木霊

川面
2016 / 01 / OLYMPUS PEN F + E.Zuiko Auto-T 100mm f3.5 / Lomography ColorNegative 400





フレーム
2016 / 01 / OLYMPUS PEN F + E.Zuiko Auto-T 100mm f3.5 / Lomography ColorNegative 400





不気味なキャベツ
2016 / 01 / OLYMPUS PEN F + E.Zuiko Auto-T 100mm f3.5 / Lomography ColorNegative 400





蠢く
2016 / 01 / OLYMPUS PEN F + E.Zuiko Auto-T 100mm f3.5 / Lomography ColorNegative 400


5日の土曜日にPCの修理の約束。さてこれをアップする頃には全部片がついてるとは思うけど、これを書いてる今は修理に来てもらう前に部屋の整理をしておかないといけない事態に直面してる。でもこれがまた大変。なにしろ床の上に足の踏み場もないほど本だとか何だとかが積み上げてある。最低でも修理作業が出来るくらいの何もない空間を確保しておかなければならないと思いつつ、部屋を埋め尽くすいろんなものを移動させてるけど、15パズルでさえも必ず用意してある一マスの空間を確保するだけでも頭を捻るような様相で途方にくれる。
小奇麗に整理するまではとてもじゃないが無理な感じで、作業空間を空けるだけの整理となりそうだけど、一度しか来ない修理の人にいいところを見せても仕方ないので、もうこの見栄え関係なしの一時的な整理の仕方でいいかと開き直ってる。
コレクション癖があるのは認めるけど、そんなにマニアックでもないし、悩みなく収納できるような広い家に住んでるわけでもないから自然とブレーキがかかるようなところもある。でもその程度の嗜好でもいつのまにやらこれだけのものが集まってしまうんだと、我ながらちょっと感心してる。必要最小限の家具しか置かないで無印の広告にでも出てきそうな部屋に住んでる人とか、まるでものを集めたりはしないんだろうか。それは物質に捉われない確かにシンプルな生き方で身軽ではあるかもしれないけど、多少は個的空間を傾向付けるような雑多なものでもないと、生活をしていてつまらなくはないんだろうか。と、なかなか身軽になれない者としての自己正当化をしてみたりもする。

☆ ☆ ☆

幽霊ときたら、中学生の頃に北杜夫の小説が好きだったわたしとしては木霊と展開していく以外に選択肢はない。このところブックオフでの100円文庫漁りのリストに北杜夫も入っていて、何冊か買いなおしたけど、「牧神の午後」とか文庫で出てなかったのかな、全然見当たらない。わたしには中学の頃に結構好きで読んでた作家だった。この年代に北杜夫の本を読んだと言う人は特に理由はないけど多そうな感じがする。でも反対に大人になってから読む人はそんなにいないかもしれない。
ちなみに最近見つけたら買ってるのが谷崎潤一郎の文庫。意外と読んだ気になっているだけで実際には読んでない作家の扱いになってる人は多そうな気がする。わたしも「途上」だとか「柳湯の事件」だとか谷崎潤一郎が書いたミステリ的なものはよく読んでいたんだけど、それ以外はあまり読んでないのに今更の如く気づいたりしてる。「陰影礼賛」なんて写真的興味で読んでみたら、何か発想の役に立つものでもあるかもしれない。
「柳湯の事件」の不気味さは感覚としては今回の写真の4枚目に近いところがある。同じ範疇にあるような感覚を写真に取り込んでみたいというほどに、個人的にこういう感じはやっぱり無条件で好きなんだと思うし、こういう感覚的なものを拾い上げられる作家の感性は、他のも読んでみると結構夢中になるかもしれない。


今回の写真は木霊なんていうタイトルをつけてみたけど、それっぽいのは最初のだけかな。真冬のほうが良かったかもしれない。
最初のははるか上空から大陸の海岸線でも望んでるような感じにも見える。
2枚目のは手前の曲線と背後の直線の対比みたいな感じで撮ろうとしたものだけど、あまり際立った感じにはならなかった。パターンを見つけたりといったような、ラインの整理はまるでする気がなくて、それでも混沌としたパワフルなイメージにもなってないなぁ。
3枚目のキャベツ畑はなんだか薄気味悪い。ずらっと並んで画面を埋め尽くしてる様子や若干転び気味の色の感じでそんな風に見えるんだと思う。青白く生気のない血管のような葉脈に包まれて、キャベツってこんなに気味悪いものだったんだと認識を新たにするかもしれない。まるでエイリアンの卵の集積所。
最後のは普通に言うと失敗写真なんだけど、荒れ具合、破綻具合がそれなりに意図に沿ったイメージになっていたもの。単純にいうと露出不足で色の出方がめちゃくちゃになってるのと粒子が極端に荒れてしまってるのと、さらに不出来なネガをスキャンしたためのノイズが混じってこんな感じになってる。
でも、これがまた意外なほどにシュルレアリスティック!

フィルムを使った時の予想もしないイメージの荒れとかは単純に失敗とすることもない。サラ・ムーンなんかは積極的にフィルムに物理的、化学的ダメージを与えたりしていたようだし、考えようによっては千切れでもしない限り、失敗したフィルム写真なんて本当はどこにも存在しないのかもしれない。






この前カメラの中で千切れてしまったフィルムがこれだったんだけど、結局それ以降も使ってる。何しろ安いしフィルムの画質としても、多少は色のりが悪いときはあるけど、コダックなんかに比べて安い分だけ落ちてると言う感じもしない。というかロモが自社でフィルムを生産してるとも思えないし、ロモのモノクロはフォマのものらしいから、このカラーネガもコダック辺りの低価格フィルムのOEMなんじゃないかなと思ってる。千切れたトラブルはあの時一度だけだったから、あの時のフィルム個別のトラブルだったんだろうと、希望的な観測で捉えてる。
ちなみにロモのカラーネガで感度100のものは色調や画質も積極的に好きな部類に入ってる。


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コメント

表裏一体

人が来られる前はちょっとだけ片付ける程度でよいでしょう(笑)
その気持ちが大切ですが。
お話をしていると、その人は分かりますよ。

表裏一体と言う言葉があります、片付きすぎ~別の意味で困っていたり~
人とはフランクなお付き合いが気楽ですよォ~。

和さんへ

おはようございます。
まぁ、綺麗さっぱり片付けようとしてもとても無理な部屋の状況ではあったんですけどね(笑)
ただ普通にかっこつけない庶民の家の中とか、乱雑なのはそれなりに普通のような気もするし、わたしの部屋はコレクション癖のせいで、そういうのよりは乱雑ぶりはヒートアップしてはいるけど、意外と他の家庭でもあるような状態なのかもしれないです。
途中から良く見せようと言う気もなくなって、でも修理作業が出来るだけの空間がないと修理に来た人も途方にくれるだろうから、これだけは絶対に確保しないといけないと、目標はこの一点でした。
今回は一度きりの接触でこれから付き合う類の人でもなかったけど、これが恒常的に付き合う人だったら最初にいいところを見せようなんて思って付き合い始めたら、あとで絶対に無理が重なってきてどうにもならなくなりそうだし、最初からフランクに接すると言うのは得策なのかもしれませんね。
ちなみに修理の人は掃除までして帰っていったけど、話を聞くと、あとで顧客に評価のアンケートが来ることがあって、その評価で普通の評価だったら、外資系はあまりいい評価とは受け取ってもらえないそうで、最高点をクリアするために色々と気を使ってるんだそうです。技術の人は技術だけでいいと思ったら接客も問われてるようで、営業でもないのに大変だなぁと。人との関係は難しいです。

No title

最初の写真は魂が身体から抜け出して
空から陸を見ている感覚に思えます。
多分、水溜りなんでしょうけど海みたい。

2枚目のは錆びて壊れたバイクのスポークだったら
タイトルに近い色んな想像が出来たかも(^^;

キャベツ、出来すぎてしまったんでしょうね。
私は食いしん坊なので「勿体無い」って思っちゃう。
これを収穫した後もシュールなんですよね。

最後のは絵画みたいで個人的に好きです♪

修理とはいえ部屋に人を招くって面倒ですよね。
うちはリビングにあるので、そんなに面倒じゃないけど
PC周りって結構、書類も多いから
動かすの結構大変ですよね。

No title

今日の写真は全部が凄い
最初の写真なんて
えーーーーっ
木霊ってタイトルがピッタシ
凄い凄いしか思い浮かばない!!

ROUGEさんへ

こんにちは!
最後のは結構いいでしょ。写真としてはまるでまともに写ってないし、綺麗にリアルに撮れてこそ意味があると思う人なら、なんだこれ?って思うこと必定だと思います。で、そう思う人ばかりだと嫌だなぁと云う気分もあって、ブログで披露しようかどうしようかちょっとだけ迷ったんだけど、自分でも気に入ってるからそんなこと気にしても仕方ないと思って載せてみることにしました。水面下を撮った写真ってわたしの場合なぜかこんな感じになるのばかり。面白いからそれでいいのかもしれないけど、この前の水草を撮った写真みたいにくっきり撮れることってほとんどないです。
幻想的なシュルレアリスムの絵画みたいな世界が展開してます。今の写真で受けてるのは絵画で云うと印象派っぽいものだと思うけど、わたしとしてはこういう幻想的なイメージのほうが肌にあってる感じがするかな。
最初のはこれ、河でした。あまり水が豊富でもなかったので川底の盛り上がってる部分がちょっと顔を出していたところ。これもある種幻想的に写って面白いです。浮遊感とか確かにありますよね。
鉄骨の構造体は鉄塔で、真下に立って結構あれやこれや悩みながら撮ったものの一枚だったんだけど、意図は今ひとつ盛り込めなかった感じです。錆びてると触覚的なものも複雑になってまた印象は変わってきそうです。
キャベツ、収穫した後もシュールだったらまた行ってみようかなぁ。やっぱりシュルレアリスムはわたしにとっての最重要キーワードになってる感じです。

今回修理の人を招いた部屋はプライベートな部屋だったので、そういう点でもちょっと抵抗感は大きかったです。他人を入れるような部屋じゃないし、だからこそ乱雑になってるのもあまり見られたくなかったんですけど、もうこれは仕方ないこととしてやり過ごすことにしました。修理に来る人もそんなところはあまり注視しないと思うし。
基盤交換できるくらいのスペースは空けたけど、実際はスイッチの交換だけですんだので、ほとんど机周りの空間の確保だけでよかったみたい。
もう修理は完了したのでこのことに関するストレスからは開放されてます。多少は整理されて、これはこれで気分のいい部屋の様相だけど、きっとまた程なくもとの乱雑な部屋に戻ってしまうんだろうと予感してます。

みゆきんさんへ

こんにちは!
おぉ、このうえもなく褒めてもらってる♪どうもありがとうございます。
今回のは全体にちょっと幻想的な感じを狙ってたのが上手くいったのかな。
最初のももとの事物の質感が上手く飛んでしまって、一見何を写したのか分からないようなところもいい方向に作用してると思います。河の表面なんだけど波一つ立ってない、いつもはうんざりする曇り空が川面を均一な平面にしてくれて、不思議な空間になってるんじゃないかな。
木霊って云う言葉、この最初のになぜかマッチしてますよね。つけたわたしも実のところその理由を説明できないんだけど、感覚的にこれが木霊に一番相応しいって思ったもの。
この世界に薄幕一枚隔てて存在してるかもしれないまた別の世界の気配といったものの写真、それが写真を撮る動機のすべてでもないけど、そういうのを撮ってみたいという願望は強くあって、今回の写真にそういう願望が上手く形に出来ていたのなら嬉しいな。

No title

こちらの記事を今日拝見したので、タイトルから5年前におそろしいほど聞いた「木霊でしょうか・・・」の詩を思い出してしまいました。
これもまた不思議な縁なのかもしれません。
最後の写真、とても美しいですね!幻想的です。

ラサさんへ

こんばんは!
5年前のことは取り上げてるブログはやっぱり多いですよね。わたしの場合は特にそのことで記事は書かなかったけど、京都に住んでるものが感じるのよりははるかに生々しい記憶として思い起こす人も多いんだろうと思います。
木霊はわりと単純に幽霊から引き継ぐような感じでつけたんだけど、何だかやっぱり時期的にこういう方向に言葉を選んでいったというのは、云われてみるとそれなりに導かれていくものがあったのかなと思います。

最後の写真、どう見ても失敗だけど気に入ってるからどうしようかなと、ブログに出すのを躊躇してたんだけど、やっぱり出して正解だったかな。ピクトリアリズムのような意味合いでの絵画主義じゃないんだけど、あまりリアルな方向に向いていかない絵の作り方はいつもやってみたいと思ってるし、発想の元が昔から写真に関わってこなかったからなのか、写真的な文脈からよりは絵画的なものから得ることが多いような気がしてます。シュルレアリスムだとかミニマリズムとかポップアートなんかも大好き。こういうテイストをどこかに持った写真が撮りたいっていつも思ってます。
今のところ偶然にイレギュラーになったもので面白そうな結果が出たものをピックアップする感じだけど、サラ・ムーンのように意図的にフィルムにダメージを与えるような方向も面白そう。でもこれは凄い勇気がいりそうです。

No title

本といえば青春のよどみの中に深く沈んでしまってこんな機会にぷかりとその表紙が浮かび上がってくる
古くなって色の褪せた記憶の最後の写真の水面のような感じになってますね
この写真、そのままアルバムのジャケットに使いたいです

sukunahikonaさんへ

こんばんは!
わたしも100円文庫漁りなんてやってなかったら、もう一度手に取ろうとは思わなかった本が一杯あります。
でも音楽ほどはそのときの情景が一緒に浮かび上がるとか、そういうセンチメンタルなところは無くて、わたしの場合は単純に記憶が上書きされる感じになるかな。昔読んだ時は面白かったけど、今読んでみるとあまり面白くなかったとか。
記憶への組み込まれ方とか、色々と変化に富んでるようで面白いです。
写真は記憶の中に沈み込んでるようなものを直接的に喚起するような力はある感じですよね。この最後の写真とか鮮明でない部分が逆に上手く作用してそういう古い記憶にあるものを刺激するのかも。鮮明に写らなかったらずべてがそんな感じになるかというとそうでもなさそうだから、今回のはわりと上手く失敗したって云う感じになってたんでしょう。
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