⇒ 方向に関する視覚的考察

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前を向いて何がある

2016 / 04
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2014 / 08
河原町 / 新大宮
Minolta SR505 / Fuji Natura Classica / Olympus μ2 / Nikon Coolpix S9700 / Olympus Pen EE-2
Fuji Presto400 / Kodak SuperGold 400

去年の6月に京都の何必館でサラ・ムーンの展覧会をやっていたと今になって気づいた。もう遅いにも程があるんだけど、気づいてしまうとこれを知らなかったのははっきり云って極めて痛い。何必館は去年の暮れだったか、田原桂一の展覧会も知った時には終わっていたというタイミングの悪さを体験したばかりだった。
ここはそんなに自分好みの映像作家の展覧会をやっている場所だったか?と何必館のHPを見に行ってみれば、今現在はアンリ・カルティエ=ブレッソンの展覧会の告知がトップにあった。何だか情報収集に行けばこういう何時でもどこでも見られそうなオーソドックスな展覧会しか目にしないんだよなぁ、この祇園のお土産物屋さんに紛れるようにしてある小さな美術館。ここは木村伊兵衛の展覧会がある時の情報はやたらと目立って目に入ってくるんだけど、知れば絶対に見に行っていたサラ・ムーンの展覧会の情報とか一度たりとも視界に入らなかった。何故だ?
ところで何必館のミュージアムグッズのコーナーを眺めていたら、サラ・ムーンの写真集「12345」が置いてあった。アマゾンでは英語版がとんでもない値段に高騰しているけれど、ここではまだまともな値段で売ってるのね。まぁわたしはもっと適切な価格の時に買って持っているから意味のない情報なんだけど、アマゾンのが高くて買えないって云う人はここで、それでも4万くらいはしているけど、一応まともな感覚の値段で買えるよ。
ただこれは英語版なのかな。この辺りはちょっと分からない。フランス語版だったらアマゾンでもそれなりに普通の値段で買える。また何必館のものには監修に日本人の名前が書いてあるのが要領を得ない。日本語版は出ていないはずなのに。
まぁよく分からないところはあるけれど、これ、この時の展覧会のタイトルが「12345」だったようだから、それに関連してグッズコーナーにおいているようだ。

☆ ☆ ☆

矢印は被写体としては結構好きな部類に入る。いつだってあっちのほうと思わせぶりに指差して、いつもここでは絶対にないって云うことを確実にしている存在。云うならば不在の象徴であって、しかもここじゃないところでは、何かがどこかにあるということは確実に示している、何時までも追いつけない逃げ水のような妙なサインだ。以前に記事にした非在の器だとか、こういうどこか空っぽである世界を内に含むような存在にはとても気を引かれる。これが人差し指で方向を示すようなものだったら、粟津潔や横尾忠則が昔デザイン展開していたようなサイケデリックで極めて呪物的なイメージも背負えていたんだけど、矢印となるとそれほどの呪物性はないかもしれない。より図像的、抽象的で、視覚的に切れ味が良い反面、その辺がちょっと残念なところかな。でも今時指差し印で方向を示すようなアイコンって街中ではあまり見かけなくなった。
で、今回は⇔写真を集めてみようと思ったんだけど、二枚並べた時点で単調すぎると思ってしまった。そこでちょっと範囲を広げて方向を指し示す動きを持った写真を集めてみることにした。いろんなものが写真になりうると思っている事の些細なサンプルといったところか。
なんてかっこつけて書いたけど、どういう風に見せようか迷ってしまって放り投げていた写真の、在庫処分のようなところもかなりあったりして。

☆ ☆ ☆

昨日フォトハウスKにフィルムの現像を出しに行って、出来上がるまでの間近くのムービックス京都に、久しぶりに立ち寄ってみた。これだけ興味の方向が急旋回してしまうとは思いもしなかったほど、映画館ってもう本当に久しく足を運んでいない。で、最近はどんな映画をやっているんだろうと色々と見て回って、実写版のゴースト・イン・ザ・シェルはYoutubeなんかで予告編を派手に展開していたからそういうのがやってくるのは知っていたけど、ブレードランナーの続編も上映するんだな。これは知らなかった。
でも監修こそリドリー・スコットだけど、監督はまるで縁もなさそうな人だし、大体元のブレードランナーはダグラス・トランブルが手がけた近未来都市のヴィジュアル、つまり物語の舞台となった終日酸性雨が降り注ぐ陰鬱な闇と、その闇を彩る幻想的な光に満ちた、アジアンテイスト満載の無国籍近未来都市ロサンジェルスの造形の見事さが最大のポイントで、自分的にはお話のほうはそんなにいうほど強烈な印象のものじゃなかった。
だから続編と云ってもあの明らかにフリッツ・ラングのメトロポリスへのオマージュだった近未来都市を再現しても、さらに豪華にはなるかもしれないけれど、オリジナルを越えるなんてまるで出来なくて、結局は二番煎じの模倣の域を出ないんじゃないかと危惧している。リドリー・スコットも無条件で凄いというわけでもないのは、プロメテウスを映画館に足を運んで見た時に思い知らされている。
ゴースト・イン・ザ・シェルのほうは2001年宇宙の旅のスターチャイルド辺りに似たヴィジョンで締めくくったオリジナルの感じもそのまま持ってくるのかな。この類の話はここから先に挑んだものってまるでない。




高いよ。
ちなみにわたしが買ったのはこのアマゾンじゃなくてシェルフという美術書や写真集を扱っている店だった。今でも置いてあるかな。これに絡めて記事を書いた時、確か意地悪をして手に入れた場所を書かなかった記憶があるんだけど、どこで買ったのか問い合わせの連絡を入れてくれた人がいて、シェルフで買ったと伝えたことがあった。その時のアマゾンよりも若干安かったんじゃなかったかと記憶している。

これ、写真集も値打ちなんだけど、付属しているサラ・ムーンの監督した映画「ミシシッピー・ワン」のDVDが値打ちものだ。VHSのテープで発売されたっきり、単独の映画ソフトの形としてのDVDは未だにリリースされないままになってる。もちろんブルーレイも出ていないし、この映画を今見ようとするなら、テープ以外だとこの写真集についているものしか選択肢がない。
ただ、VHSのテープのほうは二束三文で流通してるみたいなので、形を問わないなら手に入れることは出来る。でも今さらテープで見たり所有するって言うのも、いくら持っていなかったらとはいえ気が進まないでしょ。





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コメント

No title

実写版のゴースト・イン・ザ・シェル,
明日、観にいく予定よ~
原作好きには多分納得出来ないと思いつつ
どんな風に作るのか気になって(^^;
ちなみに日本語吹き替え版があって声優はアニメと同じなので
字幕じゃなくそっち選びました。

サラ・ムーンやってたんだ~
それ逃したの痛いね~
と言いつつ、私は20年以上、猫系以外は美術館行ってないけど。

矢印の写真、面白いね~
普通は気にも留めないんだけど立派な主役。
下から見上げた写真も良いなぁ

No title

今日は笑っちゃったわ
私は超がつく方向音痴
navi見ても迷子になります
矢印でも迷子かも( *´艸`)

ROUGEさんへ

こんばんは!
早速見に行くんだ。レポートお願いしますね。
わたしは見に行くとしてもみんながもう話題にもしなくなったころになると思います。
こういうのってターゲットはどういう想定で作っているのかなぁ。やっぱりオリジナルを知っている人を対象にしてるんでしょうかね。どういう層をターゲットにするか、その考え方で作り方は随分と変わってきそうに思えます。でもカルト的な人気のあるアニメだから、そのファンを正面から相手にするとなると作る側はハードルが高かっただろうなぁと思います。まず原作が一番っていうのが揺るがない相手なわけだから、生半可なことじゃ納得しないと思うもの。でもそういうファン相手に納得させることが出来たら作った甲斐があったとなるんでしょうね。
これ、脚本もオリジナル的な雰囲気のままだったら、字幕があったほうがいいかも。日本語の台詞でオリジナルみたいに言葉の説明もなしに喋られたら、まず初めて見る人ははほとんど理解できないんじゃないかと思います。
予告編見る限りだとシーンシーンは結構オリジナルを髣髴とさせるような作り方になってるようですよね。

サラ・ムーン、おそらく写真集の内容が中心だったと思うので、見たこともないのが出てきていたとは思えないんだけど、オリジナルプリントのようなのが見られたかもしれないと思うと、やっぱり見逃してしまったなぁって云う感が強いです。まるでそういうのをやっていたと知らなかったのが本当に腹立たしい。色々やっぱりアンテナは張り続けないといけないみたいです。ちょっと気を許すとそんな時に限って逃したくないのがやってきたりするんですよね。

矢印って形として結構面白いでしょ。これおそらく意味も知らない人が最初に見たとしても、あっちの方向を示しているサインだって理解すると思います。デザインとしては絶妙。ただちょっと色気がないところはあるけど。
最後のは何年か前に撮ったもので、絵柄的にまず面白いです。さらに写ってる人はどこの誰かは知らないけど、今も世界のどこかで生きてるんだろうなぁと思うとちょっと不思議な感じがします。

みゆきんさんへ

こんばんは!
今回はちょっと変な被写体を撮ったものを集めてみた感じです。矢印とかわりと視界に入ってきてるとは思うけどあまり意識もしてないでしょ。そういうまるで注意を引かないのに一度気づいてしまうと不思議な存在感があるものとか写真にしてみると面白いです。
わたしも自分の位置はあまり把握しないほうかも。でも写真撮って歩いている時は最低歩き出した駅の位置くらいは絶えずどちらにあると見失わないようにしてます。でも真っ直ぐに歩いているつもりでも微妙に曲がった道だったりして、そういう時は思い切り勘違いしてしまったり。あと京都市内の碁盤の眼の道路は一見分かりやすそうだけど、交差している地点ではどちらを向いてもほとんど同じ光景に見えるから、むしろ方角を間違えて歩いてしまっても気づきにくいんですよね。
でも写真撮って歩き回るのにはむしろ迷ったほうが結果は良さそうに思います。そのほうが異界に迷い込みやすいんじゃないかな。
矢印もかなわないほど道に迷うのもある意味楽しく街歩きが出来る素質かもしれないですよ。ちょっとした散歩も大冒険になるもの。

No title

やはりロッククライミング中のおじさんに目が行ってしまいます(笑。
花崗岩の小さな凸凹で踏めるトコ探してるのでしょう。

この場合の矢印は登って行く上方向ですね。
縦に走ってるクラックを伝って登るのですが、
当然重力という矢印は下向きですし、
この時おじさんは後ろにもたれるように体重をかけており、
対して爪先は外向けの下方に荷重されているはずです。
この一枚の中には案外たくさんの矢印があって、
面白いなと思いましたね〜(^^。

halさんへ

こんばんは!
halさんは確かボルダリングをやっておられるんでしたよね。
わたしは小学校の時から体育のある日はなんとか熱でも出ないかと思うくらい運動まるで駄目、高いところは足が竦むなんていう悪条件で出来上がってる人間なので、岩肌をわずかな手がかり足がかりで登っていこうなんていう気を起こす切っ掛けさえありません。
だから、この写真からこれだけの情報を引き出せるのが感心するというか、凄く面白いです。わたしにとっては登山用具の店の広告に描かれていた絵の一部ということで済んでしまっている被写体なんだけど、見る立場によっては意味合いさえ変わって見える可能性もあるというのが実感できますね。
わたしにとってこの写真の矢印はほとんど下向けのものばかりで、実は上に向けた矢印はほとんど感じてませんでした。これ、やっぱり山に「登る」という発想そのものが運動嫌いの中では生まれにくくて、降りることばかり頭にある証拠なんじゃないかと指摘されてみてあらためて思い至ったりします。
同じ事象からでも様々なベクトルを引き出してこれる、写真もやっぱり他人に見せてこそ意味があるということなんでしょうね。
そういう考えが、これはもうどうしようもない失敗だと思っているものでも披露してみようという、ある種開き直りにでも転化できるようになればいいかもなんて思いました。
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