そこには何もない、かも知れない

川の畔で
PENTAX K100D SUPER + SMC PENTAX-A 50mm f1.7




腐臭を放つほどに艶かしい花
PENTAX K100D SUPER + SMC PENTAX-A 50mm f1.7


先月の中ごろからどういうものなんだろうと、色々と体感する目的で持ち出していた古臭いペンタックスのデジイチで撮った写真から。最初はマニュアルフォーカスの50mm一本で、その後年末に35-80mmっていうオートフォーカスの望遠を追加して、追加したのが自分の意図で手を出すのは珍しいオートフォーカスのレンズだったのは、中古で買ったボディが本当にオートフォーカスで動くか確認したかったから。結果年明けをはさんだ期間はマニュアルとオートフォーカスのこの二本体制で撮り始めることになった。
今回の写真にズームで撮ったのは入ってないけど、このズーム、SMC PENTAX-Fという種類のもので、ジャンク扱いでもなく、普通に保障のある怪しげでもない中古屋で、なんと1000円で売ってたレンズだった。送料が1000円くらいしたから、出費の半分がレンズ以外の費用となった代物だ。どうも元はボディとセットのキットレンズとして売られていたものらしい。どちらにしろこのFだとかFAだとかの符号がつくシリーズの安ズームはこの程度の価格帯のものが多く、その割りに写りはまともという評価を得ているようだった。オートフォーカスのフィルムカメラの時代のレンズで、APS-Cセンサーで使った場合、画角は35mm換算で標準域から望遠のとば口くらいの範囲となり、常用するには使いやすい領域だと思う。

☆ ☆ ☆

最初の写真は東九条の鴨川沿いの公園から京都駅の方向に入っていった辺り。再開発のために更地にした空き地がフェンスに囲まれてゴミだらけで放置されてるような場所なんだけど、意外と妙に雰囲気があるように撮れてる。東福寺の近くなのに、鴨川を挟んで反対側のこの辺りは雰囲気も一変するのでまず観光客もこない。
二枚目の枯れた花。これも同じく鴨川縁を七条の辺りから少し下っていった廃屋近くにあった。何の花なのかは知らない。フェンスに囲まれた放置された小さな庭のようなところに立っていた花で、撮影位置をほとんど選べない状況で、隣の枯れ木が邪魔!と思いつつカメラを向けていた。どうあがいても枯れ木を排除できなかったのでいっそのこと一緒に入れた絵にしてみようと思って撮った写真だった。
赤い花の部分が異様だったのでこういう撮り方を無意識にしてたけど、胴体部分だけを細分化して撮ってみても面白かったかもしれないなぁ。でもこの植物を見て赤い花の部分を無視できるなら、相当な直感の持ち主だとは思う。

☆ ☆ ☆

暫く使ってみて、デジタル一眼も撮影することは楽しいと思った。でもデジタルはフィルムカメラの持ってる、シャッターを押し込むことで目の前にある何かを特別なものとしてフィルムに封じ込める、儀式というほど大層なものでもないけど、ちょっとそういうことを自覚するような感覚がフィルムカメラよりも希薄になってるという感じもする。要するに手ごたえが希薄な楽しさとでもいうのかな。
これは人によってはまるで違うと思うけど、すくなくともわたしの場合、その手ごたえのなさに導かれてるのか、この時期撮ってみた写真は、拠り所のない撮り方で撮ってしまってる写真が多くなっていたように思う。撮った写真の数はフィルムを使ってる時よりも確実に多くはなるんだけど、撮った日の夜にPCで確認していても、撮った本人なのにまるでピンとこない、今日のことなのに昼間ファインダー越しに見えたと思ったものがどこかへ消えてしまったような写真ばかりがモニターに現れることになる。
モニタを前にして、どれがよく撮れたのか自分でもよく分からないなぁ、ひきつける強度も、何か足りないと言う不足感もみんな同じように見えるとひとしきり悩んだあと、個別に特徴を出すためのフォトショップタイムになったりする。

単焦点で撮ってた今回の写真のようなのはまだそれでも幾分ましで、ピンとこない度合いはズームで撮ったのが本当に酷い。元々ズームとか横着なレンズで、フィルムで撮ってる時も一応何本か持ってるズームはほとんど使ったことがないんだけど、その横着さがデジタルに乗せるとなんだかここぞとばかりに大手を振るうようで、撮ってる時の感覚そのものが弛緩していく。写真を撮るという行為そのものが、あれ?写真撮るっていうのはこんな感じの行為だったか?なんていう風に、身に沿わなくなってきてるというか、いけないなぁ、こういう傾向。
やってることはフィルムカメラに似てるように思うけど、内実はやっぱりまったく別のものという印象だ。使ってみて基本撮る事そのものは楽しかったんだから、フィルムカメラとはまったく別方向からのアプローチのほうが扱いやすそうだ。

ということで、ペンタックスのデジイチを持ち出し始めてから、オリンパス35DCはずっと持ち歩いてたけど、フィルムを入れたままの状態で中断していたペンFとナチュラクラシカとサーディンカメラ(全部10数枚くらいは撮影済み)にまた比重を移し変えるつもり。

クラフト作家さんからの派生でペンタックスのデジを使ってみてるけど、デジイチといえば、それまでにマニュアルを読んでいたデジペンE-P5も手元にある。これ、去年の中頃にそろそろ型落ちしそうというので安くなっていたのを入手したんだけど、忘れてるわけじゃないとはいうものの、デジはもうこのペンタックスのでいいやと思ってしまうと、使い始めるタイミングを逸してしまいそうだ。

デジタルに関してはもうちょっと思うこともあるんだけど、それはまた別の機会にということで、今回はこれで閉めです。









デジタル用のレンズで使うとまた全然違う結果になるのかもしれないけど、少なくともわたしが使ったフィルム時代のレンズだと、全体にアンダー寄りでコントラストが強く、アンバーにシフトしたような絵になる。アンバー寄りはもうちょっとニュートラルになって欲しいと思う時もあるけど、コントラストの強さとアンダーよりの絵は結構好みのイメージになる時がある。



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コメント

No title

おはようございます。

 やはり、同じことを感じられていますか
 便利と思うズーム機能も思ったように切り取れるわけではない気がします。
 結局、ズームの両端しか使わくなりました。

  そして、撮れた分だけ ”コレだ ”に出会えなくなってしまいました。
  何かいいのがないかな〜
  こんな調子ですので、在るわけ無いですね。(笑)

   様々なデジを買いました(高級品は除く)が
   結局、単焦点のマニュアルレンズが付いていたりします。

No title

最初の写真、柔らかい光が入ってて優しい
魚が今にも飛び跳ねそうで素敵ーーーーっ

higemajinさんへ

おはようございます。
やっぱりこんなこと感じたりします?
フィルム使ってる人は多かれ少なかれこんな感じでデジタルを見てるのかな。
ズーム、わたしも撮ってる最中に画角の微調整とかほとんどしないかも。一応レンズのほうに35-50-80って云う指針が書いてあるから、両端以外にも50にあわせてることも多いです。でもそこからあまり動かさないって云う使い方になってます。
出来る場所なら足で前後に動いたほうが何だか納得できるって言う感じがあって、それ以上進めないっていう場所だとズームは便利そうなんだけど、そういう時は撮らないという選択肢もあるのをつい忘れがちになる感じがします。限界があるほうがぎりぎりのところなんていうのも狙えて面白いんじゃないかと。

でもデジタルも道具の一種に過ぎないから、使うきっかけが出来たのならそのまま使う道具として扱っては行きたいと思ってます。ただ何十万もするようなのは手を出す気にもならないかも。フィルムカメラでライカとか高いなぁなんて思って見てたけど、デジタル一眼のに比べたら無茶苦茶安いと思うくらい、デジタルカメラはとんでもない値段で売ってるとしか思えない。このペンタックスの1万しなかったのが気楽でいいです。

ピントのリング、グリグリまわしてファインダーに世界が浮かびだしてくる感覚ってワクワクしますよね。オートフォーカスも便利だけど、こういう面白いところは他人任せにするのはちょっともったいないって思います。

みゆきんさんへ

おはようございます。
金色の光がやさしく世界を包んで、これが放置された汚い空き地の光景だなんて思えなくなってるでしょ。
光の表情で印象は随分と変わるってところかな。だから光の微妙な表情を読み取れるようになりたいと、写真撮ってるといつも思ってます。
ただこういうちょっと逆光気味って云うのは誰がとってもいい雰囲気になるから、光に満ちた表情豊かな世界を、逆光なんていうギミックの助けなしで撮ってみたいです。
この川、あの先斗町の傍らを流れる高瀬川です。先斗町の辺りは観光案内に載るような雰囲気だけど、この辺りまで下ってくると、もうこれが高瀬川って言う雰囲気もない川になって、街中を流れてます。魚がいれば情緒満点なんだけど、どうなんだろう。
鷺とか降り立ってるところを見るから、案外いるかもしれないなぁ。
この川も光できらきらしてるから綺麗ですよね。

No title

一枚目の写真は妹が以前住んでいた辺りかも。
書いてあるように、良い感じに撮れてますね。

赤い花はケイトウの枯れたのかな~?
枯れた花って忌むものだけど
これは妙に退廃的な象徴に思えます(笑)

私は自分を撮られるならアナログがいいなぁ。
デジタルは気軽に撮れてスナップには良いけど
どんなに良いカメラで撮って貰っても
気に入る写真が一枚もない(^^;
逆に「写るんです」とかで撮った写真の方が
結構良い写真が多かったりで
デジタルじゃあ「雰囲気」は出せないのかなって思いました。

ROUGEさんへ

おはようございます。
大体どこの写真か予測がつきますか。
普通に見てると鑑賞されるための意匠を凝らしたような場所とはまるで正反対の、日常しか見当たらないような場所なんだけど、これ、光の加減とか、川が被写体になってるとかいろんな要素でちょっと気を引く雰囲気になったんじゃないかと思ってます。もちろん多少はフィルムっぽく見えるように手は加えてるんだけど。
枯れた花は忌みものなんだ。まぁめでたい物じゃないのは理解はするけど、わりとマイナスの方向に特殊な意味合いでもあるのかな。異様だし、指摘されたとおり退廃的だし、独特の質感だし、被写体としては気にいってるんですよね。退廃的なイメージは写真にしてみたい最大の関心ごとかもしれないと思ってます。以前に記事で書いたように日常で退廃的なイメージとかほとんど見かけないから、枯れた花とかは余計に手軽な異界のイメージとして惹きつけられてるのかもしれないです。
ケイトウって分かります?ケイトウといえば敬愛する写真家清野賀子さんの写真集にケイトウを撮ったのがあって凄い好きな写真の一枚になってます。

結局デジタルを使っても気に入るようなイメージになるようにかなり細工してるし、その気に入るイメージっていうのはフィルムで撮った感じなんですよね。で、フィルムの振りをするような使い方も偽者を量産してるようで何だか面白くないし、記事で書いてるようにデジタルはフィルムとは全く違うアプローチで使うほうがいいのかもしれないと思ってます。それがどんな形になるのかさっぱり見当がつかないけど。

映画でもそうなんだけど、粒子の映像がとにかく好き。遠くの草の葉っぱに止まってる蝶の触覚まではっきり写るなんていう方向に進んでるような映像とかまるで興味の対象外で、そんなのあからさま過ぎで何も面白くないと思ってるほうだから、これからも雰囲気一杯のフィルム中心で撮ってることは変わりないと思います。唯入手がだんだんと難しくなっていく状況はあまり変らないと思うのが懸念のしどころにはなってるんだけど、モノクロに関してはヨーロッパのほうでわりと当たり前に作ってる感じで、大手だとフジはもうモノクロはアクロスの感度100一種類しか作ってないような状況ではあっても、フジ、コダックの大手以外に眼を向けるならモノクロは何とか使い続けてはいけそう。現像所がなくなってもこれは自分でやってるから問題ないし。チェコで作られたフィルムを使うとか、何だか物凄く楽しそうです。

でも年末年始はあれこれ試す感覚でペンタックスを使ってたから、ブログに載せる写真も暫くはフィルムよりもデジタル写真の量が多くなるかも。

びっくり

薄荷グリーンさん こんばんは!

ぴーこも一枚目の写真に惹かれました、どこかのどかで、あたたかな感じのするのですが、まさかそんな場所なんて、びっくりです

写真の撮り方によって、ぜんぜん違うものになのんですね

カメラとか素人なので、ずれたコメントですみません

ぴーこさんへ

おはようございます。
最初の写真は雰囲気あるでしょ。本当にこの場所がこんなに!っていう感じで撮れてるんですよね。
実際は朽ちた家や空き地が並ぶ結構殺伐とした地域だったりするんだけど。
京都は観光地を離れると妙な場所も結構ありますよ。ここからちょっと北のほうに行くと五条楽園って言う元遊郭の街があるし、有名な暴力団の事務所があったり、任天堂発祥のビルが建っていたりします。
この写真はおそらく光の加減と、川が入ってるのが雰囲気出してるんでしょうね。柔らかい光が気持ちいい感じかな。この川、高瀬川で南のほうに行くとこんな感じで街中を流れてます。観光用に見栄えがする感じでもなくなってるけど、街中を流れる普段着の川とかわりと好き。
柵に囲まれた空き地は去年雪が降った時に写真とっていてこれもちょっと雰囲気が出てました。
ひょっとすると写真にすること自体が何か魔法をかけてる要素でもあるのかもしれないです。
色々ごちゃごちゃ書いたりするのは性分のようなところもあって、基本は楽しく撮れればいいや♪のワンポイントで成り立ってる感じです。だからそういう気分で接してもらうとありがたいです。結局それだけなんですよね。
またよろしくお願いします。

No title

こんばんは。
そうかぁ、これはデジイチなのですね。
薄荷グリーンさん=フィルムという偏見もあって、
フィルムなんだとばっかり思っていました。
こてこてのデジタルとは違う、フィルムに近いデジタルの発色ですね。
一枚目の何気ないショットも、二枚目の不思議なショット
(ケイトウですよね?死んでしまった鶏の頭だけのよう)も、
どこか特別な気がするのは薄荷グリーンさんの視点の良さなのだろなぁ。。

ラサさんへ

こんばんは!
最近お気に入りのクラフト作家さんが使ってたカメラに興味が出てきて、高かったら買ってなかったけど、安かったから手を出してみたんですよね。
古いデジカメだから今考えるようなデジカメの画像とはまた雰囲気が違うのかも。
わりとフィルムっぽい感じで出てくる時があるのが意外で面白かったです。
でも使った感じはやっぱりフィルムカメラとは随分感触が違うなぁって思いました。フィルム的な写真を撮りたいなら当たり前だけどフィルムカメラを使うのが一番ですよね。
なんていうか写真ってもっとシンプルなものだと思うし、デジタルのように肥大化させていく必要なんて本当は何一つ必要でもないと思ってます。手順はデジタルよりも煩雑になってるかも知れないけど、シンプルな部分で写真を成立させたいなら、これもやっぱりフィルムカメラを使うのが一番。

最初のは光の色みたいなのが見栄え良くしてる感じかな。半逆光気味で何だか雰囲気写真の定番みたいな撮り方なのが安易だったんだけど。ここ実際は結構殺伐とした場所で、写真はそのまま記録してるようで結構魔法をかけたようなことをするから面白いです。
植物のほうはただ異様だったのが目について撮った感じでした。これやっぱりケイトウなんですか。わたしは植物に関してはまるっきり知識がなくて、百日紅があの木のことだというのも写真撮り出してから知ったことだったりします。
枯れた花は異界が顔を覗かせてるようでドキドキする時があるので、感覚がざわめいたりしたらとにかく撮ったりしてます。それにしてもこれは本当に異様だったですよ。
何気ないショットで際立つ写真を撮る、こういうのができたら本当に楽しいと思います。そういうのを目標の一つにしたいです。
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