかくカメラを持ち上げたくなった結果の最初のショットってやっぱりかなり特殊なものが働きかけてる気がします。何度撮っても最初のショットにあった何かはもう一度はなかなか写し取れないものだと思いました。

こんな風に書いてますけど、でもパノラマそのものは嫌いじゃないです。上下マスクした見てくれだけのパノラマじゃなくて本当に周囲を見渡すような広大なパノラマだったら撮ってみたいと思います。そういう写真が撮れるカメラがもし手元にあるなら、縦構図で路地のパノラマを撮ってみたいですね。

☆ ☆ ☆

ライト
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

吉田善重、煉獄エロイカ風。
といっても何のことかさっぱり分からないでしょうけど。
吉田善重監督の映画に「煉獄エロイカ」という映画があって、その冒頭のシーンが駐車場だったかの奇妙な突起物が並んだ天井に張り付くように設置されたカメラがゆっくりと前に進んでいくというものでした。いきなりのシーンで目の前の平面が即座に天井だとは見えずに、奇妙な空間が目の前に広がってるという感覚を覚える場面です。

場所は新風館の中庭に設置されたステージの天井付近。
映像派の監督の映画が好きで、眺めてるうちにこの「煉獄エロイカ」が連想されて、天井を這い回るカメラを模倣するつもりで一枚撮ってみました。映画のように天井の鉄骨にカメラを密着させるのは不可能だったので、コンセプトだけの借用。
云われないと何の写真かよく分からないですね。

☆ ☆ ☆

明りのある光景
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

レトロビル
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

カフェ
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

旧毎日新聞社京都支局のビルの周辺。
レトロなビルで他にも写しどころは一杯あるはずなのに、天井近くの片隅で灯っていたただの明りをスナップ。わたしはあまりこういうものに意味は乗せないほうなので、この明りに何らかの写すべき歴史的な価値があったとかそういう理由でもなく、単純にちょっと気を引いただけという動機であったような感じでした。ただ暗い内部から入り口を通して見える明るい外の光景というのは割りと好きなヴィジョンかもしれません。比叡山のケーブルの駅でもそんな感じの写真撮ってたので。
このところカフェのテラスで休憩するのにはまっていて、この旧毎日新聞社ビルの西側に道路を挟んでオープンテラスのある喫茶店があるんですが、そこでコーヒーを飲んだりすることが最近は多いです。ジュンク堂で本を買ったりした後ここまで来るのはかなり寄り道的な感じになるんですけど、テラスに座るために寄り道してます。そして旧毎日新聞社のビルが目の前にあるので、ここで座るたびにこういうビルの写真撮ったりしてました。
テラスのような屋外の席に座って行きかう人を眺めてるのは結構面白いですね。通りすぎる人の写真を撮るのもあまり気兼ねなく出来るし。

☆ ☆ ☆

ランチ
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

10月の中ごろ、出町柳の駅からそのまま西に向かって、北野天満宮まで写真撮りながら散歩した時の写真。その時のお昼ごはんの写真ですね。
同志社の近くまで来た辺りで昼ごはん食べようと思って、どこに行こうか迷った挙句、わたしが知ってる時は同志社の学生会館、今は法科の大学院関連の建物になってる施設で、その一部がレストランになってるところを見つけ、ちょうどわたしがはまり中のテラス席もあったので、ここで食べようと決めてしまいました。
結構洒落た風の外観のレストランだったけど、入ってみると食券システムのセルフサービスの店で、同志社の施設の中だったからまるで学生食堂に紛れ込んだみたいな感じでした。
食べたのはハンバーグ・ランチ。向こうのマグカップに入ってるのはスープでこれはランチセットのうちの一つ、さらにパスタサラダと普通のサラダがもってある形になってました。手前のアイスコーヒーは追加で頼んだものでしたけど、これだけのものが追加分も含めて全部で7~800円程度とかなり安かったです。ただ安いだけあってハンバーグはお湯につけて暖めるようなのと大差なかったような感じでした。
ハッセルブラッドもフレームに入れて撮影。この日はメイン・カメラにハッセルブラッドを連れて行った日だったんですね。
初めて行ったレストランなんかで注文した料理を写真に撮ることは割りとよくあるんですけど、料理をモノクロで撮ったのはこれが初めてでした。料理をモノクロで撮るってどうなんだろう?しかもわざと暗い絵になるようにして。

それでこの日、ランチを食べてからやたら歩いて北野天満宮にたどり着いてから撮った写真の一枚がこんなの。神社のわりに、灯篭が3Dで迫ってくるような異様な躍動感があります。スペースハリアーっぽい?ちなみにアーケード版のスペースハリアーは全ステージクリアできる腕がありますよ。

境内
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

地図で見てると歩けると判断して歩いてみたものの予想以上に遠くて、たどり着いたときにはへとへとになってました。電車でくるよりも北野天満宮はバスで来るのが圧倒的に来やすいロケーションになってるんですけど、わたしの平衡感覚の脆さから云うと自動車関連は市バスでも下手したら酔ってしまうことがあるので、この日の行動は、それならば途上で色々と写真を撮れる利点もあるし、距離的にもいけそうな気がするから、目的地まで試しに歩いてみようと思ってのことでした。でも車で酔わなかったのは思惑通りであったとしても、疲れ具合はあまり計算には入ってなかったです。
ということで、たどり着いた時にはもう夕方近くになってたということもあってハッセルでもAF600でもほとんど写真を撮る気が失せてしまった感じになってました。

この写真はそうじゃないけど、ここは牛のご神体が多いんですよね。何体も安置してある祠がいたるところにありました。これがちょっと面白かったです。あとここは定期的に市が立つのでそのときのほうが面白そうです。

☆ ☆ ☆

糺の森
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

こちらは下鴨神社の境内にある巨大な森林、糺の森。
母の一周忌が終わって神社への出入りが許されてから行ってみました。少し前に外側から撮った写真を一枚載せたあの森です。
でも森の写真って難しいですね。特にモノクロで撮ると鬱蒼と茂ってるというよりも細々として煩雑な感じのほうが強くなってくる感じ。以前哲学の道に行ったついでに法然院の写真を撮った時も木立の群生が煩雑に写ったのを思い出します。
この写真は日がさした時を狙って撮ろうとしたものなんですけど、落ちる光の筋でも写らないかと思った思惑は外れてしまったものの、日に照らされた木々が白っぽく写ってちょっと現実離れしてる印象になったようで、そういうのは面白いかなと思いました。
糺の森はとにかく森ばかりだから写真を撮ろうとして訪れた人間にはある種の試練のようなところがありますよ。だってどこ撮っても一緒なんだもの。これでヴァリエーション豊かに写真が撮れたらそれだけでも腕がいいといっても良いんじゃないでしょうか。
結局下鴨神社に行った記事は思わしい写真が撮れなくて今のところ書けずじまいになってます。

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新世界付近で撮って新世界の記事には載せなかったもの。

新世界の何処かにある
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

淀屋橋駅
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

上の写真は新世界で撮ったもの。このオブジェ、あまり新世界風じゃないですけど、新世界のどこかにおいてあります。どこにあるのか探してみるのも一興かと。
ど真ん中において撮影してあとで真ん中過ぎたかなと思ってたのが、現像が上がってきてみるとこれはこれで良いじゃないかと思えた写真でした。というか真ん中で全身見せるのが一番良いような見せ方になる被写体という感じかな。ど真ん中に置くのって構図がどうしたとか余計な知識が入ってるせいでなんだか芸がないように見えて、写真撮る上で結構勇気がいるんですよね。

下の写真は地下鉄御堂筋線の淀屋橋駅。新世界に行くのに京都からは京阪を利用、京阪の淀屋橋駅で下りてたから、この駅は新世界へ行くまでの中継地点になってました。天井の照明が大昔のSF映画にでも出てきそうなイメージで楽しいです。

☆ ☆ ☆

雨の日
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

水に映る街角
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

先斗町付近。
雨の日の撮影です。出掛けから雨が降っていたんですけど、ちょっと外出する用事があって出ないわけにはいかない日でした。こんな天候の日でも撮る機会があればと思ってバッグのポケットに入るこのAF600だけ持って出かけて、雨の中傘を差して撮ったものの一枚。
水に反射する映像とか、以前にガラスに映る映像が好きといったりしてたのと同様に、こういうのも好きなので撮りたいと思ってるものの、雨の日にカメラを持って撮影に出かけるってよほど勢いのある気分の時でないと出来ないような気がします。
本当は雨の日でしか撮れない絵もあるわけだから、晴れてようが土砂降りの雨が降っていようが写真撮るとなると出て行く以外に行動の選択肢はないはずなんですけど、現実的には窓を開けてしのつく雨でもみてしまうと、それだけで気分は強力に足止めされてしまうことになります。

防水のカメラが一台欲しいです。京都の中を歩いてると外国の観光客なんかが小雨の中をデジタル一眼をぶら下げて平気で歩いてるのをよく見かけるんですけど、あれ、雨に濡れてもカメラ大丈夫なのかなぁ。デジタル一眼って防水になってる?

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陸橋
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

橋のある光景
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

朽ち果てる資材置き場
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

東福寺近辺。
わたしは機械だとか鉄骨だとか工場だとか、結構無骨で構築的なイメージのものも好きなので、影によってエッジの効いた感じのイメージになってたのが目に付いてスナップしました。

下の橋は同じくこの近辺、九条通りと鴨川が交差するところで撮ったもの。ここは写真に写ってる九条跨線橋と東山橋が並走している場所で、写真は東山橋に立って撮ってます。

この辺り、高架下なんかにまるで終戦直後のようなボロ小屋風の資材置き場とかあって写真撮りたくなる光景の場所が多いです。でもこの界隈は映画「パッチギ」の舞台になったところで、はっきり云って危ないです。街の気配も普通とは明らかに違って、アウトローがたむろしてるような雰囲気一杯です。人がいないのを見計らってカメラ出したりしてたんですけど、あまり近寄らないほうが良いかも。

☆ ☆ ☆

美術館にて
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

木陰
Nikon AF600 : ILFORD XP2 SUPER 400

岡崎公園付近。
上のは近代美術館の休憩コーナー。こうやって見てみるとわたしは斜めのラインが入った構図が好きなんだと改めて気づいてしまったりします。ひょっとしたら3DCGなんかやってるせいなのかも。平面的に併置するような絵の作り方よりも圧倒的にこういうタイプの構図が多いです。

下の木立の写真は、なんか良いんですよね。ただ木が並んでるだけと云っても良いのに、なんか良い。場所的には府立図書館脇のちょっとした木陰を形成してる一角になります。この場所の左背後にゴッドフリード・ワグネルの大きなモニュメントがあって、写真撮るとしたらワグネルが誰か知らなくてもこのモニュメントのほうが見栄えが良いんでしょうけど、わたしはこの場所に惹かれてモニュメントの裏側に回りこんでしまいました。なにかいいなぁと思いながらシャッターをきったものの、依然としてこの場所の何が良いのか自分でもよく分からず、でも何度見てもこの光景にはわたしに何処か良いと思わせる何かがあります。最初に書いたようにわたしにとってきわめて個的な関係性が成り立ってしまった場所なのかもしれないですね。

☆ ☆ ☆

モノクロ写真は純粋に光の軌跡を描こうとする分、具体的な印象に導くカラーよりも抽象性が高いものになるように思えます。色だって光の要素なんだからカラー写真も光の軌跡を描いてるんですけど、色は具体的な事物の属性だとか、色によって呼び起こされる感情だとか、結構他の要素を絡めとりながら具体性に富んだイメージを結んでいくところがあるようで、そういう点ではモノクロのほうが光そのものを描こうとしてる分より抽象的な媒体であるような気がします。モノクロ写真でも被写体という具体的なものは存在するけど、被写体を描くと同時に被写体を切っ掛けにして光そのものを描くことで成立してる写真でもあると思います。

白から黒への無限のグラデーションだけで成り立ってるモノクロ写真はこの世界が光に満ちているのをなぞるかのように光に満ちてます。光があふれ出るような空間だけではなく、たとえ闇を大きく含む暗い写真であっても、闇は光なしには存在できないゆえに、光の変奏曲のように、それもまた光について述べようとした写真なんだとわたしは思っています。

光でなり立つ世界を、ただひたすら光に満ちて写し取ることの豊穣さに目が行くと、モノクロはカラーによって駆逐された古臭いものじゃなく、モノクロでしか撮れない世界もあるというのが良く分かって、モノクロで撮るのが本当に楽しくなってきます。ファインダーから見える世界は色つきなので、そこから光の世界がどういうものとして立ち現れるか想像しながらシャッターをきっていくのも面白いです。

それとモノクロは事物を幾分抽象化してわたしの目の前に提示してくるというポイントでは、これは見たまま写真、説明的な写真からちょっと違う位置で写真を成立させる、案外簡単な方法の一つだったりするんですね。見たまま写真、説明的な写真からいかに逸脱するかというのは写真撮ってる人はもういつも考えてることだと思います。対象の切り取り方、構図だとか、光の方向だとか、普通だと思いつかないようなアクロバット的な視点だとか。その点モノクロは無作為で撮ってもなんだかそれなりに世界を異化して写真っぽい写りにしてくれるのでとても便利だったりします。
もっともモノクロの抽象性にあまり頼りすぎると写真は上手くならないとは思うんですけどね。



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Elza Soares - Herois Da Liberdade


以前この曲を探した時、このエルザ・ソアレス・ヴァージョンが見つからなくて、マリア・ヒタのものをアップしたんですけど、今度はお目当てのソアレス版を見つけてしまった。マリア・ヒタのはなんだか鼻歌みたいなのんきな始まり方から意外なほど感動的なポイントまで引き連れていく面白い出来になってたし、それはそれでいいんですけど、こういうストレートでハイテンションなのはやっぱり王道的で圧倒されるところがあります。
ブラジル音楽の黄金期にサンバの女傑として活躍した形破れの歌手。中年以降の歌声はドスの効いただみ声というか下品な響き方に聴こえる時があってあまり好きじゃないんですけど、これは良いです。特徴的なハスキーで意外に伸びのいい声がその魅力を最大に披露してます。アルバム自体がもうジャケットの写真で想像できる通りのアルバムで、狂騒と郷愁が入り乱れる混沌のなかに巻き込まれるようで、すごい面白いです。一枚聴きおわると猛スピードで引きずりまわされた後のようにへとへとになってますよ。



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Elza Carnaval & SambaElza Carnaval & Samba
(2004/03/02)
Elza Soares

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例のごとく廃盤の模様。しかもこれ、未だに国内盤もリリースされてないようです。エルザ・ソアレスはなぜか日本では知名度がないから。





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コメント

こんにちは(^^)

モノクロの世界、素敵ですね~。
惹きこまれて、見入ってしまいました。
鮮やかなカラー写真とは、また違う味わいがありますよね。
モノクロの方が、影が際立ちますね。
高瀬川、四条の交差点付近の2枚の写真が面白いです。
時間によって、こんなにも影が違うという事を、あらためて認識できました。
食べ物のモノクロ写真も、良いですね~。
色がないのに、不思議なことに、とても美味しそうにみえます。

これからは、自家現像の写真も増えそうですね^^
写真の現像シーンなんて、映画やドラマでしか見たことが
ありませんが、かっこ良いです。
自分で、できるようになったら、本当に楽しいでしょうね。

岡崎公園付近の写真も、とても良い雰囲気ですね^^

りい子☆さんへ

こんばんは!

モノクロの写真、良いでしょ。カラーとはまた全然違う世界が表れてくるようなところがあって、こういう世界ってカラーではやっぱり表現できないんですよね。モノクロ使ってる人って、カラーが足りないなんて思いながら使ってる人は皆無だと思います。
実は影にポイントを持って来ようと、今回アップした写真全部、明るさを落として暗い絵にわざとしてます。全体に淡く光が回り込んだ写真も綺麗なんですけど、せっかくのモノクロだから、影が主体の絵もかっこいいだろうなぁって。本当のところを言うともっと極端にして、記憶の中の風景みたいな闇の中に薄ぼんやりと浮かんでる世界のようなのが撮りたかったんですけど、今回はそこまでは徹底できませんでした。

高瀬川の写真でわたしも思ったのは、本当に唯一無比の瞬間を切り取ってるんだということ、その一瞬はその時を逃しては二度と撮れないって云うことでした。この写真は思わないパノラマという結果になってしまったんですけど、そういう一瞬を逃さないために、構えたらとりあえずシャッターをきってみるというのはかなり大切じゃないかなということを思いました。その結果としてつまらない写真を撮ってしまうことが大半なのかもしれないけど、撮らなくてあとで後悔するよりはずっといいと思います。デジタルはやり直しが効くからこういうことはあまり考えないかもしれないけど、フィルムは一齣引き返せない消費をしてしまうから、結構こういうことを考えますよ。

料理の写真はわたしはちょっと判断できかねるところがありました。でも美味しそうに見えましたか。この場合は色を連想するようなところがあったのかなぁ。モノクロって色はついてないけど、そこから色を感じ取ることはありますよね。抽象的な分だけ見ている側の想像力を刺激するところもあるのかもしれません。実際は安っぽいハンバーグで美味しいというほどではなかったんですけど、量だけは満足できるくらいありました。

現像は本当に自分で出来るのかまったく予測が立たないです。今時現像のついて詳しく書いてるような本もあまり見つからないというか、ネットで情報を拾い集めてやってみるしか選択肢がないような作業になりそうです。行程自体は単純な化学反応だから、やり方さえわかればあとはそんなに難しいことはないと思うんですけどね。
まずは暗闇の中であのリールにフィルムをまきつけるところから練習しないと。写真のリールはフィルムをセットしたらあとは半自動的に巻き込んでいくような面白い設計になってるもので、いらないフィルムで試してみたら巻くのは意外と簡単だったんですけど、実際に本番でやったらどうなるかなぁ。考えてるほど簡単には行かないような気もします。
フィルムをリールにまいてタンクに入れて蓋をしたら、後の作業は光のあるところでやれるものばかりなので、作業自体は楽になると思います。

岡崎の木立の写真よかったですか。あの場所、本当にどうして気に入ってるのか自分でも分からないんですよね。明確にこの形がかっこいいとかじゃなくても、気配とかそういうあいまいなものに対して上手く嗅覚が働くような感性を磨いていきたいとは思ってます。スナップ写真でそういう感覚は持っていると凄くいい武器になりそうですから。でも云うのは簡単でもそういう感性を持てるようになるというのは極端に難しそうな気がしますけどね。ここはもう撮りまくる以外にないのかもしれません。

No title

モノクロの現像はやっていたけど
暗室になるような場所があれば簡単ですよ~♪
プリントとかは機材が必要になって来ますけど
現像の仕方で写真が変るのも面白いし・・・
私の場合は職場に暗室も機材もあったので
それを借りられたのですが
お店に出すようになっても、現像時間とか指定しました。
焼付けも楽しいので是非!(笑)
お金かかっちゃうけどね。機材揃えるのに。
でも長い目で見るとお得かも。

モノクロは良いですよね~♪
色が無い分、見る側の想像力もかきたてられるし。
どの写真も多分、カラーで見たら別の印象なんでしょうね~。
薄荷グリーンさんの写真って私好みの幻想的な近未来の雰囲気な感じなのですが
それがより強調されてて素敵♪

ROUGEさんへ

こんばんは!

自家現像やってましたか。ROUGEさんは本格的に写真やってる感じはしてましたけど、やっぱりここに行き着いてしまうんでしょうね。
今のところプリントまでは考えてないです。現像はタンクとあとちょっとした道具や薬品をそろえるだけで出来そうですけど、焼付けとなると部屋つぶして暗室にしなければならないし、焼付けの機械も桁外れに高価になってくるのでちょっと手が出るような領域じゃなくなってきます。とりあえずは1200円取られそうな現像だけでも自分の手でできたらなぁといった感じ。でも印画紙に焼付けって良いですよね。フィルムで撮ってるのって湿式のプリントの可能性を確保しておくという意味合いもあるのでできればいつかは自分の手でやってみたいですね。
以前に住んでた家には、父が写真をやってたので暗室がありました。赤い明りに満ちた不思議な空間と見慣れない機械の類は記憶の中に残ってます。焼付けの機械は残念なことにとっくに売り払ってしまったようですけどね。

どうやらモノクロのフィルムって現像時間ややり方で随分と状態が変わって出来上がるようで、そういうのも自分で確かめてみたい気があります。今回の写真はフォトショップで若干加工して暗い絵にしてるところがあるんですけど、最終的に得られる絵は過程の柔軟さでいくらでも変化していくというのもちょっと分かってきて、フィルムが写した時の条件できっちりと固定されるものでは必ずしもなくて、思ってる以上に自由に変化させられるものだというのもフィルムを使うことが面白くなってきてる要因の一つだと思ってます。
要領が分かったら、わたしも店に出す時には現像時間の指定をしてみたいです。


モノクロ本当に良いです。カラーももちろん綺麗で面白いけど、色がないのが頼りないと思うような状態から、それとはまた別個の世界が作れるとわかるとモノクロは本当に面白くなってきますよね。

幻想的な写真って本当にわたしが撮ってみたい写真だと思います。カメラを手にして色々試して、自分ではかっこいい写真は撮れないだろうなぁと思うことがあったり、ゆるくて可愛い写真も守備範囲じゃなさそうって思ったりしてます。
自分で思い描くような幻想的な写真が撮れるようになりたいですね。目標はサラ・ムーン?

No title

こんばんは

モノクロ映像というのは、普段目にするものから、いろいろな情報が抜き去れている分けですが、私は特に時の感覚っていうんですか、それは、昼なのか、夜なのか、いつの時代のものなのか、というのが分からなくなっていて、普遍化されてるって思うんですよね。
この写真を見ていたら、これは、過去でもなく今でもなく未来でもなく、そして、過去でもあり今であり未来でもあるみたいな、そんな風に思いました。
あと、音楽で例えるなら、やはりアコースティックな楽器が主体の昔ながらのジャズって感じになりますか。
なので、雨に濡れた歩道と、JAZZと書かれた看板の写真を見て、「やっぱコレだぜ」と思ってしまいました^^

エルザ・ソアレス、派手ではあるけれども、ハスキーさが郷愁を誘う感じ、良かったです。
この曲のメロディーも同様で、愁いを漂わせた感じが良い曲ですよね。
あと、オルガンの音が絡むのがいい味付けになってると思いました。
それと、この赤白のド派手なジャケットは、白黒と好対照になってるんですけど、狙ったものなんでしょうか?(笑)

No title

実家現像の文字が載る日が楽しみです。

新世界の画像、いつもひかれます。
大阪って一回しか行ったことないけど、
薄荷グリーンさんの写真で、再発見という感じ。

じっくり歩きまわりたい場所です。

ジオヤーさんへ

こんばんは!

わたしが書ききれなかった部分を補足してもらってるような感じがします。どうもありがとうございます。
モノクロって何しろ光の痕跡以外のものはすべてちょっと脇においておくような世界を作るから、時間もまたその範疇に入ってしまうのかもしれないですよね。特定の時間の出来事、光景だったものも、具体的な属性から少し身をずらすことによって普遍的なイメージを何処かに纏っていくような感じというか。時間が経っても古びたというよりも何処か遠くの世界で垣間見る光景という感じになっていくのかもしれないって思いました。

この記事の写真はわざと暗くしてるので昼の光景でも薄暗くなって昼夜があいまいな感じになってるんだと思います。記憶の中にぼんやりと浮かび上がってるような、幻灯機で壁に写されてるようなイメージというか、撮ってる時はあまり考えてはいなかったけど、明度を落としてるときはそんなイメージを思い浮かべてました。記憶の中の世界も考えてみると時間と空間を超越してる世界だから、ジオヤーさんが指摘してくれたものと関連してるのかななんて思ったりしました。

ジャスの看板、いいでしょ。わたしもこれを見つけたからここで写真を撮りました。先斗町は夜になったら賑わってくるけど昼間は眠った街で、看板も雨に濡れるからここにおいてあるというよりも、まだ動き出す時間じゃないから通路の片隅でまどろんでるといった感じでした。
でも昼間といってもここまで人がいない光景はあまり見たことが無くて、これは雨が降ってくれたおかげだったのかもしれないです。雨といえば道路の向こうのほうがもうちょっと霞んだようになってくれれば云うことなしだったんですけど、ちょっと雨の日の雰囲気は足りないっていう感じはします。これがちょっと残念なところ。
そういえばブルーノートのジャケットとかモノクロ写真に単色の色がかけてあるようなのが多いですよね。グラント・グリーンのアルバムなんかかなりのものがそんな感じ。やっぱりジャズとモノクロって合うのかなとわたしも思いました。ジャズの音が聞こえてくるようなモノクロ写真って撮ってみたいです。今度カメラ持って出かけるときはiPodに一杯ジャズを入れていこうかな。

この曲は特に郷愁感があるような感じでエルザ・ソアレスの声にはぴったりの選曲だったんじゃないかと思います。
それと巻き舌がいなせなんですよね。わたしは未だに巻き舌ってどうやってるのか分からなくて出来ないです。こういうのって巻き舌を使う世界にいてると自然に使えるようになるものなんでしょうか。
それとオルガンいいでしょ。わたしもオルガン好きだからこういう風に使ってくれるとそれだけで楽しくなってきます。

赤白とモノクロの対比は全く考えて無かったです。そういう意味だとコントラストが効いてこのきじの閉めにはちょうど良かったような感じですね。無意識の内に最良の選択をしていたと、そういう感じだったのかな。

とのさんへ

こんばんは!

現像代金1200円に納得いかずに勢いでタンクを買ってしまったんですけど、さてどうなるか。他にも道具をいくつかそろえないといけないので、といっても一番高いタンクを買ってしまったからあとは費用的にはそんなに負担にはならないんですけど、まだすぐに始められるという段階じゃないです。
やり方もネットで断片的に仕入れてくるものを筋道立てて自分の中で纏めなければならないのがちょっと不安というか、勘違いとか絶対にしそうな感じです。やってみればどういうことなのか分かるようになると思うので、とにかく一度やってみるというのが一番。でも最初は絶対に失敗するだろうと思ってます。もっとも失敗したらそれでまた記事が一つ書けるかも知れないという利点はありますけどね。

大阪わたしも面白いです。京都は道路は碁盤の目でどの曲がり角も直角に交わって印象はどれも一緒、やたらとお寺はあるけどそうそうお寺ばかりも行ってられないし。そういう風に京都の印象が若干単調になってきたりした時に大阪に行くと新鮮で面白いところが一杯あると思います。新世界は動物園に行きたいのでまたその時に訪れたりすると思ってます。通天閣もまた登ってみたいですね。ただ梅田の地下街とか地下鉄の路線とか本当に迷ってしまうし人が多いのでそれだけで疲れてしまうところもあったりします。だからそうしょっちゅう行くことも出来ないですけど、気が向いたら遊びに行ってみたいです。

ちなみにあの人型のワイヤーフレームのオブジェ、通天閣の三階にあります。

モノクロとても素敵でした。

こんにちは^^

私はカメラは分からず、写真はひたすら見て楽しむ方なのですが、カラーでごまかせない分、モノクロって深いなあと思ってみていました。いつも色が付いた世界を見ている分、日常が、非日常に変わる様な、ちょっとした違う世界に紛れ込んだ感じがしました。

Nikon Miniなど、私みたいに写真の事をわからない素人にも良い情報も入っていたり、奥深いブログだと読むたびに思います。ときどき入る突っ込みが面白かったり^^

光のコントラストで織りなされる、薄荷グリーンさんの世界に今回もちょっとお邪魔してしまいました。モノクロってカラーだとブレに見えそうなものが、却って味になったりするのが面白いですね。それともこれは狙ったものなのか!?(素人なのでちょっとわかりません)とにかく、それさえ素敵に見えるモノクロの世界っていいなと純粋に思いました。

非日常を日本に求めてくる外国人観光客の方々には、京都もとい、日本のモノクロ風景写真は、とても受けそう!

とても素敵でした。お邪魔しました^^

p.s. 紅葉の写真も楽しみにしています。自家現像も写真ができたら是非アップしてくださいね。

No title

モノクロ、いい味でてますね~

新世界のオブジェ・・
どっかでみたことありますが・・
てっぺん?忘れました。笑

御堂筋駅・・なかなか良いアングルですね。
どうやって撮影されたんですか??笑

京都もよく食べ歩きしてたので、
思い出します・・

どれも素敵なポストカードに見えますね~
市販だったら、買ってますよ・・^^

希さんへ

こんばんは!

モノクロもこうやって見るとなかなか面白いでしょ。シンプルで、でもシンプルなわりに色つきの世界を見慣れてる目には見たこともない世界を見せてくれるところもあってなかなか奥が深いです。今回の記事の写真はあえてコントラストが効いてる様な絵にしてるんですけど、低コントラストで諧調が滑らかに出てるような写真は独特のぬめり感のようなものがあって、これもまた面白い絵になります。色がないからぱっと見はなんだか足りないものがあるような気になるんですけど、本当は結構豊かな世界でもあるんですよね。

カメラの説明はカメラそのものに興味がない人にはあまり意味のない部分だと思います。わたしもこういう部分は書こうか如何しようか迷うところが結構あります。でも検索なんか見てるとカメラの情報を得ようとしてきてくれてる人も結構いて、そういう目的で来てもらってる人にもちょっとした情報、ほとんどわたしが使ってみての感想みたいなものなんですけど、そういう情報を含ませておいたほうがいいかなと思って、書いてしまうことが多いです。わたしがどういう風に使うのか分からなくて調べて知ったこととかも役に立つかもしれないと思って書いてます。こういうフィルムカメラって新製品で買うことはまずないので、中古品だとマニュアルなんかがついてないのが当たり前なんですね。
つっこみはさりげなくたまに入れてます^^
ただ淡々と機能とか書いていてもわたし自身が退屈になってくるので、そういうのを挟み込んでちょっと遊んでるところもあるあります。そういうところも面白く思ってもらえたら嬉しいです。

ぶれとか荒れとか、写真に起こることはすべて表現手段に転化できるんじゃないかと思ってます。ぶれだとか荒れはカラーだとちょっと悪目立ちするかもしれないですけど、モノクロは結構自然とその世界を作るスパイスになったりするので、うまく使えると面白いですよ。わたしの場合は今のところ狙ってどうのこうのというより偶然の成り行き任せ、偶然面白い効果がでた何かがあったら、次はそういう効果を意図的に出せないかといったことは考えたりしますけど、何が起こるかわからないという撮り方に近いかもしれません。フィルムはその時試したものがどんな具合になってるかその場では分からないので、現像が仕上がってくるのはわくわくしますよ。

外人さんもたまに見に来てくれる人がいるみたいです。楽しんでもらえてたらいいんですけどね。

紅葉はもうFM3Aにカラーフィルムセットしてスタンバイ完了してます。どこの紅葉を撮るかでまだちょっと迷ってるんですけど、見ごろはそう遠くない時期にやってきそう。あまり迷ってる余裕はないかもしれません。
自家現像、最初は上手く出来ないと思いますけど、上手く出来なくても記事としては面白そうだからその時は書くと思います。乞う御期待っていうところですね。

SATOMIさんへ

こんばんは!

モノクロ結構良いでしょ。シンプルなんだけど意外なほど表情豊かな世界を作ってくれて。そのシンプルでスタイリッシュな世界がいいと思ってしまったら、結構はまってしまうと思います。メインカメラにカラー、サブカメラにモノクロって云う組み合わせにしてると最近はサブカメラの出番のほうが多かったりしますよ。

あのオブジェ、場所は正解ですが、てっぺんじゃなくて3階でした。SATOMIさんが大阪にいらっしゃった時は通天閣の中に初期通天閣のジオラマが展示されてたかどうかわたしは知らないんですけど、わたしが訪れた時はこのジオラマ展示の階はジオラマにあわせてノスタルジックな空間に設えてあって、その中にこのオブジェが陳列されてました。他にも古い時計だとかも並べてあって、昔の雰囲気作りをしてました。

淀屋橋は単純に見上げて撮ったんですけど、通勤客とかが周りで流れを作ってるところで、一人立ち止まって上のほうを向いてたから結構目立ってたかもしれないです。わたしは御堂筋線の各駅に趣向を凝らした照明が設置してあるのが妙に気に入ってるんですけど、中でもこの照明はレトロSFの雰囲気一杯で一番のお気に入りかもしれません。毎日ここを使ってる人にはどうということのない照明だと思うから、そんなものに熱心にカメラ向けてたのはやっぱり変なことしてると思われてたんじゃないかと思います。最近そういうことってあまり気にならなくなってきて、多少神経が図太くなってるんじゃないかと危惧したりしてますよ。

京都は観光客がとにかくカメラぶら下げたりしてるから、街中でカメラ構えるのがあまり違和感なくできるのがいいです。でも撮るとなるとやたらとお寺の写真が多くなったりして、バラエティに富んだものを撮るのは意外と難しいかもしれません。この辺りはちょっと悩み中かな。大阪に行ったのも京都っぽいものとは違うものが撮りたかったというのもあるかもしれませんね。
食べ歩きマップみたいなのを写真つきでやってみるのも面白そうですよね。ただいまの季節にやると体重が増えそうでちょっと危険が多すぎる気がしますけどね。

ポストカードになったら楽しいでしょうね。美術展に行ったりしたら売店でポストカード買うことがあって、絵とか写真とか手軽に手に入れられるのが楽しいです。いつかそういうのの仲間入りが出来たらいいと思います。
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