さらに拾い集めた夏の光たち

足水浴
2016 / 08 / Howay Anny-35 / lomography Colornegative 100





夏の午後の庭掃除
2016 / 08 / Howay Anny-35 / lomography Colornegative 100





ソファのある部屋
2016 / 08 / Howay Anny-35 / lomography Colornegative 100



豊栄のジュニア・カメラ、Anny-35で撮っていた写真の続き。

最初のは鴨川に併走して流れる禊川。鴨川縁の料亭なんかが設置する床の真下を流れてる小川で、少し前にこの川の縁にずらっと人が並んで座って、全員が禊川に足をつけてた光景を見て、写真に撮りたかったことがあった。でもちょうどその時、フィルムを現像に出しに行った帰りで、カメラの中にフィルムが入ってなかったんだったか、理由ははっきりと憶えてないんだけど、目の前に興味を引く対象があったのに撮れなかった。
それ以来ここを通るたびにまた皆がいっせいに足を水につけて並んでる光景に出くわさないかなと期待してるのに、未だにそういう光景と再会できずにいる。
これはたまたま同じ場所に人が集まってた時で、状況が似てたから撮ってみたものだけど、やっぱり皆が禊川に足をつけてる様子のほうがいいなぁ。なぜこの人たちが集まってるところを撮ろうとしたのか、これではもう一つ良く分からない。
でも配置はいいと思うんだ。鴨川縁の散策路がディテールを飛ばして、暖色の色面となって画面を占める分量とか、その明るい色面と禊川とのコントラストとか、マスとして集まってる人の量感のバランスとか、集まって三角形を成してる形とか、そういう画面構成的なものはわりと気に入ってる。前提として並んで足をつけていた人のイメージが頭になければ、むしろ構造だけで成り立たせてるイメージとして、写真にあまり意味を乗せたくない自分の志向には沿ってるところもある。

Anny-35は、なんだかフィルム写真の香りが濃厚に漂う、まぁフィルムを使ってるから当たり前と云っちゃ当たり前なんだけど、それでもそういう質感のあるイメージを生み出すカメラという感じでなかなか面白い。
難点はとにかくフレアが出てしまうことで、太陽を背にしてないと写せない、まるで「怒りの荒野」のガンマンのようなスタイルを強要するのがうっとうしい。ということで今内面反射防止処置の真っ最中。
一旦組みあがった状態のカメラの内部に細工するとか、もう本当にいらいらする作業で、大体貼り付ける予定の植毛紙を切り出すための寸法が測れなかったりするから、ただ貼るだけのことなのに恐ろしいほどの時間を費やしてる。結局壊れたらまた買ってくださいという子供用のアイテムで、ばらして修理するというようなことを想定してないカメラなんだろう。
なんやかんやで最後は適当に貼り付けて、ついでに数少ない外せる部分だった軍艦部を外してファインダー内部なんかも反射防止処置したあと、また24枚撮りフィルムを一本試し撮りしてきた。これはお盆が明けたら現像に出しに行くつもりだ。今度のは試写ということで新しいのを使うのもなんだかもったいないと思い、5年位前に使用期限が切れたフィルムを使ってみたんだけど、上手く写ってるのか、これも現像が楽しみになってる。

☆ ☆ ☆

先日町内の地蔵盆の日程表なんかが配られてきていた。八月の後半に各町内で行われる地蔵盆は云うなら子供のお祭りで、小さい頃に住んでいた壬生御所ノ内町の地蔵盆はそれはそれは豪華なお祭りだったから、町内中の子供の心をときめかせてた。でも今住んでるところはなんだかおざなりに形だけっていう感じがしないでもない。クライマックスのくじ引きは壬生御所ノ内町の地蔵盆では、大人から見るとそうでもなかったのかもしれないが、子供にとっては高価なおもちゃのてんこ盛りだったのに、今のところの地蔵盆は台所用品とかだったりする。そりゃ役には立つんだろうけど、台所用品では子供の心はときめかない。

そういう子供にとっての一大イベントである地蔵盆が終わると夏休みの終わりが見え始めて来て、夏の終わりが実感として感じられるようになってくる。今年はこんなに辟易する夏だけど、それでも地蔵盆が終わる頃には、大人になった今も、過ぎていく夏への感傷は生まれてきそうだ。



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コメント

No title

こんにちは!

ご無沙汰しております。
コメント欄が復活していたので書かせていただきました。

子供のころワクワクしたイベントは、なぜか今でもその時の感覚がよみがえってきます。そして、イベントが終わった後の何とも言えない寂しさも。同感です。

川に足を浸すことができるところがあるなんて最高ですね。
次回はシャッターチャンスに恵まれるといいですね。

kurtさんへ

こんばんは!
お久しぶりです。
忙しそうだけどお元気そうで良かったです。
地蔵盆はどうも京都だけのイベントのようで、でも最近はどこも簡素な形になってるというか、非日常の空間になるほど盛大にやってるところはあまりないみたいです。その時期に街中を歩いてると地蔵盆の設えをしてるところに出くわすことがあるけど、みんなささやかで、他の町内のものは本当にその町内だけのプライベート感が漂っていて、若干近づきがたい気がします。
夏はやっぱりハレの季節なんですよね。この季節だけ印象も体感も別格という感じだから、過ぎ去っていくのが残り惜しい気分になってしまうのは当然のことなのかな。今年みたいにもう早くどこかに行ってしまえといいたくなるような酷暑でも、終わる頃には絶対に感傷的な気分になってると思います。

この写真で云うと右のフレームの外に当たるんだけど、鴨川の縁がちょうど休憩するにはいいところで、そっちは寝転がったりしてる人とかがいます。でもこれは反対側だし、あまり人が座ってる場所でもなかったりします。だから皆が足をつけてる光景は珍しかったんですよね。あんなの絶対にもう出会わないと思う。こういうのって結構あって、しまったあの時シャッター切っておけばよかったと思うんだけど、そういうチャンスにもう一度めぐり合ったという体験は一度もしたことがないんじゃないかなぁ。

No title

おぉ~
彗星さんの好きな光景だわ
今じゃ彗星さんの好みの場所を見つけて楽しむようになっちゃった^^

みゆきんさんへ

こんばんは!
どうしても気を引くものとかは個人的な嗜好が働くから、他の人とはちょっと違った被写体を選ぶことがありますよね。それは突き詰めていけば凄いことになる可能性もあると思うけど、反面個性的だけど何時も似たり寄ったりの対象しか撮ってないなんてことにもなりがちで、個人的に関心を引くものは他人がまるで興味を引かなくても撮ってみるというのと同時に、あまり個的な趣味に凝り固まらない遊びの余裕も保持していくというのがバランスが取れていいかもなんて思います。
今回のは水辺が好き、オブジェが物質的に際立ってるようなのが好き、ショーウィンドウが好き、ちょっと古風な部屋が好き、なんていう感じの嗜好で撮ってるということなのかな。こういうのは意外と共有できる感覚でしょ。
色々と好きなものを増やしていくと、写真も多様な展開をしてくれるかもしれないです。
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