河原町・墨染 シンプルエース。隅っこの大冒険

垂れ流し配線
2016 / 05 / Fuji 写ルンです シンプルエース





高架下
2016 / 05 / Fuji 写ルンです シンプルエース





窓
2016 / 05 / Fuji 写ルンです シンプルエース


最近ポケモンGOの話題をいくつか眺めていて、これ、異界への扉を探して、カメラ片手に路地裏へ分け入っていくのとよく似てるなぁと思った。でもカメラ片手の異界巡りのほうは、たまに顰蹙をかいながらも、どこかやばいかもと思いつつ街中、路地裏を彷徨してるところがあるのに反して、ポケモンGOのほうはどうやら、世界はポケモンGOのために存在してるといったような考えのもとで展開されてるようだ。カメラでいうならカメラを作ってる会社が取扱説明書で、さぁ他人の家に乗り込んで遠慮なく写真を撮ってみようと書いてるようなもので、独りよがりで傲慢さに満ちた世界が現実世界を侵食しようとしてる。隠しもしない集客狙いもちっともスマートじゃない。
任天堂は京都の企業だし家庭用コンピュータ・ゲームという未踏の地を開拓していったパイオニアで、人並み以上にゲームが好きだった者としては贔屓目に見てたけど、こんな浅慮でダサいことやって何だか評価が地に落ちてしまったというか、見損なってしまったなぁ。開発は任天堂じゃないという擁護もネットに見られたけど、頬被り出来るほど無関係でもないだろう。

ところで任天堂といえば創業のビルが今もあるのを知ってます?
昔の五条楽園の近くにあって、元遊郭の写真撮ろうとあの辺りをうろつきまわっていて偶然見つけたんだけど、意外とこじんまりした建物だった。ビルはまだ使われてるようだったけど、ゲーム関連のことをやってるような雰囲気でもなかったし、ひょっとしたら昔からの花札とかの関連なんだろうか。

☆ ☆ ☆

三月頃にフィルムを入れて、その後に関心が他のカメラに移ってしまったためにそのまま一枚も撮らずに投げっぱなしになっていた二眼レフのピジョンフレックス。
梅雨が明けてから、とにかく撮り終えてフィルムを取り出そうと思って持ち出してる。でも二眼レフの特徴のことごとくが自分の感覚にあまりフィットしなくなってるのを今さらのように確認してしまって全然進展していかない。最近は大阪のアメリカ村でよく撮ってるんだけど、ピジョンフレックスを持っていっても一日に一枚くらいしか撮れない。
まずウエストレベルのファインダーがしっくりこない。かなり視線が下がるので、たとえば目の前の穴の向こうに何かが見えるというような空間を撮ろうとしても、カメラの視線は下に下がってるから、穴の向こうに見えてたものがファインダー越しには見えなくなってるというような場合が非常に多い。わたしの好きな俯瞰も、構え方で撮れないこともないんだけど、非常に面倒だ。
さらにやっぱり四角いフレームは扱いにくいというのもある。どういう風に空間を切り取っても、それなりに様になるように見える。何でもそれなりに絵になるんだったらいいじゃないかと思うかもしれないけど、でもそれなりに様になるだけで、これしかないというような、とても様になる絵にはなかなかならない。逆にまるで様にならないという絵が出来てしまうほうが、実は使いやすいんじゃないかと思う。
もう一つはなにしろヤシカの前身になったカメラなんていう古い代物なので、ファインダーはただのすりガラス、覗き込んでも像はほとんど見えないというか、昼間に幻燈してるような見え方しかしないということ。最後はもうこんな風に写ってるんだろうなぁと想像しながらシャッターを切ることになって、何だかまるで手ごたえがない感じがする。
早く撮り終わりたいから一応外に出る時には持ち出してるんだけど、これあと残り10枚を撮り終えるのに一夏全部費やすことになるかもしれない。まぁがんばって撮ってみるけど。

☆ ☆ ☆

最近持ち出してるカメラ事情はこんな感じで進行中だけど、今回は写ルンですで撮っていた写真から。7月中ごろの今現在で三台目を消費中。オートハーフの試し撮りが介入してきてるので、あまり枚数はこなせてないんだけど、やっぱり面白い、このカメラ。意外なほどよく写るトイカメラっていうところ、相反する要素を飲み込んで、この矛盾の塊のようなところがいい。

最後のは隅っこの冒険というよりも、ただフレームの隅っこに置いただけっていう感じがしないでもない。これ民家の窓に、外に向けてアピールするように飾ってあったもので、何だろう?ちょっと異様だなぁと思って撮ってみたものだ。でもひょっとしたらわたしが知らないだけで、実は結構ありきたりなポスターとか、そういう可能性もありそう。
こういうのよくやるんだな。自分が知らないというだけで、ちっとも珍しくもないものを得意げに差し出してみたりすること。






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コメント

No title

ポケモンGOは社会現象になっちゃってるね
少ししたら何だったのああのブームはってなるよ
たまごっちの時と同じ
仕事に夢中になってたら、たまごっちの中で死んでたって泣いてた子
その子達もポケモンGO時代かしら
私は全く興味なしって言うかガラケーからスマホに切り替える予定もなし(^_-)-☆

みゆきんさんへ

こんにちは!
早速事故起こしてる人、出てきてましたよね。
ブームはいつか収束するから高みの見物でもいいのかもしれないけど、類似のものが手を代え品を代えて出てきそうな気がします。
まず大人が夢中になってるのが信じられない。きっと子供の時にポケモンとであった世代なんでしょうけど、よくまぁ大人になっても興味が続いていくものだと思います。世代が違うとあのキャラクターデザインも何の魅力もないものにしか見えなかったりして。
たまごっち、もらったか何かで持ってました。おそらく今でも部屋のどこかにあるはず。コンビュータの絡むものは面白いと思うほうだけど、たまごっちもいうほどにはのめり込まなかった記憶があります。
大体コンピュータゲームは大画面のモニタで遊ぶようなのが本道だと思ってるから、携帯機の小さな液晶で遊ぶとかあまり乗り気にもならないし、スマホなんかがゲーム市場で幅を利かすようになった頃からゲームそのものから気持ちが離れていったようなところがあるんじゃないかと自分では思ってます。
わたしもスマホ持ってないですよ。これ、従来の豊かだった領域を、たとえばコンパクトカメラだとか、このゲームの世界だとか、ことごとくスケールダウンしたものへと潰していってるようにみえて、印象はよくないです。
でもスマホしか対応してないサービスとかもあったりして、そういうのはちょっと困ってるんですよね。

No title

久しぶりに東京いって写真撮ったけど、穴から覗くような構図って結構ありますね。高速の下だとか、歩道橋とか、アパートの駐輪場だとか。
いつもは森の木々のトンネルから見ていますからこの切り取られた閉塞感と逆に突き抜けてる光の感じとか面白くてたくさん撮りました、が、あと見返すとこんなにかっこよくなくってなんだかそれなりでつまらなかった。
それでも都会の風景は楽しいですね。シャッターを押すってことだけで頭の中に焼き付きます

sukunahikonaさんへ

こんばんは!
穴から覗く状況は結構好きなんですよね。ファインダーを覗くことのアナロジーになってるし、暗い枠の向こうにある世界を覗いてる感覚は、なんだか暗い欲望に裏打ちされてるようで、そういうちょっとドキドキした感じがいいです。前景に何か置いてる形になるのも立体感が出る要素になるし。
暗い場所の向こうに明るい世界があるという状態も結局は穴から覗いてる世界のバリエーションなんだと思います。この高架下から見てるような向こう側の明るい世界って想像力を刺激します。もっともその明るい世界に出てしまうと、今まで感じていた神秘性とかはまるでなかったかのように霧散してしまって、ただの明るい世界がまわりに広がってるだけって言うことになってしまうんだけど。
東京は撮るものが多いでしょ。カメラ持って歩き回るには最高の場所なんじゃないかな。京都はお寺とかその周りの観光地を除けば、なんだか沈んだ色の特徴のない家やビルが並んでるだけだもの。陰気くさい。
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