山科の街中で 陽射しよけの布、坂道 他 + Breakbot - Baby I'm Yours (Siriusmo Remix)

日よけ
陽射しよけの布
2015 / 05 / Fuji Tiara + 28mm F3.5 / Fuji C200





坂道
坂道
2015 / 04 / Nikon FM3A + Ai-S Nikkor 50mm F1.4 / Fuji C200



公道から勝手に他人の家の玄関先までぎりぎりに近寄り、一瞬立ち止まって他人の生活空間の表層の一片を切り取ってるような写真。わたしはいつだって傍観者だから深入りしない態度はいつ何を撮っても維持してるつもりだけど、それでも考えようによってはあまり褒められた行動でもないかも。誰も通ってないと思いつつ写真機構えてあれやこれややってると道の遥か端、視界の遠くの隅に人がやってくる気配を感じ、その場を少し離れてやり過ごそうとしたら、よりによってその写真を撮ろうとした家の中に入っていく人だったとか、こんなの結構あります。誰も通ってない道路だったのに、たまたまやってきたたった一人が目の前で眺めていた家の人だったなんて、何だか酷いタイミングに遭遇するように神様にプログラムされてるような気がすることも多いです。幸い今のところ文句を云われたことはなくすんでるけど、何しろ大胆不敵には程遠いタイプだから、とがめだてされたら暫くカメラ持てないくらいにめげるだろうなぁ。
一度東寺の周囲の住宅街で廃屋があったのを道路から眺めてたら、声をかけてくるおじさんがいて、東寺のほうからですかといったことを聞かれたから、東寺に来たついでに街中で街の様子を写真に撮ってるというようなことを返事すると、どうもその廃屋に住んでいた人のことを知ってるらしくて、その廃屋のいきさつとかを説明してくれました。
これが当たり前とばかりに堂々と撮ってると、意外と街中でする行為として何の不自然さもないものに見えてくるということもありそう。


錆びた蝶番
錆びた蝶番
2015 / 04 / Nikon FM3A + Ai-S Nikkor 50mm F1.4 / Fuji Provia100F


断片的なイメージの収集。対象には特殊な意味があるわけでもなく、あからさまにこれが美しいものだとも主張はしない。
でも切り取ることで、その切り取る形によっては何かが生成し、その生成する何かは、直接的なものではないし、随分と個人的なものだと思うけど、云うとするなら美的といえるような何かに通底してる気配がある。
対象が美的な存在に変貌するわけじゃないままに、そういう気配が漂う写真になればいいと。
云うのは簡単なんだけどね。



植物の家
川と廃屋
2015 / 05 / Nikon F3HP + Ai-S Nikkor 35mm F2 / Fuji Provia400X



☆ ☆ ☆



Breakbot - Baby I'm Yours (Siriusmo Remix)


他人の曲を好きにアレンジして別の作品にしてしまう何とかリミックスとか、やってる人たちによほど興味があるんじゃなければ、関係とか素性がよく分からないんだけど、これはBreakbotの Baby I'm Yoursという曲をMORITZ FRIEDRICHによるソロ・プロジェクトであるSIRIUSMOがリミックスした曲ということらしいです。BreakbotもDJでリミックスとかやってる人らしいし、仲間内でアンダーグラウンド的な盛り上がり方を拡散して行ってる人たちなのかな。
いつにも増して他人事のような書き方しか出来ない。

ネットで写真を紹介してるところがあって、そこで写真眺めてたらバックに流れてきた曲の一つでした。なんかファンキーなノリへの外し方の微妙なバランスとキャッチーなメロディの混合状態が面白かったので記憶に残った曲。
元のBreakbotのも聴いたけど、ボーカルの声質、歌い方はそのままに、このバージョンよりもアレンジは大人し目のメロウなファンク調のポップという感じだったかな。

DJと云えば、レコードを素材にしてターンテーブルで遊んでるというイメージ、元レコード好きとしては何だか賛同できない扱い方なんだけど、そんなDJ的な扱いじゃなくて、そこに収められた音楽を聴くために今LPレコードに手を出す人って予想以上に増えてるみたいですね。
先日山科から地下鉄東西線で市役所の辺りまで帰ってきた時、御池の地下街でレコードフェア的な催し物をやってたんだけど、これがまた大盛況の状態でした。ダンボールの四角いボックスにLPを詰め込んで並べてあるその前に、5~6人が立ち代り入れ替わってるなんていう程度じゃなくて、ボックスの前ごとに満員電車並みの人の塊が出来上がってる。これにはちょっと吃驚。LPレコードの存在感を思い出して自分も混じってボックスからちょっと引き出してみたりしてたんだけど、CDに変えてしまうことで捨て去ってしまった感触が蘇るにつれ、針のノイズがなくなるだとか、置き場所に困らなくなるとか、どうでもいいような利便性と引き換えに、何だか本質的なものを放棄してしまったんだろうなという感慨へと結びついていくようでした。CDになってからって、わたしの場合はあまり音楽を聴かなくなったし、それほど身を入れる対象でも無くなってしまったから。
今簡易型のレコードプレーヤーが生産が追いつかないほど売れてるそうで、これは会場でも売ってました。本体埋め込みのスピーカーで簡単にLPレコードが楽しめると書いてあったけど、これ買ったら本式にスピーカー揃えないと気がすまなくなってきそうだなぁと、でも結構欲しいと思ってしまいました。













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