残響 + Arto Lindsay

ステップ
2016 / 04 / Nikon COOLPIX S9700







反射マネキン
2016 / 04 / Nikon COOLPIX S9700





影降る路地裏
2016 / 04 / Nikon COOLPIX S9700





板壁
2016 / 04 / Nikon COOLPIX S9700




今回のはデジタルで撮ったもの。撮ってる時はとにかくスムースに進むものだから、何だか手順を進めてるだけのような気分にもなって、あまり面白くないと思うほうが多かったけど、出来上がった写真は意外と気に入ったものが混じってた。ただやっぱり綺麗に写りすぎて面白みに欠けるところはある。もうちょっと曖昧な部分で何かしようと思うから、こういうクリアさは興ざめになるところがあったりする。
かといってフィルター的なものを使うとなると、デジタルは写真的なものをシミュレートして、写真にそっくりなものを生み出してると云う捉え方だし、わたしにとっては紛い物感が増すだけのような気がする。

クールな写真が撮ってみたいな。ピクトリアリズム的な写真はあまり撮ろうとは思わないし、自分が持ってる写真を巡る思考はポストモダニズム的なものだと思うんだけど、感覚的には思考ほどには、そんなに割り切って撮ってない部分も多い。
なんでもない枯れ枝一本を写真に撮って、それを写真として成立させてるものはなんだろうと考えると、別に見慣れた写真として成立していなくてもいいというほどには開き直れなくて、従来的な絵画への追従というような形ではないにしても、どこか絵画主義的なものを必要としてるような気もする。
ある種の美意識のようなもの。道端のゴミを撮ったとしても、そのゴミを捉える視線は美意識を含み持ってるといった感じ。何をどんなに過激に撮ろうと、それが美しいものであるとみなしたから撮るという部分、その美しさはあまり一般化されるものではないかもしれないけど、そういう感覚を取り落としてしまうと、きっと写真はつまらないものになってしまうような気がする。


何だか事物がひそひそと囁き声を交し合ってるような気がしてそちらのほうを向いてみるんだけど、事物たちは視線を投げかけると急にすまし顔で黙ってしまう。でも確かに囁き合っていた残響音のようなものは微かにその場に残っていて、何を囁いていたのかはもう既に意味としても霧散していて判読は出来なくなってるんだけど、その痕跡だけでも留められるかと思ってシャッターを切ってみる。
わたしの感覚はそういうものを十全に感知するにはまだまだ鈍くて、今も思うようには捉えることもできない。
たとえば道端に落ちてる枯れ枝一本からでも、その枝が発する何かを感知できるようなアンテナが、本気で欲しいと切望する。


☆ ☆ ☆


Arto Lindsay - Trans Pecos 2015


ノー・ニューヨークという衝撃的なレコードでわたしの目の前に現れた、DNAというロックバンドの主催者、アート・リンゼイ。ノーニューヨークに納められた過激でうさんくさくてアンダーグラウンドなアート感覚満載のバンドのほとんどが、その尖がった感覚を維持できなかったりしたように、アート・リンゼイも自分のルーツであるブラジルの音楽へ回帰し、まぁそれでも普通に考えるようなブラジルの音楽とはまったく違う、やっぱりDNAの人だと納得するような過激さはあったんだけど、活動を追うのはその辺りで止めてしまっていた。
最近、そういえばこの人どうしてるんだろうと思って、探してみて見つけたのがこれだった。Trans Pecosというのは、どうもニューヨークにあるナイトクラブというかライブ会場というか、音楽をやる施設のようだ、

凄いなぁ、というのが文字通りの感想だ。これだけ長い音楽活動を続けてギターを持ち続けながらも、普通に弾こうと練習さえしてないようなスタイルを維持してるのも凄い。普通だったらちょっとはコードの一つでも憶えようかなと思ったりするものだけど。
本当に唖然として笑ってしまうほど説得力があったのは、実際には奏法以外の部分で結構仕掛けたりしてるんだけど、表面的にはこの引っかき、かきむしるだけにしか見えないようなギターの音と、基本は力の抜けた語りとも歌ともいえないような声音だけで、後半はバンドサウンドになるものの、これだけの時間をたった一人で保ってるということ。こんなこと誰にでも出来るって云うものじゃない。
なによりもアート・リンゼイ自身、楽しそうなのがいい。こんなに得体の知れないことをやって、鑑賞者の眉間にしわを寄せさせ、考え込ませるような人は一杯いるけど、これだけ楽しい、面白いと思わせるミュージシャンって他にはほとんどいないと思うし、存在としては唯一無比だと思う。
この人は自由であることについて、何時も考えさせてくれる。

それと、このギターがまたかっこいい。何だかレトロフューチャーっぽいというか、ホアン・ミロとかイヴ・タンギー辺りがデザインしたといっても納得するくらい、形やラインや色に色気がある。
ダンエレクトロというギターらしいんだけど、売ってるところを見れば他のギターも全部この類の形、曲線、色で、独特の雰囲気のギターが並んでた。
エレクトロっていう名前もかっこいいんだなぁ。カメラでもあった、ヤシカエレクトロ35ゴールドメカニカなんていうのは、さらにメカニカという単語の合わせ技も加わって、名前だけで恍惚となってしまいそうだ。

調べてるうちに出てきたんだけど、ジミー・ペイジも使ってたそうで、写真なんか見るとゼップの頃の若い写真で、ゼップは大好きだったけど、これは本気で知らなかったので吃驚した。結構昔からあるギターで、どうやら最初は少年漫画雑誌の通販で売ってるようなギターだったらしく、フェンダーだとかギブソンだとかとはまったく居場所の違うギターのようだ。ピックアップケースに当時在庫不良だった口紅のケースを代用してたとか。今生産してるのは復刻版も含めてもうちょっとましな作りになってるらしいけど、こういう怪しい存在はその気配に同調して心が震えるな。
これ一本本気で欲しくなった。6万くらいで買えるようだから、そのうち買ってみようかな。

それにしてもやっぱりこの演奏を音楽として認めさせたのは凄い。





アート・リンゼイの出発点となったバンド、DNAの活動を知るならこれが決定版。おそらく一番過激だった活動期のすべての音源が収録されてる。最近のCDに関しては知らない。


このPVに出てくる12弦ギターじゃないけど、ダンエレクトロのギター。


今回使ったコンデジ、ニコンのCOOLPIX S9700。




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コメント

No title

今日も謎々みたいな写真
残響とは陰&影と陽と日かな?
虫眼鏡で見て遊んでました♪

みゆきんさんへ

こんばんは!
細部の切り出しのような撮り方だからどうしても謎々っぽくなりますよね。
謎めいた世界に答えを与えるような写真でもないから、これでいいんじゃないかと思ってるんだけど、見てるとちょっと居心地が悪いかな。
残響は色々と含みがあるって言うような感じで。事物を取り巻く様々な層を薄皮を剥ぐように見える形にしていくとか。事物を目に見える存在として成り立たせてるのはまさしく光だから、光と影は事物の様々な側面を生み出す立役者みたいなものかな。最初の写真はまさしく影を撮ろうと思って撮った写真でした。
陰と影は明確に区別される概念なんですよね。確か日が遮られてできるのが影で、暗がりが陰だったはず。そういえば少し前の記事に、落ちる影よりも暗がりに差し込む光のほうに興味があるなんて書いたことがあったけど、これなんか文字通り影と陰の使い分けだったりして。こういうことを自覚的に操れるようになるとまた写真も表情豊かなものになるんじゃないかと思います。陽と日はあまり区別をつけて考えたことがないなぁ。こういうのも課題の一つになりますね。
ちなみに二枚目のはマネキンの顔に反射してる周囲の光景、最後のは表情豊かな板壁です。破れたポスターだとか壁の染みとか、偶然が生み出してる造形は上手く切り取るとなかなか面白い被写体になりますよ。

No title

おっさん頑張ってんな
まるで都会っ子のおいらがトラクターで無計画にキッキと畑を耕しているようだ。でも、一番びっくりしたのが意外と音楽しちゃってるんだなってことです。
むかし、こういうのが好きなふりーきーな方たちにもっとちゃんと弾いてとギターテクを指摘されたことがあります。まだなんてったってブルース好きの普通の中学生だったからね。でも、初めて知りました。なんだチューニングしなけりゃよかったんだ。悩んで損しましたw
ダンエレクトロ、楽しいギターだよ。音もちゃちくてすき。使い方によってはなかなかのものです。それにプラスチックかなんかでできてるから軽くていいんだよ。今度、曲作った時に使ってみてアップしてみます

sukunahikonaさんへ

こんばんは!
どの分野でもアヴァンギャルドなことをやるにはまず基礎の勉強からって言うようなことを云いますよね。楽器にしろ絵筆にしろ結局道具だから道具を思うように使えなくてはそこから何も引き出せないというような意味合いで、基礎を勉強しろっていうことなんでしょう。こういう考え方は一理あって別に否定するつもりはないんだけど、大本のところで旧態的な作品概念があるようで、そこに向かうつもりがないならこういう演奏もまたいいんじゃないかと思ってます。でも確かに意外と音楽していて、音楽として形を成す最低限のところはアート・リンゼイもきっちりと確保してるように思え、旧態的なものからまったく別の場所へと行く感じでもないのかなと、派手にぶっ壊してるような音を聴きながらそういうことも考えたりしました。
youtubeなんかでアマチュアの人がギターの腕自慢動画とか出してるけど、みんな揃いも揃ってブルースっぽく弾いてます。他にないのかいなと思うくらい、みんなまったく同じ方向を向いてる。わたしはあまりブルースって好きじゃないから、まったくブルースに影響されないギターなんかのほうが気に入りそうです。
ダンエレクトロって有名なギターなんですか。本当にわたしはその存在さえ知らなかったんだけど。コメントの書きようからすると既に所持してるみたいですね。
とにかくわたしはこのPVみて一目ぼれしてしまいました。こんな昔のSF映画から抜け出してきたようなチャーミングな楽器があるなんて。アンプやエフェクターもまったく同じテイストのレトロフーチャーっぽい形のものが揃っていて凄い楽しい。
本気でそのうち買ってるかも。

No title

三枚目の、好きだな。影我すき。
写真って不思議だよね
一枚を見たら色んなことを想像できる
想像させるような写真を撮ってるって事なのかな

あの、、一度聞いてみたかったんだけど、あなたは人物は撮らないの?
撮ったらどんな写真なのか見てみたいです。

さよさんへ

こんばんは!
薄暗いところの差し込む光のようなの、結構気を惹かれます。そういう場所を見つけるととにかく何とか見た時の雰囲気を形にしたくてカメラ構えてあれこれ試しながら撮るのに熱中する感じかな。大きな声で話しかけられてるというよりも囁き声で話をしてる雰囲気があっていいです。光が差し込んでる場所っていうのがやっぱり基本的にお気に入りの場所のひとつなのかもしれないです。

色々と含みのあるイメージにしたいというか、そういう風になるようには色々と試みたりしてます。あまり上手くはいかないんだけど、その時の気の持ちようで印象も変わるような写真とか撮れると面白いですよね。
わりと極端なものも好きなので、反対に物凄く即物的な写真も撮ってみたい気があります。自分の撮る写真はこれ以外にないって云う限定はまだしてないし、色々と試してる状態かも。

人はどう撮っていいのか分からないところがあって、写真家の作品を眺めてもポートレートは良く理解できないんですよね。
人間性がどうのこうのという話になると写真にそんなものは写らないと思うほうで、ひょっとしたら人間の肉体的な造形に関しての写真なら撮る取っ掛かりを見つけられるかもしれないと思うけど、生き様を写すとかいったことになるとわたしはお手上げになると思います。
今のところ周りの世界を形として見せてくれてる光の様相をフィルムの上に留める様な撮り方が感心ごとって云うところなのかな。
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