いつかの夏のある日 + Keith Jarrett - Spirits 15

ステンドグラス
2014 / 07 / Minolta SR505 / Kodak SuperGold400





光射す塔
2014 / 07 / Minolta SR505 / Kodak SuperGold400





矢田寺の一角
2014 / 06 / Nikon FM3A / Fuji Presto 400





祭り14
2014 / 07 / Minolta New X-700 / Ilford XP2 Super



この前の記事を書いて程なく、まだ梅雨なのにいきなりの強烈な酷暑となって、ほとんど動く気になれない状態に気分が固まってしまった。気分のちぐはぐさにいらつき、どうせ酷暑なら、それに相応しい真夏の気分に手っ取り早く切り替えたくて、今まで夏に撮った写真でアップしてないものを探してみた。だから今回のはまだ夏にもなってないのに、夏の思い出の写真となる。
なんだか夏と言うと実際に体験してる真っ最中の夏はあまりの暑さにうんざりするだけという場合がほとんどだけど、記憶の中にある夏は甘美なものとして残ってる。思い出なんていう言葉と結びつき、その関係がもっとしっくりくるのは夏だろう。秋の思い出とか春の思い出とか、べつにそう云ってしまってもなんら不都合なところは無いものの、それはまさしく文字通りに過ぎなくて、夏の思い出と云った時の祝祭的な特別感はあまりないように思う。写真もそういう記憶の中の夏のようなものを刺激するような撮り方ができたら、おそらく祝祭的な写真になるんじゃないかな。蒸し暑さとか酷暑とか思い出させる、今体験してるライブ感あふれる夏の写真も有りだとは思うけど、そんなのが撮れたとしても、みんなうんざりしてあまり見る気がしないかもしれない。

でも探してみたけど、いかにも夏っぽい写真とか撮ってないことに今さらの如く気づく。さらに記憶の中の夏を想起させるようなのもほとんどない。逆に蒸し暑さを思い起こさせることもなく、ただ六月七月に撮ったというだけの写真だ。もともとあまり季節的な写真を撮ろうという撮り方でもないから、当たり前の結果だとは思うけど、こんなことを書いてしまったからには、今年の夏は夏の甘美な記憶を呼び起こすような写真を目指して撮ってみようか。

このところ先日のオートハーフにフィルムを装填して試し撮りの真っ最中。でもちょっと歩き回っただけで頭の中は暑い暑いという言葉で埋め尽くされて、写真の言葉なんてほとんど弾き飛ばされてしまったような状態になる。
まずはこの早すぎる酷暑に気分を追いつかせないと、わたしの夏の出来事も始まらない。

今回のはね、4枚目の写真が凄いと思うんだ。2014年の祇園祭で撮ったものだけど、何が凄いといって、写ってる人物五人の誰一人として顔が分かる形で写ってない、ある意味奇跡的な一枚だ。写真を良い写真と駄目な写真に区分けしてしまうような人だと、これはおそらく典型的に駄目な写真の部類に入るんだろうなぁ。


☆ ☆ ☆




以前にも載せたことがある曲なんだけど、好きな曲だしキース・ジャレット続きということで。
曲調はあまりジャズっぽくもなく、素朴で、コンドルは飛んでいくの親戚みたいな感じかな。
曲作りもキース・ジャレットが手がけ、おまけにすべての楽器がキース・ジャレット本人の演奏による多重録音だそうで、キース・ジャレットのルーツのひとつは意外なところにもありそうな予感がする。








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コメント

No title

こっちは朝晩は寒いのよ
最初の写真のステンドグラスと自転車の合わせ方が素敵
そして2枚目
やっぱりホラーのシーンだわ( *´艸`)

みゆきんさんへ

こんにちは!
こっちはもう夏の暑さを嫌になるほど体験してしまったのに、まだ夏になってないというんだから、今年の夏を乗り切れるかどうか自信がなくなってきそうです。外歩いていても写真そっちのけで涼しいところを探してたりするもの。湿度75パーセントくらいあって、精神も肉体もぐったり。

最初のはステンドグラスと分かりましたか。説明しないと謎のオブジェだろうなぁと思って、正体を伏せてみたんだけど。
ここステンドグラス屋さんです。自転車とは不思議な組み合わせになってるけどなかなか上手く合ってるんじゃないかな。緑の中で赤のアクセントのようになってるのがいい。緑色も結構綺麗に画面を覆ってるし、涼しげといえば涼しげなイメージだと思います。

2枚目のは、暗雲立ち込め始めたところに現れた謎の洋館の尖塔って云う感じに見えたんでしょ。意図とは違うけどそういう風に見るのも面白いです。って云うか何を撮っても隠し味のようにどこか怖い物好きの何かが混ざりこんでくるということなのかな。
その辺は自分にもよく分からないけど、不気味だとかシュルレアリスム的なイメージは確かに好んで取り上げたりはするんですよね。

No title

最後の写真、狙ったんじゃないですか?夏の風景って全部の雰囲気よりもどこか突出したディティールの連鎖で思い出されます。最初の写真も夏っぽくて好きです。でもやっぱり最後の気が遠くなる寸前な感じがいいですね。

sukunahikonaさんへ

こんばんは!
最後の写真、半分くらいは狙って、半分くらいは偶然でした。手前の女性の黒つぶれした表情は大体予想通り、他の人の顔が様々な形で全部隠れてたのは本当の予想外、全体の構図を半ば破棄するような無秩序さに寄せて撮ったのは意図的と、まぁ撮ってからちょっと時間が経ってるから、後になって好き放題いえるところはあるけど、そんな感じだったんじゃないかなぁ。多少気配としてあっけらかんとした白昼夢のようなところがあって、最近記事のなかで書いたからそれになぞって云うなら内田百閒好きのような部分が出てこようとしてたかも。それにしても気の遠くなる寸前って面白い表現ですね。わたしはちょっと思い浮かばないです。これをキーワードにして、さらに写真撮れそうな気がするんだけど、どうかなぁ。
最初のは緑色が綺麗に出て気分的にはリフレッシュしそうな画面になってるかな。別に夏を示すアイコンが登場してるわけでもないのにどことなく夏っぽい感じがあるんですよね。光の具合なんだろうか?これ、ちょっと不思議です。

記憶の中の夏はわたしもディテールで登場しますよ。それもひんやりしたもののディテール。これも以前に書いたけど、ソーダ水の泡がはじけて頬にかかる感触だとか、木陰の午睡で皮膚の上を通り過ぎていく風の触感だとか、蚊帳を通して目に入ってくる光だとか。あまり暑い季節としての記憶は浮かんでこないかも。それだけ暑さそのものには辟易してるってことなんでしょうね。
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