【洋楽】 Waltz For Debby - Bill Evans Trio

1961年6月25日のニューヨーク、ヴィレッジ・ヴァンガードでのライブの記録なんですが、半世紀ほども経ってるのに未だにジャズCDの売り上げトップ10に入ってくるような怪物アルバムになってます。
当時の演奏者はビル・エヴァンスのピアノ以外ではベースのスコット・ラファロと、ドラムのポール・モチアンの三人。
この日の演奏はビートルズの記事で書いたような云い方をすれば、音楽の神様が確実に舞い降りてきてました。ところがCDを聴けば分かるんだけど、この日のヴィレッジ・ヴァンガードの客はあまり演奏を聴いてないんですよね。食器の触れ合う音とかがよく入ってくる。この日、この場所にいた客はのちに歴史的な演奏になるものの真っ只中にいたのに、どちらかというと飲み食いの方に気を取られてたようです。
1961年6月25日のヴィレッジ・ヴァンガードでビル・エヴァンス・トリオの演奏に聴き惚れてたのは音楽の神様だけだったかも知れません。

☆ ☆ ☆

このトリオの一番の特徴は「インター・プレイ」とでも云うようなものです。
普通この頃のこういう形態での演奏はベースとドラムが下地を作って、その上をピアノが駆け回るというようなものを中心に組み立てていたんだけど、この3人の演奏は、3人ともが同じフィールドに上がってそれぞれソロに近いような演奏で触発し合いながら進めていくスタイルを取ってました。

親密な会話でもするように絡み合ったり、投げかけ、受け渡したりしながら進む音楽。この3人が演奏したのはそういう音楽です。
エヴァンスが「次の考えが読める信じられないような奴」と云い、モチアンが「演奏に自由を発見したのはスコットがいたから」と云うように、こういう演奏を可能にした要の部分にスコット・ラファロという天才ベーシストがいました。

ところが、まるで映画の中の出来事のように、このヴィレッジ・ヴァンガードでのライブの11日後、スコット・ラファロは交通事故で亡くなってしまいます。この時ラファロはまだ25歳。
ヴィレッジ・ヴァンガードでの緊密な演奏をした直後に音楽の要を失ってしまったエヴァンスは精神的なショックで以後半年くらいの間、ピアノが弾けなかったらしいです。

後の演奏でベーシストを含めてメンバーをとっかえひっかえしながら音楽活動を続けることになるんですが、違う可能性を求めてるような部分もありながら、ラファロの完璧な代役を求めて、1961年6月25日にたえす立ち返ろうとする衝動も秘めていたんじゃないかと思います。

☆ ☆ ☆

わたしはビル・エヴァンスのCDを聴くと、闇の中で輝いてる青白い炎のようなものを連想するんですよね。でも触っても全然熱くないような不思議な炎。わたしにとってのビル・エヴァンスはそんなイメージ。

ビル・エヴァンスの生涯はスコット・ラファロから始まって奥さんとお兄さんを自殺で失うなど、ピアニストとしての名声は手に入れたけれど、喪失の生涯でした。晩年は麻薬に蝕まれて肝硬変で亡くなってるんですが、病院には行こうとしなかったらしいです。

自分から大切なものを奪っていくような世界に対して、そんな愚劣な世界を作った神様に、神様が作った世界よりも美しいものを少しだけ残して、さっさとけりをつけて消え去っていった人みたいな印象があります。

☆ ☆ ☆

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(2007/09/19)
ビル・エヴァンス

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My Foolish Heart - Bill Evans Trio

Village Vanguardでの演奏ではないんですが…。

この日の録音にはもう1枚「Sunday at the Village Vanguard」というのがあります。「Sunday at the Village Vanguard」はラファロへの追悼盤のような編集で、ラファロのベースがより楽しめるような構成になってる感じ。
同じ日の演奏を振り分けてるだけなのに、知名度はなぜか「Waltz For Debby」に負けてしまってます。

「My Foolish Heart」は「Waltz For Debby」の1曲目。
作詞がネッド・ワシントン、作曲がビクター・ヤング。サリンジャーの短編小説をスーザン・ヘイワード主演で映画化した、1949年の映画「My Foolish Heart (邦題 愚かなり我が心)」の主題歌です。


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コメント

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サトシさんへ

サトシさん、こんばんは!
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