鎌鼬

かまいたち
2016 / 04 / Minolta SR505 / Fuji PRESTO 400を増感現像





壁の矢
2016 / 04 / Minolta SR505 / Fuji PRESTO 400を増感現像





連鎖する靴
2016 / 04 / Minolta SR505 / Fuji PRESTO 400を増感現像


梅雨に入ってからはやっぱり気が滅入る。いつの頃からかずっと撮りあぐねてる感に付き纏われて、そういうのにさらに拍車がかかりそうだ。何だか同じような写真しか撮れないと思い、でも似たような写真しか撮れないにしろ、新しい見慣れない場所へ赴くことは必要なんだと、そう思い定めてはいても、最近の気分は梅雨の陰鬱な雰囲気に勢いを得て、そういう思惑にも足止めを食らわそうとしてるようだ。
撮りあぐねてるなら撮りあぐねてる気分を写真にすれば良い。同じような写真しか撮れないと思ってるなら、飽きるまで同じような写真を撮り続ければ良い。こう云ってしまえれば話は簡単なんだけど、雑念が多くてそのシンプルさになかなか身を委ねることが出来なかったりする。

まぁね、そんなことに身を捉われながらも、出かけてみて似たような写真撮ってる時でも、シャッター切る時になると気分は楽しいし、この楽しい気分でシャッターを切っていられる限り、そのうち面白いことでも起こるだろうと楽観視はしてる。

☆ ☆ ☆

今回の写真は今年に入ってから写真撮りに色々と出かけてる京都の西側で撮ったもの。
もう写真の八割がたを、生活領域の京阪沿線で撮ってるから、ちょっと違うところで撮ってみようかなと思い立ち、そういえば京都の西のほうとかほとんど行ったことがないから、何時も歩いてる東山辺りの観光地の集積地点から離れて、そっちのほうに出かけてみようと思ってのことだった。西のほうと云うと、個人的には通ってた幼稚園が太秦にあったのと、昔通ってたシズキという美容院が西院にあって、そこへヘアカットしに行くのが、体感としての最西端の場所だった。
京都駅から嵯峨野線に乗って、電車は嵐山のほうへ向かうんだけど、わたしは京都駅からあまり離れてない丹波口だとか二条だとか、もうちょっと先に行って花園だとか、その辺りで降りて歩き回ってる。丹波口だと何も電車に乗らなくても、はっきり云って京都駅から歩いていけるし、丹波口で電車を降りても、写真撮りながら歩いて京都駅に戻ってきたりしてるんだけど、まぁ一応電車に乗るのも楽しいので。丹波口は以前親戚が住んでいて子供のころはこの近くに良く遊びに行ってた場所でもある。
嵯峨野線は凄いよ。一時間に3本しか電車が走ってない。一台見逃すと20分駅で待ってなければならない。嵐山の行き帰りの電車なのに、どこの田舎のローカル線なのかと云いたくなる。そしてその超ローカル然としたタイムテーブルのわりに観光客は乗ってくるし、さらに沿線に立命とか仏大があるから学生も大量に参加して、ローカル線ではありえないほど混雑してる場合が多い。

たとえば花園なんていう、きっと見渡す限り花が咲き乱れてるような場所に違いないという名前のところであっても、行ってみると実に何もなかったりする。京都っぽささえもほとんどないというか。でもここから暫く北のほうに向かって歩いたら色々と寺社があって、それなりの観光地になるから、こんな何もないところなのにどうしてっていうくらい外国の観光客風の人がホームにたむろしてたりする。これがちょっと奇妙な印象を与えたりする。
今年の春ごろから出かけてる、花園までの印象は、他の駅も大体こんな感じの、京都っぽささえも希薄な地方の街といった印象なんだけど、何もないところからいかに写真を掬い上げてくるか、考えようによってはなかなか面白いチャレンジが出来たりする場所のような気もする。

☆ ☆ ☆

最初のと二枚目の写真を見ていて思い浮かんだのが鎌鼬という言葉だった。内田百閒にならって、わたしも横町にあるらしい異界への入り口を探し回ってる。
ただ鎌鼬なんてつけてしまうと、京極夏彦風の妖怪写真にでもなりそうで、つけてから云うのもなんだけど、あまりおどろおどろしい方向には進めたくはない。
どちらかというと乾いた写真に乾いた幻想といったものの混合物が今の理想だったりする。
物言いたげでもなく、あっけらかんとした写真に、良く見れば寄り添ってる鉱物質の幻想といったもの、そんなのが撮りたいね。


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コメント

No title

こんばんは
今夜のところはコメント控えてと思った矢先
百閒ですか
卒論百閒でした。全集あるけどどれ読んでも金太郎あめのごとしです。
夢中になってたあの頃が懐かしい

sukunahikonaさんへ

こんばんは!
卒論のテーマだったとは、これは本格的ですね。
わたしも全部じゃないけど全集の何冊かは持ってますよ。「東京日記」を読んだ時、写真を見てもどこか堅物の人のような印象だし、漱石門下の人だというからオーソドックスな文学の人かと思っていたのを、ものの見事にひっくり返されて、こんな幻覚のような小説を書く人だったんだと吃驚してから、なんだこれは!と思いつつも大好きになってしまいました。狐に騙される話とかこんな風に騙されるのならそれは怖いだろうと納得したり、「件」の薄明に浮かび上がる白昼夢みたいな雰囲気に夢中になったり。漱石でも夢十夜とか好きだったから、病んだ精神が見てる幻覚のような百閒のサイケデリック小説は新鮮で面白かったです。
全集は本棚の奥のほうでアクセスしづらいし、細かいことはあまり憶えてなかったりするから、最近手軽な文庫でちょっと買いなおしていて、また読んでみようかなと思ってます。
内田百閒にインスパイアされたような写真を撮るつもりはないけど、どこかに異界が紛れ込んでくるようなヴィションに捉われてるという点は、共感するところがあったりします。

No title

影と光
何でもない景色にド感動
そしてスニーカーをわざと並べた?
ユニークな発想に吹いちゃったわ♪

みゆきんさんへ

こんばんは!
長く真っ直ぐに差し込んでくる一条の光、かっこいいでしょ。何かが疾風のようにすばやく通り過ぎた痕跡のような、かまいたちなんていう言葉を連想してしまうくらいスピード感のある直線の有り様を目にして、これを撮らないでどうするといった具合に躊躇いなくシャッター切りました。前にも書いたけど落ちる影よりも差し込む光のパフォーマンスのようなもののほうが、今のところ気を惹かれてます。
光の具合だけなんだけど、ただの自転車置場がとてもドラマチックな空間になって面白いです。

スニーカーは、わたしは触ってないです。一見地べたに並べてあるように見えるけど、実はこれ垂直の壁で、その垂直の壁にあんな風に洗ったスニーカーを並べて乾かしてるところがあったんですよね。垂直の壁のちょっとした出っ張りに並べてあったのは、やっぱり結構異様で視線は釘付けになりました。
普通はこんな並べ方をしないから、これだけでもちょっとシュールに見えてきたりします。
しかしそれにしてもよくこんな風にスニーカーが干してある時にこの場所にやってきたものだと思います。この時はそういう運を引き寄せてくる日だったのかな。

No title

えーーーーーーっ
あのスニーカーは干してたのね
笑っちゃったわ
遊び心満載でほっこり♪

みゆきんさんへ

こんばんは!
考えてみたらスニーカーとか地べたにそのまま置いておいても十分乾かせますよね。
ひょっとしたらあの細い壁の出っ張りにどれだけスニーカーを並べられるかチャレンジしてた結果だったりして。
でも云われてみると、縦に並ぶ靴とか思ってる以上に非常識で、ただ並べてるだけって言う見掛けのわりにはインパクトは強いです。
まったく歩いたことがない路地を歩いていて見つけたんだけど、またこんな変なものが見つけられるといいな。

初めまして!

初めまして、ローリングウエストと申します。新潟県柏崎生れ川崎市在住の58歳(山好き・旅好き・歴史好)の中年オヤジで1970年代洋楽の熱烈ファンでございます。3年間関西生活もしおえり。京都・奈良はあらゆる場所を徘徊させて頂きましたがまだまだ行きそびれたた所も多くご教授を賜ればと思います。これからもよろしくお願いいたします。    
ちょうど今はビートルズ来日50年、名盤リボルバー50周年の記念特集を公開いたしました!

ローリングウエストさんへ

初めまして、こんばんは!
ご訪問有難うございました。こちらこそよろしくお願いします。
わたしも地元というだけで、隅から隅まで知ってるというわけでもなくて、おまけにここがどこかといったことがあまり意味を成さないような写真を好んで撮ってるものだから、わたしのブログはほとんど京都案内にもなってないという感じです。
わたしも京都探検してる真っ最中というところかな。

リボルバー、わたしも好きです。ビートルズのアルバムのなかでも出来のいいアルバムだと思ってます。サージェントペッパーズよりもタイトなサイケデリックという感じがいいです。Here,there and everywhereなんてもう本当に傑作バラードだし。
初期のシンプルで輝きにみちた数枚のアルバムとリボルバーがわたしにとってのビートルズって云う感じかなぁ。といってもバンドサウンド回帰のホワイトアルバムも好きだったりして。結局上げだしたら全部好きということに落ち着きそうです。
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