京都矩形化計画

マネキン
2016 / 09 / Nikon Coolpix S9700





駅の編目
2016 / 09 / Nikon Coolpix S9700





京都駅玄関上
2016 / 04 / Nikon Coolpix S9700






踊り屏風
2015 / 01 / Nikon F3 / Kodak Gold200



最初思いついたのは「京都駅矩形化計画」。で、今回の写真は確かに全部京都駅で撮ったものだけど、何も駅に限らないでもいいかと思って、京都のあらゆる光と闇、あらゆる空間、あらゆるオブジェ、あらゆる曲がり角、あらゆる隅っこを四角いフレームで囲ってみようという意味合いをこめて、このタイトル。
何だかブログの名前に使えそうだ。っていうか京都の写真サークルでも立ち上げて、その名前にでもできそうだなぁ。
カ行の音が多くて、ギクシャクと尖がってるのも気に入った。

今回のは最後の以外はデジタルで撮ってる。
デジタルで撮ってみて、撮っている時はシャッター切っても、写真撮るという行為だからつまらないとは思わないものの、写っているのが当たり前という感覚が大きくてどうも面白いとは思えない。とはいってもあまり面白いとは思わないといいながら、フィルムを使ってる時とは桁外れに多量の写真を撮ってしまってるんだけれど、どれだけシャッターを切っても感覚的にはあるレベルで飽和状態になってしまってるようで、大量に押した個々のシャッターに、振り返りたくなるほどの感覚の痕跡はあまりのっていないような気がする。
デジタルで面白くなってくるとするなら撮影している時よりもPCに取り込んでフォトショップでいじくり回してる時かもしれない。
わたしがデジタルで撮って一番楽しんでるのはまさにこの時で、なぜかデジタルの画像に関しては編集に関連するリミッターが外れてしまう。もちろんデジタルでも一切編集しないという撮り方も当然できるんだけど、「撮って出し」なんていう言葉があるのなら、同時にそこにはさらに広範囲に「撮って出さない」というものもあることになって、やっぱりデジタルの機材は事物と主体の間にあるものとして、幾分は主体よりの位置にいるのが基本なんだろうと思う。
逆にフィルムを使ってる時はこのリミッターがかかりまくりで、トリミング程度でさえも悪魔の所業だと、忌避する気分のほうが大きくなる。といっても絶対にやらないかというと、そのほうが良くなると思えば結構やってしまったりはするけどね。こういう感覚が生じるのは、フィルムに定着したものは化学反応で物質化した光そのものだと思うからなのか、理由ははっきり分からない。

☆ ☆ ☆

最近ここでは虫と転倒の話ばかり書いている。そういう癖でもついたのか先日駅のエスカレーターに乗っている時、ステップの縁につま先が引っかかって、前のめりになり、思わずステップに両手をついたことがあった。いつもならエスカレーターを歩いて進むなんてやらないんだけど、この時は列の先頭になってしまって、何だか後ろからせっつかれてるような気分になった。そしてどうせ歩くならさっさと行ってしまおうと、足を速めたとたんの出来事だった。これだけだと特に怪我をしたわけでもないし、本格的に倒れこんだわけでもないから、みっともないなぁと思うだけのエピソードだったんだけど、これが特別の意味を持ったのは、この時、今回の撮影に使ったニコンのデジカメを片手に持っていたという要素が付け加わっていたからだった。
左手の手のひらの中に、前にかざせばちょうど水戸黄門の印籠を持っているような形でS9700を携えていて、つま先を引っ掛けた時にこのままエスカレーターのステップの縁に手をついてしまった。要するにカメラをステップの角に思い切りぶつけてしまったというわけだ。しかも全身の体重をかけて。
みっともないからそそくさと立ち上がって、知らん顔してその場を立ち去ることがまず第一に頭の中にあったものの、そのすぐ裏側でカメラが酷い損傷を受けたに違いないという予感が寄り添っていて、この時はさすがに血の気が引いた。
で、その場から離れて、手の中にあるカメラを恐る恐る確認してみたんだけど、これがまた信じがたいことに傷一つついてなかったんだな。後になって光の加減でかろうじて分かるくらいの微細な程度で、鏡胴の周囲を巻いてる素材の一部がかすかにへこんでいるのを見つけたけど、それ以外はかすり傷一つついていなかった。スイッチを入れてみると何事もなかったようにカメラは光をセンサーに取り込むことに専心している。
ここまで丈夫なものだとは本気で思わなかったので、これには結構吃驚してしまった。
今回は壊れなかったという結果だったけど、これ、液晶のほうを外側にして持っていたら、まず液晶は割れるかなにかしていたのは確実で、レンズのほうを表に出して持っていたこと、しかもレンズは収納状態で、ぶつけた縁がレンズの薄いカバーよりもわずかにずれていて、レンズを直撃しなかったことは本当に幸運だったとあとで冷や汗をかいた。もっとも幸運というなら、そもそもエスカレーターのステップにつま先など引っ掛けないわけで、考えようによっては、これは幸運だったのか不運だったのかどうもよく分からない結果となっている。
禍福は糾える縄の如しということなのか。






ということで、今回の写真に使った、丈夫なデジカメ S9700だ。ボタンの配置が妙な具合で押すつもりもないのに動画開始のボタンを押したりしてしまうのが玉に瑕か。デジカメで動画とか撮ってる人、そんなにいるのかなぁ。少なくともわたしにはいらない機能だ。


☆ ☆ ☆

今回はちょっと妙な写真が多い。



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コメント

鍵コメさんへ

こんばんは!
今回の写真は色々と風変わりなイメージのものを集めてみたし、全体にコントラストを効かせてるから、メリハリがあるように見えてるんでしょうね。影の分量が多い写真はドラマチックになって、仕上がった時の見栄えが良くなってるんじゃないかと思います。
カメラ、壊れてなくて本当に良かったです。そんなに高価なデジカメでもなかったんだけど、買いかえるとなるとやっぱりそれなりの出費になるし。何だか傷がついていくほど自分の道具として馴染んでくるという側面もありそうで、そうなると故障は嫌だけど多少は傷がつくくらいの素材のほうが良かったかもなんて思ったりして。

No title

京都駅だったのね
つい最近行った写真載せようかな( *´艸`)

みゆきんさんへ

こんばんは!
そうなんです。これ、京都駅で撮った写真。
一枚を除いて、云われないと絶対に分からないでしょ。電車が一杯並んでいる場所で電車には見向きもしないで写真撮ってました。
今までも京都駅で何度も写真を撮って、もう撮るところもないだろうと思ってる中で撮って、意外と目新しい写真が撮れたのは自分ながら興味深いです。
京都駅の写真とか撮ったんですか?
ぜひ見せて欲しいです。

No title

なんだか、CMYK、って感じの色具合ですね。
最後のフィルム分も違和感なく収まってる感じ。
緊張感のあるフレーミングで格好良いです(^^。

で、デジカメって案外壊れないものですね。
僕は鞄の蓋を閉め忘れ、靴紐結ぼうと屈んだ瞬間、
カメラ@α7Ⅱが転げ出し、地面に激突。
擬似ペンタプリズム部分に傷がついた程度で無事。
ソレもマジック塗ったら目立たないレベルで(笑。
とはいえ気をつけなくっちゃ、なんですが。

No title

初めまして、ミカンと言います。
いつもブログ訪問して下さりありがとうございます。
そして、素敵な写真をありがとうございます。

デジカメ、無傷で良かったですね。
記事に書きましたが、私が落としてしまったα6000は今日退院出来て手元に戻ってきました。
これからも大切にしないといけないですね。

またお邪魔させてもらいますね。

halさんへ

こんにちは!
おぉ、かっこいいですか。どうもありがとう。
色々と考えて写真撮ったりしても、結局のところ最終的にかっこいいっていうのが揃っていれば、もうそれでいいんじゃないかと、そんなことを思ったりします。仕上がった写真が独自のものであり、イメージ的に見栄えがする、そこにあれこれ思惑を詰め込んでいく前に、まずこれを成立させないといけないんじゃないかと。
でもかっこいい写真の撮り方なんていうハウツー本なんかに載ってそうなものはちょっと距離を置きたいです。
デジカメの作る色って、何だか薄いグレーの幕が張ってるようで眠いというか、どんなたくさんの色が乗っていても全体に均一な感じがしていまひとつ面白くないと思うことが多いです。で、加工し始めるんだけど、フィルム的な色っていうのはやっぱり頭のどこかにあって、そういうのに近づけたいと思ってることが多いかな。

本当に頑丈だったのを実体験した感じでした。私はカメラはほとんど中古でしか買ってなくて、しかもデジタルは数えるくらいなんだけど、フィルムカメラに凹みとか傷はつきものなのに、デジカメでへこんでるとか傷がついてるとか、そういえばあまり見かけないですよね。中がどうかなるとかはまぁべつとして、少なくとも外装だけは無茶苦茶頑丈なんだと思いました。デジカメでどこかへこんでるとかいうのは、これはもう想像を絶するような力が加わってると考えてもいいのかも。

落とした時は血の気が引いたでしょ。本当に持ち歩いてる時は気をつけてないと。でも落とす時は何をしていても落としたりするんですよね。誰だったかプロの写真家だったけど、周囲がひん曲がってるレンズで撮ってる人がいて、フィルムカメラだとそういうのはちょっとかっこよかったりするんだけど、デジタルではどうなのかなぁ。

ミカン25929さんへ

はじめまして、こんにちは!
こちらこそ何時もご訪問有難うございます。
写真も見ていただいて感謝します。いつも人前に晒す時はドキドキもので、出してしまうと開き直るって言うのの繰り返しかな。
今のところ一週間に一度くらいのペースで展開してるので、良ければこれからも付き合ってもらえると有り難いです。

ミカン25929さんのカメラはレンズを認識しなくなったということで、修理を終えて復活できたのは良かったですね。レンズとボディの接合部分とかがやられていたのかなぁ。落とした時は頭の中が真っ白にならなかったでしょうか。
わたしのは全部中古なので、修理するような事態になると本当に困ってしまいます。
でも今のところ何回か落としていても、まるで平気でその語も動いてくれるという結果だから、これは助かってるんだけど、でもやっぱり普段から注意するに越したことはないですよね。

No title

こんばんは

想像するだにおっそろしー状況で(汗)
それで壊れなかったクールピクス!えらい!
どこかの筆箱のような(激古)それはさておき本当に良かったですね!
私の知人は去年崖から川に落ち、手にしたGRを守ろうと無理な体勢をとったせいで膝の骨を…

カメラが壊れるのは痛い。でもそれ以上に体が無事なのが一番です。

今回も面白い構成ですねー^^ 最初のが一番好きですが見下ろして見上げて最後の1枚への展開は意表を突かれました。しかもフィルムってw 参りました

撮って出しについては人それぞれ意見がめっちゃ分かれるところでしょうね。反面今の4K・8K時代のカメラだとポートレートなんてレタッチするのがモデルさんへの敬意だったりするようなので… 「現場でギリギリ追い込んで できるだけPCでの作業時間を減らす」のが理想かと(勿論自分にはできてません)

NINA 27さんへ

こんばんは!
本当にクールピクスはえらい!
あとで外装の素材は何を使ってるのか調べてみたんだけど、どうもよく分からない。こういうものの素材でよく聞くのはアルミダイキャストで、これじゃないかと勝手に決め付けてみました。他のカメラもアルミダイキャストでできていれば頑丈かもしれないですよ。
外に持ち出す道具だからそれこそ考えられる限りの状況に直面するはずで、大事に使っていてもこういうことが起きるのは避けようがないんですよね。今のところは幸運続きって云う感じ。何かあっても影響が最小限になるように日頃から気をつけて持って行こうと思ったりしました。メーカーさんは解像度なんかと同じくらい、某筆箱のように頑丈っていうのを売り文句にしてもいいんじゃないかな。
崖から落ちる時にカメラをかばう気持ちはよく分かるけど、わたしだったらそういう目にあったら放り投げてるだろうなぁ。


云われてみれば、上を向いたり下を向いたりしてますね。自分と周囲の空間の関係って云う点からだと普段の視線の高さとか向きとか、全然奇抜でもない状況で撮るのも思ってる以上に意味があるとは考えているんだけど、それだけだとやっぱりちょっとマンネリ化してきたりするから、色々と工夫したりしてます。上を見上げるよりは下を見下ろすほうが好き。最後のはどういう形で記事にしようか思いつかなくて放置してたんだけど、今回の締めくくりに面白いかなと思って入れてみました。これ、状況が良くつかめない変な写真でしょ。

ポートレートで見えすぎるのは厳禁ですよね。映画やテレビでも解像度が上がるにつれて出てくる悩みどころの一つみたい。記事に書いたようにわたしはデジタルではレタッチとかはわりと抵抗なく出来るほうで、撮影時に決めてしまうなんて出来ないタイプだと思います。偶然任せの部分はフィルムの時と同じようにあるという感じかな。そういうのを加工してどこまで自分の意図に沿わせるかは写真撮る人によって変わってくるんでしょうね。

No title

今回の写真、妙なリズム音が聴こえてきておもしろいです。
ハミングから始まって、最後はテンテケテケテケ・・・(笑)

デジタルと銀塩の話、共感します。
なんでしょうねあれは。
デジタルの撮って出しって、なんていうかよっぽど条件がそろわないと面白くないんですよね。
だからアレコレ手を加えてしまう。
いきすぎるとかっこ悪いから、加減は結構難しいです。
フィルムだと撮った時点で完結しているから、あとあと手を加えることはほとんどないのですが。

それにしても、ケガもせずカメラも壊れていなくてよかったですね!
丈夫なカメラはそれだけでも安心感ありますね。
壊れやすいカメラはどうも厄介です。

ラサさんへ

こんばんは!
音楽のような写真って面白そう。
云われてみて、あぁ、なるほどと思ったんだけど、基本的に音楽好きだから無意識的にそういうのが出てきたのかな。
リズムとかが聴こえてきたら、写真に疾走感のようなもの、動的な何かが生まれてきそうな気がします。
最後のは変な写真でしょ。お正月に撮ったもので、ブログにどういう風に載せようか迷っていた一枚でした。今回の最後に混ぜてみて意外としっくりしてると思ってこういう形にしたのは、ひょっとして音楽繋がりで違和感があまりなかったからなのかもなんて思いました。

ラサさんもデジタルは編集したくなるほうなんだ。デジタルの写真とか確かに緻密で綺麗なんだけど、全体にそつがないというか、均一的な感じがして、面白みにかけるっていうようなイメージが結構出てくる気がします。
それで自分なりのメリハリをつけたくなって色々と手を加えたりするんだけど、同じくやりすぎるとみっともないと思うのでまずはあまり分からないだろうなぁって云うところで留めておいたりします。フィルムの時は偶然が介在してきても、それもフィルムの面白さと考えるけど、デジタルは全体を制御したくなってくるところがあるんじゃないかな。
両方使ってると同じ写真を撮る道具だというのに、結構違うところがあるのに気がついたりしますよね。

コールピクスは今もまるで鋼鉄の角にぶつけたことなどなかったかのように動いてます。これ本当に頑丈ですよ。怪我をしなかったのはその時は特に助かったとか思うほどでもなかったんだけど、あとで、手を突いたのがステップが中に入り込んでいくところだったなら、ひょっとしたら手も巻き込まれてたんじゃないかと思うと、ゾッとしました。
カメラは屋外に持ち出すから、頑丈なほうがいいですよね。後多少の雨くらいは平気!って云うようなものづくりをして欲しいかも。
でも工事現場が似つかわしいような無骨なカメラになるのも、それはそれでかっこいいところもあるけどちょっと考えもので、繊細な印象のカメラで頑丈だというのが理想なんじゃないかと思います。
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