【洋画】 マカロニ・ウエスタン 800発の銃弾

わたしはこの映画、観る前に勘違いしてました。800発も弾丸を撃つ壮絶な銃撃戦ウエスタンだと思ってた。
でも違うんですよね、この800発の意味。どうやらたった800発しか銃弾が無い状態で戦い抜くっていう逆の意味らしい。
お互いが1発づつしか弾の出ないような拳銃やライフルで戦う程度で、800発は数としてそんなに少ないのかというと、この映画、基本的に西部のガンマン同士が戦うお話でもありません。
相手は機動隊並みの装備をした警察部隊です。そしてこういうのが相手なので時代は当然現在。
つまり、マカロニ・ウエスタンそのものでもない訳で、では何かというと、この映画、実はマカロニ・ウエスタンのスタントマンのお話です。

☆ ☆ ☆

スペインのアルメリアにある撮影所「テキサス・ハリウッド」では、昔マカロニ・ウエスタンの撮影隊がやってきて映画を撮影し、賑わってた場所だったが、マカロニ・ウエスタンが他の映画に人気を取られると、後は寂れていく一方となり、「テキサス・ハリウッド」はやがてウエスタン村となり、仕事にあぶれたスタントマンだちがそこでウエスタンショーをするようになった。
そこの座長であり保安官役の、フリアン(サンチョ・グラシア)は、かつてクリント・イーストウッドのスタントマンをやったのが自慢だった。そのフリアンのもとにある日孫の男の子カルロス(ルイス・カストロ)がやってくる。
カルロスの父もスタントマンで、フリアンと共に仕事をしていたがスタント中の事故で亡くなってしまっていた。フリアンと亡くなった父のことは母ラウラ(カルメン・マウラ)の思惑でカルロスには詳しく伝えられてなかったが、ある日カルロスは祖父のガンマン・スタイルの写真を見つけて興味を持ってしまい、祖母からはフリアンがまだ生きていることも教えてもらった。
カルロスはある日スキー教室に行くバスから逃げ出して、単身で祖父のいる「テキサス・ハリウッド」を訪れる決心をする。

フリアンは息子がスタント中に亡くなったことで責任を取らされて刑務所にも入った前歴があって、このウエスタン村で家族とは距離を置いた生活を送っていたが、突然現われた孫に戸惑いながらも、亡き息子への思いを重ねるように親密になっていく。
孫のカルロスもフリアンが話す大スター、クリント・イーストウッドと友達にもなるほど親密だった話や、スタントマン時代の物語で祖父フリアンに親しみ、尊敬するようになっていった。

カルロスは他の陽気な元スタントマンたちとの生活も楽しんでいたが、カルロスがスキー教室から行方をくらませたあと、行き先に見当がついた母ラウラがウエスタン村にやってくる。
不動産業を営むラウラは夫の死の原因がフリアンにあると思い、復讐心からフリアンの夢を潰し息子を奪い返すために、ウエスタン村をアメリカ資本主義形のテーマパーク建設計画に売り渡す案を実行する。
地上げが迫って、ウエスタン村を追い出されようとする元スタントマンたちは普段ショーで使ってる空砲を実弾に変えて、ウエスタン村に立てこもることに。
立てこもり事件はやがて警察部隊の出動を招くほどの大ききな事件に発展していく。

☆ ☆ ☆

まず、風景が素晴らしいです。荒涼としたまさしくウエスタン的な風景が堪能できます。でも考えてみればそういう風景があったからこそアルメリアはマカロニ・ウエスタンの撮影に使われたのだから、これは当たり前と云ってしまえは、当たり前ですよね。
そしてそういう荒涼とした風景の中の、寂れたウエスタン村に、男たちが配置されます。

時代に取り残されたおいぼれ元スタントマンの話ということで、ものの見事に美形の俳優は出てきません。癖のある悪役面のやつばかり、しかもスター的なオーラ皆無で、みんな薄汚く、汗臭そう。そういう連中が綻びまくってずたずたになった夢の残滓を纏ってウエスタン村を歩き回ります。
演じるスタントマンのほうがショーを見に来る客よりも多いという状態で、誰が真剣に注目してるわけでもないのに、今日は手をつかずに屋根から落ちることが出来たとか、そういうことに満足し、みんな楽しそうにショーを演じてる。

こういう刹那に生きてるような男たちの日常や、ウエスタン村にやってきたカルロス少年との交流は、人情劇として面白かったです。

でも中盤まではこういう状態で引っ張っていく映画なので、ウエスタンを観ようとしてたら、物凄くかったるいことになります。
と云うか、映画の中盤過ぎまで、画面で展開されるのはウエスタンじゃなくて、ウエスタン・ショー。
観客は映画の中でまばらに見物してた観光客同様に、そのショーを見せられるだけで、「ウエスタン」は映画のどこを取っても体験させてくれません。

☆ ☆ ☆

後半の機動警察部隊との篭城戦は説明不足の上にちぐはぐな演出が目立つような感じでした。派手なんだけど、どこかいまひとつ。
機動警察隊は最初はゴム弾を使ってたのに、そのうち実弾を使い出します。この装備変更はフリアンらが800発の実弾を威嚇じゃなく本気で使い出したからなのは分かるんですが、警察の方の実弾を使うことへの葛藤みたいなものが全然挟み込まれないので、装甲車両の到着、隊員入れ替えのシーンを置いただけで、ゴム弾が実弾に変わってるという展開になります。
全体にコメディ・タッチで進んできたのに説明もなしに結構ハードなシリアス路線が混入してくるから馴染まない部分が頻出。元スタントマンが銃弾を受けて倒れるんだけど、警察が実弾を使い始めてもフリアン側はまだウエスタン・ショーをやってる雰囲気が残ってるから、演技で倒れてるようにしか見えません。

警察隊との銃撃戦を観ていて、タイトルが暗示するような大量の弾丸が飛び交う映画を期待して観てはいたんだけど、実際に大量の弾丸が飛び交いだすと、西部の町で機動隊はやはり全然そぐわないという感じが終始頭にちらついてくるようになりました。ウエスタンで本当に観たいのはもっと他にあるというような感じ。
そういう感想を見越したのか、映画は最後に機動隊との戦闘から離れて、拳銃一つでにらみ合う、一触即発の西部劇的な一騎打ちに持ち込んでいきます。わたしはここにきてようやくワクワクしてきました。
期待してたのは集団銃撃戦だったのに、この映画の場合はそれよりもオーソドックスな一騎打ちのほうが絵になって面白かったです。

☆ ☆ ☆

観て思ったのは、これは「ニュー・シネマ・パラダイス」のウエスタン・バージョンだってことでした。
あちらは映写技師でこちらはスタントマン、両方とも映画に関わってるけど中心にいるわけじゃない。
映画についての映画みたいなスタンスを取っていて、さらに両方とも少年が軸になってる。
この映画もウエスタンという形を借りて大人と子供の心の交流、というか子供が大人を理解し、成長していく過程を描いた映画と見る方が相応しいような気がします。

実際この映画でカルロス役をやった少年ルイス・カストロが結構良いんですよね。
画面に登場した最初は新居の自宅で引越しの手伝いをする大人の邪魔をしたり、まるでテロリストみたいなコスプレで画面中騒ぎまわったり、喧しくて邪魔な子供としか見えなかったのに、祖父のフリアンと出会ってからは、基本は憧憬の感情があるせいか、苛立たせる部分が影を潜めます。

そしてカルロスが祖父を理解するにつれ、この子を通すことによってフリアンの心の形も観客に見えやすくなってくる。普通に見ればどうしようもない人生なのに、カルロスの側でカルロスの見るフリアンを一緒になって感じ取ってると、まぁどうしようもない人生なのは変わらないにしても、他人には絶対に分からない矜持とか、ちょっと違う形も見えてくることになります。

☆ ☆ ☆

↓ちょっとばかりネタばれ気味の書き方してます↓

この映画、中身の大半は無理やりウエスタン・ショーを見せられて、なんだかなぁという気分で付き合うことになりがちな代物なんですが、ラストは良いです。何が良いって最後に「あの人」が出てくる。
そしてカルロス少年に「俺と おじいちゃんは友達だった」と伝える。

カルロスとフリアンは篭城戦の最中に仲たがいしてしまいます。フリアンがカルロスの父の事故の時に、一緒にスタントをやっていて責任を問われたことをカルロスに話さなかったことで、カルロスはフリアンが嘘つきで、今まで自分に云ってきたことが全部でたらめと決め付けてフリアンの下を去って行きます。

ところがあの人のこの一言が、紛い物に見えたフリアンの夢をきっちりと修復してカルロスの心に届ける仲介となるわけです。カルロスはこの一言で祖父フリアンの心の形を完全に理解することになります。
映画はカルロス少年の晴れやかな顔で幕を閉じることになりますが、少年の表情がまた良い。

一つ画竜点睛を欠くのが、「あの人」を本人じゃなくて、別人が演じてること。これはなにがどうなっても本人に出て貰わなければ格好がつかないのに、どうして妥協してしまったのかなぁ。

☆ ☆ ☆

マカロニ・ウエスタン 800発の銃弾マカロニ・ウエスタン 800発の銃弾
(2006/03/24)
サンチョ・グラシアアンヘル・デ・アンドレス

商品詳細を見る


800 Bullets Trailer



原題 800 Balas
監督 アレックス・デ・ラ・イグレシア
公開 2002年


応援ポチッとして頂けると嬉しいです♪
にほんブログ村 映画ブログへ にほんブログ村 映画ブログ 外国映画(洋画)へ

スポンサーサイト

コメント

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

篭城して銃撃戦というと、「明日に向かって撃て」を思い出します。薄荷グリーンさんの紹介を読んでいると、いろんな要素があって面白そうな作品ですね。今度借りてみます。

「僕らのミライヘ~」は、少々良く書きすぎたかもしれません(笑)。「ニュー・シネマ~」のあるシーンとそっくりなシーンが登場するのと、映画への愛情をとても感じる作品だったので、連想したのですが、お話そのものは全く違います。しょぼいロボコップの衣装もゴンドリー監督のお手製らしく、本当に手作り感に溢れた作品でした。リメイクへの批判より、オリジナルへのリスペクトの方が強いかもしれません。前半は想像通り、後半の展開は想像してませんでした。不覚にもちょっとホロッとさせられました。(笑)

Whitedogさんへ

Whitedogさん、こんばんは!

わたしも銃撃戦よく書きすぎたかもしれません(^^;
基本はやはりコメディで、なにしろ途中で炭鉱だったか、何かのトンネルを抜けて、簡単に包囲網突破、食料買出しに出かけたりしますから。

「僕らのミライヘ~」のほうはわたしは完全にコメディだと思い込んでいたので、Whitedogさんがおっしゃるホロッとした部分っていうのがやはり興味をそそられます。映画への愛情をとても感じる作品っていうのも良い感じに思えます。
ロボコップの衣装がゴンドリー監督のお手製ということは、ゴンドリー監督って結構まめな人なんでしょうか。記事で紹介されてたトレーラーの中にあった手製の「2001年」が無茶してるなぁっていう感じで何か凄そうでした。

コメント有難う御座いました。
非公開コメント