蹴上、岡崎辺り + 赤瀬川原平さんの本をもっと読みたかった。 +Elysian Feels - Future Sound Of London

関西電力蹴上発電所
関西電力蹴上発電所 2014/05

煉瓦の建物繋がりで。
今年の春に蹴上の浄水場でつつじの写真を撮っていた頃、蹴上は久しぶりだったのでまたちょっと付近を歩いてみて撮った写真。実はこの建物、以前にトイカメラで撮ったものを一度ここに載せたことがあるんだけど、今度はモノクロで、画角も違うし、まぁ写真の雰囲気も変化してるだろうということで。
この発電所は側面は背よりも高いフェンスに遮られ、発電所との距離も離れていて上手く撮れず、この三条通に面してる部分のみ遮るフェンスもなく、高い位置から見下ろす形ではあるけど、撮影しやすい場所となっています。おそらくこの建築物の写真撮る人はほとんどがこの場所から撮ってるはずで、似たような写真が量産されてると思います。近寄れないということもあわせて、雰囲気を変えて写真を撮るといっても限度があるのがもどかしい被写体かもしれないです。

正式には関西電力の第二期蹴上発電所。琵琶湖疏水を利用して京都に電力を供給していた施設です。明治45(1912)年に完成したとあります。


蹴上発電所 窓
関西電力蹴上発電所 2014/05





蹴上発電所 星
関西電力蹴上発電所 2014/05



窓ガラスは割れたまま、壁面は蔦が這いまわり放題の巨大な廃墟。としか見えないし、実際のところ廃墟同然なのかもしれないけど、柵に沿うように歩き回って周囲を眺めてると、完全に放置され荒れるに任せたままという正真正銘の荒んだ廃墟とはちょっと印象が異なっていて、私が見物に行くような時間では今までに人の気配に出くわしたことはないものの、古びた煉瓦の建物の片隅に、普通に今風の出入り口らしきものが見つかったり、かなり手入れされてるような印象を持つところも結構あったりします。調べてみるとどうやら今も稼働中の施設のように記してあったり、京大の関連施設になってると説明してるところも見つかったりするんだけど、廃墟にしては小奇麗といいながら、現役のものとしては荒れすぎてるという、謎めいた雰囲気のある施設です。使ってるならどうしてガラスくらい嵌め直さないのかなぁ。

割れたままに放置されてる窓ガラス、建築物の上層階にあり近寄りもできないけど、離れた柵越しにその割れたガラスの向こう側、薄暗い中の空間の一部が詳細も分からないまま、薄明るい影のように垣間見える、こういうのは凄く想像力を刺激して、破れた窓ガラスの向こうでは、きっとある瞬間に凍りついたように時間が止まった空間が広がってるんだろうなと思い巡らすと、中の様子を見てみたいという欲望が沸きあがってきます。中を覗いた瞬間に立ち消える好奇心で、覗き窓に隔てられてるからこそ湧き上がる欲望なのかもしれないけど、それでもやっぱり中を見てみたいです。





インクラインからの階段
蹴上インクライン 2014/04

この辺りにやってきた時は大抵、インクラインの線路跡を歩いて、昔使っていた船なんかがまるで放置されてるとしか思えない形で雨ざらしの屋外展示されてるところまで上がってくると、そこから発電所施設の一部が、まるで「ミスト」の世界を思わせるような、住民が誰もいなくなった後も謎めいた機械が自律的に動き続けてる世界といった佇まいで建ってる、その傍らを通り抜け、人の気配のないままに山のふちを巡る水路を辿って、その先にある南禅寺の水路閣の上層へ辿りつくようなコースで歩き回るのが常なんだけど、この写真を撮っていた時はちょっと足を伸ばしてみようと、いつもはインクラインの線路跡を登りきったところで方向転換して「ミスト」の世界に入るところを、ここは方向転換せずに、さらに先へと歩いてみることにしました。

南のほうへ少し下り東へと九条山に分け入る道を選んで、木立の中の道を日向大神宮の方向へ。
日向大神宮の手前にはちょっとした人家の集落があって、それほど麓とは離れてはいなかったけど、こういうところに住んでる人もいるんだと物珍しげに辺りを見回しながら歩いてました。


木漏れ日の道
木立の道 2014/05





日仏交流会館 廃墟
関西日仏交流会館 2014/05
画面中央の赤い花がポイントだったんだけど、全然目立ってない…。


何だかお金持ちが住んでる?といった雰囲気があるようなないような集落を歩いてると、いきなり目の前に巨大な建物が現れてきました。凝ったデザインで並んでる閉じた窓の列や多階層のような外観が集合住宅かホテルのような施設を連想させるものの、人の気配が全くない。
今まで通ってきた小さな集落も外へ出て歩いてる人は一人もいなかったし、春の陽光が照り返る、無人で静まりかえった道路に一人立って、これまた人の気配が絶えた不思議な建築物を前にしてると、空間そのものが現実感を失っていきそうな感じになっていきます。
あぁ、これも廃墟なのか、と思いつつ、ここは柵等設けてなかったので、入り口らしい大きなガラスをはめ込んで閉ざされてるところへ近づいてみるとその脇には貼り紙がしてあって、この建物は関西日仏交流会館ヴィラ九条山というものらしく、なにぶん今年の春に一度読んだ切りなのでまるで正確には覚えてはいないんだけど、現在は使用しておらず別の場所に移転してる、でも今年の秋くらいにはこちらの会館も改装して再開するつもり、といったようなことが書かれていました。
一時休止的な状態であるということだけど、本当かなぁというくらい時間が途切れてしまってる印象があり、私が記憶してる通りだったら、今頃は再開して活気に満ちてるかもしれないものの、何だかその可能性は低そうな感じがします。

ここも中に入ってみたいなぁという欲望を抱きながら、交流会館の際から二手に分かれてる道を、一本はどうもさらに山の上にある老人ホーム的なところに通じてる道のようだったので、残りの一本のほうへ進もうとすると、交流会館の前にいた時は木立だか建物だかに遮られて見えなかったものの、角を曲がったとたん日仏交流会館のような再開予定のある廃墟途上のものじゃなく、本格的な廃墟が目の前に現れることになりました。

急に広い場所を見渡せるようになったわたしの視界に、この時は上手く写真に撮れなかったんだけど、単純に柵に遮られてる向こう側で荒れ果て朽ち果ててる巨大な施設の全貌が飛び込んできます。いかにも廃墟でもありそうな荒れた空間に囲まれた中とか、そんなところにあるんじゃなく、ごく日常的に明るい太陽に照らされた山沿いの集落を縫う道路のすぐそばにこんなものが存在するのはとても超現実的な光景でした。
帰ってから調べてみると九条山旧浄水場ということらしいんだけど、ここはちょっとかっこよく写真を撮ってみたい。

この時辿った道は旧浄水場の廃墟を傍らにして通り過ぎると、そのまま山を降りて麓の三条通りに出てくるようになっていました。三条通りをそのまま南に下っていくと程なく全和凰美術館の廃墟があるし、三条通りをはさんで向かいの山すそにはアクアパーク東山の廃墟があると、この辺りは廃墟の集積地になってるような感じです。廃墟巡りツアーとかできそう。


ミニチュア風アクアパーク東山
アクアパーク東山 2011/11

あまり気に入った撮れ方でもなかったのでアップしなかった、以前に撮ったアクアパーク東山の廃墟の写真も。しまっていたフォルダの日付によると、3年ほど前に撮った写真になります。
これ、昔の怪獣映画にでも出て来そうなミニチュア風の写り方になってる。ミニチュア風に写る写し方があるのは知ってるけど、そんなこと考えないで撮ってるのに何でこんなに作り物臭いんだろう。


☆ ☆ ☆

この前の記事をアップした日だったか次の日だったか、赤瀬川原平さんが亡くなったというニュースが流れてました。
わたしはこの人の本を結構読んでいて、昔は桜画報のころから、超芸術トマソンの頃まで、小説家として芥川賞を取った頃、老人力で世間的にも名前が知れ渡っていった頃くらいからちょっと離れていたんだけど、カメラを使い出すようになってから、「金属人類学入門」など、赤瀬川さんのクラシックカメラ好きというもう一つの顔のほうに手を出し始め、最近は以前読んで手放してしまった本なんかを古本で安く買いなおしていたりしてました。
60年代の日本の前衛芸術の一角を担うところから小説家まで、写真はまぁ趣味のほうで画業ほどには飛びぬけて上手いとは思わなかったけど、極めて多才な人という印象。著作に共通してるのは思いもつかないようなものの見かたをユーモアを交えて提示するといった感じのもので、その視点はこれも赤瀬川さんが著作で紹介した宮武外骨の「過激にして愛嬌あり」というキャッチがぴったりだったんじゃないかと思います。昔読んだような本を買いなおしていて、そういえばこのところこの人の名前をメディアで見かけなくなったと思っていたところの訃報だったので、何だか納得してしまったところもあるんだけど、もう新しい本が読めないのは本当に残念です。
昔青林堂に桜画報大全を注文した時、送られてきた本には頼んでもいないのに赤瀬川原平と直筆のサインが入ってました。赤瀬川さん、暇なのか?と思ったことがあります。
これも昔、60年代から70年代にかけての美術手帖を古書店で買いあさっていたことがあって、これに連載されていた赤瀬川原平さんの「資本主義リアリズム講座」というのがめっぽう面白かった記憶があります。お札の工作というような講義の回に読者が本当にお札を作ってしまい問題になったことがあったらしいので、そのせいなのかこの連載ものは未だにまとまった形で本にはなっておらず、こういうのをまとまった形で読みたいと思ってます。

本屋に行ってみても追悼のコーナーが出来てるわけでもなく、澁澤龍彦さんが亡くなった時も本屋はほとんど反応しなかったし、その頃から本屋文化はまるで駄目になった印象なんだけど、未だに駄目なままで続いてるっていうことかな。


☆ ☆ ☆


Elysian Feels - Future Sound Of London



Elysian Feels by the Amorphous Androgynous
さわりの部分だけだけどライブの様子。



フューチャー・サウンド・オブ・ロンドンの曲は別名義であるAmorphous Androgynousでリリースしたアルバム「アリス・イン・ウルトラランド」を聴いた時にビートルズのサイケデリック方面の今風の再構築だと思ったことがあって、時代を経てよみがえったシタール鳴りっぱなしのエレクトリック・トリップミュージックに心騒いだことがあったんだけど、この曲もその延長上にある感じかな。
スネアを連打するドラムが結構好き。




Isness & the OthernessIsness & the Otherness
(2012/05/22)
Amorphous Androgynous

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この曲はいくつかヴァージョン違いがあって、ここに載せたのはアビーロードヴァージョン。わたしはこのヴァージョンが好き。アルバムとしてはThe Othernessに収録されてます。







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