【写真】あじき路地 +【音楽】Ram On - Paul McCartney

あじき路地 01




五条の鴨川と東山の間辺りにあじき路地という一風変った名前の路地があります。
五条通りの北側を鴨川辺りから東山のほうへ歩いていくと程なくナガサワという喫茶店があり(この喫茶店、父の知り合いの店だったりします)、ここの角で道を北に折れてそのまま四条のほうに上がっていくと、大黒湯というお風呂屋さんが見えてきます。あじき路地はそのお風呂屋さんの北隣、お風呂屋さんと隣の家の間で東西方向に開いてる細い路地のこと。
路地の入り口にはあじき路地なんていう表示は一切ないし、この辺りは碁盤の目の道構成で似たような路地が次々に目の前に現れるから本当にここ?って思うかもしれないけど、このお風呂屋さんの脇の路地で間違いないです。

実のところ、最近までこの路地のことは知りませんでした。父にこんなところに行って写真撮ってきたというと、父もあじき路地の存在は知らなかったようでした。雑誌の京都特集なんかには取り上げられてるようだから、ひょっとしたら旅行で来る人のほうが良く知ってるのかも。
結構そういう雑誌には訪れるポイントとして紹介されてるようなので、紹介されてるからどんな見ごたえのある場所かと期待するものの、規模としてはかなり小さい、両側に町家の長屋を連ねて直進する、50mにも満たない、しかも袋小路になって通り抜けることも出来ない、その空間に居を構えてる人しか関係しないような生活空間的な路地だったりします。路地の入り口から向こう側に見えてる奥の突き当りまで歩いて行って帰ってくるのもあっという間。
そんな花街のように豪奢でもないごくありきたりのささやかな路地がどうして雑誌なんかの紹介されてるかと言うと、この路地、古い町家が並んだ長屋という風情もあるんだけど、ある種職人街とでもいえそうな、ちょっと特殊な場所になってるからでした。


あじき路地 02



あじき路地03


もとは住む人もいなくなり廃墟然とした長屋だったのを、普通だったら取り壊してしまう可能性もあったのに、大屋さんの意向で、取り壊してしまうよりは物作りに励んでる若手の職人さん相手に創作の場として貸しだしたほうがいいということになり、今の路地の形が出来上がったんだとか。
町家の再利用として結構前から小さなブティックなんかがその町家の外見を生かした形で、表通りから二筋も三筋も生活空間に入り込んだところで店開きしてるようなところもあるんだけど、おそらくこのあじき路地もそういう町家の再活性の流れの一環として存在してるんだろうと思います。

ただ活動としては普通の店のようにいつも開いてるというわけでもなくて、平日は町家の奥で創作活動に精を出し、週末の休みの日にその創作の結果を並べて店開きするというようなシステムで運営されてるようで、平日に行ってもまるでどこも開いてない、ただの閑散とした路地だったりします。
わたしは平日と週末の二回来てみたんだけど、平日は本当に人の気配のない静まり返った空間で、普通に日々を送ってる人が住んでるわけでもないから、町家的な生活臭もないちょっと不思議な空間になってました。週末はちょっと活気が出ていたというか、格子の向こうから料理教室なんだと思うけど賑やかな声が聞こえてきたりして、雰囲気はやっぱり平日とはちょっと変化していたような感じ。
ただ全体に町家そのままの形なので他人の家に入っていくような気がして、若干入りにくいところがあるというか、喫茶店もあって表にメニューが出てたりしても、本当に入ってもかまわないのかなと足を止めさせるようなところもありました。


あじき路地04



あじき路地05



写真ははっきり云って撮りにくかったです。路地の長さもそんなにないし、奥まで見通せるようなただ直進するだけの空間に、同じような外観の町家が軒を連ねてるだけ。各町家にはそれぞれ違う分野の職人さんが住んでるんだけど、町家を改造して店にしてるわけでもなく、表にちょっと植物とかオブジェを置いてささやかに空間演出してる程度なので、正直なところ何枚か写真撮ったらもう撮るものが見当たらなくなってました。
そういう状態からさらに違う写真を撮るようなのが腕の見せ所かもしれないけど、わたしはギブアップ。
写真のバリエーションを追加するには店の中に入るほかない感じだけど、そこまでやるのはちょっと気後れがします。

町家の再利用としては、これはたぶん正解なんだろうと思います。でもわたしとしては廃墟となったままでこの路地一本そのまま保存して欲しかったかなと思わないこともないです。一つの地域全部が廃墟になったところを探索するって職人街になってるよりもきっとワクワクすると思います。



あじき路地06



あじき路地08



使用した機材はカラーのほうはフジのティアラにヴィーナス800を詰めて、モノクロのほうはニコンのFM3AとイルフォードのXP2、フジのプレスト400という組み合わせで撮ってます。フジのプレスト400は自家現像でした。



☆ ☆ ☆


Paul McCartney - Ram On


ポール・マッカートニー、来日してはいるけど体調不良ということらしく、まぁもう年も年だから無理しないで体調回復に努めて欲しいと思います。
しかしそれにしてもあのポール・マッカートニーが64歳を超える年齢になってしまうなんて、想像もできないことでした。

これはビートルズ解散後、ソロとなったポール・マッカートニーがウィングスという新しい形を取るまでの間に作成されたアルバムに入っていた曲。
ビートルズ好きだと、大抵ポール派かジョン派かで好みが分かれたりするんだけど、わたしの場合はポールの音楽が好き。といってもサイケデリックをやり始めたころからの妙に凝った音楽よりもシンプルな初期ビートルズのサウンドが好きなので、ウィングスも堂々としたポップミュージック的に手の込んだ音作りが、レコードは何枚か持ってはいたものの、ポール好きといってもあまりのめりこむ要素にならなくて、好きといいつつ解散後のポールの音楽にはそんなに付き合っていたわけでもないところがあります。だからポールの音楽が好きというよりもビートルズのポールの音楽が好きといったほうが正確かも。
ジョン・レノンに関しては同じく解散後の話で行くと、この曲を好きな人には悪いけど、「イマジン」を歌った時点でわたしのなかでの評価は地に落ちてしまいました。普通の人が到底手にできないような富と名声を得た人間が、持たざる人間に対して所有することをやめよと説くような歌なんて、グロテスクな冗談以外の何者でもないし、多くの人が言ってるように共産主義礼賛、全体主義国家を夢想する歌としかわたしには思えませんでした。わたしは信心深いほうでもないけど死んでしまえば総て無意味というような、宗教のない、さよならだけが人生のような世界には住みたくないし、一つになった世界よりも多様な世界のほうが絶対にいいと思ってるから、ジョン・レノンも何でこんな歌を歌ってしまったのかなぁと思ったりします。
だからジョンにしても、ビートルズのポールが好きだったように、わたしはビートルズのジョンが好きというところかな。

ここを離れてしまうと、その輝きのいくばくかを失ってしまう、やっぱりビートルズは奇跡的な場だったということなんでしょう。

話を戻して、この曲は凝ったビートルズ後期とウィングスの中間で、ちょっと肩の力を抜いたかのように、ラフでシンプルに作られたのが、今になっては結構新鮮な響きとして耳に届いたりします。
実際にはいろんな音が入ってるものの最初に聴いた時はほとんどウクレレ一本の伴奏という印象が強くて、なんとも頼りない儚げな曲だと思ったんだけど、結局後になってもこのアルバムで一番耳に残ってる曲になってます。
どことなくのどかなウクレレと儚くメランコリックな響きが同居しながら空間を漂ってるような感じがいいです。





ラムラム
(2012/05/30)
ポール&リンダ・マッカートニー

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