斑猫

帳
2016 / 05 / 写ルンです シンプルエース





影溜
2016 / 05 / 写ルンです シンプルエース





斑壁
2016 / 05 / 写ルンです シンプルエース


道を指し示すが如く、何かがわたしの少し前に降り立つ。それが何であるのか知りたくて近づいてみても、近づくたびにそれは目の前から遠のいていき、いくら追いかけてもその正体は結局分からないままとなる。まるで斑猫だ。少し前方に舞い降り、近づくたびに道でも教えるように、また少し前に飛び去り舞い降りる、あの美しい斑猫。

とまぁ、怪しげな書き出して始めてみた今回のお話。要するに今回の写真は気配といったものを垣間見たような気がして撮ってはいるものの、それが何だったのかは撮った本人もよく分からないと、そういうことだったりする。それにしても撮った本人もその気配の正体をよく分からないと言い切ってしまっている写真を、どうですか?とでも云う感じで見せられるほうもたまったものじゃないかもしれない。
思うに、撮っているものからすれば、分かっているものを撮るよりも分からないものを撮るほうが面白いんだけどね。

まぁそうは云うものの、分からないだけでは話も進まないので、今回の写真を選んで載せている時に思ったのは、要するに光の表情を追っていたんだと、そんなことを思った。自分で撮っておいてこう云う言い方も妙な感じなんだけど、こんな風に何か分からないけどシャッターを切りたくなった時点で切っていることも結構ある。
でもこういう風に言い切ってしまうと、色々と他にも含んでいたものが全部滑り落ちてしまうような気もするなぁ。光の表情を追いかけたものではあるんだけれど、その時に見ていたものはもっともやもやとしたもので、そうだと思ってしまうと、分からないと云った気配はどこかに霧散してしまいそうだ。

被写体そのものに特殊な意味合いがあるわけでもないんだけれど、それでも好きな被写体といったものもある。最初の幕なんかがそういう感じのもの。こういうのを見ると結構撮りたくなってくる。表面に走るしわや折り重なる表情、風を含む様相、風の写真なんか撮る時に引き立つんじゃないかと思う。
幕といえば以前山科で撮った民家の日よけの幕の写真を載せたことがある。幕の写真としてはあっちのほうが好みで、これはちょっと表情がなさ過ぎる感じがする。

☆ ☆ ☆

ちなみに斑猫はハンミョウの漢字表記。中国での名前らしい。ハンミョウ、別名「道おしえ」という美しくも不思議な虫がいる。わたしはハンミョウといえば初夏の貴船というこれまた美しい響きの場所がセットになって頭の中に浮かんでくる。子供の頃に読んだどくとるマンボウの昆虫記にでも書かれていたような記憶があるんだけど、今となってははっきりと憶えているわけでもなく、結局どんな形で入ってきたのか、この結びつきのみが今も頭の中に残っている。







ということで、またまた写ルンですの登場だ。デジカメだと凍りつくような場所でも楽々と動くらしいカメラ。電池も要らないし雨に濡れてもたぶん平気、面倒な手順を踏まなくてもすぐに写真が撮れて、しかも撮れた写真は思いのほか風雅に良く写っている。これだけ揃っておまけに安いとなると、これはひょっとしたら最強のカメラなんじゃないかと思う。




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コメント

No title

まだ夏してるね
こっちは今にも雪が降りそう
彗星さんの写真は影を上手に使ってる
素敵に涼しげに撮ってるってところが好き💛

みゆきんさんへ

こんばんは!
朝晩は多少涼しくなってきたけど、昼間はまだ暑いですよ。今日なんか天気予報でも暑くなるので対策をしてお出かけくださいなんていうようなことを云っていたし、事実完全に夏の気候でした。タオル持ってないと汗で困るくらい。北のほうはもう雪の予感とか、この辺りは地域の違いが実感できますよね。でも10月に入ってまだこんな感じというのは、去年の今頃に撮った写真でガラスに自分の姿が写っているのがあって、それをみたら完全に夏の服装だったから、わりとこっちでは通常の季節感のうちに入っているのかもしれないです。
今回の写真もちょっと毛色が変わっていたでしょ。影の表情を撮ると云ってみても写真って大抵そういうことをやっているから、あまり大した意味を持っていないかもしれないんだけど、撮る時にはそういうことをわりと無意識的にも自覚して撮ってるんじゃないかと自分では思ってます。被写体が気に入ったりしたら力点は被写体よりになってると思うから、ある意味被写体そのものにあまり関心を集中できなかった時に撮ってる写真ともいえそうかな。でも影だけで写真は成立するとは思ってます。影を扱うことは光を扱うのと同義だし。だから曇りの日とかは嫌なんですよね。柔らかい光の写真が撮れるという人もいるけど、わたしにはメリハリのない世界が広がっているとしかみえないです。
木漏れ日の写真とか風が通り過ぎていくような垂れ幕とか、ちょっと涼しそうな感じですね。一条の光が差し込むガレージも奥のほうの暗闇はひんやりとしてそう。写真から空間の涼しげな手触りのようなものを読み取ってもらえて、楽しかったです。
実はこういう写真は中心になるものを欠いているような印象でもあるし、この記事自体書き始めたのは結構前で、ブログに載せようか迷ってました。ちょっと臆してたところがあったんだけど、やっぱり写真は人に見せないと何も始まらないですね。
こうやって記事にして、見てもらえて良かったです。

No title

これらの光および影は写真として定着されたものですが、
雲で陽が翳ったり、風が吹いていたりするならば、
それは連続する不定形なワケで、ハンミョウ、という言葉は、
腑に落ちるなあ、とか思ってみたり。

白く灼けた山道で、複雑な金属光沢を持った甲虫が、
手を伸ばせば逃げ、そして手を伸ばせば届きそうな場所にふわりと降りる。
美しいものを手中にしたいという純粋な意思と、
危険から逃れようとするこれまた純粋な意思、
しかしその逃げ方があまりにも思わせぶりな距離感だからして、
繰り返されるうちに結果は二の次なる遊戯化、してゆくイメージ。
三枚目の木の影の揺らぎに、それをとくに覚えたり。

まあ実際、その虫を手のひらに封印した時に、
噛まれたらめっさ痛いんですけども(笑。
美しい色彩を身に纏った、しかし、捕食する貪欲。
ある種のアンビバレンスが魅力的な昆虫ですね。

No title

斑猫?読めませんでした^^; 勉強になった!

写ルンです、いいですねー…色といい写りといい
とても良く考えられたフィルム(失敗を限りなく回避した)
らしいです。

私はカーテンを見ると無性に撮りたくなります^^

halさんへ

こんばんは!
ハンミョウ、捕まえたことがあるんですか?
カラフルな衣を纏っているわりに結構獰猛な顔つきしてるんですよね。クワガタとかのあごは半分飾りって云う印象もあるからそれほどでもないんだけど、ハンミョウのアゴはまさしく獲物に噛み付くための物だって一目で分かるもの。
もやもやしたものとか揺らぎそのものを見ていても、それを写真にする段階で、ある一瞬の側面を切り取ったものになるほかなくて、見ようとしていたものとはまた微妙に差異のあるものが目の前に現れるだけ。何だかシュレーディンガーの斑猫って云う感じなのかな。猫が共通してるから凄い馴染んだ言い方になってます。
でも対象の全側面を定着させようと動画にしてみるって云うのはもう全然話が違ってくるんですよね。あくまで写真、その余白があるから含みを持って逆に写真が面白くなるといえないこともなさそうな気がします。
まぁ撮ってる時はこんなことや今回の記事に書いたようなことはほとんど考えてなくて、何かのきっかけで無意識に任せて撮ってたりするんだけど、あえてどういうものを撮ろうとしてるのかと考えたらこんな風に言葉が出てきたという感じでした。
実のところどう文章にしようか思いつかなくて、いっそのこと自分でも分からないってことだけ書いて写真だけ載せようかとも思ったんだけど、本当に都合よくハンミョウのことが頭に浮かんで、これをキーワードにして纏められると思いついた感じでした。

アンビバレンスっていうのはとても重要なんじゃないかと思います。あれこれ考えなくても直感でこういうものを内包する対象の捉え方ができて、それを上手く写真としてイメージ化できる、こういう事ができるようになったら、撮ってる写真は絶対に良くなると思います。

ハンミョウは写真の方向を指し示す虫なのか。
この前京都の写真サークルでも立ち上げたら「京都矩形化計画」はサークルの名前に出来そうって云うことを書いたけど、こうなるとサークルのシンボルはハンミョウ以外になさそうな気がしてきました。

NINA 27さんへ

こんばんは!
じつはわたしもハンミョウって漢字でこういう風に書くんだとは知らなかったです。今回ハンミョウに絡めて何か書こうと思いついたときに調べてみて斑猫と云う漢字に出会ったという感じ。猫が入ってるのでこれは使わないとと思い、今回の写真とハンミョウを絡めて上手く書けるかと思いつつ始めたんだけど、なんか絡めただけで終わってしまったような印象だなぁと思ってます。もうちょっと展開できるかと考えて書き始めたんですけどね。本文を間に挟んで最後に斑猫の正体を書いたのは、この記事の間だけでもミステリアスな印象を持ってくれないかなと思ったから。綺麗な昆虫っていうのは本当に宝石のようですよ。

写ルンです、本当にお気に入りになってます。夏の終わりの頃はヤフオクで落札したカメラの試撮りなんかやっていたから、夏の始め頃から撮っていた写ルンですを撮り終えてからしばらく間が開いていたんだけど、来週くらいに次の封を開けるつもりです。次の写ルンですの封を切ってもさらにもう一つストックを用意して、間が途切れないようにしていて、どんだけ気に入ってるねんと我ながら感心したりしてます。
ニュアンスのあるいかにもフィルムっていう色と、写り過ぎないけど見栄えよく写ってる画質は本当にいいですよね。今は現像時にCDにしてもらってるんだけど、これをPCに読み込んだ時はモニタに出てきたイメージを見て本当にわくわくするもの。
失敗はおそらく露出アンダーのときだけだと思うので、フラッシュを躊躇わなければ、完璧だと思います。侮れないです。

わたしもカーテンを撮るの、結構好きです。透過して来る光の柔らかい表情とか凄いフォトジェニックだし、何かに落ちるカーテンの影もどこか儚くて好き。カーテンに投げかけられるほかのものの影といったものもあいまいな揺らぎを含んで絵になるイメージだと思います。
凄い変わったものじゃなくても無性に撮りたくなるものってありますよね。こんなもの撮っても意味がないなんて思わずに、そこは自分の感覚に正直になるのが一番だと思います。

No title

うんうん
ひんやり度が伝わる♪
カメラ目線が素晴らしい

みゆきんさんへ

こんばんは!
今回の写真はどうしてこんなのを撮ったのか理解しがたいといったような反応が来そうだなぁって思ってました。
でも、空間や光や影の手触りのようなものが伝わってるみたいだし、記事にしてよかったかなと思ってます。
いつだって光踊る街中をカメラのよう見続ける眼が欲しいところです。カメラのような眼、瞬きをするとシャッターが切れるような眼、写真撮ってる人は本気でそんな眼が欲しいと思ってるかも。
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