桜と変容

桜 東野1
2016 / 04 / Nikon COOLPIX S9700





桜 東野2
2016 / 04 / Nikon COOLPIX S9700





桜 山科
2016 / 04 / Nikon COOLPIX S9700





変容の桜
2016 / 04 / Nikon COOLPIX S9700





自転車リズム
2016 / 04 / Nikon COOLPIX S9700



この前の森山大道の特集雑誌がきっかけとなっていつの間にか手元にやってきていた、森山大道と全く関係の無いコンパクトデジカメ、ニコンのクールピクスS9700を、さてどんなものかと試し撮りするつもりで、季節的にも重なっていた桜を撮りに出かけた。
今年はなんだか桜を撮りに出かけるような気分にはあまりならなくてパスしようかと思っていた。なにしろ新鮮な写真が撮れそうな予感が全くしない。出来合いの桜のイメージに付け加える程度のものしか撮れないだろうと、それに写真を撮る対象としても余り興味を引くものでもなくなってきていたりした。
それでも桜を撮りに行こうと思ったのは、桜そのものじゃなくて桜によって変容する空間のようなものを撮れないかと思ったからだった。桜の名所はライトアップなんかされていてどうだこれが綺麗というものだ!とでも云わんばかりにお膳立てしてある。そういうところでは確かに綺麗で豪華な桜の写真は撮れるんだろうけど、美しいもの、豪華絢爛なものとして用意してあるのを写して綺麗な写真を撮れたとして、それは面白い行為なのか?と、そんなことを考えたりするから、桜が撮りたい気分になっていたとしても撮る対象としては演出も何もされてない市井の名もない桜のほうに興味を引かれていた。だから今回も思い立ったら名所の桜よりも街中で咲いてる桜がまず候補に浮かび、そういう桜のほうが周囲の空間をどう変容させるかなんていうのもひょっとしたら撮れるんじゃないかと思った。
とまぁ基本的な気分はこんな感じだったんだけど、一応実際は、去年シーズンが終わってから写真撮りに通っていて、桜が咲いてたらどんな感じだったんだろうと気になってた山科疎水の様子を窺いに行くことになる。
撮る気にならないなぁと思い、曇りや雨が続く天気を眺めながら、桜のほうに向かってテンションが上がるのを待ってる間に桜のシーズンはわずかに盛りを過ぎてしまったようで、一年後に訪れた山科疎水の桜はまるで生彩がなかった。というか桜で名が通ってる場所だから、疎水上を覆い尽くすように桜が咲いて、疎水の流れが落ちた花びらで一面桜色に染まってるような場所だと勝手に想像してたんだけど、実際は密集してるのはほんの一部で疎水の行程の大半は疎らに桜の木がある程度。八割がた緑の空間が広がってるような感じだった。シーズン真っ最中でもこれにちょっと桜色が増える程度なんじゃないかなぁ。桜で名を馳せるつもりなら御陵辺りまで桜並木で埋め尽くしたほうがいいと思うよ。
ということで、元々市井の桜が頭にあったものだから、去年気になっていた疎水の桜がこんなものだと分かると、早々に見切りをつけて街中で色々と撮ることになった。
地下鉄山科の隣の駅、東野の近くにブックオフがあるのを知ってたから、ついでにそこへ足を伸ばして、菜の花が咲いてるのは山科疎水の写真だけど、それ以外はその東野で撮ったものとなる。
変容する空間と云っても桜の存在感が大きすぎて、結局桜で変容した街の空間に咲いてる桜の写真って云う感じのものにしかならなかったかな。さすがにいつものように妖しげにはならなかったけど、妖しい桜というのも撮れれば、何しろ木の下に屍体を抱きかかえてるわけだから、わりとイメージは違和感ないかもしれない。

最後の自転車の写真が、実はこの日に撮った中では一番気に入った出来になったものだった。反射なんかも交えて複雑なイメージになってるのに同時に端正なところもある。神秘の形の円形が一杯あるのもいい。いろんな要素がリズミカルに絡んでるのも音楽好きとしては視覚的に高揚する。縦に二本走ってる白いラインは窓枠なんだけど、白バックの中に置くと画面が3分割されて、縦に細い写真を三つ組み合わせたようになってるのも、これは予想外だったんだけど、視覚効果としてはかっこよく決まったんじゃないかと思う。

ちなみに東野のブックオフではめぼしい写真集もなく、野阿梓の「伯林星列」の上巻だけ100円文庫で見つけるも、結局買うこともなく店を出て、この日の収穫は数枚の桜とこの自転車の写真だけという結果で落ち着いた。


☆ ☆ ☆


s9700

さて、ニコンのデジカメクールピクスS9700を使ってみた感じといえば、やっぱりデジタルは使っていてあまり面白くないなぁって云うのが正直なところかな。基本的に手ごたえに乏しいというか、フィルムのほうがこの目の前のいかした空間を絶対に手に入れたいと息を潜めてシャッターを切る高揚感は強いし、本当にその空間を上手く掠め取れたのか?という不安感も混ざってコントラストが強い陰影のある感覚を体験できる。
このコンデジはおまけにファインダーがなくて液晶を見ながら写真撮るしかできないのがまたあまり手ごたえのない撮影にしてる。森山大道はほかの事はカメラなんて写れば何でもいいという割り切り方で済ませても、この液晶で写真撮るというのは容易く受け入れたんだろうか。技術革新が進んでも、いつまでたっても昼日中に液晶を眺めるのはあまりよく見えないし、何でこんな明るい陽射しの下で液晶なんて見えにくいものを眺めてなければならないんだと、理不尽な思いに捉われていた。他の持ってるデジタルカメラはファインダーがついてるから、これもファインダーが欲しいと思うんだけど、そうなると他に持ってるデジタルカメラと同じになってしまうから、これは見えにくい液晶でしか撮れない写真を撮るカメラということになるのかな。考え方を変えれば、これもまた特別な撮影体験ではあるのかもしれない。
クールピクスのSシリーズはこのS9700から絞り優先モードとかついて、ちょっと本格的なことができるようになってるけど、明るさが3.5くらいから始まるレンズでは絞りを変えてもそんなに効果的に使えるという感じでもなく、これはフィルターっぽいもの以外だとオートで撮るだけだった一世代前のS9500のほうが理にかなってたんじゃないかと思う。おまけにS9700のほうはオートにすると、S9500では電源を落としても記憶してくれていたフラッシュモードを記憶してくれない仕様になっていて、まあオートというならわたしの設定なんて記憶しないほうが本当のオートだとは思うけど、こういう形のコンデジの使い勝手としては前機種のほうが割り切り方が上手い印象がある。森山大道がS9500を使い続けてるのもそういうカメラの持ってる割り切り方が撮影スタイルにマッチしてるということなのかなとも思ったりする。

写りはフィルムのように事物が薄い光の膜を纏っている、あるいは対象との間にある空気の層も写しこんでる感じはなく、全体的にはまさしくデジタルで、均質的にはっきり写る。クリアだけどあまりメリハリのない、そのままだと味のない写り方になりがちのように思う。ただ今回の自転車の写真はそういう細かいところもはっきりと写るというデジカメ的なイメージがマッチしてるように思えた。こういうデジタルっぽい映像も良し悪しはものによるんだろうなぁと思うところがあった。

もう一つ、かなり安かったから両吊りのケースを買ったんだけど、これは首から掛けて使う類のカメラじゃない。この桜を撮りにいった日、カメラを首に掛けていたことは、このカメラが何だか馴染めなかった原因の一つになっていた。これはハンドストラップで片手に持ちながら街のなかを歩くカメラだと思う。
まぁ純正のこういうアクセサリーは後で欲しいと思っても買えなくなってる場合がほとんどだから、かなり安価で買えた時に買っておいたのは正解だったとは思うけど、首から掛けたくなった時に困らないだけで、あまり使わないかな。結局この桜を撮りに出かけた日も、帰ってからハンドストラップに付け替えたから。
ただ、手で持って歩き回るカメラだとは思っても、そのままだとあまり持ちやすくないカメラだったりする。このケースに入れてるとケースの厚みが加わって若干持ちやすくなるから、両釣りを止めてその片側だけにハンドストラップをつけることも出来そうだけど、ケースは三脚の取り付け穴でとめてるだけだから、片側だけで吊り下げたりするのはちょっと危なそうな感じがする。
親指の滑り止めのゴムの真横に、ほとんど隙間なく録画のボタンなんていう、はっきり云って使わないものが配置されていて、これがまた押すつもりもないのに押してしまうことがよくあり、持ちやすさも含めて全体のデザインはそんなに使い勝手を考えてるようには思えない。





これも現行の機種ではなくて、最新のものはもっと機能盛りだくさんで、何だか一眼レフに色目を使ってるような様子のカメラになってきてる。売る側としては新機能とかいろいろと盛り付けて出すほうが売れるのかもしれないけど、こういうタイプのカメラが持つべき方向とは何だか少しずれてるんじゃないかと思わないこともない。
何度も書いてるけど写真ってそれこそ写ルンですでも撮れる。高級な機材と機能てんこ盛りの状態でないと撮れないと思うなら、それは間違ってる。
そういえば写ルンですは今年30周年で記念に初代の外側を再現したジャケット付きのものが限定で販売されてる。他についてる記念グッズがいまひとつ魅力的でもないので買うまでには至ってないけど、普通に買うのとほとんど変わらない値段だし、まだあるなら買っておこうかなと思ったりしてる。
最近若い人を中心に写ルンですは人気を盛り返してるらしくて、わたしはといえばアレック・ソスや、日本だと最近新作の写真集がでて、新刊で速攻買ったお気に入りの写真家、奥山由之が好んで写ルンですを使って作品作りをしてるといったことから、かなり興味を持って一台買ったのが手元にある。
どういう形にしろフィルムを使う人が増えてるって云うのはやっぱりいい。




これ、ヨドバシだと4000円くらいしてた。あまりにアマゾンのが安かったので思わず買ってしまったもの。
でも本文中でも書いたように、こういうのを使うタイプのカメラじゃないんだよなぁ。



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コメント

No title

そうそうTVで今、「写るんです」が
若い子の間で流行っているのですってね。
デジタルしか知らない子には
「写るんです」の手軽さや不便さが新鮮だそう。
これをキッカケに写真のプリントとか
以前みたいに安くならないかなとか思ったりします(^^;

今回はコンデジ撮影だからか
薄荷グリーンさんらしさは薄いけど
自転車の並んでいる店先・・・
「今はこういう売り方なんだよな~」って
街の小さな自転車屋さんがどんどん潰れて行く様を
思い出してしまったわ。
写真とは全然違うんだけどね(^^;

No title

このページに桜は?と思いましたが・・・文章があるから大丈夫(*'▽')「写ルンです」は最近はやっているそうですね。若い人の間でも。

ROUGEさんへ

おはようございます!
写るんです、流行ってるらしいです。限定版まだ売ってるかなと調べてたらそういうニュースに行き当たって。
限定版のプロモーションの動画でノブを回してフィルムを巻き上げるということさえ知らない人も出てたから、本気で珍しい道具に見えてるんでしょう。チェキの流行もそうだけど、フィルムの潜在的なユーザーとか、道具として身近にないから気づいてないだけで、そういうのがあると知ったらフィルムを面白がれるような人は一杯いそうな気がします。それとデジカメの、スペックがどうしたとか言う路線にうんざりしてる人とか。
使い方はCDにしてもらってネットのSNSなんかに貼り付けて遊んでるらしいということでした。わたしはフィルムの処理とかに関することは結構長いことやってもらってる写真屋さんでわりと早めに処理してもらったりしてるから、一般的な扱いはどうなのかよく分からないけど、処理の費用が高かったり日にちがかかったりすると使い勝手の悪さにつながっていくし、こういうのは安価で手軽に頼める環境を再構築して欲しいと思います。こういうの、馴染みの店を作っておくのが一番。
結局写るんですの限定版、アマゾンで注文しました。限定版の癖に次回入荷のものの入荷待ちで届かないんだけど。今持ってる写るんです、そろそろ使おうかな。限定版はパッケージの様子次第でそのまま保存しておきたくなるかもしれないし。

コンデジも道具の一つとして使ってみるのもそんなに悪くないかなと、最近は思ってます。でも結局「写真」のシミュレーションをしてるだけで本当の写真じゃないという感じは拭えなかったりして、撮影の態度はフィルムとは随分と違った係わり合いになるかなということは思ってます。屈託なくデジで写真撮ってるのってひょっとしたら森山大道くらいじゃないかな。わたしの好きな写真家でプラウベルマキナで中判のかっこいい写真を撮ってる金村修も最近コンデジで撮った写真の写真集を出してたけど、写真へのスタンスはフィルムとはかなり異質というか、もうのべつ幕なしに撮り続けないといけないような感じになってくるというようなことを云ってました。
桜はあまり撮る気がしないなぁって云う気分がどこか反映されてるのかも。数年前にモノクロで撮ったのが未だに一番のお気に入りで、あれよりも自分でいいと思うような写真が、桜に関しては撮れそうにないという思いも強いです。
一応フォトショップでデジタル臭い感じを拭い取ろうとしたんだけど、まだ足りないか、むしろデジ臭さをもっと押し出したほうが面白いのか、どっちなのかな。桜の写真では最後の黒バックにして、ある種舞い落ちた花弁だけのようにも見えるのが今回のお気に入りです。花が散ったあとの赤い部分も黒バックだと映えてくるし。
自転車は中学生の時に自転車通学してたくらいで今はもう乗ることもないので自転車屋さんがどうなのかはよく分からないけど、そういえばちょっと作業場みたいな雰囲気のところでパンクの修理とかしてた雰囲気の店は見なくなりましたよね。個人の商店とかは本当に壊滅状態になってるところが多いです。写真の処理はヨドバシみたいな大手ばかりになると本当に困るなと思います。
自転車の写真は、ガラス面があるのに写真撮ってるわたしが反射像として写ってないというのが、意外なポイントだったりして。

和さんへ

おはようございます!
あはは、柄にもないものを撮ってるっていう感じに見えましたか。でも一応桜の季節にでもなると自分も撮ってみようかなと思うんですよね。今年のはいろいろと気分的に引いてしまってるところがあるから、こういう写真になってるけど、何年か前にモノクロで撮った桜の写真は、自分で云うのもなんだけど、結構かっこいい仕上がりになってますよ。おかげでこれより見栄えのする桜の写真は自分には思いつかないって云うブレーキがかかってしまって、今年みたいにあまり積極的にはなれなくなってるっていうこともあったりはするけど。
記事書いて思いついたけど、妖しい桜というのは結構いいかも。来年の桜はこの路線で撮ってみようかな。

写るんですがはやってるのはそれなりにニュースになってるようですね。使ったことが無い人には相当珍しいものに見えてるのかもしれないです。フィルムは面倒臭いんだけどその面倒臭さの一つ一つが手ごたえや成果として返ってくると面白くなってくるんですよね。この流行でフィルムを面白いと思う人が増えるのを期待してます。そうなると現行フィルムの種類が減り続けてるのも阻止できるようになるかもしれないし。

No title

満開の桜にトドメの自転車
何かのメッセージかな?
素敵桜はこっちはまだまだ
彗星さんのブログの桜は
見てよーーーーっ
綺麗でしょっていってるわ♪

みゆきんさんへ

こんばんは!
もう目についたものをひたすら撮ってるだけで、メッセージとか含めたことないんだけど、撮った時には無関係でも組み合わせてみると何か意味ありげなものが出てくることはありますよね。何だかメッセージ的なものが出現してるなら写真としてはそれも面白そうです。肝心のわたし自身はそのメッセージが何だか分かってないんだけど。

やっぱり桜撮りにいってよかったかな。
本当のところどう撮れば新鮮なイメージになるんだろうって、ずっとイメージトレーニングのようなことをやってみて、桜を見たこともない形で写真に出来るだろうかと思っては途方にくれるばかりだったから、もうあまり乗り気でもなかったんですよね。皆が撮って、撮り尽くしてるから、そういうものに似たものを撮ってもあまり面白くないなぁって。
色々と投影するものも多いし、そういうものを一杯受け止める度量の広い花だから、そんなわたしが思っていたことも全部ひっくるめて受け止めた上で、ただひたすらに綺麗な花の写真として姿を見せてくれたのなら、これはこれでいい結果だったんでしょうね。
今日はまるで冬に逆戻りしたような日で強い風が吹き荒れてました。おそらくこれが桜の季節の終わりを告げるものだったんじゃないかと思います。そちらはこれから桜のシーズンということで、まだ楽しみがそのまま残ってるのはちょっと羨ましいです。
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