真冬 1

枯れ野
2016 / 01 / OLYMPUS PEN F + E.Zuiko Auto-T 100mm f3.5 / Lomography ColorNegative 400





壁に描かれたものたち
2016 / 01 / OLYMPUS 35DC +F.ZUIKO 40mm f1.7 / Lomography ColorNegative 400





絡み合うライン
2016 / 01 / PENTAX K100D SUPER + SMC PENTAX-A 50mm f1.7





水路
2016 / 01 / OLYMPUS PEN F + E.Zuiko Auto-T 100mm f3.5 / Lomography ColorNegative 400


基本的にテレビの連続ドラマは何しろいいところで終わって先が見たいのに来週まで待てと言う不遜な態度が気にくわなくてほとんど見てないんだけど、大河ドラマだけは別でこれは数年前のから律儀に一年付き合ってみてる。
去年のは主役級の登場人物がまるでリレーをしてるように交代していく、たとえば最初の中心人物だった吉田松陰はあまり回を重ねないままに刑死、次に主役に躍り出た久坂玄瑞は、何しろヒロインの旦那だからこれはきっと物語を牽引していく人物だろうと思ってたら、意外なほどあっさりと自刃して退場、さらにその後をついで中心になりそうだった高杉晋作も幕府の長州征討に立ち向かう見せ場の後はあっという間に病死と、ヒロインが真の主役だとは頭の片隅では理解していたし、史実もそういうものだったと分かっていても、何だかとてもシュールなドラマだった。
で、今年の大河の「真田丸」
堺雅人のまぶしそうに目を細めるにやにや顔とか、この人こんな顔ばかりだと、一本調子の顔芸が鼻について駄目かと思ったけど、混沌とした世で人の流転する運命を見せるお話はやっぱり動的なストーリー展開でかなり興味を持ってみていられる。ヤクザ映画でならした寺島進がこれまたとんでもないほど甲冑が似合う古武士然とした雰囲気でかっこいい。なんだか他の役者が、上手い下手というレベルじゃなくて、みんなどことなく現代人のふやけたような印象を拭いきれない中で、一人だけ本物の武士が混じってるような雰囲気を身に纏ってる。
この寺島進と真田家の棟梁である草刈正雄が仕組んだ、自らの息子までも巻き込んで騙しにかかる策略の回辺りで、なにこれ面白い!となって、不遜な態度のテレビはひとまず脇に置いておいて、とにかく先の展開が知りたいと、原作でもないのかと探してみた。三谷幸喜のオリジナル脚本のようでこれが原作と言うのはなさそうだったけど、おそらく三谷幸喜も脚本執筆に関してかなりインスパイアされてるに違いない池波正太郎の「真田太平記」というのがあるのを知った。
文庫で出ていて、全部で12巻。
文庫と言えばアマゾンの1円のものかブックオフの100円のものが自分の基準になっていて、よほどのことがない限りこれ以上の出費をする気にはならない。そこでその範囲で売ってないか調べてみたら、アマゾンで見つけた古本は全部定価の半分くらいの値段、ブックオフは普段立ち寄る大半の店で、そもそも真田太平記自体棚に並んでないというような状況だった。
そんななかである日、河原町オーパの上のほうにあるブックオフの100円コーナーに全巻並んでるのを発見、見つけた♪と思ったけど、他に買おうと思った嵩張る写真集も手にしていたので、全部買うのは荷物になると、その時はとりあえず三巻だけ買ってみることにした。
それで何日か後に続きの巻を買おうとまたオーパに立ち寄ってみれば、なんと真田太平記のあったところがごっそりと抜けて、池波正太郎のほかの文庫が陣取ってるような状態となっていた。まぁ手に入れた三巻読み終えてのことじゃないし、三谷脚本とは違う語り口調に三巻読み終わる前に飽きてしまうと言う結末も考えられるから、買った三巻を全部読んでからにしろという神様のアドバイスなのかもしれないけど、まさか数日のうちに、数冊と言う規模じゃなく、残り全部が買われてしまってるとは思わなかった。買った人、これが大河の原作だと錯覚して買ったのだろうか。買ったはいいものの一巻から三巻まで抜けていて、この開幕の三冊だけ買ったのは一体どんな奴なんだ、おかげで全部揃わないじゃないかと思ってるかもしれない。
河原町オーパの100円コーナーにあった真田太平記の残り全冊を買った人がわたしのこのブログを見る可能性は0に近いだろうけど、もし見に来たなら、全巻揃いを中途半端な形にした張本人がここにいると分かるんだけどなぁ。何とかしてここへ見に来ないかな。

ちなみに大河の原作と思ってる人が多くて売れてるのか、今のところブックオフではこのオーパの一度っきりで、わたしがよく行くほかのブックオフでは置いてあるのを未だにほとんど見たことがない。

☆ ☆ ☆

時期的には全部今年の一月に撮った写真で、真ん中の壁の花の絵と絡み合うラインの写真以外はもう一度虚空を撮りに行ったフィルムから。
真冬って言うタイトルはつけてみるとちょっと気に入ってしまった。壁の絵の写真や線の写真もこの中に入れてみるとどことなく冬の変奏曲のようにも見えてくる。撮影時、特に冬を意識したり、冬そのものって言うような風物を取り込んだりはしなかったけど、最初の写真を見ていてその色合いから思いついたにしては、カバーする範囲が広そうだ。
もっともタイトルだとか、そもそも不必要と言う考え方が以前にも書いたようにわたしのなかにあって、気に入ったとは書いてるけど、つけないでいられるならそのほうがいいのかもしれないとは思ってる。

それにしても最初の枯葉の堆積物はどうしてこんな灰青色の色合いになってたのかなぁ。こういう色になっていく枯葉とかあるんだろうか。小椋の干拓池は広大な農地だから、ひょっとして何か農薬でも振り落ちてきた結果なのかな?
絡み合う線の写真は工事中の遮蔽幕だった。手前に柵があるけど、こういう柵とか金網とか、最近はあるのなら一緒に写してしまおうと、何とかして排除しようっていう気にならなくなってる。これは曲線直線、実像影像、ランダムに入り乱れてる感じで撮ろうと思ったから、なおのこと柵が邪魔だとは思わなかった。

☆ ☆ ☆

虚空に消えたフィルムの撮り直しとして始めたフィルムだったけど、結局新しく撮ったりした写真のほうが分量的にも多くなったようで、今回の青白い枯野の写真も虚空のフィルムでは撮らなかったものだし、これはこれでいいと思ってる。結局何をするにしてもやってしまうと前に進んでいく。ただその場で繰り返すつもりであっても、それなりに前へ、あるいはそれは必ずしも前とは限らないぞと言うなら、それなりにここじゃないどこかへ進んでいくというのがよく分かった出来事だった。それに今回撮ったもので思うようにピントがあってなかったり、何しろハーフサイズで撮ってたから、中判くらいで撮った方が絶対に相応しいって言うようなモチーフもあったりして、また思うような形でもう一度撮ってみたいなんてことを考え始めてる。写真は一期一会、その写真は一度しか撮れないから、もう一度撮る必要はないと頑なになる必要もなく、すべては複雑に絡み合う因果の編目を渡るように、こういうのは直感に従って流動的に行動していけばいいんだと思う。


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コメント

No title

こんにちは。
灰白青の色は、石灰か何かな?なんでだろう。不思議な感覚になりますね。

何もしなければ何も変わらないですよね。
たとえそれが思い描いていたことと違ったとしても、やってみて初めてわかることがまだまだ存在してる、っていうのがいい。

No title

冬枯れ景色が嫌で花をいっぱい植えてるけど
薄荷グリーンさんの手にかかると
枯れ枝も良い味わいに見えるわ(笑)

大河ドラマ、私は楽しみに見ていたのは
福山の「龍馬伝」くらいかな~?

文庫は私も古本がほとんど。
でも好きな作家の新刊だと文庫になるまで待ってなので
新品を買っちゃうことも多くなって来たかな。

通勤していた頃は電車で本読んでいたけど
今は何かと纏まった時間が無くて
本を読む時間が減っちゃったな。

No title

最初の写真は寒さが伝わるわ
雪が少ないけど、ヒヤッ
やっぱり彗星さんトコも冬やってるんだね
風邪引かないでよね

さよさんへ

こんばんは!
これ、妙な色ですよね。撮ってる時は色味が少なくて冬っぽいなぁって思う程度だったんですけど、後で出来上がったのをじっくり見てるとちょっと変に見え始めてきました。モノトーンに近い冬のイメージでかっこいいと思ってたけど、ひょっとしたらだれかが上に何か撒いただけなのか?とか考え始めると、何だか冬の単彩的な雰囲気だと思ってた気分もちょっとはぐらかされそうな感じになってきます。真相を手繰れば本当に石灰を撒いた後だったと言う結論に至る可能性は結構ありそうですよね。
と言うことで原因はあまり探らずに、あくまでも冬のちょっと珍しいイメージとして扱っておくほうが色々と得策かもしれないです。小椋の干拓池は本当に広い農地だけど、こんな感じになってたのはここだけでした。

まず行動してみる。これがやっぱり何事でも一番基本にあるんでしょうね。まさしく見る前に跳べっていうところ。結果は行動すれば必ず何かしらついてくるし、失敗だってそこからまた色々と派生して辿るべきラインが伸びてる。ひょっとしたら成功していたら辿らなかったラインもあって、その先にはまた今までに見たこともないような予想もつかない展開が待ってる事だってあると。
失敗は恐れては駄目ですね。本当にこの世界は知らない驚異で満ち溢れてると実感したければとにかく行動あるのみっていうことなんだと思います。

ROUGEさんへ

こんばんは!
そういえばわたしは普通に綺麗に咲いてる花とかほとんど撮ったことがないです。ほとんどなんてものじゃないなぁ、ひょっとしたら一度も撮ったことがなかったりして。何だか斜に構えてるというか人が撮らないようなものを!っていう意識が強いせいだと思うんだけど、綺麗に咲いた花の写真よりは皆がもう見向きもしなくなっていくような状態にあるものに気を惹かれてリします。
ポートレートでいうと老人ばかり撮ってるような感じ?わたしは老人を撮って人生を語るっていうような写真とか大嫌いなんだけど、花に関しては妙な按配になってるようです。この辺は考察してみると面白いかも。
朽ち果てていくものの美学とかは確実にあって、枯野とかはシャッターが切りたくなってきます。でもそういう志向だからと言って、自分が住む家の周囲を枯野で埋めてしまおうとはさすがに思わないです(笑)
住む家ならそれはもう間違いなく生命感であふれた花で埋め尽くしたいと思うはずです。

今年の大河は視聴率はそれなり程度のスタートだったらしいけど、評判は良さそう。コメディタッチの部分があるのが三谷脚本にしてはちょっと浮いてる感じがする程度でお話の作り方は上手いです。あるところを気に入ったら全体がどうであっても結構見てるというところがあって、去年の花燃ゆは無茶苦茶評判悪かったそうだけど、シュールなドラマだと思って最後まで楽しめたほうでした。「龍馬伝」の時はなぜか見てなかったんですよね。その辺は結構気分にむらがあるのかな。

文庫もちょっと分厚いのになると簡単に1000円越えてるような値段がつけてあるから、新刊はあまり気楽に買えない感じになって、もっぱら古書漁りになってます。アマゾンの1円は送料分上乗せになって300円くらいになるけど、そんなにいうほど汚いものはあまり出てない感じ。ブックオフの100円文庫は汚い状態のが多いですね。こんなものだと納得してしまったからその辺は眼を瞑ってるけど、あまりに汚いとやっぱり引いてしまいます。
こういうので買いだすと新刊は本当に買わなくなります。いろんな要因で一時本当に本を読まなくなってた時期があって、その頃のものを拾い集めてるだけでも結構な分量になるから、わたしの場合はお気に入りの作家さんでも新刊に手が回らない感じかも。

眩暈持ちだから電車のなかでは本は読めないと思ってたのに、最近実際に読んでみたらそれほど気分が悪くならなかったです。でもそういう事情があったから電車の中であまり本を読む習慣がないというか、融通が利かないんですよね。読んでみてあまり酔わなかったなら本を読めばいのに、電車では向かいの人を観察したり窓の外の光景を眺めてるほうが多いです。写真撮り出してからは撮影に良さそうな場所でもないかと窓の外を結構真剣に眺めたりしてます。他人が見たらまるで小学生とかわらない印象になってるかも。

みゆきんさんへ

こんばんは!
冬っぽい写真でしょ。色彩感に乏しくて、特に冬の写真を撮ろうと思って撮ってたわけじゃないけど、意識なんかしなくても冬に撮った写真はきちんと冬の写真になってるんですよね。
荒涼とした雰囲気が出ていれば大成功。荒涼とした雰囲気とか結構好きだから、それらしい世界になる冬に、荒涼とした写真を一杯撮っておきたいです。
この前の寒波の時に、わたしの家は洗濯機が物干しにおいてあって、物干しまで家の外壁に水道管が取り付けてあるんだけど、その水道管が見事に凍ってました。今になってもまだ水量は元に戻ってなくて、洗濯が出来なくて難儀してるんだけど、今年はこちらはその程度には冬らしい季節になってます。水道管が凍るなんていう事態でもこっちはかなり珍しい出来事なんですよね。
わたしは毎週耳鼻科で眩暈の薬貰ってきて、そのたびに鼻と喉の吸引もついでにやってます。これが意外と効いてるのかなぁ。もう何年も風邪らしい風邪って言うのはありがたいことにひいてないです。でも油断すると駄目だと思うし、もう目の前に春が来てるような時期に風邪なんかひいてられないから、十分気をつけますね。みゆきんさんも、そっちは本格的な冬になってるらしいから、本当に風邪ひかないように気をつけてくださいね。

No title

最後の写真は、パッチワークの柄のようですね
これも面白い。

和さんへ

こんばんは!
一見単一の印象の写真のように見えるけど結構いろんな要素が入り込んでるでしょ。望遠レンズを使うと前後の距離感が希薄になるから、よりいっそう平坦に並べてあるようにみえてるというのもパッチワークぽい印象を作ってると思います。
結局写ってる何かがテーマ的な意味を成してると言うようなイメージよりも、単純に構成的というか要素のバランスだけで成立してるようなのが好きだから、こういうイメージの作り方は割とよくやってるほうじゃないかなと思います。
まぁその分写真に重厚な意味づけをしないと気がすまないようなタイプの人だと、皮相的な写真に見えてるんじゃないかなと思ったりするんだけど、それはまぁいいかな。

撮ってる時は川縁の壁沿いに並んで咲いていた小さな花が目について撮った写真でした。出来上がってみると結構いろんなものが写っていて、壁の縦筋の模様とかも良い感じだと思ったりしたんだけど、実は撮った時は壁の模様とかほとんど視野に入ってなかったです。全部コントロールしてきっちりイメージを作るべきなんだろうけど、思わず入っていた模様だとか偶然が介入してくるような作り方もなかなか面白いです。
またいろいろと写真見て思ったことがあったら聞かせてください。

No title

薄荷グリーンさん、ありがとうね~
今朝、電話かかってきたので
一応、具合悪い事は伝えたけど
ノンビリした人だから、あまり大事に思わないみたい(^^;

カメラは電源スィッチ類の故障みたいなのね。
多分、初期不良だとは思うけど
安物カメラに修理費が沢山かかったら
いっそ買い換えたい気分。

デジタルって、こういう面でも面倒ね。
アナログのシンプルなカメラなんて電池要らないもんね

ROUGEさんへ

おはようございます。
わたしが書いたことが何かの役に立ちましたか。
良く言えばおおらかな人、そうじゃなければ気のいい人なんだけど細かいことにちょっと気が回りにくい人なのかなと、ROUGEさんのブログからは、そんな印象が伝わってきます。
気づいてもらえない部分はやっぱりきちんとお話して伝えると、その先は話も伝わりやすいし、気を配ってもらえるようになるんじゃないかと思います。
それに電話で一度自分の本当の状態を伝えたのなら、基本的な認識は出来上がったわけだから、半端じゃなく辛くなってきた時もこういう状態だからと云いやすくなるんじゃないかな。

やっぱり初期不良っぽいですよね。電源スイッチとか使うたびに動かす部分だから耐久性がある部品を使ってると思うんだけど、商売上一定期間で買い換えてもらうために、そんなに頑丈には作ってないのかな。保障がどうつくかで話は変わってくるけど、よほど愛着があるカメラでないと、普通は買い換えたほうが安上がりっていうよくあるパターンに落ち着いたりするんですよね。修理期間が長かったらそれもストレスの要因になりそうだし、出来るだけ早く修理が終了してまた使えるようになればいいですね。

フィルムのカメラはそういう意味では融通が利くというか、写真を撮るという基本の部分でシンプルなことしかやってないから、多少故障していても、写真はそれなりに撮れるっていうことが多いような気がします。大体わたしが使ってるフィルムカメラも使われ放題の中古、それもほとんど捨ててあるようなのを安く買ってきて使ってるから、大抵どこか変な調子になってるんだけど、それでも写真を撮るということはそれなりに出来るというのがほとんどだったりします。電池も使わないカメラだと本当に最強。
電子部品を使ってるものは、それで便利にはなってるんだけどやっぱりその部分が脆弱になってるという感じですよね。
フィルムカメラのように半世紀以上前の道具が今も使えるというのは、考えてみれば凄いことじゃないかと思います。だって半世紀前とまではいわなくても、30年位前の洗濯機とかでも、今使えるなんていう発想そのものが頭に浮かばないもの。

No title

いかにも冬を感じさせる写真なのですが、すごく絵になっていて好きです。

大河はチャンネル権を子供に奪われみれませんが、きっと面白いでしょうね

せめて真田太平記読んでみたいと思います

ぴーこさんへ

こんにちは!
色合いとか、まさに冬って云う感じですよね。特に冬だ!と自覚して撮ってたわけじゃないんですけど、やっぱり季節の感じは出てきます。雪なんか降ったら絶対に撮りに行こうなんて思ったりしてたけど、こういう直接的でもないほうが雰囲気は出てくるんじゃないかと思ったりします。壁の花の写真も「冬だ!」と云ってみると、その風化したような感触がそれっぽく見えてきたりして。

大河、面白いですよ。先週の家康の伊賀越えの回なんかコントみたいな演出してたのに、こういう家康も面白いって思わせてました。役者はJINで龍馬やってた人。この家康の造形はなかなか癖になりそうです。それと今日の回で秀吉が登場してくる様子。この大河の秀吉は小日向文世が演じるようで、意表をついてそうで適役みたいなイメージもあり、この秀吉も面白そうです。

本のほうは面白いかどうか分からないです。何しろまだ読んでないんだもの。まぁ池波正太郎だから話にならないって云うような出来じゃないとは思うけど。
時代小説は隆慶一郎が流行ってた時に読んでたことがあるけど、最近は小説そのものをあまり読まなくなったこともあって、こういうのを読むのは久しぶりなんですよね。リアルな社会の反映とかあまり考えなくてもいいところがあるから、結構荒唐無稽な話でも成立してしまうのが時代小説の面白いところかなぁ。今年のわたしとしては真田太平記がきっかけになって時代小説熱が再燃するかもしれないです。
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