FC2ブログ

冬の道標

通路の幾何学





漆黒ハンドル
2017 / 03 高の原
2017 / 04 新祝園
Olympus XA2 / μ2
Kodak SuperGold 400 / Kodak Tri-X

撮った者の贔屓目で云ってみると、彩色銅版画風というかエッチング風味というか、ここでもまた版画家志望の内在する我が奇妙な欲望が垣間見えてるような気がする。しかも平面的。立体空間を相手にしながら奥行きを地ならしして平面へと置換していこうとする衝動もまた絵画主義的な嗜好、さらにいうなら日本画的なものへの嗜好の表れだろうと思う。写真を撮りながら、写真は表現には馴染まずコピーであることが本領などと、写真原理的であろうとすることに意図的であるにもかかわらず、出来上がるものはいわゆる写真的なものにはちょっと距離を置いてるように見えるのが自分としては面白い。

去年の今頃、笠置に入り浸っていた後で、奈良方面へ向かう電車の各駅で降りて写真を撮ってみようと思い立って撮っていた写真から。それにしても笠置で写真を撮っていた時からもう一年経ったとは信じられない。電車待ち30分の連続二段攻撃なんてまるでつい先日の出来事のようだ。
最初のは近鉄の高の原で降りて歩き回っていた時。ここは近鉄の線路沿いに細い河を挟んで並木道が延びていて、車窓から眺めるたびになんだか絵になりそうで写真に撮ろうと思ったところだった。実際に歩いてみると対岸から見るのとは大違い。大して見栄えがする道でもなくてがっかりしたんだけど、この場所だけは幾何学的で妙に気に入ったところだった。使ったXA2は買った時に入れた電池が入れっぱなしで放置状態だったのに、チェックしてみると未だに電池OKのブザーが元気一杯に鳴るしそのまま使えてる。物凄くコストパフォーマンスがいい。
二枚目のは新祝園の駅だったか、広い道路に舵輪のオブジェが突っ立ってた。うしろの遊歩道が別に特殊なレンズを使ったわけでもないのに魚眼っぽく歪んで見える。

最近あまり写真が撮れなくて、フィルムがなかなか消費できないでいる。ニコンのF3に入れたモノクロは撮り終えられずに春頃からカメラの中に入ったまま。ちょっと気分を変えようと最近絞りもシャッタースピードもほぼ固定のボックスカメラであるホルガに感度100のリバーサル、しかも期限切れを詰めるなんていう無謀なことをやってみて、これはどこまでちゃんと写るのか実験してみるような感じになるだろう。ホルガはマグナムの写真家が使っていたり、ハッセルとともにお気に入りカメラだと公言するマイケル・ケンナがこの冗談のように破格のカメラで撮った写真を集めて写真集を出したりと、流行遅れのようにみえながらもいつもどこかで地下深くに熱を溜め込んでる印象だ。
こんな自分の撮影状況の中、一ヶ月近くかけて昨日ようやく写ルンですを撮り終え、今日久しぶりにフォトハウスKに現像を頼みに行くつもりだ。新しく撮った写真を眺めるのは結構久しぶりとなるので、どんな風に写ってるのか、どんな風に写ってないのか結果を見るのが楽しみだったりする。





スポンサーサイト



コメント

No title

確かにエッチングっぽいかも。
好きなテクスチャーだわ。
2枚目の写真は何かの挿絵みたいに見える。
SFファンタジー系の。

フィルムって現像の時が一番ワクワクするね。

ウチの数年前に期限が切れたフィルム捨てられないでいる。
引越しの時、カメラを何処にしまったのか
行方不明なので撮る事も出来ないの。

使ったら逆に面白い写りになりそうなんだけど(^^;

No title

雪のない風景って素敵
しかも歌が出たわ
今はぁ~誰も居ない秋~♪
2番目の写真は何?

ROUGEさんへ

こんばんは!
こういう線の細い繊細なイメージか、黒く太い線で塗りつぶしていくようなイメージの、両極端が好みなんですよね。テクスチャー的には版画系のものは結構好き、シルクスクリーンのタッチなんかも好きです。フィルムも一種の版画みたいなものだから基本的に版画系統が好きなのかなと思ってます。
それにしても版画の領域はいろんなテクスチャが豊富なわりに写真は被写体のテクスチャ以外だとこういう変化には乏しいですね。この辺りがちょっと写真の物足りないところかなぁ。被写体の質感の再現とか大して目標にもしてないし、基本的なところで写真で形にするようなものとは違うものが頭の中にある感じです。
二枚目のは確かに何かの挿絵にしたら上手く収まりそう。自分の写真が本のページになった場合どんな感じに見えるだろうって云うのはわりと想像したりします。そういう形で収まりがよく見えそうなのはやっぱり見栄えするところがあるし。
何かの挿絵を想定して写真を撮ってみるというのも写真のテーマになりそうで面白いです。何を撮ろうか迷ったりしたら、シャッターを切るきっかけにできそう。

期限切れのフィルムとか逆にある意味貴重ですよね。手元に何本か期限切れのがあるけど、イレギュラーな移りのほうが面白いから、これはちょっと美味しいと思ってきてます。まだ熟成が足りない程度の期限切れで普通に使えるものばかりだけど、10年もの20年物となればもったいなくて使えなくなりそうです。
そのフィルム大事に熟成させたほうがいいですよ。
写ルンですの久しぶりのわくわく感はやっぱり楽しかったです。結果はかなりアンダー気味の出来だったけど、面白いイメージになってたのも何枚かあったから、これはまぁ成功したほうじゃないかなと。そのうちブログで披露してみます。

みゆきんさんへ

こんばんは!
繊細で静謐なイメージってところかなぁ。本人はそれほど繊細な神経の持ち主でもないんだけど、こういう線の細い描画のイメージは結構好みなんですよね。ロットリングって云う製図なんかする時の細い均一の線が描けるペンがあるんだけど、そういうのを使って描いた絵とかも結構好きだったりします。この写真の元イメージにしてるような銅版画的なのも結構好き。ちょっと感傷的な音楽が似合いそうですね。
今年の秋なんか特にそうだったけど、意外とこういう雰囲気の光景は目にしなかったりして、実際にこういう雰囲気になった歩道とか目に出来たら歩いてみたいです。
二枚目のは、これは何だったのかな。道路の真ん中にこういう大きなハンドルが突き出てました。水道関連の何か特別のいわれでもあるところなのかも。近くに川があるわけでもなく、水門でもあれば似合うオブジェだったけど、場所はただの歩道の上。でも舗道の上にあったからこそシャッターを切ってみたところがあるので、水門のあるような場所だったら見過ごしてた可能性のほうが高いです。何がきっかけになって写真が成立するか、偶然が一杯重なって一枚の写真が成り立ってると思うとなかなか面白いです。

No title

こんにちは
世の中の利便性はどんどん加速して最近はなんだか人間を置いてきぼりに技術だけが独り歩きしているようです。薄荷グリーンさんの話を聞いているとカメラも見た儘をその場で気軽に簡単に記録するありがたみのないものになってしまったようですね。フィルムカメラには思い出にタイムラグがあったり被写体との間に技術的に生じるフィルターのような隙間があったり、技術がどんどん人間の想像力を埋めていってしまって何か大切なものを置いてきてしまってるようです。
ちょっと思い付きで書きますけどアレルギーって働き場所が無くなった免疫作用の過剰な表れっていうじゃないですか。働き口が無くなった想像力ってどこに行くのですかね。変な事件多いですもんね。

sukunahikonaさんへ

こんにちは!
デジカメとフィルムカメラは技術革新も含めてまったく別の存在なんじゃないかと思ってます。そっくりのものを結果として生み出すから似ているような印象があるけど、フィルムは基本的に光を使った版画だし、そのレベルにおいてデジとはまったく異なってます。わたしはそういう違ったもののうちでフィルムが好き。デジカメも全然違うものとして使うなら面白い道具だとは思ってます。
それにしても技術の更新は凄いですよね。フィルムなんて基本部分の光の版画製作部分はまるで変える必要のなく道具としてはいつも同じ。マニュアル無しでも基本部分を理解していればおそらくどのクラシックカメラでもそんなに苦労することなく使えると思うと、どっちが道具として良いのか即座には判断つきかねます。デジは新しいのが出ると以前のものの否定に走るし、以前のものだとまともな写真が撮れないような印象で買い替えを迫るようなところがいまひとつかな。以前の機材で撮った写真まで否定してしまいそうだもの。
ただ見たままのものが写るっていう部分は意外と難しいと思うところもあって、大抵何かしらの思惑が滑り込んでしまい勝ち。みたままのもの以外何も写ってないっていう写真というのは結構撮ってみたい写真の形でもあるんですよね。
過剰な想像力は創作に生かすと良いと思うけどそうは簡単には行かないってところかも。何か作ってる人もそれが無ければ犯罪に走ってた人とか絶対にいると思います。
非公開コメント