【写真】祇園 白川 +【音楽】Singin' In The Rain - Doris Day

白川巽橋付近1



七月にはいり、もう少し我慢すればそろそろ鬱陶しい季節の終わりが近づいてきてるような頃合になって、気分としての夏は大好きなので、早くこの雨の季節が終わらないかと待ち遠しい思いに駆られています。光を通すカラーグラスの色だとか、ソーダ水のはじける泡だとか、赤い文字も凛々しいかき氷の幟だとか、木漏れ日の木陰だとか、麻の半袖シャツの手触りだとか、気分としての夏は気持ちの良い涼やかなイメージに満ちてるのに、実際の体感する夏は気分としての夏とは大違いで暑さと湿度に音を上げる日々となるんだけど、それでもこのじとじとした感触しかない雨の季節よりははるかにいいです。去っていくのを惜しまれる季節って春以外だと夏くらいだし、不快指数はうなぎのぼりだけど、生命感に満ちてそれだけ祝祭的で特別な季節なんだと思います。

祇園の白川、巽橋辺りで今年の5月の下旬頃に撮っていた写真。
ここは以前に桜の記事を書いた時にピックアップした場所で、自分にとってはわりと日常的に出歩いてる場所でもあります。

白川というとわたしが知ってる範囲では北のほうから哲学の道や銀閣寺の近くに流れ込んでる白川疎水道があって、これはそのまま岡崎の動物園の辺り(ちょっと前の記事、蹴上の浄水場の近くです)で疎水の流れに合流、その疎水の、今度は国立近代美術館の南側で支流として分岐し柳の並木を傍らに並べてそのまま祇園の辰巳神社の辺りへ流れ込んでいるという認識になってます。
岡崎公園で完全に疎水に分断されてるから同じ名前の別の水流なのかとも思っていたけど、明治期に疎水が作られた時にこういう分断する形になったようで、もとは一つの流れだったそうです。
四条の鴨川縁からこの辰巳神社辺りまでの、白川に沿って京町家と料亭と桜並木を従えた石畳の街路はとにかく京都っぽいイメージの場所というか、おそらく京都の特集をしてるような雑誌なんかではここで舞妓さんを配置して情緒を演出してるようなのが多いはず。
観光客もこの巽橋と辰巳神社のスポットで集まって記念写真撮ってるし、結婚式を行ったカップルの記念の撮影なんていうのにも頻繁に出会ったりする場所でもあります。
舞妓さんも見かけます。でもこの辺りの舞妓さんは観光客のコスプレの場合のほうが多いかも。

最近伏見稲荷から足が遠のいてから、さてどこで写真撮ろうかと決めかねてる時が多く、眩暈が治まり始めた頃合からまた色々と歩き回って写真を撮りたくなってはきてるんだけど、時期を合わせるように梅雨に入ってしまって、そういう決めかねてる気分に拍車をかけているような、なんだかもどかしい状態となりがちです。メリハリのない曇り空の日々の中で、写真撮りに行きたいと思うような場所も思いつかないまま、それでも写真は撮ってみたいという思いに駆られて、見慣れた街角で我ながらまたここかと思いつつシャッターを切ったりしています。
今回の写真はそんな気分や、そういう気分に近い状態で撮ったのが多いということになるんですけど、見慣れた場所で見ようともしなかった視点を探し出して写真を撮るという、ちょっとしたワークショップ的な課題で撮ってみてるようなところもあり、何かの訓練的な効果でもあるかなと思わないこともないです。

☆ ☆ ☆

最初の写真は辰巳神社の前で。この辺りは人力車も頻繁にやってきます。
これ、車輪の影が落ちるのを期待してたんだけど、そういう思惑はまるで反映されなかった写真です。人力車本体があるから影が綺麗にできる日であったとしても車輪だけが目を引く影にはならないかな。
辰巳神社はこのフレームの左ぎりぎりのところで入れてません。この神社と巽橋はとにかく京都的情緒のシンボルのような存在なので、イメージの喚起力が特定方向に強すぎ、フレームに入れるのがかなり難しいです。




白川巽橋周辺2

ちょっとありきたりかな。というか収まりかえって、静的すぎる?



白川巽橋周辺3

白川の鴨川への出口辺りに最近出来た店。ここはチョコレート屋?
上の窓と時計で、実は組み上げたいイメージがあるんだけど、条件が整わなくて未だに成功せず。
時計の写真も割りと好きなイメージかもしれないです。ただ時計は、あまり含みのないイメージとして明確に分かれることがある被写体でもある印象なので、時計だったら何でもいいというわけでもないです。
ここの時計はちょっと含みがあるイメージのほうにわたしのなかでは組み込まれてます。


祇園白川周辺4





暖簾

これだけは最近じゃなく一年以上前に撮ったもの。スメ8で撮った写真で程よくリアリティを喪失してるような感じがいいです。細い路地の向こうに料亭がある、その料亭の暖簾。暖簾のうえに花をかたどった飾りが散りばめられてました。

☆ ☆ ☆

今回の使用カメラはモノクロのほうがミノルタのNew X-700。レンズは時計のが望遠使ったかな。あまりよく覚えてない。他は50mmで望遠は使わなかったんじゃないかという記憶です。使用フィルムは記録してるけど、使用レンズまで記録しても煩雑になるだけのような気がして、こっちは記録してないです。

時計の写真以外はフジのプレスト400の自家現像。そしてその時計の写真はイルフォードのXP2で、これはカラー現像の方法で現像するモノクロフィルムだから自分では処理出来ずに、フォトハウスKのほうで現像してもらってます。
なんだか本物のモノクロフィルムの代用品って云うイメージが最初はあったフィルムだったんだけど、写りそのものは代用品的でもなくて、これはこれで独自の画質を持った、しかも手軽なモノクロフィルムとして使っていいんじゃないかと最近は認識してます。
カラーは上に書いたようにロシアの大衆カメラ、スメナ8Mで撮ったもの。フィルムは今は無きソラリスの100を使ってます。低彩度で雰囲気があって、店で売ってる最後の時期に、それもコダックのOEMになる前のイタリア製のがあるうちに間に合ったのは幸運だったけど、もう使えないのが惜しまれます。
ちなみに感度200のものだけどソラリスのイタリア製のものを一本、使わずに記念にとってあります。使用期限がとっくに過ぎてしまってるのは、使うつもりは無いからまぁいいか。

フィルムで撮る写真はフレームの向こうの世界とこちらにいるわたしとの間に文字通り薄い膜が介在してるような雰囲気があるというか、その薄幕がある分フレームの中に見えるものがカメラの介在さえも希薄化するほどのリアルではなくて、リアルと良く似た形でそこにあるということを意識化し、どれほど精緻なイメージで撮ったとしても、身も蓋もないリアリティからちょっとイメージをずらせて、含みを持たせてくれてるようなところがある気がします。そしてそういうところが使っていて面白いところじゃないかと思ってます。


☆ ☆ ☆


Singin' In The Rain - Doris Day



ジーン・ケリーのじゃなくて、ドリス・デイのバージョン。
ドリス・デイの歌声も、癖が無く端正で、結構好き。聴いている時の心地よさは、イーディ・ゴーメ並みかも。
持続する、動きを抑えたオーケストラの上で跳ねるピアノの音というある意味風変わりな編曲も、なんだか雨っぽいというか、愛らしくていいです。




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