【洋画】 パリ、テキサス

パリ、テキサス デジタルニューマスター版パリ、テキサス デジタルニューマスター版
(2006/08/25)
ハリー・ディーン・スタントンヴィム・ヴェンダース

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テキサスのどこかにあるパリという土地、自分が生を受けた土地でありそこに行けばまた0から始められるかもしれない場所、その神話的な場所を探してテキサスの荒野を彷徨う男、トラヴィス(ハリー・ディーン・スタントン)。この主人公が纏う詩的なイメージが際立ってます。
ただお話そのものとしては随分とありきたりなメロドラマでした。

砂漠を彷徨っていたトラヴィスが、とうとう力尽きて行き倒れてしまったところから物語は始まります。行き倒れて救助されたことで居場所がわかったトラヴィスを弟が迎えに来ます。
トラヴィスが身を寄せることになった、ウォルト(ディーン・ストックウェル)とアン(オーロール・クレマン)の弟夫婦のもとには元妻ジェーン(ナスターシャ・キンスキー)が託していったトラヴィスの息子ハンター(ハンター・カーソン)が一緒に住んでました。

トラヴィスとハンターの、父子の情の通いあっていく様がちょっと面白いんですよね。トラヴィスのほうは長い放浪で人と向き合う方法を忘れてしまったかのように、さらに長い間会ってない実の息子っていう特別な関係も重なって、どう振舞えば良いのか途方にくれてしまってる。息子ハンターの方が最初こそ他人行儀であったのが、そのうちぎこちなくはあるけれど、次第にトラヴィスに手を差し伸べてくるようになる。
どちらかというと子供のハンターの方がトラヴィスを導くような大人の対応をしていて、その辺りのハンターの心の動きが何だか健気です。

ところがトラヴィスとハンターがジェーンの元に行こうと決める辺りから、物語は明らかに質が変わっていきます。
親身になって世話してくれた人の良い弟夫婦のことを、この二人は全く気にかけなくなる。弟夫婦の家を勝手に飛び出して、元妻、母親の方に向かう物語の後半は物凄く自分勝手になって行きます。特にハンター。生きてきた時間の半分を共有した養父母に対するハンターの無関心は酷すぎる。
二人が全く無視してしまう結果、弟夫婦は後半の物語から完全に消えてしまいます。トラヴィスを引き取ったために我が子のように養ってきた息子を失ってしまうという結果になっているのに、弟夫婦のことはもうどうでもいい話とでも云わんばかりの扱い。

ありきたりのメロドラマであるうえに、物語の後半弟夫婦のラインを意図不明の形で投げ捨ててしまってる脚本はあまり良い出来とは思えません。そういう脚本なのに、映画が2時間以上の長さを飽きもさせずに見せ切ってしまうのは、これはやはり映像の力によってるんでしょう。

ロビー・ミュラーの撮影によるアメリカの道々の光景はアスファルトに降る雨の匂い、空気の湿り具合まで伝わってきそうな質感に満ち溢れた絵として見せてくれるし、終盤近くの覗き部屋のシーンもナスターシャ・キンスキーの美しさを確実に拾い上げながら、静かに緊張感のある場面を作り出しています。

劇中に出てくる8ミリの映像も良かった。記憶の中の光景、時間の隔たりそのものを見せるようなイメージの、幸せだった頃の8ミリの映像。トラヴィスらが懐かしそうに、黙ってこの8ミリの映像を眺めるシーンはこの映画で大好きなシーンの一つです。
それと通信販売で買ったテキサスのどこかにあるバリの土地の写真。バリの土地の写真は左端に折れた線が縦に一筋入ってるのが、これがまた良い。こういう写真に折れ線を入れてみる感覚が、映画全編で絵の質を上げてるんだと思います。

☆ ☆ ☆

ライ・クーダーの音楽は映画には合ってるんだけど、個人的にはボトルネック奏法のギターの音は、輪郭が茫洋としていてあんまり好きじゃなかったなぁ…。

☆ ☆ ☆

オーロール・クレマンが「ハンター」と呼ぶ時にフランス風に「アンター」って発音してるのが妙に可愛らしかった。

Paris, Texas Trailer


原題 Paris,Texas
監督 ヴィム・ヴェンダース
公開 1984年
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