非在の写真、苦手な窓

大阪港
2012 / 08 / Hasselblad 500C/M + Carl Zeiss Planar 80/2.8T* (フィルムは記録してなかったのでどのブローニーを使ったか不明。おそらくポートラ辺りだったと思うけど)





海上ドームを望む
2012 / 10 / Hasselblad 500C/M + Carl Zeiss Planar 80/2.8T*





鴨川縁
2012 / 10 / Hasselblad 500C/M + Carl Zeiss Planar 80/2.8T*
3枚見渡してみて、最近は意図的に接近してるけど、このくらいが自分の持ってる本来的な距離感だったのかなと思う。


やっぱりペンFのフィルム1本、豪快に虚空に消してしまったことのダメージは大きい。大体このフィルムから次の記事に使う写真を選ぼうと思ってたのに、千切れたフィルムは晴天の時に撮っていたので、とりあえず晴れた日に撮り直しには行ってくるけど、写真が使えるようになるまで結構間が開いてしまう。
とはいってもこの前の記事で書いてるように、近似の写真は撮れても、全く同じ写真はまず撮れない。決定的瞬間に類するいかにも写真的なクリシェには余り組したくはないところもあるんだけど、わずかの条件の違いでも確実に写真に現れてくるとは思う。
結果として、考えてみれば同じ場所に何度も写真撮りに行くのはいつものことだったりするから、虚空の写真をもう一度撮るつもりでやってきても、似たような写真を刺激的でもない感覚で撮ってるよりも、気がつけばそこで目新しく目についたものを撮ったりしてるほうが多くなってる。あの時はここでこういう風に撮ったけど、もう一度やってきてみたら何度も撮るほど面白そうと思えない、最初に撮ったのが気の迷いだったとしか思えないという場合もあって、そういうのはもう一度写そうっていう思惑の対象にすらならなかったりする。出来上がったフィルムは最初の動機はどうであれ、きっと虚空に消えたものとは相当違ったものになってるだろう。
これもこの前の記事に絡めて書いたことだけど、非在の写真なんていうのも面白いコンセプトだと思う。撮られはしたけど誰も眼にしないまま消えて、これからも誰も眼にすることは出来ない、あるいはもうちょっと発展させて今だ撮られていない、撮られることを待ち続けるような、存在しないことが唯一の存在理由でもある写真。その写真を集めた見えない写真集なんてちょっと見てみたい。

☆ ☆ ☆

と言うことで、選ぼうと思っていたフィルムが非在化してしまったので、今回は随分と以前に撮って、未だにブログに載せてない写真から。ちなみに切れたフィルムを取り出したペンFにその後入れていたフィルムはこれを書いてる時点ではなんとか全部撮り終えて、というかぎりぎりまで使ってまたトラブルに見舞われたらかなわないので、フィルムに持たせてある余裕の分は撮らずに規定の72枚だけで終了。今度は千切れることなく取り出せたので、近いうちにフォトハウスKへ現像を頼みにいってくるつもりだ。

見てのとおりハッセルブラッドで撮ったスクエア・フォーマットの写真を並べてみた。
正方形フレームは話題にするたびに苦手、苦手と書いてるけど、意外とね、意外といいかも。これ、最初の二枚は2012年の夏、大阪港に入り浸って写真撮ってた時のもので、久しぶりに眺めてみてそう思った。最後のは時期は大阪港と同じ頃に、鴨川縁で撮ったもの。出町から植物園のほうに向かって北の方角に歩いていった時だったかな。これはかなりありきたりだなぁって撮った時は思って、ブログには載せなかった。今見てもありきたりではあるけど。

そこでまたハッセルで撮ってみようかと思って、本当に久しぶりに手にしてみたら、何だかレンズの調子がおかしい。普段ファインダーを覗いて色々と設定したりするのは絞り開放状態で、被写界深度を確認するような時だけはプレビューレバーで実絞り状態にするんだけど、普段絞り開放状態で使えるはずの時もなぜか自動的に実絞り状態になってしまう。実絞りの解除は絞り環を開放の位置まで回すと解除されるようになっていて、その作業を通すと絞り値の設定が何であろうと開放状態固定にはなるんだけど、シャッターチャージしたら、また実絞り状態になってしまう。要するに四六時中プレビューがオンになって、それではファインダーが暗くなって使いにくいから、いちいち解除の作業をしなければならないような状態になってた。
シャッターも絞りも本来の役割に支障をきたしてるわけじゃないから写真そのものは普通に撮れるものの、撮影は面倒くさくて鬱陶しい状態になってる。でも修理するほどでもないんだなぁ。第一ハッセルとかライカとかローライとか、写真史を作ってきた伝説を纏った海外の有名高級カメラは修理費が結構な負担になる時があるから、よほどのことでもない限り修理になんか出さない。というか出せない。
故障した時なんかはニコンとかのほうがずっと扱いやすい。


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コメント

No title

フィルム、勿体無かったね~
今日の記事を読むと一層惜しくなる(^^;
写真はその一瞬を焼き付けるものだからね~
二度と同じ写真は撮れないしね。

でもこの写真も結構好き。
窓ガラスって内側と外側の境界だから
まぁ、ドアもそうなんだけど
色々な物語を想像したくなる作品だわ(笑)

カメラの故障は困るね。
私なんて専ら安物コンデジなので
機能そのものよりもスィッチ類が馬鹿になるの。
でもガーデニングしながら気軽に撮れるから
コンデジでいいと思っているけど。

No title

逃がした“魚”は見えないけど
今日の写真も素敵よ
最後の写真は、またまた懐かしい気持ちにしてくれます
こんな時代があったっけな~( *´艸`)

ROUGEさんへ

こんばんは!
本当に惜しいことをしたというか、どんな写真だったかは確認はもう出来ないけど、これは駄目だっていうのでも自分が撮った写真だったから、あの時千切れずに手に入れていたらそれだけでも満足だったと思います。
と言ってももう手には入らないんだから、考えても仕方なし。次に撮ったフィルムが無事に手元に残ったので関心はもうこっちのフィルムに移ってます。千切れたのと同じパックにはいってたフィルムだったけど、問題なく使えたから、あれだけが異常なフィルムだったのかな。
ブログに使うための写真が取り出せなくて、こうやって昔の写真を引っ張り出して、おぉ真四角写真なのに意外にもそれなりに撮ってる!と発見できたのは怪我の功名というか、フィルムを虚空に飛ばしたことがまたハッセルを使おうかっていう気分へ導いてくれたんだから、結局何が良くて何が悪かったとか、そんなに簡単に判断はできないってことですよね。

窓ガラスの写真は自分でもよく撮ってると思います。わたしもガラス越しの視線とか凄く好き。向こう側に何かがあって、でも簡単には行き来できないような雰囲気になってる、そのちょっと手の届かなさみたいなのが色々な感情を呼び起こすんでしょうね。
窓ガラスは本当に撮るのが好きなんだけど、一つ難点があって、撮ってるわたしの姿が移りこむ可能性があること。自画像的にわざと自分を写しこんで撮る写真家もいるけど、わたしは結構気恥ずかしくてそういうのができないです。で、ちょっと斜めから写したりするんだけど、斜めから見るそういう光景とかこれがまたありふれたイメージと言うか、そんな風に考えると窓ガラスは撮るのは結構難しかったりします。

機械式のカメラだから費用の問題さえなければ壊れて使えなくなるということはないんですよね。でもハッセルの修理はかなり腰が引ける。なんだか結構良いカメラが一台くらい買えそうな金額を要求されそうだし。
ただ普段使ってるフィルムカメラは多少どこか壊れてるって言うのも安価で出てたら平気で買ってくるし、致命的なものでもない限り宥めすかしながら写真撮ってることを思うと、今回のは大した影響は出ないだろうなと思ってます。近々ハッセル持って出かけるつもり。
スイッチはいかにも故障しそうなところかも。メーカーとしては買い換えて欲しいからそんなに強固な部品は使ってないのかもしれないですね。気軽なコンデジも道具としては面白そう。iPhoneで撮った写真集なんていうのも出てるから、手軽なコンデジでしか撮れないような写真もあるかもしれないですよ。

みゆきんさんへ

こんばんは!
逃がした魚は大きいって、一体誰が言い出したのか良い得て妙と言うか、うまく言うもんだと思います。
でもまぁいつまでもそこに拘ってても、なにしろもう虚空に消えてしまってるわけだから無意味だし、次のフィルムも撮り終えたことだから、さっさと次に行ってしまうほうが得策ですよね。
昔の写真なので今とちょっと撮り方が違うんだけど、こういうのはこういうので結構良い感じでしょ。
全体のバランスだけちょっと考えて、あまり奇抜なこともしないで撮った写真。こういう撮り方をやっていたことをすっかり忘れてしまってました。
鴨川の写真、ちょっとノスタルジックな感じなのかな。歩いてみてもずっとこの光景が続くだけで、思いのほか写真撮れない場所だけど、巨木の並木が続く雰囲気は憩う場所としてはぴったりだと思います。
それにしても巨木と言うのはなぜか幼少の頃の記憶に結びついてるような、ノスタルジックなものを喚起する雰囲気を持ってますよね。

旅行も同じですね。

「第一印象」と言うのも、それだけの力を持っているのですね。

旅でも、同じところへ行くときには、別の目標を持っていかないと、がっかりすることになります。

”その時っていうのは、一度しかない”
私は、日々の生活の中で、そう肝に銘じていても、すぐに忘れてしまいます(笑)

和さんへ

こんばんは!
第一印象、大切ですよね。何かは理解できないけどなぜか目を引かれたり印象に残ったり。
これ、何が惹きつけてるのかと頭で考え出すと、第一印象の一番重要な部分を取り逃がしたりするんですよね。
だからとにかく目を引いたり印象に残ったりするものは、そのまま受け止めると。最初の印象なんて本当に一度っきりのものだから、とにかくその時のものとして受け止めてしまうのが一番だと思います。写真はそういうのを取り置いてくれる可能性のある面白い道具だから、もう十分に活用しないともったいないです。
二度目からの印象は一度目と違って当然だし、まぁ最初ほどの浮き立つ感じは失われてるかもしれないけど、これはこれでまた面白い。いつだって新鮮に物を見ようとしてると世界もまた新鮮な顔を覗かせてくれるかもしれないですよ。
写真を撮るというのはそういうことに自覚的にしてくれるところもありそうです。カメラ持ってないと絶対に見逃してるものとかあると思う。
だからフィルムを失ったのはそれなりにたった一つの時間だったものを失った痛手はあるんだけど、次の瞬間はその後に連綿と続いていくわけで、そういうものを写し取れてるなら、撮り直しに行って、全然違うフィルムにしてしまうのもまたそれはそれでいいんじゃないかと思ってます。

旅は、わたしは出不精だからあまり出かけたりすることはないんだけど、でも写真撮り出してからは日常の生活領域の中での行動範囲は確実に広がった感じがしてます。全然知らないところへ旅したらそれこそ第一印象の嵐の中で舞い上がってしまうかも。
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