【写真】伏見稲荷大社にて 4 熊鷹社 1 【音楽】The Rutles - Between Us

熊鷹社 内部

奥社奉拝所からのお山めぐりの鳥居の参道が、谷間をゆるゆると蛇行しながら延びているのに沿って歩いていると、やがてこれからの山登りを予感させるような石段が現れ、その石段を登っていくと目の前に、稲荷山の参道では初めてとなる御神蹟、熊鷹社と新池が現れることとなります。
それまでの道はまだ平地と変らないわずかに登り傾斜した程度の道だったけど、それでも徐々に山を登ってることには変わりなく、また鳥居のトンネルで周囲を囲まれていたり、谷間沿いでそれなりに稲荷山の樹木の陰の中を歩いてきたりしてるから、この池の畔にやってきていきなり視界が開けて明らかに山中の、下界とは雰囲気の違う光景が眼前に広がるのはちょっとスペクタクルな視覚体験となっています。
石段を上り詰めて池を目にした外国の人で、あまりに吃驚したのかオーマイガッ!なんて思わず口にしてる人がいるくらい、視覚の変化は感覚的な刺激となって目の前に現れるようです。この外国の人の口から漏れた感嘆の言葉は、この新池に沿うようにして犇めき合ってるお塚群と、あとで説明するように妙に似合った表現だったりするんだけど、口走った当の外国の人はそんなこと想像もついてないだろうなぁ。


新池


熊鷹社3

新池の対岸は完全に森の中となって池の畔には近づけなさそう。熊鷹社と池を一緒に収めようとすると、少し回りこめるこの位置周辺しかなくて、おそらく熊鷹社と池を撮った写真は大半がここからとることになり、似たような写真が大量にこの世界に存在することになってると思われます。
それを考慮して池よりも隣接するお塚群をフレームに入れてみたけど、似たような写真のちょっとしたバリエーション程度の違いにしかならなかったかな。


熊鷹社4
熊鷹社と細い参道をはさんで、お供えや灯明を売る店の窓。差し込む光がなかなか風情があったので。


稲荷山山中にも昔は社なんかが建っていたけど、応仁の乱で消失し、以後社は再建されずにその地を御神蹟として残すのみだったそうです。明治に入ってから七ヶ所の御神蹟の位置が定められて親塚が建造され、今の形になったんだとか。場所としては稲荷山は古くからの神域なんだけど、そのパワーを眼に見える形で眼前に立ち上げている事物は、古代からの時間の層に比べると意外と新しいものが多いような感じです。
親塚に祭られてる神様の名前は昔から伝わる名前を継承してるけど、ふもとの稲荷大社で祭られてる五柱の神様とは名前が異なっていて、なぜ違う名前で現在まで伝えられてきたのかは今でも謎なんだそうです。
一応明治になってから正式に位置を決められた七神蹟のなかに、この熊鷹社は入っていません。でもお山巡りの参道の傍らに立ててある御神蹟参拝地図には掲載されてるので、御神蹟の一つなんだと思います。話によると、伏見稲荷大社が直接管轄してるのが明治に位置を定められたこの七神蹟で、参道傍らの御神蹟地図に載ってる熊鷹社を初めとする他の御神蹟は信者が私的に建立したものだということらしいです。そういえば熊鷹社にいたる鳥居の中に、大正時代に建てられた古い石の鳥居でなにか、熊鷹會とかいうような熊鷹社を建造した信者の組織の名前というか、そんなことをイメージさせるような文言が刻まれています。

熊鷹社の眼前に広がる新池は別名谺ケ池といい、池に向かって手を打つと、木霊が帰ってきた方向で行方知れずの人の手がかりが得られるという言い伝えがあります。もっともわたしがここに来てる間で手を打った人は皆無。誰かを探してる人そのものがいなかったのか。
熊鷹社の祭神は熊鷹大神。一発勝負の神様だそうで、そういう勝負をかけようとする人が参拝するところらしいです。ギャンブル好きが引き寄せられそうな気がします。

☆ ☆ ☆

熊鷹社に隣接して新池の畔に沿うようにしてお塚の集積地域があります。お塚とは大きな石碑のようなものに神様の名前を刻み込んで祭り、両側に狐、前面に鳥居を配したような形になっている場所。
最初は、稲荷山のなかでも局所的に強いパワースポットにあった巨石とかが信仰の対象になって、今見るようなお塚信仰の形になったものだと思ってたけど、熊鷹社のような御神蹟はそういう感じで成立してるようではあるものの、お塚に関してはどうやらそういうものではなかったようです。
最初に外国の人が「オーマイガッ!」って口走ったのが、妙にこの場にフィットしてるというようなことを書いたけど、このお塚群はそれぞれが個人で奉納したもので、祭っているのはその個人がお祭りしてる神様。この場所の場合は熊鷹社という局所的なパワースポットの近くでそのパワーを借りるように、ある種の依り代のような意味合いだと思うけど、自分の神様の降り立つ場所を塚という形で設置し、自分の祭ってる神様の稲荷山での居場所を作るというような存在だったようです。云うならばごくプライベートな参拝施設といった感じ、まさしくマイ・ゴッドの場所でした。


熊鷹社お塚1


熊鷹社お塚2


熊鷹社お塚3


熊鷹社お塚5



ただ個人が祭ってる神様というのは説明されると理解できるんだけど、その個人の神様で作ってるこのお塚の異次元はまさにカオスという以外にないところがあって、たとえば個別に祭られてる神様の名前を取り上げただけでも、中には異様な名前の神様のお塚が見つかったりします。この熊鷹社だとその脇に寄り添うようにしてある塚には確かヤエコ姫大神と書かれていたし、もっと上に上ってみたお塚には豆ちゃん大神っていうのもありました。これはお塚を奉納した信者が自分でつけた神様の名前だとか。
もうこの辺はちょっと調べたくらいでは歯が立たないくらい妙な世界で、これらお塚に記されてる神々の名前はすべて稲荷神の別名であるとか、別名はまぁ納得できるにしてもその別の名前を明らかにその人の趣味でつけてるとしか思えないような名前があるのはいったいどういうことなんだろうと。自分が信仰してる神様だから元はお稲荷さんだけどそれはそれとして、自分の好きな名前をつけて拝んでる?
お塚に刻み込む名前は奉納した人が自由に決めるにしても、一般的な神様の名前とか、稲荷山に関連する神様の名前とかを刻むんじゃなく、周りの人も止めなかったんだろうかと思うくらい結構歯止めのない自由奔放な決め方をしてるような、そのあたりの事情が新参者にはさっぱり見当がつきません。ひょっとしたら自分もお塚を奉納したらその辺の事情も分かるのかもしれないけど、ブログの記事を書くのに自分のお塚を稲荷山に建てるというのも倒錯しすぎではあります。

調べてみても、信仰者の中には神璽を様々な名前で呼ぶものがいる、というところで収まってしまって、どうしていろんな名前で呼ぶ必要があるのかだとか、ふざけた名前でもかまわないのかとか、その先へ進むことが出来ずに、当分はこの奇妙な神様たちの名前の由来は謎として頭の中に残っていそうな気がします。
カオスといえば、お塚で何度か般若心経を唱えてる人を見かけたことがあって、帰ってから父に話したら神社なのに変な感じだと云われ、調べてみたら神仏習合の思想が稲荷山では今でも民間の宗教、風習として残っているということのようでした。
要するにここでは神と仏が未だに未分化で混ざり合ってる世界が存在していると、そういうなんだか今では文献でしか見ないんじゃないかと思うような世界を体現してる人が目の前で一心不乱に般若心経を唱えてるさまを眼にするのは結構生々しい感触を覚える体験でもありました。

ともあれ実情については今のところよく分からないことだらけのお塚なんですけど、最初に出会う熊鷹社のお塚でも十分に異次元の世界なのに、この先山を登って眼にするお塚群にはここよりももっと大規模なところもあって、熊鷹社を過ぎた後は、そのカオスに向けてさらに参道を登っていくこととなります。

熊鷹社お塚4

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裏参道の猫たち3
裏参道の猫たち。

伏見稲荷大社のお話はさらに続きます。



FUJI NATURA CLASSICA
OLYMPUS OM-1 +G.ZUIKO AUTO-W F3.5/28mm +ZUIKO MC AUTO-S F1.8/50mm
NIKON F3HP +Ais Nikkor F2/35mm
PRAKTICA MTL5B +SMC TAKUMAR F1.8/55mm

モノクロは自家現像です。


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The Rutles - Between Us


以前一度取り上げたことがあるラトルズから一曲。
モンティ・パイソンでビートルズの誕生から解散までの歴史を、ラトルズという架空のバンドを作ってそのまま冗談交じりで再現したのも面白いんだけど、ラトルズの曲を、それも何枚かレコードが出来るくらい本当に作ってしまったのが驚異的でした。
曲はいかにもビートルズだったら作りそうな曲で、知らなかったらビートルズの未発表曲だといわれても信じてしまうくらいの仕上がりになっていたのも凄かったです。
この曲なんかビートルズの擬態なんか関係なしに、ビートルズの曲が好きという感覚の延長上で本当に好きになってしまった曲だったりします。

このラトルズのイメージ設定、エリック・アイドルの間の抜けたポール・マッカートニーとか実際にこの驚異的な音楽も作ったレノン役のニール・イネスなんかはオリジナルのイメージにどこか共通する部分を残してる、要するにある程度は似せようとしてるんだけど、他の二人はジョージもリンゴも似ても似つかないんですよね。似てないところが笑わせどころだったのかなぁ。




ザ・ラトルズザ・ラトルズ
(1993/10/25)
ラトルズ

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