壁伝う影 + William Basinski - d|p 1.2

壁

2014 / 10 / Leotax F + Summitar 50mm f2 / Fuji SPERIA PREMIUM 400





快挙ゲート

2014 / 10 / Leotax F + Summitar 50mm f2 / Fuji SPERIA PREMIUM 400





直進
駐車場
2014 / 06 / Minolta SRT101 / Kodak Gold 200


タイトルはワンダと巨像から。影と壁が要素になってるというだけで写真の意図に特に合ったタイトルでもないけど。
上の2枚は萬福寺の近くにある自衛隊の基地周辺で。自衛隊の基地に隣接して、というか自衛隊の一部なのか、廃墟じみた一角があって、そこで撮ったものです。撮った時は凄くかっこいいのが撮れたと思って現像が仕上がるのが楽しみだったのに、出来上がったのは最初の思惑ほどではなかったという写真でした。でも暫く放置しておいて結構時間が経ってから眺めなおしてみると、思ってるほど酷いこともないかなと、自分の中で居座る位置がレベルアップ。撮った時には自分でも気づかなかった無意識的なものに、何がきっかけだったかは自分でも分からないけど反応するようになったとか云う感じかも知れないです。
最後のは西九条の辺りで撮影。これも最初は要素が少なすぎると思ってた写真だったんだけど、何度か見直してるうちに、このくらいの何もなさ加減のほうがよかったように思えてきた写真でした。闇に沈み込む中に開いた四角い光の窓も何だかかっこいい。

無意識に任せて撮ってみる。判断はその場では下さない、といったところです。





☆ ☆ ☆


William Basinski - d|p 1.2


ミュージシャンであり作曲家でもあるミニマリスト、ウィリアム・バシンスキーによるミニマル・ミュージックの作品。
わたしの勝手なイメージだけど、初期フランク・ステラのようなミニマル・アートにも引っ張られて、ミニマル・ミュージックって言葉を見ると無機的であまり情緒的じゃない音楽を思い浮かべるところがあります。でもこの作品はそういう意識で聴き始めるとかなり新鮮な感覚を覚えることになると思います。短いフレーズがループしてる全体の平坦さはまさしくミニマル・ミュージックなんだけど、聴いた感じは殺伐としてるどころか、相反するようなメランコリーに満ちてる感じがします。アンビエントっぽい感じもあるから、情緒的な部分はそういうところによってるのかも。

ちょっと面白かったのが、バシンスキーは古い録音の音源を使って、オープンリールのテープデッキで繰り返しループさせるような曲作りをしている人だけど、ループさせるうちにテープの劣化などによって音源自体が痛んできて、その結果音の輪郭が曖昧になったりにじんで混ざり合ったりするようになっても、バシンスキーはそういうのを厭わないどころか積極的に活用するらしいということ。こういうバシンスキーの思考を知った時、この考え方はわたしが銀塩写真に対して考えてることと凄くよく似てると思いました。
フィルムとデジタルのどちらがいいなんていうテーマで論争なんかが起きてたら、フィルム派の人は大抵記録の物理的な堅牢性のようなものを、単なるデータの記号的な存在であるデジタルの脆弱性に比較して取り上げるんだけど、これ、わたしが思うには全く逆。
フィルムは時間の経過で劣化するし、むしろ劣化するのがデジタルにはないフィルムの面白いところなんだと思ってます。これはフィルムの弱点じゃなくて、要するにフィルムは撮った瞬間からの時間さえも取り込んで変化していけるということ。云うなら定着されたイメージも時間の中で生きているということで、これは撮った瞬間に凍りついたようなイメージから、意図的な加工によってしか変化することが出来ないデジタルにはない、あえて言うけど長所なんだと考えます。
フィルムに対してこんなことを思ってるから、バシンスキーの劣化する音も取り込んでいく作品の作り方には凄く共鳴するところがありました。

とにかく半端なことはやらないとでも覚悟を決めてるのか、これでもかと反復が続きます。気の長い人でないと最後まで聴けないんじゃないかという気配が、最初の数ループで既に頭をもたげ始める感じかな。数えたことはないけど、終曲までに一体何回ループしてるんだろう。
途中で2回ほとんどの音がストップするところがあって、延々といつ果てるともなく続いてきた音が消え去る少しの間は、その反復する終わりのない音空間に馴染んできていた耳には急に予想もしない場所に放り出されたような気分を呼び起こされるところもあって、妙にドキドキします。
この一瞬は意外とスリリング。













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