重力の庭 Gravity Garden / 松江泰治写真集 「 Cell 」

集積階段






焼肉






駐車ライト






浮き草
2017 / 02 (1)(2)(3)
2015 / 10 (4)
長池 / 近所
Nikon F100 / Contax T3
Lpmography Colorne3gative 100 / 400

日本語の単語だと、一文字違いのトマス・ピンチョンだ。
ちょっと特殊な言葉使いでかっこいいと思ったんだけど、Gravity Gardenと英単語に置き換えて検索してみると結構ヒットした。それもここで使おうとしていた意味とはまるで関係ない単語として。
ユニークな言葉を使おうとしても大概先に誰かが発想してる。こういうことを知ると本気でげんなりする。

一見なんてことのない光景であっても、どこか空間の質感が特別に見える場所がある。そこだけ比重が大きくなってるとか、さも異質の重力がかかっているような気配。というかどんな空間でも様々に重力がかかっていてそれは均一じゃない。その重力のかかり方の比率は主観的、わたし個人の関係性において発生しているだけでまるで一般的じゃないんだけどね。だから他人にとっては何だか重要に見える空間でもわたしにはさっぱり関心を呼ばない場所であったり、またまるで逆に、わたしにとっては特別な印象として繋がれる場所が、他人にとってはまったくどうでもいい空間であったりもする。
万人に一様に重力がかかっている空間もある。風光明媚な場所とか観光の名所とか。でもその重力のかかり方をしている場所は最近ではちっとも関心を呼ばなくなってる。カメラを持って対峙して、今一番興味を引かれるのはわたしとの関係において発生する重力の密度だ。
でもその空間の密度を写真の形に出来るかと云うと、それはまた別の問題になったりする。なかなか思うようにはいかないものだ。

三枚目の駐車場のライトと柱の写真は車の後ろの一部はもうちょっとフレームの中に入っていたほうが良かった。四枚目のは水面のグラデーションが上手くスキャンできなかった、もう一度スキャンしてみたい気分だけどしまい込んだネガを探し出すのに一苦労しそうで断念した。撮り終えたフィルムは数が多くなってしまって、有効な方法を思いつかずに上手く整理できなくなってきてる。
店で現像してもらってる場合はフィルムの先頭にナンバーを記したタグが貼られていて、一度これが上手く貼れなくて店の人にお詫びされたことがあった。わたしはほとんど意識してないタグだったので、なぜお詫びされるのか分からなかったんだけど、聞いてみるとこのタグのナンバーをフィルムの整理に使ってる人がいるという話だった。
みんなフィルムの整理には苦労してるんだろうな。


☆ ☆ ☆

T3
最後の花の写真を撮ったのがこのカメラ、CONTAX T3。
わたしの個体は若干アンダー気味に出てくるようで、これで撮ったカラーネガはほとんど壊れてるわたしのスキャナーだと結構読みにくい。ひょっとしたら元々ポジフィルム用にチューニングされてるのかな。
ヤフオクだと下手すれば今でも10万越えて落札されてる時もあって、コンタックス人気は衰えてない感じがする。
わたしが買ったのはヴォルフガング・ティルマンスが使っていたという理由でかなりミーハー的な動機だった。でもコンタックスのカメラはもう一つ持ってるTVSⅡとも、どちらも手にしている感触に独特のものがあってどこか馴染めない。一番はシャッターの感触で、ちょっと触れただけで落ちるくらい敏感すぎる。半押しの力加減は結構慣れが必要で、押し切るつもりもなかったのに、あっというまに全押し状態で一枚写真を撮ってしまったという事態になる。
よく写るカメラであるのは間違いないとして、わたしは昔中古を5万くらいで買ったんだけど、これでも値段相応かと言うとそれほどでもないかなと云うのが正直なところだったりする。使っている道具としての手に伝わる感覚って意外と思い入れに反映されるんだな。
と云う感じで、高価な買物だったわりにいまひとつ思い入れをこめられないところがあるT3だけど、最近使ってないしそろそろまたフィルム入れてみてもいいかも。

☆ ☆ ☆

松江泰治の写真集「Cell」
cell1

cell2

cell3

とってもユーモラスでしかも俯瞰好きの琴線に触れまくる写真集だ。わたしは本屋さんの店頭、写真集の棚で初めてこれを手に取ってみた時から欲しくて仕方なかった。結構高い写真集だったからなかなか手が出せずに、ヤフオクで手軽な値段で出品されてるのを見つけてからようやく手に入れることが出来た。
一見どうやって撮ってるのか不思議に思うんだけど、航空写真並みの視点から大判を使って撮った写真の、ごく微細な一部を正方形に切り取り、極端に拡大して一枚の写真にしているということらしい。
松江泰治によると人の眼はきちんと見てるようで本当のところはそんなに見てはいない。この作品群はそういう視点から、大判で細部まで写りこむ方法で撮った細部を微細に切り出すことで、見ていながら見ていなかった光景を見えるものにするといった意図で撮られてるらしい。
写真そのものは切り出す全体の大判写真を提示してるわけじゃないから、元がはるかに大きな写真だったというのは直接的には説明はされてないんだけど、大判で撮ってもこれだけ小さな部分を切り出すとざらついたテクスチャになったりするから、非常に小さなポイントを凝視しているのだという感覚は良く伝わってくる。この感じは盗視という感覚に非常に近い。密やかな誰も注視していないところをたまたま息を呑んで盗み見ているといった感覚だ。キャンディッド・フォトなんかが近そうに思えるけど、盗み見ている感じはこちらのほうが格段に強くなってる。人の秘めた生活の一部を遠くから知られずに覗き見ているんだという、この下世話でちょっと背徳感を裏打ちにしているような感覚がなかなか楽しい。
被写体は圧倒的に人。カメラの前で取り繕わない、人のユーモラスで愛らしい様子が写真集全体に散りばめられてる。人の様子を写すものとして、雑踏を写したものとはまた別の感触があって、人の存在に対する親愛の情はむしろこっちのほうに満ちているような気がする。
それに、この写真集の成立はかなりコンセプチュアルなものなんだけど、イメージの出来としてもきちんと絵として成立しているのがいい。コンセプトなんか関係無しでもイメージ的にだけで見るに耐える画像に仕上がっている。全部真四角のフレームに納まってる写真で、真四角フレームだと途方にくれる場合が多いわたしにはスクエア・フォーマットの使い方、絵の作り方で非常に得るものが多い感じがした。






アマゾンでも中古を出品してる業者がいた。でもこれ、買う人いないだろう。




ロモのやっすいフィルムの中でオーソドックスなネガフィルムとなると、この感度100のがお気に入り。感度400はもう一つだなぁ。
先日ビックカメラに買いに行ってフィルムの冷蔵棚の中を見れば、置いてあったロモのこのフィルムは消費期限が来年の夏くらいのものばかりだった。若干古いのが置いてあるままといった印象で、ひょっとしてロモはもうフィルム作るのをやめてるってことはないだろうな。あのアナログのトイカメラで遊びたおしてたロモもデジタルの製品を少しずつ増やしてるし、その延長でフィルムの生産をやめるなんて云い出さないで欲しい。



コンセプトが前面に出てくるものは写真に限らず美術なんかでもあまり好きじゃないんだけど、これは写真としても面白かった。
ただ、どうもどこかでこういうのを見てるような気がするという感覚が本を開くたびに呼び起こされて、後で気づいたのはグーグルマップに感覚的に近いんじゃないかということだった。無限にクローズアップできるグーグルマップがあれば、きっとこんな感じのイメージが得られるはずだ。でもグーグルマップは無限にクローズアップできないし、やっぱりこの写真集が唯一無比の存在であることには変わりないんだけどね。




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コメント

No title

ハスの写真が好きだわ。
ほの暗い、異世界から伸びているような雰囲気。
ハスって神秘的な花だから余計かな。
泥の中に根っこがあるんだもんね。

全部がデジタル化したらツマラナイでしょうね。
でも現像を考えるとユーザーも少ないだろうし
難しい所ですよね。

でもフィルムでしか出せない味があるから
ロモの生産中止は思い過ごしであって欲しいですね。

No title

相変わらず感心しながら写真を隅々みてスクロール
そしたらキューピーちゃんが
遊び心に笑ったよ
彗星さんらしいなって( *´艸`)

ROUGEさんへ

こんにちは!
周りに何も写ってないし、水面も明らかに水面って言うイメージでもない、こんなところが現実的な雰囲気から離脱してるような感じになってるんでしょうね。よく見ると水の底に鉄板らしいものが写ってはいるんだけど。鏡面のような水面と蓮の感じは狙ってとったんだけど、最終的にこんな感じに出来上がるのはあまり予測してませんでした。カメラとフォトショップの共同作品みたいです。写真はもう明らかにカメラの創作物って云う側面があって、それをカメラを持っていた人の創作物へと引き寄せるのに苦戦してる人が一杯いそうだけど、わたしはカメラの創作物でもかまわないと思ってるから、予想外の出来になった写真とかかえって楽しんでます。
蓮は彼岸花ばりに、この世界の存在から逸脱してる雰囲気がありますよね。種が抜けた後のあれはなんていうのか知らないけど、結構グロテスクな見かけもこの世界には属してない雰囲気一杯だし。
まぁ花って冷静によく見ると、どれもこれも生物的な形から逸脱してるというか、異界のヴィジョンで再編させて撮ると面白そうだなと思います。考えてみれば綺麗だなぁって云う衝動で花の写真はほとんど撮ってないんじゃないかな。

デジタルでも撮るんだけど、何だかあまり手ごたえがないというかなぁ。いくらでも撮り直せる過程の一枚って言う雰囲気がなかなかぬぐえないというか。使っていてフィルムほどの面白さを感じないです。便利じゃないしちっとも明確じゃないけど、やっぱりフィルムのほうが使っていて楽しいんですよね。
フィルムの数は随分と減ってしまって、高級フィルムは正気かといいたくなるほど高く、なかなか使いづらい状況になってきてます。もう最近は業務用の安いフィルムを使うのが圧倒的に多いんだけど、このロモのフィルムだけはフィルム固有の名前がついたフィルムとして買ってるお気に入りなので無くなってしまわないで欲しいです。
モノクロはヨーロッパ系のものが意外と残っていて、欧州系のモノクロフィルムは使ってみたいんですよね。そのうちカラーはデジタル、モノクロはフィルムって言う形になっていきそう。

みゆきんさんへ

こんばんは!
まるで普通の場所を撮って、何か特別の場所であるかのように見せる、こういうのがそれなりに上手くなってきてるかな。こういうのが上手く行くと写真撮るのが楽しくなってくるんだけど、なかなか事は上手く運ばないのが常で、これがいいかなって云うのはフィルム一本に2~3枚もあればいいほうかなぁ。一本撮ったフィルムの中にまるでいいのがなかったら結構落ち込みますよ。
こういう人形は結構好きで、本とかカメラ紹介の写真の時は出てきてもらってます。キューピーは何体か持ってます。大概100円で売ってるようなのばかりだけど。
キュージョンのキューピーマヨネーズのコスプレをしたキューピーが凄く欲しい。企業のノベルティだったのか、いまだに発見できないんだけど、どこかで売ってないかなぁ。

No title

重力の庭
思いついた言葉がエントロピー
地面に少しずつ飲み込まれていく感じですかね
睡蓮の水だけは還元して空に昇ってくんですけど

sukunahikonaさんへ

こんばんは!
ピンチョンの重力の虹からの単純な連想だったんだけど、意外とわたしが対称に見ているものにフィットするんじゃないかと。
周りの空間は均一じゃなく、場所によっては色々と密度が違う感じがして、気を引かれる光景は何だか惹かれるものが一杯詰まってるような感じがします。浮き上がっていく空間も面白いんだけど、そういわれると重しを取ったような写真はあまり撮ってないですね。本来的にはそういう軽さは凄い好きで、重いテーマとかは毛嫌いするほうなのに。密度の高い対象を軽々としたものとしてイメージ化すると、こういうのがひょっとしたら理想なのかもなんて思いました。
まぁ撮ってる時はこんなことほとんど考えてなくて、これ面白そう!程度でシャッター切ってます。全部後の理屈づけだったりして。

No title

ちょっと写真でも再開しようかなって気分になってきました。

↓のモノクロもカッコよかったですが、
カラーぶんも良い感じですね。
今回の浅い色味は、
事物が時間によって漂白され鉱物化する過程、
みたいなイメージです。
自身の存在に価値を見出そうとする行為、
しかし傍目には瑣末で滑稽に映るであろう事。
などと、昨今の僕自身の心境に照らし合わせて見たりしました(笑。

halさんへ

こんばんは!
わたしもちょっと迷い気味。何を撮って良いのかなかなか判断できない時が多くて、構えても撮らないとか多くなってます。まぁでもそんな気分でもとにかく出かける時はカメラ持って行くし、一枚も撮れなくてもそんな日だったんだと思ってればいいんじゃないかと考えたりしてます。
わりと情緒的なところとは違うポイントで撮ろうと思ってるから、鉱物質の感じはその結果として出てきてるんなら嬉しいところかな。事物主義というかオブジェ的な撮り方というか、あまり感情を乗せて塗り込んだりしないのがいいです。自己表現とかとはもうまるで違うところに立ってる感じ。自我とは関係ないところでも成り立つのが写真の面白いところだし過激なところでもあるんじゃないでしょうか。

あのモノクロ良かったでしょ。何だか特別にコンディションでも良かったのかなぁ。あれ以降にもう一度良いコンディションを呼び込めたら良いなぁと思って撮ってるんだけど全然良くないのが続いてます。
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